ようこそ俺の実力至上主義のまちがった青春がある教室へ 作:ゆっくりblue1
Dクラスを追われてCクラスのスポットの跡地に来た俺は、浜辺に来る道中に拾い集めた何十本もの細い枝木と木の葉、少し荒い面が目立つ自然の木の板状の物に、木に成っていた椰子の実が三つ。
それらを使って浜辺に仮拠点の土台を作り始める。丁度端のスポットのある地点が祠となっているのでそこに移動する。
まず砂地に細い枝木を抜けない程度に突き立てて、カメラの三脚状に一本継ぎ足した四脚状に交差させる。これで交差部分は紐などで縛らなくても台代わりになる。
そしてそれを一定の距離にもう一つ分を作って二つの軽い台が出来た。その二つの台に枝木を橋の様に設置する。高さ的にはこれで大丈夫だろう。これを後、二つ分並行に物が置ける程の距離で設置する。
今日は風が少し強いが、風が吹いてもある程度なら保つ強度である事を確認して、スポットのある祠に入る。
涼しいな…奥に進む程、夏とは思えない程に冷気が感じられる。クーラーが要らないくらいには快適だ。これなら物も暑さの心配は必要ないな。
祠の様子を確認した後、作業の続きに戻る。こういった騒ぎ声のない環境で黙々と作業するのはボッチの得意分野だ。意外と職人肌で繊細である。
椰子の実を手に取って、面の荒い木板の鋭い角に向かって、強めに叩きつける。それを数回繰り返すと実の表面に罅が入り、中から液体が滲み出てきた。この液体はよく椰子油にされている。スーパーなどの市販のものでもよく売っている。
その液体を鞄から出した最初に生徒に支給されていた一枚の真空状態の吸水ポリル袋を使い、木板を手ごろな石で傾斜に固定してポリル袋を立て掛けた状態にして零さないように椰子油を注いで行く。
これを椰子の実分だけ続け、油を全て注ぎ切った事を念入りに確認して、空洞になった椰子の実を上手く半分に割る。そして油の入ったポリル袋は結んで溢れないようにして祠の方へ保管しておく。
そして六つ分のお椀状になった半分に割れた椰子の実を一旦流水で綺麗にする必要がある。
海水は塩分濃度が多いので、余計な不純物を含ませる事になる。よって塩分濃度の少ない川の水で洗う必要がある。ここから近くの川はさっき追われたDクラスの辺りが近い。流石に気まずいな…
ステルスヒッキーを使って周りに悟られないように洗って撤収する事も考えたが、流石にこんな直ぐにあんなヘイトを溜めさせた所には行きたくない。
そう思ってDクラスではなく、別の場所にある川を目指すことにした。とりあえず急いで探すか………はぁ、働かないように動いているつもりなのに肉体労働が多い気がする。この試験終わったら寝て過ごそう。……何かフラグっぽいな。
そんなことを考えながら六つの椰子の実を手に、川を探索しに走る。
比企谷君が出て行った後のDクラスは比企谷君の手によって不本意にも団結力が増していた。
それを黙って見ている私は、彼氏に慰めてもらっている同じグループだった軽井沢さんと未だに比企谷君に悪態を吐きつつ、追い出す一手を打ったことを誇らしげに他の女子達と分かち合う篠原さんと佐藤さんを見て苛立っていた。
「凄いよ。私じゃあんな強気じゃ出られないから。流石篠原さん!」
「女子として当然のことをしただけよ。友達を泣かせた変態と一緒の場所で過ごすなんて御免だしね」
「本当ソレ!これで枕を高くして寝れるわw」
女子同士で仲良く話題のネタにしている様子を冷ややかな眼で見つめる。事実確認も碌に取らず、容疑を独りに押し付けてそれ以外は正義の味方気取りで、浮かれた賞賛を受けて誇らしげにするとか、正直、これほど同じグループになった事を後悔した事は無い。
気分は朝から最低も最低なので、人混みから離れて過ごすことを決めた。それに下着泥棒の真犯人も調査したいし。
比企谷君は犯人を押し付けられたことに抵抗せずとも受け入れていた。だからおそらく、犯人探しは望んでいないだろう。そして彼は彼で何かを隠している。
そうでなければ、働きたくないと専業主夫になる事を考えているあの捻くれボッチが、スポット探索なんて労働を積極的に行う筈がない。それも後で問い詰めるとして、何から手をつけるか……
