8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【3話③】「副長? でしたっけ? 私、あのひと、大っっっっっ嫌いです!!」

 

 数日後、聖火の広場には大勢の人々が集まった。

 

 聖火のそばには教皇が眠る棺が、広場にはたくさんの花が飾られている。その花は全て教皇の好きだった花だ。

 参列者の多くが泣いている。

 

「我らが主よ……。

教皇イェルク様は、我らが父。聖火の如く、我らの影を照らし、導きたもうた。その御心は、後世へと語り継がれるだろう」 

 

 神父の言葉に人々は静かに嘆き悲しんでいる。

 私とクリック君とミルフィーユ君は、遠く離れたところで見守っていた。

 枯れ葉を踏みしめて近づく2人分の足音が────副長のクバリーと護衛の騎士がまたやって来る。

 

「聖火も悲しみ、揺らいでいる。教会の損失は、計り知れぬほど甚大ですな」

 

 淡々と言う。悲しむ人々を眺める顔は無感情だ。

 

「副長さん……また会いましたね」

「現場を発見したテメノス殿に伺いたい。何か、お気づきになったか?」

「さてね……“さっぱり”です」

「論外ですな、テメノス殿」

 

 副長は残念がる声で続けた。

 

「教皇も悲しまれるだろう。我ら聖堂機関は、教会内の独立した調査集団……。教会管轄内の治安と秩序を長く守ってきた。

一方、そこに教皇が関与するため設けられたのが異端審問官。貴殿は主を失ったわけだ。布教にでも勤しまれるがいい」

 

 頭の芯がキンと冷える。

 私は唇を吊り上げ、副長に強く微笑みかけた。

 

「……うるさいカラスが来たものですね。教会有力者の警護は、聖堂機関の仕事でしょう」

「そうですよ! どうして警護されてなかったんですか! 大聖堂の中には誰もいなかったんですよ!」

 

 ミルフィーユ君の訴えに私は頷いた。

 

「この件、責任が重いのはあなた方では?」

 

 副長は面白くなさそうな顔をする。

 

「慎めよ……教皇の犬めが」

 

 ミルフィーユ君のほうから、ブチッと何かが切れたような音がした。すかさず私は右手で彼女の口を塞ぐ。

 

「では、こちらもまだ調査がありますので……」

 

 彼女をズルズル引きずり、クリック君にも目配せする。

『書庫へ行きますよ、クリック君』……と言いたい私の眼差しに、クリック君は察してくれたのか頷いた。

 ミルフィーユ君の口を塞いだまま、ズルズル引きずって副長から撤退する。

 だいぶ離れ、私はミルフィーユ君を解放した。

 

「ウウウウウウウウウ……」

「大変ですテメノスさん。唸ってますよ……」

「クリック君が困ってますよ。そんなに怒らないでください」

「テメノス様! なんですかあの人、テメノス様のことを、テメノス様のことを……!」

「怒り心頭じゃないですか……」

「副長?でしたっけ? 私、あのひと、大っっっっっ嫌いです!!」

「はっはっはっは!!」

 

 副長に対する嫌悪と不愉快な気持ちが、ミルフィーユ君を見ると晴れていく。

 

「いいですねぇ。怒りは時に、立ち上がる力にもなる」

 

 ミルフィーユ君はやっと唸るのを止め、静かに頷いた。

 聖火のもとで人々は教皇にお別れを告げている。棺は間もなく運び出されるところだ。

 

「ミルフィーユ君。教皇に、最後のお別れを言いに行きますか?」

「お別れは……もうたくさん、言いました。ここで、テメノス様のそばにいたいです」

「そうですか。歌います? 教皇、君の口ずさむ歌が好きだと言ってましたよ」

「……はい」

 

 ミルフィーユ君は新調した白い頭巾を外す。

 歌おうと口を開いて、力なく閉じた。涙がほろほろと流れる。

 

「だめです……歌いたいのに……。喉のところで全部詰まって……なんにも歌えないです……」

「いつか歌えるようになったら、聖火に捧げてくださいね」

「はい……」

「書庫に行きましょう」

 

 全員で書庫に入る。

 いつもは受付台にいる神官も、教皇にお別れを言いに行っている。

 中は無人で好都合だった。

 

