ようこそ俺の実力至上主義のまちがった青春がある教室へ 作:ゆっくりblue1
試験開始から二日経った。二日経ったことで変わったことと言えば、クラスの慌ただしさが少し落ち着いたことだろうか。
ある程度この無人島での生活に適応し始めた生徒が増えた。それが出来たのは生活に必須の要素が揃ったスポットの環境が早く確保出来たからだろう。無人島で食糧問題や衛生面の問題を解消すれば、心身共に余裕が出て来る。
そして無人島で使えるptも節制しておきつつ何事も無く、一週間の無人島生活を終えることが何よりの理想である。が、そんな展開に懸念がある事が少々。
Dクラスの生徒達の様子を見て気付いたことがある。男子生徒と女子生徒の様子の違いが少し違和感がある。それは何故か、女子生徒の方がやけに活発な様子が多いのだ。
無人島生活でptの節制を強いられていて尚且つ自分達で一から生活基盤を建てなければならないのは大人であっても厳しい。尚更多感で思春期の高校生では厳しさは半端ではないだろう。
しかし全体的にモチベーションが二日も維持されているのだ。もちろん試験に対してモチベーションが高いのは良いことだろうが、余りにも順調過ぎるのだ。順調すぎて逆に疑わしいと思うのはエリートボッチの教訓によるもの。
人間は一番物事が順調に行っている時が逆に一番油断していて足元がもつれやすい。経済市場株価で例えたら分かりやすいだろうか。インフレが起こり続けても、必ず頭打ちになり、気付かず見過ごされた些細なズレが伝播してデフレに陥る。
当然それは人間にも起こりうる。だから要因を予測して取り除くかもしくは回避する。厄介なのは一見無害であるにもかかわらず、自陣営に取り込んでから発生するもの又は内部で発生するものである。
人間は外的な刺激に対する感覚には予測してから対処出来るが、内部では発生しなければ原因と認識するのが難しい生き物だ。もちろん予測などほぼ不可能。精々早期発見が限界である。
ギリシャ神話で言うところのトロイの木馬が良い例だろう。
そんなことを考えながらも俺はDクラスの生徒の様子を端の木陰で観察していた。今は茶柱先生の朝の点呼を終えた時間帯。
昨日は本当にヤバかった。Cクラスのスポットから帰った後になって松下に初日の夜に何をしていたかを誰もいない端の方で確認させられた。あの時の松下の表情は取り繕うことが無くまんま無表情から変わんねえから恐怖だった。
そして落ち着いて何とか事情を説明して、やっと納得した松下に何故か呆れられた。解せぬ。
いやまあ確かに無断で知り合いとはいえ、他クラスの生徒とコソコソしていれば要らん疑いは掛かるから控えた方が良いのは解ったからそこは納得できるんだが。
それはそうと、Cクラスの、否龍園の取っている戦略を考えるに対応しないとな。ある程度は土台はあるが、問題は彼奴が乗ってくれるかどうか。…もうちょい手が要るな。はぁ…考えることはボッチの領分だが、頭脳労働はしんどいなぁ。
そう考えていると、見覚えある生徒をつれて松下が俺の方に歩いてくる。その生徒はあのツインテ女子のみーちゃん?だった。
「…おはよう比企谷君。昨日から変わりはなさそうね」
「おはようございます」
「……うす。んで、そっちは……もう動けるのか」
「はい、とりあえず回復して動けるまでにはなりました。この前はありがとうございました」
挨拶も早々にお礼を言うみーちゃん。わざわざ礼を言いに来るとは、余程真面目か、もしくはボッチの俺に変な貸しを作りたくないかだな。まあ貸しになんざしねえけどな。……本気で後者の方じゃないよな。形式的に言ってるんだと信じるぞ。
「……別に。前も言ったが礼を言う必要は無いぞ。対応してくれたのは松下だしな。それに関しては松下の方が大きいだろ」
「いや、でも最初に松下さんに事情を説明してくれたのは比企谷君でしたし…」
「………はぁ、全く。素直にお礼くらい受け取ったら?捻デレもほどほどにしないとみーちゃんが困っちゃうでしょ?」
困惑するみーちゃんを見かねた松下がそう突っ込んでくる。いや、事実を言っただけなんだが……つーか、捻デレって言うな。妹の意味分からん造語が周りに浸透してたら嫌だぞ?まあそんな知り合いは居ねえけどな!