そう葉音を立てている端の木陰の方で思考していると、櫛田さんがこっちに近付いてきていたので不思議に思いながら話しかける。
「……櫛田さん、如何したの?」
「松下さん、この後、比企谷君を探しに行かない?」
そう提案してきた事に眉を動かす。櫛田さんが比企谷君を探したいと言い出すとは珍しい…いや、彼女の立ち位置的には不思議ではないのだけど。如何して?と聞けば櫛田さんは続ける。
「松下さんも思っているだろうけど、軽井沢さんの事、やっぱり比企谷君がやったとは思えなくて……比企谷君も盗んでいるなら理由がある筈なのに何も言わないまま出て行っちゃったし。理由も何も分かってない状態は嫌なの」
そう話す櫛田さんの様子はもどかしそうだった。それもそうだろう。たった独りを悪とみなして、集団は正義面をしている。冤罪の可能性もあるのに決めつけて決定的証拠も無いのに疑いだけや偏見で追い出す。最低も最低だ。
比企谷君は今回の件で向いた集団の悪意など気にも留めないだろう。けれどその悪意の様子を比企谷君の側で見ている人がいる事を彼は気づいているだろうか。
もし気づいていないのなら、私も勝手にしよう。そして、思う存分…いや…また後で考えよう。思考が逸れたので、本題に戻す。
「…あの捻くれ者は私も探しに行こうと思っていたから賛成だけど、櫛田さんは比企谷君が居そうな目星い場所は思いつきそう?」
「……うーん、正直言って比企谷君って一人で居ても物怖じしないタイプだから、絞り込むのは難しいかも」
「……だよね」
無人島生活を強いられる状況下でも、彼は驚くくらい冷静だったし。無人島が整備されている事も見抜いて、食糧が問題がないことも分かっていたから。
正直、彼の行動範囲には制限がない。行かない場所はおそらく此処くらいだけれど。そう考えていると櫛田さんが言った。
「とりあえず、知っている道を辿ってみよう」
堅実な提案をしてくれたのでそれに乗る事にした。そして私が提案した知っている道としてはCクラスとBクラスのスポット占有地。Aクラスはリーダーが既に分かっているので、スポット占有地への道を探索はしていない。
そして目的を定めた私たちは、平田君にスポットを出ることを伝えてスポットを出ようとした時、堀北さんが近付いてきた。
「……その様子だと比企谷君を探しに行くのでしょう?私も彼の行動の真意を知りたいところだけれど立場上大きく動けないし、Dクラス周辺の方を探索するわ」
「うん、ありがとう堀北さん」
その予期せぬ助っ人になってくれた堀北さんにお礼を言って、私は櫛田さんと捻くれ者の捜索に出た。
その時、伊吹さんが私たちを見つめていた事には気づいていたが、その視線の意味は分からなかった。
浜辺を離れてからある程度の時間が経った。その間に、手に持つ椰子の実を洗える川は見つけられていないが、それでも収穫があった。
「未占有のスポットが二つもあるとは思わなかったが……やっぱり移動範囲はどのクラスも控えめか」
浜辺から川を目的として歩いていたがマニュアルの大雑把な地図の表示している道を大回り気味に内側に向かっていた道中に、未占有のスポットが二つ程あったのだ。
これで占有することが出来れば、依頼の完遂もかなり近づく。それに依頼の同時進行とか面倒くさいし、今後は絶対やらん。
と思いつつ、風が吹いている森の中を進んでいると、俺の他に人の気配が存在したので、木の陰に身を潜めてステルスヒッキーを全開にして、その正体を伺う。風が葉音を鳴らしている中、聞き耳を立てる。
そして正体の奴達の話し声と共に姿を見せた。その正体の生徒はBクラスの纏め役の一之瀬と、松下から聞いたが、その参謀的立ち位置らしい生徒の成井、ともう一人は知らない男子生徒だった。
「スポット無かったなぁ。結構歩いてたのに骨折り損だぜ」
「でも、食糧は有ったんだし収穫はない訳じゃないよ」
「…食糧が取れる状況なだけありがたいわ。スポットを探すだけでもリスクはあるのだから……」
そんな会話をしながら森の中を進んでいく三人。迷いない足取りで歩いているってことはそっち方面にBクラスの占有スポットがあるのか?
