ようこそ俺の実力至上主義のまちがった青春がある教室へ   作:ゆっくりblue1

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第18話


豪華客船に高校生活で乗るのって此処くらいである。

蒸し暑い燦然とした太陽の光が直射する。こんな季節は部屋に篭ってクーラーの効いた室内でアイスを食って、ゴロゴロと本を読んだり、ゲームをしたりと色々とする。…………する筈だったんだがなぁ。

 

「……あちぃ………ねえ、部屋に帰っちゃ駄目?」

 

現在、俺は外にいる。更に詳しく言えば、豪華客船の船上に居るのだが。何故俺が船内ではなく、船上に居るのかは俺の隣を挟んで立つ二人の銀髪少女が原因である。俺が汗を掻いてダルさを隠さずに言えば、二人は言った。

 

「折角のこの豪華客船ですし、八幡君と色々と探険したかったんです」

 

「それに貴方、目的地に到着するまで部屋にずっと篭ってそうなので、歩くというのも大切ですよ。或る学説ではある一定の距離を一日歩いている人と全く歩いていない人では一割程寿命に差があるそうですよ?」

 

そう言った銀髪少女、椎名と坂柳は俺の腕を掴まえ、俺が割り当てられた部屋に戻らせない様にしている。その際何方も腕を組む形なので、美少女二人とゾンビ目の男一人という光景は奇怪で異様に目立つ。現に今物凄い量の視線を浴びている。ぼっちの俺としては目立たない様にするのが一番なのに。

 

「……だからってこんな暑い中引っ張り出さなくてもな……とりあえず解ったから腕を離して?逃げないから」

 

そう言いつつ、男子の嫉妬、女子の好奇の視線をなるべく意識しない様にする。椎名は兎も角として坂柳は絶対ワザとだ。目が笑ってるし。すると椎名と坂柳は腕を離してくれたが、今度は手を掴まえられる。

 

「……何しとんの?」

 

「腕を組むのが駄目なら手なら良いでしょう?」

 

坂柳にそう言われ、椎名はにぎにぎと手を握ってくる。ちょっと椎名さん?そんなにぎにぎしないで?凄くこそばゆいから。何、俺の手に何かあるのん?

 

「ずっと八幡君と手を繋いでみたいと思ってたんです。小説では手を繋いだら落ち着く作用があると書いてあったので」

 

そんな作用初めて聞いたんだけど……まぁ、椎名には色々と世話になってるし、別に良い。だけど坂柳は別だよね?貸しはあるけど。ていうか、此処にきてやっと椎名と松下の二股が櫛田によって解消されかけてんのに、また沸騰するんだけど……俺は坂柳に言った。

 

「……お前、こんな事して良いのか。対立派閥のかつ、かつ……勝俣?に弱み握られんぞ」

 

坂柳のクラスであるAクラスでは坂柳ともう一人の派閥が対立している。現在は何方も互角と聞いているが、こんな二股疑惑が上がる様なDクラスのぼっちと一緒に居て、ましてや手を握っているところを見られたら、徹底的に其処を突かれるだろう。自分の派閥にも不審感を持つ生徒が出てくるかもしれない。

 

そう言えば、坂柳は不敵な笑みを浮かべて、久々に牙を覗かせる肉食獣の様な眼を見せて言った。

 

「そんな事は弱みにもなりませんよ。たとえ万が一にも弱みになったとしても葛城君には良いハンデになるでしょう。まあ、葛城君はその様な事はしないでしょうけれど」

 

頭の堅い真面目一辺倒で日々精進を体で表している様な人ですから。まあ不純異性交遊という事でなら突いてくるでしょうが、これは健全ですし。と坂柳は言う。自分が目立とうが逆にそれを利用する程の気概と頭脳を持っているから無用な言葉だったようだ。けどね、俺を目立たさせるのは別だと思います。

 

そう考えていると坂柳は気になった事があったのか、ふと聞いてきた。

 

