数日後、聖火の広場には大勢の人々が集まった。
聖火のそばには教皇が眠る棺が、広場にはたくさんの花が飾られている。その花は全て教皇の好きだった花だ。
参列者の多くが泣いている。
「我らが主よ……。
教皇イェルク様は、我らが父。聖火の如く、我らの影を照らし、導きたもうた。その御心は、後世へと語り継がれるだろう」
神父の言葉に人々は静かに嘆き悲しんでいる。
私とクリック君とミルフィーユ君は、遠く離れたところで見守っていた。
枯れ葉を踏みしめて近づく2人分の足音が────副長のクバリーと護衛の騎士がまたやって来る。
「聖火も悲しみ、揺らいでいる。教会の損失は、計り知れぬほど甚大ですな」
淡々と言う。悲しむ人々を眺める顔は無感情だ。
「副長さん……また会いましたね」
「現場を発見したテメノス殿に伺いたい。何か、お気づきになったか?」
「さてね……“さっぱり”です」
「論外ですな、テメノス殿」
副長は残念がる声で続けた。
「教皇も悲しまれるだろう。我ら聖堂機関は、教会内の独立した調査集団……。教会管轄内の治安と秩序を長く守ってきた。
一方、そこに教皇が関与するため設けられたのが異端審問官。貴殿は主を失ったわけだ。布教にでも勤しまれるがいい」
頭の芯がキンと冷える。
私は唇を吊り上げ、副長に強く微笑みかけた。
「……うるさいカラスが来たものですね。教会有力者の警護は、聖堂機関の仕事でしょう」
「そうですよ! どうして警護されてなかったんですか! 大聖堂の中には誰もいなかったんですよ!」
ミルフィーユ君の訴えに私は頷いた。
「この件、責任が重いのはあなた方では?」
副長は面白くなさそうな顔をする。
「慎めよ……教皇の犬めが」
ミルフィーユ君のほうから、ブチッと何かが切れたような音がした。すかさず私は右手で彼女の口を塞ぐ。
「では、こちらもまだ調査がありますので……」
彼女をズルズル引きずり、クリック君にも目配せする。
『書庫へ行きますよ、クリック君』……と言いたい私の眼差しに、クリック君は察してくれたのか頷いた。
ミルフィーユ君の口を塞いだまま、ズルズル引きずって副長から撤退する。
だいぶ離れ、私はミルフィーユ君を解放した。
「ウウウウウウウウウ……」
「大変ですテメノスさん。唸ってますよ……」
「クリック君が困ってますよ。そんなに怒らないでください」
「テメノス様! なんですかあの人、テメノス様のことを、テメノス様のことを……!」
「怒り心頭じゃないですか……」
「副長?でしたっけ? 私、あのひと、大っっっっっ嫌いです!!」
「はっはっはっは!!」
副長に対する嫌悪と不愉快な気持ちが、ミルフィーユ君を見ると晴れていく。
「いいですねぇ。怒りは時に、立ち上がる力にもなる」
ミルフィーユ君はやっと唸るのを止め、静かに頷いた。
聖火のもとで人々は教皇にお別れを告げている。棺は間もなく運び出されるところだ。
「ミルフィーユ君。教皇に、最後のお別れを言いに行きますか?」
「お別れは……もうたくさん、言いました。ここで、テメノス様のそばにいたいです」
「そうですか。歌います? 教皇、君の口ずさむ歌が好きだと言ってましたよ」
「……はい」
ミルフィーユ君は新調した白い頭巾を外す。
歌おうと口を開いて、力なく閉じた。涙がほろほろと流れる。
「だめです……歌いたいのに……。喉のところで全部詰まって……なんにも歌えないです……」
「いつか歌えるようになったら、聖火に捧げてくださいね」
「はい……」
「書庫に行きましょう」
全員で書庫に入る。
いつもは受付台にいる神官も、教皇にお別れを言いに行っている。
中は無人で好都合だった。
「テメノスさん……なぜケンカを売ったので?」
「事実を指摘しただけです」
「……嘘もつきましたよね。現場の見当は“さっぱり”だと」
「フフ……方便と言ってほしいですね」
にこりと微笑む。
「君のお仲間ではあるが、あの人たちは信頼していません。で、頼み事はどうなりました?」
「はい。聞き込みについてですが……。
……なぜあの晩、大聖堂内部に誰もいなかったのか。会った神官の皆さん全員、何かしらの用事があって、それぞれ大聖堂ではない別の街や村へ行っていたそうです。
それに、あの晩あの時間に外にいた人間にも、くまなく聞き込みをしましたが。怪しい者は……誰もいませんでした」
「……ふむ」
「では……どうやって聖堂機関の者たちは……」
“魔獣の報せを聞き、駆けつけた”────副長の言葉だ。誰が副長に報せを?
