8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【2話②】 本気ですか? あんなにも長い時間共にいたのに!

 “教皇のところに行く”────はもちろん嘘で、私は離れたところから彼女の散歩を見守った。

 アルバさんには『この頭巾はご自分でお渡しください』とキッパリと断られて、

 ローズさんには『一緒に散歩してあげてはどうですか』と言われた。

 私との散歩を彼女は特別だと思っている。たかが外を歩くだけなのに。デートだと思われたくない。

 

 あとは散歩中の周囲の目だ。

 ここは娯楽が少ない。彼女と二人で歩けば自然と視線が集まり、応援しているような、楽しんでいるような、ものすごく生暖かい眼差しを感じてひたすら居心地が悪かった。

 当の彼女はそれに気付かず、幸せそうな笑顔で歩いている。

 そんな理由で、散歩はアルバさん達にお願いしていた。休憩したい人が散歩を請け負ってくれている。

 

 サーシャさんとミルフィーユ君は書庫には入らずに階段をおりていった。

 観覧者達がこそこそ集まっていく。

 「(何が楽しいんでしょうねぇ……)」と呆れながら、私はそれを遠くで見守った。

 そう時間も経たずに老若男女達はサーシャさん達から慌てて逃げる。そして、階段をのぼってきた二人は書庫に入っていった。

 その直後、金髪の男がこそこそと後を追いかけて中に入るのが見えた。

 

「(あの男は……)」

 

 数日前に暴いた男だ。年齢は25。ニューデルスタから来た男で、若い娘がとにかく大好き。言葉巧みに話しかけて口説こうとする下劣な男だ。

 私はすぐに書庫へ向かった。

 入ってすぐ、視線を走らせる。いつも着席している受付台の神官が緊張した顔で立ち上がっている。

 金髪の男は右奥の本棚だ。

 

「わぁありがとう、心優しいお姉さん。本を借りたら3人で読書しない? すごく静かな森の中で」

「行きません!」

 

 サーシャさんは全身で警戒し、ミルフィーユ君は赤い髪を晒していた。なんで頭巾を外してるんですかあなた。室内だからか。

 

「そう? それは残念。それじゃあ後ろの子は? 知りたいこと俺が全部教えてあげるよ」

 

 不愉快な声に、断罪の杖を握る手に力がこもった。

 

「それはとてもいいですねぇ」

「テメノス様!!」

「テメノス様ぁ……!!」

 

 前に出る、男のいる方へ一歩進む。暴かれた記憶を思い出したのか、男の顔色は一気に悪くなる。

 

「知りたいことを全部。それはすごい。どう教えてくださるか興味があります。ぜひご教授ください」

 

 こちらが近づけば男も離れていく。今にも叫びそうな顔。面白いほどの変わりようだ。

 

「おや、どうしたんです。顔色が悪いですよ」

「い、いや、あの……俺は……」

「どこか具合が悪いなら私が治してあげましょうか?」

 

 断罪の杖を見せて微笑めば、男は大声で謝って逃走した。

 サーシャさんは安心しきった顔で踏み台を床に置く。

 

「テメノス様ぁ、すみません! 助かりました! ありがとうございます!!」

 

 男に迫られて怖かったことだろう。

 申し訳なく思いつつ、受付台の神官に「お騒がせしてすみません」と謝っておく。

 サーシャさんは編み物の教本、ミルフィーユ君は図鑑を借りて書庫を後にした。

 外に出て白い頭巾をかぶる彼女を見た後、私は周囲を一瞥する。

 

「(あの男はどこに逃げたのやら……)」

 

 逃げ足の速い男だ。どこにもいなかった。

 通行の邪魔にならない場所に行く。

 

「あの男の顔は覚えました。特徴を周知して注意を促します」

「はい! 私はフレイムチャーチのみんなにも声を掛けますね!!」

 

 あの男に至近距離で迫られた。怖くなかっただろうか?と、ミルフィーユ君の様子を確認する。

 何がなんだか分かっていない顔でキョトンと私を見つめるだけだ。

 

「ミルフィーユ君、ご無事でしたか?」

「はい。びっくりしたけど大丈夫です」

「テメノス様! あの男、ミルちゃんのこと触ったんですよ! 勝手に!!」

 