「……解ったよ。受け取っとく」
「!はい」
松下の言葉にまあ、ただの礼にそこまで勘ぐるのもアレかと思って礼を受け取る事にする。そして嬉しそうに頷いたみーちゃんは俺と松下に礼を言ってクラスの生徒達の方に向かっていった。その背を見送った後、松下がこっちをジト目で見つめてくる。
「…何だよ?」
「…別に、比企谷君は比企谷君だなって呆れてただけだよ」
え、何で俺は俺って呆れられるの?呆れられることじゃないだろ。別にそんな呆れられることは俺は言ってるつもりは無いぞ。
そう思っていると松下は話題を変えてきた。
「それはそれとして、堀北さん達が見てきたBクラスはDクラスよりも大分とスムーズっぽいけど、これじゃあBクラスに負ける気がするよ」
そう呟く松下。昨日に堀北と綾小路は他クラスの偵察として、Bクラスの様子を見に行ったらしいが、Bクラスは完全にDクラスの上位互換となっていて、生活環境が整っているようだ。
無料で貰える吸水ポリルのビニールを何枚も使って枕とかマットとかにするなど、井戸掘りで水を汲み上げてシャワーより格安のウォーターシャワーで賄っていた。
そしてCクラスの生徒がクラスを追い出されたらしく、保護もしたという。外部から来た生徒も賄える余裕があるというのはBクラスのお人好しさがあるとはいえDクラスとは大違いである。
「…ま、Bクラスは纏まりが半端ないから出来る戦法だし、必要な要素が揃ってないDクラスじゃ負けてもしゃーねえんじゃねえの?」
全クラスの中で生徒同士の信頼から来た統率力が最も安定しているのはBクラスだ。リーダーによる独裁的ではなく民主的にクラスを稼働出来ているのはBクラスしかない。その中核を担っているのが一之瀬であり、櫛田と平田の上位互換であるのも理由の一つだ。
参謀の神崎や成井もいて集団においては右に出るクラスはない。まあ今のDクラスでは対抗しようがないし、同盟を結んでくれてDクラスとしてはぶつからずに済んで助かっただろう。
「それで、今日は一日如何する?スポットの探索で良いの?」
「…まあそれが妥当だろ。……それで松下、聞きたい事がある」
「何?」
俺が真剣そうな口調でクラスには聞こえないよう声を潜めて言えば松下も何かを察して同じように声を潜めた。
「Dクラスの女子のモチベーションが高いのはいいが、男子の様子とは段違いに良すぎる。……もしかして、ptをいくらか使ったか?」
そう最後の言葉を更に声を潜めて言えば、松下は眼を見開くと、申し訳なさそうな表情になった。
……やっぱりか、ptの使用申請はリーダーが行う決まりはないからな。誰が使用してもバレなきゃ問題ないか。すると松下が言う。
「一部の女子がね。言い訳に聞こえるだろうけど、私が知らない間に軽井沢さんが平田君に相談したみたいで、今日気付いた時にはもう…」
「…そうか」
松下の言葉がどうであれ、責める気はない。この試験でのモチベーションや健康の維持は今後のptにも直結する。そういう意味では正しい。
だが解せないこともある。事情を知っている平田の事だ。彼奴は積極的にクラスを統率しているし、何かトラブルがあれば真っ先に止めにいく奴なのに、試験中の無駄なトラブルを作らない為に黙っているのだろうが、男子に無断でptを使用していることがバレれば不満が爆発する危険もある。
ptの使用に言い争いが起こるとはいえ、そんなリスクのある男子を蔑ろにするような手段を選ぶのは、統率を積極的に行っている平田自身が統率に罅を入れるようなものだ。
今回の件で思ったのは平田はクラスを統率したいのは皆仲良くという目的ではなく、クラスのトラブルを恐れているように思える。表面上で保っていたいという思惑が見える。
どっちにしろ俺とは全く違う感性だが。40人のクラスが四つ有って競争していれば、トラブルは付き物だ。一之瀬のBクラスも表面上は平和そうに見えるが、櫛田の様に裏では何があるか分からない。
話し合えば分かり合えるというのは美しいが人間である以上幻想に過ぎない。出来るならそれに越した事は無いが、生存競争という言葉がある様にそれが可能であればとっくに行っている筈だ。
