東サイ砂道を進む。
“サイの街”はヒノエウマ地方にある。
その大地は全て薄黄色の砂だ。植物や木はまばらに生えているものの、全てが枯れ草色をしている。
夜は冷え、昼はじりじりと日光が照り付ける。“旅人の外套”が無ければ、日差しに体力を奪われ続けることだろう。
「ソローネ、オズバルド。体温を下げる薬を調合したわ。飲む?」
「いただく。ありがとう、キャスティ」
「礼を言う」
「元気になるブドウもありますよ」
ミルフィーユ君にも、オズバルドとソローネ君は感謝する。
よしよし、と白頭巾を撫でる手に、嬉しそうに目を細めた。ぷにぷに顔は元気いっぱいだ。
“愛”が何かを説明するまであと2日……その日を思うと、緊張で心がズンと重くなる。
もちろん教えるのは“家族愛”一択だ。
しかし、あの子は変に勘が鋭い時がある。
『他にも“愛”ってありますよね、テメノス様。フレイムチャーチに住んでいるご夫妻の方……私、唇と唇をくっつけているのを見掛けました。あのラブラブしている“愛”を教えてください』なんて言われるかもしれない!
“教えてください”を言われたらおしまいです。テメノス先生は教えないといけないから。
そして恋する乙女は私に追い討ちをかけるんです。
『聖火の前で、ちいさな女の子がお父さんにチュウしてました。お父さんとても嬉しそうな顔で、女の子をヨシヨシしてましたよ。私もおんなじ事したいです。しましょうテメノス様』なんてお願いされたら。
良心と父性と自分の中にある常識が拒否反応を示し、ゾゾゾッと寒くなる。
泣いて懇願されても無理です。絶対に承諾はしません。
心が揺れ動いたら、私は私自身を断罪の杖で殴ります。立てなくなるほど強かに。
苦悶に満ちた心で考えていた私はハッとする。もうサイの街に到着していた。
近くのソローネ君に声を掛ければ「考えながら歩いていた。器用だったよ」と話してくれて、
近くのキャスティにも「暗い穴みたいな目をしていたわ……大丈夫? 何かお薬、調合する?」と心配されて、
道中で遭遇した魔物を全て片付けてくれたオズバルドに謝罪すれば「雑魚は任せろ。テメノスは大きな苦悩と戦え」と応援してくれて、
ミルフィーユ君はニコッと明るく微笑んでくれた。あれは『テメノス様大好きです』の表情だ。早く……答えてあげなければ……。
重い重いため息をこぼした。
サイの街を見ると『異国の地に来た』と思ってしまう。
住んでいる者全員の服装が見慣れぬ衣服だし、建築物もフレイムチャーチと全く違う。
屋根も、街に設置された街灯も、全て独特な形状だ。
よろず屋で販売されているのは“剣”ではなく“刀”で、ヒノエウマ地方でしか買えない武器を求めて旅をする者もいるし、愛好家もいる。
日が沈み始めて、薄暗くなる前に街灯が明るくなる。
キャスティは医療日誌を開いた。
「私は……この街で救護を手伝ったみたい」
「日付は書いてる?」
「ええ。でも……何年前なのか、そこまでは記入していないわ。ここに、私自身につながる手掛かりがあるかしら」
街に入ってすぐのところに宿屋がある。外で男の旅人が立っている。
「アイツは多分、やる。財布をスられないように気を付けたほうがいい」
「まぁ……分かるの?」
「目がね、さりげなく周囲を伺っている。獲物を捜す目だ」
「ソローネさんすっごいです!!」
問題の男をジーッと見つめてあげましょうか、と思った瞬間、街の奥から血相を変えた女性が走ってきた。
「誰か! ねえ、誰か!」
泣きながら走ってくる。助けを求める声にキャスティも顔付きを変えた。
「怪我人がいるの……誰か手を貸して!!」
宿屋の隣の家屋前に立つ男達も、街を歩く若者も、その声に顔を向ける。
