8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【14話】「……最悪ですよ、私は。救いようのない最悪な意地悪です」「何もかも、タイミングが悪かった」

 ソローネ君の目的地、ウェルグローブを目指して東ウェルグローブ森道を進む。

 

 ミルフィーユ君に“愛してます”を教えたいのに、その前に魔女にゴメンナサイをしないといけない。

 あまりにも理不尽で、どうして私が?とそれだけを思った。

 よくよく考えたら諸悪の根源はあの魔女ですよ! 戸をトントンして『かわいいあの子のリュックがビリビリに破れたので無制限に保管できる“保管輝石”を持ってきました。渡したいんですけど、それは指輪で、贈りたいんですけど、どうでしょうか? かわいいあの子が困っているので助けたいのですが』って言えばいいじゃないですか!!

 なんなんですかねあの魔女は! 『用件を言いなさい』って私言ったのに!!

 

 胸中の文句を私は顔には一切出さず、異端審問官の微笑みで道中を歩く。

 たくさんの鞄はミルフィーユ君だけに任せず、一人ひとつずつ。

 彼女はソローネお姉さんと手を繋いでいる。

 

「ウェルグローブはソローネさんの目的地でしたね!」

「ソローネ君の用事ですが、ひとりで行きます? みんなで行きます?」

「私だけでいい。テメノス達は観光でも……」

 

 相変わらずの声でいつものように言う。

 しかし、表情が具合悪そうに曇った。

 

「……あの女が来る」

 

 絶望しきった静かな声だ。

 

「え? ライトさんが来るんですか? ウェルグローブに?」

 

 ミルフィーユ君の声は明るい。

 喜び最高潮の笑顔と最悪絶不調の暗い顔が並ぶ。

 

「また私の後ろで私だけを見る。誰でもいいからずっと同行して」

「は〜い! いっしょに行きたいで〜す!」

「私も行くわ。任せてね、ソローネ。気が散ることをしてきたら私が相手をするから」

「ありがとう、キャスティ」

「……ソローネ。俺は必要か?」

「先生も来てほしい」

「全員で行きましょう。決定ですね」

「私、ライトさんと話したいことがあって。会えたらお話しさせてくださいね、テメノス様!」

 

 ふわふわの笑みを向けてくれた。

 “私を謝らせる”ではなく“自分が話したい”に目的が変わってる。『話しません!!』と大激怒していたのが嘘みたいだ。

 魔女が現れるまでに考えなければ。謝罪の言葉を伝えずにミルフィーユ君が納得できる内容を……!!

 私の脳内のパルテティオが『テメノス……おまえ、サイテーだな』と言った。

 

「そう言えばミルフィーユ君。私も自分のちいさい時を憶えてるんですよ」

「え? テメノス様もですか」

「すごいでしょう?」

「はい!!」

「ちいさい私は孤児だったんです」

 

 軽い口調で言う。和気あいあいとした空気は見事に凍った。

 キャスティが『聞いていいのかしら……』の顔で目をそらし、

 オズバルドが『ここで話す内容ではないぞ』の顔で口を結び、

 ソローネ君が『話していいの?』と言いたそうな強い眼差しを私に向ける。

 ミルフィーユ君は静かだ。おかしいですね、てっきり“こじ”ってなんですか!?って元気いっぱいに聞くと思ったのに。

 

「ミルフィーユ君は知ってます? “孤児”」

「分かりません。でも、ソローネさん達、みんな悲しそうな顔になったから……とても大事だけど、胸が苦しくなる言葉だと思いました」

 

 私は白い頭巾を撫で、進む先を見つめた。

 

「親に捨てられたり、親が亡くなってしまったり、他の大人に保護されることなく生きる子ども……それが“孤児”です。私はどっちだったんでしょうね……あんまり思い出せないんですけど、街で見知らぬ人々からご飯を貰ったりしてました。ソローネ君の“友達”みたいに、優しくしてくれた誰かに『好きです』の顔をしながら生きてましたよ」