気になるものの、それは頭の端に寄せておく。
「……真実は、炎の中に」
自分の心に言い聞かせ、私は2人に視線を向けた。
「クリック君、ミルフィーユ君。さて、真実を導きましょうか。
あの晩、教皇を発見する前に全員で現場を確認していました。あの時に気づいた事を、いまお互いに共有しましょう」
「はい! テメノス様、ひとつあります!」
「早いですねぇ。どうぞ、ミルフィーユ君」
あの晩、彼女は『あの破片気になります!』と言っていた。
「落ちてる破片に土が付いていました」
「僕も確かに見ました。こびりついていましたよ。それに……聖窓には強力な魔除けの加護が施されているはずですよね。なぜ、聖窓を破って入って来れたんでしょう……」
「破片に土……まるで、外に落ちていたかのようだ」
「大聖堂の床、いつも掃除されててきれいなのに、土がつくなんて変ですね……」
「……破片が落ちた先に土があった」
私の言葉にクリック君はハッとした。
「テメノスさん……! もしかして、破片が落ちた先は“外”ですか……!?」
「内側から割り、外から破片を撒いた。だとしたら……魔獣の仕業ではなく、“何者か”が割ったことになる」
「わかりました! だから聖窓を破って入って来たんですね!」
ミルフィーユ君の表情が一気に曇る。
「……私、あんな大きな魔物、初めて見ました……。あんなのがここに来るなんておかしいです……」
「それならお香ですよ。現場で香炉を発見しました。ヴァルグ種を強く惹きつける“マヤケシ花”……焚いていたのはその香です。つまり、魔獣は偶然迷い込んでここに来たのではない。“おびき寄せられた”可能性が高い」
クリック君も青ざめる。
「それじゃ……事故ではなく“殺人”!?」
「……ほぼ間違いなく」
「そんな……だ、誰が……!」
「……さてね。だが、手掛かりはまだあります。現場には燭台が無造作に散らばっていました。本来、その燭台は特別な式典以外で置かれることはありません」
「大事なものですよね。どうしてそれがあそこに……?」
「まだ分かりませんが、あの祭壇を囲うように置かれていた。散らばったのは教皇が魔獣に襲われた時」
あの現場を思い出す。散らばった燭台の数は……
「……ふむ。4つですね、倒れていた燭台は。そういえば、前に教皇から聞きました。燭台の火は聖火を模している、と。聖火は4つあるんです」
「えぇっ!? ひとつじゃないんですか!?」
「はい。4つあります」
「ここにあるやつだけだと思ってました……」
「“神々は、邪神を退け……4つの聖火となり、眠りについた”
……聖典の一節を連想させます。偶然じゃない。何か意図があるに違いない」
ポケットから聖典を出す。
「テメノスさん、それは……?」
「現場にあった聖典です」
「えっ!? 持って来たんですか!」
クリック君の咎める目。
あの晩、副長が『現場から何も持たずに』と釘を刺していたから。
「この聖典は教皇のそばで、すぐには気付かれない場所に隠されてありました。おそらく、教皇が危機を察し、ここへ隠したのでしょう。何者かが真意を理解し、見つけることを願って」
「教皇様の大事なもの……」
「そう。教皇の置き土産ですから、大事にしなくてはね」
「この聖典に何が……」
表紙を開き、ぱらぱらとページをめくっていく。
「ふむ……見たところ、ただの聖典ですが……。おや? メモが挟まっていますね」
指先で拾い上げ、親指を動かしてメモを開く。
“やがて、夜迫る”────それだけ書いてあった。
「……これは……?」
クリック君が横から覗き込む。
ミルフィーユ君も気になる顔をしているものの、私の言葉を待つように立っている。
