「お兄様。ギュ、してください」
「いいぞ。ギュウしよう」
本日3回目だ。顔が熱くなるやり取りに俺は視線を外す。
「お兄様、愛してます」
「ありがとう。トモルの想いを俺は嬉しく思う」
アグネアは照れ笑いで顔が赤く、ディアは妹の幸せを喜ぶ姉の微笑みだ。
こそこそと「ねぇミルディアさんパルテティオ。あたし、お兄さんいないから分からなくて……。どこの町も、兄と妹はあんな感じで仲良しなの?」とヒソヒソ言ってきて、ディアがこそこそと「そうだと思う、多分」とヒソヒソ返す。
俺は『ぜってぇちげー!! ……いや、俺が知らないだけで仲良しの兄妹はそうなのか? いやでもな、アレは仲良しの限度を超えてる……でもなぁ分からねぇな、他の兄妹を知らねぇし』と考えがまとまらなかった。
トト・ハハ島の停泊所に着き、案内板に設置されてる時計を見ながら出港時刻を確認する。
「5時間後の夜だな。日没くらいに戻ればいい」
「ゆっくりできるね!」
穏やかな風が吹いてくる。アグネアが大きく伸びをした。
「ん〜……風が気持ちいい!」
「近くの町に行く?」
「はい。旅に必要なものを買いたいです」
「トモルに服を買いたいな。ちゃんとした服を着せてやりたい」
妹さんの服は男物だ。ぶかぶかの袖を腕まくりしている。
「トモルはどんな服が好きなの?」
「あ、あの……私は……赤い服が好きです……」
「赤色が好き?」
お兄さんにくっつく妹さんのそばにいるディア……距離が近いな。ビクビクしてる。
「ディア、ディア、ちょっとこっち来てくれ」
「ん〜? なに〜?」
呼んだらこっち来て、ディアが離れたら妹さんはホッとした。
来てくれたディアにヒソヒソと「距離が近ぇ、友達ならもう少し離れたほうがいいぜ」と伝えると、「えっそうなの!?」と衝撃を受けた顔で驚いた。
ディアはフラフラとアグネアのところに行き、何か耳打ちを……多分、『私ってトモルの近くに居すぎ? もっと離れたほうがいい?』みたいなことを相談してそうだ。
アグネアは困った顔でウンウン頷き、ディアはしょんぼりしながら俺のところに戻ってきた。
「わたしはトモルと話すなら……ど、ど、ど、どれだけ離れたらいい……?」
「俺がいい感じの距離で立つから、俺の隣で話しかけるのはどうだ」
「分かりやす〜い! ありがとう、パルテティオ!」
ディアが右手を出す。俺も右手を出す。ハイタッチした。イェーイだ。
妹さんが『!』の顔をして、お兄さんに『私もアレやりたいです!』の身振り手振りをして、お兄さんが『アレをやれば良いんだな?』って言いたそうな真剣な顔で頷いた。
兄妹がソッと手を合わせるのを見たアグネアが『あたしもやりたいなぁ』の顔をして、それに気付いたディアがアグネアのところにダーッと走ってハイタッチした。
和気あいあいの空気が満ちる中、俺達は停泊所の近くの立て看板を見る。
西に進めば“トロップホップ”
南に下れば“ケノモの村”だ。
「選択肢は2つかぁー……」
「どっちに行く? あたし、両方気になるの」
「ん?」
ディアが大きく振り返った。“ケノモの村”があるほうだ。
「どうした? ミルディアよ」
「なんか、あっちが……」
ハッとした顔付きになり、ごまかす笑みを浮かべて首を振った。
「……ううん、何でもない。早くお店に行って服を買いたいね」
「ああ。そうだな。トモル、どちらに行きたい?」
「私はお兄様の行きたいところがいいです」
「……そうか。見知らぬ土地だから、俺は皆と共に行動したい。パルテティオはどうだ?」
「俺は“トロップホップ”かなー……。なんかあっちから商売の匂いがする」
「……わたしは、うーん……やっぱり“ケノモの村”かな」
「あたしはどちらでも!」
具体的に行きたいところを言ったのは俺とディアだ。
「ジャンケンするかぁ」と右手を出せば、ディアの目がキラッと光り、同じく右手を出してくる。
「おお」
「あの……“じゃんけん”とは?」
「あたし、知ってるよ。グーとチョキとパーでね、勝敗を決めるの」
説明したのはアグネアだ。
トモルが理解して頷いた後、俺とディアのジャンケン勝負が始まった。