 

 話の途中でも魔物は出る。遭遇して秒でソローネ君とオズバルドが退治し、話を中断することなく語ることができた。

 私の前をオズバルドとソローネ君が歩く。私の右隣にミルフィーユ君、左隣にキャスティが並ぶ。

『ひとりじゃないですね、私』と思って、胸が熱くなった。

 

「ちいさいテメノスさんには、ソローネさんみたいな方が一緒にいたんですか?」

「“この人”という方はいませんでした。でも、優しい大人ばかりです。ご飯や水をくれるのは旅人がほとんどで」

「ひどいことをする悪い人はいましたか……?」

「……いましたよ、もちろん。悪者はどこにでもいますから」

 

 私の手をミルフィーユ君がガッと握った。彼女は何かと戦う勇ましい顔をする。

 

「男、だったと思います。とても優しい声で……笑った声で話してくれて……。仲間が何人かいた気がします。どんな顔をしていたかは覚えていません。黒い顔、だったかな。嘘を付いてるなってすぐ分かる歪んだ笑い方をしてね、逃げたんですよ、その街から」

 

 ……ああ。だから私、あの魔女を大嫌悪しているのか。歪んだ笑みを浮かべる、黒ずくめの不吉な象徴を。

 

「どこの森だったかな。それもあまり憶えていません。木の裏に隠れたり、茂みの中に身を潜めたり、遠い所に行こうと逃げ続けました。隠れながら魔物を魔法で倒して、“獲得品”のブドウとプラムを食べながら」

「……幼い身で、魔法で戦っていたのか」

「そうです。ヴェリテと違ってドッカンドッカンでした。すごいでしょう?」

 

 微笑みながら明るく言っても、場の空気は凍りついたままだ。

 みんな静かに聞いてくれる。

 

「雨が降りませんように、と……それだけを願って逃げ続けました。死ぬかもしれないけど、悪い大人には頼りたくなかった。嫌だったんです、ちいさな私は。

『縛られて、尊厳を踏みにじられて使い倒される。利用されたくない。それを生きてるとは言わない』って思いながら」

 

 ソローネ君がバッと振り返り私を見た。珍しく、彼女の瞳に動揺が浮かんでいる。

 ……分かりました。同じなんですね、きみも。

 ソローネ君はまた前を向いた。

 

「……ご飯をくれた誰かがそんな事を言ってて、それがちいさい自分の心にありました。誰が悪い大人か分からないから、他の町にも行けなかったし旅人からも隠れていました。

野良犬みたいに生きてたんですよ」

「いやです!!」

 

 ドンッと体当たりされた。ムギュギュと抱きしめられ、歩みが止まる。

 

「そんなふうに言わないでください!!」

 

 泣いてる声だった。仲間達が慌てた。『どしゃ降りになったら困りますよね』と遅れて気付いた。

 

「ミルフィーユ、大丈夫だから。テメノス今元気、笑ってる」

「間違いなく誰かが助けた。子どもは一人では生きられないからな」

「テメノスを助けてくれた人を教えてほしいわ」

「わ……私も……教えてほしいです……」

 

 半泣きの声だ。私も彼女をムギュギュと抱きしめ、離れた。

 

「イェルク様です。私を助けてくれたのは」

「教皇様が!? テメノス様を!?」

「そうです。マントを外して私に羽織らせてくれた」

 

 私は断罪の杖から手を離して待機させ、マントを外す。それを“あの日”と同じようにミルフィーユ君に羽織らせた。

 

「嬉しかったですよ、その時の教皇。法衣まで脱いでロイに着せてくれて……」

 

 ついポロッと言ってしまって『あ』と思った。ミルフィーユ君が涙目で見上げてくる。

 

「テメノス様。“ロイ”って誰ですか?」

「私と共に逃げてくれた子です。同い年でね、

私と同じちいさな背でね……ちいさな私の唯一の『大好きです』だった。私はその子と手を繋いで逃げました」

「良かった……」

 

