8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【10話 カナルブライン】「テメノス様、“でーと”ってなんですか?」「……仲良し同士で行きたいところに行く。それを“デート”と言うんですよ」

 町の人達が私達の汚れた服を洗濯をしてくれて、

 その間に着る服も貸してもらって、

 果物を受け取った家族の人達がお返しの品を届けてくれて、

 大衆食堂の店主が“病原”解決のお礼にと朝食をごちそうしてくれる。

『因果応報』────その言葉が頭に浮かぶ。

 

 客のいない貸し切りの食堂内はとても穏やかだ。

 青年店員は大きなテーブルを三つ並べてくれて、申し訳なさそうな顔でお辞儀をする。

 謝りたい顔をしていたが、ミルフィーユ君が困るから口止めをお願いしていた。

 運ばれてくる朝食を各自で取って食べていく。残ったものはお弁当として包んでくれるそうだ。口々に「いただきます」を言い、朝食を食べる。

 乾いた服に着替えたら出発だ。

 

「私の話をしてもいいかしら」

 

 そう切り出したのはキャスティだ。

 私達は頷き、彼女はホッと息をこぼしてから続ける。

 

「実は私……記憶を失くしているの。自分が何者で、どこから来たのか、何も思い出せなくて。憶えていなくて……」

「わ! 私もそうです!!」

 

 今にも立ち上がりそうな顔をしたミルフィーユ君は、朝食の途中だとハッと思い出す。

 

「おんなじですねっ」

 

 立ち上がらずに、にこ!と喜びに笑う。キャスティにとっては嬉しくないですよ。

「あなたも……!?」と驚きの声を上げた。

「記憶喪失仲間だね」とソローネ君がいつもの声音で言う。

 オズバルドは難しい顔で朝食を上品に食べ、

 パルテティオとミルディア君とアグネア君は『何か自分にできることはあるか』と悩む顔をした。

 

「ミルフィーユ君はこの前の冬、フレイムチャーチの大聖堂・聖火の前で保護しました。全てを忘れていましたよ」

「私、名前も思い出せなくて。テメノス様が私に“ミルフィーユ”と名を贈ってくださったんです」

 

 姉が『そうなの!!!?』と特大に驚いた顔をして私を凝視する。

 私は彼女に『名付け親です!』の顔をしてパチッとウインクしておいた。

 

「キャスティさんの“名付け親”はどなたですか? 気になります」

「私の名前は、着ていた服に縫ってあったの」

「良かったです! 私の着ていたものには書いてなくて……脱いで確認したけど見つかりませんでした……」

 

 私は表情をそのままに、内心ひやりとした。

 ここでミルフィーユ君が『テメノス様も同じ部屋にいたんですよ! 脱いだところを見守ってくれてたんです!』とか話したら最悪だ。

 姉に鉄拳制裁されるかもしれない。

 バレたらもちろん懺悔して無抵抗で受け入れますが、どうか何も言わないでくださいねミルフィーユ君……!

 

「キャスティさんは腕にあるキラキラの他に、何か持ってましたか?」

 

 私は表情をそのままに、内心ホッとした。

 キャスティはごそごそと動き、鞄をテーブルに置く。

 

「私の所持品はこの鞄だけよ。中には薬を練るための鉢と棒、薬草と白い花があって。それで……自分が薬師だと思い至ったの」

 

 キャスティは誇らしげに微笑み、鞄を身に付けた。

 

「……ここに来る前、私は小舟で海を漂っていた。潮の流れと、自分の症状から推測して……東大陸を出て数日間は漂流して、カナルブラインの港行きの客船に救われた」

「潮の流れで分かるのか? すげぇな……!」

「すっごいです!!」

「ふふふ、ありがとう」

「カナルブラインに到着して、すぐに昨日のアレだったんですか? 薬の調合、感謝しますよ」

「この町に薬師は不在だった。キャスティが来なければ、もっと大きな騒乱に呑み込まれていたことだろう」

「あたしも皆も、水を飲んでいたかも……。そう思ったら本当に、キャスティさんが居てくれて良かった」

「あなた達もね。私ひとりでは“病原”を解決できなかったわ」

 

