踊子ヘルメスの舞台は酒場の2階だ。
はやる心を抑えながら全員で向かう。
1階は酒場で、舞台を見ない客達が席で酒を楽しんでいる。
カウンターには店主と売り子の男だ。
売り子の男が私達に気づき、陽気に手を振ってくる。歩きながら一礼した。
階段をのぼれば、上から大勢の拍手が聞こえてくる。
姿勢を低くし、全員で2階の様子を伺う。1階と同じ広さ。
「うふふ……私のお魚さんたち」
すぐ目の前のステージに立つのは踊子ヘルメスだ。布面積の少ない赤いドレスを着ている。
バルコニーもある建物のようで、彼女のそばには扉枠も見える。
客席には老若男女が大盛り上がりで観覧中で、奥の最前列にミルフィーユ君の赤い髪を発見した。
「今宵は、心ゆくまで楽しんでいらしてねえん」
開演だ。踊り始めるヘルメスに、客が「カナルブラインの女神よ!」と歓声を上げる。
「きれいで〜す!」とミルフィーユ君も拍手する。
歓声と楽しげな空気に満ちる中、黒い外套に身を包んでいる怪しい人間が3名いる。
ミルフィーユ君の隣、真ん中の席、一番後ろに立つ者。
ジッとしている。動きはない。みんなが無事でホッとした。
「テメノスさん。この中に犯人が……?」
「フフ……巧く紛れましたね。ですが、無駄ですよ。私が正体を暴いてあげます……」
「クリックよ。ステージに一番近いところで待機していろ」
「え? 何故ですか……?」
ソローネ君がクリック君に顔を寄せた。
「暴かれた人間は抵抗する。最悪の事態は何?」
「最悪の? えっと……踊子の殺害の強行? ……分かりました。踊子は僕が守ります」
クリック君はいつでも剣を抜けるように構えた。
私は今から、怪しい風貌の者に後ろから近づいて……
「あ! テメノス様!!」
けっこう離れているのに、踊りに集中していたのに、なぜか気付かれた。
喜び溢れる満面の笑みを向けてきて、ひたすら複雑な気持ちになる。
「テメノス様〜!」
上がる歓声の中、嬉しそうな彼女の声がよく聞こえた。
「ヴァドスさんもヘルメスさんの舞台を観に来たんですよ!!」
笑顔のミルフィーユ君の隣、黒い外套の人間がこちらを見る。
視線がぶつかる。
建築士ヴァドスの瞳は、害を及ぼす敵意が鋭く宿っていた。ゾッと全身が凍る。
暴く前に察した。最も恐れていた最悪だった。
ヒョコッと顔を出したのは姉だ。
笑みの無い顔で、
私を見つめる赤い瞳に────
「ディア!! 妹を守れッ!!」
────すがる思いで叫んだ。
姉は即座に動き、ミルフィーユ君をガッと抱きしめ、ヴァドスから引き離し、
「ティオ!! アグネアと後ろへ!!」
鋭く指示を出しながら、最愛の妹を背に庇う。
“ティオ”……それはおそらく、2人きりの時の愛称だ。
パルテティオも素早く動き、アグネア君を連れて後ろへ逃げる。
舞台どころではなくなり、踊子は困惑に動きを止める。
ヴァドスはゆるりと立ち上がった。
近寄りがたい負のオーラが漂っているのか、そばにいた客達も自然と離れる。
ヴァドスが出したのは青い本だ。私は断罪の杖を握り直した。
「私は今、連続殺人の犯人を追っています。大聖堂で“聖火神”を殺し、この町へ移り……“霊薬公”と“碩学王”を次々と手に掛けた獣を。建築士ヴァドスさん……何か、ご存知ですか?」
私の微笑みに、ヴァドスもにやりとした笑みを返した。
「出でよ! 我がエレメント!!」
青い本がカッと輝き、私達とヴァドスの間に水晶体の魔物が出現した。
客達が悲鳴を上げる中、ヴァドスはステージ上へ駆け上がる。
クリック君もすぐに動き、踊子ヘルメスのもとへ。
水晶体は私めがけて飛翔する。
「僕が相手です!!」
「“聖なる光”よ!!」
私は水晶体、クリック君はヴァドスと対峙する。
ソローネ君が私の隣に踊り出て、襲いかかる水晶体に鋭くナイフを閃かせる。
ここは室内だ。オズバルドの魔法は範囲が広くて使えない。
「テメノスさん! あたしも戦う!!」
「俺もだ!!」
「お……応援します!!」
