8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【16話③】『その指輪を贈ったら、何があっても契約を守る。変更もしちゃならねぇ。やるか? パルテティオ』『やる!! 俺は、未来の俺と契約する!!』

 

【パルテティオ・イエローウィル 16歳】

 

 すごい町にする!!とみんなで意気込み、オアーズラッシュは大いに盛り上がった。

 キラキラして、活気が溢れて、俺もディアもみんなも、ずっと楽しかった。

 

 特に大きな幸せな出来事と言えば、プラム姉ちゃんが身籠ったことだ。

 だんだんお腹が大きくなって、お腹がポコンと動いて俺達を驚かせて、プラム姉ちゃんが『蹴ってるわ』と教えてくれて、レザン兄ちゃんは嬉しそうな顔をしながら赤ん坊の名前をいつも考えていた。

『生まれる子とプラムを幸せにするんだ!』って毎日やる気に溢れて、誰よりも仕事を頑張った。

 オアーズラッシュで赤ちゃんが産まれるのは初めてだ。町のみんなは盛大に沸いた。

 ディアは難しい顔で考え込み、親父と俺が声を掛け、助けを求める目で俺達を見てきて……

 

『赤ちゃんってどうやってできるの?』

 

……曇りなき眼で質問してきて、俺と親父は逃げたくなった。

 

『プラム姉ちゃんに聞いたんだけど、パル君に聞いてみてって言われて。気になるから教えてほしくて……』

 

 その時の俺は久しぶりに“うわああああああ!!”って思って、“わああああああああ!!”ってなって、“うううううううう!!”って思った。

 

『おおおおおお親父は知ってるか!?』

『おおおおおお俺が言うのか!?』

 

 あの時の俺は本当に……親父に悪いことをしちまった……。

 親父はガタガタ震えながら考えて、ピタッと止まり、キリッとした顔でフッと微笑んで答えた。

 

『赤ん坊はな、大不死鳥が授けてくれるンだ』

『あ! 知ってる! アグニスフォーチュン!! すごいなぁ……大不死鳥は命まで授けてくれるんだぁ……! パルテティオは知ってる? “良い子でいれば、いつか不死鳥から贈り物がもらえる”』

『ユウメイナ、ハナシダヨナ』

『声ガッタガタだよ……大丈夫……?』

 

 俺は親父を責められなかった。

 いつか俺がディアに説明しなきゃいけないんだ。何をしたら赤ちゃんができるのかを。

 俺が大好きだと告白しても、ディアはわたしも大好きだよと返す。

 “愛してる”……伝える言葉はそれしかなかった。

 

 ディアは鉱員のおっちゃんからプレゼントしてもらった銀細工をいたく気に入り、『銀で装飾品を作ろう!!』と言い出して、俺がカナルブラインで装飾品作りを得意とする職人・オパールさんを雇ったんだ。

 子どもの頃みたいに毎日プレゼントを贈ったりはしない。

 “ディアに髪飾りを贈りたいな”と考えて、オパールさんに相談すれば、ものすごい形相で『指輪じゃないのか!?』と強く言われた。

 すごい剣幕に気圧されて“またこの手の話題かぁ”って少しだけウンザリしたんだ。

 

『指輪はなぁ……すげぇ綺麗な赤い宝石を手に入れたら作りたいと思ってるんだ……』

『あ、ぐ……っ! 宝石無しのシンプルなヤツが今の流行りだぜ!?』

『そうは言ってもなぁ、俺は宝石のついた指輪を贈りたいんだ。ディアが……赤色、好きだから。初めての指輪は一生に一度きりだ。特別なんだ』

『うぐうう……ッ、パルテティオさん……頼む、今自分に作らせてくれ……ッ』

『ん? そりゃもちろんオパールさんに頼むぜ。今年中に宝石を探して、来年に作るんだ』

『い、今でいいんじゃねぇか……今自分に作らせてほしい。今なら無料で作るから……!!』

『ダメだぜ無料なんて。職人さんの仕事にはちゃんと相応のリーフを払う。それが絶対だ』

『指輪を作らせてくれぇええええ……!!』

『俺は髪飾りを贈りたいんだ! 指輪はまだ今じゃねぇーーーー!!!!』

 

