ようこそ俺の実力至上主義のまちがった青春がある教室へ 作:ゆっくりblue1
全く以って分からないと思ってしまう。女子生徒の後を気怠そうに数歩遅れて付いて行く男子生徒が。初めて接した時も、中間試験の期間で接した時も、暴力事件騒動のあった時も、そして今も。
最初の印象は独りを好む周りからは浮いている変な人。クラスでも必要な時以外には話さない人。話す人も限られていて、よく会話をしているのは隣人の松下さん。それ以外では堀北の挨拶ぐらいしかしないし、松下さんを抜けば、他のクラスの人になる。
Cクラスの椎名さん、Bクラスの一之瀬さん、Aクラスの坂柳さんと神室さんに橋本さん。二年生では鬼龍院先輩……それが今知る限りの彼の交友関係だ。
全く以って分からない。如何して彼の交友関係には女子生徒が多いのか。そして如何して女子同士が集まっていて、関係性が崩れないのか。少なくとも、椎名さんと松下さんを観ていても険悪な空気は漂ってなかった。歪で奇妙な関係性、何方も自然体で偽っていない様子に観えた。
そんな彼女等の側には彼、比企谷八幡が何時もいる。周りと関わる事を面倒くさがり、普通に行えることを面倒だと言って遠ざけて、他人を信用せず、そのクセ、人の触れない、触れて欲しくない部分を当たり前のように観て、入ってきて、それを何故か受け入れる。
彼は、彼奴は、比企谷八幡は……人の善意を信じていない。けれど、人の悪意は信じている。他人からの怒り、蔑み、妬み、嫉み、歪み、憐れみ、恨みを敏感に感じ取っている。だから周りと関わりたがらず、遠ざけて孤立を望む。
なのに何処か椎名さんや松下さんには甘い部分があるように見える。そして極端に押しに弱く、女子からのスキンシップだと特に態度に出る。私がやった時には嫌そうにするので、何処か揶揄い甲斐はあるけれどムカつく。
大抵の男子は下卑た視線を向けてくるので少し苛立つが、彼の態度も私の魅力を感じないと思われているみたいだからだ。
いくら造られた表情であったとしても、女子に面と向かって『げっ』とか『あざとい』なんて言わないだろう。変なところで空気を読まないのもムカつく。だから弄り返してやっているのだけれど。
『俺と似ていると思ったからだ……只の自己満足だ』
そう言った彼奴の顔が妙に引っかかる。寂しいものでも見る様な眼だった。何故あんな顔で観てくる?立場も真逆で、交友関係も誰よりも多い自分に。
何故彼奴と接していると泥々と濁って苛む如何しようもない気持ちが、少しだけ軽くなっていくのか。前の中学時代でのブログに書き込んだ時とも、真実を曝露した時とも少し違う。
苛々する。立場も交友関係も姿勢も環境も全て真逆の人間なのに。これじゃあまるで……彼奴と私が……
……でも何処か違う。それは一体何だろうか。
[newpage]
土を踏みしめて、周りを視線で見渡して、近くに気配が無いかを探りつつ迅速に足を進めていく。周りは太い木々が夏の陽射しを遮ってくれるので、直射日光を浴びずにすむが、湿気はあるので蒸し暑くていけない。ったく、学生にサバイバルでしかも冷却措置も侭ならない環境に試験とはいえ強制させるとかダメだろ。PTAが騒ぐぞ。
「これ、迷ったら脱水と熱中症に直行しちゃうんじゃない?比企谷君、何処らへんが洞窟への道か当たりは付いてる?」
蒸し暑い環境下で額から流れる汗をジャージの袖で拭う松下が聞いてくる。なんか頰が赤くて妙に艶めかしいんだが、美少女は皆こうなのん?俺は前に進みながら言う。
「絶対とはいえんが、船の周りの旋回した時の位置から観えた場所と下船した位置からスポットまでの道を逆算してるし、多分大丈夫だろ」
スポットから今のところまで通った道中に自分で特徴的であると思った地形はじっくり観察した上、他の奴には分からない様な位置に細木を刺しているし、帰りは迷う事は無いはずである。迷った時点で高機能腕時計のスイッチを押す羽目になってしまえばペナルティになるかもしれないので、俺としては依頼や茶柱先生の件があるので避けないといけない。その為にリスクは極力下げる必要がある。
