8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【9話① カナルブライン】「あーあ、泣きますねあの子、クリック君のせいで」「そんなひどい……言わないでくださいよテメノスさん!」

 カナルブラインを目指して、ひたすら歩く。

 

 アグネア君の反応速度は素晴らしい。

 現れた魔物を鋭く蹴り上げる。身のこなしは軽やかだ。

 ソローネ君は魔物を斬りつけながら何かを盗んでいる。

 私の“聖なる光”とオズバルドの魔法で、道中を安全に進んでいる。

 後ろにはパルテティオと赤髪の姉(自称)と妹(自称)だ。

 

「ねぇパルテティオ! みんなすごいね! 」

「ああ! でも、戦ってもらってばっかで悪いな……。俺も、もっと早く動けりゃなぁ……」

「パルテティオさんハイどうぞ! 素早く動けそうなすっごい鈴です!!」

 

 ミルフィーユ君は自分のリュックから根付の鈴を出してきた。

 受け取ったパルテティオは確認する。

 

「金の鈴……へへ、キレイだ……。ありがとさん!」

「キラキラしてる……とっても良いものを貰ったね。素早さだけじゃなくて、珍しい魔物にもいっぱい会えそうな気がするよ。ミルフィーユはすごいね。色んなことで皆を助けてる」

「えっへへへ」

 

 デレデレッと笑う。嬉しそうなぷにぷに顔だ。

 私は視線を前に戻し、地面に落ちた“獲得品”を拾う。

 

「テメノスせ~んせ」

「なんですソローネ君、珍しく上機嫌にニコニコして」

「ちょっと寂しい?」

「はは」

 

 思わず鼻で笑ってしまった。にんまり、と微笑んでやる。

 

「そうですねぇ、ちょっとだけ物足りない気がします。ミルフィーユ君の“テメノス様”が聞こえてこないのは。でもたまにはこういうのもいいですよ。静かだから考え事に集中できる」

 

 アグネア君が「テメノスさんたくさん話してる……」と呟き、ソローネ君はクルッと後ろを向き、

 

「ミルフィーユ!! テメノスがミルフィーユをおんぶしたいって言ってる!!」

 

 とんでもない大嘘をついた。

 

「な、何を言ってるんですかソローネ君!」

「おんぶはいいぞ、テメノス。子の成長を実感できる」

「あの子はおんぶできる体重じゃないんですよオズバルドッ!!」

 

 とか何とか言ってる間に、目をギラギラに輝かせたミルフィーユ君が全速力でこっちに来た。

 相思相愛の2人も満面の笑みで走ってくる。

 

「テメノスさまぁ~~~~!!!!!」

 

 すごい勢いで背中にぶつかってくる。衝突だ。

 ギュッとしがみつき、ピョンピョンしてきた。

 あぁ背中が熱い! 跳ねないでください! 私まで引っ張られて上下運動してしまう!

 

「テメノス様! テメノス様! いいですよ! 私やりたいです!! どうやって“おんぶ“ってするんですか!?」

「方法は教えますが実践はしないでください! 最悪私の腰がギックリします。本当にやめてくださいね。まだ私は自分の健康な腰を維持しておきたいんです!」

「ううう……じゃあ背中をギュッてします……!」

「歩きづらいです。手を繋いであげますから少し離れてください。魔物が出たら大変ですよ」

「テメノス! 魔物は俺に任せてくれ!」

「妹と後ろにいてね! わたしがパルテティオをサポートするから!」

「あたし達がテメノスさん達の時間を守るからね!」

 

 なんで士気が高くなるんでしょうね。

 アグネア君達は遭遇する魔物を無傷で蹴散らし、私は背中がほかほか熱々のまま、道中をゆっくり歩いた。

 

 水の都“カナルブライン”に到着した。

 ミルフィーユ君は頭巾をかぶる。

 

「(この町のどこかにルーチーが……)」

 

 あの日、事件直前まで教皇に会っていた人物……“神学者ルーチー”は、この町で主に活動している。

 彼が犯人についての鍵を握っているだろう。

 

 町に入ってすぐ、何か事件があったのか、住人達は混乱と恐怖の顔でバタバタしていた。

 

