8人の旅人と、赤い髪の娘たち   作:遠野ハネ

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【4話②】「(眠ってはなりませんよテメノス・ミストラル! 誰がこの子を守るんですか!!)」

 パチパチ、と焚き火がわずかに音を立てる。

 

「すぐ寝たな……」

 

 片膝を立てて座るアル君が微笑みながらそう呟いた。

 

「……ええ。夜11時になったら必ず眠るんです」

「安心しきった顔で寝てやがる……。お二人さん、恋人同士か?」

「そう見えますか?」

「いやぁ……見えねぇな。保護者と、外を知らない子どもって感じだ」

「正解です」

「子どもだが、町とか村にいるガキんちょ達とも違う。元気な少年少女でも知ってるぜ。悪いことしてる大人には自分から近づいちゃいけねーって」

「怒って飛び出しちゃいましたね。君に気を揉ませてしまった」

「はは。あれにはヒヤヒヤしたが……お嬢さんが持ってたランタンがいきなりビカッとまぶしくなってよ。驚きのほうが強かった」

「……いきなり輝きましたね」

 

 『なにやってるんですかぁ!!』と怒鳴った瞬間、彼女の持つランタンが一気に輝いた。盗賊がまぶしがるほどの光量に。その輝きはすぐに元の明るさに戻ったが。

 

「あのランタンはどこで買ったやつだ? 特別な精霊石でも入れてるみたいだったぜ」

「よろず屋に取り寄せてもらった普通のランタンです。2400リーフのね」

「……それなら普通のランタンだな」

「この子が持っていると、ああなるんです」

「魔物が逃げて、悪いヤツには目眩まし……驚きだな」

「私もそう思います」

 

 私は浮かべていた微笑みを引っ込める。

 その表情の変化にアル君は気づき、彼も真剣な顔つきになった。

 

「……アル君。ひとつ、君に話したいことがある。謝らなければいけないことが」

「ぜんぶ許すぜ。優しいお兄さん」

「まだ何も打ち明けていないのに」

「俺を助けてくれた方だからな」

 

 パチリ、とまた焚き火から音が聞こえる。

 ひざ枕で眠るミルフィーユ君はぐっすりだ。

 

「私と君が戦った魔物……あれは、全てこの子が引き寄せている」

「お嬢さんが呼んでんじゃないだろ……」

「……君も薄々思っているはずですよ。“このふたりと行動を共にしてから、強い魔物が多く出てくるようになった”と」

「それは……まぁ、な」

「ひとりで旅をできる君と、異端審問官である私が手を焼く魔物ばかり現れた。これは異常です。

ここで私達が君の元を去れば、君と魔物が遭遇する回数は今より少なくなる。出てくる魔物は君がひとりで倒せる魔物になる」

「まぁ……そうだな」

「この子もじきに目覚めます。君の旅路を穏やかにする為にも、私はここの焚き火でお別れをしたい」

 

 アル君は口を結び、カバンをゴソゴソして、私の目の前に包みを置いた。

 

「1500リーフと、回避増強のナッツと、新鮮なブドウが3つ入ってる。これを全部、お兄さんに渡す」

「それは不要だと」

「違う違う、お礼だ。俺にとっては安すぎる、な」

 

 アル君は外套の内ポケットを探り、地面に“獲得品”を並べた。私と共に強敵から戦い、入手したものだ。

 

「ぜんぶ宝箱に入ってるような貴重品ばかりだ。売れば高く買い取ってもらえる。お嬢さんは喜んでいたが、俺はもっと大喜びだったんだ。ほんとうにすげぇよ。お嬢さんのランタンのおかげで、俺は安全にお宝を手に入れられる」

 

 アル君はほくほくと相好を崩す。

 “獲得品”を、彼は大事そうにカバンに片付けた。

 

「朝になったら俺はひとりで自分の旅路を歩く。だから、夜明けまでは。すまないが……お兄さん達の旅路に少しだけ同行させてくれ」

「はい、喜んで」

「ありがとうな!」

 

 アル君はゴロンと横になる。布団に潜って眠るような顔つきだ。

 

「あー……なんか、安心しちまった。お兄さん、俺ぁ少し眠らせてもらう」

「はい。この子が起きたら声を掛けますから」

「悪いな……」

 

 アル君はすぐに寝た。知り合ったばかりの相手に腹を見せて眠っている。気を許しすぎですよ……。

 実を言うと、私も本当はものすごく眠かった。ひざ枕しているところがとっても温かいから。

 うと……として、スパァン!と自分の頬を叩く。

 

「(眠ってはなりませんよテメノス・ミストラル! 誰がこの子を守るんですか!!)」

 

 まばたきを許さない心でひたすら睡魔と戦う。

 私は彼女が入手した“獲得品”をハッと思い出し、カバンを探る。

 

