8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【13話】「素晴らしい贈り物をありがとうございます。テメノス様、大好きです」「消えろッ!!」

 サイの街の宿屋・宿泊部屋。

 数時間だけ寝て起床した。

 

「(私は……ミルフィーユ君から逃げてしまった……)」

 

『愛してます』を教えなければいけなかったのに。とんでもない大嘘をついてしまった。

 

「(なにが『愛です』だ!! あああ本当に申し訳ありませんミルフィーユ君!!)」

 

 仲間達も起き始め、私は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。異端審問官の心でいつも通りの表情を作る。いつもの微笑みを強く意識する。

 

「おはよう、テメノス」

「おはようございます、ソローネ君。今日はウェルグローブに行きますよ」

 

 ジィッと見つめてくる。私の心を読もうとしている瞳だ。私もジーッと見つめ返した。異端審問官の心で。

 

「……何かあった?」

「はい。昨晩、ミルフィーユ君に話しました。“愛”を教えましたよ」

「思ったより早く言ったね」

「遅いくらいですよ。即答すべきでした」

「ソローネさん! おはようございます!!」

 

 顔を洗いに行ったミルフィーユ君が戻ってきた。

 

「おはよう。夜中、良いことあった?」

「はい! テメノス様と大切なお話しをしました!!」

「……へぇ。大切な話を」

「“愛”を教えてくださったんです」

 

 喜びに溢れた生き生きとした笑顔

 知りたかったことを教えてもらった────それが何よりも嬉しいようだ

 

「テメノス様、大好きです」

 

 いつもの元気いっぱいな言い方ではなく、特別な物を贈るような言い方だ。

 その瞳にはやわらかい『愛です』が浮かんでいる。

 私はミルフィーユ君がミルフィーユ君でいるうちに『大好きです』を伝えなきゃいけない。言ってもらってばかりだから。

 

「ありがとうございます、ミルフィーユ君。私も大好きですよ」

 

 もらったものを返さなければ。できるだけいっぱい……その気持ちで言えば、彼女は頬を染めて華やかに笑った。

 陽春の色彩豊かな花畑がよく似合う笑顔で。

 私を見つめる瞳の色は、花の色みたいな美しい赤。一途に恋する乙女の眼差しだ。

 心の臓がドッッッッとなった。

 じわり、と冷や汗が浮かび、滝の汗が流れるような心地になる。

 返答を間違えた。

 

 ミルフィーユ君はニコッとさらに笑う。いつものぷにぷに顔で。いつもよりかわいく見えた。

 上機嫌にピョコピョコしながらキャスティのところに挨拶しに行った。

 

「(まちがえました)」

 

 返答を間違えた。それはもう、取り返しのつかない間違いを。

『愛です』と思うあの子の『大好きです』にテメノス・ミストラルは。

 “私も”大好きですよ、と言ってしまった。

 

「テメノス」

「……はい」

 

 ガタガタの声が出る。ソローネお姉さんはすぐに気付く。

 

「助ける?」

「……たすけてください」

 

 心の底から頼りたくなった。

 

 キャスティとミルフィーユ君が治療院の様子を見に行ってる間、ソローネお姉さんはオズバルド先生も連れて来てくれた。

 懺悔の時間だ。私は今いる宿泊部屋に鍵をかけ(すみませんミルフィーユ君、キャスティ。君達が帰ってきたらすぐ開けますから)断罪の杖を両手で握り、包み隠さず打ち明けた。

 広いところで座らずに。ソローネ君とオズバルドも立って聞く。

 

「『愛です』ねぇ……」

 

 ソローネ君は笑わなかった。とても親身になって向き合ってくれている。

 オスバルドも自分のことのように受け止めたようで、重苦しい表情で沈黙している。

 

「『愛してます』を……教えられなかったんですよ……」

「教えたら言うね、ミルフィーユは」

「今まで『大好きです』を言っていたように、連日『愛してます』を言うな」

「街中で口走るんですよあの子なら……!!」

 

 何も知らぬ街人達はもちろん目撃する。30歳の男に若い娘が告白している光景を!

