ようこそ俺の実力至上主義のまちがった青春がある教室へ   作:ゆっくりblue1

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第十話


いざこざは面倒事を連鎖させる。

白い空間の中に俺は居た。何も見えず何も聞こえない。ただ何も無い空間が広がっているだけ。これは夢だと気づくのにそう掛からなかった。

 

明晰夢、夢を見ている状態を夢であると認識した状態で見る夢の事。まさか自分が見るとは思ってなかったが。そう考えていると、急に自分の姿が目の前に映った。鏡が出て来たのか……?

 

すると自分の姿が高校生の体格から小さくなっていく。そして止まった姿は小学生の3、4年ぐらいの身長の自分。着ていた服も高度育成高等学校の制服では無く、まるで患者服の様な白い服。

 

そして昔の自分の表情を見ると、思わずゾッとする様な無表情。まるで機械の様な眼だった。何だ?俺の昔ってこんな感じだったか?もうちょい感情らしい感情はあったと思うぞ。そう思っていると、小さくなった俺?が口を開いた。

 

『何でお前は幸せに暮らせているんだ?』

 

は?……一体如何言う事だよ。

 

『忘れているのか?何もかも"俺"に押し付けて……』

 

意味分からん。昔の自分に何かを押し付けた覚えは無いぞ。すると、小さい俺?は何処か悲しげな色を瞳に宿して言った。

 

『……早く気付けよ。でないと、あの(部屋)に逆戻りだ。働きたくねえとか言ってられなくなる。今あるものも全て喪うぞ』

 

あの部屋……?意味が解らず困惑している中、小さい俺?が続ける。

 

『折角気付く手掛かりが二人もいるんだ。早く気付け。割と自由に生きられる今の内に……』

 

そう言った瞬間に目の前が歪んで、誰かに呼ばれ、意識が引き寄せられるように感覚が浮上する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーまん君ーーーーちまん君……八幡君」

 

そして瞼越しの日差しと自分を優しく呼ぶ声に意識が覚醒して眼をゆっくりと開ける。すると、目の前に名前を呼んだ主、椎名ひよりが覗き込む様に俺を見ていた。

 

「……椎名?」

 

椎名が居ることに一瞬混乱するが、椎名がこの部屋で生活を送ると言った昨日の記憶を思い出した。そして椎名が心配そうに聞いてきた。

 

「……大丈夫ですか?八幡君。魘されていた様でしたけれど」

 

如何やら椎名は魘されていた俺を見て心配していたらしい。その原因は覚えている。けれど俺はこれ以上心配を掛けるのも憚られて平然としながら言う。

 

「…大丈夫だ。心配掛けて悪いな」

 

そう言うと俺はベッドから起き上がる。それにしてもいつの間にか寝てたんだな俺。午前3時まで起きてた記憶は有るんだが、寝ていたようだ。まあでも、椎名と一緒にベッドに入ったから緊張で眠れなかったが流石に脳が強制終了してしまったのかも知れない。

 

椎名に心配されつつも今日も学校があるので行かなければならない。義務感で学校に行く俺って社畜予備軍なのでは?pt制が無ければもっと楽なのに。嫌いな数学も真面目に受けなければいけないし、この学校って実は社畜育成高等学校って名前じゃないの?そう脳内で繰り広げながらも顔を洗い、制服に着替えて椎名が用意してくれた朝食を一緒に食べる。すると、椎名が珍しく食事中に話しかけてきた。

 

「八幡君。備え付けのレンジの調子が良くないので新しいレンジを買っても良いですか?」

 

「ん、良いぞ。適当にネットで購入してくれ。金は払うから」

 

「すみません、出来れば家電量販店にレンジを見に行きたいので付き添っていただきたいです」

 

「……何で直接見に行きたいんだ?」

 

そう聞けば、椎名は顔を赤らめる。え、何?どんな理由なの?と椎名の様子に困惑しているとゆっくりと椎名は口を開いた。

 

「……八幡君とお出かけをしてみたいと思ったからです……」

 

「………」

 

……えー、何?天使かな?この子。理由が可愛すぎる。まじヒヨリエルだわー、まじっべーわ。何かチャラい奴が乗り移ったわ。そんな事を思い浮かべて熱くなった顔を冷ます様にすると、俺は落ち着いて言った。

 

「…しょ、そうか。じゃ、じゃあ今度の週末に、行く、か?」

 

前言撤回。全く落ち着けないわ。破壊力が強過ぎて言葉が電波の良くないラジオみたいになる。そう言うと椎名は顔を綻ばせて頷いた。

 

そんなこんなで朝食を食べる間に色々有りつつも、俺達は朝食を食べ終えて椎名が作ってくれた弁当を鞄に入れて一緒に登校する。

 

登校していると、エントランスを出る辺りで松下に遭遇した。松下は俺達の事を見つけると近寄ってきた。

 

「おはようお二人さん。相変わらず仲が良いね」

 

「おはようございます松下さん」

 

「うっす。今日はあのグループとは登校しないんだな」

 