「そう言えば、松下さんは如何されたのです?最近は貴方と一緒にいるのをよく見かけるのですが」

 

「……知らん。友達と船内を回ってんじゃねえの?それに常に一緒にいる訳じゃねえから」

 

坂柳の言葉にそう突っ込んでいると、椎名が辺りを見回していると、あ、居ました。と言ったのでその視線の方へ顔を向けると、甲板付近のところである生徒と話し込んでいる松下の姿があった。そして視線に気付いたのか松下が此方を向くとその生徒と一緒に此方にやって来た。

 

「おはよう…て言ってももう昼前だけど。比企谷君に椎名さんと坂柳さん。三人の組み合わせって珍しいね。まあその感じだと比企谷君を掴まえたんだろうけど」

 

松下の言葉に椎名と坂柳は少し苦笑を浮かべた。この状況で松下ともう一人……Bクラスのリーダーの立ち位置の一之瀬が集まったお蔭で更に周りの生徒の視線が集まったんですけど……ていうか流石に両手を解放して欲しい。あ、駄目ですか。そうですか。すると今度は一之瀬が言った。

 

「そう言えば、坂柳さんはよく今日の旅行に行く許可を貰えたね。身体とか大丈夫なの?」

 

一之瀬の言う通り、今回の豪華客船で行くバカンスはこの学校が所有する島らしく、その島の環境や地形によっては坂柳は厳しそうだが。

 

「いえ、私が着いていけるのはこの客船のみで、島への上陸は残念ながら禁止されているのですよ」

 

その言葉を聞いて俺は考える。この旅行ではバカンスが教師陣からの名目である。ただのバカンスであれば環境や地形が多少厳しくても、島にペンションとかあった場合は坂柳はペンションにまでは行くことは出来そうなものなのに、上陸が禁止……となれば、やっぱこのバカンスは一般的なバカンスではなさそうだ。

 

それに、プールの授業の時の先生の言葉もある。一之瀬は残念そうに言った。

 

「……そっか」

 

そう言った時に何処からかぎゅるぅ……と強烈な音が聞こえてきた。その音の主は松下。……空気が固まったんだが、何これ気まずい。

 

「………御飯食べに行こうか」

 

『………ああ(はい)』

 

そんな空気を一之瀬が破って、俺達は視線を浴びながら船内にあるレストランに向かうのだった。未だに椎名と坂柳に手を繋がれたまま。……男女比可笑しいです。視線が痛いです。

 

 

 

 

 

 

豪華客船の中は一学生達にはとても過ぎた豪華絢爛と言える内装で、階層は地下四階から地上五回までの計九階。地上三、四階が男女で別れて使われる。使われる部屋はルームシェアとなっていて、同クラスの四人一部屋になっている。俺の部屋割りのメンバーは………やべえ忘れてる。まあ憶えているところで関わりなんて持たないだろうが。

 

船内には豪華レストラン、宴会場、ルームシアター、ゲーセン、果てにはカジノ迄ある。然も利用は無料である。高校生なのでカジノの使用は禁じられているのだが、そもそもでこんな豪華客船に乗る事自体一般家庭の俺からすれば一生に一度あるか無いかだ。さっきいた船上も学年生徒全員が入れそうなくらい広いプールがある。

 

船内の広さも途轍もなく、案内図をよく見なければ迷う程。そこら中にクーラーが効いており、暑い外の避難場所でもある。こんな豪華客船に数泊しただけで数十万から数百万は吹っ飛ぶだろう。どんだけ政府がこの高校を贔屓しているかが見て取れる。

 

そんなことを考えながら廊下を移動していると一之瀬が言った。

 

「やー、本当に広いね。迷子になっちゃうよ。内装も恐縮しそうな程豪華だし」

 

「国の力が如何にこの学校に掛かっているかが解りますよ」

 

