8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【9話③ 大浴場】「土地主から手紙が届いていたんだ……。肩から切り落とした髪を高く買い取るって……」

 大浴場は、宿屋の入浴室を大きく広くした施設だ。

 ソリスティアにたったひとつだけ。

 きれいな水が豊富にあるカナルブラインだからこそ、運営維持できている。

 

 巡礼の旅を思い出す。

 たしか……寄贈された膨大な火の精霊石を使って水を沸かし、浄化し、湯にしていると聞いた。

 店主は東に西に精霊石を買い求めて飛び回っているらしく、管理はカナルブラインに長年住む夫妻が請け負っている。

 恰幅の良い夫婦だ。常に黒いエプロンを着用し、女性用の浴場は妻が、男性用の浴場は夫が案内している。

 

 受け付けでリーフを払い、中に入る。

 休憩室は椅子が多く並び、右通路は女性専用の浴場、左通路は男性専用の浴場に続く。

 私達はそれぞれ分かれ、進む。

 利用者達が旅の一団だった場合、夫妻の厚意で30分間だけ新規の客が入らないようにしてくれる。

 脱衣所には棚が並び、脱いだ服を置いておく。

 各棚それぞれ、柔らかく乾いた清拭布も大小ある。これで湯上がりの全身を拭く。

 

「パルテティオ」

「お? どうしたオズバルドさん」

「俺はフリジット監獄島から脱獄している」

 

 首輪のことを聞かれる前にオズバルドが先手を打つ。

 

「えっ? な、なんて言ったんだ!?」

 

 オズバルドは扉を開け、浴場に入っていった。

 

「彼は無実の罪で収監されていたんですよ。脱獄した彼は今、ハーヴェイという名の男を捜して旅をしています」

「お、おう……」

 

 私も浴場に入る。

 

「テメノス……その杖も……持っていくのか?」

「ええ。天井に待機させますから」

「待機……?」

 

 パルテティオは困惑しながら後に続いた。

 浴場内はほかほかの湯気で温かい。

 

「おおー……すげぇな!!」

 

 とても大きな湯船だ。浴室の湯船を8つ並べたような広さだ。

 利用客が使い終わった後、夫妻が何かしら操作して浴槽を清掃、湯を交換しているらしい。

 

 オズバルドの真相・私の断罪の杖に困惑していたパルテティオは、今では大きな湯船に目を輝かせている。

 私は断罪の杖を宙に浮かせ、天井あたりで浮遊させて待機させる。

 

「パルテティオ、先に洗い場で身を清めますよ」

「あ……そうか! 30分だったな!」

 

 オズバルドは左端で先に洗い始めていた。

 洗い場には、上からいくつもの細い滝が流れ続けている。あれも湯だ。

 小さな椅子が等間隔に並び、椅子と同じ数の桶も置いてある。

 

「テメノス……あの、上から降り注いでるやつは……?」

「水を沸かして浄化してお湯にしたもの、と聞きましたね」

「触って大丈夫なヤツなのか!?」

「ええ。アレは熱くないですよ。温かくてホッとします」

 

 私とパルテティオも座り、オズバルドと同じように洗う。

 私と違い、パルテティオは緊張している様子だ。全ての挙動に自信が無い。

 

「オアーズラッシュの宿屋に浴室はありましたっけ?」

「ん? ああ……あるぜ。最近、だったかな……整備して使えるようになったんだ」

 

 興味深い話に私とオズバルドの手が止まる。

 

「……故障してました?」

「ああ。数年前から使えなくなって……直す為のリーフが無かったんだ。整備する前は、みんな水で身体を拭いていたな」

「水で……?」

 

 過去を思い出しながら話す声は、いつもの彼の声色だった。明るく親しみやすい声。

 湯を沸かす為の火も起こせなかった?

 “直す為のリーフが無い”……詳しく聞きたい話だ。

 かわいい鐘の音がひとつ聞こえる。

 

「10分経ちましたね」

 

 全員洗い終わり、次は湯船だ。

 こんなにたくさんの湯を……客が利用する度に交換している……?

