──人里離れた廃屋──
俺達は異形の海から現世へと戻って身を落ち着かせ、今後のことについて話していた。
溝呂木と姫矢の決着はついた。その結果は俺の知る歴史通りであっただろう。しかしメフィストの所在がまだ俺の頭を悩ませていた。あの時点でメフィストは完全に闇に呑まれていたのだ。向こうにいるのは覚悟の上だというのがファウストの見解ではあったが……。
「ザギ様はメフィストをどうなさるおつもりですか」
以前聞きそびれてしまったので……とファウストに問われ、俺は考える。メフィストもファウストもこのザギの作った存在だ。倒してしまっても俺の手で蘇らせることはできる。ファウスト自身も、メフィストへとどめを刺す覚悟は出来ている。だが……。
本当に倒してしまっていいのか?
その考えが俺を引き止める。なぜだ。思考を深化させる。
再構築の際のエネルギー消費が大きいから。真。この先の手駒を減らしたくないから。真。しかしまだ違う。ファウストは俺の答えを待っている。考えろ。
メフィストをこれ以上傷付けるなとファウストに言われたから。真。俺がメフィストを相手に戦ってしまえばメフィストを再び恐怖させてしまうだろうから。真。ファウストとローズをまた悲しませてしまうから。真。だがまだ足りない。すぐそこまで出てきているはずなのに。
……そろそろファウストに答えねばなるまい。メフィストをどうするつもりなのか、その答えは。
「……叶うならば、連れ戻したい。可能な限り無傷で」
完全解ではない。今の俺が出せたのはここまでだ。ファウストの目が一瞬煌めいたがその光は直ぐになりを潜めた。
「倒さずに……ですか。ではどうやってメフィストを連れ戻すか考えねばなりませんね」
「まずはあの闇の支配下からメフィストを外させる。どうにかして奴をメフィストから追い出すことができれば……」
「そのことなんですけどザギ様、メフィストならもう大丈夫だと思うんです」
俺とファウストの会話にローズが口を挟み込んできた。
「どういうことだ?」
「私のフラッシュサインが効かなかったんです。眩しいだけだ、って。メフィストも、あの闇も、もう迷子じゃないです」
このザギをも悶絶させるあの光を、眩しいだけ、とは。
「それはつまり……?」
「仲直りさえできればメフィストは帰ってきてくれると思います」
拍子抜けしてしまった。それではまるで子供の喧嘩だ。
「そんなに簡単に済むことならここまで拗れることもなかっただろうが」
「こんなに簡単に済むようになるところまでメフィストは頑張ったんです! メフィストは強いですから。今度はザギ様の番です。ザギ様がちゃんとメフィストに伝えてください」
このザギを叱りでもするようにローズは言う。
「…………そうだな」
正論である。奴が自力で持ち直した。俺はそれをきちんと掬い上げて引き戻してやらなければならない。
しかし下手にこちらから動きメフィスト自身や黒幕を刺激するのはやはり避けたい。後手に回ってしまうことに変わりはなかった。
「ザギ様」
「どうしたファウスト」
「気のせいならばよいのですが……、先程まで遠くにうっすらと感じていたメフィストの気配が今しがた消えたのです。奴にまた、なにかあったのではと……」
ファウストが左手首のブレスレットに触れながら言った。その虫の知らせが正確なものであることはこれまでの事象で立証済みである。メフィストに何があったのか、その答えはすぐに示されることとなる。
〜*〜*〜
良くない気配がする。真っ直ぐ俺へと向けられた殺意。それは五十木煌悠の姿を持って俺の前へ現れた。
『─私を襲った時の様に戻っている……─』
『─ザギ様、前言撤回です。このままじゃ仲直りできません。この闇は違う、この前戦ったあの闇じゃないです!─』
気配を感じた瞬間、俺はローズとファウストのふたりを自身の中へと格納していた。そのふたりに言われ、改めて目の前の男を観察する。
狂気を宿し爛々とした眼、今にも獲物へと食らいつきそうな程に裂き笑った口。相対しただけで分かる。こいつは前回メフィストを呑み込んでいた闇とは別物だ。
「貴様、何者だ」
「見たまんまだろ、ザギ」
「ふざけているつもりか。貴様はメフィストではない。ましてや、奴でもない」
「へぇ、さすがに判るか。俺様はダークメフィスト・メガナダ。てめえらを殺す力だ」
俺は奴の観察を続ける。忙しなく動く左腕とは打って変わって右腕の動きが一切無い。肩から垂れる袖はユラユラとたなびいている。こいつ、右腕が無い。
「殺しに来たと言う割にはなんだ、五体不満足ではないか。メフィストに抵抗でもされたか」