「この町で何があったんだ?」

「……奥だな、テメノス」

 

 異様な雰囲気にソローネ君とアグネア君の表情は固い。

 ミルフィーユ君も私のそばで緊張していた。

 

「テメノス様! 大変な感じがします……!」

「うん。ずっと奥の……すごく、嫌だな。良くない何かがあっちで起こってる気がする……」

 

 不安そうなミルディア君の手をパルテティオは無言で握る。

 

「ミルフィーユ君。すぐ近くの広場で、お姉さん達と待っててください。私とオズバルドとソローネ君で様子を見てきますから」

「テメノス様……」

 

 連れて行ってほしそうな顔だ。

 しかし、頷くことはできない。この町で今、何か大きな事件が起こっている。

 

「ミルフィーユ君、この町は水がとても美しい。とても良い景色が楽しめます。あとはお店で好きな物を買ってください。アグネア君とお姉さんと買い物に、ね?」

「て、テメノス様……私……」

 

 赤い目がうるうる潤む。

 ミルディア君の顔は辛そうだ。妹の心をよく分かっている。

 でも『連れて行ってあげなよ』とは、けして言わない。

 私達の行く先に何が待ち構えているのか感じ取っているみたいだ。

 

「ね、ねぇミルちゃん! あたしとミルディアさんの3人で服を買いに行きましょう!」

 

 アグネア君が明るい声で素晴らしい提案をした。

 ミルフィーユ君は首をふるふると横に振る。

 

「私……テメノス様と一緒に行きたいです……」

 

 腕を組むソローネ君は小さなため息をこぼした。淡々とした笑みのない表情だ。

 

「ミルフィーユ。テメノスが今から行くところには嫌なものがある。あんたには見せられない何かがあるんだ。それは、わかる?」

 

 幼子は小さく頷いた。

 

「テメノスはミルフィーユにその嫌なものを見せたくない。それは理解できるか?」

 

 オズバルドの言葉にも、幼子は小さく頷く。

 

「ミルフィーユ君。何が起こるか分かりません。今、君にはお姉さんのそばにいてもらいたい」

「そうそう! お姉ちゃんが絶対に守るから!! お店にいよう! テメノスが安心できるお店で一緒に買い物しよう」

 

 ミルフィーユ君は涙をこらえて小さく笑う。

 

「テメノス様は……。私がお店にいたら、安心する?」

「ええ、安心します。ミルフィーユ君が着たい服を買ってくれたら私はとても嬉しくなりますよ。用事が済んだら走って帰りますから」

「え、えへへ……。じゃあ、私、服のお店に行きます……。いってらっしゃい、テメノス様……」

 

 いつもの笑顔。

 その表情を私に見せるために、一体どれほど自分の心に蓋をしたのか。

 胸が痛んで苦しくなる。

 

 ポツ、と頬に水滴が。

 晴れ渡っていた空はいつの間にか曇天に変わっていて、いきなり雨が降ってきた。

 町人は大慌て、ミルディア君も慌てながら「わたし達はお店に入ってる!」とアグネア君とミルフィーユ君を連れて店に走っていった。

 それをパルテティオが追いかける。

 ずぶ濡れに慣れているのか、顔色を変えずにソローネ君とオズバルドは歩き始める。事件が起きた場所を目指して。

 

「良かったね、タイミングよく雨降って。晴れていたらミルフィーユは動かなかったよ」

「あの子を連れて行きたかっただろう。何事も無かったのなら」

「……鋭いですね、おふたりは。正直、この雨にはホッとしています。ミルフィーユ君の良い気分転換になった。ずぶ濡れは災難ですが」

 

 そして私達は雨に濡れながら町中を歩いた。

 通り雨はすぐに止み、事件現場に到着する。

 町の最奥の教会前だ。

 階段をのぼった先に聖堂騎士達の姿が見え、衛兵隊員が町人達の前で「これより先は、封鎖とする!」と大きな声を上げている。

 

「なんだよ、ちょっとくらい良いだろ!」と町人が声を荒らげ、

「下がられよ! 事件は聖堂機関が調査中である!」とさらに大きな声で注意する。

 

