8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【3話①】「テメノス様も私に『それは秘密です』ってよく言いますよね」「ふふふ」

 冬にテメノス様と出会い、

 春に白い花をプレゼントしたり、ピクニックに行ったり、

 夏にケーキを食べさせてもらったり、無理して倒れた日もあった。

 

 毎日たくさんのことを勉強して、いっぱい楽しくて、忘れたくない記憶ばかりで。

 あっという間に秋が訪れた。

 

 教会のステンドから差し込む光はやわらかく、紙芝居を熱心に眺めている子ども達に降り注いでいる。

 8柱の神々の物語を話すテメノス様の横顔は、神々しくて美しくて、私はその場で祈りを捧げたくなった。

 聖火王エルフリックのセリフをテメノス様は言う。なんて凛々しいお声……!!

 紙芝居は次の場面に突入し、私は感涙の涙をこらえながら場面転換で手描きの絵を1枚抜く。

次の場面は一番盛り上がるところだ。

 倒れた他の神々を労り、聖火王エルフリックはひとりで邪神ヴィーデと対峙する。

 

「真実は……炎の中に」

 

 聖火王のセリフを、テメノス様は心を込めて言う。あ……最高……耳が溶ける……。

 テメノス様のおそばで、テメノス様の声を聞きながら紙芝居をする。

 感動が極まってじわりと涙が出てきた。

 

「ヴィーデよ!! その深き暗黒で、我らを包もうというのか!」

 

 ありがとうございますテメノス様! 私、このひと時を絶対に忘れません!!

 ……と、感動していたら、テメノス様が何も言わなくなった。

 

「(……アレ?)」

 

 チラリと隣を見る。テメノス様がチョイチョイ、と紙芝居のほうを指差している。

 その向こう側、見守っているミントさん達が苦笑を浮かべている。ザァッと血の気が引いた。

 ごめんなさいテメノス様ーーーーーーーー!!!!

 

「ふ、ふふふ、我は、こんとんなり」

 

 邪神ヴィーデ役をやる為にここにいることを忘れていた。

 小さくゴホンゴホンして喉の調子を整える。

よし、ちゃんと練習した通りに声を出せそうだ。

 邪悪な笑みを浮かべ、聖火王エルフリックを嘲笑う場面をイメージする。

 

「この世の命を、全て喰らい尽くしてやろう。

貴様らもな、愚かな神たちよ」

 

 全ての色を塗り潰す黒色をイメージしながら、底から這い寄る声を意識して出す。

 紙芝居に向き合う子ども達から小さな悲鳴が聞こえた。

 

「全ては、我となるのだ……!」

 

 全部ぜんぶ塗り潰すイメージで。

 畑の除草でひとつ残らず雑草を引き抜いたあの日を思い出しながら言った。

 私の右腕をテメノス様はチョイチョイしてくる。

 『やりすぎです』と言いたげな表情に『すみませんテメノス様!!』と顔をクシャリとさせながら、私は場面転換で紙を1枚抜く。

 次の場面は勇ましい聖火王エルフリックの姿。

 

「覚悟しろ、ヴィーデよ! この炎にかけ……貴様を葬る!」

 

 凛々しいテメノス様の声に、子ども達がワイワイ声を上げる。

「やっちゃえ! 聖火王エルフリック!!」「がんばって!!」「がんばれー!!」

 とてもにぎやかだ。

 

「炎よ! 許さぬ、ヴィーデよ!!」

 

 テメノス様の熱演に大盛り上がりだ。

 大激闘の場面を1枚抜き、邪神ヴィーデが大きな描かれた紙を出す。

 

「その程度か、エルフリックよ……!」

 

 私が出す邪神ヴィーデの声に、子ども達はまた静かになった。

 みんな固唾をのんでいる。私も声量を落とした。

 

「……もうよい……。貴様も、我が喰らってやろう……!」

 

 大きな闇の嵐が聖火王エルフリックを襲う場面だ。

 紙を1枚抜き、現れたのは苦しそうに膝をつく絵。

 

「貴様では我に及ばぬ……。見よ……光など、とうに沈んでいる」

「……沈まぬ」

 

 テメノス様の声をみんなが聞いている。それが嬉しくて「なに……?」という邪神ヴィーデのセリフが、ほんの少し上ずってしまった。

 

「……皆に託された火がある。灯火はやがて炎となり、燃え上がる。深き夜を照らすためにな……!」

 

 紙を1枚抜く。ここが、テメノス様が一番力を入れて描いた場面だ。

 子ども達が明るい声を上げた。

 

「神々よ! 深き夜を照らしたまえ!!」

 

 はるか大きな光が、様々な力を宿した力が邪神ヴィーデに炸裂する。

 次の場面に進むのがもったいないけど、私は紙を1枚抜く。

 すごく小さくなった邪神ヴィーデの場面だ。

 

「我は、不滅だ……」

 

 今にも消えそうな声で私は言う。邪悪な笑みを忘れずに。

 

「世を……覆い尽くしてやる。人間たちの醜き悪意でな……」 

「聖火よ……照らしたまえ。我らの心の……」

 

 聖火王エルフリックを演じているテメノス様の顔つきが変わる。

 何かを思い出そうとしている表情。

 

「心の……心の……」

 

 首を傾げる。かわいい仕草に胸がギュンとした。

 

「……あれ? なんだっけな」

 

 かわいい声に胸がギュン!!とする。

 困った顔をして頬に指先を添える姿が愛しくて、私はその場でドシャッと崩れ落ちたくなった。

 見守っていた子ども達が大きな声で笑う。

 