腹を割って本音で何もかもを晒せるならば改善のしようもあるが、関係性を崩したくないからと都合の悪さから眼を背けて取り繕う。そして不満が溜まっていくのだ。何処ぞの強化外骨格の人気者女子がそれだ。つまり結論で言えばボッチが最強である。
と、思考が飛躍したので、意識を現実に戻して松下に同じように言った。
「………とりあえず、男子には悟られないようにしとけよ。無駄な言い争いを観るのも疲れたしな」
そう言えば、松下は真剣そうな表情で頷く。そして俺は続けて話題を試験の事に変えて聞く。
「それで松下、今スポットの占有数がどれくらいか分かるか?」
「此処を含めると三つだけど…」
なるほどな。あんまり数を多くすれば移動範囲が広くなって、彼奴の体力的にもきついだろうが、後もう一つくらいは欲しい。……まあどうにかなるか。
「わざわざ占有スポットの数を聞くって事は何か企んでる?」
「いや、聞いただけだ。つーか企んでるとか言うな」
そう突っ込みながらもクラスの喧騒をボーっと観つつ、今日は休暇なので端の木陰でずっと体力の温存の為に眼を閉じて緊急時に備えている。する事無い上に眠いから寝てるわけじゃないぞ。ハチマンウソツカナイ。………本でも持参させてくれたら良いのに。
そんなことを考えていると何故か隣にいる松下が言ってきた。
「そう言えば比企谷君、夏休みとかって如何するか決めてるの?」
「決めてるぞ。ダラダラ部屋で過ごすって予定がな」
「何となく想像してたけど、やっぱり引きこもるのね」
うっせ、ほっとけ。と呆れる表情の松下に突っ込んだ。
この試験を終えれば夏休みに入る。この学校で初めて一息吐ける長期休暇だ。満喫しない手はない。
けれど、この無人島試験を終えてももう一週間は船の中にいることになる。二週間の遠出に無人島試験が一週間で終わるらしいが、残りの一週間がまるまる余る。考えたくないが、もう一つ試験が有っても不思議じゃない。
夏休みに休めないとか社会人じゃないのに。何でこんなタイトスケジュールなのかを聞きたい。
そう内心愚痴りながら過ごしているとスポットの中心部にいる生徒達が騒ついている事に気づく。何かあったらしい。
「何かあったらみたいだね。確認しに行く?」
「…いや、此処にいても判るから良い。……あれは、綾小路と櫛田に……彼奴は」
そう生徒達の喧騒から離れたまま喧騒の原因を観ると、食糧探索に行っていた綾小路と堀北に櫛田、佐倉、山内が帰ってきた。しかしもう一人のDクラスではない生徒が一緒に居た。
「……」
仏頂面で連れられるように荷物を持って歩いてきたであろう生徒は昨日出会った伊吹だった。その伊吹の片側の頰は何やら赤い。その赤みは暑さによる赤みではないことが直ぐに分かった。何かしらに強く打ち付けて出来た赤みだろう。松下が呟く。
「伊吹さん……保護されたみたいだけど、あの様子的に喧嘩して追い出されたのかな」
Cクラスで伊吹が喧嘩をしそうな相手は昨日見た中で龍園ぐらいしか見ていない。つーか十中八九、龍園しかいねえだろうな。
あの性格上女子にも容赦無いというのは想像していたが、改めて見ると本当に独裁者だなと思わされる。
そして予想通りの事情を聞いたDクラスの女子が保護することを提案した。一部の生徒以外はその事情に同情して反対しなかったので、伊吹は一時的に保護されることになった。
「という事でDクラスに居てくれていいよ。自由に設備も使って良いから。何かあれば相談して欲しい」
「…別にほっといてくれたって構わないんだけどね。あんた達とは別クラスだし」
心良く受け入れた平田の言葉にぶっきらぼうに返した伊吹は女子達によってテントに案内された。それを男子が見送りつつも伊吹が来る前の調子にクラスが戻った。
「……こんな簡単にスポットに受け入れて良いのかな」
そう連れられる伊吹を見て松下が怪訝そうに呟く。喧嘩で追い出されたという可能性があるとはいえ、確定ではない。スパイのカムフラージュの可能性もある。