 珍しく強引なオパールさんの言葉を跳ね除けて、その数ヶ月後……俺は後悔した。

 酒場で俺とディアの誕生日をみんなで祝う日、俺は完成した髪飾りをディアに贈ったんだ。

 抱きしめてくれるほど喜んで……それを見守る仲間達の“これでまだ恋人同士じゃないんだよな……”の目に、ものすごく申し訳なくなった。

 俺は“来月に告白する!!”を何回も何回も続けている。

 

『わたしもパルテティオにプレゼントがあるの! 』

 

 その頃から、ティオと呼ぶのはふたりきりの時だけになっていた。

 ディアがプレゼントしたのは黄色の箱だ。

 “贈り物は何が入ってるんだ? きっとすごいヤツだろうな!”ってワクワクしながらパカッと開けて、俺はそのままブッ倒れた。

 箱の中身は指輪のペンダントだった。小さな穴を開けた銀コインもセットになって輝いて……。

 あの時の、酒場が一瞬だけ静まり返ったあの凄絶な沈黙を俺は一生忘れない。

 

 オパールさんがあそこまで食い下がった理由がやっと分かった。

 ほぼ同じタイミングで、俺達はオパールさんに装飾品作りの依頼をしていたんだ。

 ディアが先に指輪とコインのペンダントを頼み、その次に俺が髪飾りをお願いした。

 あの時、俺がオパールさんの言葉に“おう! それじゃあシンプルな指輪を作ってくれ!”って頼んでいたら、俺達はお祝いの席で指輪を贈りあっていたんだああああああ!!

 

『デザインはね、わたしが考えたの。パルテティオがいっぱい幸せになりますように……そう願ってね、幸運のお守りに指輪はどうかなって』

 

 ディアは頬を染めながら言ってくれた。俺は二度と立ち上がれないほど情けなくなった。

 床にブッ倒れた俺は『あリがとうな……ディア……』とお礼を言うだけで精一杯で、倒れて起き上がれない俺を心配するディアに仲間達が全力でフォローしてくれた。

 

『兄貴は嬉しすぎて何も言えねぇんだ!』

『ああそうだ! すごい喜びを噛み締めてるんだ!!』

『良かったなパル坊ーーーー!!』

『うぉおおおおおお!!』

 

 おっちゃん達は泣いた。喜びの涙じゃなくて心を痛めての号泣だった。

 みんな優しくて、誰一人俺を責めなかった。

 “さっさと想いを伝えてりゃ良かったのに”なんて言うヤツは誰もいなかった。

 俺だけだ。パルテティオ・イエローウィルを許さないのは。

 オパールさんは俺に向けて手を合わせて泣いていた。あそこまで言ってくれたのに俺はよぉおおおお!!!!

 みんなでごちそうを食べて(味がしなかったし、何を食べたかも忘れた)祝いの席はおひらきとなった。

 プラム姉ちゃんのところにいったディアを見送って、ディアの姿が見えなくなったのを確認した後、酒場に残っていたみんなが何も言わずに寄り添ってくれた。

 目の前に座る親父だけが厳しい顔をしていた。

 

『……んで、どうすんだ? パルテティオ』

『伝えなきゃ……だよな。分かってるんだ。ずっと想い続けていたから。指輪を贈って……言いたいとは思ってる』

『指輪に相応しい宝石が見つかるまで何にも言わねぇのかよ』

『……それは、ダメだよなぁ』

 

 ソリスティアにひとつしかない特別な指輪を贈りたかった。

 あの時の親父は誰よりも厳しい顔をしていたけど、俺を見る瞳は一番優しかった。

 

『契約の指輪だ』

 

 商人の顔で言ってくれた。

 

『ミルディアには何も言わずに贈る。その指輪で、今のおまえは未来のおまえと契約するんだ。契約の内容は自分で決めろ。その指輪を贈ったら、何があっても契約を守る。変更もしちゃならねぇ。やるか? パルテティオ』

『やる!! 俺は、未来の俺と契約する!!』

 

 みんな泣いて拍手してくれた。オパールさんも号泣した。

 その日から指輪作りが始まった。

 俺は銀鉱山で銀を掘り、デザインも考えた。

 完成は2ヶ月後で、ディアには絶対に気づかれないように細心の注意を払った。

 ディアは俺を信じきっているから微塵も不審に思わない。

 贈ってくれた銀の指輪には、内側にメッセージが彫られていた。

 

『ティオ、ずっと大好きだよ……か』

 

 “大好きだ”の指輪を贈った後、“愛してる”の指輪を贈ろうと、心に誓った。

 今思えば、あの日々が一番幸せだった。

 あっという間に転がり落ちたんだ。

 

