8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【11話① コニングクリーク】「(オズバルドから全てを奪い、少女を長きに渡って蹂躙し続けた卑俗の獣……裁きますよ。私の手で、必ず断罪します)」

 次はオズバルドの目的地、コニングクリーク。

 

 北コニングクリーク海道をひたすら南下していく。

 左手には海が見え、たまに湖も見かける道だ。

 前方を歩くのは私とオズバルドとソローネ君。後方はミルフィーユ君とキャスティが歩いている。

 

 道中、もちろん魔物が出る。飛び出してきたのは鳥の魔物・ウミスズメと赤蟹の魔物・シザークラブだ。

 オズバルドとソローネ君が前衛で戦い、キャスティとミルフィーユ君が走ってこちらに来るから『大丈夫ですよ』の視線を送る。

 オズバルドとソローネ君は強い。魔物を無傷で撃退した。“獲得品”だけがその場に残る。葉が1枚と花1輪だ。この形は魔よけの葉と……

 

「まぁ。魔よけの葉と閃光の花ね」

「調合用の素材だ。どうぞ、キャスティが貰ってください」

「いいのかしら……」

「薬師に使ってほしいものですから」

「キャスティさん。これは何に使えるんですか?」

「閃光の花は魔物に使うのよ。投てきすることで目眩ましの光を発生させる。そして魔よけの葉は……魔法で攻撃する魔物がいる時、私達に使うもの」

「魔法を『効きません!!』ってするやつですか?」

「少し違うわね。『痛い』を減らす効果を与えてくれるの」

「すっごいです! キャスティさんは薬師の先生ですねっ」

「ふふふ」

 

 微笑ましい会話だ。ミルフィーユ君の先生がまた増えた。

 

「カナルブラインで、私はひとつ思い出したの」

「っ! 何を思い出しましたか!」

 

 キャスティは拾い上げたものを鞄に入れた。

 

「気になるね。何を思い出した?」

「小舟に乗る前の記憶よ。誰かが私を小舟に乗せてくれたの。私の名を呼んでくれて……『生きてくれ』と言ってくれた……」

 

 ミルフィーユ君は静かに聞く。聞き漏らすことがないよう、ジッとキャスティを見つめている。

 

「『あなたなら』と。『きっと薬を作れる』って。あとは……『その手に託すぞ』と。雨が降っていて……黒いモヤが、わずかに漂っていて、逃げていたような……」

 

 キャスティは、ここではない遠いところを見据えた。

 

「“サイの街”と“ウィンターブルーム”、この2つの町に行けば、きっと……知ることができるはず。その町で過去の私が何をしていたのか。私は……失ってしまった大切な何かを思い出したい」

 

 真剣な顔は、ミルフィーユ君に視線を戻した瞬間、ふわりとした笑顔に戻った。

 

「……みんな、ありがとう。“病原”の時もそうだけど、何があるか分からないのに、一緒に来てくれるのね」

「お手伝いしたいんです」

 

 ミルフィーユ君も微笑む。しかし、いつもと違って元気が控えめだ。

 ソローネ君は「気にしないで、ついでだから」といつもの声で言う。

 

「私の行きたいところにちょうどキャスティの行きたい街がある。だから立ち寄る」

「そうですよ。町に到着してひとりで行動したい時は言ってください。私達は買い物したり情報収集しますから」

「……散策もする。その街でしか得られぬ物もあるからな」

「ふふふ。本当にありがとう」

 

 キャスティが話し終わってから、ミルフィーユ君は「あの……」と小さく声を掛けた。

 彼女に笑顔が無い。これは『私も思い出したいです』の流れか?