「いいや、寧ろ大人しかったさ。この体なんかどうにでもしろってなァ。だから食ってやった。今はここで消化待ちさ」
メガナダは自身の胸を
メフィストが抵抗無く命を差し出しただと!? いや、あのメフィストが無策でそんな真似をするとは思えない、思いたくもない。一体どういうつもりだ。
……これも覚悟の上なのか、メフィスト。このザギが貴様をどうするのか、見定めようとでもしているのか。
「ここで貴様の腹を割けばメフィストを取り返すことができる。その認識で構わないか」
「やってみろよダークザギ。タイムリミットはこの体に右腕が揃うまでだぜ。俺様があいつらを完全に吸収したときが、てめえの最期だ」
そう言い放つと、メガナダは咆哮を上げながらメフィストへと姿を変え巨大化した。
〜*〜*〜
ザギは人間大のサイズのまま、自身へと伸ばされる触手の刃を掻い潜り低空飛行を続ける。
「ちょこまかと逃げてんじゃねえよ!!」
メガナダの攻撃の手は止まない。対話などできたものではなかった。
「仲直りの余地すら無さそうだが?」
『─だってあれは違う闇ですもん!!─』
『─ザギ様、やはりこの闇をどうにかするのが先なのでは─』
「異論は無い」
ザギはメガナダへと向きを変え飛ぶ。そのまま元のサイズへと戻り、メガナダの顔面へパンチを叩き込んだ。
「ふんっ!」
「ギニャ!?」
後ずさったメガナダ目掛けてドロップキックで飛び込み、さらに後退させる。しかし思っていたよりもザギとメガナダとの間には体格差ができており、上手く押し込みきれなかった。
ザギはメガナダを改めて観察する。
人間サイズのときには実感が薄かったが、メガナダはメフィストの姿を元にしながらもその姿と体格は異なる。
メフィストと同じ
わざわざメフィストの姿を使ってザギに喧嘩を売りに来ているかのような不自然で冒涜的な姿だ。一言で言って、悪趣味。
今ザギの胸に沸き立った怒りは、彼がかつて駒として作った者を好き勝手にされた怒りか、それともこの為だけに自分の仲間の姿を使われた怒りか。どちらにせよ、ザギがこの闇を許せるはずはなかった。
体制を立て直したメガナダが触手を放つ。再び差し向けられた触手をざぎはサイコキネシスで押さえ、順々に切り落としていく。が、
「調子に乗ってんじゃねえよ!」
「何ッ、……があっ、っぐ……」
切り落としたはずの触手が一本にまとまり、大蛇のようになってザギに巻き付いた。そして、それから伝ってくる電撃がザギの全身を
電撃……いや、これは波動のようなものだ。わかってしまえば対処はできる。取得。解析。再現。反転。増幅。ザギはこれを攻撃として触手へと波動を返す。しかし触手は硬直はしたが締め付けが増すばかりで、この攻撃が効いた感じはなかった。
「もっと啼くかと思ったのに。耐えてんじゃねえよ」
メガナダが自身の触手を束ね、左腕を刃そのものへと変化させた。それを振りかざし、ザギへと迫る。バリアを貼ろうにも両腕は塞がれている。サイコキネシスでとめようとすれば、代わりに触手の攻撃を再度浴びることとなるだろう。
『─助太刀いたします!─』
ファウストの声と共に触手から白い炎が噴き上がった。ザギの中の顔に居るファウストが彼の波動に乗せ炎を放ったようだった。燃え崩れる触手を振り払い、ザギはメガナダの脇を抜け刃をくぐる。
抜けざまに光弾をメガナダの脇腹に撃ち、姿勢の崩れた背中へ向け重力波動を放つ。そのまま押し退けることに成功し、メガナダを地面に倒した。
しかし追撃は許されず、頭部を先にザギへと向けるようにしてメガナダは立ち上がった。
「ウガアアァァァァアッ!!」
耳まで裂けた顎が開かれ、そこへエネルギーが充填されていく。ザギはいずれ放たれる破壊光線と撃ち合わせるべくライトニング・ザギの溜めを開始した。だが、
「なあ、ザギ」
互いの光線が放たれようとしたその時、メガナダが顎を閉じて溜めを中断した。そして代わりに胴体を縦に裂いた口をぐわりと開いた。
「撃っちまっていいのかァ? てめえのメフィストはこの中だ。直撃すりゃあ俺様ごとお陀仏たぜ」
「ッ!?」
「ここまでの攻撃も全部、俺様だけじゃなくメフィストにもダメージが行ってんだよ」
「脅しの、つもりか」
「いいんだぜ? 撃っちまっても。撃とうが撃つまいが、てめえかメフィストのどっちかは死ぬんだからよォ」
メガナダがザギへとゆっくりと歩く。伸ばされた無数の触手がザギを囲い、呑み込もうとするように体に絡み付く。
『─ザギ様……ッ!─』
「ほら、どうしたよ。俺様は目の前だぜ。てめえが撃てばメフィスト諸共当たって死ぬ。撃たなきゃァてめえが俺様に切り刻まれて死ぬ。選べよ」
ザギは思考する。
ハッタリか? いや、本当にそうなのか?