それに正確な位置情報が載ってないにしろ大まかな地形は試験の配布マニュアルに載っているから把握はそこまで苦労はしない。そう言うと松下は頷く。
「そう。……それにしてもさ」
「ん?」
「比企谷君って暑いって言ってる割にはそんなに汗を搔いてないよね」
そう言う松下の身体には数滴の汗がジャージに浮かび始めているが、俺の身体には今だ汗がジャージに沁みている様子はない。別に汗っかきって訳でもなかったからな。家ではエアコンをガンガン効かせてゴロゴロしてるから、小町には少しは運動しなさいって外に買いもんに連れ出されたりするが。汗をかかないからって暑くない訳じゃないからね。
「体質だろ。別に暑くねえ訳ではないぞ。エアコンの効いた部屋でゴロゴロしながらゲームしてアイス食いたいぐらいだ」
「それ下手したらお腹壊すんじゃない?」
呆れた声でそう言うが、それくらいしないと夏場は凌んくらいに暑いからな。逆に何でわざわざ運動部とか外に出て練習するの?バスケ部なら体育館だから未だしも外が基本のサッカー部とか陸上部の奴は体育会系の考え方に影響され過ぎだと思う。体力づくりとかで熱中症になるとか本末転倒もいいとこだろ。
特に訳分からんのは学校で冬になると行うマラソン大会とかな。走るのは未だ百歩譲って運動量の調整の為って言われたら納得出来るけど、わざわざジャージの上着を脱がせて半袖半ズボンで行うのは意味わからん。つーか何で冬なんだよ。スポーツの秋とかいうんだから秋にすれば良いと思う。
そんな小中学校で行われた学校行事の意義について考えながらも、移動していると、前に見覚えのある二人が走っているのが見える。
「あれって……綾小路君と佐倉さんじゃない?」
松下も同じく見えた様で呟く。前を走っている二人の方向は俺達が目指す方向に一致している。何で洞窟方面に……偶然と思うには綾小路の存在があるし、その線は無い。スポット探しの体裁を隠す為か?彼奴は何やら目立つと都合が悪いらしいし。その割にはクラスの奴と友達を作りたがってたが。なんちゃってボッチの皮を被った綾小路に恐らく好意を寄せている佐倉が着いていった感じだな。
「綾小路君達の進んでいる方向ってスポットがあるって推測した私達と同じ……こっちに食糧は無いと思うんだけど何で……?」
「……いや、綾小路の真意は兎も角、食糧はあると思うぞ。ほぼ確実に」
俺の確信めいた言葉に松下はその根拠は?と驚きの色が混じった様な声で疑問を呈してくるので松下にこう言った。
「俺達が今居るこの無人島は無人島なのに、割と整備されてる。道は所々石や砂利は混じっているが、基本的には土だし、蚊や蝿以外の野生動物の姿も無い」
「……確かに、命に危険のある動物が闊歩してたら試験どころの話じゃないけど、でもそれが食糧がある根拠になるの?」
「まあ一番の根拠じゃない。もう一つはさっき言った土がかなり保水性のあるものだからだ」
「保水性……?………あ、もしかして…だとしたら……!」
如何やら松下も俺の推測と同じ所に至ったらしい。やっぱり頭が回る奴との話はスムーズに行くから心地よい。でも、頭の回転が速すぎると厄介なんだよなぁ。特に銀髪っ子とかAクラスのリーダーとか魔王とか。あのレベルまで行くと先手を取られたら即詰みだし、仮に先手が取れても逆にそれを利用して主導権を握ってくるし。まじっべー…とどっかのチャラ男の様な口調になった。
そんなことを思って進んでいると前を走っている二人の動きに変化があると共に景色も変わり出す。洞窟が見える。そして洞窟の奥に何かがあるのが窺えた。如何やらビンゴだったようだ。
「洞窟……しかもスポットの装置もある。……比企谷君、堀北さんに伝えに戻る?」
松下の言葉に答えようとした時、他の道から何やら動く人影が視界の隅に見えたので、松下に示す様に口元に右手で人差し指を立てると、その意味を直ぐに察した松下は静かに頷くので、草木の生い茂る所に隠れる。綾小路達も綾小路が佐倉の口を手で塞ぎ、洞窟の入り口の死角になる物陰に身を潜める。