「けっこう集まってるね」

「……穏やかじゃないですねぇ」

「どうする、テメノス?」

「まずは状況の把握です。何が起きているか、少し周囲の話を聞いてみましょう」

 

 不安に顔を曇らせる町人達に歩み寄る。

「まさか……こんな近くで事件が起きるなんて……」と女性が暗い顔で話し、

「なんで聖堂機関が現場を封鎖しているんだ?」と黒いエプロンを腰に巻いた店主が疑問に呟き、

「街の薬師さんが誰かに殺されたみたいなんだ。お世話になっていたから、本当に残念だよ……」と船乗りが涙をこらえた顔で話す。

 あとは物知り顔の男や怖がる様子の老人まで声を掛け、事件に関係ない“青い服の人”や“東大陸の薬師団”や“村一つ滅ぼした”や“大勢の患者を殺している”の話も聞いた。

 青い服……東大陸の薬師団……“エイル薬師団”ですね。今回の件には関係ありません。

 私はオズバルドとソローネ君に目配せする。

『把握しました。行きましょう』の私の目に2人は頷き、その場を後にした。

 酒場の近くまで離れ、周囲に誰もいないところで足を止める。

 

「町の高名な薬師が、何者かによって殺されたらしいですね」

「……犯人は捕まっていないね」

「どこかに隠れ潜んでいるかもしれないな」

 

 遠く見えた聖堂騎士達も、封鎖している衛兵隊員も、緊張と警戒でピリピリした顔付きだった。

 

「(教皇の事件との関連は。さて……)」

「来たよ」

 

 ソローネ君の短いひと言に気づく。

 2人の衛兵隊員が近づいてきた。私に用があるようで、怖いぐらい睨んでくる。

 足を止める彼らに、私はにこやかに微笑んだ。

 

「こんにちは」

 

 ダメですねぇ。彼らの顔付きが余計に険しくなった。

 

「貴様……何を嗅ぎ回っている?」

「私は異端審問官です。名前は……」

「動くな、不審者め!」

「武器を隠し持っているな! 拘束させてもらうぞ……!」

 

 おやおや。ここにミルフィーユ君がいたら憤慨しそうだ。

 背後でソローネ君が小さく舌打ちする。

 

「強引な人達ですねぇ」

「やるか? テメノス」

「できるだけトラブルは避けたいな」

 

 怖い顔の衛兵隊員達がにじり寄ってくる。

 

「待ちなさい!!」

 

 あと数歩のところで、誰かが鋭く一喝する。

 颯爽と現れたのはクリック君だ。

 

「その方は教会本部のテメノス審問官です」

 

 凛とした声に衛兵隊員達はわずかに後ずさる。

 クリック君は私の前に立ち、その背中は力強く、頼もしかった。

 

「拘束の必要はありません。僕が保証します」

 

 怖い顔をしていた彼らは一気に縮こまる。

 

「聖堂騎士殿……」

「こ、これは失礼しました」

 

 へこへこと一礼し、彼らは逃げていった。

 場の空気が穏やかになる。

 ソローネ君とオズバルドの表情もやわらかい。

 衛兵隊員達を見送った後、クリック君は私達に向き直る。

 

「クリック君、また会いましたね。君の移動先というのはこの町でしたか」

「はい。まさか……テメノスさんも来られるとは」

 

 微笑むクリック君に、ソローネ君がずいっと前に出てきた。

 

「……へぇ、あんたが。テメノスとミルフィーユを助けた聖堂騎士様だね」

「えっと……あなたは? 初めまして。僕の名はクリックです」

「私はソローネ。テメノスの旅仲間。隣にいるのは先生」

「よ、よろしくお願いします……」

 

 緊張するクリック君がキョロキョロと周囲を見る。

 

「あ、あの……テメノスさん、ミルフィーユさんは今どちらに……?」

「買い物中です。こっちはとても賑やかになりましたよ。踊子の方と商人の方と鑑定士のお姉さんも仲間入りしてくれました」

「……すごい。旅の一団だ」

「声を掛けてくれてありがとう、クリック君」

「誤って捕まるところでしたね」

「揉め事にはしたくなかった。礼を言う」

「は、はい……どうも……」

 