俺からメフィストの状態が見えないばかりに判断ができない。どうすればいい。どうすればこいつからメフィストを取り返せる?
『─……ザギ様、ここからメフィストを助けられるかもしれない方法があるとしたら、試しますか─』
「─何?─」
ザギの内側でずっと戦闘を見ていたローズの声が彼の頭に響いた。
『─少しの間だけ眼を私に貸してください。片方だけで大丈夫です─』
「─何をするつもりだ─」
『─メガナダにフラッシュサインをします─』
「─正気か!? 奴の中にはメフィストもいるのだぞ!? その状態でそれを使えば……─」
『─一回だけです。これでメガナダだけにダメージが通ることがわかれば、ファウストの炎でメガナダだけを燃やしきることができるってことになります!─』
「─ッ!!─」
その可能性に、賭けろというのか。ザギは信じられないといった反応を示す。
だがしかし、ローズが言うのならもしかすると……。
ザギは溜めをしていた両手を下ろした。
::
『─ローズ待て、あの炎は以前メフィストに大きなダメージを与え、その上私にも反動があるような炎だ。そんなことができるのか?─』
驚愕した様子でファウストが問い返す。
『─ファウストは使ったからわかると思うんですけど、私のフラッシュサインとファウストの炎はその力の由来を同じくしています。だから、大丈夫なはずなんです─』
「キハハッ! てめえが殺される気になったか。いいぜ、切り刻んでから全部食って吸収してやるよ」
メガナダの無数の触手の刃が俺の体を斬り付け始めた。俺はそれに耐え、ローズとの会話を続ける。
「─その案乗った。俺はどうすればいい─」
『─右目を借りました。まずメフィストとちゃんと目を合わせてください。それができたらメフィストに想いをぶつけてください。いま一番メフィストに伝えたいことですよ、いいですね?─』
右側の視界が無くなった。この状態で、メフィストと目を合わせろ、だと? そもそもメフィストの姿すら見えていないというのに。
だがこの闇には覚えがある。ローズと出会ってから初めて、ノアの元へと飛んだ。そしてローズのエネルギーを奪い、復活を遂げた時。
その時に視えたものはノアに似た光と、ノアの光のみ。一等星が漸く視える程度の有り様だった。あの時と同じようではそれ以下の光など視えるはずもない。
それでもこの提案をしたのはローズだ。恐らく奴の目にはメフィストが視えていたのだ。であれば、俺にだって視えていいはずだ。研ぎ澄ませ。この闇に届く情報を一片たりとも逃さぬよう。
「どうしたァ? 動けねぇのかよ、ザギ!!」
まだ見えている左の視界を補助にしてメガナダの触手の軌道を追う。長さ、スピード、しなり具合、音。右側から迫る刃を弾くことに成功した。だがこれは演算での予測でしかない。この目にはまだ何も視えない。
違う。もっと、もっと別の情報を……。ローズが普段から受け取っているものと同じ情報を……。目だけではない。俺の体全てで。この目を染める星雲の闇は、俺の体。俺の体にふれ、俺の体を揺らし、俺の体へと入ってくる情報、その全てを掻き集める。
空気の揺れ。メガナダの声と、刃が切り裂く音の揺れ。
俺から無意識に漏れている波動。なにかに跳ね返され、戻ってくる。
俺のものではない波動。メガナダから放たれている闇の波動。
まだ足りない。もっと。これだけでは足りない。もっとこの闇に、沈まなければ。俺は左目を塞ぎ、右側の闇に集中する。揺れだけではない。もっと……。視なければ。
視界を漂う俺の波動、それが切り裂かれた跡に走る、メガナダの闇の波動。互いに掻き乱し、上書きし、目まぐるしく視界は変化する。
その合間を縫い、俺はメガナダの波動を辿る。波動の大元を探る。その輪郭をなぞる。先程まで自身の目で見ていた、歪に崩された人型。胴体に入った縦の亀裂から覗く体内。外側よりも密度の高い闇の波動の中に揺らめく微かな
メフィスト……、そこにいるのかメフィスト!