 

「そりゃあ……私も、このまま正しい言い方を伝えないままでいるのは悪いと思います。早々に『愛してます』を教えてあげるべきだと思っているんです。

でもね、ミルフィーユ君が私に『大好きです』を言ういつもの感じで『愛してます』を言ったら、何も知らぬ者がその光景を見たらどう思います? 私とあの子は明らかに血が繋がっていない。どう思いますかソローネ君!?」

「……結婚したくて告白してる子」

「オズバルドは!?」

「……熱い気持ちを伝えているのにいつまでも返事をしない男だ」

「ですよね!!」

「あの子がもう、本当にちいちゃな女の子だったら良かったんですよ5歳ぐらいの……! そうしたら私はお父さんあるあるに困っているただの神官でいられたんです!」

 

『お父さんあるあるって何?』の顔をソローネ君がして、

『よくわかるぞ』の顔でオズバルドが頷いた。

 

「ミルフィーユ君が私に『愛してます』と言ったら……すみません、オズバルドでもソローネ君でもどっちでもいいので、どちらか続けて『愛してる』って言ってくれません? 軽い口調で。そうしたら私も『愛してます』って言います、和気あいあいと。

道行く方は全員、微笑ましい光景だと思ってくれるはずです」

「は? 絶対嫌」

「断る」

「ですよね、そうだと思ってました。問題は『愛してます』を教えた後なんです。あっという間に『結婚したいです』になるんです!!」

「ならないよ」

「……テメノスは、ミルフィーユの『テメノス様と結婚したいです』が怖いのか」

 

 心の臓が痛む。ずばり言い当てられた。

 

「さすがはオズバルド」

「血の繋がりがある親と幼い子なら微笑ましい光景だが、ミルフィーユはうら若き娘だ。その心はとても幼いが」

「『テメノス様と結婚したいです』の次は『テメノス様の赤ちゃんが欲しい』?」

 

 心の臓を鋭いもので貫かれた気持ちになった。

 

「……はい。『結婚したいです』の次はそれです。神官を長く続けていたから、夫婦になりたい男女に聖火の加護を授けることが多々あります。懐妊の祈りをお願いされたり、安産の祈りを頼まれたり。結婚を望む女性は皆、そのように願うんです!!」

「ミルフィーユならそこまで考えない」

「……ああ。“ずっと一緒にいたい”とだけしか思わぬだろう」

「今はそうですよ。しかし、数日後にはどうなるか分からない。あの子は聡いんです。普段はあんな感じだけど。

ずっと一緒にいたくて結婚を望むようになる。結婚なんてしなくてもずっとそばにいるのに。約束の言葉じゃ足りないと、誓いの指輪も欲しがります」

「贈りなよ。『元気になる御守りです』とか言って」

「『愛してます』を教えてあげろ、テメノス。

ミルフィーユと向き合え」

「教えたくないって駄々こねて黙ってる間に気づくよ、あの子は。『テメノス様に教えてもらえなかった』になる」

「泣かせたいのか」

 

 とても痛いところを突かれた。

 強い言葉の数々が、私の中に根付く苦悩を剥ぎ取っていく。『教えなければ』と思わせてしまう。

 

「……分かりました。教えますよ、“愛してます”を」

「おはようございます」

 

 真後ろで耳元に邪悪な声が。

 害虫が耳の中に入り込んだように戦慄して、私は反射的に断罪の杖で背後を打ち払う。殴打の手応えは無し。

 後ろに視線を走らせた私の視界に、ふわりと黒いドレスが舞い上がる。

 とても柔軟な魔女は、体操でよくやるブリッジで私の断罪の杖を避けていた。

 私達は迅速に後退する。

 魔女はゆっ……くりと気持ち悪い動きで身体を起こし、背筋を伸ばして一礼する。

 部屋が一気に暗くなったように感じた。

 

「ミストラルさんは朝からお元気ですね」

 

 狂気の笑みを、いびつに歪んだ微笑みを浮かべる。黒い顔だ。

 ぱっちり開いた瞳は血の色で、話したくない嫌悪の感情が一気に膨らむ。

 