つーか、龍園の狙い的に……と思考して伊吹を保護したであろう櫛田の方に向かう。行きたくないが、とりあえず依頼の為に聞いとかないといけないしな。…はぁ、働きたくねえなぁ。
「櫛田、ちょっと聞きたいことがある」
「ん?比企谷君が聞きたいことって珍しいね。何かな?」
そういう櫛田に俺は伊吹が案内されたテントの方を見つつ、静かに聞いた。
「伊吹を見つけた場所がどの辺りか分かるか?」
「?分かるけど…確か、二百メートルぐらい進んで若干森が開けた所に居たかな」
「そうか……」
櫛田の指し示す方向を見て考える。この方向は…確かめに行くか。それにしても、多分最初に伊吹を保護するって受け入れたのは此奴だよな。だとすると……いや、今はまだいいか。
櫛田から離れて、食糧探索の帰り道の方向を見ていると松下が来た。
「外に出るんだったら私も行こうか?」
「…いや、休暇に急に生徒が二人消えれば目立つ。特に軽井沢グループの関係者である松下が居ないとなったら騒ぎに成りかねんし、俺だけで行ってくる。」
松下の提案を断ると松下は怪訝そうに見つつも分かったと頷く。そしてクラスの喧騒がこっちに向かないように、ステルスヒッキーを全開にしつつ外に出て、せっせと櫛田の指し示した場所に向かって走る。
風の音を耳にしながら森を駆ける。そしてある程度進んで行くと櫛田の言った通り若干森が開けた所に差し掛かった。
「此処か…んで方向的に…………ん?」
その場所で止まって観察しているとある木の根元に違和感を感じた。今まで培った観察眼を駆使して観察すると、自然に出来た様な地層ではなく掘られた様な跡に見える。それを見て確信した。そして取るべき手段を絞って俺はスポットに戻った。
それから無人島生活にもほとんどの生徒が慣れてきた日の明朝にそれが起こる。
唯一の誰にも邪魔されない休む為にある睡眠を摂っている中、ざわざわとした声が聞こえて、次いで身体を揺らされる。
「おい、起きてくれ比企谷」
「…んぅ、もうちょい寝かせてくれよ」
「……寝かせてやりたい所ではあるが、女子達が呼んでいるから起きてくれ」
寝ぼけ気味に言うが、それでも相手が諦めないので眠気でボーっとする頭の中、渋々瞼を開く。すると起こしに来たのは綾小路らしく、周りを見るとテントで敷き詰められていた男子が外にぞろぞろ出ている。
「……何があったんだよ」
「悪いが事情はまだ分かってない。とりあえず女子が鬼気迫る感じで男子を呼んでいるから外に出た方がいいぞ」
綾小路の説明に嫌な警鐘を理性が鳴らしているのを感じながらテントの外に出た瞬間、女子が俺達男子を睨む。
「これで全員揃ったよ篠原さん」
「ありがとう平田君。……今朝、軽井沢さんの下着が無くなってたの。これが何を意味するか、分かる?」
そんな事を言ってくる。周りを見渡せば軽井沢を含む一部の女子が居ないようだが……
嫌な警鐘に限って当たるようで、篠原は怒り心頭に言葉を発する。
「軽井沢さん、今、テントの中で泣いてる。櫛田さんたちが慰めているけど……」
「え?なに、何で下着が無くなった事で俺達が睨まれてんの?」
「そんなの決まってるでしょ?夜中にこの中の誰かが鞄を漁って盗んだんでしょ。荷物は外に置いてあったんだから盗もうと思えば盗めるわけだしね!」
その言葉に男子らは騒然となる。この様子で大体の事情は察した。如何やら軽井沢の下着が紛失したのを男子の誰かが盗んだと容疑をかけられたようだ。
女子の方を改めて見ると端の方に堀北や伊吹がいる。しかし櫛田に松下が居ない。
俺からしたら男子だけを糾弾することには納得がいかないが。普通に自分で紛失する可能性もある。つーか、平田が彼氏だとボッチの俺でさえ分かっているのに軽井沢の下着を盗むのか?偶然の可能性は高いだろうが。
それに今は集団行動が必須と言っていい無人島試験でわざわざ仲間割れを起こす様な生徒は他クラスのスパイぐらいだろう。
「俺達が盗む訳ねえだろ!軽井沢の下着なんて知らねえって!」
「冤罪をかけてくんなよ!」