メフィストの姿を鮮明に捉えるためにローズの闇を手繰り寄せ、俺は両目を星雲の闇に沈める。もっと深く。俺の行動に驚いたローズの制止の声が遠のいていく。もっと、もっと深く……! 耳障りなメガナダの笑い声が遠のいていく。
メガナダの胴体を裂く口、その奥の
俺はメフィストの名を叫ぶ。
その時、俺の全身を何かが駆け抜けたのを感じた。この胸の中心に位置するコアが弾けでもしたようなその衝撃が、光となり放たれた。
自らの視界さえも潰さんとする光の中、メフィストが顔を上げたのが視えた。俺達の目がバチりと合う。その一瞬だけ、俺の目には、俺を見つめるメフィストの表情がハッキリと視えていた。
ああ、なんだ、簡単じゃないか。 『お前を助けたい』 メフィストを連れ戻したい理由などそれだけで良かったのだ。
〜*〜*〜
── inside ──
顔面を殴られたような痛みで目が覚めると、俺は再び闇の中にあった。
ここは俺のバハメットの闇とは違う。虫の大軍にでも体を齧られ続けているかのような痛みが延々と続いている。
「メフィスト……」
「大丈夫。大丈夫だから、な?」
この腕の中に抱えていた小さなバハメットが、痛みに呻く俺を心配した顔で見上げてきた。俺はバハメットの頭を撫でてやる、が、
「っぐあああっ!!」
突如左腕を引き裂かれたような痛みが走る。
「っ、あの野郎ッ、やっぱりメフィストとダメージを共有してやがる! メフィスト、ダメだよ! このままじゃあいつと一緒に俺達までザギに殺されちまう!」
「これは賭けだ、そう言っただろ。俺だって死にたくはない。ダメージが共有なら、俺が、あいつより我慢強けりゃいいってだけの話だ。もしくは…………がはっ」
「メフィスト!!」
「ぐっ、ううぅぅ……」
脇腹と背中が熱い。あいつの闇が、傷口から俺の中へ潜り込もうとしてくる。
「やめろ! メフィストは俺様のだ! てめえなんかお呼びじゃねえんだよ!!」
俺にまとわりつく闇をバハメットが必死に振り払っている。そんなバハメットの黒い体がこの闇に溶け消えてしまいそうで怖くて、俺はこいつをさらに強く抱き締めた。
─……メフィ……、…………スト……!─
声が、聞こえた。俺の名を呼ぶ声が。
「メフィスト、どうしたんだ?」
こいつの声ではない。であればこいつと元を同じくするこの闇の声でもない。この声は……、この御声は……、
── こちらを向け、メフィスト!! ──
ザギ様……ッ!!
ザギ様の声に顔を上げた俺を閃光が襲った。眩しい。この光は……、ザギ様がローズに何度も食らわされていた光。先日の戦いでバハメットが食らわされた光……。
「おいメフィスト、あいつの闇が退いてるぜ!」
直視を免れたらしいバハメットがはしゃぐように言う。視界はまだ戻らないが、全身を齧られるような痛みは退いた。
あの閃光と共にザギ様の御心が伝わってきた。嘘も偽りも無い、本心。俺をこの闇から助け出そうとしてくださっている!