結構歩いてきたが、Bクラスのスポットがあるなら近くにも川があるかもしれんし、ついて行くべきか。つーか無人島の全土を把握している訳じゃ無いし、迷っても面倒だし其方の方が良いな。
そんなことを思考していると三人の会話の様子が動きを見せた。
「……」
「…ん、如何したの?成井さん。何か見つけた?」
「食糧でも見つけたか?此処での食糧は貴重だしなぁ」
「……いえ、違うわ。とりあえず一之瀬さんと柴田君は食糧を持って戻ってくれる?ちょっと気になることがあったから調べたいの。良い?」
急に成井が一之瀬と柴田という男子生徒にそう言うと柴田は怪訝そうな様子を見せながらも一応納得して頷くとその場から離れていく。
しかし一之瀬は動かない。それを見て成井が聞く。
「…如何したの?貴女も一緒に戻ってくれても問題ないけれど」
「ううん、成井さんだけ置いて行くのもスポットの場所を知っているとはいえ心配だから、柴田君はスポットに戻るって分かっているし、此処は成井さんに付き合うよ」
「…そう、ありがとう一之瀬さん」
そう言った一之瀬に静かに礼を伝えた後、少しの沈黙が空間を包む。そして風とそこらの葉音だけが辺りに響く。
別に何も無いのだが、何故此処で止まったんだ?まさか、俺がステルスヒッキーを発動して潜んでいるのがバレたか?だが音も立ててねえし、今までの経験で気配遮断も某蛇に比肩するって自負はあるが。
「…此処で隠れている私たち以外にいる誰かは知らないけれど、出てきたら如何?」
「えっ!?」
突然の成井の言葉に一之瀬が驚くが俺も正直予想して無かった。……バレたか?いや、俺と成井達の距離は10メートル以上は離れている。
カマかけの可能性もある。此処はスルーして通り過ぎるのを待つか。そう方針を変更して判断していると成井の視線がこっちの木陰に向く。
「そこの陰に潜んでいるのでしょう?分かっているから出てきた方が身の為よ」
…明らかに視線がこっちを向いてるな。これ以上隠れても面倒な事態になるだけだな。そう諦めて木陰から出て行く。そして俺が姿を見せたことで一之瀬が更に驚く。
「比企谷君!?如何して此処に…」
「ちょっとな。ステルスヒッキーが初見でバレるとは正直思って無かった。一応ボッチの十八番スキルだと思ってたんだが」
一之瀬の問いを逸らして呟く俺。これは本心だ。初対面ではないにしろステルスヒッキーは図書館で会っていない時に使っただけで実質初見だ。今までは知り合いでも通じてたんだが……
「…隠れ方というよりは環境要因よ。今日は風が強いから葉音が常にしているけれど、葉同士以外の物に触れている状態だと音が断続的になるもの。貴方の服の端にでも葉が触れていればあり得る事よ」
…えー、確かに風で揺れる葉がジャージに掠れているから周りの環境音と違うのはわかるが、それでも局所的な場所を常に鳴ってる周りの音と判別するって出来るのん?耳が良いっつー次元じゃないと思うんだけど。
つーかどんな洞察力してんだ。ボッチ歴二桁年の俺でもドン引きするぞ…と思っていると一之瀬が話を戻す。
「それで、比企谷君は一人で如何して此処に?」
「食糧とスポットの探索だよ。お前らと接触することになるのは予想してなかったが」
「…そういうわりには食糧と関係ない椰子の実しか持っていないようだけれど」
「ついさっき見つけて下処理したんでな。皿にでも代用する為に川で洗おうと川を探してた。ついでに魚もな」
疑問に答えると一之瀬が何処か怪訝そうな表情をしたが、何も言わずに話を続けることにする。丁度良いしな。
「…それと聞いておくが、Aクラスのスポットリーダーは分かってるか?」
「ううん、知らないよ。うちのクラスはリーダー当てよりptの節約を優先しているから」
「…知らないわ。貴方は知っているの?」
二人の言葉を聞いた俺は近くにある枝で地面の土に文字を書く。その文字はAクラスのリーダーである戸塚の名前。その意味を理解した二人は驚く。
「えっ、そんなに軽く教えてくれるの!?」
「…これを直ぐに信じていいものかしら?」