「ははは! だっせぇ!“こころのかげを”だぞ!!」

 

 少年がお腹を抱えながら笑う。その失礼な言い方に、ちょっとムッとしてしまう。

 テメノス様を紙芝居からヒョッコリ顔を出し、少年に苦笑を向けた。

 

「いや、失敬。よく覚えていますね……」

「じょうしきだろ! しっかりしろよ、テメノス」

 

 別の子が失礼に言う。その物言いにガバッと立ち上がった。

 

「ジョン君っ!! テメノス“様”でしょう!!」

「わっ!! ミル姉ちゃんが怒った!!」

「ははは! ミルフィーユがおこった~!!」

「おねえちゃん、きょうの紙芝居の声もこわかったよ」

「こわかった! でも姉ちゃんもセリフちょっとわすれてたよね!」

「“かみしばい”くらい、ちゃんとよんでくれよな!」

「どうせテメノスのことみてたんだろ?」

「ミル姉ちゃんはテメノスのこと大好きだからな!」

 

  一方的にわいわい言ってくる。「ゴホン」とテメノス様が軽く咳払いをして、みんなは笑顔で静かにしてくれた。

 

「では、気を取り直して……」

 

 私もすぐに紙芝居の裏側に戻る。

 

「エルフリックの炎は、邪神ヴィーデを焼き尽くしました。

厄災は去ったのです。

8柱の神々は力尽き、長き眠りにつきました。

暗闇を遠ざけるため、聖火へと姿を変えて……」

 

 そう語る声は聖火王エルフリックを演じていた時と違い、いつものテメノス様だ。私が一番大好きな声。

 

「そして、大きな大きな不死鳥は旅に出ました。世界中に灯りをともすために。人間たちは明るく、温かに生き続けたのです。旅路の炎、聖火の加護と共に……」

 

 紙芝居が終わる。子ども達はパチパチと手を叩いて拍手する。

 

「なかなかよかったぞ、テメノス!」

「もう! テメノス“様”って言ってるのに……!」

「いいんですよ。楽しそうで何よりです」

「すっごいドキドキしたよ、テメノスさま!」

「おもしろかった〜!!」

「またセリフまちがえたけどな!」

「はは……手厳しいな……」

 

 小さく肩をすくめるテメノス様に、ミントさんは柔らかく微笑んだ。

 

「もう……。いつになったら覚えるんですか? しっかりしてくださいね、テメノス審問官」

「……善処しますよ、ミントさん」

 

 ミントさんは頷き、聖火のロウソクを入れた箱を持ちながら子ども達のところに歩み寄る。

 

「さあ、聖火のロウソクよ。お家に持ち帰って、火を灯し、悩みを打ち明けなさい。きっと、あなたたちの心を明るく照らしてくれるわ」

「ありがとう、ミントさん!」

 

 お礼を言いながら駆け寄ったバルド君が「あ」と呟き、明るく笑った。

 

「そのかみかざり、かわいいね」

「ふふ、ありがとう」

 

 ミントさんの頭には花の模様が刻まれた髪留めが輝いている。

 『私も同じこと思った!!』と私はウンウン頷いた。

 

「“すべての人は影を持って生まれる”

“影”とは、心に浮かぶ醜い気持ち。怒り、憎しみ、恨み、妬み……。その“影”を、聖火は照らし、導いてくれるわ」

 

 ミントさんは一人ひとりに聖火のロウソクを配っていく。

 

「あ! 全部赤いやつだ!!」

「ミル姉ちゃんのだ!」

「ぜんぶひとりでつくったの?」

「テメノス様と一緒に作りました」

 

 えっへん、と胸を張る。

 自信満々の私の言葉を子ども達は無視して、ミントさんに聖火のロウソクをもらっていく。

 

「ありがとう! あかいロウソクがほしいっておかあさんいってたの」

「おれのじいちゃん言ってた。赤いロウソクはすっげー明るくてぜんぜん消えないって!」

「ありがとう! がんばったな! ミルフィーユ!」

 

 子ども達全員の手に聖火のロウソクが行き渡る。

 ミントさんは優しく微笑んだ。心がホッと温かくなる笑顔だ。

 

 教会の扉が開く。教皇様が来てくれた。

 

「あっ、教皇様だ!」

 

 みんな笑顔でワーッと一斉に集まる。

 紙芝居を片付けながら、テメノス様が「教皇……お見苦しいところを」と言えば、教皇様は朗らかに笑った。

 

「ほほ、何を言う。子どもらも楽しんでいたぞ」

「はは……。そうだとよいのですが」

 

 教皇様は子ども達に挨拶をする。

 しゃがみ、子ども達よりも低い目線で、みんなの話をにこにこして聞く。

 子ども達は口々にさよならの挨拶をして、元気いっぱいに外へ飛び出して行った。

 にぎやかな教会の中は一気に静けさを取り戻した。

 

「……テメノス。少し、話さんか」

「ええ、喜んで」

 

 テメノス様と教皇様は、ゆっくりとした足取りで外に出ていった。

 教会がもっともっと静かになる。明るいのに、ほんの少しだけ暗くなった気分だ。

 