『……パルテティオ、土地主から手紙が届いた。“土地を買い戻す”と……』

 

 指輪を贈るどころじゃなくなった。

 町のみんなを集めて、親父は深く頭を下げて謝り、説明してくれた。

 土地主が土地を買い戻したらどうなるかも、包み隠さず話してくれた。

 オアーズラッシュの未来がどうなるかも。

 

『小さく書かれた文言を俺が見落としたんだ……』

『この町と銀鉱山を買う契約をしたのは親父とロックのおやっさんだ。親父だけが見落としたわけじゃない。ロックのおやっさんも気づくことが出来なかった、とても小さな文言だ』

『わたし達が考えなきゃいけないのは“この先”だよね。銀鉱山を土地主が買い戻したことで、わたし達は……』

 

 ディアが言い淀み、親父が二の句を継いだ。

 

『利益の一部を土地主に払わなきゃいけない。銀を掘って得た稼ぎが、全部懐に入らなくなるんだ』

 

 想像もつかない一大事だ。

 話を聞いてくれている全員が青ざめていた。

 あの時の俺は、明るい声と元気いっぱいの声を心掛けた。

 

『町は変わっちまう。だけど、俺達がやることは今までと同じだ。銀を掘って、銀細工を作って、たくさんの人に売る。俺はやるぜ!!』

 

 みんなの顔付きが変わる。暗い顔から、前向きで明るい表情に。

 

『わたしだってやる!!!!』

 

 ディアは、俺よりも大きな声を張り上げた。

 

『わたしは絶対に!! ぜぇぇえええええったいに!! この町の銀細工をソリスティア中に届ける!! 土地主に払うリーフよりもたくさんのリーフを稼ぐ!! やってやるーーーーーーーー!!!!』

 

 その声をキッカケに、みんなが一斉に声を上げてくれた。

 やっぱりディアは太陽だ。俺だけじゃない、みんなの心も照らす太陽だ。

 “この先”は分からない。だけど、何があっても立ち続けられると思った。

 でも……みんなが俺とディアみたいに思うことはできなくて。

 最初に町を去ったのはレザン兄ちゃんとプラム姉ちゃんだった。

 

『悪いな、パルテティオ……。モンテワイズで学者やってる兄貴がな、誘ってくれたんだ……』

『……学者の兄ちゃんがいるのか。すっげぇな』

『俺はもうすぐ産まれる子を立派に育てたい。だから……すまない……』

『私、土地主のことを怖いと思ったの。みんながたくさん頑張って町と銀鉱山を大きくした後で、いきなり土地を買い戻して。きっと、ずっと待ってたのよ。一番良いタイミングを……。ディアちゃん……パル君……ごめんなさい……』

『謝らないで、プラム姉ちゃん。わたし達は大丈夫だから。絶対、土地主には負けないから。

だから……心配しないでね。』

 

 とても悲しい別れだった。

 プラム姉ちゃんの言葉で、俺とディアは不安を感じた。

 その次はオパールさんだ。ニューデルスタから手紙が届き、とても大きな客のようで、旅立ちを決めた。

 オパールさんは俺だけにコッソリ伝えてくれた。

 

『すごい綺麗な赤い宝石を手に入れたら、必ず手紙を送ってくれ。住所コレな。ソリスティアで一番すごい指輪を作るから』

 

 オパールさんは契約書を書いて、ディアに贈る“大好きだ”の指輪も俺に渡してくれた。

 未来の俺にリーフを貰うと言って、旅立って行った。

 心がズドンと重くなる。ディアに指輪を渡したいのに“それどころじゃない”と思ってしまった。

 

 利益から払うリーフは月ごとに増え、家にある金目の物は全て売り払い、俺と親父が気づかない間に……ディアは貯めていたリーフを全て支払いに回したこともあった。

 銀細工は思ったように売れなくて、銀の売値も下がっていき、誰よりも頑張った親父は無理をしすぎて病に倒れて、俺とディアで率先してみんなを引っ張った。

 でも、利益から払うリーフはさらに年々増えていく。

 家の床板が一部割れても“歩くことに支障は無いから”と放置して、食べる物を満足に買えない苦しい日々は延々と続いた。

 別の場所で働きたいヤツは町を出て、それを俺達は笑顔で見送る。

 