「(ありました! これです!)」

 

 濃い緑の薬草。薬師の教本に載っていた絵、そのままの形だ。

 これこそ、薬師が目覚めの薬を調合する際に使用する。その名は“免疫の葉”だ。

 藁にも縋る思いで、私はその葉っぱを口に放り込んだ。

 

「……ぐ!」

 

 噛んだ瞬間、あまりのマズさに目がチカチカした。

 ジャリ……とした噛み応え、強烈な苦味、不快な渋み。

 睡魔は消滅したものの、それが葉っぱの効能か分からなかった。

 一口も噛めない葉っぱを口から出し、焚き火で燃やす。いい匂いがして気持ちがスッキリした。

 

 深夜1時になり、

「おはようございます!! テメノス様!!」と彼女は太陽が昇ったみたいな声を出して立ち上がる。

 アル君が「んぁ……? もう朝か?」と身体を起こす。

 

「テメノス様! ここ良い匂いがします!」

「おお。本当に良い匂いだな。目が冴えて気持ちがシャッキリしてくるぜ」

「免疫の葉を燃やしました。こうすると、いい香りがして目が覚めるんですよ」

「わぁ〜ありがとうございます! 私、この匂いで頑張れます!!」

「すげぇなお兄さんは! 異端審問官は色んなこと知ってんだな!!」

「当然です。迷える者を導く為には必要な知識ですから」

 

 私は満面の笑みで嘘をついた。

 

「出発しますか?」

「いや、それなんだが……」

「次はテメノス様が眠ってください」

 

 強い眼差しだ。アル君も頷いた。

 

「火の番ありがとうよ、お兄さん。俺が周囲に目を光らせておく」

「魔物が来たら起こします。テメノス様も寝てください!」

「……仕方ないですねぇ」

 

 拒否すればミルフィーユ君は私を押し倒す。

 前にも同じことをされたのを思い出して、私は素直に従った。

 

「少し休みます。あっちを向いて寝ますからね」

 

 ごろんと背中を向けて寝た。

 ……フリをした。

 免疫の葉の効き目が強すぎてまぶたを閉じられない。

 

「(これは……まる1日眠れませんね……)」

 

 焚き火がパチパチする音だけが聞こえる。

 私は意識して寝息を出した。わざとらしくないよう、とても小さく。

 

「……お兄さんも、あっという間に寝ちまったな」

「はい。たくさん寝てほしいです」

 

 2人は小さな声で話す。私を起こさないために。

 

「テメノス様いっぱい頑張ったから、ぐっすり寝て良い夢を見てほしいです」

「お嬢さんは良い夢見たか?」

「いいえ。ぐっすり眠れたけど、夢は全然。

毎日寝てるけど、今まで私、一度も夢を見たことがないんです。フレイムチャーチのみんなは……見た夢をたまに教えてくれるので、いいなぁって、ひそかに憧れています。私もいつか夢を見て、その見た夢をテメノス様に話したいです」

「どんな夢を見たいんだ?」

「ふふふ」

 

 楽しそうに嬉しそうに笑う。

 私分かりますよ。どうせ君は“テメノス様の夢”とか言うんでしょう?

 

「テメノス様が出る夢を見たいです」

「おお。そうか。起きている時にお兄さんがいて、寝ている時に見る夢にもお兄さんが?」

「はい。夢にも出てほしいです」

「大好きなんだな」

 

 焚き火の音だけが聞こえる。

 私分かりますよ。きっと君は、頬を染めた乙女の顔で微笑んで頷いた。

 

「……お嬢さんとお兄さんがどこを目指して旅をするか、俺は知らねぇ。もちろん聞かないし、話さなくていい。でも分かるんだ、俺は。ひとりで色んなところを旅したから」

「テメノス様と私がどこに行くか、ですか?」

「あぁ違う違う。そうじゃなくてだな。もっとこう……心で思ったことだ」

 

 見なくても想像できる。アル君がお人好しの笑みを浮かべるところを。

 

「思うんだ、俺は。お兄さんとお嬢さんの旅は絶対良いものになる、って」

 

 晴れやかな声で、キッパリと言い切った。

 

「ありがとうございます」

 

 心から感謝する声でミルフィーユ君は言う。

 私もお礼を言いたい気持ちになり、ふたりの静かな雑談を聞きながら、1時間くらい経った後で身体を起こした。“今起きました”の顔で。

 

「はぁ……よく眠れました……。アル君、ミルフィーユ君、火の番をありがとうございました……」

「テメノス様、おはようございます」

「……よく眠れたか?」

 

 アル君の微笑み顔にピンとくる。

 さては君、私が寝ていないことに気づいていましたね。私は満面の笑みを返した。

 