「うん、少し気分を変えて、ね。……折角だから一緒に行っていい?」

 

「…えー、そ「はいっ、是非。一緒に行きましょう」…」

 

俺の言葉は椎名の楽しそうな声によって遮られて、松下が椎名と楽しそうに話し始める。正直なところ、ただでさえ椎名と一緒にいることで視線が痛いのに松下に挟まれる形になったら更に視線が痛くなる。といっても一度出た解は誤解であっても解は解。今更前言撤回して空気を変にする程俺は神経図太くないので、黙って一緒に行く事となる。

 

「あらあら、珍しく大所帯の様ですね?比企谷君」

 

今日の弁当は何だろn「無視されると悲しくて椎名さんとの事をうっかり言っちゃいそうですねぇ」俺は振り向いて言う。

 

「おはよう。坂柳に神室」

 

「ふふふ、はい。おはようございます」

 

「……はよ。比企谷、坂柳に弱過ぎない?」

 

この世には絶対に敵わない相手が居るってことよ。そんな事を思いながらも椎名と松下も坂柳達に挨拶すると、坂柳達も一緒に登校することになった。反抗なんてしようものならば俺如きは一瞬で潰されるので最初からしない。人がどんどん多くなっていく中で視線が増えて胃が痛い思いをしつつも登校して、昇降口に着き、椎名と坂柳達と別れて同じクラスの松下と教室に向かう。

 

そして教室に着いて視線が俺と松下に一瞬集まって殆どが霧散する。しかし、霧散せずに視線を向け続ける奴が数人。

 

そのうちの一人、クラスのマドンナ的な存在である櫛田桔梗が近寄ってきた。松下はそんな櫛田を一瞥して先に席に向かった。

 

「比企谷君、ちょっと良いかな?昨日のことなんだけど……」

 

そう言ってちらりと須藤不在の席を一瞬見て、不安に懇願するかの如く続ける。

 

「須藤君の事を助けてあげて欲しいの。勿論、無理にとは言わないから。それに協力してくれたらお礼もするし」

 

お礼、ね。普通はクラスのマドンナからお願いされたら二つ返事でオーケーするだろう。然もお礼付きだったら尚更。でも俺は普通じゃない。異常って意味じゃないよ?特殊、英語で言えばスペシャルだ。

 

「……悪いが断る。面倒事は嫌だからな。それに今回は須藤自身が加害者だ。彼奴が反省しないと意味が無い」

 

「須藤君は濡れ衣を着せられたの。あからさまに挑発されて、それで……」

 

尚も頼み込んでくる櫛田に俺はこう言い返す。

 

「……あからさまに挑発されて殴った須藤も須藤だろ。殴った事実は変わらない。殴った事実が最初から無いなら話は別(・・・・・・・・・・・・・・・・・)だけどな」

 

挑発されたから、悪口を言われたからやり返す。それは大義名分にはなるかと言われたらそれは否だ。やられた方がやり返す。それは最初に仕掛けた側が余程の事をしていない限りはやり返せばどんな形であれ少なからず批判を受ける。

 

櫛田もそれを理解しているのか、押し黙る。そんな櫛田と俺のやり取りをクラスが注目する。櫛田に冷たい返事をする俺に批判的な視線を浴びせる奴も居れば、俺に同意見なのか、頷いて見てくる奴も居る。自分には関係無いと思っている奴は何時も通りに過ごしているが。批判的な視線には慣れているので俺は気にせず自分の席に座る。

 

「…朝からお疲れ様」

 

松下が苦笑しながら言うので、俺は肩を竦めながら溜息を吐いて言う。

 

「……ボッチに期待寄せられても困るんだがな」

 

そう言うと松下はこう言った。

 

「でもヒント、あげてたじゃない。何だかんだ優しいよね。比企谷君って」

 

「……別にそんなつもりはねえよ。彼奴らの事なんだ。自力で如何にかするだろ……多分、知らんけど」

 

本当にそんなつもりは無いのだ。ただ面倒臭いから適当に言ったに過ぎない。これをどう捉えるかは……俺はそう思って何やら考え込む様な表情で居る堀北と、その様子を相変わらず無機質な眼で見詰めている綾小路に視線を一瞬向けて、直ぐに授業の準備を進めた。

 

俺がなんだかんだ答えている理由は椎名と親しいと認識しているクラスメイトに敵として認識されないようにするため。何人かにCクラスのスパイだって疑われている節があるからだ。なら全面的に協力すれば良いではないかと言われればそうなのだが、俺がAクラスに興味がない奴と認識している綾小路と堀北が居るので返って疑われてしまう可能性があるからそれも出来ない。

 

後正直な話、あの強化外骨格装備の櫛田と話し続けてたら変なこと口走りそうで怖かったから会話を切り上げたかったってのもある。何あの仮面、普通に完璧過ぎて怖い。男の理想像を体現している様な完璧さだ。中学の時の俺なら本気で告白して振られてたな。振られちゃうのかよ。

 