段々と視界が戻ってくる。俺たちの周りだけぽっかりと白く空いており、その境界ではあいつの闇が再び俺を呑み込もうと蠢いていた。
「バハメット、やはりこの戦いはあいつとの我慢比べの様だ」
「このまま続けるってのかよ、正気か!?」
「ああ。ザギ様は俺達をここから助け出そうとして下さっている。なにか手がお有りなのだ」
「…………、わかった。 俺も頑張るからよ、生き残ろうぜ、メフィスト」
「勿論だ」
〜*〜*〜
「ギャアああああぁぁぁあァァッ!!??」
ザギの両目から放たれた閃光を直視し、メガナダは地面に転げ、何度も頭を打ち付けては悶え苦しむ。
閃光を放った側、ザギはというとこちらも頭を押さえ、少々ふらついている。
『─やっぱりです。ザギ様、メガナダだけにダメージが入ってます! …………、ザギ様?─』
ザギの返事は無い。まるでローズの声が聞こえていないかのよう。
『─ローズ、ザギ様はいったいどうなさったのだ!─』
『─潜りすぎたんですよ! 私がちゃんと
「クソっ、クソッ! なんだ今のはよォ!!」
混乱するように眼光を明滅させながらもメガナダが立ち上がった。閃光にやられ一度全て引っ込んだ触手も再び活動を始め、周囲を探る。こちらも視界不良が続いているようだった。
「キハ……ハッ、だがザギぃ、追撃が無えってことはだ、てめえもタダじゃあ済まなかったっつーことだよなァ?」
「まだ居るんだろう? そこに」
メガナダはギチリと口を開けて嗤い、触手の根元である左肩をザギへと向ける。
『─まずいッ、ローズ、ザギ様を一度避難させるぞ─』
『─はいっ!─』
ファウストの呼び掛けでふたりはザギの外へ現れ、二人がかりでザギを抱えて飛び退く。寸前までザギの居た場所目掛け、触手の刃が通って行った。
「ザギ様が戻られるまでの間、私が奴の相手をする。ローズ、ザギ様を頼んだぞ」
「わかりました」
ローズはザギを連れ、この場から距離を置くため飛び立った。
〜*〜*〜
暗い。……暗い。
閃光の退いたその世界は一切の光の無い闇で、上も下も分からず俺は……いや、ただ、沈んでいっている。それだけはわかった。
暗い。独りで、沈んでいく。
『深い海とダークダイブは似ている』と、ローズは過去そう言っていたか。ああ…………、正に……。
……。
…………。
俺はここから戻れないのか?
ここから戻るには?
……。
光を。
小さくてもいい、一瞬でもいい。
俺のもとに光を……光を……くれ…………。
……。
………………!
遠くに、火花が見えた。俺はそれに手を伸ばす。パチパチと火花は俺の眼前で何度も散る。もう少しで、届く。火花へふれた俺の手が、握り返された。
──ザギ様っ!!──
明転。
〜*〜*〜
「ッ!!」
ザギの目に光が戻る。先までの闇から引き上げられたザギは、視界の大半を埋めていたローズの顔に少々驚くこととなった。
「ザギ様、やっと戻って……。片目って言ったのにあんな無理するから!!」
「…………、すまん」
「でも……、必要なことだった。そうですよね?」
「ああ」
「わかってます。私だってわかってます。だからこれ以上は言いません。ですのでザギ様早く、ファウストのところへ。ファウストが今メガナダを抑えているんです!」
「!!」
ローズの言葉にザギは戦闘の気配のあるほうへ振り向く。そちらへ顔を向けたままザギは暫し戦況を観察した。
「ローズ、ファウストの炎はどれくらいの威力を出せる?」
「ファウストの思うままにです。ファウストの体がもつまで」
「ファウストが離れてからどのくらいの時間燃え続ける?」
「上に同じくです」
「わかった。決定打を決めさせ次第貴様の元へファウストを退避させる。保護しろ」
「……わかりました」
〜*〜*〜
意識の戻らなくなったザギからメガナダの相手を引き取り、ファウストは戦い続ける。メガナダの視界が戻るまではファウスト優勢で戦闘が続いていた。しかし以降は戦況が逆転し、ファウストは防御に専念せざるを得なくなっていた。
触手の物量に押されて全身を拘束され、ファウストは宙に吊られてしまう。ファウストの動きを封じるためか触手は徐々に本数を増やし、彼を絞め潰さんとする程の力をかける。
「つまりはザギはてめえを置いて逃げたっつーことだよなァ!! 結局また逃げてんじゃねえかよ!」
「違う! ザギ様は来られる。貴様を倒し、メフィストを取り返すために!!」
絞め付けられたままのファウストの腕輪が僅かに炎を噴く。
「ニッ!?」
延焼した触手の数本を慌てて切り離し、メガナダはこれ以上のダメージを防いだ。
「ッ……じゃあこれで助け出さなきゃいけねえ対象が二人に増えるってわけだ。てめえとひとつになれてこいつも本望だろうなァ」
メガナダの眼光が狂気に輝き、ぐわりと開いた胴体の口から闇が吐き出される。それはファウストを呑み込もうと迫るが、そこへ、
── ライトニング・ザギ ──
赤い閃光。ファウストを拘束している触手もろとも、ザギの光線が闇をかき消した。
「ザギ様!」
「手間をかけさせたな」
「いえ、ザギ様こそ、ご無事で何よりでございます」
「ファウスト、俺が奴に隙を作る。そこを突いて容赦なく燃やせ」
「はっ」