オアーズラッシュでお馴染みの光景だ。何かあればジャンケンしていた。
ディアは分かりやすい。いつも笑わないように意識している。
勝たせたい時はわざと負け、どうしても譲れない時は勝ち、怪しまれないようにあいこにもできる。
今回もディアの勝ちだ。大喜びの顔にフッと笑ってしまう。
「よぉ〜し!! “ケノモの村”に出発!!」
先頭をディアとアグネアが歩き、その背中を見ながら俺達も歩く。
「今の勝負……そなたはミルディアの瞳を見ていたな」
ヒカリの小声に俺はニヤッとした。
「……へへ。よく気付いたな」
「ミルディアさんはご自分の手を見ながら考えていましたね」
「目と表情で分かるんだ。ディアにはナイショにしてくれよ。勝った時のアイツの笑顔が見たくてな」
ケノモの村に続く道は砂の色をしていた。
太陽に照らされて白く見えて、道の脇には濃い色の植物が生い茂っている。
緑色に溢れ、でけー木が多すぎる。
感じる空気も匂いも違うし、吹く風はオアーズラッシュともカナルブラインとも異なっている。ここに住んでるヤツと話してみてぇな。
石を積んだ建造物もあって「あ!」とディアが声を上げてスタターッと走る。
「ミルディアさん!?」
「何か見つけたか!」
ディアは建造物の後ろ、隙間に上半身をねじ込んだ。
「一体何を……」とトモルは驚き顔で動けずにいるし、「勇気がある……」とヒカリは目を見開いていた。
隙間から戻ってきたディアの服は砂埃で汚れ、その手に持つのはプラムが6個だ。
「キラキラしてた〜! プラムがたくさん実ってたよ!」
ピカピカの笑顔で、手に入れたものを全員に配っていく。
残ったプラムをディアは自分の鞄に入れた。
「ありがとう! ミルディアさん!」
「礼を言う」
「ありがとうございます」
そして俺達はケノモの村を目指して歩く。
「ありがとさん、とは……言いたいが……ディア、どんな魔物が出るか分からないんだ。キラキラを見つけた瞬間に飛び出すのはやめてくれ……」
「うん……ごめん……」
「何を見つけたか説明してくれ。ちゃんと信じるから」
シュンとうなだれていたディアが少しだけ顔を上げ、ちいさく笑って頷いた。
興味津々の目を向けるのはヒカリだ。
俺とディアが説明して、フムフムと聞いていたヒカリが眉を寄せた。
「キラキラと輝くところに皆が気づかない宝が……いいのか? そんなことをやすやすと話して……。俺達に悪用されたら、とは考えぬのか?」
「え? 悪用するんだべ?」
「全部信じてる。わたし達に大事な妹さんを紹介してくれたから」
「ディアはキラキラに気付いたらいきなり動くからなぁ〜。驚かせたくないから話したんだ」
ヒカリとトモルは真顔になった。
お互いに目配せして、言葉を交わさずに目だけで相談して……2人で頷き、トモルが両手を差し出した。
「そのキラキラはこんな感じですか?」
ふわりとやわらかく、白い光が手のひらで輝いて……
「……どわぁ! 手がキラキラに!?」
「きれい……」
「そう! そんな感じでキラキラしてる時ある!」
「これは“癒しの力”だ。トモルは今まで、これで傷ついた者を癒し続けていた」
「この光は身を蝕む毒も浄化します。何かあった時は私が皆さんを癒しますね」
「テメノスさんの“回復魔法”みたいなやつ……?」
「魔力はどれだけ使うの? 前に旅の神官さんがわたし達に教えてくれたの。自分の中にある魔力を使って“回復魔法”を唱えるって」
「あー……そういえば言ってたな。魔力が少なくなったら、寝るかプラムを食べるって」
“魔力が無くなったら魔法が使えなくなる”だったよな。
魔法が使えなくなった状態で魔物と戦わなきゃいけなくなる……それは旅するヤツにはゾッとする状況だ。
トモルの手のひらの光がもっと大きくなる。
「底無しの魔力だ。使えなくなったり倒れたりはしなかった」
「ずっと癒やせます。12時間癒し続けた事もありました」
トモルは誇らしげに言うが、それを聞いている俺達は気まずくなった。
「怪我人がそんなに出るなんて崩落事故か?」
「12時間ずっと踊り続けるってこと、かしら? そんな長時間……ダメ……倒れちゃう……」
