8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【12話③】「テメノス……。悪い大人でもいい、たすけてもらおう。このままじゃ……しんでしまう……」「いやですよわたしは。しばられて、そんげんをふみにじられて使いたおされる」

 ────私の走馬灯は灰色だ。

 空も、景色も、街の人も全てが同じ色。

 鮮やかなのは……物心つく前からずっと一緒にいるロイだけだ。

 髪は黒色、瞳は深緑色、それだけがきれいに見えた。

 

 幼い私達は、ソローネ君の“友達”みたいな生き方をしていた。

 食べ物をくれる大人に尻尾を振って、優しくしてくれる大人に懐いて、そんなふうに暮らしていた。

 いつからか、黒い顔をした男に目をつけられた。

 歪んだ笑みを浮かべる男が、男達が、私とロイにしつこく関わり、手を出すようになった。

 

 ふたりで遠くへ逃げた。

 街の外の、夜に灯りがつく道を、ふたりで手を繋いで、ずっと走った。

 ずっとずっと怖かった。

 どこまでも真後ろを追いかけてくる────そんなことを思いながら、震えながらどこまでも逃げ続けた。

 黒い顔の大人が住んでいると思って、他の町には行きたくないと思いながら走り続けた。

 

 森の木々の裏で、生い茂る植物の中で、隠れながら魔物を魔法で倒して、得たブドウやプラムを君と食べて、君と逃げ続けた。

 季節は……たしか、秋になったばかりだった。昼は暑いのに夜はひんやりして、眠る時は寒かった。私が君を温めていた。

 悪い大人が来るかもしれなくて、ずっとずっと眠りたくなかった。

 旅人が近くを歩いているのが見えて、気づかれないように息を殺した。

『たすけてください』を言いたくなかった。

『たすけてください』を言ってはならないと思った。

 声にも出さず、それを考えないように己を戒めた。

 

「テメノス……。悪い大人でもいい、たすけてもらおう。このままじゃ……しんでしまう……」

「いやですよわたしは。しばられて、そんげんをふみにじられて使いたおされる」

 

 私は、前に水をくれた誰かの言葉を思い出しながら言った。

 

「ロイ、それを生きてるとはいわない。わたしはりようされたくない。“きょうかい”へ行こう」

「“せいそう”がある?」

「“フレイムチャーチ”に“きょうかい”がある。ご飯をくれたひとがいってた。悪いものは入ってこれないって」

「いこう! テメノス!」

 

 ちいさな手を握り合って誓った。

 寒い夜も、なんとか目を閉じて眠った。次の日たくさん走る為に。

 雨が降りませんように、とそれだけを祈って旅をした。

 

 私とロイに気付いたのはひとりの神官だった。

 悪い大人に捕まらないように、暗いところに隠れていたのに。 

 教えてくれた名を聞いて、私とロイは「イェルクさま」と呟いた。

 その人はいきなりマントを外して、それを私に羽織らせてくれた。

 法衣を脱いでロイに着せてくれた。

 魔法をかけてもらったみたいに温かくなった。

 

「私は、君達をずっと助けることを炎に誓う」

 

 心が熱くなる声で、言ってくれた。

『たすけてください』を言ってないのに、助けてくれた。

 行きたいと願った“フレイムチャーチ”に私とロイを連れて行ってくれた。

 大聖堂で、見たいと望んでいた“聖窓”を見せてくれた。

 目の前が見えなくなるほど、たくさん泣いた。

 

 ────走馬灯は次に、私を自宅に招いた。

 全てが灰色に見えて、いつの間にかベッドに座っていた。手のひらも法衣も、血塗れだった。断罪の杖はどこにも無かった。

 

「……激怒したサンドリオンの大顎に貫かれて死亡、でしょうか。呆気ないですねぇ。あそこにクリック君が居たら良かったのに」

 

 聖堂騎士は命の危機を感じた時、身体が勝手に回避行動を取る。そのように訓練している。

 “神の剣”は強靭で、たったひとりでも戦えるように己を鍛え上げる。

 