その言葉に坂柳が返す。坂柳も上流階級の人間だ。そういう事には憶えがあっても変ではない。前に政界とか財界のパーティーに参加した事があるって聞いたし。ブルジョワめ……

 

「そう言えば、此処のレストランはドレスコードはあるんでしょうか?パンフレットにはそういう内容は記載されてませんでしたけれど」

 

「ドレスコードの有る様なレストランは午後からの開店が多いので今は開いてないでしょうね」

 

椎名の質問に坂柳が答える。ドレスコードもあるとかやっぱり住んでる世界が違うな。一生慣れなさそうだ。

 

「いえいえ、案外直ぐに慣れますよ?比企谷君もその眼さえ何とかすればとても様になりそうですし」

 

「ナチュラルに心読んでくんなよ……というか眼の事は良いだろ」

 

坂柳にそう突っ込みを入れながらレストランに向かう。今は椎名と坂柳には手を握られてないが男女比とこの場にいる女子四人の顔面偏差値の高さのお陰で目立つ目立つ。良い加減胃が痛いです。すると松下が不意に坂柳に聞いた。

 

「そう言えば坂柳さんと普段一緒にいる神室さんとか橋本君はどうしたの?」

 

すると坂柳は微笑んで言った。

 

「何時も同伴させていると行動を制限させている事と同義なので、流石にストレスも溜まっていると思うので自由にする様に言っていますよ。なので比企谷君がエスコート役です」

 

俺が部屋から出歩いた時に椎名と一緒いた坂柳に捕まったんだが。いつの間にエスコート役にされたのん?その言葉に松下は苦笑する。

 

そうは言っても橋本は兎も角として、神室は案外満更でもなさそうな感じがするんだがな。いやいや付き合ってるにしては坂柳の考えを汲んでる感じがしたし。

 

そんなこんなでレストランに着けば、昼食に来ている生徒で溢れ返っている。えー……人多っ。時間帯が重なっているにしてもその数は想像を超えていた。

 

「…思った以上に混んでるね」

 

「……何処か座る場所は……」

 

そんな松下と一之瀬の呟きと何処か空いている席がないかを探す。するとグループで来ていた生徒達が座っていたテーブルソファ席が空いたのを椎名が見付けた。

 

「彼処の席が空きました。行きましょう」

 

「んじゃ、行って来い」

 

『は?』

 

俺が送り出そうとしてそう言えば、椎名達が口を揃えてこっちを見た。え、何言ってんの此奴、馬鹿なの?死ぬの?と言葉が続きそうな勢いだ。え、逆に解らんのだが。女子同士で食べる為じゃねえの?俺、このメンツじゃ一番邪魔じゃね?

 

「……貴方も行くんですよ。貴方だけを今更離脱させる訳がないでしょう」

 

坂柳の呆れた視線を受けつつ、そんな突っ込みを入れられ、椎名にはこう言われた。

 

「八幡君は私達の話題の中核的存在なのですから、そういう意味でも八幡君は居て頂きたいです」

 

純粋な眼差しに言葉が詰まり、俺は頭を掻いた。如何にも椎名には強く出られない。周りの視線を感じながらも結局は同伴することに。本当、特に男子の視線が痛い。

 

……それにしても、特に制限の無いDクラスの俺や松下、Cクラスの椎名とか、Aクラスの坂柳は良いとして、良いとしてっつう言い方もアレだが。Bクラスで信頼の厚い一之瀬も揃うって、前の[[rb:黒歴史構築> 王様ゲーム]]した日以来だが、前はもっと人が居たけど閉鎖的空間だったから目立つこともなかったんだけど……

 

さっきまでざわざわしてるのが半分くらいこっちを見てきてるんですが。そりゃ五人のうちクラスのリーダー的存在が二人居ることに加えて、一人はクラスの中で暴君の支配下に置かれていない特別な立ち位置で、もう一人はクラスの女子の中心的なグループのメンバーで、しかも全員が容貌偏差値がくそ高え美少女共の中にクラスの目立たないグールみたいな眼の男のぼっちが居たら変だよね。うん、俺もそう思ってるから安心してくれ。