「─ローズ曰く貴様の炎は、威力も燃焼時間も貴様の意思次第。貴様が離れてもその意思次第で対象を燃やし続けられるということだろう─」
「─決定打を加え次第、貴様はローズの下へ退避しろ─」
作戦の重要部分を念話で伝え、ザギはメガナダへと構え直した。
「やっと戻ってきたかよ、ザギ。逃げちまっても良かったんだぜ?」
「探しに来ずここで待っていたとはな。律儀な奴だ」
「てめえを探すのなんて、そいつを食ってからでも遅くはねえんだ。てめえがもう少し遅けりゃ、俺様はそいつを食らい、新たな進化を遂げていた」
「貴様の食事を邪魔した謝罪などせんぞ」
「そんなの要らねえよ。これからてめえもそいつも、俺様に食われるんだからなァ!!」
「ッシャア!!」
ザギへ向け、触手の刃が突き出された。それを切り落とし、ザギはメガナダへと向かう。続けざまにメガナダの背に連なる棘から放たれた矢のようなエネルギー弾を躱し、肉弾戦を仕掛けた。
タックルで押し返し、体勢の崩れた胴体へ重いパンチを加える。くの字に折れ、前へと出されたメガナダの頭部目掛けて回し蹴りをお見舞いし、メガナダの視界から自身が外れたこの隙を逃さずにグラビティ・ザギを叩き込んだ。
メガナダはそれを受け止めるべく咄嗟に触手を束ねた手を前にかざす。
「ンナァァァァ…………」
自らの手でメガナダを倒す訳にはいかないザギは、メガナダをこの場に留める程度の出力しか出せない。ザギとの力量差があってしかるべしのメガナダでも受け止められてしまうのだ。
グラビティ・ザギを左手で止めながら、メガナダは頭部の口を開きエネルギーを溜める。そしてグラビティ・ザギを弾き消すと、お返しとばかりにザギへと破壊光線を撃ち放つ。
── メガナダ・アグニャヴァルサ ──
「ナアァァァァアアアア!!!!」
「ッ、ヌアアアアッ!!」
ザギはメガナダの破壊光線に、自らの光線ではなくバリアで応じる。今のザギはあくまでもファウストが突くための隙を作るよう動いているのだ。
「ナアアア……ガッ!? アァ!?」
メガナダの光線が突然止む。メガナダの胴体の口にファウストのアッパーが食い込んでいた。ただの拳ではない。腕輪から鷹の爪のように鉤爪が伸び、それによってメガナダを穿いていた。
「苦しかっただろう……。今、私が楽にしてやる、メフィスト……」
「キハハッ! この状態でさっきの炎でも使う気か? いいのか? このまま俺様ごと、メフィストを荼毘にするか?」
メガナダの幾本もの触手がファウストを宥めようとするように優しくその体表を撫でていく。
「貴様は我々の覚悟を甘く見ている」
「燃え崩れろ、メガナダ!!」
──
「ギヤアああァァああああ!!!!」
メガナダの体が白い炎に包まれる。
「まだだ、まだ!!」
ファウストは打ち込んだ拳を捻り、さらに鉤爪をメガナダの体内へと捩じ込む。ファウストの意志に呼応して炎の勢いは増しメガナダの全身を呑み込んだ。
炎から逃れるためメガナダがファウストを振り払おうとするが、ファウストは力の限りにしがみつき、自身諸共燃やし続ける。
「こいつと同じ、道具の分際でえッ!!」
生み出す端から炎に焼き尽くされる触手に見切りをつけ、メガナダはファウストに咬み付こうとする。しかし、
「道具ではない。俺の仲間だ!!」
ザギが割って入り、メガナダのアギトを押さえた。
「ファウスト! もう充分だ、退け!」
「はっ!」
自傷ダメージの酷いファウストを撤退させると、ザギは押さえていたメガナダの頭を力任せに引き、それを頭から地面に叩き伏せた。
「死ねッ!! クソッ、死ねえええッ!!」
立ち上がったメガナダはその全身を白い炎に燃やされながらもザギへと突進する。躱され、蹴り倒されても勢いは変わらず。その様は獣同然だった。
〜*〜*〜
── inside ──
「ぐっ……、ううぅぅぅ……!」
周囲の闇と共に俺の体が白い炎に燃やされていく。これは、ファウストのあの炎だ。これが来たということは、あいつまでもが戦っているということ……。
「メフィスト!」
「っ、出るなバハメット!」
この炎の中にこいつを放ってしまえばきっとすぐに燃え崩れてしまう。そんな気がして俺はこいつを隠すように抱きしめて蹲った。
「なんでだよ! お前がそんな苦しそうにしてんのを黙って見てろってのかよ! 嫌だよ!!」
「その言葉そっくりそのまま貴様に返す!」
「にっ……、俺だって……、俺だってさぁ…………」
いじけるようにバハメットが大人しくなった。
「…………、なあ、メフィスト。お前はレヴィーサじゃねえけど、お前と居たこの時だけは俺は独りじゃなくなった。お前があのとき、力を使わせてくれて、俺は嬉しかった。だからさ……」
「俺だってお前を助けたいんだよ!!」
「あっ、おい!」
バハメットが俺の腕の中からするりと抜け出してしまった。予感の通り、バハメットはすぐに延焼し、火達磨となった。それでも崩れまいと必死に天に右手を伸ばす。
「にぃぃ……っ。てめえは……、てめえは俺様だ! この体は、この力は、俺様のものだ!! 返しやがれ、今すぐに!!」
闇が、バハメットが燃え上がりながら混ざり合う。奴の主導権を奪おうとしている……?
