プロローグまたの名を導入
もはや4月に咲かなくなった桜に新緑が生い茂る5月、高校2年生となってから1ヶ月ほど経つ。
俺はなんとか進級できた生徒会副会長・馬剃天愛星と二人であいも変わらずガストで勉強会をしていた。
「17時になったし、そろそろ終わろうか。今日のまとめは何だろう?」
「ええと、文字を含む二項間漸化式は階差型か等比型に帰着させる、で合ってますか?」
ほう、なかなかに良い回答だ。天愛星さんはスポンジのように知識を吸収してくれるから、教えていて結構楽しい。
「大正解だよ、天愛星さん。それを理解してくれただけで、今日教えた甲斐があるって」
「そ、そうですか……。あ、あと下の名前で呼ばないでください!」
いつも通り、天愛星さんは強い調子で言う。
このやり取りも板についてきた。天愛星さんの反応は相変わらず面白いし。
机の上の勉強道具を片していると、突然天愛星さんがコホンと咳払いをする。
「ところで温水さん、今年のツワブキ祭での出し物は決まりましたか?」
「ツワブキ祭?まだ半年後だし、決めようとすらしてないけど……」
「いけません!文芸部は文化部なので引退は高3のツワブキ祭後ですが、それはあくまで後輩主体となるもの。受験勉強もありますし、自分たちの全力を注げるのは今年度が最後なんです!」
「うーん、確かに……」
藪から棒に何を話し始めたかと思ったが、まったくもってその通りな力説に俺は思わず顎に手を当て唸る。
次回を最高のツワブキ祭にするために、早く構想を練るに越したことはない。
「何か参考になるものを探さないとな……」
「そ、そう言えば、キリノキ高校の文化祭が次の日曜日にあるそうです。な、なので――」
なんという好都合。次の日曜日に他校の文化祭があるのなら――
「文芸部の皆を誘って行くことにしようかな」
「は?」
今にも白眼を開眼しそうな程に、目を見開く天愛星さん。マシンガンのように話し出す。
「次のツワブキ祭で私は運営の中心になるはずです。とは言っても私もまだツワブキ祭の経験は1回しかないので、自信はありません。他校の文化祭を視察し、情報収集するのは必要不可欠と言えるでしょう。ちなみに温水さんに文化祭のことを教えてあげたのは私ですから!大事なことだから二回言います。
息継ぎを忘れるほど熱く語っていたからか、顔が真っ赤な天愛星さんは肩で息をする。
どうしよう。情報過多で、天愛星さんが何を言いたいのかさっぱり分からない。
「な、なるほど?つまり、天愛星さんも生徒会メンバーで行くんだね?」
「違います!あぁーもう、なんでそうなるの!?」
天愛星さんが俺の前で大袈裟に頭を抱える。なんか申し訳なくてこちらも肩身が狭い。
打開策を模索していると、出し抜けに声が聞こえてくる。
「話しは聞かせてもらった!」
「か、会長!?なんでこんなところに!?」
声がした方を見てみると、生徒会長・放虎原ひばり先輩が腕を組んで仁王立ちしている。
どこから出てきたんだ?周りを見渡してみると、小柄な男子が近づいてきている。
「邪魔しちゃ悪いってひば姉、ってもう遅いか……。こんにちは、温水くん、馬剃さん」
「ああ、こんにちは桜井くん」
やはりというか、生徒会書記・桜井弘人であった。会長の従兄弟でもある彼は、いつも会長の世話を焼いているイメージが強い。
「まぁ良いじゃないか、弘人。我が校の生徒がファミレスで痴話喧嘩をしていたら止めるのが道理というものだよ」
「ち、ちわ、わ!?」
天愛星さん、急に愛玩動物の名前を叫ぶのは止しなさい。
「痴話喧嘩なんかじゃないですよ、会長。ほら、天愛星さんも何か言って」
「そうです!ち、痴話喧嘩なわけないじゃないですか!会長、信じてください!」
「そこまで必死に言わなくても……。まあいい、キリノキ高校の文化祭の話で揉めていたのだろう?私が一発で解決してみせよう!」
会長は自信有りげに語る。
高い身長も相まって覇気がすごい。覇王色持ちか?
「流石会長です!お願いします!」
「ああ!ではツワブキ高校生徒会長・放虎原ひばりの名において命じる!馬剃くんと温水くん、二人一緒で文化祭に行ってくるのだ!」
「「え」」
天愛星さんはまた顔を朱で染め、俺と会長の顔を交互に見比べる。
「さっきも馬剃くんが言っていたが、ツワブキ高校生徒会としてはキリノキ高校の文化祭には視察に行きたいと思っている。しかし残念ながら、今週の日曜日は私は弘人と少し用事があってだな」
「ひば姉、僕その用事知らないんだけど」
「今思いついたんだから知らなくて当然だよ、弘人」
「あー……。じゃあしょうがないね」
桜井くんは半ば諦めたような顔で頷く。ドンマイ。
「そういうわけで、君たちには我々の代理として行ってほしいんだ。駄目だろうか?」
「いえいえ、ぜひ行かせてください!私が会長の頼みを断るはずがないじゃないですか!ぬ、温水さんも、いいですよね?」
元々文芸部の皆と行く予定だったので、一向に構わん。むしろ八奈見さんと一緒だと、買い食いばかりで文化部の出し物を訪れられない可能性があったので、好都合だ。
「俺でよければ行かせてください」
「そうか、それなら良かった。ぜひ文化祭を楽しんできてくれ。感想を楽しみにしているよ」
「任せて下さい!会長の分まで頑張ります!」
机に両手を当て立ち上がった天愛星さんは興奮した様子で語る。
あれ、生徒会メンバーの中で一人忘れていた。
「あの、志喜屋先輩は誘わなくていいんですか?」
「「「…」」」
空気が凍った感覚が確かにあった。何かまずいことを言っただろうか。
唯一の味方だと思っていた桜井君ですら馬鹿を見る目でこちらを見てるので、俺が間違っていたのであろうことを察する。
こういうときの対処法は取り敢えず謝ることだ。
「あの……ごめんなさい」
「はぁ……。そういうとこですよ、温水さん」
「そういうとこだな、温水君」
「僕もそう思う……」
その言葉、俺の知らないところで流行ってるのか?
感想・評価を頂けたら幸いです。