 いつの間にか、オアーズラッシュは地の底まで落ちた。

 でも、俺の太陽は沈まなかった。

 ずっと明るくて、温かくて、いつだって大丈夫だと思わせてくれる。

 俺の作る肉抜きの肉野菜炒めが大好きで、ずっと活発に動き続けた。

 

 親父の薬を2人で買いに行った日、仲間達の困窮する声を聞いた。

 

『もう何日も仕事がなくて、ロクに飯も食ってねえ……』

『この町にはもう……何もなくなっちまった』

『ウチなんか、このパン一切れでしばらく凌がなきゃ……』

 

 俺もディアも、静かに聞くことしか出来なかった。

 

『なぁ、兄貴。仕事くれよ……仕事ぉ……』

『……すまねー。雇ってやりてえが、その金がねー。銀鉱石のやり繰りがキツくてな。土地主とやらが厳しくてよ……』

 

 銀を掘るにも道具がいる。奥を照らす為の灯りも必要だ。

 

『そんな……俺たちは……どうすりゃ……』

 

 ディアは何かを言いたそうな顔をして、だけど言葉を全て飲み込んだ。

 励ます言葉が相手を辛くさせる事をディアは知ってしまったから。

 ハリーがニッキのパンを奪い、俺とディアのパンを渡して……半年前のことなのに、ずっとずっと前の事のように思えてしまう。

 ディアの前で絶対に見せたくなかった涙がこぼれたのは、今思い出しても目の前が暗くなる記憶だ。

 その日の夜だ。もっと泣きたくなったのは。

 

『ティオ……今、いいかな』

 

 ディアは思い詰めた顔で、両手を震わせながら俺の部屋に来た。

 

『おう、もちろんだぜ! どうした? なに持って……』

 

 全身が凍りつく。ディアが持ってきたのはハサミだった。

 

『私の髪を土地主に売りたいの』

 

 心まで凍りそうになった。

 

『な……何言ってんだ……! そんな事!』

『それしかないの!!』

 

 俺より大きな声で怒鳴って、ハサミがカシャンと落ちる。

 ディアはそのハサミを拾えなかった。

 料理を作る時に材料を切る包丁も、紙を切るハサミも、ディアは手が震えて満足に使えなかった。

 いつか親父が言っていた。『ちいさい頃に何か刃物でトラウマがあるはずだ。あの子が忘れるほどのひでぇ何かが。思い出させるンじゃねぇぞ』って。

 ディアは明るく笑った。とても良いことがあったような、素晴らしい事に気付いた顔で。

 

『土地主からわたし宛に手紙が届いたの。その手紙は……ギフが持って来て。肩から切り落とした髪を高く買い取るって、契約書も入ってた。みんながお腹いっぱい食べられる金額でね、うまくやり繰りしたら2ヶ月は食べられるよ』

 

 喉の奥が震えた。目の奥が熱くなった。言いたい事が全て喉で詰まって話せなかった。

 

『お腹がいっぱいになったら、きっと気持ちが変わる。良いことをたくさん考えられるようになって、また頑張れるようになる。親父さんの薬も良い薬が買えるし、もっと栄養のあるものを食べさせることができる。

だからこの髪を切りたい。これが……わたしのやりたいこと。手伝って、パルテティオ』

『おれ、は……』

 

 “できるわけねぇ”と心が叫んだ。

 ディアの髪は宝石より美しくて、ソリスティアで一番綺麗な赤色だ。

 俺も、ディアも、大事に思っている宝だ。

 それをリーフと引き換えに切るなんて、できるわけがねぇ。心が千切れそうになるほど、あの日の俺は……思ったんだ。

 でも、切るしかないと、それしかないと、あの日の俺は思ってしまった。

 

『あっははは! 嫌なこと頼んでごめんね。やっぱり土地主のところに行ってくるよ! 切ってもらうついでに、どんな顔してるか確かめてくるから!!』

 

 ディアが出したのは封筒だ。書かれた住所はブライトランド地方のクロックバンク。

 

『東大陸の“クロックバンク”……ここに土地主がいる。リーフを全額貰ってくるね!』

 

 パチッと片目を閉じる。楽しそうな表情だ。

 心の中で泣いているのに、それを完璧に隠している。

 

『……切るよ、俺が。俺が……ディアの髪を切るから……。だから……行かないでくれ……』

 