 私達は目的も行く先も違う旅人だ。

 しかし、大きな困難を、共に戦って乗り越えた。

 ミルフィーユ君、きみは私に聞きました。『もし出会うなら、テメノス様はどんな旅人さんがいいですか?』と。

 私は『強い方ならどなたでも』と答えた。

 彼らはみな強い。頼りになるし、背中を預けられる。

 そしてミルフィーユ君は願った。『テメノス様が安心して眠れる人がいいです』と。

 安心して眠れます。昨晩もそうでした。これがきっと“仲間”なんでしょうね。

 

「……昨日、この町で出会った人がいるの。名はマレーヤ。ある薬の調合方法を探し求めて旅をしている薬師で……彼女は、私の記憶が戻ることを願っていた」

 

 キャスティは鞄を探る。取り出したのは小さな手記だ。

 

「これは、私が記したと思われる“医療の記録”よ」

「手掛かりですね。キャスティ、その本にはどんな記録が?」

「2つの町の名前が書かれていたわ。“サイの街”と“ウィンターブルーム”」

「むむむ……両方東大陸にありますか?」

「“サイの街”は西大陸、“ウィンターブルーム”は東大陸ですよ」

「ありがとうございますテメノス様。キャスティさん、あのあの、その本には他に何か書いてますか?」

 

 手記を閉じる彼女の顔色は悪い。

 

「キャスティ……ジュース飲む?」とソローネ君が声を掛ける。

「平気よ。後でいただくわね」とキャスティはわずかに微笑む。

 

「何かは書いていたはずよ。でも、血が付いていて読めなかった」

 

 穏やかな食事の席に緊張が走る。

 

「……キャスティはどこか怪我してた?」とミルディア君が確認し、

「いいえ。私は無傷だった」とキャスティが答える。

「それなら、別の誰かの血か」と硬い表情でパルテティオが呟いた。

 

「……私は旅立ちたい。“サイの街”か“ウィンターブルーム”に。手掛かりは、この医療日誌だけ。私は思い出したい、自分が何を忘れてしまったかを……! だから、行ってみるしかないわ。ここに書かれた2つの町に」

「一緒に行きましょう!!」

 

 元気に言ったミルフィーユ君はバッと挙手した。

 

「テメノス様はーい!! 私、“サイの街”に行きたいです!」

 

 朝日よりまぶしい笑顔だ。フ、とつられて微笑んでしまう。

 

「“サイの街”がどこにあるか知ってますか?」

「たぶん北のほうです。アグネアさんの村よりもず〜っと北!」

 

 ミルフィーユ君……きみ、自分のリュックに魔法の地図があるのを忘れてますね……。

 キャスティは嬉しそうに目を細めて「ありがとう」と伝え、次に私に全身を向ける。

 

「……よかったら、私も同行させてもらえないかしら」

「喜んで。歓迎しますよ」

「薬師がいるのは安心。私も大歓迎」

「反対する理由がない」

「わ〜い!!」

 

 次の話題は、全員の行き先の確認だ。

 

「俺とディアは、ブライトランド地方の“クロックバンク”」

「東大陸だよ。ここの停泊所の出港、何時だったかな……わたし、後で確認するね」

「ミルディアさん、あたしも東大陸! ニューデルスタに」

「仲間だな。一緒に行こうぜ」

「あ! ニューデルスタは気を付けてくださいね! ヤバい花をどうぞする悪い人がいるんです! 嗅いだら眠くなっちゃう花なんですよ!」

 

ソローネ君が「そいつ……“フィルドのハイド”って呼ばれてる男だよ……」と呆れた声で言った。

私もニコ!と微笑んで「安心してくださいね! この前その男を、どなたかがお仕置きしてましたから」と明るい声で付け加えた。

 

「護衛はわたしとパルテティオがするから!」

「助けるからな」

「嬉しい! ミルディアさん、パルテティオ、ありがとう!」

 

 ミルフィーユ君は笑顔でうんうん頷いた。アグネア君に心強い護衛がついて喜んでいますね。

 