「はい。それはもう“ぐっすり”と! それでは夜の旅を続けましょうか」

 

 ミルフィーユ君が地面に置いていたランタンを持ち上げる。夜明けまで輝きはそのままだ。

 焚き火を消し、出発した。

 

 魔物と幾度も遭遇し、戦わずに“獲得品”を入手する。

 カバンがいっぱいになったところで夜明けが訪れ、ランタンの輝きは消えてしまった。

 ミルフィーユ君はそれを片付け、お疲れ様と労るようにカバンをポンポンする。

 

 ウィンターランド地方・東コールドケープ雪道に入る。

 景色は秋から冬に変わり、さらに進むと、冷気で景色が白んで見えた。

 多くの雪が、ふわ、と音もなく降ってくる。白い景色に看板が現れた。

 

「北へ進めばウィンターブルーム……俺の行きたいところだ」

「私達は船に乗ります。南コールドケープ雪道を進まなければ」

「アルさん、一緒に歩いてくださってありがとうございます」

「感謝しますよ、アル君」

「ああ。元気でな。それじゃ……俺は行くよ。縁があったら、また会おうな!」

 

 そしてお互い、違う道を進む。この世界は広い。もう会えないかもしれない。

 それでも私は思うんです。君がミルフィーユ君に言ってくれた言葉は、彼女の心にずっと残ると。

 アル君を思い出す度、彼女の心にアル君がきっと現れる。

 

「テメノス様、寂しいですか?」

「はい。ほんの少しだけですが。ミルフィーユ君も?」

「私はあんまりです。アルさんとまたいつか会える気がして」

「おや。自信たっぷりですね」

「はい。次に会った時にすっごく良い“獲得品”をお互いに見せ合いっこしたいです」

「それは面白そうだ」

 

 雪道を2人で歩く。

 

「テメノス様……ここの“不滅の篝火”は朝になっても燃えてるんですね……!」

「はい、ずっと燃えてます。ここは不思議と。

昼でも魔物は出ます。私は断罪の杖で戦うので、ミルフィーユ君は後ろでひたすら応援してください」

「お一人じゃ危ないですよ! 私、昨晩入手した精霊石を魔物に投げます……!」

「やめておきなさい。絶対当たりません」

「あ、当たりますよ! ……投げたことないけど」

「投げたら消えるんですよ。もったいない」

「当たらない前提で言わないでくださいよ。多分当たります。『テメノス様を助けたい』の気持ちで魔物に直撃です」

「『テメノス様大好き』の気持ちのほうが強くて私に直撃しますよ、きっと」

「え!? じゃ、じゃあ私投げません!!」

「ふふふふふふ……!」

 

 ミルフィーユ君の必死な顔に、私は思わず笑ってしまった。

 雪道を歩き、石橋を渡る。

 

「えっと……今私達がいるのは南コールドケープ雪道ですね。進んだ先には何がありますか?」

「ブライトランド地方ですね。そのまま進んで行くと、ニューデルスタ平原に入ります。雪景色ではなく、緑の多い地方になりますよ。たしか……夜になれば、その辺りで闇市が開かれる。ゆるやかな坂道をのぼっていき、進んで行けば、あっという間にニューデルスタ港の停泊所です」

「すごいですテメノス様! 地図持ってないのに!!」

「記憶していると言ったでしょう。地図は不要です」

「テメノス様の頭の地図はすごいですね!!」

 

 その笑顔が急に、どんどんしぼんでいく。

 

「……私にも、自分の地図があったらなぁ。売ってたら買いたいです」

「欲しいんですか?」

「はい。その地図を見ながらテメノス様を案内したいです。ふふふ」

 

 “地図を広げてテメノス様を案内する自分”をイメージして微笑んでいたミルフィーユ君は、元気のない顔でため息をこぼした。

 

「地図……欲しいなぁ……」

 

 そう呟いた瞬間、彼女のカバンがひとりでにバタバタ動いた。小動物が暴れているみたいに。

 

「わっ! わっ! え? えぇ!?」

 

 断罪の杖を握る私、戸惑うミルフィーユ君。

 2人とも動けない中、閉じているカバンが勝手に開く。

 バッと踊り出たのはリボンで結ばれた正方形の紙だ。

 宙に浮き、私はとっさに断罪の杖を向ける。

 ふわり……とリボンがほどけ、正方形の紙は見えないものが操っているみたいに開いていく。

 謎の紙の正体は……

 

「わぁあああああああ!! 地図だ!!」

 

 ……地図だった。ミルフィーユ君はピョンとジャンプして取ってしまう。現実離れした光景に、私は何も言えなかった。

 

「テメノス様見てください!! アルさんの地図より、すっごい地図です!!」

 