メモを聖典に戻し、パタンと閉じる。
「……わかりません。だが、必ず何かあるはず。重大な意味が……」
私は聖典をポケットに隠し、ミルフィーユ君は頭巾をかぶり、書庫を後にする。
全員が外に出たタイミングで、遠くから副長達が来た。ミルフィーユ君は無言で威嚇する。
「おや、聖堂機関の皆さん。まだ何かご用が?」
「クリック! ……新たな調査を命ずる」
ピシャリとした声で命じられ、クリック君はすかさず敬礼の姿勢で応じる。
「……はっ」
「異動先は追って知らせる。荷をまとめておけ」
クリック君はその言葉に従い、歩み始める。
私も行きましょうか、と一歩前に踏み出せば。
「……犬に用はない」と副長に吐き捨てられた。
ミルフィーユ君の怒りが一気に膨れ上がり、おとなしい表情は凶暴な顔つきへ。私はすぐに彼女の口を塞いだ。
副長と護衛の聖騎士、クリック君が立ち去った後、口を塞いでいた手を離す。
彼女は紅潮した頬でハァハァ興奮していた。
「……君、副長への怒りはどこへいったんですか」
「にかいめなのですぐおちつきました。どきどきのほうがつよくって。わたし、てめのすさまのてもだいすきです」
興奮しすぎて頭の中溶けてますね。
手をパッパッと払い、ミルフィーユ君を置いて立ち去ることにした。
「テメノス様ごめんなさいっ!! 怒る気持ちを顔に出さないようにしますからぁっ!!」
バタバタと騒がしいのが追いかけてくる。
歩くスピードを遅め、少しゆっくりと歩いた。
「ご自分の事をよく分かっている。素晴らしい心がけですよ、ミルフィーユ君。褒めてあげましょう」
「えへへぇ、うれし。……あ、あの、私頑張ります。気持ちを顔に出さないように」
「出さないんですか? これから先」
「う……は、はい。テメノス様に迷惑をかけないように」
「そうですか。寂しくなります。私はもっと見たかったのに」
横目でチラッと見る。
隣を歩くミルフィーユ君は、眉を下げて私を見つめている。
上目遣いの赤い瞳は果実の色だ。
「気に入ってるんですけどねぇ、私。君のその、気持ちが顔に出るところ」
彼女は緊張にドキドキする顔で指を組む。
「見てて楽しいですよ。これからもありのままの君を、私に見せてくださいね」
曇り空から大快晴へ。
そんな感じで、ミルフィーユ君は喜び大満開の表情になる。
彼女が何も言わなくても分かる。これはあれだ。“テメノス様大好き”の顔。
「(私も君を好ましく思っていますよ。……本人には言いませんけど)」
巡礼路を下りてフレイムチャーチへ向かう。
ミルフィーユ君は寂しそうな顔で遠くを見つめていた。
「テメノス様。私、クリックさんにさよならを言いたかったです」
「副長がいたから無理でしたね。あの場で彼に“さよなら”を言わないのは正解だった。親しげにすれば、クリック君は副長に目をつけられる」
「……だからクリックさん、一度も私達を見ないで行っちゃったんですね」
「寂しいですか?」
「はい。もっとお話し、したかったです。お礼も言いたかった……」
「……今から言いに行きましょうか」
「え?」
「さよならを言いたいのはクリック君も同じです。フレイムチャーチの出入り口で私達を待っていますよ、きっと」
「行きましょうテメノス様!!」
パッと笑顔を咲かせてミルフィーユ君は巡礼路を駆け下りていく。
「こらこら走っちゃ危ないですよーっ!」
巡礼路からフレイムチャーチへ。
思った通り、最初に出会ったところでクリック君は待っていた。
「テメノス様すごいです! クリックさんいました!!」
クリック君は、私達に気付いて笑顔になる。
「ミルフィーユさん、テメノスさんっ」
お互いに歩み寄る。