 

「……キャスティさん。全部思い出したら……頭の中はビックリしますか……?」

「不安か? ミルフィーユ」

「はい……」

「驚きはするけど一瞬だけよ。取り戻す、かしら。失っていた願いや、やりたかったことが、また自分の心に戻るのよ」

「良いこと、なんですよね……」

 

 ずいぶん後ろ向きだ。

 怖がって、恐れている。ミルフィーユ君らしくない。

 

「……私、思うんです。忘れていたことがボボボンと出てきたら、私はどうなるのかなって……。思い出せないのが今の私なら、思い出した私は“私”なのかなって……」

 

 静かで消えそうな声に、掛ける言葉が出てこない。

 オズバルドもソローネ君もキャスティも、普段の元気娘とかけ離れた姿を見て返答に詰まっている。どう返事をすればいいか迷っている。簡単に言ってもいいのだろうか、と。

 この子は赤ん坊でも子どもでもない。

 ちいちゃな幼子として扱っているけれど、ミルフィーユ君は、己だけで考えられる娘だ

 

「あなたは、あなたのままよ、ミルフィーユ」

 

 キャスティは力強い声で断言した。

 

「思い出しても、あなたが大切にしているものは変わらない。本を読むのと同じなの」

「本を……?」

「その本にはどんな物語が綴られているか分からない。読まなければ内容は分からないわ。最後まで読んで、やっと理解する。ミルフィーユは、本を読む前と読んだ後で、全然違う人になっている?」

「いいえ……。あの、あんまり変わらないです」

「そう。本を読むことで新しいことを得るけれど、あなた自身はあまり変わらない。ミルフィーユはどんな時に本を読むの?」

「テメノス様の……お手伝いをしたくて。お手伝いできる自分になる為に、お勉強する為に、本を読みます」

「“失った記憶を思い出す”……それは、本を読むのとそう変わらないわ。安心してね」

「はい! よかったです!」

 

 ピッカピカの笑顔が戻った。

 ミルフィーユ君が恐れていること、それは“自分が自分じゃなくなる”だ。

 ここに私がいるのに。

 “ヴェリテ”を取り戻しても私が教えますよ。何が好きか、何が嬉しくて、どんな歌を唄っていたか。ずっと近くで見守ってきたんだから。

 

「オズバルドさん! カナルブラインのお買い物の時にハンカチを買ったんですよ! 贈り物です!」

 

 元気いっぱいウキウキの声にホッとした。

 オズバルドとミルフィーユ君が並んで歩く。

 

「……いいのか? 贈り物をまた貰っても」

「はい! テメノス様にはピカピカでキラキラなペンダントを贈ったので……あ! あぁ言っちゃった! あのあの、今のは聞かなかったことにしてください!」

「……忘れた。安心しろ」

「すみません、そのまま思い出さないでくださいね」

 

 先生と生徒────オズバルドしか知らない過去を、そのうち話してほしいですね。

 ソローネ君が私の肩にピッタリとくっついてきた。ボソボソと……

 

「……ペンダントって?」

「私から話せることは何もないです」

「カナルブラインでずっと、テメノスの首のあたりからシャラシャラした音がかすかに聞こえてたけど?」

「うわぁ耳が良すぎて怖い。近寄らないでください」

「ミルフィーユに口止めされた?」

「失敬。秘密なんです」

「仲良しで羨ましいね。私もミルフィーユにお願いしようかな。『秘密のプレゼントが欲しい』って」

「そんなこと言ったら魔女が飛んできますよ。『わたくしがプレゼントしますから』とか何とか言って」

「チッ。最悪。アイツなら絶対言ってくる」

 

 離れるソローネ君に、キャスティはお姉さんみたいな優しい眼差しを向けている。

 オズバルドのほうから、火の根源と氷の根源の光がパァッと輝いた。何をしてるんでしょうね。

 ジッと凝視すれば視線を感じた。

 

「……なんです、キャスティ? 私のことを見つめて」

「安心した?」

「そうですね……ホッとしました。ありがとうございます。ミルフィーユ君の不安を解消してくれて」

「いいのよ。あれはきっと、私しか言えなかったわ」

「そうですね。他の誰でもない、キャスティが言ったから、ミルフィーユ君の心に大きく響いた。私が伝えても薄っぺらくなるだけです」

 