 

ラノベとかでよくあるハーレムとかリア充爆発しろ!そこ代われって思った奴。諸君等は夢を見過ぎだと俺から言わせてもらおう。実際付き合ってない女子に囲まれている状況の気まずさを知ったらそんなこと言えないからな!実際、何か変な事口走らないかなぁとか、距離感大丈夫かなぁとか思って真面に喋れんからな。それが公衆の面前であったら気まずいの何の。

 

ていうか、椎名達は視線が気にならないのかそれとも意識しない様にしているのか何時もと変わらない様子でレストランのメニューを頼んでるけど、堂々とし過ぎてて其処に痺れる憧れるぅ!

 

「……ほら、比企谷君も何か変な想像してないで折角滅多に乗れない豪華客船に居るんだからメニューから頼んで」

 

「別に変な想像はしてねえよ……」

 

松下に言われ、メニューを開けば、お財布に優しい料理から一食で諭吉さんが吹き飛ぶ高級料理までが列んでいた。此れが無料で提供されるっていうだけで得だよな。

 

そして適当にメニューを選んで、一之瀬がメニューを選ぼうとした時に店内で怒号が響き渡る。

 

「んだとてめえ!」

 

「はっ、お得意の暴力か?お前等みたいな品のない不良品のDクラスにはこの店には不釣り合いなんだよ!解ったらとっとと出て行け!」

 

その声の片方の主には憶えがある。Dクラスの須藤だ。あの暴力騒動から反省して少しは大人しくなったかと思えば、また問題を起こしたのだろうか?そしてもう片方の声は聴き憶えがない。少し視線を向けてみれば須藤達三馬鹿と綾小路のテーブル席に一人の男子生徒がいる。すると坂柳が呟いた。

 

「…あれは、戸塚弥彦君……」

 

「……知ってるって事は同じクラスか?」

 

そう聞けば、坂柳は頷いて言った。

 

「ええ、同じAクラスで葛城君の派閥であり、葛城君の側近的立ち位置ですね」

 

坂柳と対立している葛城派ね……俺は戸塚の方へ視線を向ける。すると売り言葉に買い言葉で事態はエスカレートしていた。

 

「お前等みたいな落ちこぼれがこの店に居ると店の品格も落ちる。お前等の様な存在は精々汚らしい食べ方でジャンクフードを食ってるのがお似合いだぜ」

 

戸塚の見下す視線と言葉に言われた須藤達は怒りを募らせながらも言葉で言い返すことに留めていた。Dクラスで一番気の短い須藤でさえ必死で堪えている。

 

如何やら戸塚から絡みに行った様だ。Dクラスの現状を知って、侮蔑や侮辱をする生徒はそう少なくない。実際、Dクラスの此れ迄の酷い状況を反面教師にしている生徒もいる。事実、Dクラスの状況は酷かったが……

 

「……だからって公共の場で絡みに行くのはなぁ」

 

実際にこの騒ぎを起こしているのは須藤達ではなく戸塚だ。店側からすればAクラスにしろDクラスにしろ関係は無い。それはあくまで学校の方針であって、この船の方針では等しくお客様の筈だ。レストランの看板にDクラスの生徒は立ち入り禁止の文字は何処にもないし、仮にあったとしたらそれはただの人権侵害だ。そんな店側が不利になって後々に営業に響く様なことはする筈がない。

 

というか上司的存在の葛城は如何して……って、テラス席で優雅にコーヒーブレイクしてらっしゃる。この騒ぎには気づいて無さそうだ。部下の失敗は部下の責任だが、この日本には監督責任というものがある。この騒ぎは葛城派の支持率に大きく影響するだろう。そう考えていると一之瀬が席を立つ。