しかし、誰よりも早く動いたのはキャスティだ。
「行くわ!! 案内してちょうだい!!」
駆け付ける姿を見た女性はホッとして、そしてすぐに「治療院に! こっちよ!!」とキャスティを連れて行った。
「テメノス様……!」とミルフィーユ君が私に『助けに行きましょう!』の目を向ける。
「お待ちなさい。まずは他の人に話を聞きましょう」
少し気になった。
助けを求める女性に、この街に住む者達は顔を向け、しかし苦しそうに表情を歪めるだけで動こうとはしない。
「クソ……またか……」
「……仕方ねえさ。いたちごっこだ」
そんな会話が聞こえた。
『話しかけに行きましょう』の私の目に、オズバルドとソローネ君が頷いた。
ミルフィーユ君は『聞きに行きましょう!!』とやる気に溢れた笑顔を見せる。
みんなで街人達に近寄った。
「その話、詳しく聞かせてください」
「旅の者です! お願いします!」
見知らぬ旅人4名の接近に、街人達はわずかに驚くも、不審がることなく口を開いた。
「お隣の兵どもと小競り合いになってんのさ。ここは移民街で食い扶持なくてな」
「マシな暮らしがしたいなら、隣に稼ぎに行くしかねぇ。だが、ここ数年、お隣の脇が固くなってな」
「なるほどなるほど。それで小競り合いの末に怪我人が」
「そういうことだ……」
「さっき走っていった青い衣服の姉ちゃんは、あんた達のお仲間か?」
「ええ。彼女は薬師なんです」
「みんなをいつも助けてくれる、すっごいすっごい薬師さんです!」
オズバルドが「治療院はどこにある?」と確認する。
街人が指差して「町の北西にある掘っ立て小屋だよ」と教えてくれた。
「行くよ」
「礼を言う」
「話をありがとうございます。それでは」
「ありがとうございま〜す!!」
私達も走る。“治療院”なのに掘っ立て小屋?と疑問に思いながら。
進む内に家屋が減る。行き着いた先は広場のような場所。
右手に建つのは白い麻布を屋根にした簡易な小屋。
左手に見えるのは木造の柱に布を被せただけの、日除けと息抜きができる場所。
「ミルフィーユ君」
「はい、テメノス様」
「このお家には怪我をした人がたくさんいます。キャスティが薬師として動いている。ミルフィーユ君は……中に入ったらどうしますか?」
「お話ししません。テメノス様のそばにいます」
むむむ、と不満そうな顔だ。ソローネお姉さんがヒョイッと覗き込んだ。
「本当はどうしたいの?」
「……キャスティさんをお手伝いしたいです」
「その心意気や良し。手伝いたい時はどうするといい?」
「テメノス様に確認します。『いいですよ』って言ったらお手伝いします」
「ブラヴォー、ミルフィーユ君」
「えへへぇ」
「安心しました。それでは中に入りましょう」
中に入る。
照明はロウソクのみ。とても薄暗かった。
怪我人が白い薄布の上で横になっている。
使い古されたゴザが敷かれ、木製のボロボロな仕切りが立てられている。
負傷した者達が痛みに呻く声が聞こえてきた。
「ちんたらやってる暇はねえ。骨があるやつはついて来いッ!!」
怒鳴り声と、乱暴に踏み歩く足音。
仕切りの向こう側から兵装姿の大男が出てきた。
私達を鋭く睨みつけ、道を空けろと顎でしゃくる。
ミルフィーユ君の顔にぶわりと怒りが溢れて『なんなんですかこの人!!』と目を釣り上げた。
「どけ」
礼儀の欠けた野蛮な声だ。
関わり合いたくないので、サッと道を譲り、私は一切男を見ないように彼の存在を無視した。
騒々しい乱暴な足音が遠ざかり、大男が去ったことで、テント内に平穏が戻った。
仕切りの横を通る。負傷者達のそばで、キャスティが薬鉢で薬草を練っている。
薬師らしき女性がそばにいた。キャスティと同じように鞄を下げ、白衣を着ている。