ステルスヒッキーが役立つ試験ってこの試験ぐらいだろうな。って、松下さん?何で俺と同じ所に来たのん?咄嗟で見つからないためにとはいえ近いよ。ちょちょちょ、くっついて来ないで!良い匂いがするんだよ。何で同じジャージ越しなのに柔らかいんですかね。
そう慌てつつもステルスヒッキーを発動して、洞窟の入り口に現れるであろう人影を待つと、二人組の生徒が姿を見せる。陽射しに照らされ反射する頭の大学生みたいな大人びた雰囲気の男と船のレストランで須藤達といざこざを起こした男、Aクラスの葛城と戸塚だった。
「葛城さん、此処にもスポットが有りましたよ。やっぱり予想通りでしたね。誰もいないですし早めに占拠しましょう」
「誰もいないにしても潜んでいる可能性も注意しろ戸塚。声が大きすぎる」
「す、すみません……」
戸塚の声量に注意して周りを見渡して警戒する葛城。松下は物音を立てない様に視線だけ動かして俺を見る。これは凄え速さでリーダーの絞り出しが出来るな。幸運過ぎて少し怖いレベル。葛城の手にはキーカード。
「でも、流石ですね葛城さん。これでptも確実に貯まりますよ」
「ああ……だが、坂柳派に追い付くにはまだまだ足りない。どれだけこの試験で結果を出すかが重要だ」
堅実な葛城の言葉に戸塚は真剣な表情になって言った。
「はい、これ以上坂柳にも坂柳派の奴等にも調子に乗らせませんよ……Dクラスも絶対に潰してやります」
「……」
Dクラスの事を言及すると、苛立たしげに拳を握った。………レストランの事まだ根に持ってんのかよ。どんだけDクラスを見下してんだよ。松下は苦笑するようにこっちを見る。
そして葛城達はスポットがあるであろう洞窟の中に入っていった。そして背中が奥に消えるのを待って、脳内で十秒間カウントして松下に口パクで合図を送る。
"音を立てないように戻るぞ。洞窟から眼は離さない様に三メートル退がるまではゆっくりだ"。
そう口パクを読んだ松下は頷く。そして気配を探りつつ、ゆっくり後ろに下がっていく。退がる間にも葛城達が出てくる様子はない。すると俺達よりも位置が近い綾小路は隠れて葛城達が出てきた後までやり過ごすつもりなのか、佐倉とじっと待っている。視線をこっちに寄越したので俺達にも気付いているようだ。ほんと、技能はバケモンだな……これで目立たないようにしたいっつーんだから面倒くさい奴だ。
そして三メートル退がると洞窟から背を向けて、Dクラスのスポットに他の気配を警戒しながら戻る。すると走って横に並んだ松下が聞いてきた。
「いきなり手掛かりが手に入ったけど、あれ何方だと思う?」
その問いは何方がリーダーか、という問いだろう。十秒間カウントして、更に三メートル退がるまで眼を離さなかったが出て来なかったって事は何方かがリーダーである事はほぼ確実。しかも葛城はキーカードを持っていた。この事実を見るだけなら葛城がリーダーであると思う。
が、[[rb:あれはブラフ > ・・・・・・]]だ。あんな分かり易い印象を利用しない手はない。リーダーは戸塚だ。俺ならもう少し細工するが。
「……十中八九、戸塚だな」
そう俺が言えば、松下は驚き、言葉を続ける。
「如何してそう思うの?キーカードは葛城君が持ってたし、会話にも特に何方もリーダーを察知させる様な違和感は無かったけど」
「……最初の言動だ」
その言葉に松下は葛城達のやり取りを思い出しているのか、考え込むが、やはり違和感は無いのか首を横に振って分からないそぶりを見せる。こういう観察はぼっちは得意だからな。何時も第三者視点だからこそだ。リア充は仲間外れにされるのを恐れるからな。いや、集団を求める生物全般か。少しはぼっちの孤高さを学ぶべきだ。
「例えば、松下がリーダーだったとして、さっきみたいに二人組で移動するとしたらもう一人に何を頼む?」