 

「ちょっと止めてくるね。流石に店側と周りの生徒達にも迷惑だし」

 

そう言う一之瀬。周りを観ればクラス関係無く、騒ぎを起こした当人達を迷惑そうに睨め付けている。放っといても直ぐに店側が警告すると思うんだがな。まあ、他人を重んじる一之瀬には嫌だろうな。

 

「……程々にな」

 

そう言えば、一之瀬は頷いて戸塚達の方に行った。すると、松下が耳に顔を寄せてきた。近いんですけど。

 

「…良いの?一之瀬さんはDクラスと同盟結んでるのに見送るだけで、一応当事者はDクラスだよ?」

 

松下の言葉に少し考える。この騒ぎに関係の無いBクラスが関わるのに関係無いとはいえ同クラスの生徒が動かなければ体裁が悪い。それくらいで一之瀬が同盟関係を切るとは思いづらいが、裏を掛かれる可能性は無いとは言えない。正直言えば、俺はこの騒動に関係無いから関わりたくない。が……戸塚達の間に入る一之瀬を見やる。そして薄く溜息を吐いて、俺は呼び出しのベルを鳴らす。

 

その行為に椎名と松下は首を傾げるが、坂柳は何やら楽しそうな表情を浮かべている。そして店員が来た。

 

「如何なさいましたでしょうかお客様?」

 

「あー、すいません。俺って彼処で騒ぎを起こしている当事者の不良品って言われているクラスの人間なんですけど、この店はそのクラスには立ち入り禁止とかしているんでしょうかね」

 

店全体にこの声が響き渡る。店の喧騒は止まり、騒ぎを起こしている戸塚達と止めに入った一之瀬も此方を向いた。松下と椎名は俺の行動の意味を察して、坂柳は葛城の方へ視線を向けた。すると店員は言った。

 

「いえ、滅相もございません!当店では性別、人種国籍は関係無く、お客様に楽しんで頂ける様にサービスを提供しておりますのでその様な処置は私共は一切取ってはおりません」

 

そう真摯に言い切る店員。接客業の鑑だな……俺は心底安心した様な表情を浮かべる。ちらっと戸塚達の方に視線をやれば、須藤達は戸塚を見てザマァと言わんばかりにニヤついて、戸塚は暗に指摘された事の羞恥とそれが落ちこぼれの人物のものであった事に怒りに顔を赤くしている。その様子を見て一之瀬は苦笑している。そして坂柳が追い打ちをかける様に申し訳無さそうな顔で言った。

 

「私は不良品のクラスと侮辱した彼と同じクラスの者なのですが、同じクラスの者としてあの言動にはお店側に大変なご迷惑をお掛けしました。"Aクラスのリーダー"として謝罪致します。申し訳ございません」

 

そう頭を下げた坂柳に、店員は慌てて顔を上げさせる。周りの関係無い生徒は戸塚を睨み、戸塚はその行為の真意に気付いて青褪めた。葛城派である戸塚の印象は最悪で、その上司の葛城の印象も連動して最悪になる。周りの生徒は思うだろう。Aクラスの奴がこんな騒ぎを起こして関係無い奴に頭を下げさせるとは、と。そしてAクラスの派閥争いをしていることを知っている奴等は、こう思う。こんな騒ぎを起こす奴を派閥に属させ、一緒にいる奴の神経が理解出来ない。と。

 

恐らく葛城派であろう生徒達は苦虫を噛み潰したような顔で戸塚を睨んだ。お前の所為で印象は最悪だ。もし店側がこの騒ぎの事を訴えたら…と思うだろう。

 

「……こっわ…」

 

全て計算してやったであろう坂柳の行動に俺は思わず呟いた。更に坂柳はAクラスの生徒ではなくリーダーとして、と言った。派閥争いも知らない生徒からすれば、Aクラスの生徒が起こした騒ぎを潔く真摯に謝罪するリーダーの印象が入る。監督責任を問う生徒もいなくはないだろうが、戸塚の派閥が坂柳ではなく葛城である事を知った時、その矛先は葛城と葛城派にそのまま向くだろう。