クリック君は迅速に剣を抜き、構えた。
ヴァドスも凶器を抜いた。
「我は、唯一の神、ヴィーデ様の下僕なり……。愚者どもめ、真実を見よッ!!」
ヴァドスはクリック君を睨み、踊子を守る彼に凶器を投擲する。
「クッ!!」
すかさず斬り払い、凶器を弾き落とす。
ヴァドスは走り、壇上の向こう側、開け放したバルコニーの向こうへ逃げる。
「わたしはね!!」
「お姉ちゃんッ!?」
誰よりも速く反応したのはミルディア君だった。
全速力でステージ上にのぼり、ヴァドスを追って、
「誰も傷つけない夢を! 頑張ってる人の邪魔するヤツが一番大っ嫌いなんだ!!」
バルコニーに出て、一目散に飛び降りた。
「クソ! 久しぶりにムチャしやがって!!」
「行け! テメノス!!」
「コレは先生と私達で片付ける!」
「頼みます! 行きますよ、クリック君!!」
「はい!!」
パルテティオ、クリック君と共に階段を下りる。
騒ぎに駆け付けようとする店主の横を通り過ぎ、酒場を走り抜け、外へ飛び出した。
「ヴァドスはどこに!?」
バルコニーから飛び降りた先……酒場の裏側が見える場所に行く。黄色の砂が落ちていた。
点々と奥へ、教会の方へ続いている。
「ディアだ! “蛍光輝石”を砕いて逃走先を教えてくれている!」
「行きましょう!!」
“蛍光輝石”……オアーズラッシュで数年前に発見された新種の鉱石だ。
パルテティオが先導し、追いかけると、私の後ろをバタバタ走る音が……
「テメノス様!」
「ミルフィーユ君!? なぜここに!! 酒場でソローネ君達と……!!」
言おうとした言葉を全て飲み込んだ。
涙をぼろぼろこぼしながら、私の背を必死に追いかけている。
「テメノス様のそばが! 私は! 最も安全で一番安心できるところなんです!!」
思い出したのはフレイムチャーチの出発の日。
忘れていた。言ったのは私だ。
『最も安全で一番安心できるところです。どこだと思いますか?』と。
カナルブラインを訪れた後、自分がミルフィーユ君にした所業を、私は全て謝りたくなった。
「私が君を守ります! そばを離れないで!!」
「はいテメノス様! 大好きですっ!!」
教会まで目前のところで「いたぞ! アレだ!!」とパルテティオが声を上げた。
私とクリック君は目を凝らす。
走るヴァドスと、追いかけるミルディア君の姿が遠く見えた。
カナルブラインには停泊所が二ヶ所ある。
それぞれ離れていて、旅人が乗る東大陸に渡る船、聖堂機関が利用する船で、ヴァドスが逃げた先は後者だ。
一般人の立ち入りが禁止されている区画に、大きな帆船が停泊している。
「あれは、聖堂機関の船! 急がなくては……!」
全員で駆ける。
ミルフィーユ君はいつもと違う服装のせいか、少し走りづらそうだった。
乗船する為の縄梯子に飛び移る。
パルテティオは素早くのぼり、クリック君、私も乗船する。
最後尾のミルフィーユ君に私はバッと手を伸ばし、彼女を船上に引き上げた。
薄暗い船内で、ミルディア君が道標として残してくれている砂が淡い光を放っている。
私達はそれを一心に追いかけ、船尾に到着した。
手前にはミルディア君、奥にはヴァドスだ。
「なんで殺したいの!? それがアンタの叶えたい夢なら、わたしがアンタの話を全部聞く!!」
逆手に握ったナイフを突きつけられてもなお、丸腰の彼女は果敢に訴える。
負傷したのか、右肩を押さえながら立っている。
「ディアッ!!」
クリック君とパルテティオが同時に彼女の前へ庇い出る。
「ご安心ください! 凶刃は全て僕が斬り払います!!」
「頑張ったな、ディア!!」
「へへ……いっぱい話して時間稼いだ……。あと、お願い……」
ミルディア君は力が抜けてガクッと膝をつく。
ミルフィーユ君はすぐに走り寄り、ギュッと抱きしめた。
「お姉ちゃん!!」
「だめ……ミルフィーユ……せっかくの新しい服が汚れちゃう……」
「やだ!! ギュッとしたいです!!」
「“傷を癒したまえ”」