助けを求めていた女性と、背の高い青年も怪我人の介助をしていて、視線を向けてくれたから会釈する。
「こんばんは、旅の神官です。“回復魔法”はいかがですか?」
「来てくれてありがとうございます」
「すまない、助かる」
「感謝します。薬師だけでなく神官様まで」
「私の仲間達よ。お願いテメノス、目に見える傷を癒してほしい」
「もちろん。私にお任せを」
断罪の杖を傍らに待機させる私に、ミルフィーユ君が有り難そうな顔で早速拝む。
ソローネ君はいつもの顔でそれを眺め、オズバルドは周囲を一瞥して『ここは不衛生だな。掃除をしなければ万病を呼び込むぞ』の顔をした。
私は魔力を束ねる。清い深緑の輝きが私の周りをやわらかく旋回した。
「“傷を癒したまえ”」
治療院内に輝きが優しく満ちる。
呻き声も静かになり、穏やかな顔で眠りにつく。
サイの街の薬師さんが感激に目を潤ませた。
「神官様、ありがとうございます」
「テメノス様、とてもきれいでした。ありがとうございます……!」
ミルフィーユ君も感涙の顔だった。
「“回復魔法”は目に見える傷しか癒せません。負傷により生じた病は薬師さんの薬が必要です。お願いしますね」
そしてお互いに自己紹介をする。
薬師さんの名は“マオ”で、助けを求めて走っていたのは“リン”、青年は“ロウ”だ。
サイの街の薬師はマオ君だけ。たったひとり、小競り合いで傷ついた怪我人を治療している。
キャスティは彼女の負担を軽減する為、手早く薬を各種調合し、たくさんの薬包を準備していく。
その間、私達は治療院の掃除に取り組んだ。
ソローネ君が私の提案に「掃除……。誰を“殺る”つもりなの?」と聞いてきて『とんでもない勘違いしてますね』と思った。
ミルフィーユ君の「ピカピカにするんです」という曇りなき純粋な眼差しに「ピカピカ……? 血痕を落とすときは、お湯じゃなくて水がいいよ」とアドバイスも言ってきた。
埃を立てないように拭き掃除をして、散らばっている物も片付ける。
もうすぐキャスティも終わりそうだ。
ミルフィーユ君は難しい顔でロウソクを見つめていた。
「ミルフィーユ君、何か発見がありました?」
「テメノス様……このロウソク、とても小さくなってます。私、新しいロウソクを置きたいです」
彼女はリュックをゴソゴソ探り、赤いロウソクを出してきた。
「テメノス様。マオさんに『ロウソクを交換してもいいですか?』って聞いてもいいですか?」
「きっと喜びますよ。光源が減ると人は不安になりますから」
そして私とミルフィーユ君でマオ君に声を掛ける。
快く返事をしてくれたものの、赤いロウソクは珍しいのか、興味津々の目を向けてきた。
いつの間にか背後にソローネ君とオズバルドも寄っている。
「きれいな色してるね」
「……そのロウソクには何を混ぜた」
「分からないんですよ。聖火のロウソクをミルフィーユ君が作ると、何故かこの色になってしまう」
「作る時、いっぱい祈るんです。目をギュウウと閉じながら『ずーっとピカピカ明るくなりますように』って。そしたら赤くなってます」
オズバルドとソローネ君とマオ君が『何を言ってるんだろう』の顔をする。
「お祈りするところをミルフィーユ君は見せてくれないんですよ。なにか……絵本でありましたね。若者に『けして見ないでください。見てはなりませんよ』と忠告する女神の話」
「……おお。それならば知っている。俺も娘に読んだことがある」
「全然知らない」
なんだかんだ話し、燭台に赤いロウソクを置き、火を灯す。
夜の訪れでさらに暗くなっていた院内が大きく照らされた。
「……盛大に燃えている」
「ボーボーなんですよ」
「その火の勢いだとその内消えるんじゃない」