「……何があったの? 半日もその力を使わなきゃいけないなんて……」
ヒカリは暗い顔をして、トモルの微笑みもわずかに曇る。聞いちゃいけねーことがありそうだ。
「……俺の国は戦続きだった。負傷する者が後を絶たなかった。戦場で命を落とす者もいた。トモルは、癒さなければならなかったんだ」
“癒さなければならない”……自分の意思でやるんじゃなくて、義務みたいにやらされていたんだな。
「魔物と戦って大きな怪我をして、癒してくれるのはありがたいな。こりゃあダメだって思える傷だったら助けてほしい」
「あたしは避けるのが得意よ。怪我しないように戦うから」
ヒカリの真顔がパッと明るくなったように見えた。
ディアは鞄をポンポン叩く。
「……この中にはブドウもプラムあるし、薬師さんにもらった薬も入ってる。誰かが傷ついた時はわたしも動けるよ。だから……“自分だけしか癒せない”って思って、無理しないでね」
ディアを見つめるトモルの瞳がじわりと潤む。「はい……」と呟く声は嬉しそうで、聞いてるこっちもホッとした。
ケノモの村を目指す道中、魔物が2体バッと現れ、アグネアが素早く踊ってヒカリを強く励ました。
俺が弓を出している間にヒカリが斬りかかり、魔物の反撃を一足飛びで避け、さらに追撃する。さらに別の魔物が出てきて、
「よお、いらっしゃい」
その魔物を俺がすかさず射抜いた。怯む魔物に、次いでアグネアがすかさず蹴り払う。
魔物を全て撃退し、ディアとトモルが歩み寄た。
「ありがと〜!! みんなすごいカッコよかったよ!!」
「とても美しかったです」
背丈は同じだ。
顔は同じだけど表情が違う。声は同じだけど言い方が違う。
やっぱりディアが姉でトモルが妹だな。
ケノモの村に到着して『あっちとこっちで村がふたつあるのか……』と思った。
たくさんの木々に囲まれた穏やかなところだ。
家屋はオアーズラッシュと同じ木造で、だけどこっちのほうが明るい色の木材を使っている。
丸みのある家の屋根は何かの葉をたくさん重ねていて、どこを見てもワクワクした。
武具屋に入る。
売っている服は通気性の良い服だ。ここで住んでいるお姉さんが着ているものと同じ服。
衝立の向こうで着替え、モジモジしながら見せてくれた。
肩と鎖骨がめちゃくちゃ出てる……! 見ちゃいけない気持ちになって下を向いた。
「うーん……すごくかわいいけど」
「こんな薄い服初めて着ました。スースーします」
「……肌をもっと隠してやりたいな」
「お、俺の上着貸そうか……?」
「皆待ってて! あたし、良い服を持ってそうな人におねだりしてみる!」
バッと外に飛び出し、数分で戻って来る。あっという間だ。長袖を持ってきてくれた。
差し出すアグネアの手をヒカリが握る。
喜びと感謝に溢れた満面の笑みの「ありがとう」に、アグネアはボッと顔を赤くして「いいいいいんだべ!!」とバッと離れた。
トモルは受け取った長袖を着る。薄着で落ち着かない表情がホッと和らいだ。
「アグネアさん、ありがとうございます」
「うん! とっても似合ってる!!」
長袖は淡い赤色だ。
通気性の良い服の代金を店主に払い、俺達は外に出た。
「あっちの村ね、頭にふわふわの耳と、フサフサの尻尾が生えてる“獣人”ってひとが暮らしてるみたい」
「挨拶しようぜ」
買い物した村から獣人が暮らす村へ、歩いて1分ぐらいの距離だ。
こっちの村は薄いシャツと半ズボンで、アグネアが言った通りの耳と尻尾だった。
話しかけたら友好的に笑ってくれて、話す声は穏やかでやわらかい。
ディアが遠くを見てる。俺達じゃ見えない“何か”に気づいた瞳だ。
「あっちにキラキラがあるのか?」
「キラキラじゃない……」
真剣な声だ。そこに行かなきゃいけない“何か”がある表情だ。
「……青いものがある。とてもきれいで大きなもの。わたし……あそこに行きたい」
俺はアグネア、ヒカリ、トモル、それぞれに目を向ける。『いいか?』の俺の顔に『もちろん』の笑顔で頷いてくれた。
坂道を登り、村を出る。
木々に囲まれた道を進めば、見たことない魔物と遭遇した。ヒカリは速攻だ。
「押し通る! さみだれ斬りッ」