 

葛城派の支持率を下げたと同時に他クラスからの支持を得ることができる。視線を動かすと端の席に神室と橋本と高校生離れした風貌の男子生徒がいた。神室は引き気味で、橋本は戸塚の方を見てニヤニヤしていて、もう一人はジッと周りを見つめている。

 

椎名と松下もある程度察しているのか、苦笑気味だ。すると、葛城もこの騒ぎに気付いたのか店の中に入ってきた。

 

「…何だこれは……」

 

そしてこの空間の流れる空気の原因である戸塚に視線が集まっていることを察した葛城は戸塚の方へ駆け寄った。

 

「弥彦!一体何が起こっている!」

 

「っ!葛城さん……」

 

葛城が駆け寄った事で苦々し気ながらもほんの少しだけホッとしたような表情を浮かべる戸塚。この場にいる全員の生徒の視線を葛城も受けながらも戸塚に事情を聴こうとして、坂柳が言った。

 

「あら、葛城君、事情なら第三者の私からご説明しましょう」

 

「何…?」

 

坂柳の言葉に怪訝な表情を浮かべながらもこっちに近付いてきた葛城と戸塚。戸塚は憎々し気に坂柳を睨むが坂柳はそんなことは歯牙にも掛けず、薄く微笑み、葛城に説明を始めた。

 

「私達が此処に来て食事を始めようとした時に大きな怒号が聞こえてきましてね。様子を見たところ、戸塚君が何やらDクラスの生徒の方々にこの店には不良品のクラスは似合わない。出て行けと差別発言をしたのが事の発端です」

 

「何っ!それは本当なのか!弥彦」

 

「っ……」

 

気まずそうに俯いて答えない戸塚だが、その沈黙こそ肯定と見た葛城は何て事だ…と顔を顰めた。そして坂柳は更に続ける。

 

「そんな騒ぎを起こした葛城君の側近である戸塚君に代わって"Aクラスのリーダー"としての責任で私がお店側に謝罪を申し上げたところで貴方が来たという事ですよ」

 

「!お前、何を勝手な…」

 

「止めろ!弥彦!」

 

坂柳の言葉に突っかかり掛けた戸塚を葛城が制した。そして葛城は真摯な顔になって、言い合いになっていた須藤達に向けて頭を下げた。

 

「済まない、Dクラスの諸君。これは俺の監督責任だ。本当に申し訳ない!」

 

「そんな、葛城さん…」

 

「お前も頭を下げろ、弥彦」

 

葛城に促され、戸塚は何処か悔しそうに頭を下げて謝罪した。そして全体に向けても謝罪する。最後に店員にも頭を下げた。

 

「……申し訳ない。一之瀬、恐らく仲裁に入ったのだろう?」

 

「あはは…別にいいよ。私はほとんど何もしてないし。ただ、店の騒ぎを収めたかっただけで」

 

一之瀬の苦笑に葛城がそうか。と答えて、店員に戸塚と共に退場する趣旨を伝えると、葛城達は去っていった。立ち去る時に俺と坂柳の顔を戸塚が睨んできたが無視した。そして元の喧騒が戻ってきたところで、一之瀬がこっちの席に戻ってきた。

 

「…ふぅ、助かったよ比企谷君。あっという間に解決したよ」

 

「…別にいい。大した事はしてないし。あんな騒ぎが起こった状態じゃ料理食うのが遅くなるしな」

 

『捻デレ……』

 

「おい、口揃えんな、仲良しか。というか何で妹が作った造語知ってんの?」

 

四人の言葉に突っ込みを入れる。そんな俺の事を苦笑して見る女性陣に解せない気持ちを抱えていると、不意に外から四人の生徒達が近寄る。

 