「おはよう、ソローネ」

「ノックも無しに入ってくるな」

「戸を叩いても開けてくださらないでしょう? おはようございます、ヴァンシュタインさん」

 

 最大限の警戒と敵意を向けるオズバルドはその挨拶を無視した。

 

「用件を言いなさい」

 

 私は感情の無い声で言い捨てた。

 魔女が目を細めた瞬間、血の色が禍々しく発光する。ギクリとすれば、魔女は黒い両手をスッと前に出した。

 手のひらには小さな白い箱。

 連想したのは、男性が女性に贈る……指輪が収められている箱。

 脳の血管がブチリと切れる音を感じた。

 

「……ふざけてるんですか?」

「いいえ。必要だと思ってお届けにあがりました」

 

 至極愉快そうに笑う。

 

「美しい髪のかわいいあの子が、今一番欲しいと思っているものです」

 

 傍らの仲間達も殺気立ったのを肌で感じ取った。

 

「お願いします、ミストラルさん。これをあの子に……」

「“聖なる光”!!」

 

 邪神色のブローチを、輝く断罪の白槍で鋭く穿つ。

 しかし、“聖なる光”は禍々しい宝石に吸収された。

 

「…………ッ!?」

 

 絶句する。オズバルドとソローネ君の息を飲む気配を感じた。

 魔女は動揺せず、悦楽の微笑みを浮かべ、頬を薔薇色に染めた。

 吐息をこぼす。興奮している顔だ。

 

「素晴らしい贈り物をありがとうございます。テメノス様、大好きです」

「消えろッ!!」

 

 ぴたり、と冷たいものが首に触れる。

 息を止めて横目で見た。ソローネ君の指だった。

 

「頭冷やしな、テメノス」

 

 いつもの声と変わらぬ表情に、荒立っていた心が驚くほど静かになった。

 

「……感謝しますよ、ソローネ君」

「ここまで感情を乱すなんて、アンタらしくないね」

「はい。我を忘れていました。黒い害虫の羽音がうるさくて、存在自体が不愉快で」

「この女は相手の逆鱗を触りたがる。人を怒らせて、それを眺めて、楽しみたいんだ。歪みきった魔女だよ」

 

 くすくすと笑う声が聞こえて寒気が走った。

 

「ソローネは賢いですね。そうです。わたくしはみんなに怒ってほしい。怒りと憎しみを集めたい」

「集めてどうする」

 

 オズバルドの気迫に溢れた声に心強くなり、私はニヤリと笑ってしまう。

 魔女から情報をたくさん引き出しましょうか。

 

「集めてお部屋に飾るんですか?」

「ひとつの大きな力にします。底なしに黒くて、とても痛くて、すごく苦しい大きなものを」

 

 うっとりした笑みで語る。

 建築士ヴァドスより、この魔女のほうが邪神ヴィーデの下僕に相応しい。

 黒い魔女は白い小箱を差し出した。

 

「こちらの贈り物、いかがいたしましょう? 美しい髪のかわいいあの子が喜んでくれるもので……」

「不要です」

「その箱には何が入っている」

「特別な指輪です。わたくしがポンと出しました。かわいいあの子が欲しがるものです」

「自分の指につけてな」

 

 白い小箱がボッと燃え上がる。

 赤々とした炎を、魔女は歪んだ笑みで、虚ろな赤い瞳で眺めている。

 

「魔法を全て使えるの? スッゴイデスネ!」

「……わたくしは炎の根源しか扱えません。魔物にも人にも当てられないんです。ヴァンシュタインさんの生徒だった、美しい髪の聡明なあの子と同じで」

 

 お得意の訳知り顔で嘲笑う。

 そうやって、知り得ないはずの情報を漏らしてこちらの動揺を誘うんです。

 常に上に立ちたい・主導権を握ろうとする。

 オズバルドもそれをよく理解しているから一欠片も動じない。

 小箱が燃え、白い宝石の指輪が現れて、魔女はそれを右手の中指につけた。黒い手袋だと白い宝石がよく目立つ。

 

「指輪を……美しい髪のかわいいあの子はどの指につけるのかしらね」

 