「消えません。赤いロウソクはずっとピカピカですごいんです」
マオさん達は嬉しそうに相好を崩した。
「とても明るくしてくれてありがとう」
「昼みたいに明るいな」
「ホッとするわね」
ミルフィーユ君の笑顔がさらに満開に咲く。「良かったです」とぷにぷに顔で返事した。
キャスティは使っていたものを片付けて立ち上がる。用意した薬包はマオ君が戸棚に置いた。
「ありがとう。助かったわ」
「まだ気は抜けない。今夜は様子を見ましょう」
「ええ、そうね」
キャスティは眠る怪我人を真剣に見つめる。マオ君はハッと顔付きを変えた。
「あなた……」
「……何か、私の顔についているかしら?」
マオ君は沈黙する。とても悩んでいる顔だ。
「外でお話ししては?」
リン君とロウ君が怪我人の様子を見てくれることになり、私達は外に出た。
街灯が設置されておらず、ここはとても暗かった。
ミルフィーユ君がリュックからランタンを出す。優しい灯りがポワッとついた。
「ごめんなさい、忙しくて気が付かなかったわ。あなた、前にも助けてくれたわよね」
「知ってるんですか!?」
声なく驚くキャスティと、大声で驚くミルフィーユ君。
「こちらに来てください」と呼べば、幼子は『喋ってごめんなさい!!』の顔をして私の後ろに隠れた。
ソローネ君とオズバルドは私の後ろ、彼女の隣に並ぶ。
今はキャスティとマオ君、2人だけで会話をさせてあげないと。
「……ごめんなさい。私、記憶を失くしていて」
「記憶を……」
「私は、記憶の手掛かりを追って、この街へ来たの」
「そういうことなら、今度は私が手伝う番ね。私になんでも聞いてちょうだい」
「いつかは思い出せないの。ただ“医療日誌”にこの街について書かれていて」
キャスティは“医療日誌”をマオ君に見せる。
該当のページを読んだ彼女は「ああ! この日ね!」と明るい声を上げた。
「4年前よ! この争いが始まった頃、あなたがエイル薬師団を率いて援助に来てくれたのよ」
キャスティはビクリとわずかに震え、遠い目をした。
マオ君が心配そうにキャスティを見つめる。
私は彼女に歩み寄り、とても小さな声で「失った記憶を思い出しているところですよ」と安心させた。
ミルフィーユ君は緊張してドキドキの顔でそれを見守る。
数分後、キャスティはハッと我に返った。
「……あ、ごめんなさい、私……!」
「思い出したんですね?」
「ええ……私は確かに、ここに来たわ。外に負傷した兵士達が倒れていて、マオさんがひとり、そこに立っていた。私は……この制服を着た男性と、女性と……5人いたわ。全員で、救護を手伝いに来たの。エイル薬師団の団長として」
ミルフィーユ君はパァッと笑顔を輝かせる。
喜んでますね。とても大事な記憶をキャスティが思い出したから。
「ありがとう、キャスティ。この街にまた来てくれて。記憶を失くしても……あなたは助けてくれた。4年前、治療が終わったらすぐに立ち去ってしまったの」
マオ君は4年前を思い出しながら話す。
「エイル薬師団に……みんな、感謝していたわ。手紙を送りたいと言ってくれた人もいたのよ。でも、どこにいるか分からなくて……旅の無事を祈ることしかできなくて……」
「この街は、カナルブラインとはまるで違うわね……」
ポツリと呟くキャスティに、マオ君が「え?」と聞き返す。
「なんでもないわ」と笑顔で返事した。
誰かが奥からバタバタと走って来る。
「先生! 前線でまた怪我人が……!」
助けを求める声に「私が行くわ、案内して」と、キャスティがすぐに前に出た。
マオ君が「待って! 危険だわ!」と手を伸ばす。
「あなたはここへ、記憶を取り戻しに来たんでしょう!?」