「ミルフィーユさん」

「……ミントさん!」

「テメノス審問官のところには行かないの?」

「はい。教皇様とテメノス様、ふたりで大事なお話をしてるので。私はここでお片付けします」

「片付けはいいのよ。私たちに任せて。今日の紙芝居、ミルフィーユさん、いっぱい頑張ったんだから」

「そうそう! ミントさんの言う通り! ミルちゃんの“邪神ヴィーデ”……本当にすごかったわよ。いっぱい練習した?」

「はい! テメノス様の“聖火王エルフリック”に相応しい“邪神ヴィーデ”をいっぱい考えました!」

「すごいんだけど……子ども達は大丈夫かしら? とても怖がってたわね……」

「ミントさん……ごめんなさい。テメノス様にも『やりすぎです』って顔されました……」

「あはは……あぁでも、大丈夫だと思うわよ。 だってみんなのところには赤いロウソクがあるでしょう?」

「たくさん用意してくれてありがとう、ミルフィーユさん。今回は、無理してないわよね……?」

 

 心配する顔は本物のお姉ちゃんみたいだ。私は夏の日を思い出し、頭をブンブン強く頷いた。

 

「はい! 今回は無理してません!!

テメノス様と時間をかけて、無理しないで準備しました!!」

「そう、良かった。安心した」

「あの時は……思い出した、大変だったわ……」

「ええ。でも、テメノス審問官があんなに慌てたのも初めてだったわね」

 

 思い出して顔がクシャリとする。

 あの日を思い出すと、テメノス様にまた謝りたくなった。

 

「……そろそろいいかしら。ミルフィーユさん、私と一緒に外に出ましょう」

「えっ……いいんですか?」

「大事な話はもう終わったと思うの。きっと大丈夫よ」

 

 ミントさんに手を繋いでもらう。

 扉を開けてもらって、ちょっとだけ外を覗いて、ミントさんの言う通り大丈夫そうだから外に出た。

 

「お2人とも、私たちに内緒でなんのお話ですか?」

 

 教皇様もテメノス様も微笑んで迎えてくれる。

 

「ほほ。内緒じゃよ、ミントさん」

「教皇様、こんにちは」

「ああ、こんにちは。ミルフィーユ君の紙芝居の声はとてもよく聞こえていた。次は“聖火王エルフリック”を演じてもらいたいものだ」

「はい! 頑張ります!!」

「ひとり二役ですね。応援してますよ、ミルフィーユ君」

「もう……テメノス審問官ったら。次は“邪神ヴィーデ”をお願いしますね。子ども達はテメノス審問官の声も聞きたいんですから」

「っ!! 私もテメノス様の声を聞きたいです!!」

「ほっほっほ」

 

 教皇様は楽しそうに笑う。その笑顔に嬉しくなって、私の顔もにこにこした。

 教皇様はテメノス様をちらりと見る。

 

「今夜、大聖堂に来てくれ。重要な話がある」

「……伺います、教皇」

 

 テメノス様の返事に教皇様は頷き、「真実は……炎の中に」と静かに呟き、階段を下りてお帰りになった。

 「あら?」とミントさんは声を上げる。

 

「あの方は……?」

 

 ミントさんの見ているほうを自分もジッと見る。

 階段を下りて少し進んだところで、教皇様が誰か男の人と話していた。

 テメノス様は腕を組んで観察する。

 

「確か……ルーチーという、西大陸の神学者ですよ」

「西大陸から、ですか?」

 

 船に乗らないと行けないもうひとつの大陸だ。

 どこにも行ったことがない私にはすごくすごく遠いところに思えた。

 

「ええ、そうですよミルフィーユ君。はるばる教皇のもとまで、なんの用でしょうか」

「テメノス様も知らないんですね」

「ふふ、秘密にされることが多いですからねぇ、教皇は」

「テメノス様も私に『それは秘密です』ってよく言いますよね」

「ふふふ」

 

 教皇様とルーチーさんは行ってしまった。あっちの方角は大聖堂に続く巡礼路だ。

 ミントさんは教皇様たちがいたところを寂しそうに見つめている。

 

「……皆、秘密が多いのね」

 

 ミントさんはまた微笑みを浮かべ、テメノス様と私に一礼してから教会に戻っていった。

 

「……さて、ミルフィーユ君。夜まで、まだ時間がある。私としたいことは何かありますか?」

 

 “テメノス様としたいこと”

 一気に10個くらい思いついて、顔がデレッとゆるんでしまった。

 

「散歩したいです!!」

「ふふ、君は本当に散歩が好きですね」

「はい!! テメノス様と歩くのが大好きなんです!!」

「知ってます。行きましょうか」

 

 歩き慣れた階段を二人でおりる。

 春から夏に移り変わる季節に、テメノス様と私はフレイムチャーチで暮らし始めた。

 

「教皇様、テメノス様に何をお話されるんでしょうね。夜の大聖堂、久しぶりです」

「君は外で聖火を?」

「はい。お祈りします」

「怖くなったら呼んでくださいね」

「もう怖くないです。私にはピカピカのランタンがありますから!」

 

 秋が深まり、石畳の道に枯れ葉が落ちていく。

 枯れ葉の色は薄かったり濃かったり、形も大きさも違う。

 雲の動きがいつもより早い。風もちょっと吹いている。

 

「ミルちゃん、こんにちは」

「こんにちは!!」

 

 会う人みんなに挨拶しながらテメノス様と歩く。

 

 「おっ! 白ずきんの嬢ちゃん! 良いプラムが入荷してたぜ!!」と耳寄りな情報を言いながら走って行ったのは狩人のお兄さん。

 遠くなっていく背中に「はい! ありがとうございまーーーーす!!」とお礼を言う。

 