 

「……変ですよ、オズバルド。この量の湯を用意する為に、一体いくつ火の精霊石を使ってるんだ……?」

「長年の謎だ。解を得られぬものとして享受している」

「薪を使わずに、なぜ火の精霊石を……? あの夫婦……“暴き”ます?」

「テメノス、おまえ……最低だな……。絶対やっちゃダメだぜ……」

 

 湯船に入る。湯の高さは私の胸……だろうか。

 手を動かし、肩に湯をかけた。

 

「ああー……いいな、コレ……」

「ええ……全身の力が抜けますね……」

 

 オズバルドは無言で深呼吸する。表情がとてもやわらかい。

 

「……パルテティオ」

「おう、どうした?」

「私に何か聞きたいことはありますか」

「質問を?」

「ええ、旅の目的とかミルフィーユ君のこと、答えますよ私」

「あー……それなら、ミルフィーユのことだな。背がディアと同じだろ? 年齢もそうだと思うんだが。なんていうか……見た目よりも……」

「幼い子どもみたい、ですか?」

「……悪いな」 

「ミルフィーユ君は記憶を全て失っています。保護したのはこの前の冬です」

「記憶喪失……言ってたな、そういえば」

「イチからあらゆる事を教えました。ちいちゃな子どもですよ、あの子は」

「テメノスは、親父さんみたいなことをしてたんだな……」

「はい。テメノスお父さんです。ふふふ……結婚もしていないのに。保護者ですね、私は」

「……そうか」

 

 パルテティオはオズバルドをジッと見つめる。

 眼鏡を外している彼は、湯の心地よさにずっと沈黙していた。

 

「……俺は、オズバルドさんがミルフィーユの家族だとばかり……」

「俺か?」

「そう思っただけなんだ。悪いな。オズバルドさんのミルフィーユを見る目がな……そんな感じがちょっとして……」

 

 それは私も思います。声には出さずとも、あの子に向ける彼の眼差しはとても優しい。

 

「他人だ。あの子は目が離せないからな」

 

 オズバルドは小さく微笑んだ。

 

「……6年前だ。モンテワイズの大図書館で、赤い髪と赤い瞳の少女が学んでいた。髪がとても長く……成長すれば、今のミルフィーユのようになっているはずだ」

「名はヴェリテです。5年前に離ればなれになったそうですよ」

「俺のことを“オズバルド先生”と呼んでいた。今はどこにいるか分からない」

 

 真剣に聞くパルテティオは、心を痛めた顔で口を閉ざした。

 

「私とオズバルドは考えています。“ヴェリテとミルフィーユ君とミルディア君で三姉妹”か“ヴェリテが記憶を失ったことでミルフィーユ君になった”かを」

「それは……」

「パルテティオはどちらだと思います?」

「……そりゃあもちろん、三姉妹だろ。妹がもう1人いたらディアが喜ぶ。テメノスもそうだろ?」

 

 晴れた空みたいにきれいな瞳を向けてくる。私は素直な心で頷いた。

 

「……はい。私もそう思います。そう、願っている」

「オズバルドさんも、その大切な生徒さんに……会いたいな。モンテワイズは東大陸だったよな」

「ええ、有名な大図書館ですよ。……でも私、教皇の遣いで視察に行くことがたまにありますが……赤い髪の娘の話は聞いたことがありません。大図書館で学ぶ子ども、それはすごい。有名でしたよね」

 

 ちらりとオズバルドを見る。

 

「5、6年前なら、私、訪問したことがありますよ。大不死鳥の本があったら報告しろと命じられてね。一切知りませんでした」

「“第8の根源”は?」

 

 私も、パルテティオも、ぽかんとする。

 

「はち? “第7の根源”ではなく?」

 

 かわいい鐘の音がふたつ聞こえる。

 これで20分だ。あと少しで湯船から上がらないといけない。

 

「……えっと、なんでしたっけオズバルド? 8ですか? 7でしたか?」

「いいや、何でもない。忘れろ」

 

 オズバルドはバシャッと顔にお湯をかけた。

 うーん……気になりますね。

 

「テメノスは俺に何か質問あるか?」

「ああ、次は私の番ですか」

「ミルフィーユのこと、話してくれたからな。聞きたいことは何かあるか?」

 

 私は少し考える。知りたいことなら、たったひとつだけある。

 