「冤罪な訳無いでしょ!どう考えても男子が盗んだに決まってる!」
男子と女子の言い争いはどんどん紛糾度が増していく。平田が必死に仲介に入って場を諫めようとするが、感情的になっていて男子に疑いをかけている女子達には効果なんてあるはずがなく、しびれを切らした篠なんとかは言った。
「もう良いわ。男子の荷物を確認したら判るから。平田君、男子の荷物検査をしてくれない?」
篠なんとかが唯一敵意を向けていない平田にそう頼むと、男子の不満は爆発するが篠なんとかの意見は決して曲がらない。その様子を見て平田は苦渋の表情を見せながらも言った。
「……篠原さんの言う事も解るし、事態収束の為にも容疑を晴らす為にも此処は言う通りにしよう」
平田の言葉に反論しても無駄だと思ったのか男子は怒り気味だが渋々自分の荷物を取りに行く。そして荷物検査が女子達、身体検査は平田が行うらしい。
俺も無駄に面倒くさい容疑をかけられる事態を続けたくないし、荷物を取りに行こうとして、先に取りに行った男子が多くて動けないので最後に取りに行くことにした。
「ちょ…おい……池-----」
「いや、何で------俺は-----」
荷物取って並び始めた男子達が不満を呟き、ざわざわしていた。つーか邪魔で中々取りに行く事が出来ないんだが。
そして俺の荷物を取って検査の列を並ぼうとした時、何やら池と山内が焦燥感漂わせて近づいてきて行った。
「すまん、ヒキタニ。池を助けてくれ!」
「本当にすまん!!」
「はっ?ちょっ…」
俺の言葉を聞くことなく、池が持っていた何かを山内が奪う様に取ると俺の荷物の底に捩じ込んだ。そして逃げる様に元の列に安堵した様子で戻っていく。
山内が底に入れた何かを確認すれば、俺には見に覚えないあの焦り様が理解させられる物が、入っていた。男物とは冗談でも誤魔化せない下着。
「…………」
これが軽井沢の下着として、俺はそれを押し付けられた。つまり、池か山内が盗んだか、他の誰かが盗んでいて入れられたのかは知ったことじゃないが、俺は生贄にされた訳だ。
俺は列の最後尾に機械的に並ぶ。
何時もそうだ。誰かが炙れて都合の悪い事が無い理想郷などある訳が無い。
何時も皆という曖昧で上部の関係性を弾かれ、離れた奴が皆の輪を保つ為にリア充のネタにされる。そのなあなあの関係性を保つ為に邪魔な都合の悪い膿を押しつけられる。
どこまでも合理的で、無慈悲で。残った貧乏くじを押し付けられて、それ以外の奴が楽しむ様子を見て自分を戒めるのだ。
ああ、都合の良い理想なんてあり得ないと。
中学でも今回も同じ事の繰り返しだ。そんな事を思いながら最後の俺の順番になった。そして俺の荷物は隅々まで調べられ。
「これって…!軽井沢さんの下着っ……!!」
そう俺の荷物から出てきた下着に場が騒然として敵意を向けられ始める。特に女子は憎悪すら感じられる。
「あんた、マジ最っ低ッ!!」
「軽井沢さんの下着を盗んで何平然としてんの!!平田君にも申し訳ないって思わない訳!?」
「この屑!気持ち悪い眼で女子を見ないでよ!」
女子達の罵詈雑言が俺に殺到する。それを見て男子達も俺を嫌悪する眼で見始め、うっわー最低だな、二股の噂も本当かもな。という呟きが聞こえてきた。敵意を向けていないのは男子では焦燥気味の平田と気まずそうに観る馬鹿二人と綾小路に三宅。女子達は佐倉に長谷部にみーちゃん。
堀北が怪訝そうな視線を向けてきて、伊吹がじっと俺を見ている。するとヒートアップする罵詈雑言に平田が間に入って諫めようとする。
「ちょっと皆!一旦待ってくれ……比企谷君、本当に君が軽井沢さんの下着を……?」
「………結果見りゃあそうなるだろ。それだけだ」
そう言えば、反省の色が見えないと感じた女子達の怒りは更に増す。軽井沢さんに土下座してよ!とか一緒に過ごすとか無理、今すぐ出てって!!と言い始め、男子達もそれに同調し始めた。つーかさっきまで同じように疑われてたでしょ君等。
「皆、騒いでるけど何があったの?」
平田の仲介が再び入ろうとしたところで様子を見に来たのか、松下と櫛田が来た。