 挑発する声だ。

 いいですよ。それなら全力で踏んであげましょう、黒い女の逆鱗を。

 

「“輝石の魔女・ディエライト”

お聞きしたいことがあるのですが」

 

 私の声に、濁った赤色の瞳を向けてくる。歪んだ笑みをさらに吊り上げた。

 魔女は赤い髪の娘達を大事に思っている。“欲しいです”を言う前に特別な地図を贈ったから。

 いつも名前を呼ばない。どんな時も。

 きっと理由がある。いっぱい怒らせましょうね。

 

「ずっとずっと気になっていたんです。私達の名前はいつも呼ぶのに、どうして赤い髪の娘達の名前は呼ばないの?

ミルフィーユ君は“ミルフィーユ”と、ミルディア君には“ミルディア”と、お名前を呼んであげればいいのに……絶対に呼ぼうとはしない。どんな時も“美しい髪のホニャララのあなた”って言う。名前を呼ばずに、わざわざそんな長々と。

特大に失礼ですよね。名前を呼んでもらえなくてミルフィーユ君とミルディア君がかわいそうだ」

 

 室温が一気に上がった。頬がチリ、と焦げるような熱さを感じる。

 熱の発生源は魔女だ。真っ黒の彼女から熱いものがジリジリ迫ってくる。

 私は後ろを見た。オズバルドは『もっと言ってやれ、テメノス』の顔に、ソローネ君は『どんどんやって』の顔になる。

 私は前方に視線を戻した。

 

「教えてください。ミルフィーユ君達を“美しい髪のホニャララのあなた”と呼ぶ理由を。それしか呼べない理由がきっとあるんですよね。

話して頂ければ、私からミルディア君達に説明しますから。ライトさんにはこんな理由があるんですよ、って。お願いします、教えてください」

 

 赤い瞳の中で濁った混沌がぐるぐる渦巻いている。気持ち悪い瞳だ。魔力を少しずつ奪われていくような嫌な感じがした。

 

「わたくしは……教えたくないです」

「言いたくない?」

「……はい。言いたくありません」

「どうしても名前を呼べない?」

「呼べないんです」

 

 “教えたくないです” “言いたくありません”────その言葉が聞きたかった。

 

「そうですか。いいですよ。教えたくない気持ちはとてもよく分かります。話さなくていいですから」

 

 私は慈愛溢れる神聖な微笑みを作った。

 

「ミルフィーユ君は“美しい髪のかわいいあなた”で、ミルディア君は“美しい髪の快活なあなた”で、ヴェリテは“美しい髪の聡明なあの子”で……ああ、そう言えば最近、もうひとり見掛けましたよ。赤い髪と赤い瞳の娘を。

美しい髪をひとつに結んで、男みたいな服を着て、困った時のミルフィーユ君と同じ顔していました。ヒカリ?でしたっけ。その方と旅をしているみたいなんです」

 

 歪んだ微笑みの端がピクリとして、赤い瞳のグルグルが止まる。

 

「……どこで見掛けましたか?」

 

 食いついてくれた。私は内心で大きく笑った。

 

「う〜ん……どこだったかな? クロップデールの祭りではなかったですね。オアーズラッシュでもありません。カナルブライン、だったかな? コニングクリークだったかもしれません。おやおや、困った。あちこち行ってたので曖昧です。どこだったかなぁ?」

「……お願いします。思い出してください」

 

 いびつな笑みはそのままに、私を凝視する瞳は切実だった。

 ふふふ。嬉しいですね。お願いされる側に立てるのは。

 

「ああ! 思い出しました! その美しい髪のホニャララさんがどこに行ったか!」

「どこに、行ったんですか……!!」

「“教えたくないです”」

 

 禍々しい笑みの魔女は沈黙した。

 

「“言いたくありません”」

 

 そちらが先に言ったんですよ。“教えたくないです”と。

 ミルフィーユ君達の名前を呼べない理由を話してくれたら、もちろん教えて差し上げます。私は最悪な意地悪ではありませんから。

 