「…それはやっぱり周辺の……!まさか、そういう……」
松下は答える途中である考えに至ったのか、納得するように呟く。
普通に二人で移動していて、そのうちの一人がリーダーだとすればリーダーはスポットを見つける事に意識を向ける。そしてもう一人には他クラスの生徒がいないかの警戒を任せるのが効率が良い。だが葛城達は、戸塚に警戒心が無く、葛城に注意までされていた。もしも葛城がリーダーなら、あの葛城好きの戸塚が周りを警戒せずにいる訳はない。それはレストランの件や洞窟での言動から読み取れる。国語の読解よりも簡単だ。
俺ならあんな分かり易い姿を晒すなら全く別の生徒のリーダーのキーカードを持って敢えてウロチョロしてリーダーだと思わせるが……それかジャージで姿を隠して判別出来ない様にする。……あの馬鹿真面目さなら思いつく可能性は低いと思う。
まぁ……"現時点"では戸塚で確定だな。そう考えていると松下が言う。
「ま…今の所では彼がリーダーって事で良いのかな。……"落ちたら分からない"けどね」
…!この言い方は松下も気付いてたか。……屁理屈が上手い奴なら思いつくだろうな。この試験のルールには抜道がある事に。
「お前もタチが悪いな……Dクラスなのが不思議だわ」
「……比企谷君には言われたくないよ。他クラスだったら私も相手にしたくない面倒さだし」
酷え…俺ほど人畜無害なぼっちは居ないと思うんだけど。何なら誰とも関わらないレベル。今の暮らしが可笑しいだけだろ。
そんなこんなで走っているとDクラスのスポットが見えてくる。スポットには男女共にテントは張り終わっており、食糧集めもある程度集めることが出来た様で、木の実が何種類か貯められている。仕事が終わったのか暇な生徒が何人か居て、平田も女子達と今後の課題について会話していた。端には堀北が相変わらずジャージを上着も着た状態で木に凭れているのが見える。櫛田達のチームは未だ戻っていないようだ。
すると松下が、平田君に報告して来るね。と言うので俺はリーダーの事は未だ言わんほうが良い。と言うと松下は頷き、平田の所へ行った。俺は騒がしいクラスメイトを他所に隅の方の木に凭れてボーっと考える。
さてと、坂柳の依頼は幾らか進展した。後何手か打つ必要があるが、どうするか……ああ、茶柱先生の方もあったな。マジで唯のぼっちに何求めているんだか。凄えのは綾小路だけだろ。はぁ……働きたくねえなぁ。
そう今後に憂鬱な思いを馳せていると、クラスの喧騒の端にある木影の所に女子生徒が足元が覚束ない動きをしていた。ツインテに括られた黒髪に小柄な体格の女子で、顔の血の気が引いていて、この蒸し暑さに関わらず肌が青白い。
体調不良か……?ったく、無理してる奴多いぞ……ルールがルールだけに無理させられるんだろうが。本当無人島でまで労働を強いるとか政府は何考えてんだ。そう思いながら周りを見るが俺以外の奴は女子の異変に気付いていない。誰かが気付くのを待っても良い…が……
女子を見れば木に凭れて身体を丸め気味にしている。……キツくて声も出せないと。女子の異変に気付いているのは現時点で俺のみなのは変わらない。……倒れられても大騒ぎになるだけだな。はぁ…と小さい溜息を吐いてその女子生徒のいる場所に歩く。
そして近付いていくと、女子生徒の息が苦しげなのに気付く。俺は周りに目立つのを避ける為に静かに声を掛ける。
「……体調不良か?」
そう言えば女子生徒はゆっくりと辛そうな表情でこっちを見る。汗が浮かんでいて、顔の血の気は引いているが頰は少し赤い。俺はなるべく怯えさせず迅速に言う。
「……とりま座った方がいいぞ。辛いなら横になれ。ジャージの上着は脱げるか?」
そう言えば女子生徒はゆっくり座ってジャージの上着をモゾモゾとして脱ぎ始める。何時もならこんな事言わんし、俺の見た目では完全に事案な為、通報が怖くて言えないが、こんな様子を知って緊急事態なので無視するのも憚られる。……土下座したら許してもらえるかなぁ。
