8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【5話①】「……オズバルド。私、あなたに大きな隠し事をしています」

 

 西大陸行きの船に乗る。時刻は夜。

 個室にある入浴室で、ソローネ君とミルフィーユ君は湯浴み中だ。

 私とオズバルドは船内の酒場で飲み物を片手に談話している。

 船内に旅人はいなくて、とても快適な船旅だった。

 

 テーブルには魔女が贈りつけた地図を広げている。ベキベキに畳んだのに折れ目が一切ついていない。

 つい先刻、私は2人に説明した。

 オズバルドとソローネ君は地図を一瞥して『あの魔女がこれを……?』と言いたそうに、胡散臭そうな顔をした。

 

 そして今、オズバルドは。

 コニングクリークを指先で触れ、ふわりと浮かび上がる町の名前を確認し、難しい顔で眉間にしわを寄せる。

 

「……魔法の地図だな」

「あの魔女が作ったものですかね」

 

 “作った”というよりも“ポンと出した”でしょうか。

 あの魔女の言葉は思い出しただけで怖気が走る。

 私と教皇しか知らぬ会話を、あの魔女は分かった上で私に言った。的確に刺してきた。

 嫌悪が増していく。イライラと……とてもムカついてしまう。あの魔女をもっと怒らせたかった。

 

 オズバルドは地図を指でなぞる。太陽と月の絵を。

 奇妙なことに、現在の時刻に合わせて太陽と月の位置が変わっている。

 今までは上が太陽・下が月だった。しかし、今は月が上になっている。

 

「底が見えない、とても強い魔力が全体に宿っている。

こんなものを学界に提出したらひっくり返るほどの大騒動だ」

「……変なんですよね。

あの魔女はこの地図を、ミルフィーユ君が“欲しい”と言う前に贈りつけてきた」

 

 私はよろず屋の一件をオズバルドに打ち明ける。すみませんね、頭が痛くなる話をしてしまって。

 

「あの魔女は言いました。

“欲しいと願う者に、欲しい物を贈る”と」

「……その言葉がまことなら、ミルフィーユの地図はそれに該当しない」

「あの魔女のことだから例外は無いはずです。

みなに等しく“欲しいと願う者に、欲しい物を贈る”をやっている」

「……あの不審者はあの子の名を一度も呼ばなかったな」

 

 “美しい髪のかわいいあなた”と、ずっとそう呼んでいた。

 あの魔女は次も私達の前に現れる。

 そして、ミルフィーユ君の名をこれからもきっと呼ばない気がする。

 

「私達名乗っていないのに得意げに言ってきましたよ、あの魔女は」

「なぜわざわざ……あんな挨拶を。

あれでは相手に敵意と警戒と不信を抱かせるだけだ」

「嫌われるのがお好きなんですかね?

それなら大成功ですよ。私あのひと大大大嫌いになりました」

「あの子と同じ言い方を……」

「……ミルフィーユ君は、あの魔女を好意的に思っていますけどね」

 

 カップの白湯をごくりと飲む。オズバルドはブラックのコーヒーだ。

 

「あの子はいつもああなのか?」

「はいそうです。あの子はズレてるんです、とってもね。

聞いてくださいよオズバルド、あの子ね、町の人に乱暴しようとする暴徒のところに飛び出して言ったんですよ。

『こんにちは。私の名前はミルフィーユです。あなたのお名前を教えてください』と」

「それは……」

 

 言いたいことがたくさんある顔でオズバルドはコーヒーをひと口飲む。

 

「……苦労したな」

「ははは! なんにも言えなくなりますよね!」

「酔ってるのか?」

「白湯ですよ私のは。

あの子のアレをずっと見てきたんです。愚痴りたくもなりますよ」

 

 そして私はさらに打ち明けた。

 春のピクニックで森の木の実(食べられないやつ)を口に入れようとしたり、

 巡礼路で『あそこの鳥が気になります!』と言いながら崖から飛び降りようとしたり。

 オズバルドは微笑みながらそれを黙って聞いている。私は日頃の苦労を語り終わり、白湯を全て飲み干した。

 

「……オズバルド。私、あなたに大きな隠し事をしています」

「それが本題か」

「はい。話す勇気が出なくて。

中々言い出せなくてすみません」

 

 オズバルドをまっすぐ見つめる。

 眼鏡の奥の瞳は、私を見る眼差しは穏やかだ。

 