 ソローネ君はため息をこぼした。

 

「珍しいよね。あんなこと考えるなんて……」

「ええ。“あの子らしくない”と。無意識に子ども扱いしてますよね、私達」

 

 申し訳なく思った。

 

「人は望まれるまま、無意識にそのように振る舞ってしまうところがある。もしかしたらミルフィーユ君のあの幼さは、私や、あの子を世話していた神官達の態度で確定したのかもしれません。改めなければいけませんね。年相応の娘として接してあげなければ」

 

 チラッと視線を前方に戻す。

 赤髪の娘はグッとしゃがんで、ぴょい〜ん!と跳ね、鳥みたいに手をパタパタさせている。

 あの……オズバルドの赤い宝石の……小さな鳥を真似てるのか……?

 

「あれは児童だよ、テメノス」とソローネ君は真面目な声で呟き、

「あの子の精神年齢は……いくつ、なんでしょうね……」とキャスティも真剣な声で言って、

「あんなの……フレイムチャーチの子ども達でもしませんよ。あの子は誰よりも幼いのかもしれない……」と私は遠い目をした。

 

 どんな態度で接すればいいか? 今まで通りで良いですよもう。

 進むうちに海沿いの道ではなくなり、少しずつ緩やかな登り道が増えてくる。

 

「テメノス様! 看板がありますっ」

 

 元気娘はダッと走って確認しに行く。それを私達が慌てて追いかける。

 その看板には確か『コニングクリーク、ヒノエウマ地方』と記されていた。

 看板が、巡礼の旅をした日から変わっていないのなら。

 

「……おや」

 

 看板の近くに、真新しい小屋と立ち並ぶ木々が見える。巡礼の旅には無かった景色だ。

 木に生い茂る葉の形……あれはブドウの木ですね。

 オズバルドもピタリと足を止めた。静かに驚く彼に「5年前にはありました? あのブドウ畑」とコソッと質問する。

 オズバルドは無言で首を振る。

 彼は進む先を見つめた。過去を思い出しているのかもしれない。

 話しかけるのは無粋だ。私はオズバルドの隣に並ぶだけで、一切言葉は掛けなかった。

 

 実のならないブドウ畑を通り、コニングクリークを訪れる。

 穏やかな風がやわらかく吹いた。

 

「わぁ……! 外にお店があるんですね!」

 

 ミルフィーユ君の言葉に、私も石畳の町をジッと眺める。

 屋台は4軒、荷馬車も停まっている。

 店主が立つところには絨毯が敷かれていて、野菜や果物の店、新鮮な魚を売る店、装備品を並べる店、骨董品を売る店もある。

 美術品みたいな意匠の柱が設置され、夜に灯るランタンを吊るしている。

 柱の先端と、また別の柱の先端はロープで繋がっていて、角灯が等間隔で結ばれている。

 夜になれば全てが灯る。町全体を美しく照らすはずだ。

 

「(……みんなと共に見たいですねぇ)」

 

 もし夜の散歩をするなら、ミルフィーユ君は常に上を見て歩くことになる。つまずいて転ばないように手を繋がなければ。

 初めて訪れる町に、ソローネ君とキャスティの表情も明るくなった。

 オズバルドだけだ。町ではなく、もっと遠くを見つめている。硬い表情で、眼鏡の奥で憎悪の炎を燃やしていた。

 

「許すまじ、ハーヴェイ……!」

 

 心の叫びが声として漏れ出た。

 とても小さな、しかし、そばにいる私達をドキリとさせる。

 ミルフィーユ君は無言でオズバルドを抱きしめた。瞳の憎悪が揺らぎ、ハッとした顔で視線を落とす。気まずそうな顔のオズバルドに、ソローネ君も歩み寄った。

 