そして近くの女子が二人に経緯を説明すると二人は眼を見開くと俺を見た。そして松下が神妙そうな表情で聞いてくる。
「……ねえ、本当にやったの?」
「…………状況見たら解るだろ」
「嘘……君がそんな考え無しにやる訳…」
松下は否定するが俺は返事しない。状況証拠が出来ているのに反論しても無駄だ。松下の言葉に櫛田も続ける。
「誰かを庇っているとかじゃない、よね……?」
「ボッチなのに庇う様な友達なんて俺にいると思うか?」
そんなジャンプ的な要素が有れば俺ももっとマシな中学時代を歩んでいただろうし、この学校でも友人がいる筈だ。そして俺のヘイトが更に増した所で俺は言う。
「……って事で、一緒に過ごすのは嫌らしいし俺はスポット出るから後はリア充同士で仲良く勝手にしろよ」
中身のぶち撒けられた鞄を取ってぶち撒けられた下着以外の物を拾いながら俺は言う。その言葉に反論しようとした平田、櫛田、松下の言葉を遮って他の女子達が怒鳴る。
「うるさい。あんたみたいな屑に言われたくないわ!とっとと消えて!!」
「へいへい、消えますよ。これでpt散財なんかして最下位だったらお前等を笑ってやるよ」
そう言って俺は更に湧いた罵詈雑言や侮蔑や嫌悪の視線の嵐のスポットから出て行く。
これで良い。これでptの散財が無くなり、最下位になった事を嗤われない為に団結して試験へ挑む為のモチベーションが出来た。それに明確な犯人が出来た上にヘイトが集まっている俺を排除した事で男子全体のヘイトは少ないから纏まる筈だ。
平田に押し付けるというやり方もあったが、軽井沢との関係性的に軽井沢が不審に思う筈だ。皆の平田君が犯人を庇っているのではないかと。そういう認識は女子達もするだろうし男子全体に向かうヘイトを抑える意味では効果が薄い。
だから犯人になる様な噂の多い俺がクラス共通の敵になればクラスは結束する。まさにめでたしだ。
ほら、簡単だろ。誰も傷つかない世界の完成だ。これが俺にとって効率の良い、まさに悪は滅びたと言える回答。
さてと、俺も本格的にどうするか…そう思いながらスポットを出てしばらく歩いた所で止まって呟く様に言った。
「それで、追ってきて何か用があんのか?松下」
そう言えば、後ろから松下が追ってきていた。そして矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「何であんな事をしたの?小心者のボッチって言ってる君が軽井沢さんの下着を盗んだなんて思えない。椎名さんもいるのに」
「……椎名は関係ねえよ。ただ---「効率が良いから?」……」
「……どんなに効率が良かったとしても私は、比企谷君が傷つく様な方法は許容出来ない」
「別に傷なんて言うほどじゃねえよ。自分のやった責任は自分で取る。エリートボッチを何年やってると思ってるんだよ」
「…比企谷君は……いや、何でもない……私は一回戻るね」
悲しそうな表情で言いかけた言葉を止めて、点呼の時は戻って来て。と呟いてスポットに戻っていった。あの松下の表情にズキっと何処かが痛んだ気がするが、俺は変わらず進み続ける。
道に落ちている細い枝木を拾い集めつつ、椰子の実がなっている木が揃っていたので三つの実を回収して、歩いて行く。
そして地面の様子が変わってきたのが見える。景色は森から海前の砂浜に変わった。その浜は人気がなく、何も無い。端にはスポットが見える。
此処は一昨日までCクラスが占有していたが、今は誰もいない。龍園の策でCクラスの生徒は仮病で船に戻っていったのだろう。
龍園はptを使い切って、仮病という船に戻る正当な理由を使って生徒を船に戻した。残ったのはB、Dクラスで保護した生徒達とスポットのリーダーぐらいだろう。
「…此処で良いか」
そう呟き、集めた物を使って準備をしようとして、もう一度後ろから来たであろう奴に呟く。
「…何か用か?櫛田」
「……」
そう振り向きながら言うと、強化外骨格を外して俺を睨んでいる櫛田がいた。何で睨んでいるのん?