「……ミルディア君の髪について、ですね」

 

 パルテティオの笑顔がギクリと硬直した。

 

「ミルフィーユ君の髪は長い。だからこそ、ミルディア君の、あの肩口の長さにとても驚いてしまって……。動きづらくて切ったんですか?」

「……あ、ああ。ディアのやつ、さっき2階から飛び降りただろ。いつも、あんな感じで……。『掴まれるの嫌だから。邪魔になったから切って』って、ディアのやつが……」

 

 遠くを見ながら話す。その声は震えていた。

 

「(真実を隠している声だ)」

 

 オズバルドもパルテティオを見つめている。

 しかし、眼差しは穏やかだ。追求する瞳じゃない。

 私は知りたかった。その気持ちのまま、口を開いた。

 

「本当は切りたくなかった。ミルディア君だけじゃない、パルテティオもですね?」

「なんで……それを……」

「“やっぱり切るんじゃなかった”と呟いたのが聞こえてしまったんです」

 

 パルテティオの表情が強い後悔で大きく歪む。

 彼も顔にバシャッとお湯をかけた。ぺたんとした髪から水滴がポタポタ落ちる。

 いつもと違い、元気のない弱々しい表情を見せた。

 

「……オアーズラッシュは、ここ数年、ずっと貧しかったんだ。銀鉱山の権利を持つ土地主との契約で、利益を……リーフを払わなきゃいけなくて……。銀も、価値が下がって……」

 

 打ち明けてくれる。その声に、ひたすら耳を傾ける。

 

「半年前から、ロクに飯も食えなくなっちまったんだ。せめて食べ物だけは……って、俺もディアも、兄弟達も、あちこち奔走してリーフを一生懸命かき集めていたんだ……」

 

 パルテティオは湯船を見つめながら話す。その瞳は暗い色をしていた。

 

「……それでも、出来ることは限られていた。とうの昔に家のモンは全部売っ払ったし、ディアも自分の手鏡を手放した……」

「……だからミルディア君は、ミルフィーユ君が自分と同じ顔をしていると気づかなかったんですね」

「1日にパンひとつだけ……そんな日ばかりだった。どんなに銀を掘っても腹が膨れない。仕事も見つからない。町のみんなが未来に……輝くものを見出だせなくなっていた……」

 

 パルテティオの表情がもっと暗くなる。   

 

「……そんな時、ハサミを持ったディアが俺の部屋に来たんだ。ぶるぶる震えた手で、今にもハサミを落としそうな手で……。『私の髪を土地主に売る』……なんて、言いやがって……」

 

 私もオズバルドも息を潜めて聞く。それしかできなかった。

 

「ディアの髪も、ミルフィーユと同じ長さだった。土地主から手紙が届いていたんだ……。肩から切り落とした髪を高く買い取るって……」

 

 私も、オズバルドも、顔から感情が失せてしまう。まばたきもできない。

 パルテティオに『その土地主は今はご存命ですか? 所在を知っているなら教えてください。断罪しに行きますので』と言いたかったけど、大事な話を遮りたくないから黙っておく。

 オズバルドは無言だ。しかし、ゴゴゴゴゴ……という音が聞こえてきそうな凄みがあった。

 

 パルテティオの顔が苦痛で歪む。彼は今、最も辛いことを思い出している。

 

「手紙に……いくらで買い取るかも記載されていた。1ヶ月、町のみんなが腹いっぱい飯を食える額だった。契約書も同封されていた。ディアはいつもと同じように笑って……『うまくやり繰りしたら2ヶ月は食べられるよ』って……。俺に……ハサミを渡してきて……」

 

 今にも泣きそうな、辛く吐き出す声だった。

 

「切れるわけねぇ……あんな、宝石よりも綺麗な赤い髪をよ……。でも、断れなかった。ディアが、底抜けに明るい笑顔で言ったんだ……。

『嫌なこと頼んでごめん。やっぱり土地主のところに行ってくるよ。切ってもらうついでに、どんな顔してるか確かめてくるから』って……」

 

 ミルディア君を見て分かったことがある。

 あの子は……心を殺して平然と笑える娘だ。

 そして、2階から飛び降りてヴァドスを追いかけた義憤の心。

 あの娘は決めたことを曲げない。切ると決めたら迷わずに髪を切る。

 