 魔女は大きく口を開き、そして、鋭い声を発した。射抜かれた鳥の断末魔のような鳴き声だった。

 全身がすくみ上がり、凄まじい熱波が飛んでくる。私を睨む瞳には業炎が宿っていた。

 

「(私……逆鱗をへし折っちゃいましたね……)」

 

 熱波が次々と走り抜けていく。熱いものが激しく全身にぶつかっていく。

『どうしましょう』と一瞬だけ遠い目をしたら、ガチャガチャ!と施錠した扉から音が聞こえた。

 

「キャスティさん! 開かないです!!」

「あら……どうしてかしらね……」

 

 2人の声が聞こえた瞬間、熱波が嘘みたいにパッと消えた。

 黒い魔女は歪んだ笑顔のまま、肩を上下しながら呼吸する。

 私を見据える瞳には業炎が消えずに浮かんでいる。

 

「テメノス・ミストラルさん……わたくし、あなたのこと、大嫌いです」

 

 満面の笑みで言い捨て、鍵を開けて退室した。

「わっ!? ライトさんが出てきました!!」とミルフィーユ君の驚く声が聞こえ、バタバタと走り去る音も聞こえた。

 

「……どうしたのかしら。びっくりしたわ」

「テメノス様! 何があったんですか!!」

 

 ミルフィーユ君は鞄を5つ持っている。きみ……リュックはどうしたんです?

 怒った顔でズンズン来た。

 

「ライトさんに何を言ったんですか!?」

「ちょっと色々お話ししてました」

「テメノス様、ライトさんに早口でたくさん意地悪言いました!?」

「……私もライトさんにひどいこといっぱい言われました」

「テメノス様は30歳です! ライトさんは私と同じ歳の女の子なんですよ!!」

「え。それは絶対無いですよ。あの方もいい大人です。ソローネ君が小さな頃からアレなんだから」

「テメノス様ひっどいです!!」

 

 怒りに吊り上げた赤い瞳が潤んでいる。『なんで私が責められてるの?』と思ってしまった。

 後ろのキャスティがミルフィーユ君の剣幕に困惑している。

 

「魔女さんの大切なものにひどい事しました!! 絶対そうです!! ライトさん泣いてましたよッ!!」

「え」

「は……!!??」

 

 後ろでソローネ君が特大に驚く。

 私はサッとキャスティを見て『泣いてたんですか?』の顔をすれば、彼女は首を横に振る。

 

「とても……満面の笑みだったわ。すごく良いことがあったみたいな上機嫌な笑顔よ」

「泣いてました!! すっごく悲しそうに泣いてたんです!!

私、ライトさんに相談したかったんですよ!! リュックが破れて中に入ってるのボロボロこぼれちゃったから、キャスティさんが大きな斧お片付けする時の腕輪、買いたいからどこに売ってますか?って! 名前忘れました!」

「“保管輝石”よ」

「そうです! それです! たくさん保管できるすっごいの、買いたかったんです!! ライトさんに教えてほしかったのに!!」

 

 サァッと血の気が引く。

「あの白い箱に入っていたアレは……“保管輝石”か……?」とオズバルドが呟く。

『絶対それです!!』と思った。

 

 あの魔女は言っていた。『必要だと思ってお届けにあがりました』『美しい髪のかわいいあの子が、今一番欲しいと思っているものです』と。

 もしあれが、無制限に入る特別な“保管輝石”だったら……私、あんな事やこんな事しちゃいました!!

 

「……最悪」

 

 ボソッとソローネ君が呟く。きみ、それは黒い魔女に言ってます? それとも私に?