「バハメッ…………」
「うおおおおおおお!!」
突き上げられたバハメットの右手の中に、黒い槍が形成された。バハメットはそれを掴み取ると、その刃の先を自身に向けた。
「待てよ……お前……。何……して」
「俺の力と心はとっくにお前とひとつになったんだ、メフィスト。俺が消えても、お前はひとりじゃない。大丈夫だ」
主導権を奪うんじゃない。奴と自身を同一にして……道ずれにするつもりなのだ!!
「待て、待つんだバハメット! どこにそこまでする必要が……!」
俺の制止も虚しくバハメットはその槍で自分を貫いた。そして……
ゆっくりと俺へ振り返る。
「ありがとな、メフィスト」
「バハメット! 待っ…………」
「またな」
──
黒い槍に、視界を塗り潰すほどの白い雷光が落ちた。
周囲の闇もろとも白い雷炎に呑まれ、バハメットは俺の目の前で消滅した。
〜*〜*〜
「グルャオオオオォォォン!!」
メガナダは暴れ狂い続けた。奴を焼いていた炎が、弱まってきている……。このままでは奴を滅しきれんやもしれん。
「!!」
それだけではなかった。
「あぁ……漸くだ……。なあ、ザギぃ。俺様が言ったことを覚えてやがるか?」
言われずとも。そして、恐れていたことのひとつ。
「タイムリミットだぜ」
メガナダの右肩から、ネビュラムでできたような黒い腕が生えていた。その手を俺へと差し出し、ひらひらと振ってみせる。
「これでもう、この力は俺様のものだ。これでてめえを……」
だがメガナダの右腕は主の意思に反してガクガクと震えだす。
「何……。ッ、まだ、こいつは……、いや、まさか、わざと俺様と……!」
「燃やし尽くせぇぇ!!」
ファウストの叫びが聞こえそちらへと目を向けると、左手首のガルダナブレスを握りしめているファウストと、それを支えているローズの姿があった。
「ギャアああああああああぁぁぁッ!!」
弱まってきていた炎が勢いを盛り返し、メガナダは再び
「ファウスト! ローズの下で待てと……。ローズ、何故ファウストを連れてきた!!」
「ファウストが、どうしても、って。なんでザギ様がファウストを逃がしたのかもちゃんとわかってます、でも!!」
必死の形相で弁明をするローズをこれ以上責める気にはなれなかった。
「ぐおぉァああああ!!!!」
メガナダが苦しむように咆哮し、制御の効かない右腕を天へと伸ばす。その手の中に、黒い槍が……。あれはメフィストのものと同じ……。
「何しやがっ、やめろ、やめろォォ!!」
メガナダはそれを自身へ向け躊躇することなく穿いた。
「はっ、あ……ぁぁ……、クソっ、俺様が……この俺様がこんな……、こんな…………」
藻掻く体とは裏腹に腕が槍を離すことはなく、そして、槍に雷光が落ちた。メガナダが断末魔を上げることはなかった。歪な体が崩れ、闇の粒子へと化していく。その死に様を俺達はただ呆然と見ることしかできなかった。
「ザギ様、まだです! まだメフィストがその中に!」
ローズの声に俺は意識を戻される。メガナダの体が散った闇粒子がその場に留まり、吹き荒れていた。何をすればいいのかは考えずともわかった。
手を。俺はその闇の中へと手を伸ばす。
〜*〜*〜
ザギは闇の中へ向けて何度もメフィストの名を呼ぶ。手を伸ばせ、と。闇もメフィストを手放すつもりがないのか、逆にザギを呑み込もうと彼の体表を這う。
「ザギ様!」
「構うな、ファウスト。…………!」
ザギは伸ばした手が握り返されたのを確認した。闇が一層激しく吹き荒れる。闇の最後の抵抗。もう一息なのだ。
「うおおおおおおお!!」
ザギが闇の中から手を引き抜く。闇の中からはメフィストが引きずり出され、ザギに覆い被さるようにしてザギもろとも倒れ込んだ。