 赤い瞳に涙が浮かんで、目頭と目尻からこぼれ落ちた。

 にっこり笑いながら泣くディアをまっすぐ見れなくなって、俺がハサミを拾って。

 “こんなハサミで切るのかよ”と思った。

 切るならこれよりもっと良いハサミで。鍛冶職人がちゃんと作ってくれたハサミで切りたかった。

 ソリスティアで一番美しい髪だ。切るなら、それに相応しいハサミで切りたかった。

 ディアが窓を開けた。月明かりが差し込んで、手元がよく見えて、赤い髪をさらに輝かせた。

 椅子に座ったディアはほんの少し俯いた。俺が切りやすいように。

 髪飾りを外し、結っていた髪を丁寧にほどく。何があっても手放さなかった櫛でとかす。

 子どもの頃から長かった。ずっと切らなかった大事な髪だ。それを肩から切り落とす。

 ハサミを握って、手が震えた。

 “もっと他に、リーフを得る方法が他にあるんじゃないか”……そんなことを必死に考えていたら、

 

『髪を切って、パルテティオ。わたしの願いを叶えて』

 

 迷いの無い声で、力強く言われた。

 

『きんちょう、しちまってな……。へへ……切るから、ちょっと待ってくれ……』

 

 ハサミを置いて、俺は常に身につけているペンダントから指輪を外した。

 一番大事な贈り物を、俺は左手の薬指につけた。“俺を助けてくれ”と願いながら。

 そして、ポケットから指輪を出した。

 ディアの前に回り込み、片膝をついて、彼女の右手の中指につけた。

 

『ディア……知ってるか? 指輪を右手の中指につけるとな、悪いヤツから身を守ってくれるんだ。頑張りたい意思を強くしてくれて、自信が無い時に元気付けてくれる』

 

 “指輪をつけると良い効果を得られる”とカナルブラインの神官さんが話してくれた。

 左手の薬指だけじゃない。他の指も全て、それぞれ違う効果がある。

 それをたくさん調べて分かった。

 

 少し見上げる。

 ディアの瞳を見つめて、泣きたい気持ちを我慢して俺も笑った。

 そして“大好きだ”の指輪に刻みきれなかった言葉を伝えた。

 

『ディアは俺の太陽で、俺がディアのお月様だ。でも、太陽と月は一緒にはいられない。だから俺は、ディアの太陽にもなりたい。大好きだ。俺のそばに、ずっといてくれ』

 

 ……あの日の言葉を思い出して。

 “ちょっと待て”と頭を抱えた。

 あれ……あの言葉、ちょっと待てよ……プロポーズみたいなことを……俺、言ってたか……?

 

 気が遠くなり、俺はまた辛い記憶を思い出した。

 あの日、ディアの髪を切った時、自分の心も一緒に切り落としたみたいだった。

 動けなくなって、何も考えられなくなって、涙も出なくて、生きていけない気持ちになった。

 

『あリがとう、ティオ。大好きだよ』

 

 “愛してるよ”と言ってくれてるみたいな、そんな声だった。

 俺の心は奮い立った。動くことができた。

 

『ギフのところに……持っていって。買い取るって言ったのは土地主だから、すぐに売ってほしい』

『おう!!』

 

 ディアの髪は家にある一番良い袋に入れた。

 真夜中に、契約書とディアの髪を持ってギフの所にひとりで行った。

 土地主の手紙を渡して数時間後に来るとは思わなかったのか、ギフは顔面蒼白で絶句した。

 

『ミルディアが望んで、俺が切った。支払いは24時間以内だ!! 全額持って来い!!』

 

 ギフに押し付けてすぐに帰った。

 月が出ているのに帰り道はひどく暗くて、ディアがひとりきりでいるのが耐えられなくて。

 震えているかもしれない……そう思っていたのに、ディアは外で思いきり身体を動かしていた。

 驚くほど素早くて、何度も大側転を繰り返して。真夜中なのに、楽しそうな笑顔で動いていた。

 “本当はこんな事がやりたかったんだ”って思えるような表情で。

 

『お帰りなさいパルテティオ! 見た? 今の見た!? わたしすっごい動けたの!! あの長い髪じゃこんな事出来なかったよ!!』

『……すげぇな、ディアは。俺はそんな風に動けねー』

『明日、側転でオアーズラッシュ1周する!! みんなに見てもらおう!!』

 