 

「ライトさんを泣かせたテメノス様に、私、プンプンです!! いっぱい意地悪したテメノス様とは話したくありません!! 私、ライトさん探してきますからね!!」

 

 小さな鞄達をガチャガチャさせながらミルフィーユ君は飛び出していき、それをキャスティが慌てて追いかける。

 

「なんでこうなるんですか……?」

 

 私はあ然としながら震えた。

 ソローネ君が私の右肩をポンとして「あの女、わざとだよ。キャスティと同じ腕輪にすりゃいいのに指輪にした」と言ってくれる。

 私の左肩をポンとしたオズバルドに「ミルフィーユは時間を指定していない。アレは……長引くぞ」と言われた。

 30秒後にミルフィーユ君は曇り顔で戻ってきた。プゥと頬を膨らませている。

 

「ライトさん、外で踊ってました」

「踊って……?」

「すごいどしゃ降りなの、今。雨の中で踊っているわ」

 

 みんなで魔女の様子を見に行く。

 外に出る扉を開ければ、確かにひどいどしゃ降りだった。

 

「ヒノエウマ地方って雨降るの年に数回だけですよ。大体小雨です。この雨量は初めてのはずだ」

「異常気象……かしら」

「ビッシャビシャです」

「出発は無理だね」

 

 どしゃ降りの雨、ぼやけた景色に黒いのが確かに踊っている。

 目を凝らす。確かに、黒い魔女が楽しそうに踊っている。全身で喜びを表現していた。

 ソローネ君が重いため息をこぼす。

 

「アイツ、いつもああやってる。雨が降ったら 外に出て踊るんだ。初めて会った日も……雨の中、踊ってて。話しかけたのが運の尽き」

「ソローネさんがちいさい時ですか?」

「……そうだよ」

「ずっと憶えてるのすっごいです!」

「魔女さんに贈り物を貰ったから忘れられないんですよ」

「……私は“これ”を贈り物だと思ったことは一度もない」

「その日からずっと付き纏っているのね。それは……とても心苦しいわね……」

 

 ふと気付く。そういえばオズバルドが静かすぎる。一言も話していない。

 チラ、と顔を向ける。どしゃ降りの雨を見据える顔は辛そうだ。

 

「オズバルド……何かありました?」

「……なにもない」

 

 そして、ひとりで宿泊部屋に戻っていった。私達も彼の後に続いた。

 部屋に入り、ミルフィーユ君は鞄をガチャガチャさせながら寝台に座る。複雑そうな顔の彼女は私の方を一切見ない。

 動いたのはソローネ君だ。

 

「ミルフィーユ」

「……はい」

「今のミルフィーユの心、教えて」

 

 怒り心頭の幼子は体の向きを変えて私を視界に入れないようにする。

 

「意地悪なテメノス様にプンプンしてます。でも、ライトさん楽しそうに踊ってるから分かんなくなりました」

「踊ってる時、泣いてた?」

「泣いてないです。ニッコニコでした。とても嬉しそうでした」

「泣いてなくて良かったわね」

「……はい」

 

 悩んでいますねぇ。私が謝意を見せたらコロッと話してくれそうだ。

 ミルフィーユ君とは仲良しでいたい。ここはしおらしくしましょう。

 

「君を悲しませてごめんなさい。魔女さんとケンカするのは良くなかったです。魔女さんにはいつか(その日は永遠に訪れない)ちゃんと謝りますから」

 

 ミルフィーユ君は少しうつむくだけでまだ私を見ようとしない。

 

「テメノス様はライトさんに……何日後に、謝るんですか?」

 

 あまりにも手強くて微笑みが引きつった。

 やっぱりこの子は聡いですよ! 『いつかちゃんと謝りますから』が通じなくなってます!!

 私はシュンとして悲しい顔を作る。

 

「何日後かは分かりませんね。それは魔女さん次第です。こちらが謝りたくても、魔女さんが私と話したくないと思ったらゴメンナサイできませんから」

 

 ミルフィーユ君が私に全身を向けてくれる。

 こちらの言い分を全て信じたようで、怒りが消えた素直な瞳をウルウルさせた。

 

「テメノス様。私、テメノス様がゴメンナサイできるように、ライトさんを説得します」

 

 やめてほしーーーーーーーーーい!!

 

「私、次にライトさんに会ったらお願いします!! 『テメノス様がお話ししたいから、ライトさん聞いてほしいです』って!」

 

 最ッッッッ悪です!!!!

 

「ライトさん、踊った後帰っちゃったら、次はどこで会えるんでしょうね? 私……ライトさんに会いたいです」

 

 ミルフィーユ君の声は純粋だ。私は会いたくありません!!!!