「テメノスさん……なぜケンカを売ったので?」

「事実を指摘しただけです」

「……嘘もつきましたよね。現場の見当は“さっぱり”だと」

「フフ……方便と言ってほしいですね」

 

 にこりと微笑む。

 

「君のお仲間ではあるが、あの人たちは信頼していません。で、頼み事はどうなりました?」

「はい。聞き込みについてですが……。

……なぜあの晩、大聖堂内部に誰もいなかったのか。会った神官の皆さん全員、何かしらの用事があって、それぞれ大聖堂ではない別の街や村へ行っていたそうです。

それに、あの晩あの時間に外にいた人間にも、くまなく聞き込みをしましたが。怪しい者は……誰もいませんでした」

「……ふむ」

「では……どうやって聖堂機関の者たちは……」

 

 “魔獣の報せを聞き、駆けつけた”────副長の言葉だ。誰が副長に報せを?

 気になるものの、それは頭の端に寄せておく。

 

「……真実は、炎の中に」

 

 自分の心に言い聞かせ、私は2人に視線を向けた。

 

「クリック君、ミルフィーユ君。さて、真実を導きましょうか。

あの晩、教皇を発見する前に全員で現場を確認していました。あの時に気づいた事を、いまお互いに共有しましょう」

「はい! テメノス様、ひとつあります!」

「早いですねぇ。どうぞ、ミルフィーユ君」

 

 あの晩、彼女は『あの破片気になります!』と言っていた。

 

「落ちてる破片に土が付いていました」

「僕も確かに見ました。こびりついていましたよ。それに……聖窓には強力な魔除けの加護が施されているはずですよね。なぜ、聖窓を破って入って来れたんでしょう……」

「破片に土……まるで、外に落ちていたかのようだ」

「大聖堂の床、いつも掃除されててきれいなのに、土がつくなんて変ですね……」

「……破片が落ちた先に土があった」

 

 私の言葉にクリック君はハッとした。

 

「テメノスさん……! もしかして、破片が落ちた先は“外”ですか……!?」

「内側から割り、外から破片を撒いた。だとしたら……魔獣の仕業ではなく、“何者か”が割ったことになる」

「わかりました! だから聖窓を破って入って来たんですね!」

 

 ミルフィーユ君の表情が一気に曇る。

 

「……私、あんな大きな魔物、初めて見ました……。あんなのがここに来るなんておかしいです……」

「それならお香ですよ。現場で香炉を発見しました。ヴァルグ種を強く惹きつける“マヤケシ花”……焚いていたのはその香です。つまり、魔獣は偶然迷い込んでここに来たのではない。“おびき寄せられた”可能性が高い」

 

 クリック君も青ざめる。

 

「それじゃ……事故ではなく“殺人”!?」

「……ほぼ間違いなく」

「そんな……だ、誰が……!」

「……さてね。だが、手掛かりはまだあります。現場には燭台が無造作に散らばっていました。本来、その燭台は特別な式典以外で置かれることはありません」

「大事なものですよね。どうしてそれがあそこに……?」

「まだ分かりませんが、あの祭壇を囲うように置かれていた。散らばったのは教皇が魔獣に襲われた時」

 

 あの現場を思い出す。散らばった燭台の数は……

 

「……ふむ。4つですね、倒れていた燭台は。そういえば、前に教皇から聞きました。燭台の火は聖火を模している、と。聖火は4つあるんです」

「えぇっ!? ひとつじゃないんですか!?」

「はい。4つあります」

「ここにあるやつだけだと思ってました……」

「“神々は、邪神を退け……4つの聖火となり、眠りについた”

……聖典の一節を連想させます。偶然じゃない。何か意図があるに違いない」

 

 ポケットから聖典を出す。

 

「テメノスさん、それは……?」

「現場にあった聖典です」

「えっ!? 持って来たんですか!」

 

 クリック君の咎める目。

 あの晩、副長が『現場から何も持たずに』と釘を刺していたから。

 

「この聖典は教皇のそばで、すぐには気付かれない場所に隠されてありました。おそらく、教皇が危機を察し、ここへ隠したのでしょう。何者かが真意を理解し、見つけることを願って」