「私とミルフィーユ君は“クラックレッジ”でオズバルドは“コニングクリーク”で、ソローネ君の次の目的地は……」

「私は“ウェルグローブ”」

「ミルフィーユ君。地図を出しますか?」

「あ! そうでした! 地図を見ればいいんですね!」

 

 ミルフィーユ君はうきうきの顔でリュックから地図を出し、広げる。

 アグネア君、パルテティオ、ミルディア君、キャスティは初めてこの地図を見る。目が釘付けだ。

 

「これって……地図!?」

「なんだ、この、キレイなのは……」

「きききキラッキラしてる!」

「美しいわね……」

 

 カナルブラインに光る字が並ぶ……その数は、前に確認した時よりも増えていた。

 キャスティに改めて“魔女”について説明する。

 彼女は真剣な顔で聞いてくれた。

 

「この地図を、その魔女さんが贈りました」

「コッココッコッコレを!!?」

「鶏みたいですねぇ」

 

 ミルディア君は大興奮で息が荒い。

 パルテティオは商人の顔でジッと見つめている。

 

「す……すげぇ……。なんだコレ……すげぇ……。すげぇとしか言えなくなっちまった」

「地図に文字が増えているな」

「やっぱり気づきますよね、オズバルドも」

 

 ソローネ君は目を細めて「CとPとA」と読み上げ、

 ミルフィーユ君が「キャスティさんのCとパルテティオさんのPとアグネアさんのAですね!」と自信満々に答えた。

 

 青色、明るい紫色、白色、黄色、橙色、青空色────その順番で。

 CTOPAT────その並びで、字は光っている。

 

「私達と同じ顔の人がこれを贈ったの……?」

「特別なプレゼントね!」

「はい! そうなんですアグネアさん!」

「どんな人が贈ったの? 気になるわね」

 

 私とオズバルドとソローネ君の表情は暗い。とてつもない温度差を感じる。

 

「心証が良い方に傾いてしまいましたね……」

「……今だけだ」

「アイツに会ったら悪い方に傾く。うさん……苦手だと思うわよどうせ」

「(今胡散臭いって言いそうになった。ミルフィーユ君に配慮して言葉を濁しましたね)」

 

 魔女の地図に、初見の仲間達が集まった。

 代わる代わる触って歓声を上げている。

 パルテティオとミルディア君が輪から外れてこちらに来た。

 

「テメノス。アレ……魔法で作られたのか……?」

「はい、おそらく。破れないし、折り目も消えます」

「よし! わたし、魔女のお姉さんといつか話す時にこの地図のことも聞く!!」

「こんにちは」

 

 わいわい賑やかな空気が凍り付いた。

 ソローネが「ゲッ」と低く呻き、私は「出た……」と呟いた。

 黒いベールで素顔を隠した魔女が、数メートル離れたところに立っている。

 扉が開いた音は聞こえなかった。

 どこから入ってきたんだこの魔女は……!

 

「ライトさんこんにちは!!」

「はい、こんにちは。美しい髪のかわいいあなた」

 

 黒ずくめの姿をした不吉の象徴は丁寧に一礼する。

 

「この人が……?」

「ええ。ミルフィーユ君に地図を贈った魔女です」

 

 ミルディア君は焦りを顔に浮かべている。

 心の準備が出来ていない状態での対面だから仕方ない。

 魔女はミルディア君に向けて微笑んだ。

 

「初めまして、美しい髪の快活なあなた」

「こ……こんにち、は」

「そう緊張なさらないで。贈ればすぐに帰りますから」

「え……?」

 

 ツカツカ歩いて接近してくる。

「わぁっ」とミルフィーユ君は明るい歓迎の声を出すものの、私達は魔女の急接近にビクッとした。

 食事の席目前でピタリと止まり、食堂が一気に暗くなったように見えた。

 まるでおぞましい害虫が飛んできたような。

 嫌悪感が全身を走り、食欲が消えて吐き気がしてくる。

 魔女はテーブルに手を置いた。やめてほしい触らないでほしい帰ってほしい。

 

「どうぞ」

 

 クルッと踵を返し、帰っていく。

 正方形の紙に赤いリボン……これは、同じ地図をミルディア君にも?