勢いを失い、霧散した闇粒子の一部はメフィストの右腕のネビュラム結晶へと吸い込まれていった。
ファウスト以上に酷い火傷を負ったメフィストはまだ目を覚まさない。ザギはメフィストを抱え直し、声をかけ続ける。
「メフィスト、おい、メフィスト!」
「…………ザギ……さま………………」
呼び掛けが通じ、メフィストの意識が戻る。しかし無数の裂傷痕と火傷痕のあるザギを見てメフィストは青ざめた。
「ザギ様…………ッ、申し訳……ございま……」
ザギの腕の中から逃れようとするメフィストをザギは無言で抱きしめる。
「ザギ……様…………?」
「メフィスト、すまない」
「ッ!!」
「貴様がこのザギを恐れていたこと、知っていながら俺は貴様を追い詰めるような真似をした」
「すまない……」
ザギの口から漏れる謝罪の言葉。それにはメフィストの心の栓を抜くのに充分な力があった。
「ザギ様…………ッ、私はッ……、私はッ、あなた様のことが恐ろしいのです!!」
涙を流す。
「わかっている。わかっている……」
「私は今度また再び、貴方様の前から逃げ出すやもしれません!」
泣き叫ぶ。
「自力で帰ってきたら何もせず迎えてやる。何処かで蹲っていたらきちんと迎えに行ってやる。だからお前もこのザギの……、俺の元に居ろ」
「っ、…………くぅ……う……」
以前のメフィストであればこんなことはなかっただろう。
「手のかかる奴になったものだ。だが、それが今の貴様だ。このザギはそれを受け入れ……よう……」
突如ザギの意識が飛びかける。緊張の糸が切れ、ここまでのダメージが一度に襲ってきたのだ。
「ザギ様!」
ファウストとローズがザギへ駆け寄る。
「暫し、このザギはメフィストの中で休む……。そしてこいつを先に……直す……。お前達は一度……退避……を」
言い切る前に限界を迎えたザギの体は消失し、メフィストのコアの中へと吸い込まれていった。
「……行こうメフィスト。立てるか」
ファウストがメフィストへと手を差し伸べる。その手を取りメフィストは立ち上がるのだが、ふたりともこの戦闘でのダメージは酷いものだ。その瞬間にふらついて再び倒れそうになり、慌ててローズが支えることとなった。
「ローズ、肩を貸してくれ。流石に重い」
「わかりました!」
闇の巨人達はゆっくりと歩きだし、この場から姿を消した。
〜*〜*〜
── ナイトレイダー待機室 ──
「……ふぅ」
出動命令が下らない。そんなイレギュラーな状況の中、ナイトレイダーはこの戦いの全てを見守っていた。
「人的被害が出なかったことを幸いとするか……」
「けれど彼らのダメージは大きい。特にリーダーと思われる彼は消失に追い込まれた」
「奴らの脅威を取り払うのなら今なのでは? 先日の共闘はあくまでも利害の一致。いつ牙を向かれるかわからない」
「そんな! 副隊長……」
「そう考えたくなるのもわかる。だが……」
彼らのやり取りを眺め、石堀隊員はほくそ笑む。
「いっしー嬉しそうじゃん」
「そうか? そりゃあそうだな。だって、これで不安要素がひとつ減ったわけだし。このまま無事に、終わってくれればいいんだが……」
ザギを倒したとは言い難い。だがバハメット本体としてはこれでも充分だったのだ。もとよりメガナダがザギを殺し切れるなどとは思っていない。奴らの戦力を削ぐ。倒れるのは誰でもよかった。だからこそ、倒れたのがザギであるのはメガナダの大金星であった。
ここからどう奴らを攻めるのか。バハメットは今後のことをゆっくり考えるべく、ひとり自室へと戻るのだった。
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今年の夏コミで本になるのはここまでです。
8/15 ビックサイト 西2ホール う16a にてお待ちしております。