 頭の芯がキンと冷える。聞き捨てならないことをサーシャさんが教えてくれた。

 

「触られた? どこをですか」

 

 私の足は無意識に動き、ミルフィーユ君に近づいていた。

 

「わ、分かんないです! すごい急接近してたんですよ!! あ、あの男なんなんですか! 神聖なみんなの書庫で!!」

「ミルフィーユ君。どこを、触られましたか?」

 

 思わず手を伸ばす。

 

「あ、あの、このあたりを」

 

 顔を傾けて耳を見せてくる。頭巾に隠れていた首筋がよく見えた。

 無防備に見せてくる彼女に内心ため息をこぼしながらも、あの男が触った事実はひたすら不愉快で。

 目に見えない汚れをつけられた気がして、それを拭いたくなって、彼女の指差すところに思わず手を当てる。

 

「ん……っ」

「……失礼」

 

 聞いてはならない声が聞こえて、反射的に手を引っ込める。

 

「いつもより熱いですね。帰りましょう」

「はい」

「すみませんテメノス様、私……近くにいたのに、あの男の接近にすぐ気づけなくて……」

「……気に病まないでください」

 

 罪悪感でチクリとする。あの男の接近に一番に気づいたの私だ。悪いことをしてしまった。

 

「サーシャさんがいたから、今日の散歩は楽しいものになったんです。そうでしょう? ミルフィーユ君?」

「はい! すっごく楽しかったです! またお話ししましょうね!」

 

 気分が晴れて良かったです、と帰ろうとすれば、こちらを見守る複数人の目に気づく。

 彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

 

 ────夕方4時、彼女はアルバさん達との時間を楽しんだ後、私のいる書斎にやって来る。

 借りた図鑑を手に着席した彼女を見てから、私も柔らかな横長の椅子に腰掛けた。

 

「……明日から、朝の散歩は私も同行します」

「えっ」

 

 はずんだ声で席を立つ。

 満面の笑みに、言葉を発しなくても彼女の気持ちが手に取るように分かった。

 

「今日みたいなトラブルにまた巻き込まれるかもしれません。対処できる人間が近くにいたほうがいいですから」

 

 目尻を下げ、えへへ……とだらしなく笑う。この時の彼女の顔は、いつもよりぷにぷにと柔らかさそうに見えた。

 

「……ありがとうございます、テメノス様」

「はい。明日の散歩は、どこか行きたいところはありますか?」

「行きたいところ!?」

 

 “尻尾をブンブン振っている子犬”……またその光景が頭に浮かんだ。

 

「森で花を摘みたいです! ……と思ったんですけど、今はまだ咲いてないですよね」

「花、ですか……。そうですね。今の寒さではまだ発見できないと思いますよ」

 

 残念そうにシュンとする。しかし、すぐにパッと明るく笑った。

 

「それじゃあミントさんのところに! フレイムチャーチに行きたいです!」

「ええ。ぜひ行きましょう。ミントさんも喜びますよ」

「ありがとうございます!!」

 

 ちょうど明日はミントさんが紙芝居を読む日だ。

 『テメノスさんもいつか紙芝居をしてくださいね』と頼まれていたことを思い出す。

 子ども達には何を話してあげるべきか。“8柱の神々について”にしましょうか。

 ミルフィーユ君は着席して図鑑を開く。私は静かに見守った。

 

「(あれが彼女の読みたかった本……)」

 

 何を知りたくて借りたのか。

 わくわくと目次を目で追っていた彼女の顔つきは、次第にだんだんと曇っていく。

 しょぼくれた顔で席を立ち、図鑑を両手にトボトボこちらに来た。

 

「テメノス様……」

「はい。なんですか?」

「……調べたいものが載ってなかったです。昨日見せてくださった絵の、8柱の神々のことを知りたくて。テメノス様、教えてください……」

「君、それが知りたかったんですか。いいですよ。こちらの……隣に座ってください。話します」

 

 言われた通り、ちょこんと座る。

 私は手のひらを開き、彼女の目の前に差し出した。

 

「昔々の話です。ソリスティアが、まだソリスティアとは呼ばれていなかった遠い昔の話です。8柱の神様が懸命に生きる人々を守っていました」

 