しかし、そんな期待を捨てて現実を直視した俺には胡散臭く見える。完璧さから出るあの歪さ、仮面の向こう側には一体何があるのやら。薮を突けば蛇が出そうなので、首を突っ込む気はないが、爆発だけはしないで欲しいものだ。

 

 

 

 

 

そして何事もなく授業を受けて、昼休みになった時、弁当を持って図書室の外の階段に行っていると前から堀北生徒会長と背の低い女子生徒が歩いてきた。俺は話し掛けられないようにステルスヒッキーを全開にしようとした時に話し掛けられた。

 

「比企谷、少し話がある」

 

「……何ですか?これから昼飯なんで手短にお願いしたいんですが」

 

話し掛けられてしまったので反応しない訳にはいかない。そんな歳上に対して余り礼儀のなっていない反応をしてしまった所為か、隣の女子生徒(おそらく先輩?)が一瞬眉をひそめるが、当の本人は気にした様子は特に無く続ける。

 

「お前達のクラスとCクラスの生徒が騒動を起こした事は知っているな?」

 

「…まぁ、知ってますけど。それが何です?」

 

「お前にはその騒動を取り扱う裁判に参加して貰いたい」

 

その言葉に面倒臭いと思いつつ何故なのか聞く。正直なところ面倒臭い上に俺には関係無いし、綾小路も居るから俺とか絶対要らんでしょ。居たところで何の役にも立たんし、ボーっと突っ立ってるだけだ。

 

そう思っていると何処かから見られているような感じがした。ぼっち特有の自意識過剰かとも思ったが、気の所為か……?

 

「俺とか絶対必要無いと思いますけど。然も、俺この騒動に関係無いですし」

 

「確かにお前には関係無いし、居たところで大して何も変わらん」

 

ちょっと?居たところで大して何も変わらないって言葉を言う必要なくない?中学の体育祭で先生と組んで行う組体操ばりに必要無いよね。余ったからって無理矢理参加させる必要無いと思うんだよ。あれ、かなり恥ずかしいし。『彼奴友達居ねえんだ(笑)』とか言ったの聞こえてるからな?笑った新垣は許さん。

 

「お前に頼みたいのは生徒会とは違う第三者、つまり傍聴人になってもらいたい。DクラスやCクラスの味方はしなくても良い」

 

「……傍聴人になったとして意味があるんですか?」

 

確かに裁判に傍聴人は居るが、これはたかが学校で起きた騒動だ。傍聴人を付ける必要があるとは思えないし、この厳格な生徒会長が公平なジャッジを下さない訳がない。すると生徒会長は頷く。

 

「俺はお前を生徒会に誘うつもりでいるからな」

 

「会長!?」

 

その予想だにしなかった言葉に先輩が驚いた。俺も驚いたが、そもそも俺に生徒会というものは向いていない。て言うか一年で色々この学校のシステムにも振り回されてんのに更に生徒会とか絶対に嫌だ。俺はなるべく楽に生きていきたいし、働きたくないのだ。

 

「生徒会に入る気は無いので御断りしますよ。働きたくないんで」

 

「しかも即答で断った!?生徒会長自らの勧誘ですよ!?」

 

俺の言葉に結構なリアクションを取る先輩。何か癒される気がする。何かこの先輩、子犬っぽいな。尻尾あったら似合いそう。この殺伐とした学校の清涼剤かもしれない。名前は聞いてないし、癒し先輩って呼ぼう。俺が密かに癒されていると生徒会長は特に変わった様子は無く、そうか。と言った。

 

「……入りたくなったら言え。捻じ込んで入れてやる。ではな、比企谷」

 

そう言って去っていく生徒会長を慌てて追いかける先輩。俺はその背中を見つめて、図書室の外の階段に向かった。

 

 

そして昼休みが無事に過ぎていき、午後の授業開始五分前になった所で俺は教室に向かっていた。

 

「おや、君は確か比企谷八幡だったか?」

 

その途中で予想だにしなかった相手であり、出会いたくない人、鬼龍院先輩に出会ってしまった。そのままスルーしてくれないかなーと思いながらも玩具を見つけた子供の様な表情を見せて近付いてくる。

 

「すいません。授業があるんでこの辺で」

 

「何、時間は取らせない。この前交換し損ねた連絡先の交換を済ませるだけだ」

 

そう言って携帯を取り出す。断ったのに聞く耳を持たない様子は正に我を通す自由人。本当に高円寺に性格似過ぎでしょ。といってもこの人と交換したらヤバいとアホ毛センサーが敏感に反応している。どうでも良いけど敏感に反応って言葉ちょっとエロく聴こえるよね。

 

「…ちょっとアレがアレなんで「特に問題無いようだな」……っす」

 

俺の最強の御断り文句を一蹴して有無を言わせない様子で交換させられ、アドレス帳に鬼龍院先輩の名前が増えてしまった。あの眼力には勝てなかった。適当に誤魔化したら如何なるか分かってるだろ?っていうやつだったからな。………はぁ、小町よ。俺の寿命縮んだかも知れん。そう此処に居ない愛しの妹に思い馳せてると鬼龍院先輩は心底愉しそうな顔で言った。