 幸いだったが、素直には喜べない。

 クリック君が来なくても穏便に片付けられたのに。

 

「テメノスさん? 顔色が悪いようですが……」

「……不覚です。子羊くんに借りを作るとは」

「こ、こひつじ!? また恥ずかしい呼び方を……!」

 

 私を睨む顔がグワッと赤くなる。ソローネ君は小さく笑った。

 

「だが、借りは借りです。憶えておきますよ……フフ。しかし、君の異動先と同じとは。これはまるで……」

「“運命”……なんて言わないでくださいよ」

「“聖堂機関と私は同じ推測をした”……そう言おうとしたのです。ふざけている場合じゃないですよ、クリック君」

 

 私の脳内にいるミルフィーユ君が『え〜!? 運命ですよテメノス様! 運命ですうんめい!!』とうるさく騒ぐ。静かにしてください。

 クリック君はシュンと肩を落とした。

 

「す……すみません……」

「聖堂騎士様。ミルフィーユのところ、行く?」

 

 ソローネ君の誘いに、クリック君はパッと笑顔になる。

 

「ありがとうございます。会いたいです! 案内してくれるんですか?」

「あっちのお店ですよ」

 

 この町にクリック君がいることをミルフィーユ君が知ったら大層喜ぶはずだ。

 いつもより2倍跳ねるかもしれない。

 お店に行く途中、クリック君は歩みを止めた。

 

「すみません。ミルフィーユさんのところに行く前に。テメノスさんが前に話していた“心当たり”……それがここにあるんですね」

「ええ。神学者ルーチーに会いに」

 

 ソローネ君は石橋に寄りかかり、オズバルドに向けて何かを話している。

 水面を指差し、微笑んで……『きれいな水だね、先生』とでも言ってるようだ。

 オズバルドは彼女の隣に並ぶ。『美しい風景だな』とでも言ってるような横顔だ。

 

「テメノスさんも、神学者ルーチーを疑っているので?」

「“終わりの夜”……彼の代表的な著書の題名です。“夜”という言葉が気に掛かってね」

「“やがて、夜迫る”……。教皇が遺したメモの一節にもありましたね」

「夜は、神話では脅威や敵の暗喩に用いられる」

 

 クリック君もよく知っているようで、暗い顔で頷いた。

 

「……ええ。教本にも数多く記載されています」

「教皇は、ルーチーを脅威と伝えようとした……とも取れますよ。それで、聖堂機関は何か掴んだのですか?」

「いいえ……何も……」

「やれやれ……使えないカラス達だ」

 

 苦笑する私にクリック君はムッとする。

 

「テ、テメノスさんは何か考えがあるんですか!」

「ええ、ありますよ。2つの事件の共通点は“聖典”だけではないようです」

「どういうことですか……?」

 

 ソローネ君は空を指差している。

『あの鳥なに? 先生』とでも言ってるようだ。

 オズバルドも空を見上げて『あの鳥は……ふむ』とでも言ってるような仕草をする。

 

「先ほど、町の人達から興味深い話を聞けました。殺された薬師は、数日前にある男と密会していたそうです。……神学者ルーチーとね」

「な、なんと……!」

「ルーチーは教皇とも、殺される直前に会っていました。つまり、2つの事件への関与が疑われます。やはり……彼が最重要参考人のようですね」

 

 ハッとしたクリック君は顔付きを変える。

『ルーチーに必ず会わなければ』と思っているような表情だ。

 

「あーーーーーーーーーー!!!!! クリックさんだぁ!!!!!!」

 

 特大の声が遠くから聞こえた。

 

「ミルフィーユさん……?」

「……来ましたね」

 

 私とクリック君、オズバルドとソローネ君は、揃って声がする方を見る。

 私達のところに可憐な乙女が走ってきた。

 

 つばが広い白帽子。

 白いブラウスと、花飾りが縫い付けられたベスト。

 ふんわり広がる白スカート。

 赤い髪は長い三つ編みに、赤いリボンで結んでいる。

 まるで、童話に出てくる姫君のようだった。

 見てくださいミントさん。大事な一人娘が晴れ姿で来てくれましたよ。

 