「ええ、そうね。でも、苦しむ人を助けるのが先決よ」
「キャスティさん……!」
「テメノス様達、みんなで行きます! だから大丈夫です!!」
「そうよ。私には、私を助けてくれる仲間達がいる。だから……安心してちょうだい」
力強いキャスティの言葉に、マオ君はホッとした笑みを浮かべた。
「……ありがとう、お願いするわ。こちらは任せて」
ピカピカのランタンを持ったキャスティを先頭に、私達は駆ける。
街の外は“砂流れの道”だ。砂埃混じりの風が吹く。
野営地には兵士達と見覚えのある大男がいる。
「はっはっはっは!!!」
礼儀の欠けた野蛮な声だ。呑気に焚き火を囲んで大笑いしている。
キャスティは走る足を止めた。
「怪我人……いる?」「いませんねぇ」「わかんないです」と私達が話す中、
「……怪我人はどこ?」
大男に向けて確認するキャスティの声は鋭い。
その声に、大男は下品な笑みを浮かべた。
「ハッ! そんなもんいねえよ。……こっち側にはな」
「……どういうこと? 怪我人が出たと聞いたけど」
「ああ、それは敵国のやつらさ。今日こそとっちめてやろうと思って、ここで待ち構えてたんだが……。その先の砂地で、でっけえ流砂が起きたらしくてな」
ニヤニヤする大男のそばで兵士達もニタニタ笑う。
「やつら丸ごと飲まれちまったってわけだ。ま、天罰ってやつだな。戦わずして勝利だ! はっはっはっ!!」
ミルフィーユ君の顔がムムムと険しくなっていく。
キャスティは大男から視線を外し、野営地の先を目指す。
「おっと、お出かけか?」
「ええ、救助に向かいます。……薬師として」
そしてみんなで流砂が起こった現場へ向かう。
歩きながら、ミルフィーユ君は後ろの野営地をチラリと見た。
「テメノス様……あの人、怒った顔で睨んでます。ムカムカしてきたので、私もイッ!て顔してもいいですか?」
「無視しなさい。あの男と私、どっちを見たいですか?」
「テメノスさまでしゅ!」
「興奮して噛んだね。……アイツ、余計なことするなって思ってるんじゃない」
「救助するなと妨害してくるだろうな」
そして私達は、前を見てひたすら現場を目指す。
砂流れの道にも“不滅の篝火”が燃え、真っ暗な夜道を照らす。
魔物は昼間の4倍遭遇した。
現れた魔物が逃げて、現れた魔物が逃げて、うんざりするほど遭遇する。
“獲得品”とリーフは稼げるものの、救助の妨げにしかならない。
「ど、どうなってるのかしら……怖いほど魔物が出てくるわ……」
「……テメノス、これってさ」
「すみません、説明するのを忘れてました」
「カナルブラインでミルフィーユが言っていたのはこれか。“私がいたら大変になる魔物がたくさんたくさん出てくる”と」
「私……マオさんのところにいたらよかったです……」
涙声で呟くミルフィーユ君に、
「ここにいてもいいのよ!」
「“獲得品”がたくさん落ちてる、良くやった」
「ブラヴォーだ、ミルフィーユ」
「寂しいから私のそばにいてくださいっ」
私達は必死に畳みかけ、幼子の顔に笑みが戻った。
気休めではなく、オズバルド達がミルフィーユ君に言ったのは本心からくる言葉だ。
私の言葉ですか? いや、寂しいわけじゃないですよ。この子を喜ばせる為に大げさに言っただけです。
私達は薬草各種を拾い、大粒の精霊石を拾い、見慣れない木の実やアレコレやその他たくさん、数々のアイテムとリーフの山。
「後で拾いましょうか」と言った私に「全部役に立つものよ、拾いましょう!」とキャスティが返した。全員で早歩きしながら拾っていく。
魔物が落とした物なのに、まるで旅人の落とし物を無断で持ち去るような気分になり、少しだけ罪悪感を抱いた。