 

「待って!!」

 

 姉がすぐに動いた。

 

「わたくし、行かなければなりません」

「ほんとに待って! 1リーフも払わずに受け取るなんてできない!」

 

 追いかけようとしたミルディア君に、魔女はベールを外してふわりと放り投げてくる。

 黒いベールは無音で床に落ち、魔女の姿は消えていた。

 

「今のが……ディアとミルフィーユと同じ顔の……?」

「全身真っ黒だったね、キャスティさん……」

「……突風みたいな方」

 

 ミルディア君はベールを拾い上げる。元気のない後ろ姿だった。

 

「お姉ちゃん……大丈夫ですか……?」

 

 ミルディア君が戻って来る。

 タダでは物を貰えない性分なのか、悔しそうに眉間を寄せていた。

 

「……ごめん。大丈夫」

 

 力なく呟き、ミルディア君は着席する。 

 彼女は震えていた。苦しそうに息を吐く。

 

「……パルテティオ、あの人が渡してきたもの、開いて」

「お、おう……」

 

 笑顔がない。真剣な表情のミルディア君に、パルテティオは頷いた。

 リボンをほどき、正方形の紙を開いていく。

やはり同じ地図だった。

 

「わぁ~!! おんなじ地図です!!」

「なんで……アイツはこれを……?」

 

 指先でつまみ、パルテティオは品定めをする。裏返したり、透かして見たり。

 

「……“欲しい物”を聞かずに寄越してきたな」

「先生はどう思う? アイツの行動の理由」

「判断材料が不足している。考えるだけ時間の無駄だ」

「私もそれには賛成です。もっと対話を重ね、情報を得てから考えましょう。今はあの方のことで貴重な時間を割きたくありません」

「ねぇキャスティさん……。テメノスさん、ちょっとトゲトゲしてる……?」

「苦手意識があるのかしら」

 

 分析しないでください、と思いつつ、キャスティのそれを聞かなかったことにした。

 ミルフィーユ君がミルディア君の頭をなでなでしている。

 妹に撫でてもらっていることにも気付かず、彼女は深刻そうな顔で魔法の地図を睨んでいた。

 

「ミルディア君」

 

 声をかけても反応無し。肩をボンボンッ、と叩けばビクッとした。

 見上げる赤い瞳はわずかに怯えている。

 

「あ、ごめん……何かあった?」

「何かあるのは君のほうですよ。妹さんが心配していることにも気付かない。なにか気になることが?」

 

 全員の視線が集中している。

「ごめん……」と呟き、ミルディア君は両手で顔を覆った。

 

「あの人を見た時に、ちょっと“視えた”の。あの胸のブローチ……あの宝石がね」

 

 反応したのは私、オズバルド、ソローネ君、ミルフィーユ君だ。

 

「ブローチ……あの黒い宝石か?」

「そんなもの、付けてたんだ……」

「顔ばかり見ていたわ」

 

 パルテティオはいつもの表情。

 アグネア君とキャスティはピンときていない様子だ。あの魔女は全身胡散臭いから、胸元の宝石は逆に霞んで見えるのかもしれない。

 苦しそうに呼吸する姉を妹は心配して、後ろからギュッと抱きしめた。

 

「……とても静かだった。でも、アレは……見ちゃいけないヤツ……」

 

『禍々しいですよねあの宝石。不吉と凶兆と災いと禍根をひとつにまとめた塊ですよアレ』と言いたくなったものの、ミルフィーユ君に怒られるから黙っておく。

 

「……ミルディア君は、アレを見てどう思いました?」

「アレは……うう……。“入ったら二度と外に出られない洞窟”、“不滅の篝火が存在しない夜の道”……。黒よりも……真っ暗な黒……」

 

 パルテティオが歩み寄る。ミルディア君の傍らに寄り添った。

 

「……アレは、ダメ。あんなの……身につけて良いものじゃない……。外してあげなきゃ……」

「ミルディアお姉ちゃん……あの宝石、ライトさん、大事な物って言ってました……」

 