 

「ではまたな。今度はゆっくりお茶でもしようじゃないか。比企谷」

 

そう言って俺の肩を軽く叩いて颯爽とその場を後にしていった鬼龍院先輩。俺は呆然としながら見送った。……本当俺に関わってくる人達って推し強くない?若干引くまであるんだが……

 

そう思って溜息を吐いて今度こそ教室に向かうのだった。

 

 

そして通常通りに授業を受け終えて放課後になり、帰ろうと準備をしていざ帰ろうとすれば俺の目の前には今度は平田が居た。お前みたいな人気者がこっちに来たら目立つから辞めて欲しいんだがな。そう思いつつも要件を聞いた。

 

「何か用か?」

 

「うん。比企谷君、やっぱり協力してくれないのかい?須藤君のこと」

 

「……俺は巻き込まれたくないんだよ。そしてもう一回言うが須藤が反省しないと意味がないだろ」

 

須藤がもうちょっと気が短くなければ取れる手があると思うが、この前のHRで。

 

『もし、目撃した人がいるなら助けてあげて欲しい』

 

って平田が教卓に立って言って誰も名乗り出なかったら。

 

『ケッ、役立たずしか居ねえのかよッ!』

 

と言ってたからな。正直なところ今助けたとしても俺では意味がないだろうし、あの荒さを何とかしなければ何度も繰り返すだろう。

 

そう思っていると松下が俺に言った。

 

「ねえ、比企谷君」

 

「…如何した?」

 

俺が聞けば指で件の須藤の方を軽く指す。それに従って綾小路や櫛田と如何するか話している須藤の方を見る。何だと思って見ていると、須藤の視線が何度か帰りの準備をして帰ろうとしている堀北の方へ向いていることが分かった。それも落ち着かない様子だ。……まさか、彼奴堀北に…?そう思って松下を見ると耳元に近付いて来て話し掛けてくる。って近い近い。

 

「あの須藤君の堀北さんへの視線。多分だけど、堀北さんの事好きなんだと思うよ」

 

「……如何もそうっぽいな。あの視線的に」

 

正直、あの妙なソワソワした視線は俺の中学の頃に折本に向けていたであろう視線と同じなのだ。え、此奴俺のこと好きなんじゃね?っていう期待の視線。て言っても優しくされたなら兎も角堀北って須藤に対して嫌ってなかったか?コメントも辛辣だし、並みのやつだったらあの言葉にやられると思うけど。

 

恐らく好意を寄せるきっかけは多分、中間テストでの堀北の行動だろう。最終的に須藤を助けたのは堀北ってことになっているし。最初は嫌ってたけど最終的に助けられて多分堕ちたんだろうなぁ。堀北にはそんなつもり一切ないだろうけれど。

 

そう思って平田にこう言う。

 

「……兎も角、俺に頼るよりももっと頼りやすい堀北が居るからそっちに言ってこい」

 

「………分かったよ。ごめんね、時間を取らせて」

 

残念そうに言って平田はその場から離れて行った。何でぼっちに頼ろうとすんのかね?リア充よろしくのコミュ力とかを上手く使えば良いのに。俺と違って人望あるんだし。そういえば堀北もぼっちだったわ。それにしても平田は何か焦っているように思える。クラス第一の思想はこの状況がもの凄くまずいらしいな。

 

そう考えながらも俺は準備を済ませて帰ろうと教室を出ていく。ふと、メールを確認すると椎名が醤油切らしていたので買ってきてくださいとメールが来ていたので適当に了承の返事を送ると、不意に後ろの肩辺りから声がかかる。

 

「椎名さんからのメール?」

 

「うぉ!?びっくりした……何か用か?松下。後、近いから離れてくれ」

 

変な声が出て声をかけてきた松下にそう言うと、松下は俺の反応を笑いながら、ごめんごめんと軽く言った。後ろから気配がするのは分かってたけど肩まで来るとは思わんかった。本当に無用意に接近してくんのは辞めて欲しい。良い匂いでぼっちのATフィールド的にアウトだから。

 

「用って言うか、比企谷君と帰ろうかなぁって」

 

「……何で?」

 

松下と一緒に下校は今までなかったから呆気に取られてそう聞くと、松下はこう返してきた。

 

「んー、何て言うかな。強いて言えば、気分?」

 

「……猫かよ。気分で俺と帰ろうと思うか?中学の頃に家までの道が同じで一緒に帰ろうって言われていざ帰ろうとしたら、隣の席の奴と即刻帰られたことあったからな」

 

そう自虐ランキングとトラウマランキング両方上位のエピソードを言う。置いてかれた時の気分は何とも言い難かった。後日聞いたら、はぁ?自意識過剰過ぎ、ナル谷かよ。って言われてナル谷って言う新たな名前がその時に刻まれたからな。じゃああの時何で俺の顔を一瞬見たの?後、自意識過剰とナルシスト関係無えだろ。別に自分の事を誇示してないし。それを聞いた松下は少し呆れた顔になった。