ミルフィーユ君のリュックにポイポイ放り込んでいき、やっとの思いで現場に到着した。
前線に吹きすさぶ風は砂が多く混じっている。
「誰かいますか! いたら、返事を……!」
奥からほんのわずかに、呻き声が聞こえた。
「どこ……!?」
「分かるか、ソローネ」
「あっちだよ、先生。複数の声が聞こえた」
「テメノス様! さっきの人がこっち来ました!」
「やっぱり来ましたね」
私達は向かおうとした足を止めた。焦り顔の大男が猪突猛進で走ってくる。
「見つけたぞ! おい、おまえ!」
キャスティはランタンを掲げ、大男をひと目だけ見て「きっと人手がいる! あなたも来てちょうだい!!」と言って先を走った。
「お手伝いしないなら来ないでください!!」とミルフィーユ君が……もうダメですよ、そういうこと言っちゃ。
ソローネ君が教えてくれた“あっち”目がけて私達は走る。なだらかな坂道を下っていく。
『でっけえ流砂が起きたらしくて、やつら丸ごと飲まれちまった』……その言葉通り、砂の山が不自然に連なっていた。
砂まみれの兵士達がそこら中に倒れ伏している。
「助けてくれ……動けないんだ……」
「じっとして! いま助けるわ!」
ソローネ君が気配を探り、キャスティと私とミルフィーユ君で砂の中から負傷者を引きずり出し、オズバルドが離れたところに運ぶ。
迅速に動き、助けを求めた兵士から人数を聞き出し、全員を救出した。
負傷者している者を治療しようとすれば、怯えた顔で後ずさる。
「こ、ここは……ダメだ! ヤツがまた来ちまう!」
「動かないで」
落ち着かせようとするキャスティを横目に見ながら、ソローネ君は砂山のほうを鋭く睨んだ。
「……ヤツって誰?」
「全員怯えているな。何に襲われた」
「魔物ですか……?」
「どうでしょうね。ここは静かすぎる」
怯えていた兵士は気を失って倒れた。
「いけない! 体温が下がっているわ……! まずは体を温めなきゃ……」
「わ、私! 手を握ります!!」
「火は俺が出す。先ほど得た“獲得品”をいくつか火種にする」
「ありがとう!」
ミルフィーユ君は飛びついて手を握る。
極寒の中で震える顔────教皇を喪ったあの日を思い出している。一心に温めようとしている。
彼女の震える両肩に私はそっと手を置いた。
「“傷を癒やしたまえ”」
ミルフィーユ君ごと、負傷している者達を癒した。
「そこのあなたっ!! 水を!!」
キャスティが大男に指示を出す。
「ば、バカ言ってんじゃねえ! そいつら敵だぞ! 水一滴たりとて……」
「つべこべ言わずに早くっ!!」
「く、くそったれ!! 水でいいんだな?」
大男はがむしゃらに走って行った。
────そして、ミルフィーユ君が3人目の手を握って温めている時に、大男は水をたくさん持って戻ってきた。
ソローネ君はブドウを、オズバルドはプラムを食べている。
キャスティはホッとした笑みを浮かべた。
「ありがとう。おかげで皆、助けられるわ」
ばつが悪い顔をして、大男はキャスティから視線を外す。
その姿をミルフィーユ君は見上げた。
「あの、私の名前はミルフィーユです。あなたの名前を教えてください」
知りたがる眼差しと素直な声に、大男は「……エドマンドだ」と言いづらそうに名乗った。
ミルフィーユ君は明るくふんわり笑う。
「エドマンドさん! お水持ってきてくれてありがとうございました!」
キラキラした感謝の笑顔に、エドマンド君は苦笑する。
「おうよ」
返事した彼の声も、不思議と素直になっていた。
「……俺は、元々こいつらと同じだった。隣国の兵として、不自由なく暮らしてた。やがて、移民がやってきた。……ちいせえガキもだ」
過去を思い出しながら元気無く語る。最初の荒っぽさは欠片もない。