「………何であんたは平気なの。あんなに根拠のない容疑を押し付けられて、クラス中の悪意を向けられているのに」
「エリートボッチだからだ。慣れてんだよこれくらい」
「ふざけないで!」
俺の言葉に荒々しい様子で俺の胸倉を両手で掴んで怒鳴る。
「何であんたが犠牲になって成り立たないといけないの!?馬鹿げたぐらい根拠のない証拠で責められて、何であんたは平気そうな表情で受け入れてんのよ!」
「ちょ、落ち着け。……俺は犠牲になったつもりも無いし、悲劇の犠牲者なんざ御免だ。分かった様に言わないでくれ。これは俺の為にした事だ。だから責任もその所在も俺のもんだ」
「……この意地っ張り、頑固者、被虐性質者!」
俺の言葉に諦めたように胸倉を掴んだ両手を下ろして俯いてそう言う櫛田。誰がドMじゃ。しないといけない状況にあって、状況に合った効率が良いやり方を取っただけだっつーの。
暫くの沈黙に空間が包まれて、気まずくなってき始めた時、櫛田が不意に口を開けた。
「……あんたはそこまでして一体何がしたいの?」
その言葉に俺は一瞬だけ考える。櫛田の様子的に答えないとスポットに戻って行かんだろうし、かと言って依頼の事は言えんしな。
「……皆っつうもんに注目される感覚を体験したかった。まあこうなったが」
「馬鹿じゃないの?……でも、そんなあんたを観る人が居るっていうのは分かった気がする」
「その上で言うけど、私はあんたが嫌い。次にあんな方法取ったら……」
「…取ったら?」
櫛田が中途半端に言葉を切ったので妙に怖い。聞かねえ方が良かったか。すると勢いで言ったのか櫛田は頰を赤らめて言った。
「……責任とって」
「何の!?」
え、マジで何の責任だよ!?別に此奴に何もしてねえぞ俺!そして言うだけ言って強化外骨格を貼り付けて(未だ頰が赤いが)、スポットに戻っていった。
……嫌われたのは未だ良いとして、責任って何だよマジで。……本気で彼奴から距離を置くべきか?
そう呆然としながらも俺は集めた資材で仮拠点の準備を始めた。
浜辺からスポットに戻りながら考える。
私が見た時、あの騒動で彼奴があんな方法を取るとは思わなかった。
十中八九、軽井沢さんの下着を誰かに押し付けられたのだろう。あんな警戒心のあるボッチの男が彼氏がいる女子の下着を盗んで即バレなんてあるわけが無い。盗んだ生徒はまだだけど、押し付けた生徒は検討が着く。
彼奴ならいくらでもやりようがあるだろうに、あろう事か彼奴は何の弁明も無く、受け入れてクラスの敵になった。
そして彼奴が消えた事でクラスの嫌悪感が全て彼奴に向き、生徒が纏まり始めたのだ。直ぐに分かった。彼奴はこうする為にワザと敵になったんだと。彼奴の罵詈雑言を吐いていた生徒たちは一斉に彼奴に嗤われ無いように動き出した。平田君も比企谷君に対する懸念はあるが、今はクラスが崩壊しなかったことに安堵していた。
ふざけている。疑いを一方的に男子にかけていた女子達も、容疑を押し付けて犯人が決まれば一緒になって責め立てる男子達も、そして彼奴が消えた事で団結する事も、それを受け入れた彼奴も、それを見ていて何もできない自分自身も。
彼奴があんな方法を取るのを見ていた自分はまるで中学時代の自分自身の様子を見ているようで、あの時の自分に対する当てつけの様に感じてどうしようもなく腹が立った。
彼奴の事は嫌いだ。何を考えているのかが分からない。だけど彼奴は私の内面を知っている。だから私にも彼奴を知る権利はある筈だ。
「……逃がさない。絶対に」
そう呟き、私は彼奴を逃がさない為の算段を考え始めた。