 

「そういう自虐エピソードはいいから。比企谷君に聞いておきたい事があったの」

 

聞きたい事?と怪訝に思って松下が口を開けた時、前方からある生徒が声をかけてきた。

 

「…あ、君は」

 

そう言って俺の事を見てきた生徒はストロベリーブロンズ色の長髪で櫛田かそれ以上のスタイルの持ち主の女の子。その顔には見覚えがあった。

 

「Dクラスの比企谷君だったよね。こんにちは。松下さんも」

 

「おぉ……うす」

 

「こんにちは、一之瀬さん」

 

どうやら多少面識のある松下の言葉で名前を思い出した。そうだ、確かBクラスだったな。……一体何の様だ?て言うか何で俺の名前を知ってる?そう思っていると、一之瀬が口を開けた。

 

「あはは、怪訝そうだね。Dクラスの茶柱先生に呼び出された時に星之宮先生が言ってたんだ。Dクラスに面白そうな生徒が二人居るって」

 

……ああ、あの強化外骨格持ちの先生か。そう思えばBクラスの担任だっけかあの先生。て言うか面白いって何だよ。眼か?この眼の事を言ってんのか?そう考えている時松下が聞いた。

 

「それで、一之瀬さんは如何したの?」

 

そう聞かれた一之瀬は何やら真剣そうな顔になってこう言った。

 

「聞きたい事と言いたい事があって。……偶々通りがかって聞こえたんだけど、比企谷君って堀北生徒会長に勧誘されてたよね?」

 

如何やら一之瀬があの場面に遭遇していたらしい。視線を感じるなと思っていたが一之瀬のものだったか。松下は少し驚いた様子で俺を見て、一之瀬の問いに俺は頷く。

 

「…それが如何かしたのか?」

 

「…実は私、生徒会に入りたくて堀北生徒会長と面接して、落とされたんだけど、比企谷君は勧誘されてたから。その、秘訣って言うのかなぁ?如何すれば良いのかを聞きたくてね」

 

何で自分が落ちて此奴が、的な事を言いにきたわけではないらしく一之瀬は生徒会に入りたいと言って俺に秘訣を聞きに来た。と言っても話す限りでは俺よりよっぽどコミュ力が高い。この時点で俺より此奴を勧誘すれば良いのでは?と思うほどだが、生徒会に入れなかったらしい。生徒会の合否の基準が判らん。

 

「…悪いが、特に何をしたって訳じゃないから何も言えない。俺に聞くよりも現職に着いてる人に聞いた方が良いぞ」

 

そう言うと、一之瀬は納得した様子で頷くと話題が次に移った。

 

「うん、そうするよ。アドバイスありがとうね。それで、次に言いたい事なんだけど、比企谷君達Dクラスは龍園君達Cクラスと打つかりあってるよね。困ってる様だったら力を貸すつもりだけど、どう?」

 

……如何って言われてもな。Bクラスが協力を申し出てきた、それは困っているDクラスの立場からすれば予想外の申し出で、強い味方になると言う事を言っている事になるが。それに一之瀬は龍園と面識がある様子。俺は表情を変えずに聞く。

 

「……如何してDクラスに?Cクラスの味方でもいいと思うが。それにBクラスにとって大したメリットも無いと思うぞ?」

 

突然差し伸べられた手や目の前に出てきた御馳走が何も無いなんて事は有り得ない。百パーセントの善意なんてこの世には無い。

 

「メリットはあるよ。Bクラスは追いかける側でもあるけど、それと同時に追いかけられる側でもあるから。正直なところDクラスが全力で追いかけて来たら、CクラスやAクラスの相手も出来ないからね。Cクラスに味方をしない理由は前にCクラスと私達Bクラスが打つかってね、その時結構やられちゃったからその仕返しってところかな?」

 

……要するにお前らの相手するのは面倒だから手を組んで休戦しようって事か。まぁ、理由としては納得出来ないものでもない。しかし、今の時点でDクラスとBクラスの差は歴然。手を組まなくてもDクラスの相手なんてBクラスはしなくても良さそうだが、学校の今後の展開にもよるか。

 

「……話は解った。けど俺はDクラスを纏めるリーダーでも無いし、Aクラスにも興味は無いからそう言う話をするなら、そうだな……俺ともう一人、星之宮先生が言ってたと思うが、そのもう一人の綾小路って奴と多分一緒にいる堀北って奴にでも言えば良いと思う……多分」

 

これは堀北達に丸投げしよう。何事も適材適所である。又は業務委託、アウトソーシングとも言うが、断じて対応するのが面倒とかでは無い。本当に、いやまじで。だから松下、ジト目で丸投げって呟くのはやめてね。

 

「あはは、解ったよ。Dクラスは目撃者を探しているのは聞いたからこっちでも調べてみるよ。じゃあ、またね。比企谷君、松下さん」

 