 ミルフィーユ君が喜びに微笑んだ。

 安堵で浮かんだ涙が彼女の赤い瞳をさらに美しい色にした。

 

「……ちいさいテメノス様、ひとりじゃなくて良かったです」

 

 そして、私をまた抱きしめた。

 なぜかキャスティも後ろから私をムギュッとしてくれた。

 なぜかオズバルドも頭を撫でるし、ソローネ君も肩をポンポンしてくる。私30歳のいい大人なんですけど……。

 仲間達はすぐに離れてくれた。

 

「それで教皇が私とロイをフレイムチャーチに連れて行ってくれました。大聖堂の聖窓を見せてくれて、保護してくれて、私とロイを育ててくれた。そして今の私がいるんです」

「ロイさんはどんな方ですか?」

「『助けてください』を言えない子にいつも気付く男だった。必ず助けて、救い出す。炎みたいに明るくて熱い男だった。

……まぁ、今はどこにいるか分からないです。何か大きな仕事をしています。東と西を行ったり来たり。そのうちミルフィーユ君も出会えるはずですよ」

 

 私は希望に溢れた声で大嘘をついた。

 すみません、ミルフィーユ君。ロイとはもう二度と会うことはない。

 

「私、ロイさんに会いたいです! あ……ライトさんにお願いしますか? ロイさんのいるところを────」

「やめてください」

 

 厳しい声で鋭く言ってしまい、慌てて口を塞ぐ。ミルフィーユ君は沈黙して青ざめた。

 

「テメノスは自分で捜して会いたい。誰にも頼ることなく」

「ミルフィーユは自分の欲しいものを、ただ楽に貰うか自分の努力で得るなら、どちらがいい?」

 

 すごいな。2人のフォローでミルフィーユ君に笑顔が戻った。

 

「自分で捜して会いたいです!!」

「ブラヴォー、ミルフィーユ君! 私が今頼りたいのは、君とオズバルドとソローネ君とキャスティですよ。私はそう思ってます。だからね……」

 

 オズバルド、ソローネ君、キャスティの顔を、それぞれ見つめていく。

 

「……みんなも、私を頼ってくださいね」

「はーい!! テメノス様を頼ります一番に!!」

 

 元気いっぱいの返事にキャスティ達は微笑む。

 私が自分の過去を打ち明けた理由はそれだ。まずはこちらから己を晒す。

 話しやすいように。頼りやすいように。私は探りません。話したら黙って聞きますから。

 だから、少しでいいから寄りかかってくださいね、ソローネ君。

 

「これで私の話は終わりです。それじゃあ、ウェルグローブに行きましょうか」

「はい。行きましょうテメノス様。あ、でも待ってください。両手をギュッてしたいです」

 

 私の両手を小さな手が握る。

 まぶたを閉じて、祈りを捧げるように頭を垂れた。

 心地良い風が吹く。彼女に羽織らせたマントがぱたぱた揺れる。

 仲間達が見守る中、とても神聖な空気を感じた。

 

「ちいさい頃の、子どもだった時のテメノス様、ありがとうございます」

「……なぜお礼を?」

「とってもとっても頑張ったからです。子どもだった時のテメノス様がたくさん頑張ったから、今のテメノス様は生きてるんです」

 

 包み込むような声だ。

 

「ちいさいテメノス様。私を、今のテメノス様に会わせてくださってありがとうございます」

 

 心の一番深いところまで届く、温かい声だった。

 

「ちいさいテメノス様のそばにいてくださったロイさんも、ありがとうございます。テメノス様の『大好きです』のロイさんが、私も大好きです」

 

 じわりと両目が熱くなる。

 私は今朝の、己の過ちを強く悔いた。この子に“愛してます”を教えられない自分をひどく恥じた。

 ミルフィーユ君が顔を上げ、手を離す。私をしっかり見つめて、ふわりと笑って「みんなで行きましょうね、ウェルグローブへ」と言ってくれた。

 私は両目が熱いまま走った。ひとりで。

 