「よろず屋に顔を出しましょう」

「はいっ」

 

 さらに階段を下りてよろず屋の家を目指す。

 テメノス様の歩みが止まる。私もすぐにその理由に気づいた。

 

「みんな……集まってますね」

「なんの騒ぎかな……」

 

 よく分からなくて動けずにいたら、防具に身を包んだアゴヒゲの人が「聴け! 愚かな者たちよ!」と大きく怒鳴った。

 アゴヒゲの人、眼鏡の人、腕を組んでいる人────昨日は町にいなかった。知らない人たちだ。

 怒鳴った人は町の人たちに指を差し、怖い顔をしていた。

 

「教会は聖火を悪用し、我らを欺こうとしている!」

 

 ひどい嘘をついてる。

 指を差されている町の人たちは怯えた顔をしていて、私は階段を一気に駆け下りた。

 

「その虚偽を晒すため、ここに……粛清を始める!」

「こんにちはっ!!」

 

 町の人たちに近づこうとしたアゴヒゲの人に、私は大きな声を掛けながら間に入る。

 

「ミルちゃん!」

「ミルフィーユちゃん……!」

 

 アゴヒゲの人が町の人を睨まないように、私は手を大きく広げた。

 

「私の名前はミルフィーユです!! お散歩していたら大きな声が聞こえたのでここに来ました! あなたのお名前を教えてください!!」

 

 アゴヒゲの人はギョッとして「な、なんだこのガキは……」と呟きながらも、困り顔の眉毛をキッと吊り上げた。

 

「邪魔だ! あっち行け! あっちに!!」

 

 シッシッと手で払う。腕を組んでいた人も前に出てきた。

 

「お前ら教会に騙されてるんだ!! 目を覚ませよ!!」

 

 アゴヒゲの人は一瞬後ろに意識を向け、ニヤッと笑って勢いよく片手を上げた。

 

「そうだ! 目を覚ませ!! 我らにこそ、真実あり!!」

「目を覚ますのは、おたくらだろう」

 

 知らない声がもうひとり。

 視界の端、枯れ葉を踏みしめて誰かが近づいてきた。重そうな鎧を着ている男の人だ。

 アゴヒゲの人は「貴様……聖堂騎士かッ……!」と鎧の人を強く睨む。

 

「あ……聖堂騎士さんか……」

 

 大聖堂にいつもいる鎧の人。今来てくれた方は初めて見る顔だ。

 

 アゴヒゲの人は足を踏み鳴らしながら離れていく。私は後ろをチラッと見る。町の人は大丈夫そうでホッとした。

 アゴヒゲの人は歩きながら小さい斧を抜いた。

 重い鎧を着ているのに、聖堂騎士さんは素早く走ってこちらに来てくれる。

 ザッと私達の前に出て、剣を抜いてアゴヒゲの人達に構えた。

 

「ああ。聖堂騎士だ。

……新人だがな。聖火を貶める暴徒め……悔い改めろ」

 

 聖堂騎士さんは一歩前に出る。

 こちらを睨んでいた眼鏡の人が「聞いてねぇよ! 聖堂騎士が出てくるなんて!」と苦しそうな顔で言って、さっきまで余裕そうに腕を組んでいた人は悲鳴を上げて逃げていった。

 

「お、お前たち!」

 

 バタバタと逃走して、残っているのはアゴヒゲの人ひとりだけ。

 

「それぐらいにしませんか」

 

 静かに見守っていたテメノス様が歩み寄ってくる。

 それに気付いたアゴヒゲの人の目の色が変わり、バッと動いてダッと走って、あっという間にテメノス様を捕まえてしまった。

 

「テメノス様ッ!!」

 

 目の前がグラグラして、私は一歩も動けなくなる。

 アゴヒゲ男はテメノス様の白いマントを左手で鷲掴みにして、グイグイ引っ張りながら距離を取る。右手の斧を高々と上げた。

 

「参ったな……。捕まってしまいました」

「この神官を粛清し、貴様らに教えてやる……!」

「テメノス様ぁあああああ!! やだ!! 粛清するなら私を粛清してください!!」

「うるさい! お前は黙ってろ!!!」

「んぐぅううううう……!!」

 

 唇を噛み締めながら口を閉ざす。

 テメノス様は笑うのを我慢する顔をして、私に向けてパチッとウインクした。

 

「(あ)」

 

 私は気付いた。テメノス様のはるか上空。

 夕暮れの空に断罪の杖が待機していた。テメノス様……!!(パァッと笑顔を輝かせる)

 アゴヒゲ男は斧を高々と上げて威嚇中だ。

 

「教えてやるぞ!! 聖火の加護など存在しないとなッ……!!」

「卑怯な……!」

 

 聖堂騎士さんも剣を構えて動けずにいる。

 

「君……本当に私を粛清するのですか?」

「するに決まってるだろ! なんだ!? 命乞いか!?」

「いいえ。確認しているんです。君……“異端”ですね」

 

 冷静沈着な声にアゴヒゲ男が「なに……?」と声を詰まらせる。

 テメノス様は指先を動かした。

 

「“聖火の光よ、輝きたまえ”」

 

 美しい声で断罪の杖を発動する。

 天空から光の衝撃が鋭く降りそそぎ、アゴヒゲ男に直撃した。

 

「う……うわああああっ!?」

 

 断罪の杖がもたらす光の衝撃は、身体を傷つけることなく悪しき精神に届く。

 ……と、前にテメノス様が説明してくださったのを思い出す。

 その美しい光はまるで祝福の輝きのようで、私は深々と拝んだ。

 アゴヒゲ男は白目を剥き、バタッと倒れて気を失った。

 ゆっくりと降りてくる“断罪の杖”をテメノス様は左手で握る。

 

「……フフ。これが聖火の加護ですよ」

 

 右手でマントの汚れを軽く払い、テメノス様は神々しい微笑みを浮かべた。

 美し……! ありがとうございます……!!