 翌日、ディアは大側転でオアーズラッシュ1周した。

 みんなは笑ってくれけど『そんなに動いたらお腹空くぜ』って、すぐに苦笑に変わった。

 鉱員のおっちゃんの『パル坊が切ったのか? そんな切らなくても良かったじゃねぇか。慣れない事しやがって。ちょっと整えてやるからこっち来な』の言葉にディアは笑顔で『この短いのが良いんだよ! おっちゃんあリがとう! かわいいのがもっとかわいくなるね!!』って明るく笑い飛ばして、ハサミで整えてもらった。

 ギフは約束通りに来た。髪を売ってから12時間後に。

 大量の食べ物を町に運び、契約書に書かれたリーフを満額持ってきた。

 みんなは怪訝そうに“何を企んでるんだ”と怪しんだ。

 

『すぐ切りやがって、馬鹿な事を……』

 

 ギフがそう吐き捨てて帰った。

 さすがにみんな気付いて、ディアのほうをバッと見る。

 ディアはニコッと笑ってピースした。俺は誰かに胸ぐらを掴まれた。

 

『ディア姐さんの髪を売ったのかよ!!』

『そうだよ〜! わたしが頼んだの〜!』

『パル坊!! それだけはやっちゃダメだろ!!』

 

 ディアは至近距離で軽やかにバク転した。宙返りまで披露して、着地して、凛と背筋を伸ばす。その姿は美しかった。

 みんな黙り込んだ。

 

『すごいでしょ! わたしは本当はこんなに動けるんだよ!! こんなすごい事できるのは髪を切ったから!! わたしは嬉しいの! だからパルテティオには何も言わないでね!!』

 

 満面の笑みに、俺の胸ぐらを掴んでいた手が離れた。

 ディアはギフの持ってきた食べ物の中から、パンとブドウを出してパクパク食べる。

 

『みんなでご飯食べよう! 今まで食べられなかった分、お腹いっぱいに!!』

 

 黙って食べるしかなかった。

 みんな、ディアから背を向け、ぼろぼろと泣きながらご飯を食べた。

 あの日の皆は、俺は『あリがとう』を言った。“ごめん”はディアが嫌がると思ったから。

 俺の中で“ごめん”は深く根付いている。

 テメノスとオズバルドさんと話して少し軽くなったけど、その暗い感情は消えてくれなかった。今も残ってる。

 

 それで、あの日の親父は……ひどく咳き込みながら自分を責めた。

 ディアを抱きしめて、切った髪を撫でてくれた。

 ゲホゲホしながらたくさん食べて、良い薬を飲んで、顔色が良くなったのを見て、あの日の俺とディアはホッとしたんだ。

 町の皆は元気になった。仕事がなくても、何かしら動きたいという気力が湧いた。

 溢れる気力は強い怒りに。

 爆発したのは、その1週間後だ。ギフがまた来た。

 

『土地主様からの伝言だ。“銀の利益の徴収を増やす”ってな。近頃は、各地で銀が採れ、価値が下がってきた。土地主様も苦渋のご選択ってわけさ』

『冗談じゃねぇ!!』

 

 誰かが激怒の声を上げた。

 

『これ以上取られてたまるか!!』

 

 ジョーも怒鳴った。

 

『ああ! 今でさえギリギリだってのによ!!』

 

 俺のそばでネッドも怒りに震えた。

 

『ふざけやがって!!』

 

 誰かが大きく叫んだ。

 ギフは一歩も引かない。キッと睨んでくる。

 

『立場わかってるか!? おまえらは搾られる側だぞ!!』

 

 ブワッとした熱気を背後で感じた。皆の気持ちが伝わってきた。

 ディアが声を上げる前に、俺が何か言う前に、皆が怒りで心と全身を震わせている。

 

『俺の娘の髪を切らせた土地主を!! 俺ァぜってぇ許さねぇッ!!』

『親父……!!』

 

 咳き込んで弱っていた親父が、商人の装いで後ろにいた。仁王立ちで。

 俺もディアも、安心して笑顔になったんだ。

 その後は怒涛だ。

 

『野郎ども!! ギフの屋敷に乗り込むぞ!! そこに土地主に関わる何かがある!!』

『町を取り戻そうぜ!!』

 

 嬉しくなって、つい明るい声で言っちまった。皆は雄叫びを上げながら駆けて行く。

 親父も皆もギフには手を出さずに、ギフの屋敷へ一直線に。

 俺とディアと、ジョーとハリーと、ネッドとニッキが、ギフのところに残った。

 激怒の熱気で腰を抜かしたギフに俺は銀コインを渡した。

 

