次の日の放課後、俺と天愛星さんは日曜の勉強会と同じように二人でガストに来ていた。
タブレット端末でドリンクバーを二人分頼む。
「わざわざ時間を作ってくれてありがとう、天愛星さん。昨日も言ったけど、文化祭当日の予定を立てたくて」
「いえ。日曜日を有意義な一日にするために、計画を立てるのは必須です。私からも提案するつもりでした」
「それなら良かった」
「あ、あと下の名前で呼ばないでください!」
天愛星さんは今日も絶好調だ。
そんな天愛星さんを横目に、鞄からパンフレットを取り出す。
「それがキリノキ高校の文化祭パンフレットですか」
「うん、見やすいんだよね」
「ちょっと見せてもらいますね」
天愛星さんはパンフレットを手に取り、パラパラとめくる。
「完成度が高い……」
ネオアームストロングサ(以下略
実際、このパンフレットはかなり作り込まれている。各フロアごとに教室・出し物・概要が丁寧に書き込まれ、学校の構造を知らない人でも辿り着けるように簡潔なフロアマップもある。
天愛星さんのページをめくる手がふと止まる。
「何か気になる出し物でもあった?」
「生徒会主導の喫茶店です。結構有名なんですよ」
パンフレットを回転させ天愛星さん。指が指しているのは……
「ん?『☆の王子さま』?」
「あ、間違えました。こっちです、こっち」
少し恥ずかしそうに、天愛星さんは指を横にスライドさせる。
『生徒会にもお茶はある!』か。
学校にちなんだメニューが売りらしい。文化祭に来た受験生への宣伝も兼ねているのだろう。
「良いと思うよ。候補1ね」
「ありがとうございます。あ、あとやっぱり『☆の王子さま』にも行きたいんですけど……」
嫌な予感しかしないんだが。
「今間違えたやつだよね」
「はい。有名童話『星の王子さま』の演劇をやるそうです。なんというか、こう、私の心がどうしても惹かれるというか。とにかく行きたいんです!」
「さ、採用で……」
そう訴える天愛星さんの輝く目に思わず気圧される。
文化祭、星の王子さま、ガガガ文庫……まさかな。
「温水さんは何か気になるものありますか?」
「キリノキ高校の文芸部とか一般向け後夜祭とか……。あ、タロット占いがある!」
「へー。腐っても男子なんですね、温水さんって」
ん?"腐っても"?
「もしかして俺のこと女子だと思ってる?」
「いつも女子ばかりと接してるくせに、浮いた話の一つもないじゃないですか。あっちに興味があるのかとすら思えます。いえ、私としては一向に構わないのですけど」
「ヒッ……」
愚腐腐とねっとりとした顔で笑う天愛星さん。
近頃は腐女子がブームだからって、自分で捗られたら流石に背筋が凍る。
「それより温水さん、そろそろドリンクバー取りに行きません?」
「俺が行くよ。何が良い?」
「いいんですか?じゃあ、爽健美茶で」
席を立ち、ドリンクバーへと向かう。
昼食には遅く夕食には早い時間だからか、ドリンクバーには1人しか並んでいない。
制服からしてツワブキ生だろう。両手にコップを持ち、片方を飲んでいる間にもう片方にジュースを注いでいる。飲み終えたかと思えば、さっきまで注いでいた方を飲み始めまた注ぐ。まさに永久機関だ。
……既視感しかないんだが。全く同じ場面をカラオケで見たぞ。
「もしかして八奈見さん?」
「ハッ!?バレた!?」
凄まじい速度で振り向く八奈見さん。
ジュースが溢れる……かと思ったが、既に空だった。いつの間に飲んだんだよ。
「ぬ、温水くんじゃん!ぐ、偶然だね〜」
「いやいや。『バレた!?』って言ってたでしょ」
「ぐっ、無駄に鋭い!?」
無駄は余計だぞ、無駄は。
八奈見をジト目で見ていると、後ろから聞き馴染みのある声がする。
「八奈ちゃーん、やっぱり私もコーラ飲みたいな……って、ぬっくんじゃん!」
「焼塩?」
焼塩が片手を腰に当て、コップを片手に立っている。
「いや〜、まさか適当に入ったファミレスに、たまたま温水くんがいるとは、ね?檸檬ちゃん」
「ん?私たち、ぬっくんの監視してたんでしょ?同じガストにいるなんて当たり前じゃん」
「監視?」
「ちょっと檸檬ちゃん!それシー!」
「あっ!」
目を大きく開け動揺をあらわにする焼塩に、八奈見は人差し指を立てる。
監視?八奈見たちが、俺を?