そう言って手を軽く振って去っていくので、俺は軽く会釈して、松下はまたね、一之瀬さん。と言って一之瀬と同じように手を振る。そして一之瀬の姿が完全に見えなくなったのを見届けて、松下が話し出す。

 

「ふぅ、一之瀬さんが来たから途切れちゃったけど、本題に入るよ」

 

「…おう、確か聞きたい事があったんだったな」

 

「うん。で、その聞きたい事って言うのはね?目撃者の事なんだけど、Dクラスにいる事に気付いているよね。須藤君の隣に居る佐倉さんに」

 

そう聞いてくる松下に俺は頷く。松下も気付いていた様だが、最初に茶柱先生がクラスで目撃者について聞いていた時、他の生徒は驚いた様子で動揺していたのに対して、隣の佐倉って生徒は俯いていたからな。目撃者、又はこの騒動の事について何か知っている可能性は高いだろう。しかし、目撃者の事を知っているのに何故それを一之瀬に言わなかったのかと聞けば。

 

「一之瀬さんはBクラスのリーダーで、友好的な対応だったけど、それでも対立している事には変わらないから。敢えて言わずにBクラスの情報収集力とかを調べるのに良い機会だし」

 

「……利用するって事ね。お前やっぱり怖えわ。敵じゃなくて良かったよ」

 

平然と利用する気満々の松下に俺は肩を竦める。打算の高い奴ってやっぱり怖いわ。そう言えば松下は何故かジト目でこう言った。

 

「それはこっちの台詞。この騒動の解決策を最初から思いついてる比企谷君には言われたくないわ。まるで劇を観てるシナリオライターみたいよ」

 

解せぬ。別にこの学校の仕組みを使えば出来ることだ。思い付く奴は思い付く。例えば、綾小路……とかな。

 

そして松下が思い出した事が何やら有ったのか、こう続ける。

 

「そう言えば、佐倉さんの持ってたカメラを偶々壊しちゃったのか、櫛田さんが壊した須藤君の代わりに謝っててさ。佐倉さんはショックを受けてたんだけど、綾小路君と佐倉さんが会話してた時には佐倉さん、若干だけど安心してたっぽいんだよね」

 

「……マジで?」

 

俺は驚いて聞くと、松下は頷く。綾小路ってラノベの主人公スキル持ってんのかよ。あの無機質さでそれを持ってるってアンバランス過ぎる。

 

そしてコンビニに行って醤油を買っていると、何故か同行してきた松下が言った。

 

「今日、さ。夜ご飯食べにそっちに行って良い?丁度食材も切れかけてきたし、惣菜も今日は売り切れてるし……椎名さんにも手間掛けちゃうけど」

 

「……別に良いぞ。主に作ってんの椎名だからな。椎名に聞いてくれ」

 

俺の城と言う名の寮の部屋には椎名が在中してるし、たまに坂柳達も遊びに来ているから常に誰かがいる事にも慣れて来ている気がする。……ぼっちの俺からすればこんなことを想定もしてなかったのだが。ptで個室部屋って増築出来るのか?

 

松下はありがとう。と言うと椎名に連絡を入れて飯をこっちで食べて良いかメールで聞いている。そして如何やら許可が貰えた様で、若干嬉しそう。椎名の飯は美味いからな。

 

そこから俺達は寮へ足を進めていき、部屋に着いた。時刻は午後4時過ぎ辺りで、松下に帰らないのかと聞いた所、遊びにも行きたい気分だったからと言われた。俺の部屋って遊べそうなものプレステのゲームぐらいしかねえんだがな。後はほぼ本。椎名もいるから本棚増やした。まあ多分椎名と喋りに来たんだろうな。

 

そしてそのまま鍵が空いているであろう状態の扉を開けると、居間には椎名が静かに本を読んでいた。椎名は扉が開いた音に反応した様で此方を見ると微笑んで言った。

 

「お帰りなさい八幡君。松下さんもいらっしゃいです」

 

「っ……おう、ただいま」

 

「お邪魔します、椎名さん」

 

椎名は此方に来て買った調味料の袋を俺の手から回収すると買って来た醤油や調味料をキッチンに置きに行った。そのまま洗面所で手を洗う。松下は一足先に手を洗って椎名と話していた。俺は上着を脱ぐと椎名が受け取ってハンガーに掛けた。

 

……うーむ、このやり取りは慣れない。椎名のお帰りなさいと言う事も上着を回収してハンガーに掛ける動きも。ましてや一緒に寝る事自体にも一生慣れない気がする。

 

そう思いながら冷蔵庫から自作のマッカン擬きを出して飲む。うん、やっぱり美味い。マッカンは俺にとって水と言っても良いくらいだからな。マッカン擬きを味わっていると、ズボンのポケットに入れてあるスマホが振動したので、取り出して見てみると思わず声が漏れた。

 

「うわぁ……鬼龍院先輩かよ」

 

「如何したんですか?八幡君」

 

俺の反応が気になったのか、怪訝そうに聞いてくる椎名。松下は名前を聞いて解っているのか苦笑している。

 