「テメノス様!?」

「ウェルグローブに行きたくなりました大至急で!!」

 

 潤む両目を仲間達に見られたくなくて全速力で駆けた。めちゃくちゃ速いソローネ君が隣に並ぶ。

 

「……泣きたくなった?」

 

 からかう笑みにバッと顔を背ける。

 

「走りたくなったんです!」

 

 隣にミルフィーユ君がいてビクッとした。

 

「私も走りたいで〜す! あれ? テメノス様、お目々がウルウルしてます……?」

「目にゴミが入りました!!」

「大変! 触ってはダメよ! 目薬を作るわね!」

 

 真後ろにキャスティの声が。でっかいオズバルドも後ろにいる。

 

「ゴミが目から排出されました! もう大丈夫です!」

 

『見ないでください!!』と思いながら走った。ウェルグローブまで。

 

 あっという間に到着した。ここは西大陸一の商人街、と聞いている。

 ミルフィーユ君が足を止め、ソローネ君に向き直った。

 私の手を強く握った時の……何かと戦う勇ましい表情を彼女に向ける。とても心強い顔付きだ。

 

「……あの、ソローネさん」

「なに?」

「確認したいことがあるんです。ライトさんがソローネさんにプレゼントしたもの、今も“いらない”って思いますか?」

 

 まばたきしない赤い瞳を、ソローネ君はまっすぐ見つめた。

 感情を隠した瞳で沈黙して。そして……

 

「捨てたい」

 

 ……無感情の声で答えた。

 ミルフィーユ君が両手を差し出した。

 

「私にください」

 

 いつもと雰囲気が違う。何かやろうとしているな。私は不穏に思った。

 ソローネ君は無言で純白の宝玉を出す。渡そうとしたその手を、私は右手を伸ばして阻止した。

 

「……テメノス様」

「ミルフィーユ君。貰った後、魔女さんに返すんですか?」

「いいえ。私がずっと持ってます」

「ポケットやリュックに入れてもソローネ君のところに戻りますよ。ギュッと握り続けるの?」

「いいえ。すっごいところに隠します」

 

 自信満々の笑顔に、私はスッ……と目を細めた。とんでもないところに隠しますね、この子なら。

 

「……ミルフィーユ君。その宝玉、ゴックンするんですか?」

 

 幼子はギクッとした。自信に溢れた瞳は瞬時に泳ぎ、「シマセンヨォ」とガッタガタの声で返事する。

 ソローネ君は宝玉を自分のポケットに戻した。

 

「そ、ソローネさん! なんで“どうぞ”しないんですか!? くださいよ! 」

「絶対嫌」

「“くださいよ”じゃないんですよこの子はぁ〜〜〜〜……!!」

 

 キャスティお姉さんとオズバルド先生が軽く眉を吊り上げて幼子に詰め寄った。

 

「口に入れていいのは食べ物と飲み物と薬だけよ、ミルフィーユ」

「激しい腹痛に襲われて何も食べられなくなるぞ。それでいいのか」

 

 ミルフィーユ君は悔しそうにグシャッと顔を歪ませ、「ご飯たべられなくなるのは嫌です」と幼児みたいな声で言った。

 

「ナイショでゴックンしようとしてごめんなさい」

 

 とても小さくちいさくなって謝る。

 私達は一様に保護者の顔になり、彼女の周りを優しく囲む。

 

「ミルフィーユ君はゴメンナサイをすぐ言える良い子ですねぇ〜許します」

「いいのよ。あなたなら、ゴックンしちゃダメってことをずっと忘れない」

「怒ってないからね」

「顔を上げろ。笑っていなさい」

 

 町の出入り口あたりで何をしてるんでしょうね、私達。

 その後、ミルフィーユ君に笑顔が戻った。

 