 ビクッと震え、両手を下ろして「嘘でしょ……?」と呟いた。

 

「ええ。一度だけ欲しい物を聞かれて試しにあの宝石を指定しました」

「嘘でしょ!?」

「くれるかどうか試しただけです。渡されたら困るから、遠回しに言葉を選びました」

「怒ったよ、あの女。絶対に渡せないって言ってた」

「すごく大切なのね……。あたしも……思い出の物だったら断っちゃう……」

「急に近づいてきて驚いてしまったわ。笑顔なんだけど、何を考えてるか読めない人ね」

「キャスティは知りませんでしたね。あの方、ソローネ君が幼い頃からずっと付き纏ってるそうです」

「ずっと……!?」

 

 衝撃を受けた顔で「何歳……なのかしら……?」と疑問を呟いた。

 

「あの黒い方は今後も突然やってきます。おそらく、ソローネ君のいるところに現れる」

「次に出現するならウェルグローブだ」

「その通りになったら怖ぇな……」

 

 はは、と苦笑するパルテティオ。

「……本当に追っ払えるの?」とソローネ君が静かに問えば、笑顔がギクリと硬直した。

 

「そ、そりゃあな……困ってんだったら……助けるぜ……」

 

 ここで地図の話題は終わっていいだろう。

 私は勝手に判断して、パルテティオから地図を奪ってベキベキに小さく折り畳んだ。

 

「おわっ!? そんなベッキベキに……!!」

「小さくしたほうが持ち運びやすいでしょう?」

 

 最初の正方形よりも小さく折りたたみ、赤いリボンでキュッと結ぶ。

 

「あの方はこれをミルディア君に贈りました。……一方的に押し付けてきましたが」

「ミルディアお姉ちゃん良かったですね。この地図があればすっごく旅しやすくなりますよ!」

 

 ふっ、と息をこぼし、姉は微笑んだ。妹の笑顔を嬉しそうに見つめながら。

 

「……そうね。実はわたしとパルテティオ、地図を持ってなかったの」

「買わなきゃいけない、ってのは思ってたんだ」

「えへへ……実はあたしも」

「一緒に使おう。アグネアも東大陸を旅する仲間だから」

「素晴らしい贈り物ね」

 

 キャスティは純粋な声で言う。

 ミルフィーユ君は喜びに溢れた笑顔で頷いた。

 

「はい! そうなんです!! ライトさん、すっごく良い物をプレゼントしてくれたんですよ!!」

 

 無駄に話すことなく、一方的に押し付けて帰って行った。何なんでしょうあの魔女は。

 あの微笑みを思い出しただけで嫌な汗がブワッと浮かんでくる。

 恩を売って……今後、大きな何かを取り立てに来るのでは……?

 

 そこで会食はおひらきとなった。

 地図はミルディア君が所持し、店主と青年店員に改めて朝食の礼を伝えて、私達は外に出る。

 出港までの自由時間を各々過ごすことで、一時解散となった。

「私は回診に行ってくるわね」とキャスティが最初に動いた。

「いってらっしゃいキャスティさん、お熱出た皆さんをお願いしますね〜」とミルフィーユ君が見送った。

 

「俺は……店でも覗くか……?」

「あたしもそうしようかな……」

「先生はどうする?」

「……ふむ」

「ミルフィーユ君、せっかくだからお姉さんとお散歩に……」

「はい! テメノスはわたしの妹とデートに行ってください!!」

 

 “デート”……聞き捨てならないことを言われた。

 止めてくださいそういうの。この子は私とフレイムチャーチの皆さんで育てた一人娘なんですよ。

 

「……ミルディア君。出港したら、妹に会いたくても会えないんですよ。妹との時間を満喫するなら今だけだ。あなたがミルフィーユ君とデートなさい」

「わたしはいいの! それよりも安心したいの! 昨日のアレコレがまだ何にも解決してないんだから!」

「ミルディア君。昨日はたくさんありがとうございました」

「どういたしまして!」

 

 赤い瞳が義憤で燃え上がっている。やりづらいですねぇ。

 