 軽く拳を握り、人差し指を立てる。

 

「聖火王エルフリック」

 

 中指も開き、「碩学王アレファン」と言い、薬指も立てて「霊薬王ドーター」と続ける。

 そうやって8柱の神々の名を教えていき、両手で全神言い終わった後、パッと手のひらを見せ、両手でふわりと風船を形作った。

 

「そして、その8柱の神々を支える“大不死鳥・アグニスフォーチュン”」

「だいふしちょう」

「何か思い出しましたか?」

 

 幼子の顔つきで彼女は首を振る。

 

「初めて聞きました」

「ミルフィーユ君にとっては全てがそうでしょうね。……その8柱の神々と大きな不死鳥が世界を守っていました」

 

 教会に紙芝居を見に来る子どもと同じ表情で、彼女は私の話を真剣に聞き入った。

 邪神ヴィーデの名を耳にしても、彼女の顔つきは変わらない。

物語は間もなく終盤だ。

 

「────8柱の神々は力尽き、長き眠りにつきました。暗闇を遠ざけるため、聖火へと姿を変えたのです。聖火は大聖堂の青い炎のことですね。

そして、蘇った大きな不死鳥は世界を飛び回り、全ての旅路に火を灯しました。旅人が迷わぬようにと。それが、夜になると明るくなる“不滅の篝火”です」

「ふめつのかがりび」

「朝になると自然と火が消え、夜になるとまた火が戻ります。夜の間は何をしても消えないんですよ」

「すごいですね……! 一度で良いから見てみたいです!」

「フレイムチャーチの巡礼路にはありませんからねぇ」

「見に行きたいです。ダメですか? テメノス様」

「いいですよ、“不滅の篝火”を見に行きましょう!……と言いたいところですが、夜は魔物が出るんです。夜の散歩は巡礼路で我慢してください」

「はい……。でもいいんですか? 夜に散歩しても」

「聖火が輝いているから大丈夫ですよ。大聖堂からフレイムチャーチに続く巡礼路は安全です」

「良かったぁ」

 

 ふわりと微笑む。春に咲く小さなかわいい花みたいな笑顔だ。

 彼女は私の手をジッと見つめる。

 

「……テメノス様」

「何か気になりますか?」

「はい。大不死鳥について」

 

 美しい色の赤髪がさらりと落ちて顔にかかる。彼女をそれを耳にかけた。

 その髪色は、私の思う不死鳥の色だった。

 

「話しますよ。知っている事だけになりますが」

「ありがとうございます。大不死鳥は全ての旅路に火を灯して、その後は……どこに行ったんですか?」

 

 素朴な疑問。分からないことを質問する生徒の目。

 答えようと開いた私の口は、声を発することなく閉じた。

 

「(どこに行ったか……?)」

 

 初めて質問されたし、そんな疑問を私自身抱いたことがなかった。

 ミルフィーユ君に向けていた意識が全て疑問に向く。

 過去に呼んだ教本、誰かに聞いた伝承、それらを思い出す。

深く集中しながら考えて。

 どれだけ時間が経ったのか。

 柱時計の音が鳴り、ハッと我に返った。

 

「……失敬。集中しすぎていました」

 

 どれだけ長く考えていたのか。ミルフィーユ君は黙ってジーッと見つめていた。

 

「君……私に声を掛けましたか?」

「いいえ。テメノス様、考えていたから。邪魔したらダメだと思いました」

「おやおや」

 

 フッと笑みが浮かんでしまう。

 

「たくさん考えましたが、君に教えられる答えは出てきませんでした。大不死鳥はどこに行ったんでしょうね」

「テメノス様はどこに飛んで行ったと思いますか?」

「私ですか? そうですねぇ。……私なら、“不滅の篝火”が全て集まったら大不死鳥に戻ると思いますよ」

「自分の火を各地に少しずつ置いていったんですか?」

「はい。大きな不死鳥は旅路に火を残しながらだんだん小さくなっていき、世界の果てで最後の篝火を灯し、その地できっと眠りについたんです。リーフランド地方かトト・ハハ島か、ソリスティアはとても広いから、ここではない遠いところで眠っていると思いますよ。ミルフィーユ君はどう考えますか?」

「私は……」

 