「6秒あれば私も“守護の聖盾”を付与できていましたよ。クリック君がもし同行していたら、こんな無惨には終わらなかったのに」

 

 嘆息をこぼし、ふと、隣を見る。

 異端審問官の姿をしたロイが、私のそばに座っていた。

 

「……君も亡くなったのか」

 

 私じゃなくて違う方を向いている。5年前よりも前髪が長い。

 目が隠れ、微笑む口元しかちゃんと見えない。

 飛びつきたいのに……全身が重くて動けなかった。

 

「帰りをずっと待っていたのに、今までどこに行ってたの? あの物騒な黒い弓はどうしたの? 人を置き去りにして勝手に家を飛び出して。すぐ追いかけたのに、止まらずに走り去って。ちいさい頃は私のほうが速かったのに」

 

 君は返事をしない。微笑んだまま動かない。

 

「重いものをひとりで抱えて遠くへ行って。私に半分持たせたら楽だったでしょう。私はどこでも行けたのに。君となら、どこへでも行ったのに。

寒くありませんか? 寒いなら温めますよ。私いま動けないけど。不思議と全身が熱くて。死んだのに何でだろ」

 

 ロイの手がスッと動いた。

 白い指先が、私の腕輪を指差した。

 

「……これ? 誕生日プレゼントですよ。冬の晩に保護した子が贈ってくれた。精神年齢がとても幼くて、今日が誕生日って言う私の大嘘を信じてくれた女の子でね、私と仲間達のことが大好きで。私だけ貰うのも悪いから君にあげますよ」

 

 腕輪を外し、ロイの腕を掴み、白い手首に腕輪を通して。

『あれ? 身体が動くな』とぼんやり思った。

 

「……ああそうだ。すごく困った事があった。数時間前にその子に質問をされてね。私……“愛”が何かを説明しなきゃならなくなって。クラリッサさんに丸投げされて、私が答えなきゃいけなくなりました……!

私は保護者ですよ! あの子の先生です! 神官の皆と大事に育てた一人娘なのに! あああ……お父さんあるあるにその内襲われる! 『テメノス父さんと結婚したいです』なんてお願いされるんですよ! “愛”が何かを一緒に考えてくださいよロイ! 私を助けなさい!!」

 

 フッとロイが小さく息を漏らす。

 顔を上げれば、微笑む君と視線がぶつかった。深緑色の瞳を楽しそうに細めている。

 

「テメノス、君は大丈夫だ。ちゃんと答えられるから」

 

 ハッキリと聞こえる声だ。ずっと聞きたかった声だった。

 

「ロイ……」

 

 目の前が真っ暗になる。何も見えなくなる。

 

「……ロイ!!」

 

 全てが遠くなって、そして────

 

「────ッ!!?」

 

 ビクッと全身が震えた。

 口の中が砂でジャリジャリして、血の味がする。ここは……

 

「(……サンドリオンの)」

 

 全身が重く、関節がひどく軋む。

 痛みはなくて、しかし動けない。

 わずかに顔を左に傾ければ、砂の中でオズバルドとソローネ君が気絶していた。

 眼鏡が血で汚れ、ソローネ君は……隠れてよく見えない。

 ミルフィーユ君も動かない。赤髪は砂埃まみれで、白い頭巾が近くに落ちている。

 遠くで激しい斬撃の音が聞こえた。

 震える手で、がくがく揺れる腕で、なんとか身体を起こす。手と法衣が血と砂で汚れている。

 

「やぁああああああッ!!!!」

 

 覇気が溢れる勇ましい声が聞こえ、顔を上げる。

 キャスティがひとりでサンドリオンと戦っていた。

 

 大斧の俊敏な連撃でサンドリオンを圧倒している。

 全身が発光していた。色は、彼女が着ている制服と同じ青。

 彼女の連撃がサンドリオンの動きを止める。

 

「救いの手を!!」

 

 キャスティは飛び退き、鞄から鉢と棒と複数枚の薬草を出す。歴戦の薬師の動きであっという間に調合する。

 とても器用だった。調合しながら私の目の前まで来てくれる。

 