「教皇様の大事なもの……」

「そう。教皇の置き土産ですから、大事にしなくてはね」

「この聖典に何が……」

 

 表紙を開き、ぱらぱらとページをめくっていく。

 

「ふむ……見たところ、ただの聖典ですが……。おや? メモが挟まっていますね」

 

 指先で拾い上げ、親指を動かしてメモを開く。

“やがて、夜迫る”────それだけ書いてあった。

 

「……これは……?」

 

 クリック君が横から覗き込む。

 ミルフィーユ君も気になる顔をしているものの、私の言葉を待つように立っている。

 メモを聖典に戻し、パタンと閉じる。

 

「……わかりません。だが、必ず何かあるはず。重大な意味が……」

 

 私は聖典をポケットに隠し、ミルフィーユ君は頭巾をかぶり、書庫を後にする。

 全員が外に出たタイミングで、遠くから副長達が来た。ミルフィーユ君は無言で威嚇する。

 

「おや、聖堂機関の皆さん。まだ何かご用が?」

「クリック! ……新たな調査を命ずる」

 

 ピシャリとした声で命じられ、クリック君はすかさず敬礼の姿勢で応じる。

 

「……はっ」

「異動先は追って知らせる。荷をまとめておけ」

 

 クリック君はその言葉に従い、歩み始める。

 私も行きましょうか、と一歩前に踏み出せば。

「……犬に用はない」と副長に吐き捨てられた。

 ミルフィーユ君の怒りが一気に膨れ上がり、おとなしい表情は凶暴な顔つきへ。私はすぐに彼女の口を塞いだ。

 副長と護衛の聖騎士、クリック君が立ち去った後、口を塞いでいた手を離す。

 彼女は紅潮した頬でハァハァ興奮していた。

 

「……君、副長への怒りはどこへいったんですか」

「にかいめなのですぐおちつきました。どきどきのほうがつよくって。わたし、てめのすさまのてもだいすきです」

 

 興奮しすぎて頭の中溶けてますね。

 手をパッパッと払い、ミルフィーユ君を置いて立ち去ることにした。

 

「テメノス様ごめんなさいっ!! 怒る気持ちを顔に出さないようにしますからぁっ!!」

 

 バタバタと騒がしいのが追いかけてくる。

 歩くスピードを遅め、少しゆっくりと歩いた。

 

「ご自分の事をよく分かっている。素晴らしい心がけですよ、ミルフィーユ君。褒めてあげましょう」

「えへへぇ、うれし。……あ、あの、私頑張ります。気持ちを顔に出さないように」

「出さないんですか? これから先」

「う……は、はい。テメノス様に迷惑をかけないように」

「そうですか。寂しくなります。私はもっと見たかったのに」

 

 横目でチラッと見る。

 隣を歩くミルフィーユ君は、眉を下げて私を見つめている。

 上目遣いの赤い瞳は果実の色だ。

 

「気に入ってるんですけどねぇ、私。君のその、気持ちが顔に出るところ」

 

 彼女は緊張にドキドキする顔で指を組む。

 

「見てて楽しいですよ。これからもありのままの君を、私に見せてくださいね」

 

 曇り空から大快晴へ。

 そんな感じで、ミルフィーユ君は喜び大満開の表情になる。

 彼女が何も言わなくても分かる。これはあれだ。“テメノス様大好き”の顔。

 

「(私も君を好ましく思っていますよ。……本人には言いませんけど)」

 

 巡礼路を下りてフレイムチャーチへ向かう。

 ミルフィーユ君は寂しそうな顔で遠くを見つめていた。

 

「テメノス様。私、クリックさんにさよならを言いたかったです」

「副長がいたから無理でしたね。あの場で彼に“さよなら”を言わないのは正解だった。親しげにすれば、クリック君は副長に目をつけられる」

「……だからクリックさん、一度も私達を見ないで行っちゃったんですね」

「寂しいですか?」

「はい。もっとお話し、したかったです。お礼も言いたかった……」

「……今から言いに行きましょうか」

「え?」

「さよならを言いたいのはクリック君も同じです。フレイムチャーチの出入り口で私達を待っていますよ、きっと」

「行きましょうテメノス様!!」

 