「先生、感情が顔に出ていたよ」

「ここは人の目が多いです。バレますよ」

「今は……まだ誰もこっちを気にしていないわね」

 

 私達もこそこそと話す。オズバルドは町を見渡した。

 買い物をする町人、どこかへ向かう女性、雑談を楽しむ家族もいる。

 

「……知らない顔ばかりだ」

「5年も経てば、住む者も変わりますね」

「この町に、オズバルドさんの会いたい方は他にいますか……?」

 

 しょんぼりした声に、オズバルドはミルフィーユ君の頭巾を撫でる。

 その優しい手つきに彼女はホッとした笑みを浮かべ、そっと離れた。

 

「ご近所付き合いとかはどうだったんです?」

「俺の家は離れていたからな。5年前なら……娘と仲良しだった3兄妹、その夫妻とだけ交流があった」

 

 オズバルドは懐かしそうに目を細める。

 

「その家族はどちらの家に?」

「酒場の隣、2階建ての家。フィール一家だ」

「先生は隠れておく?」

「テメノス様だけで『こんにちは』しましょう。みんなで行ったらビックリするので」

「名案ね。ミルフィーユの言った通りにご挨拶をしましょう」

「旅の神官を装います」

 

 みんなに隠れてもらった後、私ひとりで該当する家の戸を叩く。

 家主がすぐに出て来てくれた。

 

「あらあら……こんにちは」

 

 初老の女性だ。にこやかに微笑んでくれる。私も友好的な笑みをニコッ!と浮かべた。

 

「こんにちは。私は巡礼中の神官です。聖火の加護を授ける旅をしています」

「あらまぁ……私のお家に神官様が……!」

 

 感激に目を潤ませる。背を低くして拝んできた。

 

「ありがとうございます! 今お茶を淹れますから……」

「ああいえいえ。お気遣いなく。お礼の品も食事も受け取れません。私に許されているのは加護を授けることだけなので。一時期大きな問題になったんです。神官を名乗る胡散臭い不審者が、加護と引き換えに物品を要求した大事件が」

「まぁ……なんて罰当たりな……!」

「もちろん断罪しました。神官総出で。許されないことなので」

「それなら、悪さする者はもういないんですね」

「いない、とは断言できません。悪さする輩は何があっても現れますから。ですので、ご注意くださいと」

「あらあら、まぁまぁ、ありがとうございますねぇ神官様。気を付けますね」

「はい、それでは聖火の加護を。門口から失礼します」

「ええ、ええ、お願い致します」

 

 ペコペコともっと低くなる。私は断罪の杖を後ろに待機させた。

 

「あなたと、あなたのご家族の名を教えてください。加護を授けるのに必要なんです」

「はい。私はリズリ・コルク。主人はブランドン・コルクです。神官様、お願いします」

 

 “フィール”ではない。5年前に住んでいた一家は引っ越したのか。

 

「離れて暮らすご家族は……どなたかいらっしゃいますか?」

「私と主人だけです。子宝には恵まれなくて」

「……そうですか。では、おふたりに聖火の加護を授けます」

 

 名を教えてくれた礼に、心を込めて唱え、聖火の加護を授ける。

 彼女は顔を上げ、ほろほろと涙を流した。

 

「神官様……ご加護を、ありがとうございます。幸福に満ちた晩年になることでしょう……」

「リズリさんはまだまだお若いですよ。お元気にお過ごしくださいね、それでは失礼します」

 

 一礼して立ち去ろうとしたら「ああ……お待ちください……!」と声を掛けられた。

 断罪の杖を握ろうとしたのを止める。

 

「はい、他にも御用が?」

「あの……神官様はストームヘイルにもお立ち寄りされますか……?」

「ええ行きますよ。巡礼の旅は西から東へ巡るのです」

「それなら、あの……手紙を……預かってはもらえないでしょうか……」

 