「着任早々に異動とは……短い友情でしたね」
「芽生えてませんよ、テメノスさん……」
苦笑で否定したクリック君に、ミルフィーユ君はショックを受けた顔をした。
「え、そんな……! 一緒に戦った仲間なのに……!!」
「フフ……つれないですね、クリック君は」
クリック君は指先で頬をかく。背筋を伸ばし、にこやかに微笑んだ。
「ご一緒したのは少しの間でしたが……。あなたが教皇に選ばれた理由、少しわかった気がします」
「光栄ですね、クリック君」
「テメノスさんは……これからどうされるので?」
その質問に、私は枯れ葉を踏みながら歩いていく。フレイムチャーチの出入り口へ。
足を止めて振り返れば、離れたところから見守る住民の姿が。
大聖堂のほうでも、こっちでも、観覧者がいるんだから。何が楽しいんでしょうねぇ……。
「私は……旅に、出ましょうかね」
「えっ!!??」
ミルフィーユ君と同様に観覧者も驚いた。バタバタとどこかに走っていく。
あっちの方角は……ミントさんのいる教会か。
観覧者がいなくなり、ほんの少しだけ気が楽になった。
「教皇を殺害した者を見つけなくては。……私なりに、ちょっと心当たりがあってね。ま……これが仕事なもんで」
「どうか、ご用心ください、テメノスさん。ミルフィーユさんは……」
チラッと彼女を見る。『ミルフィーユさんもテメノスさんと一緒に行くんだろうな』の顔をした。
「……ミルフィーユさんも、お元気で。それじゃあ……僕はこれで」
立ち去ろうとするクリック君に、ミルフィーユ君は慌てて歩み寄る。
「あ! 待ってください! クリックさん、あの夜の日に、私に言ってくださったこと、ありがとうございました。クリックさんの『心が痛い』……あれは、私だけじゃなくて……クリックさんの心も痛いってことですよね」
クリック君は穏やかに微笑んだ。
私もそう思いますよ。心が痛くなったから、クリック君はあんなにも君を叱ったんです。
「私……クリックさんの言葉がとても嬉しかった。ありがとう、クリックさん。怪我するようなことしてごめんなさい」
「はい、いいですよ。次は魔物の前に飛び出したらだめです」
「ふふ。テメノス様にもたくさん言われました。絶対に後ろにいます」
「約束ですよ」
「はい!」
ミルフィーユ君はカバンを探る。赤い聖火のロウソクをクリック君に手渡した。
「これは……?」
「私が作りました。クリックさんに、聖火の加護がありますように」
「ありがとうございます」
クリック君は大事そうに両手で握り、私達に一礼した後、フレイムチャーチを出発した。
「テメノス様……」
「はい。なんですか」
「私も……テメノス様の旅に、一緒に行ってもいいですか……?」
いつもよりすごく小さく見える。
手を繋いでほしいくせに、それを我慢している顔。
「おや、いつもと違いますね。君らしくない。
『私も行きますテメノス様!』じゃないんですね」
「……はい。私、知ってます。旅路に“不滅の篝火”があっても魔物は出るって。ここで……この町で、テメノス様の帰りを待ってるほうが安全で、テメノス様も安心するんじゃないかって……」
「本気でそう思ってます?」
「う……うう……ほんとうはテメノス様のそばにいたいです。でも……『私の帰りを待っててくださいね』ってテメノス様が言うなら、私、待てます! 家でちゃんと待ってます!!」
赤い目が潤んでいく。私がいない日々を想像している。
そして、その想像で寂しくなって今にも泣きそうだ。
「ミルフィーユ君」
「はい!」
「君の考えを聞かせてください。ミルフィーユ君は、どこが一番安全だと思ってます?」
「どこが一番安全……?」