「……さて、それじゃあ次はソローネ君です。魔女さんのことは魔女さんが来てから話しましょう。ソローネ君はこの街のどこに行きたいですか?」

「……私は“マザーズ・ガーデン”と呼ばれている場所を探している。表向きは孤児院で、地元の修道院に支援されてる。修道士にでもなれば潜り込めるはずだ」

「テメノス様、修道士にはどうやってなれるんですか?」

「……ソローネ君の場合なら変装ですね」

 

 私達ではどうしようもできない問題にぶつかった。修道服を調達しなければ。

「売ってないわよね……」と深刻そうにキャスティが呟き、

「調達するには観察が必要だ」とオズバルドは町に視線を送る。

「貸してくれる方がいたらいいですね」とミルフィーユ君はどこかにお願いする顔をして、

「(盗むと思いますよ……ソローネ君なら)」と私は考えた。

 

「ソローネ君」

「なに?」

 

 お互いにジッと見つめ合う。

『ミルフィーユ君の前で盗むんですか?』『見えないところでやるよ』『お願いしますね』と目で会話した。

 ひと声かけて私達から離れたソローネ君は、ものの数分で修道服を手に戻ってくる。

 

「良かったですね。親切な方に貸してもらって」

「ソローネさん、お着替えお手伝いしましょうか?」

「一人でいい。後で着替えるから」

「潜り込むなら昼がいいかしら? それとも夜?」

「何を得たいかによるな。人を捜してるなら人が多く集まる時間、物を探しているなら閑散とした時間」

「……夜だね」

「暗くなるまで時間を潰しましょう。よろず屋で不要な“獲得品”を売却ですね」

「賛成で〜す!!」

 

 全員でよろず屋に足を運ぶ。

 私とミルフィーユ君が売却している間、ソローネ君達は何を買うか相談する。

 売却で得たリーフを全員で分け合う。

 私が取り出した赤い巾着に、ソローネ君達は注目した。

 

「すみません。この先、大きな買い物をするので2万リーフを貯蓄用の財布に入れますね」

「目標があるのね。買い物が終わって残った分はテメノスに渡すわ」

「ありがとうございます」

「ふぅん……何を買いたいの?」

「私達の船を」

「船ですか!?」

 

 幼子の目がピッカリ輝く。大きな夢と希望にワクワクした表情を見せた。

 

「船〜ふね〜どんな船ですかぁ〜? わかりました! 私達が乗った船ですね!」

「あれは大きすぎる。少人数で乗れるものだ」

「価格が10万リーフのやつ?」

 

 ソローネ君の言葉に私とオズバルドは頷いた。ミルフィーユ君も思い出した顔をする。

 

「10万リーフ……」

「ええ。キャスティは知りませんでしたね。とある人に言われたんですよ。『船を購入する為の10万リーフならいつでも渡せる』と。

私は自分で集めたリーフで買いたいので、目標額10万を貯めています」

「そうですか。わたくし、10万リーフをお渡ししたかったのですが……」

 

 私達はザッと距離を取った。店内だから逃げられなかった。

 挨拶もしないで話の輪に混ざってましたよ!!

 

 黒ずくめの魔女は嘲笑う顔で店主に一礼し、退店した。

 ダッと白頭巾が追いかける。私達も続く。

「後でまた買い物に行くわね」と店主に微笑みながらキャスティも後ろをついてくる。

 店を出てすぐの場所、左手の空き地に、ニューデルスタでよく見かける丸テーブルと椅子6脚が設置されていた。

 魔女は流れるように着席する。

 

「……あら? こんな大きなもの、さっきは置いてあったかしら?」

「出したんですよ、この人が」

「はい。ポンと出しました」

「ライトさん、座ってもいいですか?」

「ええ。美しい髪のかわいいあなた、お好きな席にどうぞ」

 

 ざわり、と背筋に嫌なものが走る。

 ミルフィーユ君の腕を引いて逃げ去りたくなるほどの嫌悪感が湧き上がった。

「ソローネ君」と声を潜めて呼び、「私らしくないと感じたら頭にゲンコツしてください」とコソコソ声でお願いし、ミルフィーユ君と同じタイミングで着席する。

 

「カナルブライン以来ね。私はキャスティ、薬師よ」

 

 友好的な微笑みで挨拶し、キャスティも着席する。なんて強い……!