 リズリさんは涙を拭いながら「前に、この家に住んでいらした方の手紙を、4、5年前かしら……2階で見つけたのです。ストームヘイルに引っ越したことだけ、私……存じていて……」と話してくれた。

 それこそ、オズバルドの求めていたものだと思い、「私が預かります。必ずストームヘイルに届けますから」と即答した。

 リズリさんは奥へ行き、封筒を手に戻って来た。差し出してくれたものを私も両手で受け取る。

 泣きながら書いた手紙なのか、封筒の端が、落ちた涙で乾いて歪んでいた。

 

「“ヴェリテさんへ”」

 

 それだけが書かれていた。

 私は深々と感謝し、リズリさんの家を後にした。

 仲間達のもとへ戻る。無言で封筒を見せれば、オズバルドの顔付きが大きく変わった。

 次に行くのは、彼の家があった場所だ。

 手紙はもちろん開封する。読むのは誰もいないところで。

 

 オズバルドの家は高地にあるようだ。

 石造りの階段をのぼり、宿屋とよろず屋と、ひときわ大きな衛兵隊基地と、民家の前を通り、やっと街外れの道に出る。

 途中、墓標が並ぶ園地も見えた。穏やかな潮騒も聞こえてくる。

 オズバルドは墓標が見えるところで足を止めた。封筒を丁寧に開封していく。

 

「……聖火が導いてくれたのかしら」とキャスティが微笑み、

「違う。テメノスの加護で得たものだ」とソローネ君が話し、

「テメノス様、ありがとうございます。大事なお手紙ですね」とミルフィーユ君が嬉しそうに笑った。

 

「オズバルド。差し支えなければ読み上げてください」

「ああ。……“マホニア・フィールから、ヴェリテさんへ。私は死後、神の裁きを受け入れます。光のない暗き道を、どこまでも歩き続けます”」

 

 淡々と読み上げる。その内容に私達の顔から微笑みが消えた。

 差出人はオズバルドもよく知るフィール夫人だ。

 ただひたすらに懺悔の言葉が綴られ、オズバルドも知らない真実が書かれていた。

 フィール一家は、彼の無実を証明できる証言者だった。

 彼女の主人はひとりでオズバルドのいる法廷に向かったそうだ。

 裁判で無実を訴える為に。自分が目撃した全てを証言する為に。『子ども達を頼む』と言って外出して、生きては戻らなかった。

 法廷に向かう途中、盗賊か追い剥ぎに襲われ、全ての所持品を奪われていた。

 持っていたのはお弁当と懐中時計と、証言する為に用意した資料のみ。財布は家に置いたままだった。

『証言しようとしたからだ』と夫人は思い至り、哀しみよりも恐怖が上回った。

 衛兵隊は犯人を捕まえようと躍起になり、しきりに彼女の家を訪問してきた。

『殺された理由に心当たりはあるか』と何度も聞かれ、しかし、彼女は沈黙を選んだ。

『何も知りません』と答え続けた。

 自分が証言すればオズバルドの判決が覆ると理解していたが、恐怖で口を閉ざし続けた。『我が子達を守らねば』とそれだけを思って。

 事件の解明を求める訪問者に子ども達が怯えたことで、フィール夫人は逃げることを選んだ。家を手放し、子ども達を連れて、聖堂機関本部があるストームヘイルへ。

 手紙を締めくくるのは、深い謝罪と祈りの言葉。

 そして、裁判所に提出する為の資料の写しが同封されていた。目撃した状況を事細かに記し、帰宅したオズバルドと共に黒い煙を目撃した時刻まで記載されている。

 

 オズバルドは全てを読み上げた後、そのまま沈黙した。

 封筒を閉じることなく、立ちすくんでいる。

 キャスティ達の顔は沈痛に暗い。

 