魔物が何かする前に、俺とアグネアが構えた瞬間に斬り倒し、戦闘を終わらせる。
「すげぇ……」
「ヒカリくん、とっても速いね!」
「……まだまだだな」
『かっけー!!』と晴れ晴れ思った。
ヒカリは魔物が出る前から戦いを意識している。だからすぐに動けるんだろうな。
ディアが指し示す先を目指して歩く。
道の途中、きれいな水がいっぱい溜まってるところに出た。
「おぉ〜!! なんだありゃ!?」
「あれは“滝”だな。とても澄んだ良い水だ」
飲めそうな水が上から流れ落ちている。
アグネアとディアが触り、楽しそうな声を上げてトモルを手招きする。
女の子同士でワイワイして、俺とヒカリはそれを微笑ましい顔で見守った。
その後はさらに奥へ。
木々が密集した道を通り、視界が開け、森じゃない石造りの道に入る。
左右にとても大きな石柱が立ち、“入り口”って感じがした。
上は植物が密集して太陽を遮り、葉っぱの隙間から日の光が差し込み、石造りの道を照らしている。
ここで遭遇したのはウネウネ動く植物の魔物とヌチョッとした紫色の魔物だ。気持ち悪いから弓矢で射抜いた。
木の板と太いロープで作られた橋を渡り、行き着いた最奥で発見したのは大きな青い炎だ。巨大な杯の中で燃えている。
すっげーデカい杯だ。俺がディアを肩車してやっと炎に手が届く高さだ。
ディアの言ってた“青いもの”はコレか。
「とてもきれい……」
「聖火……“聖火神エルフリック”の炎か……」
「なんでここに聖火があるんだ?」
青い炎の右側には弓矢を持った女の像、左側にはグラスを持って乾杯!してる男の像がある。
ディアが静かだ。苦しそうな顔で聖火を見上げている。
トモルがふらつき、ヒカリがすぐに支えた。
「お兄様……ギュウ、したいです……」
「全身を預けていい。目を閉じて深呼吸を」
「ディア、大丈夫か?」
声を掛けても俺を見ない。息もできない顔だ。胸のあたりで服をギュッとしてる。その手に右手を重ねた。
「ティオ……」
「ディアの気づいた青いのはキレーだな。すっげぇ大きい。テメノスとミルフィーユに再会したら俺は絶対言う。ディアが教えてくれたってな」
俺の手を両手で握ってくれた。ぶるぶるした震えが伝わってくる。
「目の前が……急に真っ赤になって……胸の奥が……変なの。頭の中が、変な感じがして……わたし……何かすごく、大事なことを忘れてる……」
「テメノスに会ったら相談しよう。ここ、離れるか?」
「うん……」
ヒカリはトモルを軽々と抱き上げ、一足先に離れていく。
肩を貸すよりもアレのほうがいいかもな。
「ディア、運んでもいいか?」
まぶたを閉じて小さく頷いた。
運ぶヒカリの姿を思い出す。背中をしっかり支えて……両脚の膝裏を腕でガシッと支えて……よし、いけそうだ。
気合いを入れて慎重に抱き上げて『軽ッ!?』と思わず声が出そうになった。
「魔物は全部あたしに任せてね!」
やる気に溢れた笑顔でパチッとウインクするアグネアに『頼もしいな』と思って俺も笑った。
聖火から離れ、木板の橋を渡り、石造りの道を歩く。
「なんか……薄暗いな……」
「差し込む光が少ない。太陽が沈み始めている」
「えっ! もうすぐ日没!?」
「早すぎるだろ……!」
停泊所、ケノモの村、そしてここを探索して……2時間くらいしか経っていないはずだ。
「ティオ……ありがとう、もう歩けるから」
「……お兄様、わたしも……平気です。おろしてください」
頑張って無理してる声じゃない。顔色は良いし安心する笑顔だ。
「わかった……。だが、辛くなったらすぐに教えてくれ」
「気にせず言えよ。休憩しながらゆっくり行こうぜ」
「乗船は明日でもいいかも。急がずに行きましょう」
ディアとトモルが礼を言う。同じ声が重なって『おお、すげぇ』と感心した。
帰る途中、泣いてる女の子を発見した。
アグネアがバッと駆け、俺達も後を追い掛ける。
「うっ……うう……」
「怖かったね。もう大丈夫よ」
アグネアは良いお姉さんだな。泣いてる目がホッとした笑顔になった。
「子どもがひとりだけ……他の者は近くにいないのか?」
「誰もいませんね」