「……脱げました」
「よし、少し貸してくれ。畳む」
女子生徒の手から脱ぎ終わったジャージを受け取る。なるべく意識しない様に手早く四角に畳み、クッションの様にすると女子生徒の横に置くとそのまま聞いた。
「座った方が楽か横になる方が楽か…?」
「……少し、横になりたいです」
そう言うので俺はジャージの上着に手を掛ける。すると女子生徒はピクリと反応する。……いや、何もしないよ?絵面だけ見ればやばいけど。そして上着を脱いで、同じ要領で畳み、女子生徒のジャージの下に敷いた。
「簡易な物で悪いが、動けるようになるまで其処で横になっとけ。俺は女子の誰かに伝えにいくから。……一応聞くがリタイアする気はあるか?」
「……い、いえ、大丈夫です。丁度月のモノの周期が、重なっただけなので。横になれば楽になると思います」
そう言いながら女子生徒は横になって呼吸を整えようとする。……なるほど、女子生徒には辛いな。本当易しくねえ試験だわ。俺は解ったと頷くと、一旦ツインテ女子生徒から離れ、騒がしいクラスの女子達の方に向かう。……櫛田は……未だか。とりあえず男子に動きを勘付かせない様に動ける女子生徒がツインテ女子も良いだろうし。となると……
俺は平田に報告が終わってグループではない女子生徒と話している松下に視線を向ける。すると少ししてその視線に気付いた松下は話していた女子生徒に一二言残した後に、こっちに来た。
「平田君に報告した後、その場に居なかったから見失ってたよ。それで、見つめてたけど何かあるんでしょ?上着を脱いでるのも気になるけど」
「……ああ、あんまり騒ぎになると面倒だから直接頼むが、クラスの女子が月のモノで、な」
そう言葉を濁らせながら言えば松下も真剣な表情で声を潜めて、その子は何処に?と聞くのでツインテ女子生徒の居る木陰を小さく指しながら俺は続ける。
「横になってれば楽になるって言ってるから動けるようになるまで横にさせてる。動けるようになったら女子の方のテントに行かせてやれ。後は俺かお前かでそれまでに生理用の薬とか諸々先生のトコに行って受け取ることだが…」
「上着のジャージを枕代わりに…だからか。とりあえず了解。比企谷君の他に動けそうな生徒は……今は無理そうだなぁ、今行ったら目立っちゃうし。男子もいるし……じゃあ私が先生の居る所に行って貰ってくるから比企谷君はみーちゃん…あの子に付いてあげて」
えー…動ける奴居ねえのかよ……つーか、絶対俺みたいなゾンビ目より女子生徒の方がそのみーちゃんとやらも安心だろうに。そう思いながらも静かに行動出来そうな女子生徒が近くに居ないため、どうしようもない。早く誰かに押し付けてえんだが……
俺は小さな溜息を吐きながら頭を掻いて、なる早で。と言うと松下は頷いてDクラスのスポットから目立たない様に迅速に教師の居る場所に行った。それを見送り、木陰の所に戻る。
横になっているみーちゃんは、横になって姿勢が楽になったからか先程よりも呼吸が安定している。しかし痛みは持続しているのか顔色は未だ若干青白い。俺は横になっているみーちゃんとの距離に注意して間隔を開けつつ、片膝を突きながら言う。
「……とりあえず松下に生理用品を貰ってくることと、楽になるまではそのままで。動けるようになったら女子のテントに連れて行ってもらう様には頼んだ。それまでの間は悪いが俺が付くことになった。…まあ、基本的には居ない存在だと思ってくれ。何かあればするが」
そう伝えればみーちゃんは瞑っていた眼をおもむろに開いて、ゆっくり言葉を返してくる。
「……は、はい。ありがとうございます。……すみません、ご迷惑をお掛けしてしまって。私、足手まといに……」
「……仕方ねえことなんじゃねえの?自分でどうにか出来る事じゃないんだし」
「でも、この試験じゃあ人手が必要ですし……」