「まあ信じるかどうかはお前たちに任せる。俺に教えないメリットがあるわけでもないしな」
驚く二人を尻目に地面をなぞった文字を消す。すると、一之瀬が頷いて言った。
「…うん、とりあえず覚えておくよ。それで比企谷君は川の方に行きたいんだったよね?川なら……」
「…一之瀬さん、川への案内は私がやっておくからスポットに戻ってクラスをまとめておいてもらっていい?貴女が居ないと不安がる生徒たちも多いから」
「…うーん、それはそうだけど……」
そう成井が一之瀬に言う。確かに一之瀬のクラスへの信頼は平田以上だ。スポットに予定通りに戻らずにいるだけならまだしも同盟側とはいえ他クラスの生徒に会っているとなれば同盟も曇る。
俺にとっては同盟関係自体はどっちでもいいが、勝手に同盟を切って無用な悪意をこれ以上向けられるのも面倒だし、此処は乗っておくか。
「……あー、他クラスの俺が言うのもなんだが、成井の案内があれば十分だからな。二人っきりにすることが不安なら別だけど」
「…ううん、比企谷君を信頼していないわけでじゃないよ。……分かった。成井さんに任せるよ」
一之瀬は悩んではいたが、最終的には成井の方に任せた。そしてまたね。と挨拶するので俺は軽く頷き返すと、スポットに足早に向かって行く。
その背を見えなくてなるまで見送ると、成井が口を開く。
「……川へ案内するわ。こっちよ」
「…ああ」
成井の言葉に返事して進んでいく背を追っていく。
相手は黙々と進んでいく方向に従ってついて行き、風が吹いている音を聞きながら周りを確認する。迷うのは助けが期待出来ないボッチとしてはマジで命とりだしな。
そして歩くこと体感数分で、水の流れる音が聞こえ始める。景色が変わり始め、開けた場所に出た。其処には透き通る川。
「この川の水質は問題無いし、川魚もかなり泳いでいるわ。捕獲した後に血抜きするなら地面で処理して」
「ああ、案内してくれて助かった。ありがとな」
凛とした声に礼を言うと河口に行って椰子の実の殻を全て洗い流した。ついでに川を悠々と泳ぐ魚に視線を移す。俺も縛られないように悠々としたいもんだが…まあ捕獲されて食われる魚の立場にはなりたくないけどな。
俺は水面に映る魚影を見定めると手頃な軽石を手にして、魚影の尻尾の後ろに向けて水切りのように水面へ平行に手首をスナップさせながら投げる。
投げた軽石は水面を小気味良く前に数度跳ねながら進んで魚影の後ろに沈む。すると驚いた魚は散開して数匹がこっちに近付くので、ステルスヒッキーを発動して。
バシャッと魚影が映る水面に手を瞬時に突っ込んで魚を掴んで引き上げる。
「っと…まさか違う生物にもステルスヒッキーが通じるとはな」
そうビチビチと手の中で跳ねる魚の尻尾を見ながら呟く。魚のサイズは十センチは超えていて厚さもある。とりたて新鮮っていう跳ねの良さだ。
獲った魚を洗い終えて地面に置いた椰子の殻に入れて逃げない位置に置く。
その要領をもう二回程素早く行い、合わせて三匹の肉厚のある魚を捕獲出来た。一匹は岩魚に後二匹は鮎っぽいな。
サバイバルの食糧事情にも通じるステルスヒッキーって最強だな。まあ釣り道具が無いから手掴みになったが。
そう思いながら獲った魚を地面で手早く血抜きする。エラから指を突っ込んでなるべく身を傷つけない様に魚の、人間で言う軽動脈に辺る皮膚筋を千切って溢れた血を地面に流し落とす。そのやりくりをもう二回。
結構グロくて魚に対する罪悪感を掻き立てる作業だが、食糧確保は活動する時にはどうしても必要だからな。今日一匹食って、明日の午前と午後に一匹ずつの計算だ。すまんな。この川では今回限りだ。
「……やはりこういった作業は堪える?」
「うおっ!?……居たのか」
作業に集中していたせいで周りへの注意を分散していたのでその場に残っていた成井に気付かなかった。振り向けば、温度の感じないが澄んだ深蒼の視線で俺を観察していた。
つーか、注意を向けていたとはいえ、気配が感じなかったな。何というか、不安定な…曖昧模糊で薄い。自然に溶け込んでいるわけではなく、まるで景色の映り変わりの節目…か?