ディアもアグネアのそばでしゃがみ、女の子に「すごい頑張った。お兄さんとお姉さんが来たからもう大丈夫だよ」と声を掛ける。
怖がらせたくないから俺もしゃがんだ。
「友達とここに来たのか?」
「ううん……ひとりで……。お花、ほしくて……」
ここで摘んだ花を握っている。安心できるところに早く連れ帰らないとな。
「お! いたいた〜!!」
明るい声が飛んでくる。来たのは獣人の子だ。
背がアグネアより低くて小柄で、鳥が近くで翼をバサバサしながら飛んでる。
「人間がたくさんいる!」
ディアがこそこそと「あの鳥きれい! なんて名前の子かな?」とワクワクの声で聞いてくるから「後で話そうぜ」と返した。
歩み寄ってくるから立ち上がって迎える。
「よお! 俺はパルテティオだ!」
「こんにちは〜わたしはオーシュット! “主獣の墓所”に入ったその子を迎えに来たんだ」
「迎えか。良かったな」
「安心しました」
女の子は涙を手でゴシゴシこすり、立ち上がる。俺の後ろに隠れちまった。
「お? どうしたんだ?」
「じゅうじん……。みんな言ってたの。じゅうじんと仲良くするなって」
「え!? どうしてだべ!?」
「そっかぁ……。でも、みんないいヤツだよ?」
「………………でも」
俺の後ろにさらに隠れて、上着をギュウゥと握りしめてくる。
ディアが女の子の頭を優しく撫でた。
「わたしね、獣人の子と仲良しだよ!!」
スキップしながらオーシュットのところに行く。
ディアの言葉が気になるのか、俺の背中から少しだけ顔を覗かせた。
オーシュットにコソコソ耳打ちする。自分の名前を伝えているな。あとは『友達になりたい』か?
オーシュットが「いいよ! 友達になろう!」と返事をする。
お互いニコッと笑い合い、手を繋いだ。出会ったばかりなのにもう友達になった。
「あたしも仲良しになりたいな」
「ああ。俺も同じことを思う。あの者は優しい目をしている。話したくなった」
「私もお話、したいです」
女の子はドキドキの顔で俺の隣に並んでくれる。
オーシュットが歩み寄り、ディアは上機嫌の笑顔で俺のそばに戻る。
「ほい、ほしにくあげる」
オーシュットが干し肉を出して、女の子は目を丸くさせた。
「え……?」
「お〜! うまそうだな!」
手渡したものを女の子は受け取った。特別な宝物をもらったみたいに目を輝かせる。
「あ、ありがとう。お腹……すいてたの」
すぐに食べる。緊張していた顔がパッと明るくなり、笑ってくれた。
「お、おいしい……」
「でしょ〜? 何はともあれ、ほしにくだよね。このウマさがわかるなら仲良くやってけるよ」
「えへへ……そうかな」
そしてオーシュットは俺達にもごちそうしてくれた。
感謝の言葉をわいわい言い合って、全員でご飯を食べる。
「力がみなぎってくるぜ。ありがとさん!!」
食べ終わった後は女の子を連れ帰る。打ち解けた顔でオーシュットと手を繋いだ。
「あの量の干し肉をどこから出した?」
「オーシュットの腕輪よ。“かこう”したものは全てその腕輪に保管しておくの」
答えたのは俺達と同じ背の高さで飛ぶ“マヒナ”だ。『わたしの相棒だ!』とオーシュットが教えてくれた。
「パルテティオ! “保管輝石”だね!!」
「初めて聞きました。お兄様は知ってます?」
「前にカザンが『欲しい』と言っていたな。たくさんの物を、ここではない別の空間にしまっておける装飾品だ」
「あたし達、別のところで同じような腕輪を見せてもらったの。保管しているのは大きな斧で、すごく珍しい腕輪みたい」
「うでわ……おねえちゃんの右うでと左うでにある。きらきらしてる。きれい……」
「すげーなぁ! オーシュットはその腕輪をどこで手に入れたんだ?」
「ずっとずーっと前だよ。師匠にもらったの。右腕にはかこうしたやつ。左腕には助けてくれる子達」
「助けてくれる子達……?」
「師匠……どんなヤツなんだろうな」
気になることがたくさんある。
いきなりオーシュットが足を止めた。
「なんだろう、嫌な気配……」
「おねえちゃん……?」
トト・ハハ島の日没は早い。あっという間に夕暮れだ。