「ミルフィーユ! テメノス様とふたりっきりでデートしたいよね!?」

「テメノス様、“でーと”ってなんですか?」

 

 止めてくださいこっちを見ないでください。

 私がどう答えるか仲間達は興味津々なのか、全員の視線をグサグサ感じた。

 私は遠い目をしたい気持ちを抱えながら、先生としての笑みをミルフィーユ君に向けた。

 

「……仲良し同士で行きたいところに行く。それを“デート”と言うんですよ」

 

 アグネア君とパルテティオが苦笑し、

 ソローネ君は『つまんない返答だね』と言いたげな顔をして、

 オズバルドは『及第点だな』と言ってるような顔をして、

 姉は大満足の笑みでニッコニコして、ミルフィーユ君はパァッと明るく笑った。

 

「なるほどですね! ありがとうございますテメノス様! 私、テメノス様とデートしたいですっ」

「はい……行きましょう……」

 

 仲間達に見送られ、ミルフィーユ君とお出かけに出発です。

 

「行きたいところはありますか?」

「座ってゆっくりできるところがいいです」

「景色がきれいなところを知ってますよ。空いてたらいいですねぇ」

 

 歩き始めて、尾行してくる仲間達の存在を察知した。

 見晴らしの良いところに行きましょう。

 ミルフィーユ君には近くのベンチを案内した。先に座ってもらい、人ひとり分の間を空けて座る。

 全身を私に向け、嬉しそうな顔でもじもじしていて……少しは景色も見てほしいな。

 

「ミルフィーユ君、昨日はたくさん頑張りましたね」

「はい。テメノス様達いっぱい頑張ったので、私も……」

 

 一瞬、遠い目をして、少しだけうつむいた。

 

「……頑張れない時があったんですけど、たくさんたくさん頑張りました」

「(これは……思い出してますね。大泣きしたことを……)」

 

 できれば笑顔でいてほしい。しかし、無理して笑ってほしくない。

 

「ミルフィーユ君は憶えてますか? 昨日、きれいな色のジュースを飲んだことを」

「はい! 元気になるプラムの味がしました!」

 

 パッと笑顔が戻る。しかしすぐに難しい表情をして「えっと……おいしいなぁ、楽しいなぁって思ったんですけど、でも、ぜんぜん思い出せなくて……」と苦しい声で話してくれた。

 

「『テメノス様、ちゃんとお返事してくれないんです。私、言ったのに』」

「え!? なんで知ってるんですか!?」

「教えてくれたんですよ、ミルフィーユ君が私に」

「私が……テメノス様に……?  いつ言いました? ううん、わかんないです。心の声がぼろぼろ出ちゃってました? テメノス様の背中を押してたので……思ったことが……こう、手からじわぁっとテメノス様に伝わりました……?」

「はいそうなんですよ。私、異端審問官なので。ミルフィーユ君の考えがジワッと伝わってキタンデスヨ」

「す! すごいですテメノス様!!」

 

 訂正するのも真実を話すのも面倒くさい。そういう事にしておきましょう。

 見晴らしの良いところだから、他の町人や旅人も景色を眺めたりしている。

 

「『ちゃんとお返事してくれない』……それを、私はずっと考えていました。解に気付いたので、答え合わせをさせてください」

 

 ミルフィーユ君は緊張した顔で、真剣な眼差しを向けてくる。

 

「君は昨日、私に言いました。『ずっとこうしていたい』と。その言葉に私は……『着いたら離れてください』と、そう言いました」

 

 周りの目もあったし、ミルディア君も話していたから、意識が分散されていた。

 

「君の言う通り、ちゃんと返事をしていなかった。あの時の私はダメダメでした。すみません……ミルフィーユ君。あの時、私が言わなきゃいけなかった返事はこうです。『私も同じことを思いました。これから先もずっとミルフィーユ君と楽しいことをしていたい。ですが、このまま押していただくのは恥ずかしいので、着いたら離れてくださいね』です」

 

 心を向けるような、そんな眼差しで聞いていたミルフィーユ君の瞳に涙がにじみ出た。

 ぼろぼろっと涙がこぼれ落ちる。

 