「私もきっと切りますよ、パルテティオのように。それしかありません」

「あの娘は町を救いたかったはずだ。そして、髪を売却したことでたくさんの者を生かすことができた。パルテティオの負い目をあの娘は見抜く。抱えるのは感謝だけにしろ」

「テメノス……オズバルドさん……。ありがとうな……」

 

 パルテティオは私とオズバルドに深く頭を下げた。

 入浴時間終了を知らせる鐘が鳴る。

 私達は浴場を出て、大きい清拭布で手早く全身を拭いていく。

 

「今日聞いた話は誰にも言いません」

「俺もだ。死ぬまで他言しない」

「……悪いな」

「銀鉱山の権利は、今はオアーズラッシュにありますか?」

「え? なんで知って……?」

「パルテティオとミルディア君が笑顔で旅立ったから、でしょうか。土地主に搾取されることなく稼げるようになったから、君達は安心して町を発つことができた」

「すっげぇな、テメノスは。その通りだ。土地主との契約を正して、手を出せねーようにして、働いた分だけ皆の懐にリーフを入るようにしたんだ」

 

 パルテティオは晴れやかに笑う。

 

「スッキリしました?」

「ああ……なんか、すごく温かくなった。良いな、旅の仲間って」

 

 着替えた後、使用した清拭布を籠にまとめて入れる。

 待機中の断罪の杖を呼び戻した。

 

「この後は大衆食堂でご飯ですね。オズバルドは何か食べたいのあります?」

「食事か……フム」

「ご飯の後は宿屋だな」

 

 話しながら通路を歩き、休憩所に戻る。

 無人だ。髪を乾かしているのかな。

 私達は並んで椅子に座る。全身が温かく、気が抜けたまま会話を続ける。

 

「ご飯の前に何か飲みたいですねぇ……」

「……食堂では飲み物も注文できる。6年前は、果物を使ったジュースが有名だった」

「お! いいな! 果物のジュースなら、ディアもアグネアもミルフィーユも喜ぶぜ」

「テメノス様〜!」

 

 湯気が立ち上るミルフィーユ君が戻ってきた。

 服装はいつもの旅装だ。リュックも背負っている。

 

「あのかわいらしい服はどうしたんです?」

「リュックに入れました!」

「な、なんかすげぇ湯気がモクモク出てっけど……大丈夫か!?」

「そういう体質なんです」

「本当か!?」

 

 遅れてソローネ君達も戻って来る。

 ミルディア君は湯気がシュウシュウ出ていない。

 

「テメノス様! テメノス様!」

「おやおや。とってもびっくりな発見をしたような顔をしてますねぇ、どうしました?」

「私とミルディアお姉ちゃん! 背中が同じでした!!」

 

 顔に、動揺が出そうになった。

 おそらくオズバルドも。

 アグネア君はソローネ君をチラチラ見る。話すべきか迷っている眼差しだ。

 

「……私とアグネアが知らない文字がたくさん書かれていたよ。字の形も並びも、2人とも同じだった」

 

 その後の話が、私の耳には届かなかった。

 

 赤い髪と赤い瞳、同じ顔、背中に刻まれた文字も同じ。

 私がミルフィーユ君をヴェリテだと思ったのは背中の文字だ。

 ミルディア君の背中にも同じ文字があるなら……

 

「(……ソリスティアのどこかで、オズバルドの生徒も生きている?)」

 

 赤い髪の娘は特異体質だ。

 傷がすぐに癒え、一日の睡眠時間はたったの120分。

 ミルフィーユ君を保護する前、聖火が赤く変色した。

 いつの間にか、彼女は聖火の前に座っていた。

 

 聖火は4つだ。

 ミルフィーユ君、魔女、ヴェリテ、ミルディア君。

 ひとつの聖火でひとり分。

 全員がそれぞれの聖火から産まれた存在なのでは?

 

 深く、深く考える。

 何も見えなくなるほど集中した。

 




・大浴場
・大衆食堂

全て捏造、独自設定です。
カナルブラインの大浴場は特別な火の精霊石を使って湯を沸かしています。
長年の謎はストームヘイル編で明らかになる予定です。
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