 いつもの靴で、リュックは背負っていない。

 はるか後ろのほうでアグネア君達が来るのが見える。姉がリュックを持っている。

 晴れ姿に惚ける私達の前に、ミルフィーユ君はふわりと止まった。

 

「クリックさん! クリックさんだ!! わぁいわぁい!! やった〜!! 会えました!!」

 

 可憐な乙女は大喜びで大ジャンプを繰り返し、私と同じ背の高さまで元気よく跳ねた。

オズバルドが「高いな。30センチから40センチ……」と呟き、ソローネ君が「良かった……いつものミルフィーユだね……」と呟いた。

 

「ミルフィーユさんは相変わらずお元気ですね……」

 

 ピョインピョイン跳ねる彼女に、クリック君は遠い目をして微笑んだ。

 スカートがふわりと広がり、軽やかに着地する。

 

「クリックさんはテメノス様に会いに来てくれたんですか?」

 

 きらっきらな曇りなき瞳だ。

 クリック君は申し訳なさそうな顔で手を振る。

 

「……いいえ。僕の異動先がこの街なだけです」

「え!? そうなんですか!!」

「はい、そうなんです」

「すごいです。クリックさんに会いたいなっていう私のお願いが叶いました」

 

 買い物組も私達のところに合流する。

 

「こんにちは〜!」とミルディア君が元気いっぱいに挨拶し、

「テメノスさん達、ここにいたのね」とアグネア君が微笑み、

「全員揃ったな」とパルテティオは明るく笑う。

 クリック君が挨拶しようと笑顔を向け、ミルディア君を見て、「えっ!!??」と大きく驚いた。

 

「ミ……ミルフィーユさんのご家族の方ですか!?」

「はい!! クリックさんに紹介します。私のお姉ちゃんです!」

「よろしく〜! ミルフィーユの姉のミルディアで~す!!」

 

 私はクリック君とミルフィーユ君以外に視線を走らせ、『説明するのが面倒くさいから黙っててください』の顔をした。

 全員に伝わったようで、静かな沈黙の中、クリック君は涙ぐむ。

 

「ミルフィーユさん、良かった……。お姉さんと会えて……本当に良かった……!」

「はい! 大好きなお姉ちゃんです!」

「うっ嬉しい!! わたしも大好きっ!!」

「さあ、ご注目〜!! 踊子ヘルメスの舞台を見逃すな〜!!」

 

 心温まる空気をぶち壊したのは、狩人の衣装姿の男だった。

 チラシを片手に軽快に走ってくる。

 

「おお!! そちらにいらっしゃるのは赤い髪のすてきなお嬢さん方!!」

 

 私とクリック君が姉妹の前に出て、近寄る男を威圧する。

 クリック君の眼差しは氷のように冷ややかだ。

 

「……なんですあなた。僕達がいるのに、女性だけに声を掛けるんですか?」

「不審者ですか? 先に私達にご挨拶なさい」

 

 姉は妹を抱きしめながらガルルルと小さく唸る。

 書庫のチョイチョイ下劣野郎を思い出したのか、ソローネ君とオズバルドも前に出てくる。

 アグネア君とパルテティオだけがポカンとしていた。

 狩人姿の男がビクッと怯える。

 

「お、俺はただ……チケットを……! 踊子ヘルメスの舞台があるんだ……!!」

 

 半泣きの顔で、ピラッと出してきたのは10枚の赤いチケット。なんだ……売り子か。

「踊子!?」とアグネア君が慌ただしく前に出て「舞台! どこでやるの!?」と男にグイグイいく。

 

「あ、ああ……酒場の2階でもうすぐ開演で……。お嬢さんも1枚買うかい? 衣装と同じ赤いチケットだ」

「買います!」

「はーーーーい!! 私も買いまぁす!!」

 

 ミルフィーユ君が挙手しながらピョンピョン跳ね、ミルディア君もバッと手を上げる。

 

「2枚買う! わたしとパルテティオの分!」

「俺も行くのか!?」

「え? 行かないの?」

「……行く」

 