『ウチの銀で作ったコインだ。食糧を持ってきた分の礼だ。……とっときな』

『た、たったの1リーフ……貴様、舐めとんのかッ!?』

『これは約束の1リーフだ。てめーが腹空かした時、俺もてめーに食糧を渡す』

 

 ディアがニッと笑った。太陽みたいに明るく。

 

『ただの1リーフだと思った?』

『舐めんなよ、その1リーフを。どんな大金だって、そいつが積もってできる。1リーフを笑うヤツは嫌われるぜ。金にも人にもな』

 

 ギフは銀コインを握り締めた。すごく悔しそうな顔で、眉間にしわを寄せまくった。

 

『……“土地主は、いつでも土地を買い戻すことができる”……そんな文言……はじめは、契約書には書かれてなかった。後から、土地主様が書き足したのさ。こっそりとな……』

 

 絞り出すように語る。

 ディアの顔から笑みが消えた。美しい瞳に、炎みたいな怒りが宿る。

 ギフは強がりの笑みを浮かべた。

 

『馬鹿正直な親父さんは気付かなかったがなァ……!! お陰でこっちは丸儲けだぜ! 鉱山も労働者も手に入れてなァ……!!』

 

 ディアが、ブンッ!!と何もない宙を、平手打ちの手で。

 真顔でブンッ!! ブンッ!!と素振りを始めた。

 平手打ちの手をグーで握り直し、宙をゴッ!!  ゴッ!! ゴッ!!とブン殴り始める。真顔のまま。

 

『怖ぇ……』

『ディア姐さん……ギフを……やるのか?』

『……やりたくてもできないんだよねぇ。16年前、誘拐した奴らをブッ叩こうとした時、全部スカッと外しちゃってね。わたしは誰も殴れない』

『おま……! 誘拐した奴らが囲んでるところで反抗したのかよ!!』

『ムカついたから。誘拐した奴ら笑ってたよ。ちっちゃいのに頑張ってるねぇって』

 

 パチッと片目を閉じ、楽しそうに笑った。

 

『とんでもねぇ……親父には絶対言うなよ……』

『……うん。あの時助けてくれたおっちゃん達にもナイショにする』

 

 ギフは金庫の中身を明け渡した。

 皆が稼いだ金を驚くほど隠していて、町を立て直せるほどの金額で。

 そして、あの日の俺達は全てを知った。

 土地主の正体も、切り落とした髪を買い取る契約を持ち掛けた真意も。

 

 トト・ハハ島にもうすぐで到着する時、甲板で、ディアはクロックバンクから届いた手紙を────切り落とした髪を買い取る旨が書かれた契約書をビリビリに破いた。怒りすら宿らない暗い瞳で。

 

「“大富豪”ロック・ブリリアントは、わたしがあの契約書で腹を立ててド怒りでオアーズラッシュを飛び出し、クロックバンクに殴り込みに来ると予想していた。わたしが髪を切って、きっと飛び上がるほど驚いたはずだよ。

あの人はわたしが髪を切らないと思っていた。あの人の考える“わたし”はそんな人間だった。

わたしを一人では行かせられないと、パルテティオが同行すると計算して……。そこまでして、ティオを東大陸に呼びたかった。ティオの商才と行動力と人望が欲しかったの。

わたしは親父さんと一緒に商売するあの人が好きだった。でも今は……大っ嫌い」

 

 ロックのおやっさんが欲しがったのはきっとディアのほうだ。

 価値を見抜く眼に気付き、幾度も鑑定を頼んでいたからな。

 

「わたしは、誰も傷つけない夢を頑張ってる人の邪魔するヤツが一番大嫌いで、許せない」

 

 太陽が沈んで、月も昇らない暗い夜みたいな瞳だった。

 髪を切り落とした日に俺は誓ったんだ。ディアの太陽になるって。

 

「一番大好きなのはどんな人間だ?」

 

 笑みを浮かべながら声で聞く。

 ディアの横顔がふわりと明るくなった。

 

「ティオだよ! ティオが一番大好き!!」

「その次に大好きなのは?」

「わたしの妹、ミルフィーユ!!」

「おっ! 親父がヘコむな。今まで2番目だったのに」

「親父さんだってミルフィーユの事大好きになるもん!!」

 

 ほとんどの利益を取られていた町は、銀を掘って得た稼ぎが全部懐に入る町に戻った。

 働く人と買う人と、売り物で溢れて活気づいた。

 親父は元気になり、自分の帽子を俺にプレゼントしてくれた。

 