「ッ!?」
瞬間、背後から視線を感じる。
振り返ると、席の背もたれに隠れながらこちらを睨むボサボサ髪の女子がいる。
俺が睨み返しているのに気づくと、こちらに向かってダッシュしてくる。
「危な!……小鞠もいたのか」
「し、死ね!」
「理不尽だ」
不幸体質な某特異点に思いを馳せつつ、頭突きしてきた小鞠を宥める。
「もしかして皆で俺の監視とやらをしに来たのか?」
「バレてしまってはしょうがない……。その通りだよ、温水くん」
胸を張って八奈見が言い切る。
別に自信満々に言えば許されるなんてことはないけどな。
「わ、私たちから、質問したいことがあ、ある」
小鞠は俺の裾を掴み、こちらを見上げてくる。
「分かった。けど、一旦席に戻っていいか?ドリンク片手に立ち話は疲れるだろ」
「か、構わない」
無事許可を得た俺は、天愛星さんの座る席へと戻る。
天愛星さんは前屈みになって単語帳とにらめっこをしている。
「ありがとうございます。それにしても遅かったですね」
「ごめんごめん。ドリンクバーが混んでて」
当たり障りのない返事をしながら、俺はノートにメモを書く。
天愛星さんはメモ書きを一瞥すると、
「『会話は文芸部女子に聞かれている』って、また勝手に呼んだんですか!?」
迷わず読み上げた。
まぁチェンソーマンを読んでない人ならそうするか。
「貴方という人は……。カラオケのときに続いて2回目ですよ!?」
「しっ!まず俺は呼んでないし、大きい声を出したら聞かれる!」
「し、失礼しました……って、温水さんも大声だしてるじゃないですか!」
勘の良いガキはなんとやら。
「とにかくここから早く出ないと。好き勝手に盗聴される趣味は俺にはないからね。天愛星さんは?」
「あるわけないじゃないですか。あと下の名前で呼ばないでください!」
「だから静かにしてってば」
恥ずかしそうに下を向く天愛星さん。
俺はスマホを取り出し、PayPayでテーブル決済を済ます。
「じゃあ出ようか」
「あの、私お金払ってないんですけど」
「わりか……わり……俺に奢らせてよ」
「めちゃくちゃ葛藤してるじゃないですか」
バレたか。佳樹のできる男講座で『男女の外食は男が奢るとかっこいい』と習ったが、実際にやろうとすると勇気がいるな。
俺の態度を見たからか、天愛星さんは財布を取り出す。
「はい、ドリンクバー代250円です。私の前で無理に格好つけなくていいんですよ?」
「……かたじけない」
何だか視界がぼやけてきた気がする。気の所為だけど。
小銭を握りしめ涙が溢れないよう上を見上げる俺を、天愛星さんが半分呆れ顔で見る。
「早くお店を出るんでしょう?」
「あ、うん。いい?しれっと、しれーっと店を出るんだ。あと、決して後ろを振り返ってはいけない」
「どうしてですか?」
「小鞠には視線を検知する能力があるんだ」
「真面目に聞いてた私が馬鹿でした」
「いや、本当だって」
ちなみに俺にもある。陰キャの必修事項だ。
二人で席を立ち、自動ドアに向かって歩みを進める。
ドアまであと5m、4、3、2、1……
「無事出れましたね」
「うん。ミッションクリアだ」
緊張が緩和したことによる一瞬の安堵、それが慢心へとつながる。
俺は、店の中を確かめようと振り返ってしまったのだ。
「あっ」
小鞠と完全に目が合う。
「っ!天愛星さん!走るよ!」
「だから下の名前で呼ばな――ちょっ!?」
天愛星さんの手を取る。走る。走る。
約2分後。小鞠をおぶった焼塩はスタートを切った。
食事中の八奈見を置いて。