 私は幸せで目が溶けそうになりながら、テメノス様の全てに感謝してさらに拝み倒した。

 聖堂騎士さんが無言で剣を鞘に収める。

 町の人は安心しきった顔でテメノス様に歩み寄った。

 

「ああ……助かりました、テメノス様」

「……礼なら、あちらの方に」

 

 テメノス様の言葉に、町の人達は聖堂騎士さんにお礼を言う。

 彼は心ここにあらずといった表情で曖昧に頷くだけだった。

 次に町の人達は私に笑顔を向けてくれる。

 

「ミルちゃん、さっきは来てくれてありがとうね」

「お怪我は? 何かひどいこと言われませんでしたか?」

「大丈夫だよ。ありがとう。でもね、ミルフィーユちゃん。子どもが前に出るもんじゃないよ。悪いやつは本当にひどい事するんだから」

「悪いな、飛び出させちまって。足がすくんで何もできなくてよ……」

「……それなら私も。怖くなってね。なーんもできなかった。本当にありがとうね」

「皆さんが無事で良かったです。今日はゆっくり休んでくださいね」

 

 さよならを言い合い、見送った後。

 ジッとこちらを見ていた聖堂騎士さんは、ハッとした顔でテメノス様に向き直った。

 

「あ、あの! お聞きしたいことが!」

「はい。なんでしょうか」

「そ……それはもしや“断罪の杖”では……。

……まさか……あなたは異端審問官では……!?」

「ん? そうですよ?」

 

 聖堂騎士さんはパァッと明るい笑顔を見せた。

 

「おお……。お会いできて光栄です! 異端審問官は、選ばれし者が授かる名誉ある職……。僕の……憧れの存在です!」

 

 テメノス様に向ける眼差しはキラキラしている。聖堂騎士さんとお友達になれる予感がした。

 テメノスさんは聖堂騎士さんをまじまじと見つめた。

 

「君……変わってますねぇ。紙芝居がやりたいの?」

「か、紙芝居……?」

「ふむ。ところで君は?」

 

 質問され、微笑む聖堂騎士さんはザッと背筋を正す。テメノス様より少し背が高い。

 

「聖堂騎士クリックと申します。本部の警護に着任いたしました」

「へえ……たしかに腕は良さそうです。異端が動き始めている話は本当だったようですね」

 

 クリックさんの顔から笑みが消えた。

 

「……はい。聖堂機関も警戒を強めています」

 

 テメノス様は視線を外す。

 倒れているアゴヒゲ男をチラリと見て、呆れた顔で空を仰いだ。

 

「まったく……神は何を見ておられるのか。平和だったからって、サボらないでほしいですね」

 

 クリックさんはグワッとテメノス様を睨みつけた。

 

「い、いまのお言葉は……神への冒涜ですよ!? 異端審問官は……神への代行者のはずでしょう!」

「あっはっはっはっはっは」

 

 笑い飛ばすその笑顔に、私もつい顔がゆるんでしまう。

 テメノス様はクリックさんに向き直る。目を細めて微笑んだ。

 

「何事も過信は毒です。少しは不真面目に使う方が安心できるかもね、神も」

「し、信じられない……。それが聖職者の言葉ですか」

「フフ……。疑うことが私の仕事なもんで」

 

 クリックさんは助けを求める視線を私に向けてくる。

 『テメノス様ってすごいですよね!』という笑顔を返せば、クリックさんは諦めてテメノス様に一礼した。

 

「……失礼します。教皇へご挨拶に伺うので」

 

 そして歩いていく。あっちのほうには酒場の家しかない。

「教皇のいる大聖堂はそっちじゃないですよー」とテメノス様が声を掛ける。

 ピタリと足を止めたクリックさんは「な、なにぶん……着任したてなもので……」と呟いた。

 テメノスさんは軽い足取りでクリックさんに歩み寄る。

 

「やれやれ……仕方ない。私が導いてあげましょう、迷える子羊くん」

「こ……こひつじ……!?」

「子羊……!!」

 

 いいな!!と心いっぱいに思った。私もそんなふうに呼ばれたい!!

 

「テメノス様……!! 私も導いてくだしゃい!!」

 

 興奮しすぎて噛んだ私に、テメノスさんはいつもの笑みを浮かべて「ミルフィーユ君は勝手に付いてきてくださーい」と返した。

 

「はい!! ありがとうございますテメノス様!!」

「それではクリック君、こちらです。さあ、いらっしゃい」

「よ……よろしくお願いします、テメノスさん」

 

 階段をのぼる。

 テメノス様を先頭に、まず最初に訪れたのはよろず屋だ。

 入る前に「あの!」とクリックさんが声を上げた。

 

「すみませんテメノスさん。ご一緒の方は、その……従者の方ですか?」

「いいえ、違いますよ。ミルフィーユ君、ご挨拶を」

「はい、テメノス様」

 

 白い頭巾を外す。外でこうするのは久しぶりだ。

 軽くなった頭を振れば、赤い髪もさらさら揺れた。

 