「この方の心には、ずっと……冷たい雨が降り続けているのね」

「今もストームヘイルにいるよ。

後悔と贖罪を抱えて、子供達と生き続けている」

「テメノス様、私、マホニアさんも助けたい。ずっとずっと……暗いところにいるんです」

「はい。光のある道へ導きましょう」

 

 オズバルドは手紙を封筒に戻し、上着の内ポケットに入れた。

 

「目的地がまた増えましたね、オズバルド。その手紙は唯一の光明です。マホニアさんのいるストームヘイルに行きましょうね」

「ああ。必ず行く」

 

 オズバルドは歩き始めた。我が家を目指して。私達もそれに続いた。

 ソローネ君も、キャスティも、オズバルドの首輪に、脱獄していることに気付いている。無実の罪で収監されたことも理解している。

 オズバルドにも仲間がいて良かった。私は、それだけを思った。

 

 オズバルドの家は。

 全焼はしていなかった。

 そこに家が建っていたと分かるぐらいには形が残っていた。

 とても住めない。そこに新しい家を建てようなどとは思えない光景だった。

 声を……息をするのも抑えるほどに、胸が痛ましくなる。

 ミルフィーユ君の目から涙がこぼれた。

 

 先頭に立つのはオズバルドだ。石造りの門をくぐり、彼だけが中に入る。

 私達は一歩も動けない。

 

「……我が家か」

 

 ぽつりと呟く。その声に憎悪はない。

 オズバルドは思い出している。全てを失った日を。

 私はミルフィーユ君の隣に行く。静かに泣く彼女に寄り添った。ギュッと抱きついてくる、その細い肩を片手で支えた。

 断罪の杖を握り、目を伏せる。この家で亡くなったオズバルドの家族に、祈りを捧げた。

 そして誓った。

 

「(オズバルドから全てを奪い、少女を長きに渡って蹂躙し続けた卑俗の獣……裁きますよ。私の手で、必ず断罪します)」

 

 遠い潮騒を聞きながら、沈黙の中、私は顔を上げる。

 ソローネ君もキャスティも、オズバルドを静かに見守った。

 かつて扉があったところをオズバルドはくぐり、中に入る。

 

「……“ただいま”」

 

 家族に向ける、とても優しい声だった。

 オズバルドは中を歩く。

 燃え尽きて炭化した支柱が倒れ、黒い残骸しか残っていない。

 

「さて、手掛かりは……」

 

 オズバルドはいつもの声で探るものの、すぐに戻ってきた。

 

「次は、家の外れにある俺の研究室だ」

「オズバルド……いいんですか?」

「ああ。ここには無い。ハーヴェイと俺は、究極魔法を志す同志だった。俺の研究もヤツは欲していた。手掛かりがあるならあっちだ」

「先生から全てを奪いたかったんだね」

「……許せないわ」

「研究室に行くぞ」

 

 オズバルドが先頭を歩く。家の裏手に回ろうとした時、

 

「テメノス様……あの、外にあるのは何ですか?」

 

 ミルフィーユ君が指差すのは、あれはおそらくブランコだ。

 半分ほど黒焦げで、座るところが千切れて地面に落ちている。

 

「……ブランコですよ。壊れてますが。本当なら、あれは座って遊ぶものなんです」

「フレイムチャーチにはありませんよね。初めて見ました」

 

 オズバルドは足を止めていた。郷愁の眼差しを向けている。

 

「ヴェリテは笑わない子だった。感情をあまり見せず、いつも無表情で。しかし、あのブランコだ。あれに座らせて、背を押してやって……それから、よく笑うようになったんだ……」

「それはそれは。嬉しかったでしょう、オズバルド」

 

 思い出して、オズバルドは微笑んだ。辛そうに眉間を寄せながら。

 

「……ああ。枯れた花が咲いたと思ったんだ」

 

 そしてまた、オズバルドは歩く。私達もそれに続こうとして……

 

「あ!」

 

 ミルフィーユ君がいきなり声を上げた。

 