「帆波ちゃん!こっちで一緒に食べようよ」

 

「千尋ちゃん…でも」

 

Bクラスの生徒達の様だ。何故今誘ったのかと言えば、視線からして坂柳を警戒しているのだろう。Aクラスのリーダーと発言した人物と一緒だと不安なのだろう。しかし、千尋と呼ばれた女子ともう一人が俺を見た。前者は睨みの視線。後者は–––––

 

「………」

 

もう一人の生徒、成井が蒼紺の両眼を向けて僅かに微笑んだ。

 

「……?」

 

何で微笑まれたんだ?というか笑う奴だったのか?前は……って–––––––––––––

 

 

 

 

–––––––––––––––––––––"前は?"俺と成井はほぼ初対面って良い程の関わりしかない筈。でも、初対面って感じの方が違和感がある。

 

 

 

 

何処かで––––––––––––––––––

 

 

 

 

『––––––––なたは、––––しを––––け–––くれ–––––だか–––––どは––––––わ–––しが––––るから』

 

 

 

 

ノイズが響いて、幾分か幼い女の子の声が頭から流れる。映像は擦り切れて、ぼやけている。俺は何かを–––––––––

 

 

 

 

「–––––––八幡君?大丈夫ですか?」

 

 

 

そんな心配気な表情の椎名の顔と声によって意識が引き戻される。ハッとして椎名に言う。

 

「……ああ、大丈夫だ」

 

そう返して周りを見れば、一之瀬はBクラスの生徒達と別の席に移ったのか席には椎名と松下と坂柳が残っていた。意識が飛んでいる間、別に何も変なことはしていなかった様で、人知れず安堵していると、松下が言った。

 

「熱中症なら怖かったけど、大丈夫そうだね」

 

「ええ…………」

 

松下の言葉に坂柳は頷くと何やら考え込むような様子を見せていた。

 

そしてその後に選んだ料理が来たので、ゆっくりと食べた。ちなみにめっちゃ美味かった。

 

 

少し時間は遡り–––––––

 

八幡と合流する前に椎名ひよりと坂柳有栖は人気の無い船上の後ろ側に居た。乗船して直ぐに、生徒同士で混み合う空間から抜けた二人は偶然に邂逅した。そして敵対クラスとはいえ、当人達にはその立場は関係は無く、普通に仲が良い。

 

「まさか豪華客船に乗るなんて人生何があるか分かりませんね」

 

「そうですねぇ。今回真島先生を説得して正解でした。こんな美しい地平線を見逃すところでしたから」

 

そう会話を微笑み合いながら交わす二人。建て前や心理戦の為の会話では無く、本音で語り合っている。そしてこの二人にとっての共通の話題は、八幡の事である。

 

「八幡君ともご一緒したい眺めです」

 

「乗船した時には、彼と合流出来なかったですが、彼もあの人混みを避けているでしょうし、直ぐに合流出来るでしょう」

 

やはり好かれている。比企谷君も罪作りな殿方だ。最近は椎名さんだけでなく、様々な女性と交流しているし、男子生徒の知り合いより断然多いのではないだろうか?私は内心で苦笑した。

 

罪作りは椎名さんだけでなく、Dクラスの松下千秋さんもだろう。同じクラス故に一緒に居るのを見る機会が多い。それにこの頃では視線にある感情に変化が起きている事が明らかだ。友情の割合よりも異性として意識している様に見える。そしてそれとは別のモノも含まれていることも。

 

その事に彼は気づいているのだろうか?鈍感という訳ではないと思うが、如何せん疑り深く、そして異性となれば臆病になる。敢えて意識していないというのが濃厚だろう。けれど、そうなれば椎名さんが居た堪れない。早く告白の返事を返してあげて欲しいとは、友人としても、同じ女性としても思う。

 

そんな考えに耽っていると、椎名さんがちょうど聞いてきた。

 