「…まあ、面倒な人から掛かってきただけだよ。ちょっと電話出てくるわ」

 

そう言って、俺は寮の部屋を出て廊下に立つ。出たくないが出ないと嫌な予感しかない為に出るしかない。多分あの人に冗談でも、ごっめーん!電池切れてた。みたいなこと言ったらヤバい気がする。俺は溜息を吐いて電話に出た。

 

「……もしもし」

 

『遅いぞ、比企谷。しかし惜しいな。もう少し出るのが遅ければ君の部屋に行くところだったが』

 

………っぶねぇ、電話出て良かった。俺の部屋には椎名や松下も居る。松下は飯を食いにきただけだから良いが、椎名は同居している。これが鬼龍院先輩に知られたら面倒くさい事になる。もしも吹聴して回られて松下以外のDクラスの人間に知られたらCクラスとぶつかりあっているこの状況で、要らん問題を作りかねない。……椎名にこの事件が決着するまで自分の部屋に居てもらうか?

 

「……それだけは本当にやめて下さいよ?そんな事をすれば目立つんですから……」

 

俺はそう釘を刺すと、鬼龍院先輩は平然として言った。

 

『…ふむ、それも面白そうだな。だが、折角の可愛い後輩に嫌がられるのも本意ではない。今回は辞めておこう』

 

「……次回も辞めて下さいよ。それで、用件は何ですか?」

 

鬼龍院先輩の不穏な言葉を続けさせないように、用件を聞いた。そして鬼龍院先輩はこう言う。

 

『用件がなければ電話をしてはいけない義務などないだろう?…と言いたいが用件もあってな。私達の親睦を深める為の所謂デートの段取りをしようと思ってな』

 

「……俺よりも先輩に相応しい人とそういうことをした方が良いですよ」

 

『誰が私に相応しいかは私が決める事だ。私はただ、君とそうしてみたいから誘っているんだ』

 

俺の言葉に平然と言い返してくる鬼龍院先輩。俺は内心溜息を吐いて、如何諦めてもらおうか考えているとこう続けられる。

 

『取り敢えずは来週の休日にするぞ。行くところはそっちが考えておいてくれ。五分前までにエントランスロビーで待ち合わせだ。五分前までに来ないなら迎えにいくぞ?』

 

……思いっきり逃げ道が怒涛の勢いで断たれちゃったんだが。何これ負け確だったのん?その言葉にげんなりしつつ、最早抵抗しても無駄だと悟った俺は言った。

 

「……ちゃんと行くんで迎えに来なくて良いです………」

 

『ふ、良い返事だ。では楽しみにしておくよ、ではな比企谷』

 

そう言って切られた通話にスマホを耳から離して溜息を吐く。最近ダラダラするどころか動きっぱなしだな俺。そして部屋に戻ると、椎名と松下は互いに本を読んでいた。すると俺が戻ってきたのを察知した椎名は聞いた。

 

「……大丈夫ですか?八幡君。何か疲れている表情をしていますよ」

 

「……ん、ああ、大丈夫。ちょっと労働量と見返りのバランスが悪過ぎる世の中のことを嘆いてただけだから」

 

「先輩との電話なだけで飛躍したコメントだね…」

 

椎名はよくわからないのか、首を傾げていて、松下は呆れた様な表情で突っ込んだ。鬼龍院先輩との会話って疲れるんだよ。噛み合わせるどころか置いて行かれるんだぞ?しかも会話の主導権をさりげなく握ってくるし。そう思いながら、俺は椎名を見た。

 

「?如何したんですか八幡君。私の顔に何か付いてますか?」

 

そう首を傾げて聞いてくる椎名。言いにくい……こんな良い子にこれから言うことが恐らく表情を曇らせてしまうであろう言葉だから。仮にも告白してくれた、こんな俺を好きと言ってくれた上に返事を待たされている女の子にこの言葉は言って良いものか躊躇する。その程度には俺の中で椎名ひよりという存在は大きいのだろう。

 

「……その、椎名」

 

「…はい」

 

俺の躊躇している雰囲気に何かを感じとったのか、真剣な表情で返事を返してきた。数瞬の沈黙の間も椎名は急かさないでいてくれる。そして俺は意を決して言った。

 

「………暫く、そっちの部屋で過ごしてくれないか?」

 

そう言うと案の定、椎名の顔が曇った。それによって罪悪感が出てくるが、椎名は直ぐにこう言った。

 

「……解りました。今はDクラスとCクラスの関係性が良くありませんし、この騒動が落ち着いたら戻ろうかと思います」

 

如何やら椎名も俺と同じ考えを持っていたようだ。それを聞いた松下も納得した様子だった。

 

「確かにこの騒動でピリピリしてるし、同居している事がクラスの人にバレたら余計な騒動が起きるからね」

 

松下にはバレているが、お互いに協力者なので例外だ。松下が俺との契約を切る時は俺以上の利用価値がある人間と契約した時だ。松下は堀北と同じでAクラスを目指す派だと言っていたしな。

 

そう思って松下を見ると松下は肩を竦めながら言う。

 