 パッと笑顔を咲かせてミルフィーユ君は巡礼路を駆け下りていく。

 

「こらこら走っちゃ危ないですよーっ!」

 

 巡礼路からフレイムチャーチへ。

 思った通り、最初に出会ったところでクリック君は待っていた。

 

「テメノス様すごいです! クリックさんいました!!」

 

 クリック君は、私達に気付いて笑顔になる。

 

「ミルフィーユさん、テメノスさんっ」

 

 お互いに歩み寄る。

 

「着任早々に異動とは……短い友情でしたね」

「芽生えてませんよ、テメノスさん……」

 

 苦笑で否定したクリック君に、ミルフィーユ君はショックを受けた顔をした。

 

「え、そんな……! 一緒に戦った仲間なのに……!!」

「フフ……つれないですね、クリック君は」

 

 クリック君は指先で頬をかく。背筋を伸ばし、にこやかに微笑んだ。

 

「ご一緒したのは少しの間でしたが……。あなたが教皇に選ばれた理由、少しわかった気がします」

「光栄ですね、クリック君」

「テメノスさんは……これからどうされるので?」

 

 その質問に、私は枯れ葉を踏みながら歩いていく。フレイムチャーチの出入り口へ。

 足を止めて振り返れば、離れたところから見守る住民の姿が。

 大聖堂のほうでも、こっちでも、観覧者がいるんだから。何が楽しいんでしょうねぇ……。

 

「私は……旅に、出ましょうかね」

「えっ!!??」

 

 ミルフィーユ君と同様に観覧者も驚いた。バタバタとどこかに走っていく。

 あっちの方角は……ミントさんのいる教会か。

 観覧者がいなくなり、ほんの少しだけ気が楽になった。

 

「教皇を殺害した者を見つけなくては。……私なりに、ちょっと心当たりがあってね。ま……これが仕事なもんで」

「どうか、ご用心ください、テメノスさん。ミルフィーユさんは……」

 

 チラッと彼女を見る。『ミルフィーユさんもテメノスさんと一緒に行くんだろうな』の顔をした。

 

「……ミルフィーユさんも、お元気で。それじゃあ……僕はこれで」

 

 立ち去ろうとするクリック君に、ミルフィーユ君は慌てて歩み寄る。

 

「あ! 待ってください! クリックさん、あの夜の日に、私に言ってくださったこと、ありがとうございました。クリックさんの『心が痛い』……あれは、私だけじゃなくて……クリックさんの心も痛いってことですよね」

 

 クリック君は穏やかに微笑んだ。

 私もそう思いますよ。心が痛くなったから、クリック君はあんなにも君を叱ったんです。

 

「私……クリックさんの言葉がとても嬉しかった。ありがとう、クリックさん。怪我するようなことしてごめんなさい」

「はい、いいですよ。次は魔物の前に飛び出したらだめです」

「ふふ。テメノス様にもたくさん言われました。絶対に後ろにいます」

「約束ですよ」

「はい!」

 

 ミルフィーユ君はカバンを探る。赤い聖火のロウソクをクリック君に手渡した。

 

「これは……?」

「私が作りました。クリックさんに、聖火の加護がありますように」

「ありがとうございます」

 

 クリック君は大事そうに両手で握り、私達に一礼した後、フレイムチャーチを出発した。

 

「テメノス様……」

「はい。なんですか」

「私も……テメノス様の旅に、一緒に行ってもいいですか……?」

 

 いつもよりすごく小さく見える。

 手を繋いでほしいくせに、それを我慢している顔。

 

「おや、いつもと違いますね。君らしくない。

『私も行きますテメノス様!』じゃないんですね」

「……はい。私、知ってます。旅路に“不滅の篝火”があっても魔物は出るって。ここで……この町で、テメノス様の帰りを待ってるほうが安全で、テメノス様も安心するんじゃないかって……」

「本気でそう思ってます?」

「う……うう……ほんとうはテメノス様のそばにいたいです。でも……『私の帰りを待っててくださいね』ってテメノス様が言うなら、私、待てます! 家でちゃんと待ってます!!」

 

 赤い目が潤んでいく。私がいない日々を想像している。

 そして、その想像で寂しくなって今にも泣きそうだ。

 