「言いにくい様でしたらすみませんが、坂柳さんは八幡君の事をどの様に思っていますか?」

 

「…それは、人としてでしょうか?それとも殿方としてという事のお答えでしょうか?」

 

「いえ、何方でも構いません。言い難い様でしたら、無理にとは伺いませんよ」

 

そんな椎名さんの言葉に改めて私は比企谷八幡という人について考える。そして出した結論ではこうなる。

 

「……人としては彼程一緒に居て面白く、退屈しない人は少ないです。異性としては……今迄あった方々と比べても飛び抜けて魅力がある方だとは思います」

 

この答えが私の偽らざる本音だ。此処で有耶無耶にするのは彼に好意を寄せていて、告白までした椎名さんに対しての侮辱になる上に、今はクラス同士で争う様な場面でもない。友人として、正直に言うのが正解だろう。

 

「面白くて、退屈しない人ですか…」

 

椎名さんが復唱した。これは大袈裟でも何でもない。実際に比企谷君の評価に匹敵する程の異性となれば"彼"しか居ない。一人に絞れないというのは少し複雑だけれど。

 

比企谷君と"彼"を比較すると、"彼"は私もしなければならないことがあるし、表舞台に立たされるのを嫌っている"彼"と接触するのはもう少し後だろう。比企谷君も表舞台に上がるのは嫌っているが、如何せん女性との交流が多く、彼の意思に関係無く目立ってしまっている。

 

その二人と私は戦ってみたいと思っている。二人とも、実力は未知数だ。比企谷君とは一度チェスをしたが、何と無く彼が出せる本気はもっと上な気がするのだ。

 

戦いたいという感情はある。そしてそれは両者を比較した時には"彼"の方が強い。しかし比企谷君への興味が劣っているという訳ではない。比企谷君の場合は戦いたいという感情とは別に、一緒にいて退屈せず、彼を知りたいという感情が強いからだ。

 

そして"彼"と比企谷君との付き合いの長さでは比企谷君の方が圧倒的に長いのだ。それも、この学校に限った話ではない。

 

私と比企谷君は実は小学校の時に関わりがある。期間としては一年と少しの間。今程関わりがあった訳ではないが、チェスを当時もしたことはある。入学日のあのバスの中で話し掛けたのは偶然ではない。一目で彼がいる事を知ったからだ。

 

けれど、彼の様子から小学校の時の事は殆ど憶えていないようだったが。比企谷君が話す自虐話は中学校の時の話が多いので、中学校で余程印象に残ることが有ったのだろう。私の事を忘れてしまう程の出来事があったなど少し私としては屈辱的だが、その分しっかりとこの学校で塗り替えてあげようかと思って弄っていたりするのが気持ち半分、後の半分は純粋に面白くて楽しいからだ。

 

それに、面白いからだけで無く、異性として意識することが無い訳ではない。私よりも彼に近しい人はいるが、勝負好きの私としては本格的に気持ちが動かされれば、その近さなど良いハンデという程度だ。

 

恋は戦争であるという言葉そのものである。それに、数多の女性を出し抜いて彼を奪い去る……なんて、とても面白そうで、楽しそうだ。

 

そんな考えに馳せつつも此処では私と椎名さんの二人しか居ないのでずっと気になっている事を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「椎名さん、これはプライベートな事なのですけれど……………比企谷君と一緒に居る時、ゴミ……特にティッシュの量が多い時は有りますか?」

 

「ティッシュですか?……いえ、私の知る限りは見たことはありませんが」

 

「……そうでしたか。プライベートの事をお聞きしてすみません」

 

「いえ………………………………………あ、でも」

 

「?」

 

「お風呂が少し長い日があるので、逆上せていないか心配になる時はあります」

 

…………………………………やはり彼もしっかり男の子ですねぇ。流石にこの事で弄るのは止めておこうかしらと私は思うのだった。

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