『ディア姐さん!! そ……その中指の指輪は!?』

『ああ、これ? パルテティオに貰ったお守りだよ』

 

 賑やかな声が溢れる町で、ギフは心を入れ替えて親父のもとで働いている。

 あの日持ってきた大量の食糧は全てギフが自分の意思で、自分のリーフを使って買ったものだ。

 ディアが髪を切り落とした覚悟に心を動かされたんだろう。

 それを知った皆は今までのギフのアレコレを“仕方ねぇな”って水で流した。

 ギフが持ってきてくれたパンと果物と野菜と干し肉は最高に美味しかったから。

 

 町に活気が戻ったあの日、頬を染めるディアはジョー達に右手中指の指輪を見せびらかした。花畑がよく似合う笑顔で。

 

『パルテティオがね〜言ってくれたの! “俺はディアの太陽になりたい。大好きだ。俺のそばにずっといてくれ”って』

 

 “どわああああああああああ!!!!”って俺は心ン中で叫んだし、

 “ひゃああああああああああ!!!!”って言いたげなジョー達は大興奮の顔をした。

 

『すごい嬉しかった!! なんかね〜あの時のパルテティオはいつもと違ってた! いつもの“大好き”と少し違っててね、変な感じだった。月明かりで照らされてたから……?』

 

 ぶつぶつ呟くディアに、ジョー達は俺を見た。

 “なんで右手中指なんスか? 愛してるって伝えて左手の薬指でしょ”と言いたそうな目で。

 “今は良いんだよコレで!!”の顔で俺はバッバッと手を払った。

 おっちゃん達はディアにもペンダントを贈ってくれて、指輪を通して首から下げた。『おそろいだぁ』と喜びながら。

 

 そして、その数日後に届いたんだ。プラム姉ちゃんとレザン兄ちゃんの手紙が。

 大きな封筒の中には“新聞”が入ってて、親父が『お〜懐かしいな。デルスタタイムスじゃねェか』と言った。

 ピラッとした紙には赤ちゃんを抱っこしたプラム姉ちゃんと、何かのメダルを持ったレザン兄ちゃんの絵が描いていた。

 

『快挙!クレストランド地方の銀鉱山で、銀よりさらに純度の高い“銀光輝石”を発見する!!……だとォ!?』

 

 あの日の親父は誰よりも飛び上がった。

 レザン兄ちゃんは別の鉱山で、この銀はちょっと違うぞ?と疑問に思い、レザン兄ちゃんの兄貴と調査を進めて解明したそうだ。

 オアーズラッシュの経験を活かして、レザン兄ちゃんは栄光を掴んだ。

 新聞を覗き込むディアがくすくす笑った。

 

『……レザン兄ちゃんてば、インタビューでプラム姉ちゃんと娘さんとパルテティオ達の事だけ話してる』

 

 産まれた赤ちゃんは女の子、名前は“ディアナ”で、俺とディアは2人で微笑んだ。

 そして……俺達は旅立ちを決めた。

 

 俺は“世界中の貧しい人を救いたい”

 ディアは“誰も気付かないキラキラを、世界中で見つけたい”

 それが旅の目的だ。

 

 まずはオアーズラッシュで“蒸気機関”を見て、

 モンテワイズでプラム兄ちゃん達、ニューデルスタでオパールさんに会いに行く。

 旅の準備をして、東大陸に渡ってから地図を買うことにした。

 町の皆が行ってらっしゃいのパーティーを開いてくれて、その翌日。

 ディアは自分の部屋から動かなかった。

 

『明日出発するか?』

『どうしようかな……』

 

 寂しそうに微笑んで窓の外を眺めていたディアが、いきなりカッと目を見開いた。

 

『ずっとずっと遠くにキラキラがある!! すっごいキラキラしてるーーーーーーっ!!』

 

 ダッと駆け、グッと窓から身を乗り出して地上を確認し、バッと飛び降りた。

 

『ディアーーーーーー!?』

『キラキラ!! すっごいキラキラがある!! キラキラがあるのぉおおおおおお!!!!』

 

 見事に着地し、あっという間に走っていき、俺もすぐに追いかけた。

 そして、俺とディアは出会うんだ。

 俺達と共に旅をする仲間達に。

 

 東大陸行きの船は、海上を進む。

 まずはトト・ハハ島へ。

 太陽に照らされた海がきらきらと輝いていた。希望に溢れているみたいだった。

  

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