「ミルフィーユ君」

「はい!」

「君の考えを聞かせてください。ミルフィーユ君は、どこが一番安全だと思ってます?」

「どこが一番安全……?」

「最も安全で一番安心できるところです。どこだと思いますか?」

 

 ジィッと一心に見つめてくる。その眼差しが何よりの答えだ。

 

「テメノス様のところです!!」

「そう思うなら許可しますよ。ミルフィーユ君、私の旅についてきてください」

「ありがとうございますテメノス様っ!!」

 

 ピョンと跳ねてこっちに来る。

 思わず笑いそうになった時、走ってくる音が近づいてきた。

 

「テメノスさん!」

 

 話を聞いて一目散に教会を飛び出してきたのか。ミントさんは“旅人の外套”を持って駆けつけてきた。

 

「ミントさんっ!」

「き、聞きましたよ。ここを離れるって……」

「お別れも言わず、すみません、ミントさん。ちょっと……傷心旅行に出てきます」

 

 ……なんてね、と内心で苦笑する。

 ミントさんは今にも泣きそうな顔で微笑んだ。

 

「ふふ。あなたは、何を考えてるかわからない人。でも……きっと、正しい行いをされるはずです」

 

 察しているのに、けして踏み込もうとはしない。

 ミントさんはいつも、見えないところで皆を支えてくれていた。

 

「ふたりの紙芝居、聞けないのはさびしいけど……。いってらっしゃい。テメノスさん、ミルフィーユさん」

「……いってきます」

「いってきます! ミントさん!」

 

 ミントさんは満面の笑みで、ミルフィーユ君に“旅人の外套”を渡した。

 

「はい、ミルフィーユさん。これ……着ていってね」

「わぁ! なんの服ですか? かっこいいです!」

「とっても良いものよ。雪の寒いところも、砂漠の熱いところも、どこへ行っても平気になるの」

「ありがとうございますっ!!」

 

 外套に袖を通す。わくわくした顔で、全身を動かして確認する。

 

「どうですか? ピッタリですか?」

「ええ。かわいいわ」

「よく似合ってますよ」

 

 ミントさんは名残惜しそうに微笑みかけてくる。

 

「手紙、くださいね。……よかったら」

 

 頷き、返事をしようと口を開けば、

 

「はい!! 手紙いっぱい書きますね!!」

 

 隣で元気いっぱいの声が。

 そういえば、手紙をどう送るかは教えていなかった。

 船に乗った後で、ゆっくり教えてあげましょう。

 ミントさんと、その直後に駆けつけてきた住民・子ども達全員に盛大に見送られる。

 

「(必要があれば立ち寄るのに。まるで永遠の別れみたいですね)」

 

 くすりと微笑み、私とミルフィーユ君は出発した。

 

 まずは西大陸にいる神学者ルーチーに会うとしよう。

教皇と一緒にいた人物……この事件の重要参考人と言える。

 教皇は生前、異端の動きを気にされていた。

場合によっては、ルーチーへの審問が必要そうだ。

 

「(あとは、よろず屋で渡された“アレ”ですね。赤いリボンで結んでいる正方形の紙)」

 

 受け取りを拒否すると見越して、謎の差出人は赤い羽根も店主に渡していた。

 私の手のひらより長い、初めて見る作り物めいた羽根。色は宝石みたいな深紅色。

 見たこともないのに、それが不死鳥の羽根だと思ってしまった。

 “同行している異端審問官が怪しんで受け取らなかったら”────差出人は、私のことをよく知っている。

 

「(……ここから先は常に警戒しなければ。ミルフィーユ君の心を守るためにも)」

 

 春の季節に、彼女が花冠を持ってきた日を思い出す。

『もういっこ作ってきますね!』と言って飛び出して行ったミルフィーユ君を見送る教皇の頭には、彼女が贈った花冠が。

『教皇……』と何も言えない私に、

『似合うか?』と教皇は朗らかに笑う。 

『テメノスよ』と私の名を呼ぶ教皇の声をよく覚えている。

 

『────あの娘の存在を把握している者はおぬしが思っているよりも多い。あの娘の身を助け、あの娘の心を守ってくれ』

 

 その声を、教皇の願いを、思い出した。

 

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