 また思ってしまった。『返答を間違えた』と。取り返しのつかない間違いだった。

 

 その後、ミルフィーユ君とキャスティがまた外の様子を見に行き、すぐに戻って来た。

 

「ザーザー振りです」

「ひどい雨のままだったわ」

「雨が止むまでゆっくりしてましょうか」

「キャスティ、昨日言ってたこと、話してよ」

「そうでした! 思い出したんですよねっ」

 

 オズバルドが相変わらず静かすぎる。

 私はチラ、と確認した。彼は手記に何かを書き込んでいる。

 

「テメノス様。キャスティさん、思い出したの良かったですね」

 

 嬉しそうな笑みを向けてくれて、私は胸を撫で下ろした。

 

「キャスティさん、お話しお願いしますっ」

「ええ。グリフさんが、エイル薬師団についての噂を聞いたの。つまり、私とその仲間のこと」

 

 思い出せて良かったと笑顔を見せるミルフィーユ君と違い、今のキャスティは暗く深刻だ。

 

「……エイル薬師団が訪れた“ある村”では、村人が次々に倒れ、全員が息絶えた。グリフさんは、村を離れて無事だった村人からその話を聞いたのよ。

村には……その村の上空には、不気味な雲がかかり、紫色の雨が降り注いでいたそうよ。その話を聞いた瞬間、思い出したの」

 

 キャスティの重い声にミルフィーユ君の顔から笑みが消える。

 彼女のそばに座り直し、彼女の手袋をギュッと握った。

 

「ありがとう、ミルフィーユ」

 

 キャスティは安心の笑みをホッと浮かべた。

 

「……どこかの村に私達はいた。2階建ての家に大きな風車がついた家屋があって……。紫の雨が降っていた。おぞましい“雨”だった。

私達はどこかを目指して走っていたの。洞窟で、上へ上へ進んで、外に出て……ローブを着ている人物が、黒いものを燃やしていた」

 

 打ち明ける声に恐怖が滲んでいる。

 ミルフィーユ君は目を閉じて祈る顔をする。キャスティの苦しみが少しでも軽くように願っている。

 

「濃い紫色の煙が大きく上がっていて、それはまるで大きな狼煙のようで……。『皆、死んだ』と私達に言ったの『もっと降れ、もっとだ』と。くちばし型マスクをつけた顔を私に向けて……『団長』と呼んで……過去の私が……『自分のしてることがわかってるの?』と問い詰めたら、『エイル薬師団の信念に従っているんです』と返事をした。大きく笑っていたの……『これは救いの雨だ』と言って……。

……思い出したのはそこまでだった。その先は思い出せなかった」

 

 村一つ滅ぼした、と噂されているエイル薬師団。

 その噂は嘘ではなく、しかし、大きく間違ったことが伝聞されている。

 正しくは“エイル薬師団で活動していた者が独断で、独善的に村一つを滅ぼした“だ。

 

「あの記憶で見た場所で……きっと何かが起こった……」

 

 キャスティは腕をさする。痛みを軽減させる為に何度も撫でる。

 その腕はきっと“回復魔法”では癒せない。

 

「何か、恐ろしい悲劇が……。思い出さなきゃ」

 

 ミルフィーユ君は目を開く。心細くて、不安そうな幼子の表情だ。

 キャスティが白い頭巾を撫でた。 

 

「キャスティさんの思い出した“本”は……とても辛い“本”ですね……」

「辛く苦しくても大事な“本”よ。またひとつ、思い出すことができたの」

「……良いこと、ですか?」

「ええ。大切な事を思い出せたから。怖くはないわ。ミルフィーユが手を握ってくれたから」

 

 不安が和らぎ、少しだけ微笑んだ。

 

「私も……私も自分の“本”を思い出したら、手をギュッとしてください」

「全身ギュッてするよ。安心しな、ミルフィーユ」

「最初にテメノスが抱きしめてくれるはずよ」

 

 パァッ!!と明るい笑顔が戻る。幼子が私に笑い掛けてきたから『もちろんですよ』の顔で頷いた。

 