 宝物を持ってくる顔で見せに来る。

 私は突きつけた断罪の杖を下ろすしかなかった。

 

「確かにこれは……」

 

 驚くほど書き込まれた地図だった。

 全ての町や村、全ての道が克明に描かれている。

 右上の端には二匹の獅子が並ぶ絵。右下には太陽と月、小さな帆船の絵。左上にはソリスティアの名と財宝の絵。下に長方形の街の景色。

 額縁に飾られている絵画のような地図だった。

 

「テメノス様、このお家、なんでしょう」

 

 ミルフィーユ君は地図を指差した。チョン、と指先が触れた瞬間、左側に“クレストランド地方 フレイムチャーチ ─大聖堂─”と白く光る字が浮かび上がる。

 

「わっなんか文字が!」

 

 驚いて手を上げたら、光る文字はフッと消えた。

 「あれ……消えちゃった……」の声に、次は私が手を伸ばす。

 ミルフィーユ君が触ったところのすぐ下、とても小さな菱形を人差し指で触れば“クレストランド地方 フレイムチャーチ巡礼路”と出た。

 

「わぁすごい! もう一回出ました!」

 

 指を離せば光る文字がまた消えた。

 私のことをよく知る差出人が寄越してきた謎の品に、私はなんだか頭が痛くなる。

 

「……ミルフィーユ君、私にその地図を」

「はいテメノス様!」

 

 渡してくれたものを片手で受け取り、両手で持つ。

 手触りが良い。過去にもらった賞状よりも厚みがあった。

 あれだけ折りたたんでいたのに、折れ目がきれいに消えている。

 突然、地図上に“T”の文字が現れた。場所は南コールドケープ雪道。青空色に輝いている。

 指を近づければ私のフルネームがさらに浮かび上がる。

 

「……ミルフィーユ君。これ、お返しします」

 

 地図を差し出し、受け取った彼女を注意深く見る。

 楽しい玩具をもらった幼子の顔で地図を眺める彼女は「あれ?」と呟いた。

 

「テメノス様、私達のいるところにキラキラの青空色の文字が出ています」

「読んでみてください」

「“T”です。えへへ、テメノス様の“T”だ」

 

 好きすぎるが故にすぐ私に結びつける。

 これはなんの“T”でしょう?と、もう少し疑問に思ってほしいところだ。

 

「あるのは“T”だけ?」

「はい。すごくきれいな色です。きらきらしてます」

「……片付けましょうか。どこかゆっくりできる町に到着したら2人でじっくり考えましょう」

「はい!」

 

 予想が外れた。地図にミルフィーユ君の“M”が出ると思ったのに。

 彼女は地図をきれいにたたみ、カバンに片付けた。

 

「(……よく分からない地図よりも、今は魔物のことを考えましょう)」

 

 私達はまた歩き始めた。もちろん魔物は現れる。

 昨日と比べたら強くはないし遭遇回数はとても少ない。私ひとりで戦えるが……

 

「(……やはり苦しいな)」

 

 戦闘が終わり、一息つく。

 

「テメノス様、元気になるプラムです」

「ミルフィーユ君も応援をありがとう」

 

 昨日と今日で一体いくつ食べたのやら。

 もうひとり、弓を射る者や剣で戦ってくれる者がいれば……と思ってしまう。

 

「(フレイムチャーチにいる誰かに声をかけて導くべきでした。

『さあ、いらっしゃい』とか何とか言って)」

「どこかに、私達と行先が同じ旅人さんがいたらいいのになぁ」

「……そうですね。お互い助け合えば魔物が出ても安心だ」

「もし出会うなら、テメノス様はどんな旅人さんがいいですか?」

「強い方ならどなたでも。ただし、ミルフィーユさんが『この人だ』と思える方だけです」

「『この人だ』と思える……。うーん……」

「どんな方か具体的に教えてください」

 

 君のことだから、どうせ“テメノス様みたいな人”とか言うんでしょう。

 

「……それなら私は、テメノス様が安心して眠れる人がいいです」

「おや。私が、ですか……?」

「はい。私にはテメノス様がいるからいっぱい安心です。でも……テメノス様は……。アルさんみたいな人だったら、きっとテメノス様も安心するなって思いました。あ! クリックさんが良いです!」

「クリック君の前では寝られませんよ……」

「どうしてですか?」

「私の寝顔をクリック君には見せたくないからです」

「えー……」

 

 小休憩を済ませ、また歩き始めた。

 魔物が現れ、私は断罪の杖を振るう。物理的に。“聖なる光”を使わずとも撃退できるようになっていた。

 雪道をひたすら進んで行けば……

 

「テメノス様!! 誰か倒れてます!!」

 

 雪の中に男がひとり。

 行き倒れの人間と遭遇した。

 

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