「キラキラがみえました!」

 

 いきなり走って行った。バタバタと、オズバルドの家に飛び込んで。

 

「ミルフィーユ君!」

「何をするつもりだ……!!」

 

 オズバルドが真っ先に動いた。

 ミルフィーユ君は必死な形相で燃え尽きた黒い残骸の山をどかしていく。掻き分けていく。

 

「ミルフィーユ!」

「素手で触ってはダメよ! 手を怪我しちゃう!」

「何を探してるんですか……!!」

 

 私達も一目散に駆けつける。

 オズバルドが後ろからミルフィーユ君の腕を掴み上げ、動けないように抱きしめた。小さな両手が黒く汚れている。

 

「離してください!」

「やめろ! 全て燃えたんだ!」

「あるんです……! この下に、キラキラしたものが……!!」

 

 なんとか全力で抵抗して。がむしゃらに動こうとしている。

 

「テメノス様手伝ってください!! ここにあるんです! 宝物が……オズバルドさんの大事な物が……!」

「探しますよ!!」

 

 ミルフィーユ君よりも大きな声を張り上げる。オズバルドが驚くほどの声量だった。

おそらく、彼女の瞳も姉と同じだ。

 

「……ミルフィーユ君の“眼”を信じます。私が、この下にあるものを探しますから……!」

 

 彼女はピタリと暴れるのを止めた。「うええん……」と、か細く泣く。

 

「あ、あり、ありがとうございます、テメノスさま……」

 

 オズバルドの腕の中でぼろぼろと泣く。

 私は腕まくりして、断罪の杖の向きをクルッとひっくり返す。

 

「……それで探すの?」

「使えるものはこれしかありません。手を怪我したくありませんから。クリック君が見たら卒倒するでしょうね。後で断罪の杖はピカピカに磨きますよ」

 

 ミルフィーユ君の涙はキャスティがハンカチで拭った。

 ソローネ君がお姉さんの顔で彼女の頭巾を撫でる。

 キャスティもお姉さんの微笑みを浮かべて「手を洗うまではどこも触ってはいけないわよ」と言っている。

 しょぼしょぼの顔で「はい……」と返事した。

 私は断罪の杖を使い、箒で履くように黒い残骸を横にずらしていく。

 嫌な臭いがわずかにして、出てきたものは……

 

「……子どもの絵?」

「まさか……!」

 

 3枚の紙が燃えずに残っていた。

 オズバルドは血相を変え、慌てて拾いあげる。

 

「ヴェリテが描いたものだ!!」

「テメノス様それです! ピカピカのやつ!」

「見てもいいですか?」

 

 渡してくれたものを片手で受け取る。

 右隣にソローネ君、左隣にキャスティが立つ。

 

「焼け跡の下から出てきたとは思えないね……」

「奇妙ね。とても……きれいに残ってるわ」

 

 猫と犬の絵、他2枚は文章だ。10歳の少女が書いたものとは思えない筆跡。ミルフィーユ君の字と正反対だ。

 

「……5年前、描いたものが。なぜ、燃えずに残っていたのか……」

 

 おそらく、この紙はアレだ。

 小さく畳み、指先で折り目をつける。正方形にする。

 

「もし開いて……折り目が消えていたら……」

 

 両手で開く。きれいについていた折り目がスッと消えた。

 

「……テメノス、その紙は」

「はい。ミルフィーユ君の持つ魔法の地図と同じ紙です」

 

 オズバルドに返す。

 

「……6年前、俺の前に現れたヴェリテは、一冊の大きな本を持っていた。唯一の所持品だ。未知なる文字がひとつだけ書かれていて、ページには俺の姿絵が描かれて、あとは白紙で……。その本を3ページ破り、これを描いたんだ」

 

 そしてオズバルドはその紙も畳み、内ポケットに入れた。

 ミルフィーユ君の言った通り、それは間違いなく彼の宝物だった。

 

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