「みんな! お薬の時間よ!!」

 

 拡散剤を含んだ薬は、服薬できない状態でも吸入できる。

 全身が軽くなり、関節の軋みが楽になり、力が溢れた。満足に身体を動かせるようになる。

 オズバルドとソローネ君の呻き声もかすかに聞こえた。

 断罪の杖を支えにして立ち上がる。

 

「感謝しますよ! キャスティ!!」

 

 ロイが失踪して、次の異端審問官に私が選ばれた。

 返事をする前に巡礼の旅に出て、途中で学者と薬師のライセンスも取得した。

 断罪の杖に相応しき者になりたかった。困ってる人を助けたかった。

『助けてください』を言えない子を助けられる人になりたかった。

 

 最近だ。懸命に育てた赤髪の愛娘が私に言ってくれた。

『私は、テメノス様は、異端審問官に相応しい方だと思っています。異端審問官は……テメノス様がいいです。テメノス様しかいないと思ってます。断罪の杖で戦うテメノス様、私……好きです』

 

 曇りなき瞳で、私を一心に見て、言ってくれた。

 

「“アレファンに学びましょう”!」

 

 魔力を束ねる。今のソローネ君達を癒すなら“大回復魔法”だ。

 治療の光が、清い深緑の輝きが私の周りを素早く旋回する。

 

「“癒しの奇跡を与えたまえ”!!」

 

 まばゆい輝きが傷ついた仲間達に届く。

 ソローネ君はバッと飛び起き、オズバルドもスッと立ち上がる。

 サンドリオンを見据える2人の目に底力が溢れていた。

 私のそばで、もぞ……と起き上がった子が、眠たそうな顔で白い頭巾を探す。

 

「君の宝物は私が拾いますからね」

 

 私の声に、眠たそうな顔のまま笑う。安心しきった幼子の表情だ。

 回復した私達を見届けたキャスティが、大斧を振ってサンドリオン目掛けて駆けていく。

 私は断罪の杖を強く握った。

 

「……さぁ!! 反撃ですよ!!」

 

 私とオズバルドは同時に魔力を重ねる。

 大光明魔法と、大氷結魔法を放つ為に。

 

 サンドリオンは斧にも弱く、キャスティの連撃に動けずにいる。

 大斧を振り切った彼女は大きく後退し、その直後、ソローネ君が光の精霊石複数個を一気に投てきする。

 大光明魔法とほぼ同じの威力だった。

 

「“フクロウ”!!」

 

 そしてさらに、何か黒いものを投げつける。

 キャスティとソローネ君がサンドリオンから大きく離れた。

 私とオズバルドはお互いに目配せする。『いけます?』『もちろんだ』と目で会話した。2人でサンドリオンを見据えて、そして────

 

「“聖火の力を……授けたまえ”!!」

「“氷嵐よ……巻き起これ”!!」

 

────光と氷の根源でサンドリオンを貫く。

白と青の輝きが消える寸前、キャスティがサンドリオンに飛び込んだ。

 

「斧一閃ッ!!!!」

 

 キャスティの大斧がサンドリオンの大顎を片方折った。

 戦意を喪失したのか、砂埃を大きく巻き上げながら大穴の底に逃げていった。

 勝利の喜びは湧き上がらない。ここからすぐに逃げなければ。

 

「……ミルフィーユ君!!」

 

 すぐに目を向ける。彼女はうつ伏せで倒れていた。

 白頭巾の端を片手で握った状態で動けずにいる。私が拾いますと言ったのに!