 

「わたくしは輝石の魔女・ディエライト。欲しいと願う者に、欲しい物を贈る奇跡の魔女です。キャスティさん……あなたの“欲しい物”をわたくしに教えてください」

「何も欲しくないわ。気にしてくれてありがとう」

 

 なんて豪胆な……!

 オズバルドは魔女の後ろに立ち、キャスティはミルフィーユ君の傍らに立つ。なんて頼もしいんだ。

 私はミルフィーユ君に「地図を見せてください」と言いながら鞄を探る。

 

「美しい髪をひとつに結んだ、男みたいな服装の、困った時のミルフィーユ君と同じ顔している娘は、今は“ヒカリ・ク”という名の人と旅をしています。ニューデルスタ港行きのトト・ハハ島経由の船に乗りました。現在地は……おや?  まだトト・ハハ島にいますね」

 

 しかも、桃色に光る“O”まで増えている。トト・ハハ島にOPAHが集まっていた。

 黒い魔女に差し出してやる。貼り付けた笑みで虚ろな瞳で、どこを見ているか分からない目で地図を凝視している。

 魔女が顔を上げ、私は地図を片付けた。

 

「これが、私があなたに言うべき情報でした。全て打ち明けましたから」

 

 私の“ゴメンナサイ”に魔女はどす黒く笑う。花が枯れるような不吉な笑顔だ。

 

「ありがとうございます! わたくし、ミストラルさんのことを大嫌いだと思ったけど……とっても大好きになりました!」

 

 嫌悪感がぶわりと膨らみ、ざわりと虫が這い登る気持ち悪さを感じた。やめてほしい、心の底から。

「良かったぁ……仲直りですね!!」とミルフィーユ君は花畑の笑顔で喜んでくれる。判定の言葉をありがとうございます。次は魔女の番ですよ。

 

「ディエライトさん。ソローネ君のことで聞きたいことがあるのですが」

「はい、仰ってください」

「君がソローネ君にプレゼントしたものです。つい先程、『捨てたい』と言ってました。手放したいとソローネ君は望んでいる。不要になりました。ご返却です。ライトさん、処分してください」

 

 ソローネ君が動いた。純白の宝玉を魔女の目の前・テーブルに置く。

 

「ライトさん、前に言いました。“不要になったら返してね、処分しますからね”って。ソローネさん困ってるんです。自分の言ったこと守ってくださいね」

 

 ミルフィーユ君の加勢にブラヴォーと拍手を贈りたくなる。

 

「確かにわたくしは言いました。でもそれは、ミストラルさんに対しての約束です。“何があってもソローネのところに戻るように”……そう願ってポンと出したので、処分するのは不可能です。わたくしに渡してもソローネのところに戻りますよ」

 

 無表情のソローネ君の目元がわずかにピクリとする。魔女を見据える瞳には殺意がわずかに浮かぶ。君もゲンコツが必要なようですね。

 腰を上げ、彼女の肩をポンとする。我に返った瞳を見つめ、また着席した。

 

「ソローネ君。きみがこの方に何を願ったか、もう一度教えてください」

「“誰にも取られない。盗まれても必ず戻ってくる物”────私が求めたのはそれだけ。痛みと傷を消してくれなんて願っていない」

 

 キャスティの顔が曇る。彼女にはソローネ君の特異体質を話していなかった。キャスティには『あとで説明しますから』の顔をしておいた。

 ミルフィーユ君が魔女をキッと睨む。オズバルドの見据える眼差しも鋭い。

 

「ソローネさんがお願いしていないのをモリモリ盛り込んでいるのはひどいです! ライトさん、ダメダメな事したんですよ!!」

「お前は願ったものが“付与”された品を出す。痛みと傷の消失を望んだのはお前だ」

 