「ミルフィーユ君。私がムギュギュと抱きしめてあげますからね」

「ありがとうございます、テメノス様。大好きです」

 

 喜びの瞳に、幸せに溢れた『愛です』が浮かんでいる。

 訂正してあげなければ。『愛です』ではなく『愛してます』と。

 

「ミルフィーユ君。きみに話したい事があるんです。聞いてくれますか」

「大切なお話ですか?」

「はい。とっても大事な話です」

「大事なお話なら……それならライトさんが先ですよ。テメノス様は、ライトさんにちゃんと話してから、私にお話ししてくださいね」

 

 ミルフィーユ君はキャスティをギュッと抱きしめ、出発の準備を始めた。

 その姿を遠く見ながら、私はただ、あ然とする。

 

「あーあ……やっちゃったねテメノス。いつかちゃんと謝るなんてテキトウ言ったせいだよ」

 

 魔女とのいざこざを知らないキャスティが「誠心誠意話せばいいのよ、それで万事解決よ」と優しく励ましてくる。

 私はもう一度心の中で『さいあくです』とガタガタした。

 

 準備が終わり、雨が止み、旅立ちの時だ。

 治療院で療養中の人々、マオ君達、エドマンド君にも挨拶する。

 先ほどのどしゃ降りは彼らも大きく驚いたようで、今まで一度もそんな異常気象は発生しなかったそうだ。

 見送るたくさんの優しい声を背に、サイの街を出発する。

 

「テメノス、どしゃ降りの“解”を」

 

 今まで沈黙を貫いていたオズバルドが口を開く。

 

「異常気象ではなく?」

「先生、聞かせて」

「気になります!!」

「話してほしいわ」

「まずは過去の、俺とヴェリテの話だ。モンテワイズの大図書館と、コニングクリークの我が家を、俺とヴェリテは行き来していた。

ハーヴェイの分断よりも前の出来事で、我が家に帰る途中の船上で、俺はヴェリテを深く傷付けてしまったんだ」

 

 え? なにそれ気になる。どんないざこざがあったんです?

 ジィッと見つめれば、オズバルドが気まずそうに眉を寄せた。

 

「ヴェリテは泣いた。泣かないと思っていた少女が、大粒の涙をこぼして泣いたんだ」

「オズバルドさんダメダメです。さんじゅう……えっと、何歳の時の出来事ですか? 大人なのに、10歳くらいの子を泣かせました」

「ああ……晴れ晴れと和解できたが、俺は今もそれを悔いている。話を戻すぞ、泣かせた時だ。サイの街と同じどしゃ降りが、俺達の乗る船を襲ったんだ」

「海上で、あのどしゃ降りですか……!?」

 

 初めて聞いた嘘みたいな話にソローネ君とキャスティは言葉を失う。

 

「思い出せ、テメノス。最近、カナルブラインでも雨が降っただろう。その時の状況は?」

「覚えてます! 到着してすぐでしたよ! 晴れ渡っていた空がいつの間にか曇天に変わって、いきなり雨が降ってきた!」

 

 ミルフィーユ君は一気に元気がなくなった。ソローネ君がハッとして頭巾を撫でるくらいに。

 

「……テメノス様、私、その時とっても悲しかったんです。エンエンしたらお姉ちゃん達心配するので我慢したら、お空が泣いてくれたんです」

「うわぁ……」

 

 絶望の声を私は漏らした。ソローネ君も重いため息をこぼす。

 

「それじゃあ、サイの街の、あのどしゃ降りは……」

「……魔女が泣いた」

「うわぁ……」

 

 最悪な気分になって、私はまた絶望の声を漏らした。

 

「赤い髪の娘が泣きたくなるほど心を痛めた時、空も同じように涙する。大きな雨を呼んでしまう」

 

 あのどしゃ降りの雨が黒い魔女の涙なら、あの大雨は私のせいだ。

 最悪な意地悪で逆鱗をへし折ったから、黒い魔女が大泣きした。

 

「ちゃんと……話しますよ。話しますから……」

 

 私は絶望の心で呟いた。

 

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