「……昨日、たくさん泣いちゃったんです」

 

 あ。言うんですね。

 

「ごめんなさい……。昨日はずっと変だったんです……。さびしくなって、離れたくないって思っちゃって……。そばにいたくて……わがままを言ってしまいました……」

「そう思う時もありますよ。“わがまま”なんて思ってはいけません。昨日は……本当に、そばにいてもらうわけにはいかなかったんです」

 

 もし連れて行ったら。

 ミルフィーユ君はルーチーの遺体と、血痕が飛び散ったあの室内を見てしまっていた。

 もう二度と、人の死は見せたくない。教皇の死を最後にしたかった。

 

「……でも、痛感したんです。離れてはならなかったと。酒場の2階でミルフィーユ君の隣にヴァドスが座っていると気付いた時、全身の血が凍りました。やはり、一緒にいたほうがいい。今ではそう思います」

 

 ミルフィーユ君は涙をぐしぐし拭う。そんな乱暴にしたらダメですよ。

 私は服と共に貸してもらったハンカチを出し、ミルフィーユ君の頬を優しくて撫でた。

 

「これから先、何が起こるか本当に分かりません。安全だと思っていた場所で危険に巻き込まれたり、安心できる場所でとんでもない災難に襲われたり。やはり……君のほうが正しいです。ミルフィーユ君、私のそばにいてください」

 

 断罪の杖から手を離し、傍らで待機させる。膝の上に置いてる小さな手を握った。

 

「私が君の目を塞ぎます。君の前に立ち、全ての脅威を退ける。ずっとそばにいますから」

「いいんですか……?」

 

 いつもなら大喜びで『大好きです!』と言うはずなのに、今の君は笑うことなく震えていた。

 自信を失っている瞳から、大粒の涙がまたこぼれ落ちる。

 

「はい。私がミルフィーユ君を守ります。この先もずっとです。約束します」

 

 涙で濡れた瞳のまま、頬を薔薇色に染めて乙女は微笑んだ。

 晴天の空がよく似合う笑顔だった。

 

「……はい。大好きです、テメノス様……!」

 

 ぎゅっと抱きついてくる。よしよし、ポンポンと背を撫でる。

 

 視線をあちこちから感じた。

 左斜め後ろから「うっうっうっ……幸せになってほしいぜ……」と「ありゃもう結婚だろ……」と男達のヒソヒソ声が────食堂で野次を送ってた男達か。

 結婚も恋仲も有り得ない。根気強く育てた我が子なんですよ。自慢の愛娘なんです。

 

 ミルフィーユ君は晴れやかにピカピカと笑い、これで大丈夫ですと私も微笑み、仲間達のもとへ戻る。

 見守る保護者の輪になぜかキャスティも参加していた。

 姉はしゃがんで号泣していて、パルテティオが嬉しそうな顔で彼女を支えていた。

 

 乾いた服を届けてくれた町人達に全員でお礼を伝え、宿屋で着替えをする。

 その間、ミルフィーユ君とミルディア君はぴったりとくっついて仲良く話していた。

 私とソローネ君とオズバルドは、アグネア君とパルテティオに東大陸の情報を伝えた。

 

 話していたらあっという間に時間が経ち、あと10分ほどで出港になる。

 みんなで走って停泊所に行き、パルテティオ達は急いで乗船した。

 この客船はトト・ハハ島を経由してニューデルスタ港へ行く。

 姉がすぐに下船し、バタバタ走って戻って来る。

 

「忘れ物ですか?」

 

 ミルディア君は私に一切目もくれず、ミルフィーユ君を抱きしめた。

 とても小さな声で何かを伝えて、すぐに離れた。

 

「テメノス! 手ぇ上げて!」

 

 私は反射的に右手を上げる。

 その手に、ミルディア君はパァン!とハイタッチした。

 姉は「いってきます!!」と元気に言いながら走る。

「お姉ちゃあああああん! いってらっしゃ〜い!!」とミルフィーユ君が言ってる間に乗船していった。

 