治癒の光にミルディア君はホッと息をこぼす。
「ありがとう……テメノス」
「お疲れ様です。たくさん感謝しますよ」
私も前へ出る。クリック君のそばに立つ。
「さあ、審問の時間ですよ。邪神ヴィーデの下僕さん」
断罪の杖を握る。いつでも“聖なる光”を放てるように魔力を込める。
「教皇は死の間際に、あるメモを残していました。“やがて、夜迫る”……これは、炎を守りし一族の言葉らしい」
ヴァドスは無表情だ。
沈黙し、私達をジッと見据えている。
開いた本を持つ手の甲には入れ墨が見えた。
「そして、あなたの手の甲にある不思議な入れ墨は、その一族のものだ。教皇は伝えていたんです。“炎を守りし一族が、犯人だ”……と」
大聖堂の夜、私は建築士ヴァドスに審問した。
彼は、はらわたが煮えくり返っていたことだろう。
自分が教皇を殺害する為に使った隠し通路を、私に打ち明けなければならなかったから。
「あの日……あなたは地下通路を通り、大聖堂へ魔獣を引き入れ、教皇を殺害した。そして、魔獣をその場に残し……平然と自宅に帰ったんです」
にや、とヴァドスは笑う。
「よくぞ、見破った……」
ヴァドスは隠し持っていた凶器を抜き、突きつける。私達も戦闘態勢をとる。
「私の目は誤魔化せません。……神ですらね」
「ヴァドスさん……なぜ……!」
隣にミルフィーユ君がバッと出てきた。
私はギョッとしながらも、すかさず右手を伸ばして後方へ下がるよう促す。
ミルフィーユ君は、私の腕を越えることなく立ち止まる。
「なんで! なんで殺したんですか!! あ、あんな……あんなひどいことを……! イェルク様は! なんにも悪いことしてないんですよッ!!」
ヴァドスを睨む瞳は涙で濡れている。瞳は燃える炎の色をしていた。
「ミルフィーユ君、心を鎮めて。君の怒りは私が全て貰い受けます。たっぷり断罪しますから」
「お願いします!! テメノス様、あの人捕まえてください!!」
ビッと指差しながら訴える。
ヴァドスはミルフィーユ君の言葉に、さらに唇を吊り上げた。
「……ここで捕まるわけにはいかない。私には……使命がある!
出でよ! 我がエレメント!」
ヴァドスの持つ本が輝き、彼の前にまた出現する。
赤い水晶体の魔物と、黒い水晶体の魔物だ。
ミルフィーユ君はすぐに後退し、姉のところまで下がってくれた。
水晶体の魔物は速い。
黒いのはクリック君へ、赤いのはパルテティオへ襲いかかる。
クリック君は鋭く斬り返し、パルテティオは伸縮自在の槍を機敏に伸ばし、応戦した。
「え!?」
「なんだコイツ……!!」
水晶体の姿が急にぼやけ、2人の攻撃は空振りした。
隙が生じたクリック君とパルテティオに、水晶体は高速回転で接近、衝突した。
彼らが負傷したその直後、
「“傷を癒やしたまえ”!!」
すかさず治癒したことで、2人はすぐに動くことができた。
「攻撃が当たんないです! なんでですか!?」
「ククク……何故だろうな?」
青い本を輝かせながらヴァドスは嘲笑う。
「クリック君! パルテティオ! 攻撃する対象を変えなさい!」
パルテティオは槍を片付け、手早く小さな弓を組み立て、装備した。
おそらくあの魔物には、通じる攻撃が限定されている。それなら光明魔法だ。
目に見える全ての敵に断罪の光撃を。
「“聖火よ……輝きたまえ”!!」
まばゆい輝きが広範囲で炸裂する。
「グッ!!」とヴァドスが呻き、黒い水晶体はビタリと動きを止める。
「聖心斬りッ!!」
クリック君の剣撃に、赤い水晶体も動きを止める。
「テメノスさん!! 赤いやつなら斬れます!!」
「どんどん斬りなさいクリック君!!」
「皆さん! 今日は美味しいものたくさん食べましょうね!!」
ミルフィーユ君の声援に全身が軽くなる。強い力が湧いてくる。
「僕は温かいものが食べたいです!」
「クリック君と同じ物を!!」
「俺はお腹いっぱい食べるぜ!!」
「わたしは甘いもの!!」
勝利だけが心に浮かび、私はフッと笑んでしまう。