「心配しなくても椎名さんとの関係性は誰にも言わないから大丈夫だよ。比企谷君を敵に回しても何も良い事ないし。それに[[rb:雇用主> あいぼう]]だもの」

 

その言葉を聞いて俺は内心警戒は少し緩まった。しかし松下の胸中を知れないので完全に安心は出来ない。この時、俺はある事を見逃していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故、松下が"ビジネスパートナー"ではなく、相棒(・・)と言ったのかを。

 

 

 

そして話し合った結果、今日の真夜中に椎名の部屋に戻ることになった。荷物は衣類や勉強道具に鞄を持って帰るだけにしておくようだった。椎名の荷物は残るが、松下や坂柳以外俺の部屋を訪れる者は居ないので大丈夫だと判断した。

 

今朝話した家電量販店に訪れる事に関してだが、椎名とは行けなくなったので、俺だけで行くことにした。ネットで購入するのは調べたら手数料もかかることがわかって辞めた。この学校ではptが重要になってくるから余り無駄な所で使いたくない。

 

後、鬼龍院先輩の事を一緒に出掛ける件も含めて全部話した。椎名には告白の件もあるのでそこは話しておかなければ、俺は告白を待たせておきながら平然と他の女性と出掛ける屑になってしまう。松下のお出かけの件は椎名の告白前だったのでセーフ、だと思う。ぶっちゃけ全て話しておいてもどっちにしろ出掛けることには変わらないので屑は屑だが。正直、某アニメの主人公みたくなりたくない。

 

鬼龍院先輩に強引とはいえ拒否を諦めてしまった俺を責めても可笑しくないのだが、椎名は責めるどころか慰めてきた。

 

『八幡君は断ろうとしたのですから責めませんよ。それに八幡君の事を気にかけてくれる人がいるのは嬉しいですから』

 

と言われた。椎名が良い子過ぎて、今迄の罪を懺悔したい気持ちになった。ヒヨリエルは健在の様です。

 

そして飯を済ませて松下が帰った後はいつも通りに過ごす。ある程度時間が経ち、風呂に入ってお互いに寝間着に着替えておく。椎名がこの部屋を出るのは午前の2時。

 

午後11時半と時計の針が指し示した頃、俺は聞いた。

 

「……少し寝とくか?」

 

「……いえ、寝たら寝過ごしそうなので遠慮しておきます。それに戻る時間が来るまで八幡君とお話しがしたいですから」

 

「……解った。電気は消すか?」

 

そう聞けば頷くので電気を消して、お互いにベッドで座ってじっとする。今日は風が蒸し暑さを和らげて丁度良い気温の夜。照らすのは月の光だけ。

 

月の光が相まって椎名の姿が幻想的でより儚く感じるのは、やはり月の光の所為なのか、それとも此処で1度離れる事から生じる一抹の寂しさかはわからない。

 

時計の秒針の音が響く。俺たちの間に生じる沈黙は何時もは心地よいものであるのだが、今は少し気まずさがある。口を開くのが憚られる。今、口を開けば自分は何を言うか分からない。だから怖いのだ。

 

……俺の人間強度、弱くなったな。一人でいる事の方が長いはずなのに、たった3ヵ月の関係性の椎名がいなくなることに違和感を覚えているのだから。会えなくなる訳ではないのにも関わらず。

 

しかしこの気持ちは不思議と不快だとは感じない。そう思っていると、椎名が口を開いた。

 

「不思議ですね」

 

「……何がだ?」

 

俺の聞き返す言葉に椎名は真っ直ぐ見ていた視線を顔ごと此方に向けて言う。

 

「……学校で会えなくなる訳でもないのに、八幡君に寮で会えなくなる途端にとても寂しく感じるんです」

 

「………」

 

「…八幡君と知り合って5月、龍園君の事がある前までの生活に戻るだけ。なのにとても寂しい」

 

出会いに時間の長さは関係無いと、誰かが言っていた。俺たちの間に感じることもそれと同じようなものなのだろう。

 

「この騒動が終わるまで、なのにとても長く感じてしまいそうです」

 

「………」

 

 

 

「……八幡君」

 

 

 

「……何だ?」

 

 

 

「……少しの間、眼を瞑っていただけますか?」

 

 

 

「……ああ、解った」

 

 

 

椎名の言葉に従い、眼を瞑る。

 

 

 

……チュッ……

 

 

 

その少し後に口に暖かいモノが触れ、そしてほんの小さな耳を済まさなければ聞こえないほどのリップ音が鳴った。

 

 

 

「ーーーーーー」

 

 

「……少しだけ、ずるいですけれど。許して下さいね」

 

 

そう言う椎名の言葉で眼を開いた。今、有ったことは忘れないといけない事だと直感的にそう思った。だから俺はこう言う。

 

 

「……俺は何も見てなかったし、聞こえなかった。だから別に良いんじゃねえの?実際眼を瞑ってたしな」

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

そう言って微笑んだ椎名の顔は、とても儚かった。

 

 

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