「そいつらを追っ払ってた。王様の命令でな。だが、いつからか疑問に思うようになった。自分が持ってるモンは、誰かを虐げてまで守りたいのかってな。無性に嫌んなって、こっち側に移ったんだ」
私達は彼の話を静かに聞く。
エドマンド君はキャスティを見て、少しだけ微笑んだ。
「……薬師さんよ。あんたは、たいしたやつだ。他人同士の争いに首突っ込んで助けるなんてな。争ってる自分がバカみたいに思えちまったよ」
「……買い被りよ」
「う……うう……」
つい先ほど、ミルフィーユ君に手を温めてもらっていた男が目覚めた。
すぐに気付いたキャスティがそばに寄る。
「み、皆は……」
「ええ、皆も無事よ」
まぶたを開け、深呼吸する。
上半身を起こそうとして、それをキャスティが手で制した。
「動いてはダメよ。横になって」
「私は……兵士長グリフだ……。行軍中に化け物に襲われ……流砂に引き込まれた」
「……化け物だと?」
ミルフィーユ君が『わかんないです』の顔をして、エドマンド君がハッとした。
「まさか……サンドリオンか!」
「ご存知なのですね」
「ああ! 砂に住む魔物だ。普段はおとなしいんだがな。戦のドンパチで刺激されたんだろ。ヤツは、暴れ出したら手が付けらんねぇ」
兵士長グリフは無理に起き上がろうとする。
「仲間を野営地に残してきた。危険だ。知らせに戻らねば……!」
エドマンド君も、彼が無理をしないように手を出した。
「まあ、待てよ。俺が様子を見てくる」
「私も行くわ。グリフさんはまだ動いちゃダメ。安静にしていて」
「……すまない」
「さて、行こうか。お節介な薬師さんよ」
「ええ」
「お仲間さん達も、お嬢ちゃんもな」
「キャスティさん待ってください!」
行こうと動き始めた私達の足を止める。ミルフィーユ君は歩くのを拒む顔をしていた。
「どうしました?」
「テメノス様! ここに魔物が来たら大変です! 私、ここにピカピカを置きたいです!」
焦った顔でリュックを下ろし、両手を突っ込んで探す。
「ミルフィーユ君……もうひとつランタンを持っていたんですか?」
ギクッと震え、探していた手をピタリと止める。
遠い目をして『どうしよう』の顔をして固まった。
「ええと……」
戸惑いに溢れた声だった。
両手を突っ込んだままの姿勢で微動だにしない。
「……持ってないですよね。ピカピカはキャスティに預けているランタンだけだ」
「あ、そ、そうでした」
「ここに焚き火がある。魔物は近づかないから大丈夫ですよ」
「そ……そうですよね……」
「早くあちらの野営地に行きましょう。いつ、砂に潜む魔物が出てくるか分からない」
ミルフィーユ君は『はい』を言うことなく、リュックも閉じようとしない。
「ミルフィーユ。あなたは“これ”を……このピカピカをここに置きたいの?」
キャスティは“これ”と言いながらランタンを掲げる。
ミルフィーユ君はすがる目で頷いた。
「はい。ピカピカをここに置いて、グリフさん達を安心させたくて……。でも、それじゃなくても良いんです……」
ぽろりとこぼした言葉に引っかかりを覚えた。
「“それじゃなくても良い”?」
「……あ」
その『あ』は、募穴を掘ったことに気付いた時の声だ。
「他にもあるみたいだね、ピカピカ」とソローネ君はニヤリと笑う。
「あるなら出しなさい」とオズバルドが優しく言う。
「何か隠してますね君、怒らないから教えてください」と、私はとびきり優しい声を意識して言った。
ミルフィーユ君の顔付きがグシャアッと歪み、そして、観念した時の表情を見せた。
「本当は、テメノス様のお誕生日に話したかったんです。ミントさんと約束したのに……約束守らなくて、私、悪い子です。フレイムチャーチに帰ったら『ごめんなさい』をたくさん言います」