 売り子の男はパァアアアアア!!と笑顔を輝かせた。

「うわぁありがとう!! 旅人の皆さん!!」と大喜びだ。

 

「チケットの代金はここで受け取るよ。1人分のリーフが……」

「支払いは酒場でする」

 

 毅然とした声でパルテティオが言う。

 彼は商人の顔でスッと前に出た。

 

「お兄さん、踊子ヘルメスの舞台を俺達に教えてくれてありがとうな。俺達を酒場に案内してくれ」

 

 その言葉に私は感心する。ここで代金のやり取りをしないのは素晴らしい。

 売り子は嘘、チケットは偽物、リーフだけ騙し取って逃げられるかもしれないから。

 しかも売り子を酒場に連れて行くことで、その男が酒場の関係者かも確認できる。

 売り子の男は満面の笑みで頷いた。

 

「ああ! こっちだ、今すぐ案内させてくれ! そこの酒場でな、チケットを購入してくれたお客さんの飲み物が半額になるんだ!」

「おお〜半額!! いいな! ありがとさん! 行こうぜ!!」

 

 友人みたいに笑い合い、売り子の男は酒場を指差し、案内し始める。

 パルテティオ、アグネア君、ミルディア君も続く。

 ミルフィーユ君だけが残る。

 

「あ、あの、テメノス様……」

 

『一緒に舞台を見たいです』とお願いしているような目だ。

 その強い眼差しに、私の良心がズキンと痛む。

 

「ミルフィーユ君。ごめんなさい、今は取り込んでて……。舞台が終わった後、宿屋で感想を聞かせてくださいね」

 

 ミルフィーユ君の笑顔がくしゃりと歪む。

 ひどく残念がった表情の後、悲しそうに微笑んだ。

 

「……はい。行ってきますね、テメノス様」

 

 今にも泣きそうだ。

 クリック君が無言で私を見据えてくる。『行ってあげたらどうですか』の目だ。

 しかし、彼は何も言わない。その沈黙に感謝した。

 ミルフィーユ君はクリック君に視線を移す。

 

「あ、あの……クリックさん……」

 

 クリック君は辛そうな顔で微笑んだ。

 

「……はい。何でしょうか?」

「テメノス様と、オズバルドさんとソローネさんを……あの、なにかあったら、助けてほしいです。クリックさんに……守ってほしいです」

 

 その願いに、ソローネ君とオズバルドも目を伏せる。

 

「もちろんです! 絶対に僕が皆さんを守ります!」

 

 クリック君は騎士の顔で宣言した。

 安心したミルフィーユ君はふわりと微笑む。

 

「ありがとう、クリックさん。テメノス様を……お願いします」

 

 丁寧にお辞儀して、ミルフィーユ君は姉達を追いかけていった。

 

「……テメノスさん、神学者ルーチーを訪ねましょう。一刻も早く」

 

 彼への疑いは強いが、何か引っ掛かる。

 しかし、他に手掛かりもない。

 

「ええ。神学者ルーチーの家へ向かいますよ」

「はい!」

 

 クリック君と歩き始めて、ソローネ君も続く。

「先生?」と呟く声に、私達は足を止めた。

 オズバルドが動かない。

 ミルフィーユ君を見送る姿勢のまま、微動だにしなかった。

 様子がおかしい。私はすぐに引き返した。

 

「どうしたんです? オズバルド」

 

 無言だ。回り込み、様子を確認する。

 オズバルドは青ざめた顔でジッと凝視していた。離れたところにある酒場の……アグネア君達と楽しそうに話しながら2階建ての建物に入っていくミルフィーユ君の姿を。

 

「……何か胸騒ぎが?」

「違う。……いや、何もない」

 

 声や顔から全ての感情を消す、そのオズバルドに。

 彼が今何を思っているのか。私は不思議と理解した。

 

「ヴェリテだ、と思いました?」

 

 オズバルドはわずかに震える。

 私を見る彼の瞳に、恐れと怯えの感情が浮かび上がる。動揺していた。

 