「私はミルフィーユです。生きることを学ぶため、テメノス様のおそばで研鑽に励んでいます。よろしくお願いしますね、クリックさん」

 

 ぺこりと頭を下げた後、白い頭巾をムギュッとかぶる。はみ出た赤い長髪を頭巾の中に押し込んだ。

 

「あ……お嬢さん、だったんですね……」

「ミルフィーユ君、彼は君を少年だと思ったそうですよ」

「あ! あ……すみません……! 暴徒の前で勇敢に立ち向かっていたものですから……!!」

 

 必死に弁解するクリックさんが面白くて、私はくすくす笑ってしまう。

 

「ごめんなさいしなくていいですよ。クリックさん、先にお買い物をしましょう」

 

 テメノス様を先頭によろず屋の家に入る。

 白い頭巾を外し、私は店員さんのいるカウンターに行った。

 身につけているカバンからお財布をだす。

 

「ここは……お店ですか?」

「はい、この町唯一のね。武器も防具もアイテムも揃っています。買い物が終わる頃には夜になっているはずです。着任のお祝いで何かプレゼントしましょうか?」

「お気遣いは不要です。支度金は聖堂機関から頂いているので、必要なものは自分で買いますから」

 

 クリックさんは陳列棚に歩いていった。

 

「いらっしゃい」

「こんにちは。良いプラムが入荷したって狩人さんから聞きました」

「来てくれてありがとう。いくつ買う?」

 

 テメノス様をチラッと見れば、「6つで」と教えてくれて、私は店員さんにそのままお願いした。

 

「1440リーフね」

 

 お財布から銀色の硬貨を金額分出し、支払いを済ませた。

 

「ありがとうございます!」

「こちらこそ。いつも買い物ありがとう」

 

 買ったものを白い袋に保管し、カバンに戻す。

 店員さんが「あ」と呟く。ゴソゴソしてから、カウンターに正方形の紙を出した。

 

「なんですそれ」

「なんでしょうね」

 

 大きな紙を畳んで正方形になっているそれは、きれいな赤いリボンで結ばれていた。

 

「昨日来た旅人さんに頼まれたんだよ。

『明日、白い頭巾の子が買い物に来たら渡してほしい』って」

「テメノスさん、何かありましたか?」

 

 クリックさんが陳列棚を離れてこっちに来た。

 

「なんですそれ?」

「わかりません」

 

 テメノス様は目を細めて、さらにもっと目を細めてそれを凝視する。

 

「テメノス様、確認しますね」

 

 正方形の紙に手を伸ばそうとしたら、サッとテメノス様が手を重ねてきた。

 その大きくて安心する手に、胸がギュン!として動けなくなる。

 

「好きですっ!!!!」

「ミルフィーユ君、もっと慎重になりなさい。誰が寄越してきたか分からない代物なんですから」

「ごめんなさい……テメノス様……」

 

 よろず屋には他にお客さんはいない。引き続き、カウンターで謎の紙を見せてもらう。

 テメノス様は審問する顔を店員さんに向けた。

 

「昨日来た旅人、と言いましたね。どんな方でした? 」

「黒いローブを着てたよ。男か女か……顔隠してたから分からないんだけど。依頼金をたくさん払ってくれたからね」

「テメノス様、受け取りますか?」

「……怪しいな。気が進みませんね」

 

 “受け取る”と“受け取らない”

 そのふたつの選択肢を、テメノス様はピコンと“受け取らない”で選んだ。

 ……そんなふうに、私には見えた。

 

「やめておきます。怪しいので」

 

 はは、と店員さんは笑う。

 

「旅人さんの言った通りだ。本当に“受け取らない”で拒否したよ」

「……その話を詳しく」

「ああ。『もし、同行している異端審問官が怪しんで受け取らなかったらこっちも渡してほしい』って」

 

 言いながら、ゴソゴソしてカウンターに出してくる。きらきらした赤い羽根を。

 

「わぁ……きれいですね!」

「鳥の羽根かな? こんな色初めて見たよ。トト・ハハ島で生息している鳥かな。この紙どうする? 受け取らない、って言うならうちで預かっておくけど」

「受け取ります」

 

 キッパリ答えて、テメノス様は正方形の紙を受け取った。

 

「ミルフィーユ君、カバンに」

「はいテメノス様」

 

 渡された紙を確認する。

 

「リボンもきれいです。ひらひらして……かわいい」

 

 また宝物が増えた気持ちになりながら、私はカバンにそっと入れた。

 

「それは後日、改めて考えましょう。私とミルフィーユ君の買い物はこれでおしまいです」

「行きましょうか、テメノスさん」

「君、買い物はしないの?」

「はい。必要なものは今はまだなくて」

 

 白い頭巾をかぶり、みんなで外に出た。

 空は暗く、いつの間にか夜になっていた。

 

「テメノスさん、さっきの羽根は……?」

「ポケットに入れました。行きましょう、子羊くん」

「こっ……な、名前で呼んでくださいよ……テメノスさん……!」

 

 歩いていく背中を私も追いかける。

 

「(あの羽根……私の髪と同じ色だったな……)」

 

 そんなことを思いながら、後ろを歩いた。

 

 ────フレイムチャーチ巡礼路。

 

 カバンからランタンを出せば、ピカピカッと白い光が灯る。

 私が前を進み、テメノス様達も階段をのぼる。

 トンネルをくぐった後だ。ガササッと木々が揺れ、魔物が飛び出してきた。

 鈍器を握った、二本足で立つ毛むくじゃらの魔物────図鑑に載ってた、名は“山のウォータン”だ。

 