自分だけがこうして体調不良で倒れて動けない事がクラスの負担になると罪悪感を持っているのか、落ち込み気味になるみーちゃん。真面目だなぁ……俺だったら仮病使うぞ?こんな蒸し暑い無人島の中で動きたくないし。何なら二つの依頼(うち一つは脅し)が無かったなら船に戻るまである。
「……逆に無理して倒れるよりはマシだろ。動けない奴は休み、動ける奴は働く。業務委託とかアウトソーシングなんて言葉もあるくらいだ。ましてや正当な理由があるんだし」
「………」
「ま、あれだ。どっかのヒーローも濡れた顔じゃ力も入んねえんだし、顔というか体調入れ替える事に専念して、百倍働けば誰も何も言わねえよ」
そう戯けた調子で言えば、みーちゃんは辛そうな表情をクスッとほんの少し綻ばせる。
「…アンパンで出来た身体じゃありませんけど……そうですね、そうしようと思います。……ありがとうございます」
「……別に」
その言葉の後にクラスからは死角になる様にみーちゃんに背を向けて胡座をかく。相変わらず騒がしいクラスは食糧集めに行っていた他の生徒達が戻ってくる様子が見える。本とかでも見たが、サバイバルでの熱帯林の無人島は野苺とか椰子の実、アボカドの実とかも植生している場合もあるらしいから、この整備された無人島には確実にあるだろう。川もあるからあの清流なら淡水魚も居るだろうしな。鮎、居たら鮭とか。すると後ろから声が掛けられる。
「あの…」
「ん?」
「…その、迷惑とかではなくて……如何して、声を掛けてくれたんですか?動きも凄く落ち着いていますし」
「……妹が居てな。同じようにしたことがある。……それに目の前で倒れられたら夢見も悪いしな……ま、気にすんな。勝手にやっただけだし」
そう言えば、みーちゃんは何も言わず、もぞっと一度だけ音を立てたがその後は物音も立てなくなった。俺も気にせずクラスの様子に目を向ける。
蒸し暑い空気に時折流れる涼しげな風で緑は揺れる。晴天の空の直射日光を浴びた中でも生徒達は声を出して笑ったり、おー。と盛り上がりを見せる。さっきは啀み合ってたのに、盛り上がるとか、若者の環境への適応力の高さってすげえな……案外楽しんでんじゃねえの此奴ら。修学旅行的なノリで。
そんな様子を半分呆れ気味に見ていると、ふと後ろからしていた呼吸音が静かであることに気付く。………もしかして、寝たか?
そして後ろに視線をやれば、顔色の青白さがほんのり和らぎ、静かに規則正しい呼吸で目を瞑って俺の体操着の裾を右手で軽く握りながら横向きになった状態のみーちゃんの姿が。
……何で俺の体操着の裾を掴んでるのん?寝相悪いな……動けねえし、退けよう。そう思い、手を離させようと腕を動かす寸前に松下の姿が見えた。手には無料で貰ったであろう生理用品が。
「…とりあえず貰ってきたよ。……あれ、みーちゃん寝ちゃったの?」
「……そうらしい。土の上でよく寝れるもんだ。なんか寝相の所為なのか俺の体操着の裾を握ってるんだが」
「……みーちゃんに手を出したりしてないよね」
「…馬鹿言うな、この状況下で手を出して牢獄行きとか、んな度胸無えっつーの。とりあえずこの裾の手を何とかしてくれ」
偶にエゲツない冗談言うよね貴女って……そうげんなりしつつ松下に頼む。すると松下は何故か俺をジト目で見つつ、みーちゃんの手を起こさない様に離させようとする。だが、指が引っかかってるのか、中々離れない。すると松下はみーちゃんの顔を見つつ、ふぅ…と溜息を吐く。
「……これ以上やったら起きちゃうし。みーちゃんが自然に目が覚めるまでこのままにするよ」
「……え、じゃあ起きるまで俺はこの状態?」
「そうだよ。トイレ行きたい時とかだったら流石に起こすけど……」
松下の言葉に呆然としつつ穏やかに寝息を立てる少女を見て、俺は諦めて溜息を吐いた後に燦然とした青空を仰いだ。
[newpage]
その日の夜、生活基盤を整えつつ、後日に本格的に如何するかを決めるという平田君の意見の元、スポットの更新の他、午後八時の点呼を終えたDクラスは疲労からか、大半の生徒がテントの中に入って身体を休め始めた。