ヴァドスの顔から嘲笑う笑みが消えた。
私は光明魔法を、クリック君は剣でひたすら攻め続ける。
水晶体は消滅した。
ヴァドスの持つ本から輝きが消え、彼は焦った顔で口を開く。
「出でよ! 我が────」
「幸運の矢ッ!!」
金色の矢が放たれ、ヴァドスの青い本を鋭く穿つ。
手から本が離れた瞬間に、クリック君がヴァドスに接近、喉元に剣先を突きつけた。
ヴァドスは凶器を落とし、カランと転がる。
それをクリック君はすぐに蹴り、凶器を彼の手の届かぬところへ遠ざけた。
私は息を吐き、ゆっくりと深呼吸する。
私達の勝ちだ。
ヴァドスのところへ、ゆっくりと歩み寄る。
断罪の杖に魔力を込めながら足を止めた。
「さて……話してもらいましょうか」
ミルフィーユ君もパタパタと走ってくる。
私のマントをギュッと握り、ちょっとだけ顔を出してきた。
「話してください、ヴァドスさん。大聖堂に続く隠し通路を教えてくださった時みたいに」
ミルフィーユ君……そんな傷口に塩を塗り込むようなことを……。
ヴァドスは苦虫を噛み潰す顔をした後、肩を震わせて笑った。
「くく……くくくく……。“静かな黄昏に身を任せるな”“光は、消えゆく”」
ヴァドスの発言に、私は声を失った。
それは……炎を守る一族の言葉か?
ミルディア君は重い体を引きずるようにして、妹のそばに行く。
「テメノス様! “たそがれ”ってなんですか!?」
「明日説明します」
「はい!!」
空気が変に緩むから今は静かにしてほしい。
「そこまでだ」
後方から聞こえたのは冷徹な女性の声。
その声は……聖堂機関長・カルディナのものだ。
私は反射的に動き、ミルフィーユ君とミルディア君を背に隠せる位置に立つ。
「カルディナ機関長……!」
クリック君は剣を鞘に収めた。
来たのは機関長だけでなく、副長と聖堂騎士2名と懐かしい顔のオルトまでいる。
パルテティオはサッと私の横に並び立つ。姉妹を隠したい意図に気付いてくれたのか、肩をピタリとくっつけてくれた。
機関長は部下をぞろぞろ引き連れ、ヴァドスのもとまで歩いていく。
私はミルフィーユ君に向けて小さな声で「私の後ろで息を潜めて」とお願いした。
聖堂騎士達に囲まれ、ヴァドスは微動だにしない。その顔には抵抗する意思が失せていた。
機関長は手を横に払う。
「雷剣将ブランドの聖名において、貴様を拘束する。許しを請うがいい。主が断罪してくださるぞ」
ヴァドスは機関長を鋭く睨む
「……自惚れるな。許しを請うのは、貴様らだ」
機関長はそれを無感情に眺め、
「連れて行け」
淡々と命じた。
聖堂騎士2名とオルトがヴァドスを連行する。
旧友は私に視線を一瞬だけ向け、わずかに眉をしかめて去っていった。
ここに残るのは機関長と副長だけだ。
機関長は冷徹な表情で、何を考えているか読めない瞳をクリック君に向ける。
「クリックといったな。……よくやった」
わずかに微笑むが、その瞳は冷めている。
クリック君は姿勢を正し、目礼した。
ミルフィーユ君は私の後ろで小さくしゃがんでいる。マントを両手で握る手は、心なしか緊張している。
機関長の登場に、私は“邪魔が入った”としか思っていない。
『聖堂機関のカラスさん達は、柿が甘くなるとやって来ますね』とつい言ってやりたくなる。
しかし、私は沈黙を選んだ。
赤い髪の姉妹を機関長の目に入れたくない。
ひたすら床を見つめていたら、機関長から強い視線を感じた。
「大人しいな、テメノス。ひと言も喋らないとは、貴様らしくない」
「ええ。私の出る幕ではないので」
「よほど隠したいのだな。貴様の後ろにいる赤い髪の娘達を」
嫌いだな、この人。いつも鋭く突いてくる。
私は観念して顔を上げる。
機関長のそれは、獲物を逃さない狩人の目だ。嫌な胸騒ぎを感じてしまう。
機関長はフ、と微笑み、パルテティオに視線を移す。
「テメノスの隣の、そなたの名は?」
「俺はパルテティオ、商人だ。仕入れてほしい品があれば言ってくれ。よろしくな」