 全員で一斉に駆け寄り、断罪の杖を傍らに待機させ、私が彼女を抱き起こした。

 まぶたをわずかに開いている。眠るのを我慢している子どもの顔をしていた。

 

「てめのすさま……」

「ミルフィーユ君、勝ちましたよ」

「サイの街に帰りましょうね」

「元気の出るブドウ、食べる? 口開けたら一粒ずつ入れるよ」

「……待て。ミルフィーユの髪が」

 

 オズバルドの苦しげな声で気付いた。

 長髪の半分が変色している。赤に白を混ぜたような薄い色をしていた。

 

「てめのすさま、すごく……ねむいんです……。てをつないで……かえりたいのに……ちからがはいらなくて……。すごくねむたくて……」

 

 これは度重なる“付与”の結果だ。直感で思った。動揺の声を思わず漏らしそうになった。

 強く意識して、無理して微笑みを浮かべる。

 

「いいんですよミルフィーユ君。きみ、いっぱい頑張ったんだから。ゆっくり眠ってくださいね。起きたら一緒にご飯を食べましょう」

 

 すごく眠いはずなのに、ミルフィーユ君は頑張ってニコリとした。

 私に笑顔を見せて、ガクンと眠りに落ちる。

 無性に泣きたくなって、抱きしめた。

 

「よく……頑張りましたね……。おやすみなさい……」

 

 私の肩をキャスティがポンポンする。

 その次、ソローネ君が肩をポンポンして、さらにオズバルドも肩をポンとした。

 本当に……頼りになる仲間達なんだから。

 

 砂の中にピカピカの花が埋もれているのを発見した。キャスティが拾い上げる。

 ミルフィーユ君のリュックはオズバルドが持った。白い頭巾はソローネ君が抱えてくれた。

 抱き上げて運ぶ私の周りを、みんなが囲むようにして歩いてくれる。帰路につく。

 

「……また暴れないといいのだけど」

「揺れと崩落は収まったな……」

「もう来ないと思うよ。キャスティが片方折ったんだから」

「残る問題は、人間同士の争いね」

 

 ピカピカの花が魔物を遠ざける。

 私達は無事に外へ脱出することができた。

 

「ねぇテメノス」

「はい、なんでしょう」

「腕輪……無くなってる」

「えっ!?」

 

 言われて初めて気付き、視線を走らせる。

 キャスティとオズバルドもジィッと見つめてきた。

 

「……たしかにありませんね」

「外れてどこかに飛んでいったのかしら……」

「明日、探しに行く?」

「いいえ。紛失したわけではない」

「テメノスを癒して粉々に壊れた」

 

 さすがはオズバルドだ。すぐに正解を言ってくれる。キャスティとソローネ君は驚いた。

 

「みんなは覚えてます? 激怒したサンドリオンが突っ込んできた時のことを」

「なんか、来たよね。あまり憶えてない」

「俺もだ」

「あなた達、攻撃されたのよ。私は嫌な予感がしたからすぐに大きく飛び退いていた。勘が働いたのね」

「ああ……だからキャスティ、ひとりで戦ってたんですね」

 

 オズバルドとソローネ君は目を見張る。

 

「ミルフィーユ君の祈りと願いが私を癒し、キャスティの薬で立ち上がることができました」

「サンドリオンの攻撃の真正面に、テメノスが立っていたのよ。大顎に……貫かれたように、見えたんだけど……」

「やはりそうですか。一回死んだんですね、私」

 

 軽い口調にみんなは顔を強張らせる。

 灰色の走馬灯を見た。よく分からない灰色の自室に行った。そこはきっと生者では行けない場所だ。

 

「あっという間でした。すぐ目の前にあの大顎ですよ。貫かれて走馬灯を見たんです」

「……それってあの?」

「はい、死の間際に見るものを」

「『“痛い”を“痛くない”にしてほしい。来年の誕生日もお祝いできるように』────それがこの子の願いだ。“付与”した効果が、テメノスの死を癒した」

「ミルフィーユ君はもちろん“こう”なります。深夜1時になっても起きませんよ、きっと。皆さん、この子が起きないと思って今日は就寝しましょうね」

 

 ソローネ君が『そう言って起きてるでしょ、アンタ』の顔をして、

 キャスティが『眠れないわよ、私』の顔をして、

 オズバルドが『起きているからな、俺も』の顔をして、

 私は『ありがとうございます』の顔をして。

 みんなでサイの街に帰った。

 

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