そんなDクラスの女子のテントの中での出来事。私こと松下千秋は女の子の日を迎えたみーちゃんこと王美雨さんをテントに連れて行き、休ませた後に他の女子にも事情を説明して、みーちゃんを無理させず、男子にも事情を聞かれないように配慮を頼むと、同性の苦労を身に染みて理解しているからか、いつも通りにすると言い、快く了解を得られた。
最初に比企谷君が対応していた事は比企谷君の事を考えて伏せておいた。ある事ない事に関わらず人はこういうことを掘り下げてネタにするので厄介事は彼も嫌うし、私も必要な事に関して以外する気はない。
ざわざわと、試験についての話題や男子とのあれこれ、中学の時の流行りで盛り上がる女子の中で、私は適当に相槌を打って合わせていると話題は学校で誰が注目する男子なのかという話題に入った。
外の情報が入って来ない学校で話題になる事は必然的に学校や寮での生活に限られていく。特に自分の憧れや好意を寄せている人物との出来事は多感な高校生にとっては恰好の的だ。
このクラスでその話題が広がるのは自他クラス共に人気者でDクラスリーダー的存在の平田君と同じようにDクラスの女子のリーダー的存在である軽井沢さんについてだ。クラスでは公認の様になっていて、狙っていた女子には羨望の眼差しを受けつつも受け入れられているらしい。
その他は平田君と同じような人気者の櫛田さんやクールで一人を好む堀北さんなどにも注目が行っている。中には私の事についても触れていたが、当たり障りの無い反応をしておく。
其処でふと、みーちゃんの体調が如何なのかが気になったので女子テントの端で休んでいるのでひっそりと会話を抜けて話しかける。
「みーちゃん、体調はどう?」
「え、あっ、松下さん……はい、さっきよりもマシになりました」
「そっか、それは良かった。……隣に座っていいかな?」
そう聞けばみーちゃんは予想外だったのか驚きつつも直ぐに微笑んで了承してくれた。他の子達の話し声の中でひっそりと話す。
「大変だったね。今日は…」
「……はい、クラスの皆には迷惑を掛けてしまって、申し訳ないです」
「仕方ないよ。自分でコントロール出来る事じゃないし。この過酷な試験だったら尚更だもの」
申し訳ないと言うみーちゃんにそう返せば、少し驚いたような表情を浮かべた後に言った。
「……比企谷君にも似た事を言われました。ちょっとだけ励ましてもらって…」
「……比企谷君が?」
予想外の名が出たのに対して思わず聞き返す。いや、みーちゃんの体調の異変に一番最初に気付いたのは彼だからおかしい事ではないけれど。でも、男子生徒とは其処まで話している所を見たことないみーちゃんがこんな嬉しそうに言うってどんなことしたの比企谷君。
「比企谷君って松下さん以外と基本的に話さないし、ちょっと話しかけづらい印象だったんですけど……とても落ち着きがあるというか…優しかったです」
「……」
まあ、彼は飛び抜けた観察眼があるし、気遣いが過剰だけど基本上手いし、面倒とか言いつつ頼まれた事はきっちり成果を上げてくれるし、捻くれてるけど押しに弱い上に女子を苦手としているからかリスク管理はするし、其処はヘタレだけど良いように言えば紳士的だし……働きたくないって専業主夫に成りたいって言ってる所と眼が腐って猫背な所を除けば外見も含めてハイスペックだもんね。除外した場所も最初は引きそうになるけど関わって行くウチに気にならなくなる、それどころかむしろ味がでてくるし……
みーちゃんの様子を見て、私はまたフラグ建ってるんじゃ……と密かに気を引き締めた。
[newpage]
そんな女子テントの騒がしい声がする一方で女子とは別に喧しい男子テントの中から出た俺は、まだ外に居て、焚火の前に座って思い思い話す生徒を尻目に一息吐いた。
はぁ……こんな熱帯夜なのに集まって寝るとか地獄だっつーの。寝てる奴は未だしもテントの中で猥談とか恋愛話とか聞こえるから五月蝿いの何の……