爽やかに堂々と微笑む。彼がここにいることに私は深く感謝した。
「不要だ」
機関長は興味の失せた目をして、次にクリック君を見る。
「クリック。来い、命を与える」
ひと声にクリック君は即座に応じる。
「……はっ」
返事をして、機関長の後ろへ。
立ち去ろうとする機関長の後に、クリック君は続く。
私のマントを掴む手がいきなり離れた。
「クリックさん!!」
ミルフィーユ君がバッと飛び出してしまう。息が止まった。
機関長の前に。なんてことだ。追いかける事もできない。
赤い三つ編みをバタバタ揺らしながら走っていき、クリック君の前で足を止める。
「ミルフィーユさん……」とかすかに呟くクリック君に、彼女は両手を差し出した。
「……クリックさん、手を」
切実な声だ。彼女に求められ、クリック君はすぐに応じた。
利き手を前に出し、その手をミルフィーユ君は両手で握る。
祈るように、頭を下げた。
「守ってくださって……ありがとうございます」
涙声で感謝する。
ミルフィーユ君は今、『クリックさんに、聖火の加護がありますように』と祈っている。
手を離し、数歩下がった。
「……クリックさん、いってらっしゃい」
微笑む声は寂しそうだ。
クリック君は微笑み、頷いた。
私の額には冷や汗が浮かぶ。
機関長はまばたきを一切することなく、ずっとミルフィーユ君を凝視していた。
一刻も早く帰ってしまえ、と願うしかなかった。
機関長は無言で立ち去り、クリック君の背中も見えなくなる。
副長もやっと歩き始め、機関長の後を追いかける。
とっとと帰ればいいのに、副長は私にいやらしい笑みを向けてきた。
「……今後も、今みたいに沈黙していろ。お前の戯れ言は耳障りだからな」
「奇遇です。私も同じことを思いました。お互いに黙りましょう。今後一切私に話しかけないでくださいね」
「フン……飼い主を失った犬め」
真顔で黙るミルフィーユ君の瞳に、怒りの炎がぶわりと現れる。
「はぁい! はぁい! ハーーーーーーイ!!!」
いきなりだ。
ミルディア君が手を叩きながら、私の目の前にヒョイッと出てきた。
パルテティオが焦った顔で「オイオイおいおい……」と言う。
「ちょっとお姉さん! テメノス審問官はね、連続殺人犯を拘束する為に尽力くださった方なのよ! ものっすごく失礼! 敬意に欠けてる!! 最ッ低!! 」
軽く明るい怒り声でズバズバ言い放つ彼女に、パルテティオは片手で頭を抱えた。
ミルディア君はズンズン距離を詰め、ミルフィーユ君の肩を優しく撫で、彼女を背に守りながら副長の前に出る。
「お姉さん今おいくつ!? この町にいるおじいちゃん思いの女の子のほうが礼儀正しいよ!! 聖堂機関に泥を塗っていることを自覚したほうがいいですわ!!」
副長から笑みが消え、渋面が浮かぶ。ミルディア君は自分の頭をコツンと叩いた。
「アッいっけな〜い言い過ぎちゃった!! ごめんなさい聖堂機関の方!! 足止めまことに失礼しました! あの美しい方〜えっと、機関長さん?でしたっけ?今すぐ追いかけてくださいね!!」
副長は不愉快そうに顔をしかめ、無言で立ち去った。
私はパチパチ拍手する。
ミルフィーユ君は、姉にガバァッと抱きついた。
「ええええんお姉ちゃんありがとうございます! あの人、私すっごいすっごいすっごい大嫌いなんです!!」
「わぁ〜同じ気持ち!! わたしもあの人すっごい大嫌い!!」
パチパチ拍手する私にミルディア君は目を向け、ふわりと微笑む。
「テメノスお疲れ様! 大変だったね!」
「ディア……ムカついてもケンカは売っちゃいけないぜ……」
「だって〜わたしの妹の大切な人を侮辱するんだもの!」
プンプンぷりぷり怒る。
副長の渋面・不愉快で歪む顔を見れて、私の心は清々しく晴れた。
「ありがとうございます、ミルディア君。とても痛快でした」
「良かったぁ〜! わたしもスッキリした!! パルテティオは?」
「俺は……ずっと気が気じゃなかった……」