 天井を仰ぎ、赤い瞳をパッチリと開いて考える。その瞳の色も、私の思う不死鳥の色だった。

 彼女は私を見つめてふんわり笑う。

 

「私は、聖火のところで眠りについたと思います」

「……どうしてそう思ったんですか?」

「大不死鳥は8柱の神々を支えていた……そうですよね? だから私は、聖火に姿を変えた8柱のところに帰ったと思うんです」

 

 手を祈りの形で組み、まぶたを閉じて、彼女は大不死鳥を思って祈りを捧げる。

 

「みんなのところで眠りたい……そんなことを思って、大不死鳥は聖火のもとへ」

「……みんなのところに、ですか? まるで、その大不死鳥をよく知っている物言いですねぇ」

 

 閉じたまぶたがパッと開く。

 「ほんとですね! 8柱の神々を“みんな”って。なんでそんな風に思っちゃったんだろ」と言いながら照れ笑いを浮かべる。

 

「君がその大不死鳥だからですよ。大事なことを全部忘れてしまったから、君はそんなに小さくなってしまったんです」

 

 絶対に言わない冗談を、私はつい軽い口調で言ってしまった。

 内心『私は何を言ってるんだろう』と自分自身驚いてしまう。

ミルフィーユ君はくすくす笑った。

 

「ふふふ、テメノス様ったら! 私は鳥じゃないですよ。ふつうの人間です」

「そうでした。君はただの人間だった」

「はい。私が大不死鳥なんて。そんなこと言ったらイェルク様に怒られちゃう」

「そんなことで教皇は叱りませんよ」

 

 柱時計をチラッと見る。

 

「……ああ、もうこんな時間だ。ミルフィーユ君、夕食を準備する時間です」

「はい! ローズさん達のお手伝いに行きます!」

 

 元気よく立ち上がり、彼女は満開の笑みを向けてくる。

 

「テメノス様! 教えてくださってありがとうございます!! また明日、お時間あればお話してくださいねっ」

「はい。また明日」

 

 図鑑を抱えてパタパタ走っていく。

 私も書斎を出て、軽やかに走っていく後ろ姿を見送った。

 

「(全ての世話をアルバさん達にお願いしたのに……)」

 

 彼女の、私への想いを大きくしないように。

 その為に私は、あれこれ嘘を言って彼女から離れたのに。

 朝の挨拶も、朝食の時間も、大聖堂で祈りを捧げる時も、散歩の時も────何もかも。

 他の神官に頼み、できるだけ接触しないようにして。

 彼女も慎んでいるのか、私を捜したり追いかけたりはしない。会えた時だけ、私が相手をする時だけ、喜びが溢れた笑顔を見せる。

 思い出して、ついくすりと、私も笑みを浮かべてしまう。

 

「(……つい話したくなる。不思議な娘だ)」

 

 その笑みも、浮かべる気持ちにはならなくなった。

 

「(普通の人間です……か。違いますよ、君は。“普通”ではないし“人間”でもない)」

 

 1日に120分しか眠らない不詳の娘。

 教皇が大聖堂に帰るまでの7日間、ほとんどの時間を共に過ごし、誰にも言えないところもたくさん見た。

 警戒して、疑って、大丈夫だと確信した今も分からないことは多くて。それでも私は、君の『好きです』の言葉は信じられた。

 

「(……教皇に話さなければ)」

 

 眠りについた不死鳥が目覚めて、もしそれがあの娘なら。

 なぜ目覚めたのか……考えたらゾッとする。

 急ぎ足で教皇の執務室に行く。扉をノックし、返事をもらってから中に入った。

 

「どうした、テメノス」

「失礼します。教皇、お話したいことが」

「おお、そうか!私もそなたに伝えたいことがあったのだ。座りなさい」

「はい、教皇も」

 

 お互いに座り、真剣な顔で向かい合う。

 

「聞こう。教えてくれ、テメノス」

 

 促され、私は粛々と報告した。

 彼女の発言を一言一句そのまま伝えると、表情が深刻に曇っていく。

 聞き終わった教皇は深いため息をこぼした。

 