「賑やかだね」とソローネ君は小さく笑い、

「いつか会えたらいいわね」とキャスティは目を細め、

「……近い内に会えるはずだ」とオズバルドは呟き、

「手がジンジンします」と私は右手を揉んだ。

 

 客船が出港する。ゆっくりと停泊所を離れていく。

 

「ミルフィーユ君、お姉さんは何て言ってました?」

「『わたしにはパルテティオがいる。ミルフィーユにはテメノス様がいる。だから、何があっても大丈夫だよ』って、お姉ちゃん言ってました」

「……嬉しいですね」

「はいっ!!」

 

 遠ざかる船から何か声が聞こえて、私達は一斉に顔を向けた。

 ミルディア君が身を乗り出している。

 

「なんて危ない……落ちちゃいますよ……」

 

 ミルディア君が声を張り上げてる。一生懸命に何かを伝えようとしている。

 

「お姉ちゃん大きい声です」

 

 落ちないように引っ張ってるパルテティオの腕が見える。本当にお疲れ様です。

 彼女の声がやっと聞こえた。

 

『いたの』『船に』『もうひとり』『わたしの』『妹が』

 

「は?」

 

 さらにもうひとり、身を乗り出してきた。

 小さくて視認が難しい。ここはソローネ君だ。

 

「見えます?」

「……同じ顔だよ。赤い長髪をひとつに結んでいる。服装は……男みたいな服着てる。困った時のミルフィーユと同じ顔してる」

 

 ミルフィーユ君もダッと動き、海に落ちるギリギリの場所まで走る。

 私もすぐに追いかけた。パルテティオみたいなことをした。

 

「おねぇ!! ちゃあああああん!!!! いつかどこかでええええええ!!! みんなでえええええええ!!! 集まりましょうねええええええ!!!!」

「うるさ……」

 

 耳がキーンとした。

 客船は離れ、ソローネ君も見えないほど小さくなる。

 私とミルフィーユ君は仲間達のところに戻った。

 

「テメノス、お疲れ」

「とても大きな声だったわ。きっとお姉さんにも届いたはずよ」

「はい。お姉ちゃん、腕でまるを作ってました」

「……よく見えましたね」

「赤い髪の娘はソリスティアに何人いるんだ……」

 

 オズバルドが難しい顔で眉間にしわを寄せていた。

 

「全部で12人いたらどうします?」

「……大きな一族だな」

 

 そして、私達もカナルブラインを出発する。

 次の目的地はコニングクリークだ。

 

 道中、ミルフィーユ君にお願いして魔法の地図を見せてもらった。

 光る文字は海上にあり、PAHの並びで輝いている。

 緋色のH───初めて見るそれに指先を伸ばしたのはミルフィーユ君だ。

 チョン、と触れた瞬間、左側に“ヒカリ・ク”と、光る字が浮かび上がる。

 

「この人誰ですか?」

 

 上から見守る私達は、誰も何も言えなかった。

 動いたのはソローネ君で、輝く文字が4つ並んでいるところの“C”を指先で押す。“キャスティ”と光る字が浮かぶ。

 ミルフィーユ君はムムムと軽く唸った。

 

「キャスティさんは名前だけですね。知らない人は誰でしょう? わかんないです」

 

 考えるのを放棄した明るい声だった。

 

「分からないですねぇ……」

 

 精一杯、返事をした。それだけをやっと言えた。

 妹と姉が持つ魔法の地図は繋がっている。

 私達の居場所も、パルテティオ達は把握しているだろう。

 

「……これがあれば、会えますね」

 

 PAHの光る字を辿れば必ず。

 

「なぜミルフィーユとミルディアの名前が無い?」

「そうね……私も、そう思ったわ」

「ここに浮かび上がっている人名は私達だけだよ」

「ライトさん、私とお姉ちゃんの名前を知らないんです。だからこの地図に出てこないんですよ」

 

『間違いないです!』の笑顔でひとり頷いた。

 魔女を思う。嫌悪感の他に深い疑問が湧き上がる。“なぜ、あの魔女はミルフィーユ君とミルディア君の名前を呼ばないのか”

 

 私は心に決めた。

 魔女に遭遇した時、一番に問い詰めてやろうと。

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