「最も安全で一番安心できるところです。どこだと思いますか?」
ジィッと一心に見つめてくる。その眼差しが何よりの答えだ。
「テメノス様のところです!!」
「そう思うなら許可しますよ。ミルフィーユ君、私の旅についてきてください」
「ありがとうございますテメノス様っ!!」
ピョンと跳ねてこっちに来る。
思わず笑いそうになった時、走ってくる音が近づいてきた。
「テメノスさん!」
話を聞いて一目散に教会を飛び出してきたのか。ミントさんは“旅人の外套”を持って駆けつけてきた。
「ミントさんっ!」
「き、聞きましたよ。ここを離れるって……」
「お別れも言わず、すみません、ミントさん。ちょっと……傷心旅行に出てきます」
……なんてね、と内心で苦笑する。
ミントさんは今にも泣きそうな顔で微笑んだ。
「ふふ。あなたは、何を考えてるかわからない人。でも……きっと、正しい行いをされるはずです」
察しているのに、けして踏み込もうとはしない。
ミントさんはいつも、見えないところで皆を支えてくれていた。
「ふたりの紙芝居、聞けないのはさびしいけど……。いってらっしゃい。テメノスさん、ミルフィーユさん」
「……いってきます」
「いってきます! ミントさん!」
ミントさんは満面の笑みで、ミルフィーユ君に“旅人の外套”を渡した。
「はい、ミルフィーユさん。これ……着ていってね」
「わぁ! なんの服ですか? かっこいいです!」
「とっても良いものよ。雪の寒いところも、砂漠の熱いところも、どこへ行っても平気になるの」
「ありがとうございますっ!!」
外套に袖を通す。わくわくした顔で、全身を動かして確認する。
「どうですか? ピッタリですか?」
「ええ。かわいいわ」
「よく似合ってますよ」
ミントさんは名残惜しそうに微笑みかけてくる。
「手紙、くださいね。……よかったら」
頷き、返事をしようと口を開けば、
「はい!! 手紙いっぱい書きますね!!」
隣で元気いっぱいの声が。
そういえば、手紙をどう送るかは教えていなかった。
船に乗った後で、ゆっくり教えてあげましょう。
ミントさんと、その直後に駆けつけてきた住民・子ども達全員に盛大に見送られる。
「(必要があれば立ち寄るのに。まるで永遠の別れみたいですね)」
くすりと微笑み、私とミルフィーユ君は出発した。
まずは西大陸にいる神学者ルーチーに会うとしよう。
教皇と一緒にいた人物……この事件の重要参考人と言える。
教皇は生前、異端の動きを気にされていた。
場合によっては、ルーチーへの審問が必要そうだ。
「(あとは、よろず屋で渡された“アレ”ですね。赤いリボンで結んでいる正方形の紙)」
受け取りを拒否すると見越して、謎の差出人は赤い羽根も店主に渡していた。
私の手のひらより長い、初めて見る作り物めいた羽根。色は宝石みたいな深紅色。
見たこともないのに、それが不死鳥の羽根だと思ってしまった。
“同行している異端審問官が怪しんで受け取らなかったら”────差出人は、私のことをよく知っている。
「(……ここから先は常に警戒しなければ。ミルフィーユ君の心を守るためにも)」
春の季節に、彼女が花冠を持ってきた日を思い出す。
『もういっこ作ってきますね!』と言って飛び出して行ったミルフィーユ君を見送る教皇の頭には、彼女が贈った花冠が。
『教皇……』と何も言えない私に、
『似合うか?』と教皇は朗らかに笑う。
『テメノスよ』と私の名を呼ぶ教皇の声をよく覚えている。
『────あの娘の存在を把握している者はおぬしが思っているよりも多い。あの娘の身を助け、あの娘の心を守ってくれ』
その声を、教皇の願いを、思い出した。