……いや、今は気にする必要は無いな。そう思っていると成井は続ける。
「………罪悪感や後ろめたさというものを感じる事は必ずしも悪いこととは言えないと思うわ。どんなことにしろ、ね」
急にそんなことを言い始めた事に戸惑いを覚えつつも気になることを言われた。悪いことではない?起こった事に対しての後悔はただの自己満足だろうに。
「…悪いことではない?罪悪感は罪に悪って書くが……」
「……確かに後悔は先に立たない。取り返しのつかないことも勿論あるけれど、逆を言えば、向き合おうとする意志の発露とも言えるわ」
向き合おうとする意志……その発露って言い得て妙だな。上手く出来ずに失敗して後悔した副産物がそれか。
「貴方は“人”という文字をどう思う?」
「どう思うって一本の線が二つ支え合ってるとか言う奴だろ。俺から見れば片方が凭れかかってもう片方の負担を増やしてると思うが」
平等という言葉が耳触りの良い張りぼての現実を表している様に、誰かに負担を押し付けて残りの大勢が幸福を享受する形で社会が成り立っている。だから自家発電の省エネボッチが平和である。
「確かにそうも見えるわ。では、“ひとり”ではどうやって凭れ掛かっていると思う?」
「……」
そう言われて直ぐに答えが出なかった。人という文字に必要な線は二本。ボッチでは一本しかない。ではもう一本は?そして俺が思い至ると同時に成井が言った。
「“独り”では自分は見えない。他者や物があって初めて自分というものを認識して、向き合えると思うわ」
「勿論、人間関係の事を当てはめて孤独が悪い、集団が良いと言いたいわけではないの。その逆も然りよ」
「……話の結論を言えば、あらゆる事に対して向き合おうとする意志を忘れないようにと言いたかったの。罪悪感はその証拠だとね」
「………」
そう成井に言われて、脳裡を過ったのは知り合いの女性達数人。
向き合っていないと思いたくはないが、今回の依頼をこなす過程で見た同じクラスの二人の少女の表情が脳裡に鮮明に残っている。
そして銀髪の本好きの少女の告白にも。
これでいいのかという問いをする時期はとうに過ぎている。誤解であったとしても解は解だからな。そう思って口を開いた。
「……とりあえず覚えておく。じゃあ、行くわ」
「…………そう、ではお別れね。…体調に気をつけてと言っておくわ」
俺の言葉に静かに気遣いを返した成井に頷いて仮拠点に踵を返そうとする。
「……最後に聞きたいのだけれど、最近同じような内容の夢を定期的に観るかしら?」
夢、ね。如何して聞いてくるのかは知らんが、まあいいか。
「…観るっちゃ観る」
そう言えば成井は少し考え込むような表情になる。しかしすぐに表情が戻ると言った。
「そう…答えてくれてありがとう。[[rb:気にしないで大丈夫よ > ・・・・・・・・・・]]、[[rb:忘れてくれて構わないわ > ・・・・・・・・・・・]]」
その言葉に違和感があったが、気にしないでいいと言うなら、俺も気にする必要も無いのでそうする。
その時、僅かに靄がかった何かが晴れた感覚がした。…?そう言われるまで何か俺は気にしてたのか?……まあ、今はいいか。
「ああ、ありがとな。----------」
そう言って今度こそ仮拠点に俺は戻る。これで食糧は確保出来たから今度は寝床だが、テントねえしタダの吸水ポリルシートで代わりにするしか無えな……
はあ、依頼があるとはいえいつのまにかガチのサバイバル生活になってね?船に帰りてえなぁ。何なら小町の居る家に帰りたいまである。
そう思いながらも溜息を吐いて仮拠点にトボトボと足を進めた。
足早に森の道を歩きながら私こと松下千秋と櫛田さんは比企谷君を探していた。
先程まではCクラスの拠点跡地に居たのだが、あの捻くれ者の姿は無かった。ただ代わりにあったのは誰かが浜辺の祠辺りで組み立てたと思われる細い木の台のような物と、木の板に祠に置かれていた何かしらの液体の入った吸水ポリル袋のみ。