「……思ったんですね」

「テメノス、お前は……」

「そろそろ話してもいいんじゃないですか。この件が終わったら、私とソローネ君だけに」

「あ、あの……テメノスさん。今仰った名は……?」

「彼の生徒です。名はヴェリテ。5年前、離ればなれになったそうですよ。彼女が現在、どこにいるかは彼も把握していない。赤い髪と赤い瞳の……ミルフィーユ君にそっくりな娘です」

 

 クリック君の顔付きも変わる。

 記憶喪失のミルフィーユ君に、彼も『もしや』と思ったようだ。

 

「まずは神学者ルーチーの家へ行きましょう。オズバルド、気持ちを切り替えてくださいね」

「……ああ」

 

 無表情で、低い声で返事をした。

 クリック君が先頭を歩く。 

 

 神学者ルーチーの家は水上で孤立しているところにあった。

 ソローネ君達に見守られながら、家の戸を私がノックする。

 シンと静まり返る。家主が出てくる気配はない。

 クリック君が私の隣に並び、彼が次に声を掛ける。

 

「ルーチーさん、おいでですか? 聖堂機関の者です。お話を伺わせてください」

 

 出てくるのを全員で待つ。

 

「返事がありませんね……やはり」

「扉、開ける? 開錠は得意だよ」

「おお……ソローネ君、ブラヴォー」

「やるぞ。用事を済ませてミルフィーユのところにテメノスを帰す」

「お願いします、ソローネ君」

 

 扉に歩み寄ろうとする彼女に、クリック君はバッと遮った。

 

「いけませんよ! 機関の許可が必要です!」

「言ってる場合ですか。許可を得るまで私はミルフィーユ君のところに帰れませんよ」

 

 私は大きなため息をこぼした。

 

「あーあ、泣きますねあの子、クリック君のせいで」

「そんなひどい……言わないでくださいよテメノスさん!」

「許可は後から取ればいい。ソローネ君にお願いして“穏便に”扉を開けましょう」

 

 ソローネ君は開錠に取り掛かる。

 しかし、すぐに立ち上がった。

 

「施錠されてない。開けるよ」

「はい。さ、お邪魔しましょうか」

「主よ……お許しください」

 

 最初に足を踏み入れたのは私だ。

 入ってすぐ、左手に見えたものに、私は嘆息する。ひとりの男が仰向けで事切れていた。

 血痕が多く飛び散っている。

 ここにミルフィーユ君を連れて来なくて良かった、とそれだけを思った。

 クリック君達も入ってくる。

 

「これは……神学者ルーチー……!?」

「……死んでいる」

「殺されているね」

 

 不気味に静かな部屋で、騒ぐ者は誰もいない。

 あ然とするクリック君は震えていた。

 

「そんな……まさか……」

 

 私はすぐに確認した。

 容姿は……フレイムチャーチで教皇のそばにいた彼と同じだ。

 亡骸は冷たい。

 

「死んでいる。……本人に違いありません。彼は犯人ではなかったようですね」

「では……誰が……!」

「……手掛かりはあるか?」

「あるはずですよ。そこら中に」

「僕は応援を呼びに……!」

 

 行こうとしたクリック君の前に、ソローネ君がサッと出た。

 

「待ちなさい、クリック君。聖堂機関が荒らす前に、私達で、ここを調べますよ」

「応援を呼んだらテメノスは確実に追い出されるよ。おまけに拘束もされる」

「帰りが遅くなるな。夜になっても戻らぬテメノスに、ミルフィーユは……」

「……泣きますね。可哀想に」

「呼びませんよ応援は! 手掛かりを見つけましょう!」

「ありがとう、クリック君。探しましょうね、真犯人への手掛かりを」

「全員でここを検める」

「ええ。始めますよ。真実は……炎の中に」

 

 意識を切り替える為に呟く。

 こうすると勘が冴えてくる。

 不思議と周りがよく見えるようになり、探すべき場所に自然と目がいく。

 

「テメノス」

「おや。早いですね」

「ソローネさん、何か気づきました?」

「この死体、これは……素人の殺し方だ」

 

 抑揚のない声に、クリック君はゾッと顔を引きつらせる。

 