特に三馬鹿の声がな…須藤は堀北一途で、池は強化外骨格仮面の櫛田狙いで、山内も同じ櫛田狙いかと思ったら佐倉の方を気になっているらしい。途中から綾小路も入ってきた所で出てきた。
須藤は……頑張れとしか言いようがない。現時点での堀北の評価はマイナスだろうけど。あと、初恋は実らんとか云々もあるが……三馬鹿の中では一途だし、応援はする。ちょっとだけだけど。
で、池は悪い事にならない内に止めるのを進めたい。お前が夢見てるのは絵に描いた餅が最高級品だったレベルのもんだし。ただ池だったらメンヘラな部分も喜びそうで怖いが。でも櫛田の池の評価、ワーストの山内の次くらいだからどっちみち無理だわ。
山内は……うん、彼奴は松下から聞いたが嘘吐きらしいし、櫛田狙いから佐倉に変えたのがちょっと引くぐらい身体につられてるって分かるという。俺も彼奴だけは絶対無理だと思う。あの性格は、うん。恋愛以前の問題だわ。それに佐倉は綾小路に気がありそうだから始まってすらいない。
綾小路は……彼奴は山内と真逆の意味で恋愛出来るのか?という感じがする。
そんなことを考えながら生温い風を感じながら夜空を見上げる。空の色は黒一色で、その空を彩る数多の星の光は都会では滅多に観られないだろう。此処に来てハッとする程美しいと思った景色はこれが初めてと言っても良いぐらいには。
少しこの空間に浸りたい俺はスポットから停船場の浜辺まで散歩しようと思って、ステルスヒッキーを発動して誰にも悟られない様にスポットを出た。
星明かりが僅かに照らす森林は不気味でありつつも同時に神秘的で、静寂で澄んだ空気は心地よい。
黙って歩いて、歩いて、歩く。スマホで写真を撮って小町に見せてやりたかったが……学校の規則上無理だったな。俺のいないうちに恋人とかは……親父居るから無理だな。
葉を揺らすそよ風の音や川の水が流れる音をBGMにゆっくり散歩する。そして地面の踏み心地が変わってきた頃、浜辺にある停船場と船の灯が観えた。そこから雑木を抜け、浜辺に沿うように歩く。
浜辺の向こうの海は星明かりと月明かりが灯って、幻想的で圧倒される。漣がその光を点滅させる様は宇宙にも似ていると感じる。
吸い込まれるような心地で浜辺を歩いていると、前から誰かの影と足音がしてくる。……誰だ?と内心警戒してその人物の姿を見る為に止まる。そしてその人物は丁度影の無い所で俺に気付いて止まると驚いた声で話かけてきた。
「……八幡君?」
「……椎名?」
星と月の光が反射して揺れる銀のヴェールのような髪を揺らして歩いていたのはジャージ姿の椎名だった。吸い込まれるような輝きを放つ藍と紫色の瞳は俺がはっきりと映っているのが観える。そして椎名は嬉しそうに微笑むと。
「また、逢えましたね」
「っ……あ、ああ。………そうだな」
余りに儚く美しい微笑みに思わず見惚れてしまった。……やべえ、修学旅行でハイになって思わず告ってしまう生徒の気持ちが解った気がした。元がえげつないレベルの高さのルックスがこの場所で累乗されている。
椎名はそのまま俺の隣に立つと、言う。
「……八幡君はこんな時間にこの浜辺を歩いているということはお散歩ですか?」
「…ああ、椎名もか?」
「ええ。こんな綺麗な夜空の下で歩くことなんて、滅多に出来ないですから」
そう言って海へ視線を移す椎名と同じように俺も視線を海へ移した。僅かな汐風と、波の打つ音だけが響く静寂な空間。まるでこの空間だけが世界から切り離されたと感じる。
心地よい沈黙が、俺を満たす。そしておもむろに椎名は言った。
「………八幡君は自分が星だとすれば何だと思いますか?」
「………星なんてなれそうな気も起きないが、まぁあえて言えば、"よだかの星"か?」
「……よだかの星……………ええ、ええとても––––」
そう椎名が言った後、ゆっくり言った。
「強く輝く、また、とても悲しくもあり儚く美しい。……八幡君らしい星です」
そう言った椎名の顔を俺はよく見れなかった。
そうしてしばらくその場に二人で止まり続けた。