あの捻くれ者が置いた可能性があるが、他のクラスの人の物である可能性もある。B、Cクラス以外にAクラスの動向はわかっていないのでAクラスの生徒が近くにいる場合もありうる。
そう思って少しの確認の後に跡地から出て、今は同盟関係のBクラスの拠点スポットがある場所に足を運んでいた。その道中で櫛田さんが口を開く。
「これでBクラスにも比企谷君が居なかったらどうする?」
「…うーん、私はともかくとして平田君と同じようにDクラスを纏められる櫛田さんがいつまでも居なければ騒ぎになりかねないし、比企谷君も点呼で八時までには帰ってくるかも知れないし、其処で捕まえればいいかな」
そう考えながら言う。あの捻くれ者を探す人選が人選なので、スポットから出た時間は午後ということを考慮すると、Bクラスにいなければ、一度戻るしかない。
というか今のDクラスに戻って活動したくないのが本音だ。点呼が終わってもあの捻くれ者が見つからなかったら私一人で探しに行こうかなぁ…私も彼ではないにしろ働くのが面倒くさい。
そんな思考をして足を進めると視界と場所が開けた。森に囲まれた中心地にスポットや生活のテント、創意工夫とptが両立した施設が目立ったBクラスの拠点に着いた。やっぱりDクラスとは大違いだなぁ。
そう遠い目をしていると他クラスの私達の姿を見たBクラスの生徒が近付いてきた。
「櫛田さんに松下さんじゃん。二人で如何したの?」
その疑問に答えていると他の生徒達の視線も集まり、知り合いの生徒も近付いて来た。Bクラスのリーダー的存在の一之瀬さんとその参謀役の神崎君だった。
「あれ、いらっしゃい二人共。何かあったの?」
「珍しいな。其方から来るのは」
「一之瀬さん、神崎君、丁度良かった。実は比企谷君を探しているんだけどそっちに居ない?」
そう櫛田さんが聞くと神崎君は眉を上げて、いや……と否定した。此処もハズレかと思った時、一之瀬さんが驚くことを言った。
「比企谷君ならさっき近くで会ったよ。椰子の実の殻を持っていて近くの川を探していたから伝えたけど…」
「本当?川ってどの方向にあるか教えてもらっていいかな?」
「松下さん達が来た方の反対だね。……その様子だと比企谷君に何かあった?」
「……」
一之瀬さんに聞かれた事について答えようか逡巡する。この問題はDクラスの問題だ。Bクラスを巻き込んでいいのか、同盟関係のクラスに迷惑をかけることになれば、目も当てられない。
いや、捜索にBクラスを頼るしかない時点で今更でしかないけど…
それに、Dクラスの為を考える必要も無い。今の優先順位はDクラスよりも……
そこまで思考して私はDクラスでの事情を全て説明した。すると、聞いていたBクラスの大半の生徒は表情を顰めるが、一之瀬さんと神崎君や一部の生徒は考え込んで、一之瀬さんが言った。
「…とにかく其方も大変な事になっているみたいだし、同盟関係のクラスがそこまで困っているのはね……」
「……一之瀬、正直な事を言ってくれて構わないぞ。お前もDクラスの騒動の真相を知りたいんだろう?」
一之瀬さんの迷っている様子を見て神崎君が口を挟む。そう言えば、一之瀬さんは、にゃはは…鋭いなぁ。と観念したように言う。その様子を見て、分かっている様にBクラスの生徒が頷く。それを知って一之瀬さんは頷き返して、答えを待つ私達に言った。
「……うん、とりあえず今は試験中だから大したお手伝いは出来ないけど、私達も比企谷君を探してみるよ」
「っ…本当にありがとう。心強いよ」
「うん!お世話になるよ!Bクラスのみんなもありがとうねっ」
私と櫛田さんはそれぞれでお礼を言う。捜索してくれる人手が増えれば見つかる可能性も飛躍するし、本人が見つからなかったにしろ川へ辿った足取りが分かったから、全く分からない場所にいる訳じゃない。
それに点呼の時間もある。それからまた考えればいいか。