「随分、物騒なことを言いますね」

「ほら……部屋の床を見て。血が至る所に飛び散ってて、痕跡になっている」

「……家に押し入り、抵抗する神学者を殺した、か?」

「犯人には、標的を一瞬で仕留める腕がない。 これじゃ、“探せ”って言ってるようなもんだよ」

「すごいです……ひと目見ただけで……」

「ソローネ君が敵に回ったら難事件になりそうだ」

 

 私の軽口に、彼女はほんの少しだけ微笑んだ。

 

「勝負してみるかい、名探偵?」

「望むところです。……機会があれば」

 

 私は室内の全てを一瞥し、目を細める。

 

「ソローネ君はルーチーのそばに落ちているクシャクシャの紙を拾ってください」

「わかった」

「オズバルドは積まれた本の……浅葱色の薄い本をお願いします。それを後ほど確認したい」

「ああ」

 

 私は物書き机に歩み寄った。長年使い込んだ手記が置いてある。

 手に取り、クリック君のもとへ戻った。

 

「テメノスさん……それは?」

「ルーチーの手記です。読みますよ」

 

 オズバルドとソローネ君も来てくれる。

 私は手記を開き、手書きの文章を視線で追う。

 

「『ワイルドランド地方 “クラックレッジ”……ここを訪れた理由は他でもない。

“かの地”の炎を守りし一族の調査だ。

調査を進めると、彼らは一様に、不思議な入れ墨をしていた事が判明した。

それはまるで“聖火台”のように見える。

それが何を意味するかは、もう少し調査が必要だ……。

そして、もう1つわかったことがある。

“やがて、夜迫る”……この言葉は一族の言葉であったのだ。

教皇のお耳に入れなければ……』」

 

 他のページも確認する。

 “クラックレッジ”の右上に“落日の遺跡”と書かれている。

 私が本を閉じれば、クリック君が「炎を守りし一族、ですか……」と難しい顔で呟いた。

 

「興味深い内容だが……今回の事件に関係する内容かは、まだわかりませんね」

「テメノス。次はこちらを読むか?」

「はい。お願いします」

「先生、それは?」

「祈祷書だな。神々への祈りを捧げる際の手引書だ」

 

 オズバルドは浅葱色の薄い本を開き、読み上げる。

 

「『神々に祈りを届けたければ、祈りを捧げる順序に注意せよ。

紳商伯、盗公子、狩王女、雷剣将、舞踏姫、碩学王、霊薬公。

そして最後に聖火神に祈りを捧げよ』」

「テメノスさん……その順番、本部の書庫で読んだ本に書いてあります。邪神ヴィーデとの戦いで倒れていった神々の伝承ですよ」

「ええ、一致する。オズバルド……続きはありますか?」

「無い。ここから先は破れている」

「ふぅん……破ったものは、このクシャクシャの紙?」

 

 ソローネ君は紙を広げ、私に渡してきた。

 次は私が読み上げる。

 

「……これは祈祷の順序ですね。

『さあ、祈りを捧げよ。正しく祈れば祝福を。逆を辿れば呪いを賜るであろう』」

「逆を辿れば……。聖火神ですか? テメノスさん」

「ええ、第一の標的は教皇。すなわち、聖火神エルフリック」

「外で殺されていたのは薬師だね」

「そうです、霊薬公ドーター。そして……学者であるルーチー、碩学王アレファン」

「教皇、薬師……神学者ルーチー。逆を辿っているなら、犯人は呪いを望んでいる……?」

 

 青ざめるクリック君の呟きに、室内の温度が一気に冷えたように感じた。

 

「これが連続した一連の事件で、祈りの順序を逆に辿っているとすれば、犯人の次の標的は……“舞踏姫シルティージ”……踊子だ……」

「テメノスさん! ヘルメスという踊子の舞台が酒場であるって……!」

「ミルフィーユ達が酒場に行ってるよ」

「何も知らずに、舞台を見ている……!」

 

 仲間達とミルフィーユ君のいる場所に犯人が。

 全身の血の気が引いた。

 手記はポケットに乱暴に突っ込む。

 

「犯人はその酒場に現れる! いや……もう既にいるかもしれない……! 急ぎますよ!!」

 

 全員でルーチーの家を飛び出した。

 

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