「……“みんな”か。長く生きてきたが、そのように言った者は初めてだ」

「はい、私も。考えもしませんでした」

「ふふ。私もだ」

「いかがしましょう、教皇。己の愚かな思いつきを、私は一笑に付すことができないのです。あの娘が聖火の前に現れたことで、我々の知らないところでソリスティアが大きく変わっていくのでは、と。素晴らしい吉兆ではなく、大いなる凶兆だと……そう、考えてしまうのです」

「思い詰めるなと言いたいところだが。あの髪と瞳の色、負傷がすぐ治るのは……。テメノスよ、大不死鳥の話は覚えているか?」

 

 教皇と共に思い出す。

 

「大不死鳥は争いを嫌います。己の傷と他者の傷を癒し、善人には望み欲するものを与える。全ての魔法も使えたとか」

「そのまなこは輝きを見つけ、その高らかな地鳴きは聞く者の心に安らぎを与え、その両翼は夜が晴れるほど明るく大きい」

「背に8柱を乗せて大空を飛んだとか。……乗ってみたいと、前に子ども達が話していましたよ」

「親が子に言う常套句もあるな。『良い子でいれば、いつか不死鳥から贈り物がもらえますよ』と」

「そのセリフなら、村でもたまに聞きますね」

 

 言い終わり、お互いに溜め込んだ息を吐く。

 

「……教皇、一度私から彼女にお願いしましょうか? 『白くて美しいものが欲しい』と」

「やめなさいテメノス。けして言ってはならないぞ」

「お願いしてポンと出せば確定です」

「おぬしは“良い子”と呼べる年齢ではないだろう」

「そうでした。性格も“良い子”とは程遠いです」

「己のことをよく知っているな。テメノスよ、今後も慎重に言葉を選ぶのだ。あの娘のことだ。おぬしの欲しいものを知れば、山を駆け下りて街まで買いに行きかねん」

「……買い物を? リーフも持たずにですか」

「アルバさん達がお小遣いを渡した。聖火のロウソク作りを手伝った礼にと、あの娘に」

「……なんですかそれ。なぜそのようなことに」

「アルバさん達に任せきりだったろう」

 

 彼女の、私への想いを大きくしないように。そう思っての選択だったのに。“裏目に出た”────私はそう感じた。

 

「テメノス。私はここを鳥籠にはしたくない。あの娘には伸びやかに成長してほしいのだ」

 

 おぬしはどうだ?と教皇が目で問いかける。

 楽しそうに外を散歩する彼女を思い出した。私は……

 

「……私も、そう思います。あの娘には自由に生きてほしい」

 

 ふふ、と教皇は微笑んだ。

 

「子を思う親の顔だな、テメノス」

「参りました。結婚もしないで子どもを授かってしまいましたよ」

 

 肩をすくめて苦笑する。さて、次は……

 

「……そろそろ教皇の話を聞かせてください。私に伝えたいことがある、と先ほど言っていましたよね」

「あ、ああそうだな。そうなのだが……」

 

 教皇は目をそらす。なんですかその歯切れの悪さは。

 

「……私は話しました。お次は教皇の番です。打ち明けてくださいね」

「うむ、その通りだ……。しかし……大不死鳥の後に言うべき内容ではなくてだな。とても場違いな……」

「日を改めるのは無しですよ。今、この場で私に話してください」

 

 よほど言いづらいことなのか、教皇は重いため息をこぼして私を改めて見つめた。

 

「今日、町の人から聞いた。あの子についての話だ」

「……町の人に?」

「『テメノス様のどこが好きか』……その会話を聞いたそうだ」

「……それはいささか気になりますね。ミルフィーユ君は私のどこを好きだと?」

 

 かなり多くの時間を共に過ごした。

 たくさん話して、様々なことを彼女に教えた。

 思わず前のめりになる私に、教皇は気まずそうな表情で眉間を揉んだ。

 

「顔と声が好きだと……大きな声で言っていたそうだ……」

 

 座っているところからずり落ちそうになる。

 

「顔と、声……!?」

 

 本気ですか? あんなにも長い時間共にいたのに!