船上がわずかに暗い。
空を仰ぐ。もうすぐ日没だ。
「……帰りましょうか」
縄梯子を下り、全員で下船する。
ミルディア君の服は、肩の辺りが切り裂かれていた。
パルテティオはすぐに歩み寄る。
「服がボロボロだ……。どこか怪我したのか?」
心配する顔に、ミルディア君はわずかにギクリとする。
彼女は引きつった笑みで応じた。
「怪我はしてないよ、ぜぇ〜んぜん! あ! でも尻もち付いちゃった! あっははは!!」
「おしり……なでなでしますよ、お姉ちゃん」
「やだぁ〜恥ずかしい! ダメだからねミルフィーユ!」
おそらく、ミルディア君も傷が癒える体質だ。ミルフィーユ君と同じ。
そして、彼女はそれをパルテティオにも隠している。
打ち明けるべきだが、私からは何も言わないでおいたほうがいい。
「そう言えば……ソローネ君達は今も酒場に?」
「た、大変です! ずっとずっと戦ってますか!?」
「いや、もうあっちも片付いてると思うぜ」
「あそこ……あの建物の死角だね、ソローネ達がいる」
ミルディア君の瞳は、私達の見えないものを視ることができる。
彼女の言った通り、ソローネ君とオズバルドとアグネア君が潜んでいた。
私達に最初に気付いたのはソローネ君だ。バッと出る。
「ソローネさぁん!!」
甘えんぼうの幼子が走っていく。
飛びつくミルフィーユ君をソローネ君は抱きしめた。
ソローネ君の顔付きがお姉さんになる。優しくヨシヨシと撫でる。
「皆さん、お疲れ様でした」
「テメノスさん達! 大丈夫でした!?」
「ええ。事件の犯人は、聖堂機関の人間が拘束して連れて行きました。酒場での騒動の対応、ありがとうございます」
「……大騒ぎだった。あの男が離れたおかげで、水晶体の魔物は消滅した」
「客と踊子が怯えてた。舞台どころじゃなかったよ。でも、アグネアが踊って空気を変えた。こっちは大盛り上がりだった」
「すげぇな!」
「えへへ……あたし、ヘルメスさんと一緒に踊ったの! とても楽しかった!」
「うわぁ~見たかったです!! オズバルドさん達はどうしてここに……? かくれんぼですか?」
「聖堂騎士を大勢引き連れた女が歩いてきてな。身を隠していた」
「先生も、私も、目をつけられたくないからね」
わいわいと会話する仲間達の声を聞くと、不思議と心が軽くなっていく。
晴れた空を見上げる心地になる。
「あーーーーーーーーーー!!!!! クリックさんだぁ!!!!!!」
特大の声を上げ、ソローネお姉さんから離れてしまう。
聖堂機関の船を下りたのか、クリック君が近づいてくる。
ミルフィーユ君は全速力で駆け、彼の近くで止まる。
喜びのジャンプをするかと思いきや、動くことなく大人しかった。
「クリックさん! 会いたかったです!!」
クリック君も嬉しそうに微笑んだ。
私も歩み寄る。
仲間達は、喜ぶミルフィーユ君を微笑ましそうに見守っている。
「連れて行かれて……もう会えないって思いました!!」
「ふふふ、“連れて行かれた”……大げさですよ」
「クリックさん!! 私、クリックさんと一緒がいいです!! 一緒にいたいです!!」
クリック君は申し訳なさそうに微笑みを曇らせる。
「すみません、ミルフィーユさん……。僕は、本部に帰還します」
「えぇッ!?」
「別れの挨拶ですね」
「はい。一連の殺人事件は、これで……幕引きです。僕は建築士ヴァドスを護送します、本部まで」
「ほんぶ……ほんぶってどこにありますか?」
「聖堂機関の本部は、東大陸の“ストームヘイル”にあります。
ウィンターランド地方ですね」
「はい。建築士ヴァドスを本部に拘束した後は、テメノスさんも彼に面会できますよ」
最初に抱いたのは『何故?』だ。
聖堂機関があの男の審問を私に許すとは一切思っていない
「ほう? あのカラスが許可するとは。きな臭いですね……」
“私のそばにミルフィーユ君がいるから”……でしょうか。
大不死鳥の加護を宿す娘を、聖堂機関本部に招きたい?