ミルフィーユ君がリュックから出したのは、私がプレゼントした一輪の白い花だ。
赤い瞳は美しい色をしていた。
「……テメノス様。私は、ピカピカさせたいものをピカピカに出来るんです」
「キャスティ、そのランタンをここに置いてください」
反射的にお願いしていた。ソローネ君とキャスティは動揺と困惑の顔をする。
なぜなら、彼女達は良く知っている。
カナルブラインの“病原”を解決する為に、このランタンを持って行ったから。
私はその時に言いました。『全ての魔物と戦闘することなく、安全に目的地へ到着できます』と。
オズバルドが「キャスティ、ここに置きなさい」と、全てを理解した顔で言ってくれた。
キャスティは迷った表情をして、しかし、信じてくれた。
ピカピカのランタンを兵士長グリフの傍らに置く。彼は『どうして?』の顔をした。
「安心できるランタンです。それを見て、心を落ち着かせて、ゆっくり安静にしてくださいね」
私は先頭を歩き、その場を離れた。兵士長グリフの仲間達がいる野営地を目指して。
この道にも、もちろん“不滅の篝火”がある。
しかし、ミルフィーユ君のランタンが無いとひどく暗く、心許ない道だった。
後ろのピカピカがだんだん遠ざかり、夜の闇から魔物達のざわめきが聞こえてくる。
多くの脅威が、至近距離でひしめいている。ここを目指して集まってくるのを肌で感じた。
ミルフィーユ君は私のマントをギュッと握り、グイと引っ張る。足を止めた。
「なんか……やばくねぇか……!?」
「来るよ、テメノス……!」
「ミルフィーユのランタンが無かったらどうなるの?」
「早く“付与”を……!」
マントを引っ張るミルフィーユ君も怯えている。
『原石だ、磨けば無限に光るぞ』とこの前言ったオズバルドも焦っていた。
「エドマンド君」
「あ!? な、なんだ!?」
「ここで見たものを、あなたは生涯、口外しない。私はそれを信じています」
「おう……?」
「口外しないと誓ってください」
「……わ……分かった!! ずっと黙っておく!! 誓うぜ!」
「ミルフィーユ君、ピカピカをお願いします」
私の許可を得て、彼女はパァッと笑顔になった。
とても嬉しそうに目を細め、白い花を両手で握る。
オズバルドが一歩、彼女のそばに寄る。
「ミルフィーユ、祈りの言葉を声に出せ。願いを言うんだ。それは多いなる力を使役する為の詠唱になる」
「はい!!」
ミルフィーユ君は目を閉じる。とても大きな何かが始まる予感がした。
「お願いします」
清廉な声で始まりの口上を述べる。
彼女は希望だけを胸に抱く微笑みを浮かべた。
「ピカピカとまぶしいものが、私は欲しい。
ずっと明るくて、温かくて、聖火みたいなもの、私はそれが欲しいです。
どうか、それを────」
まぶたを閉じながらミルフィーユ君は唱える。赤い長髪が淡く発光し始めた。
周囲に集まるざわめきが一気に引いていき、安心できる静寂が訪れる。
私は呼吸とまばたきを忘れた。
「────それを私の手に。私の手から、みんなの手へ。消えないものを、どうかこの手に。
明るくて温かくてまぶしいものを……お願いしますっ!!」
白い花がボッと燃え上がった。変色した聖火と同じ色で。
一瞬で鎮火し、現れたのは、ランタンのように輝く1輪の花だった。
長髪の淡い発光も消えた。
ミルフィーユ君はブハッと息を吐いてまぶたを開けた。
「テメノス様!! できました!!」
全身の力が抜ける。誰も、ひと言も喋れなかった。
「できました、では……ないんですよ……」
想像もしなかった光景。
これは、何があっても、けして口外してはならない。
そんな秘密を私達は抱えてしまった。