TOKYOミレニアムから40代目が旅立つまでの話   作:XX(旧山川海のすけ)

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第88話 セイレーンを

 ベルフェゴールが守っていた扉を押し開け、俺は石造りの部屋に飛び込んだ。

 その部屋の中央に、緑色の衣装に身を包んだ有翼の金髪乙女がいる。

 

 ……これがセイレーンか。

 

 顔に手を当て、泣きながら悲し気な旋律の歌を歌っている。

 その歌声が耳に触れた瞬間、俺の心にざわめきが走った。

 

 まるで自我が溶け、他人の言うことに逆らうのが面倒だというような感覚……。

 

 ……これがセイレーンの歌の魔力か。

 

 塔の外で聞く分には何ともなかったが、直接聞くとこれは危険だ。

 聞き続けると、俺も労働者のように自我を封じ込まれてしまう。

 

「まずい……!」

 

 俺は耳を塞ぎ、近づけずに立ち尽くす。

 このままじゃいけないのに。

 

 ここに20代目とヘットが迫る中、時間が少ない。

 だが、セイレーンの歌に近づけば心を奪われそうだ。

 

 ……どうすればいい?

 

 そのとき、コノハナサクヤが静かに進み出た。

 彼女がセイレーンに何かを言うと、突然、歌が止んだ。

 

 俺は耳を塞ぐのをやめ、息を整えた。

 

 セイレーンがコノハナサクヤに向かって饒舌に話し始めてる。

 

「……私の恋人はペテルセンって言うの。彼は音楽家の魔界人で、夢追い人で、いつも駅前で歌ってて……」

 

 悲しみの感情はどこへ行ったのか?

 セイレーンは目を輝かせ、恋人の話を続ける。

 

「彼の音楽はスピックって言って、フォークソングにロックンロールとラップの高揚感をブレンドした彼オリジナルの歌なの。理解するにはそれらすべてを勉強しなきゃいけないの」

 

「なるほど。とても好きだったのね。それで……?」

 

 コノハナサクヤは相槌を打ち、黙って聞いている。

 

 俺は徐々に理解した。

 ……コノハナサクヤはセイレーンに恋人語りを持ち掛けたんだ。

 

 悲しみ続けるより、愛する恋人について語る方が心が軽くなり、悲しみを一時忘れられる。

 コノハナサクヤ自身、夫を昔に亡くした神だからこその発想かもしれない。

 

 ……だが、時間が気にかかる。

 20代目とヘットがここに迫っているんだ。

 

 あまり時間は無い。

 俺は邪魔にならないよう、小声で言った。

 

「コノハナサクヤ、時間が無いぞ」

 

 彼女が静かに頷き、セイレーンに微笑んだ。

 

「では、セイレーン、その素敵な恋人に魔界へ会いに行きましょう。番人をたった今排除したから、不可能ではないはずよ」

 

「……本当に?」

 

 セイレーンが信じられない、という顔をした。

 だがその顔には期待が浮かんでいて。

 

 そこにコノハナサクヤが続ける。

 

「この方と悪魔召喚契約を交わして、仲魔になればいいのよ。そしたらこの人が魔界まで連れて行ってくれるわ」

 

 セイレーンが俺を見る。

 俺は頷いた。

 

「俺はサダハル。セイレーン、お前をペテルセンに会わせる。契約してくれ」

 

 そして俺はアームターミナルのキーボードを叩き、契約同意書を呼び出した。

 空中に投影される契約同意書。

 

「さぁ、署名をしてくれ」

 

 俺の言葉にセイレーンが一瞬躊躇したが、コノハナサクヤの笑顔に背中を押され

 

「分かったわ」

 

 そう答えた。

 

 そしてセイレーンの真の名が契約同意書の署名欄に署名されたとき。

 アームターミナル内の仲魔一覧に妖鳥セイレーンの名が追加される。

 

 セイレーンとの契約が成立。

 これで、ファクトリーで労働者を洗脳する存在が居なくなったんだ。

 

 俺が部屋を出ると、廊下ではエグゼクターの戦いがほぼ終わっていた。

 6人いた粛清部隊は、残り1人にまで減り、その最後の1人もライドウのフェンリルがファイアブレスで焼き尽くしていた。

 

「の、呪われよぉぉぉっ!」

 

 最期の呪いの言葉を残し、エグゼクターが倒れる。

 ザインが拳を下ろし、息を整える。

 

 そしてライドウが俺を見て、言った。

 

「サダハル、済んだのか?」

 

「ああ。セイレーンと契約した」

 

 俺が頷くと

 

「なら脱出だ。長居する理由はない」

 

 ライドウがそう返す。

 

 ……20代目とヘットが迫る中、監視塔に留まるのは危険だ。

 

 ザインが「行くぞ」と呟き、俺たちは走り出した。

 

 ファクトリーを解放すれば、TOKYOミレニアムの衣食住に無視できないほどの影響が出るはずだ。

 次に俺たちは何をやっていくべきなのか。

 

 でも、前には絶対に進んでいるはず。

 俺はそこは疑っていなかった。




ペテルセンは多分悪魔では無いと思うんですよ。
魔界人ではないかと。

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