「魔物ッ!?」

 

 シャキン!とクリックさんは剣を抜いた。

 

「ミルフィーユさん、僕の後ろに……!!」

 

 私はランタンを高く掲げる。

 魔物はビックリした声で鳴き、ガササッと木々を揺らしながら逃げていった。

 

「あ、アレ? なんで……」

「ミルフィーユ君は我々と少し違っています。彼女が前に出ると、魔物はすぐああやって逃げちゃうんですよ」

「はあ……」

 

 先ほどまで魔物がいた場所を私は確認する。そこには銀色の硬貨がたくさん。

 

「テメノス様! 24リーフ落ちてました!」

「もらっていいですよ」

「わーい!」

「え……ええ……?」

「魔物が現れてもいつもこんな感じです」

 

 階段をのぼり、進んでいく。

 たまに逃げない魔物もいたけど、クリックさんの剣とテメノス様の断罪の杖で問題なく突破した。

 クリックさんは剣を払い、鞘に納めながら「なぜでしょう……いつもより素早く動けたような……」と疑問の声で呟いた。

 

「ミルフィーユ君が後ろで応援してますからね」

 

 テメノス様の言葉に私は頷き、ランタンを手にまた先頭を歩く。

 

「私、武器を一切持てないんです。戦えないからせめて応援を」

「そんな……戦わなくていいのに……。君は守られるべきだ。戦闘は僕とテメノスさんに任せてください」

「心強いですねぇ。聖堂騎士は、教会中から選りすぐられた騎士たち……。“神の剣”とも呼ばれ、千の魔物を退けるとか」

 

 クリックさんは剣を抜き、構える。その凛々しい顔つきはすごく強そうだった。

 

「わぁ! かっこいいです!!」

「ふふ」

「クリックさん、テメノス様のこと守ってくださいね!」

 

 私の言葉に、クリックさんは得意そうに微笑んだ。

 

「もちろんです。ちゃんとお守りします。騎士の名に誓いますよ。神の剣がついています。僕に全てお任せください」

「いいですね。では、神の剣を頼りにさせてもらいましょう」

 

 夜の巡礼路をのぼり、大聖堂前に到着する。

 振り返り、今まで歩いてきた道を思った。

 

「……どうしました?」

「テメノス様……。巡礼路、いつの間にか魔物が出るようになっちゃいましたね」

 

 『聖火が輝いているから大丈夫ですよ』

 『巡礼路は安全です』

 と、前にテメノス様が話してくれたのに。

 今はもう、夜は安全に散歩できないところになってしまった。

 

「……そうですね。残念です」

 

 私達は聖火の前で足を止めた。

 

「さ、着きましたよ、子羊くん」

「は……恥ずかしい呼び方は止めてください……! 僕の名前は、クリックです。憶えてくださいよ!」

「失礼しました、クリック君」

 

 余裕の無いクリックさんと、にんまり笑顔のテメノス様。

 テメノス様は奥にそびえ立つ大聖堂を指し示した。

 

「こちらが聖火教会の大聖堂です。さ、準備はいいですね?」

 

 テメノス様を先頭に大聖堂へ行く。

 閉めてある大きな扉をコンコン、とテメノス様はノックした。

 静かに待つ。返答はなし。

 テメノス様が中に入ろうとすれば、扉は少しも開かなかった。

 

「あれ? おかしいな……。鍵が掛かってる」

 

 呟き、扉をまたコンコンとノックする。

 

「教皇ーーっ! もしもーし、テメノスです」

 

 大きな声で呼びかける。それでも扉は閉まったままだ。

 

「開けていただけますか? 風邪引いちゃいますよー」

 

 コンコンとノックしていた手を下ろす。

 クリックさんは曇った表情でテメノス様を見つめた。

 

「ほ、本当に、教皇に招かれたのですか……? そもそも、あなたが異端審問官なのかも疑わしい」

「クリックさん……」

「いいんですよミルフィーユ君。彼はようやく疑うことを覚えました」

「……はい」

 

 私も扉を開けようとする。

 今の時間に鍵が掛かってるなんて初めてのことだ。

 

「教皇はたしかに仰った。“夜に会いに来るように”と」

「はい。私も確かに聞きました」

「何か……あったのかもしれない。どうです、クリック君。神の剣で扉を一思いに……」

「やりますか? クリックさん。応援しますよ」

「斬りません! なんて罰当たりなことを……!」

 

 断固拒否のクリックさんに、テメノス様も私も肩を落とした。

 

「やれやれ……仕方ない。中に入る方法が他にないか考えてみましょう」

 

 テメノス様はひとり離れ、静かに考え、集中する。

 クリックさんはテメノス様の長考をジッと見守る。

 私は『お声を掛けないでいよう』と思いながら待つ。

 3分経ち、テメノス様の長考はまだ続く。クリックさんはソワソワしてきた。

 

「あ、あの、テメノスさん……全然動かないんですけど……。風邪引いちゃいますよ」

「大丈夫です。そのうち動きます」

「いや、だって、立ったまま死んだように……」

「ふふ。テメノス様は考え事をするとこうなっちゃうんです。集中し過ぎるって言ってました」

「……わかりました。待ちますよ」

 

 そこからさらに3分後、テメノス様はやっと動いた。

 