「あの子は全ての記憶を失っています。

“ミルフィーユ”は私が名付けました。その事はあの子には秘密にしてくださいね。

彼女を保護した冬の晩、私は偶然にも見てしまったんです。

あの子の背中には、オズバルドが話していた謎の文字が刻まれています」

 

 穏やかな瞳が大きく見開かれた。

 今は後悔している。無垢な白い肌をジッと見てしまったことを。

 

「ミルフィーユ君の正体はオズバルドの生徒です。あの子は“ヴェリテ”だと、私は思います」

 

 オズバルドもコーヒーを飲み干した。静かにカップを置く。

 

「……俺も……そうではないかと思っていた。

声も顔つきも、あの子は俺の憶えているヴェリテだったから。

あんなに笑いはしないが、テメノスを見つめるあの子の表情は……俺を見つめるヴェリテと同じだった」

「ミルフィーユ君は『魔法を使ってみたい』と言っていた。

全てを思い出したら使えるようになりますね」

「……どうだろうな。

テメノス、俺も考えたことがある」

 

 オズバルドの瞳がきらりと光る。興味深いことを話してくれる予感がした。

 

「あの魔女はあの子と同じ顔だった。実の娘の可能性もある」

「……ヴェリテは姉、ミルフィーユ君は妹……だと?」

「ふたり揃わなければ確定とは言えないが」

 

 心を覆っていたものがゆっくりと晴れていく。

 いつか消えると覚悟していたあの子が、この先の未来にもいるかもしれない。

 そう考えると、苦しいものがどんどん晴れていく。

 

「それは……とても良い考えですね」

「あの魔女が真実を告白すればいいが」

「ああー……無理ですねそれは。言わないですよあの魔女は」

「証言を得られずとも情報は手に入れられる」

「いいですね。いっぱい怒らせましょうか」

「あの子がまた口をきかなくなるぞ」

「それは心が痛い……。次は何分でしょうね?」

 

 オズバルドと思い出す。

『意地悪なテメノス様とは、私、話したくないです!! 1分間話しません!!』と言った彼女は、宣言通りに私と話さなかった。

 40秒くらいで音を上げるかと思いきや、ミルフィーユ君は1分35秒耐えきった。

『頑張ったね。1分より長かった』と褒めるソローネ君に、ミルフィーユ君は『ほ、ほんとは3分話さないでいるつもりでした。だってテメノス様すごくいじわるだったから』と怒り・寂しさでぶるぶる震えていた。

『あの魔女さんには本当に悪いことをしました。すみませんミルフィーユ君。あの魔女さんにはいつか(永遠にその日は訪れない)ちゃんと謝りますから』と謝罪して、ミルフィーユ君はにっこり許してくれた。

 

「あの魔女はいつ来るだろうな?」

「さてね。どうでしょう。

ソローネ君が呼べば来そうな気がします」

「今、呼んでもらうようにソローネに……」

「ダメです! ダメです!

絶対に呼んでもらっちゃダメですよ!」

「……冗談だ」

 

 なんてことを話していたら。

「テメノスさま~!!」と、寝間着姿のミルフィーユ君が来た。

 後ろにはバスローブ姿のソローネ君がいる。

 

「わたし初めて湯船に入りました! すっごくすっごく温まりました!!」

 

 全身から湯気が立ち上っている。

『熱湯の風呂に入ったんですか?』の目で私はソローネ君を見た。

 

「……私もビックリした。お湯より熱くなるんだね、この子」

「良い湯だったか? ミルフィーユ」

「はい!! 最高でしたオズバルドさん!!

ソローネさんにね、髪とからだを洗ってもらったんです。とってもとっても幸せでした!」

「それは良かった」

「テメノス様、デッキに出てもいいですか? すっごいぽかぽか熱いんです」

 

 ブーンと飛んでいきそうですね。

 

「湯上がりですぐ外に出たら風邪を引くぞ」

「あぁ引きませんよ。病気をしないんです、この子」

「元気から産まれた子だね、ミルフィーユは」

 

 地図を畳んで片付け、全員で甲板に出る。一般客に解放されているスペースだ。

 

「うははぁ~! すっずしいで~す!!」

 

 甲板一番乗りのミルフィーユ君は楽しそうだ。

 幼子が大喜びでクルクル回る。艷やかな長髪が美しく広がった。夜空の星より美しい。

 そして、トテトテと海を見に行く。

 彼女にはたくさんたくさん教えたので『あの魚はなんでしょう!』と海に飛び込んだりはしない。数メートル離れたところで保護者達は見守ります。

 

「……テメノス。そばに行かなくていいの?」

「はい。思う存分、ミルフィーユ君にはひとりの時間を楽しんでもらいたい」

 