 魔女は愉快そうに目を細め、純白の宝玉を指先でつついた。ころころ転がってフッと消える。

 ソローネ君はうんざりした顔で私に『戻ってきたよ』の顔をした。

 

「はい、そうです。わたくしはソローネの“痛みと傷”が欲しかった」

 

 赤い瞳をわずかに伏せ、魔女は禍々しい色のブローチを指先で撫でる。とても嫌なものを見てしまった。

 

「……集めたいんですか? “痛みと傷”も。ひとつの大きな力にする為に」

 

 魔女は私を見つめ、邪悪に笑った。

 ミルフィーユ君はショックを受けた顔で青ざめている。魔女を友好的には思えないはずだ。

 

「自分が欲しいから……勝手に奪ったんですか……? ソローネさんの“痛みと傷”を……」

「はい! とっても欲しかったんです!!」

 

 欲しいものを得られて喜ぶ笑顔、人を馬鹿にした明るい声に、ソローネ君からナイフを抜く音が聞こえた。町中ですよソローネ君!?

 オズバルドがすかさず動き、片手を伸ばし、殺気立つ彼女を片腕で抱きしめた。

 

「アレが望むのは他者の怒りと憎悪だ。踊らされるな」

 

 ソローネ君の鋭利な刃物みたいな瞳が、次第にやわらかさを取り戻す。

 

「……先生」

「手を握る。利き手を出せ」

 

 大人しくなったソローネ君は無言でオズバルドの指示に従った。

 ミルフィーユ君の目にジワジワと涙が浮かんでくる。傷ついた顔で静かに泣いた。

 キャスティは真顔だ。魔女を見つめる目は据わっている。

 

「ディエライトさん。あなたは許されないことをしたわ」

 

 ピシャリと叩きつける声だ。

 

「痛みは、負傷した事に気づく為に必要で、治ったことを確認する為にも必要よ。なくてはならない大事なもの。痛みは生きていることを自分自身で確かめる為に絶対に必要なの。奪って、消してはいけないわ」

「ソローネさんに“痛み”を返してください!!」

「……返します、もちろん。ソローネの首輪が外れた時に」

 

 呆気なく言う。一番驚愕しているのはソローネ君だ。

 

「ソローネが自由を手に入れたら壊せるように、そう願いました。わたくしがいない時に壊してくださいね。石畳にでも叩きつけて。砕け散ったら跡形も無く消滅します。

その後は……わたくしはもう、生涯、ソローネの前には現れません。“わたくしからも自由になる”ということです!」

 

 歪んだ笑顔でピッカピカに笑う。ソローネ君はいつもの表情を取り戻した。

 

「……そう。死ぬまで付き纏うかと思ってた」

 

 オズバルドがスッと離れる。

 泣きそうだったミルフィーユ君の瞳に明るさが戻る。『壊せるようになるのは良いことです!』の顔をした。

 魔女は貼り付けた笑みのまま吐息をこぼす。

 

「ええ。死ぬまでそばにいたいです。わたくしの『愛です』はソローネだから」

「えっ!!?? ライトさんの『愛です』はソローネさんなんですか!!!!」

 

 即刻、話を終わらせたくなった。ソローネ君は今にも吐きそうな顔をする。

 

「私の『愛です』はテメノス様なんです!!」

「ふふ。心に“愛”がありますね。きっと素晴らしい炎になれますよ」

 

 歪みきった笑顔は晴々と明るい。

 “炎になる”……? 意味は分からずとも、けして忘れてはならない言葉に思えた。

 魔女は静かに立ち上がる。

 

「……死ぬまでそばにいたいですが、わたくしは遠くへ行きます。ソローネの新たな首輪にはなりたくないので」

 

 対話を終了させたのは魔女。帰るつもりだ。聞くなら今しかない。

 

「お待ちなさい!!」

 

 魔女は帰ろうとする動きを止めた。

 

「“炎になれますよ”を詳しく説明なさい」

「いいですよ。でも今は説明できません。いつかお話ししますから」

 