 

「ふ、ふふふ、ふふ……」

「言うべきではない内容、しかし……伝えなければと思ったんだ。数日もあれば、町中に知れ渡っているだろうから」

「……そうですね。把握できてよかったです。ありがとうございます、教皇」

「私の話は以上だ」

 

 重苦しい空気が満ち溢れる中、話し合いはおひらきとなった。

 執務室を出て、静かな廊下をコツコツと歩く。

 

「(顔と、声……。なんでしょうね、不思議と胸の奥から慣れない感情が湧き上がる)」

 

 上手く言語化できない。“面白くない”が一番近い表現だろうか。

 

「(そんなに私の顔と声が好きなら、至近距離で見つめて話してあげましょうか)」

 

 なんてことを考えながら、私は作業室に足を運んだ。

 

 

◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇

 

 

 夜10時50分。

 赤い髪の娘は、大聖堂の寝所のベッドでごろんと横になる。

 仰向けになって、良い夢を見れますように……とお腹のところで指を組む。

 

「今日もテメノス様におやすみなさいを言えた……」

 

 大満足の息をこぼす。幸せな気持ちで就寝できそうな表情。

 

「起床したら、借りた図鑑をちゃんと読もう……。色んなことを知って、たくさんのことを覚えて、テメノス様のお手伝いをしたいなぁ……」

 

 明日も良い日になりますように、と願いながらまぶたを閉じた。

 大事なものを失った彼女は知らない。

 

 

 今ではない夏の季節────ブライトランド地方・ニューデルスタ。人で賑わう不夜の街。

 豪奢な屋敷で、毒々しい赤ドレスの大女は床にムチを打ち付ける。

 

「いらないって言っているだろう! さっさと帰りな!!」

「……そう。でもわたくし、あなたとの約束を守りたいの。価値ある宝石をたくさん持ってきたわ」

「見た目だけの呪い石じゃないか! さっさと売っ払って金にしてきな!!」

「そうするわ。金塊がいいかしら。持ってくるわ。あなたのこと、わたくしにまた見せてちょうだいね」

「勝手にしな! 邪魔すんじゃないよ!! おいソローネ!!」

「はい、“マザー”」

「魔女のお帰りだ!! 送ってやんな!!」

 

 ムチがしなる音を聞きながら、黒衣の魔女はきびすを返す。

 爛々と輝く赤い瞳を細め、優美に笑う。

 

 

 今ではない秋の季節────ワイルドランド地方・オアーズラッシュ。枯れた風が吹いていく荒野の町。

 小さな部屋で、赤い髪の娘は紙にペンを走らせる。

 

「もう少し……ここを、もうちょっと小さくしたほうが……」

 

 作業台に並ぶ小さな銀の粒と、ハンカチの上に置かれた丸い石。

 

「……ふふ。いい感じ。喜んでくれるかなぁ……パルテティオ……」

 

 赤い瞳を嬉しそうに細め、娘は微笑む。

 

 

 今ではない冬の季節────ヒノエウマ地方・ク国。争いを遠ざけた静かな街。

 鮮やかな衣を身に纏う赤い髪の娘は、笑みのない顔で最愛の兄を見つめている。

 

「……では、私は父上と兄上のところに戻ります」

「またすぐに会える。笑ってくれ。そなたの笑顔を見れば、皆が喜ぶ。俺の心にも力が溢れてくる」

「はい……」

 

 沈む気持ちを奮い立たせ、両手をバッと大きく広げた。

 

「ギュッ!!としてください。抱きしめていただければ、私はひとりでも兄上と対峙できます」

「その意気は心強いが……臣下と共に対面してくれ。必ずだ」

「ギュッ! お願いします!」

「ははは、頼まれずともギュウとする。抱きしめたい気持ちはそなたと同じだから」

 

 最愛の兄を背伸びをして抱きしめる。

 背を支える手は優しくて、離れたくない気持ちが湧き上がる。

 己の弱さを振り払うように、娘は自分から離れた。

 

「行ってきます! お兄様!!」

 

 赤い瞳に力強い光を宿し、娘はひとり駆け出した。

 

 

 今ではない春の季節────☓☓☓地方・光が届かない地下の暗闇の底。

赤い髪の娘は力を奪われながら、深い眠りについている。

 

 

 異端審問官に恋する赤い髪の娘は知らない。

 自分と同じ容姿の娘たちが世界各地で生きていることを。

 

  




 そのうち、フレイムチャーチ巡礼路にも魔物が出るようになります。
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