 少し待つ。

 聞こえてきたのは明るい歌声。夜の風と共に私達のところまで届く。

 歌詞のない、彼女にしか歌えないメロディーだ。

 ソローネ君は目を閉じ、オズバルドは星空を見上げ、私はミルフィーユ君を見つめ、それぞれ聴き入った。

 蓄積された疲れが優しく溶けて消えていく。

 明るい歌は楽しい歌に。オズバルドとソローネ君は2人して小さく微笑んだ。

 

「……他に旅人がいなくてよかったね。あれを他のヤツには聞かせたくない」

「同感です。悪い虫が寄ってきます」

「悪者は追い払わねばな」

 

 心地良い時間は続く。

 楽しくなる歌は途切れ、ミルフィーユ君は少しだけ動いた。あれは……祈る時の。

 聞こえてきたのは聖歌だった。

 ミントさん達が歌っていたのを、君、練習して覚えたんですね。

 彼女の聖歌は私の、オズバルドとソローネ君の深いところにも届いたようで。

 

「……私、あっちで聞いてる」

 

 ソローネ君はそっぽを向いて行ってしまった。私とオズバルドは動けなかった。

 

「とても……神聖な声だ」

「……ええ。ミルフィーユ君は、あれを……亡くなった教皇に捧げています……」

 

 つい目頭が熱くなってしまって。

 私はほんの少しだけ、ミルフィーユ君を見つめることができなくなった。

 

 時刻は夜11時。

 私達が宿泊する部屋はベッドが4つ並び、ミルフィーユ君が最初に寝た。

 

「深夜1時に起きる……?」

「……1日の睡眠時間がたったの120分とは」

 

 窓際にソローネ君、ミルフィーユ君、私、オズバルドの並びで寝台に入る。

 

「お昼寝は?」

「しません。冬からずっとそうです。毎日毎晩」

「……それでよく活動できるな。本当に大丈夫なのか?」

「はい、これも体質ですね。毎日元気いっぱいです。

最初は私も彼女に合わせて起きていましたが無理でした。今ではもう諦めて寝ています」

「深夜1時から夜明けまで……この子はいつも何してるの?」

「いつも本を読んでいます。今日は……どうでしょうね。ひとりで外には出ませんよ。

“夜の散歩をしたくなったら私を起こすこと”……その教えを、この子はいつも守っている」

「起こされたことは」

「ありません。気を遣っている。

この子は私の安眠を邪魔したくないんです」

「ふむ……それなら俺が、時間潰しの問題を作成してやろう」

 

 オズバルドは道具屋で購入した手帳を開き、ペンを握り、ものすごい速筆で書き込んでいく。

 

「……字は読めるの?」

「あ。ソローネ君、今ミルフィーユ君を馬鹿にしましたね」

「してない。単純な疑問」

「読めるし書けますよ。

この私、テメノス先生が懇切丁寧に教えましたから」

「……テメノスせんせい」

「鼻で笑わないでください」

 

 オズバルドは速筆の手を止めた。

 

「完成だ。あの娘なら満点を取れる記述問題にしている」

 

 ソローネはベッドを降り、私は身を寄せ、オズバルドの手帳を覗き込む。

 “テメノスの好きなところ”

 “ソローネの好きなところ”

 “オズバルドと話して気づいたところ”

 “好きな食べ物”

 “今買いたい物”

 “行ってみたい町”

 ────全ての質問が美しい字で、他にもたくさん書いてあった。

 

「……これは」

「良いね。書いたやつを読んでみたい」

「どう答えるか。

……フフ、楽しみだな」

 

 オズバルドはほくそ笑んだ。

 深夜1時が近づき、私達はそれぞれの寝台に潜り込んだ。

 部屋の照明を消して、ミルフィーユ君のそばに設置されたランプだけを灯す。

 ソローネ君もオズバルドも就寝する気はないのか、どこかワクワクした様子だった。

 私も今日は起きていたいですね。目を閉じ、寝たフリをする。

 