 意地の悪い笑みだ。『いつか(その日は永遠に訪れない)お話しします』の顔だ。

 

「その代わり、欲しいものがあればわたくしを呼んでください。パッと飛んでポンと出しますから。お呼びの際は、“来てください。輝石の魔女・ディエライト”と」

 

 生涯呼びません。私は白い目で魔女を見据えた。

 

「それでは帰ります。近々お会いしましょうね。また次回、ここではない別の場所で」

「あの! ライトさん!!」

「……はい。なんでしょう?」

「私の名前は“ミルフィーユ”です! ライトさん、私の名前をちゃんと呼んでください!!」

 

 一番知りたかったことを、ミルフィーユ君がお願いしてくれた。

 ミルフィーユ君を見つめる禍々しい瞳が、今にも消えそうな儚い赤色になる。

 不信感を与える笑みはそのままだ。

 口をわずかに開き、

 

「■■■■■■」

 

 何かを言った。聞き取れなかった。

 ミルフィーユ君は息もできない顔で沈黙する。

 

「……わたくしは、呼べないんです」

 

 魔女は立ち去った。

 その後、晴れていたウェルグローブの空が急に曇り、大雨が降った。

 どしゃ降りの────魔女がまた大泣きした。

 

 雨が止むまでの間、みんなで宿屋に滞在する。

 店主がいる受付の隣は木製の長テーブルが2台、椅子は10脚置いてある。男女で分かれて着席した。

 ソローネ君はずっと無表情で、テーブルを見つめる瞳は暗い色をしていた。

 私は謝罪の手紙を黙って書く。

 

『どうしても名前を呼べない?』

『呼べないんです』

 

 魔女は答えていた。教えてくれていたのに。

 

「……最悪ですよ、私は。救いようのない最悪な意地悪です」

 

 私の呟きは左隣のオズバルドだけに届いた。

 

「何もかも、タイミングが悪かった」

 

 オズバルドはそれだけ言った。

 謝罪の手紙を書いていると、いつの間にかミルフィーユ君がそばに立っていた。先ほどまでキャスティの隣にいたのに。

 

「おや、ミルフィーユ君。ミントさんの手紙はもう書いたんですか?」

「まだです。手が動かなくて……」

「私の右隣、空いてますよ。座って」

 

 ミルフィーユ君はちょこんと座り、ガタガタ音を立てながら椅子を動かし、私にピタッと密着してきた。

 元気の無い白頭巾をぽんぽんする。

 

「……私はライトさんに聞きたかったんですよ。『どうしてミルフィーユ君の名前を呼ばないの?』って。知りたい事を知れました。ありがとう、ミルフィーユ君」

「でも……ライトさん、泣かせちゃいました。私が『私の名前をちゃんと呼んでください』ってお願いしたから……どしゃ降りになったんです……」

 

 オズバルドが席を立つ。静かに歩き、ミルフィーユ君の隣に座り直した。

 大人に挟まれ、幼子の背はさらに小さく見える。

 

「嬉しくて泣いた、その可能性もある。また次に会った時、本人に確かめればいい」

「はい……」

 

 オズバルドが励ましてもミルフィーユ君の顔は晴れない。

 

「私、心が痛いです。テメノス様の名前を呼べなかったら、すっごくすっごく悲しいです……」

 

 あの魔女もきっと同じだ。赤い髪の娘が大事だから、名前を呼べなくて大雨が降った。

『彼女と話さなければ』と強く思えるのに、苛立つほどの嫌悪感が邪魔をする。二度と会いたくないと思ってしまう。

 振り回されている。感情が荒立っている。私らしくない。簡単に“こう”なるのは何かある。

 

「……あの人、何かしてますね、私に」

 

 “怒りと憎しみ” “痛みと傷”

 それを、あの禍々しい宝石に集めている。

 

『ひとつの大きな力にします。底なしに黒くて、とても痛くて、すごく苦しい大きなものを』

 魔女の言っていた“大きな力”────完成させてはならない、と強く思った。

 

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