クリック君は少しだけ眉をしかめた。
「今回の件への礼かと。疑い過ぎはよくないですよ」
「フフ、疑うのが仕事なもんで」
「テメノスさんは、すぐに本部へ赴きますか?」
「……さて、どうしましょうかねぇ」
道は2つある。
聖堂機関本部へ向かい、彼の審問に赴く道。
もうひとつは、神学者ルーチーが生前調査をしていた“落日の遺跡”だ。
クラックレッジへ調査に赴く道。
果たして、どちらの謎から解くべきか。
「クリック君、私は先にクラックレッジを調べます。そこにはおそらく重要な手掛かりがある。そんな気がするんです」
「はい。どうかお気をつけて……テメノスさん。本部へ来られる時は、僕が歓迎します」
「フフ、楽しみにしていますよ」
「ミルフィーユさんも、お元気で。あの……僕の手を握ってくれませんか?」
「はい!!」
クリック君が両手を差し出し、ミルフィーユ君はピョンッと近づく。
大きな手を、彼女は小さな手で握る。
「クリックさんに、聖火の加護がありますように!!」
祈った後、手を離す。
クリック君は宝物をもらったような笑顔を見せた。
「……ミルフィーユさんは、すごいですよね。祈ってもらうと全身が温かくなります。僕の身に、本当に……聖火の加護が宿ったように感じるんです」
クリック君は一歩下がり、深々とお辞儀した。
顔を上げる。晴れやかな笑みだ。
「テメノスさん、ミルフィーユさん、皆さんもどうかお元気で。
それでは……行ってきます!」
颯爽と走り出す。
私は手を振り、ミルフィーユ君と仲間達は口々に「行ってらっしゃい」を言う。
「ディア……?」
ただひとり、ミルディア君だけが暗い顔でうつむいていた。
「ディア、大丈夫か?」
心配する声にハッと顔を上げる。
仲間達の視線が集中して、ミルディア君はぎこちなく笑った。
「ア、ごっめ〜ん!! お風呂に入りたいなって思っちゃって!!」
意識して笑おうとしている表情だ。
パルテティオの顔から元気が無くなる。
「わぁ〜い!! 私もお風呂いっしょに入りたいでぇ〜す!!」
ミルフィーユ君はピカピカの笑顔だ。
ソローネ君とアグネア君も微笑みを浮かべる。
「いいね。カナルブラインには大浴場があるって聞いたよ」
「わぁ……あたしも入りたい!」
「それでは先に入浴しましょうか。浴場が男女で分かれているそうです」
「……場所はどこだ?」
「町の入り口付近だったかな。大浴場の隣に宿屋があって、少し離れたところに大衆食堂もありますよ」
「お風呂のあとはご飯ですね!!」
みんなで歩く。町の入り口の大きな建物を目指す。
私は聖堂機関の船がある方をチラリと見た。
「(クリック君……)」
君は全て解決したと思っている。
違います。事件の幕はまだ下りていない。
なぜ犯人は殺人を犯したのか? なぜ8神に見立てて殺したのか?
そこを明らかにしなければ。
私は……重大な何かを、見落としている気がする。
その何かを、探しに行かなければ。
・ヴァドス戦の難易度
・大浴場
・大衆食堂
全て捏造、独自設定です。
オルトさんはテメノスさんの旧友設定、二次創作を摂取して「きっと……こんな感じかな……」という妄想で書いてます。