 そして、深夜1時になった。

 ミルフィーユ君はもぞもぞ起き上がり、ぐっすり寝て大満足のため息をこぼす。

 彼女は一切喋らない。物音も極力立てないようにしている。

 手帳に気付いたようで、ページをめくる音がかすかに聞こえた。

 小さく微笑む息遣いが聞こえる。

 手帳を静かに閉じ、彼女は寝台を抜け出した。『どこに行くんでしょう』と私は意識を集中させる。ソローネ君とオズバルドもきっと同じだ。

 彼女はゆっくりと窓際へ進む。

 一体何をしているのか。衣擦れの音がわずかに聞こえた。

 次に足音はオズバルドのほうへ。私は薄く目を開ける。

 ミルフィーユ君はオズバルドの布団を掴み、彼の肩が隠れるところまで引き上げていた。

 そして『よしよし』と優しく撫でた。まるで親が子にするように。

 私はそっと薄目を閉じた。ミルフィーユ君は次に私のベッドに接近する。

 とても温かい手が、横向きに寝る私の側頭部を優しく撫でる。

 ああ……分かりました。君、私達に『良い夢が見れますように』をやってるんですね。

 ミルフィーユ君は満足したのか自分の寝台に戻っていく。

 そして聞こえたページをめくる音。ペンを動かす物音もわずかに聞こえて、その音を聞きながら、私はつい眠ってしまった。

 

 ────夜が明けた。

 

「……寝るつもりなかったのに」とソローネ君は不満そうに。

「夢も見なかった……」とオズバルドはぼんやり顔で眼鏡をかけて。

 

「皆さんおはようございます!!」

 

 彼女はピッカピカの笑顔だった。

 

「おはよう、ミルフィーユ君」

「おはようございますテメノス様!」

 

 ミルフィーユ君は手帳を両手で持ってオズバルドのところに行く。

 よく描けた絵を見せに行く子どもの姿だ。

 ソローネ君はその姿を横目に見ながら、私にぼそぼそ耳打ちしてくる。

 

「……深夜、正直緊張した。近づいてくるとは思わなかったから」

「何をされましたか?」

「頭の……この辺りを撫でられた。他の奴なら刺してたよ」

「それは失礼を。寝ている人のところに近づいてはいけないと、後でしっかり指導します」

「しなくていい。好きにさせてやって」

「……優しいですね」

「あの子だけね。他の奴は絶対に許さない」

「私は近づきませんよ。オズバルドもね。だから安心してください」

「してる。だからこそ、同じ部屋で寝たんだ」

 

 私とソローネ君の耳に「……ふふ」というオズバルドの含み笑いが聞こえた。

 

「あ。読みましたね」

「私にも見せて」

「はいどうぞ! いっぱいいっぱい書きました!!」

 

 ミルフィーユ君は両手で手帳を差し出してくる。

 

「フフ」

「……ぷっ」

 

 彼女の書いた答えに、私とソローネ君も思わず笑ってしまった。

 “テメノスの好きなところ”には“テメノス様”と。

 “ソローネの好きところ”には“ソローネさん”と

 “オズバルドと話して気づいたところ”には“オズバルドさん”と。問題文に訂正を入れていた。

 さらに“オズバルドさんの好きなところ”まで書き足している。

 本当にたくさん書いたようで、空白のページにもビッシリと書いていた。

 ミルフィーユ君は自分の手帳を私に見せてくる。

 

「見てくださいテメノス様!

私、ミントさんにも手紙を書いたんです!!」

 

 自信満々に見せてくる。

『手紙はその紙に書くんじゃないんですよ』という言葉を私達は飲み込み、ミルフィーユ君に優しく教える。

テメノス先生、ソローネ先生、オズバルド先生に、ミルフィーユ君はとても嬉しそうに学んでくれた。

 




 パーティーチャット

【最低なヤツかと思った(ソローネ・ミルフィーユ)】

「ねぇミルフィーユ」
「はい、なんですか? ソローネさん」
「アンタのその、背中のそれ……誰にされたの?」
「え? 背中、ですか」
「……ごめん、いきなり。痛くないのかなって」
「いたくないですけど……。
大丈夫ですよ。ありがとうございます、ソローネさん。優しいですね」
「優しく……なんてないよ。気になっただけだから」
「ソローネさんも気になりますよね」
「ソローネさん“も”?」
「テメノス様も、私の背中を気にされたことがあって」
「は?」
「『背中を見せてください』って言われました」
「は……!?」
「『見せたいな』と思いました」
「………それっていつ」
「テメノス様と初めて会ってから……3日目ですね」
「アイツにお願いされて、ミルフィーユはどうしたの?」
「脱ぎました」
「……………………」
「テメノス様、『見せてください』って言ったのに見てくれなかったです」
「……………………」
「よく分かんないけど『すみません』って言ってました。テメノス様に私の背中、見てほしかったです……」
「今も見てほしいの?」
「はい!」
「……テメノスは絶対見ないから。見せなくていいからね」
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