オーシュットは女の子にニカッと笑う。とても頼もしくなる笑顔だ。
「さ、夜が近いよ。おねーちゃんについといで」
「うん!」
帰り道を邪魔する魔物は、オーシュットの「いっといでー!!」の声で飛んでいったマヒナがやっつけた。
そんな感じで進んでいき、日が沈む。アグネアがランタンを出した。
「夜になっちゃったわね」
「今宵はケノモの村で宿泊だな」
「ここの道……こんな長かったっけ?」
「私も思ってました。ミルディアさんもですか……」
「……違うところに出ちまったか? 行きより帰りのほうが時間が掛かってる気がする」
「“主獣の墓所”は特別な遺跡よ。意思を持った何かがたまに道を変えるの」
「え!? そんなところにわたし達行っちゃったの!? ううう……みんなごめん! そんなところに行きたいと思っちゃって!」
「いいんだ。俺も行きたかったから」
「あたしも! 気にしないでね、ミルディアさん」
「うん……ありがとう……」
「行きたいから入ったのかぁ〜。わたしビックリした。師匠が言ってたよ。『我らでも帰れる保証はない』って」
オーシュットは足を止め、何かの匂いを嗅ぐように顔を動かした。
「くんくん、くんくんくんくん……あっちだ。どこに行けばいいか匂いで分かるから安心してね」
「嗅覚で迷わず進めるのか。素晴らしいな、オーシュットは」
「へへへ」
月明かりがオーシュットの笑顔を照らす。
その笑みが急に消え、怖いぐらい真剣な表情になる。
「な……なに……? 怖い、おねえちゃん……」
「……夜が来た」
強い風がビュービュー吹き、遠くの木々まで揺らす。ヒカリが剣をいつでも抜けるように手を添えた。
夜空をたくさんの小鳥が飛び立っていく。聞いたことねぇ鳴き声だ。
「なんだ……? 空気が変わった……」
「シマドリたちの鳴き声がいつもより騒がしいな……。みんな言ってる。“遠くへ逃げろ”……“災いがやって来る”って」
「え……? おねえちゃん、鳥の言葉、わかるの?」
「シマドリは怖がりだから。危険に敏感なんだ……誰よりね」
「教えてくれたんだな!」
オーシュットは目を閉じ、集中する。その顔に俺達も沈黙した。
「森が……鳴いてる……」
「シマドリ達は何から逃げてるの? すっごく大きい魔物かな」
「分かんねぇな」
「“災い”って言ってた。マヒナはわかる?」
「ヤな感じがする……。今は急いで帰りましょ、オーシュット」
「……うん」
「俺がこの子を抱っこする。いいか?」
「ありがとう、おにいちゃん……」
「わたしもランタンで道を照らす。走って帰ろう。オーシュットは一番前をお願い」
「魔物は俺が迅速に斬る」
「あたしも戦うね」
「お願いします……!」
オーシュットの嗅覚のおかげであっという間に遺跡を抜けた。
ケノモの村まであと少し……といったところで、村の人達が広いところに集まっている。
「な……なんだ……?」
獣人達だ。みんなが怯えた顔をしている。
「オーシュット……!」
「みんな! どうしたの!?」
「むらが……おれたちのむらが……」
「まものきた……むらこわされた……」
ディアの顔が恐怖で強張る。“すっごく大きい魔物”が村を壊した光景を想像したんだろう。
「そんな……師匠は……!?」
「ヌシさま……まものとたたかってる……!」
「……オーシュット!」
「パルテティオ!!」
俺とディアの視線がぶつかる。言葉を交わさずとも分かった。
抱えていた女の子を下ろす。
「ディア! この子を頼んだ!! 俺達でオーシュットの師匠さんを助けに行く!!」
「ああ。トモルはここに、村よりも安全な───」
「いやです!!」
トモルが一番に走った。村の方へ。
「私がお兄様を癒します!!」
「ひとりで行ったらあぶないよー!」
オーシュットも駆け、マヒナも飛翔し、ヒカリも追い掛ける。
ディアが女の子に寄り添った。
「ティオ! アグネア! 村をお願い!!」
「任せろ!!」
「分かった!」
暗い雲が月を覆い隠す。ここの明かりはディアのランタンだけだ。
離れたくない気持ちはあった。
だけど、それよりも俺は、ディアの願いを優先する。帽子を手で押さえながら全力で走った。