「テメノスさん……すごい集中してましたね……」

「失敬。待たせてしまいました。悪いクセですね……フフ」

「テメノス様。何かひらめきましたか?」

「はい。おかげでいいことを思い出しました」

 

 そしてテメノス様は話してくれた。

 2年前、大聖堂で大がかりな改修が行われたことを。

 その改修に携わった人が、今もここで暮らしていることを。

 

「その人物を審問すれば、あるいは道が開けるかもしれません」

「審問って……何をする気ですか……?」

「さ、行きますよ」

 

 テメノス様はスタスタ歩く。

 ここで暮らしているなら、書庫の近くのお家にいる人だ。

 階段をおりて、さらに歩いていく。

 明るく燃える篝火に照らされた家の戸を叩いた。

 扉が開き、男の人が顔を出す。枯れ葉色のローブに身を包み、フードで目もとが半分隠れた人だ。

 腹痛に苦しむような表情をしている。

 

「……私になにか用か?」

「審問の時間です」

 

 テメノス様はズイッと顔を寄せ、男の人の目を覗き込むように見る。

 ああ……あの男の人あんなに近くでテメノス様の顔を見てる……いいなぁ!!

 

「ミルフィーユさん……?」

 

 クリックさんは困惑の顔をしていた。

 男の人とすごい近い距離で、テメノスさんは審問する。

 ただ問い詰めている光景だけど、私の脳内では“聖なる光”を2撃ほど叩き込むテメノス様の姿がイメージできた。

 男の人の心の盾がバキーーーーンッ!と割れた。そんなふうに私は思った。

 

「わ、私は……建築士のヴァドスだ。神を強く崇めている。大聖堂の……2年前の改修に携わった。表は封鎖する必要があって……工事用の地下通路をつくったんだ……。通路の入り口は今もある。大聖堂の東の小屋だ」

「ほう。今は使われていない地下通路ですか。感謝しますよ。聖火の加護を、ヴァドスさん」

 

 ヴァドスさんの顔つきはさらに険しくなり、テメノス様を鋭く睨む。

 審問でボコボコにされて怒っている顔だ。

 

「ヴァドスさん、情報をありがとうございます」

 

 私もペコッと頭を下げ、立ち去った。

 階段をのぼり、東の小屋を目指して歩く。

 

「なるほどなるほど……地下通路とはね。さ、道が開けましたよ、クリック君」

「み……道って……。だいぶ強引に問い詰めましたよね。神の使いなのに……」

「“神は、使者へ道を開く炎を与えたもうた”

聖典も教えています。炎を使い、道を開けとね」

「ああ……主よ。罪をお赦しください……」

「やれやれ……。苦労しますよ、君みたいなのは」

 

 クリックさんは納得いかない顔で歩く。

 しかし、すぐに足を止め、テメノスさんをジロリと見据えた。

 

「……なぜ、あなたのような人が異端審問官に?」

「教皇が選んだ。……それだけですよ」

 

 テメノス様の顔から笑みが消えた。

 

「テメノス様」

「……はい。なんですか?」

「私は、テメノス様は、異端審問官に相応しい方だと思っています。異端審問官は……テメノス様がいいです。テメノス様しかいないと思ってます。断罪の杖で戦うテメノス様、私……好きです」

「……フフ。君らしい答えですね」

 

 テメノス様の顔に微笑みが戻る。

 聖火が一際大きく揺れた。いつもと違って不安定だ。

 

「聖火が揺らいでいる。……凶兆です」

「え?」

「どうも……嫌な予感がしてきました。先へ進みましょう」

「はい! テメノス様!!」

 

 走って向かう。

 ヴァドスさんの言う通り、石造りの小さな家がポツンと建っている。

 扉をバンと開け、下におりるハシゴを見つけ、地下通路に突入した。

 使われていない、と言っていたけれど、安全の為なのか、灯りがぽつぽつと置かれている。

 

「私が前に行きます!」

「すみません、ミルフィーユさん!」

「お願いしますよ」

 

 走っていく。

 崩れて道が途絶えた階段、ぼろぼろの床、一部破損している石柱もある。

 ひんやりと寒かった。

 遠くでざわざわとうごめく物音が聞こえたけど、魔物と遭遇することなく地下通路を抜けた。

 長い長いハシゴをのぼり、薄暗い部屋に出る。

 

「なるほど、ここは物置ですね」

 

 私もよく知っている部屋だ。

 地下通路の出入り口は、資材を置く棚の後ろに隠されていた。

 テメノス様、クリックさん、私の順番で物置部屋を出る。

 

「教皇はどちらに……?」

「執務室かもしれません」

 

 廊下を歩く。神官さんが誰もいない。いつもは常駐している聖堂騎士さんも。

 夜でも就寝の時間までは絶対に誰かいるはずなのに。

 私は外に出る扉に気づき、走り寄って内鍵に手を伸ばす。

 

「解錠するんですか?」

「はい。開けておかないと……」

 

 と、思ったけど、内鍵はビクとも動かない。

 

「変ですね。解錠できないように細工されている」

「テメノスさん、二手に分かれて教皇を捜します?」

「……いいえ。かたまって行動しましょう」

 

 ランタンで照らしながらひとつひとつ部屋を見ていく。

 教皇様の姿はどこにもなくて、残すは礼拝堂だけになった。

 入ってすぐに異変に気づく。

 

「聖窓が破られている……」

 

 丸い大きな聖なる窓。

 宝石みたいにキラキラしているそれは、今は大きく割れ、冷たい風が吹き込んでいた。

 

 

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