そう結論づけて再度お礼を言った後に時間の許す限りの手を打った私達はBクラスの拠点スポットを出てDクラスのスポットに戻った。
その後、時間が経って八時になった。茶柱先生が教師用のテントのある浜辺から現れた。
それを見て生徒達はポツポツと整列し始めておもむろに先生の点呼が始まった。
点呼に応じる声や動きで確認を取る。先生が見える位置で生徒達は雑談をコソコソ行う。そして名前の順番が回って来た。
「----------、比企谷八幡」
茶柱先生の呼び声に応じる声は聴こえず、風の吹く音がするのみ。先生の視線が動き、間が開くと少しだけ止まった後、直ぐに手元にある点呼確認表に視線を移し、次に平田君の名前が呼ばれる。そして生徒がコソコソと言った。
「…何だよ。これで5pt減ったじゃん」
「居なくなっても迷惑かけるとかまじ最低…」
「本当それ」
「………」
その陰口を聞きながら、私の名前の順番が回ってくるのを待つ。陰口を聞いた時に思わず拳を握る。
「松下千秋」
「はい」
呼ばれた返事に上手く余裕を持って返せただろうか。正直言って分からない。
比企谷君、どうして戻って来ないの…このDクラスの空気の中には戻ってきたくないのは分かるけど…
せめて、私にだけでも顔を見せてくれてもいいじゃない…
此処に、もしも椎名さんが居れば結果は変わったの?いや、それでも半分くらいか…
だとしても、私よりは可能性があるよね…
「……比企谷君」
そんな渇いた呟きは強く吹いた風音に掻き消された。
漣の音が聞こえる。そしてその水面に映る空は暗く、日はもう沈んでいる。
ポツポツと浮かぶ光が見える。その中心には一際輝く星があった。
時刻はもう八時半を既に過ぎている。俺は祠の仮拠点に作った台の下に焚火を焚いている。そして川で獲った川魚を焼いて食べて、祠の奥でただの吸水ポリル袋を何枚も使い、簡易的マット兼ベッドと掛け布団代わりにした。
川魚は海の塩を抽出した塩を使った。用意するのに何時間と絶妙な加減がいる上に市販の方が味は良いが我儘が言える状態じゃないしな。そして椰子の実から抽出した油も使った。これは美味かった。
「……」
パチパチと祠の中で焚火を焚いて暖を取る。夏とはいえ風は冷えるので、暖かい空間は必要だ。
「……………」
紅く揺れる炎を尻目に星を見上げる。そして考えるのは明日の計画と、妙に頭に残った成井の言葉。
『……確かに後悔は先に立たない。取り返しのつかないことも勿論あるけれど、逆を言えば、向き合おうとする意志の発露とも言えるわ』
「……向き合う、ね」
この学校に来てから今まで送っていた生活や習慣が通じなくなった。一人で静かに誰にも構われず、ネタにされるだけの生活。
嘲笑され、ハブられる環境。振られて晒し者にしてきた生徒、そして簡単に誰にでも向けられる好意を特別と勘違いする自分。
それが、構われ、嘲笑されることもなく、ましてや好意を向けられるなんて余りに自分に都合の良い話で…
『はち、まんくん…』
「っ…」
気持ち悪い。夢で見たあの自分から受けた[[rb:悪夢 > なにか]]の様に。今までの俺なら此処で関係をリセットしている。
勘違いして関係を崩壊させて裏切られたと思えば、自分に失望する前に。そうすれば、余計な痛みやしがらみを作らずに済む。
その点それを気にせずに良いボッチの今の自分は好きだ。だからこそ一人が効率が良く楽なのだ。
-----------------それでも、今の関係を崩壊させたくないと思うのは、何故だろうな。
一際輝いている星を見る。あの星に腕を伸ばす。
届かないところにある星を追い求める愚か者は飛んでも焼け死ぬ運命だ。
けれど、自分の求めるものがあるかもしれないと手を伸ばすのだ。
向き合おうと、届かないとしても愚直に、純粋に、希う。
裏切られない曖昧で、不安定で、薄氷のモノの為に。
「…それは何なんだろうな」
そう呟くと焚火の炎が燻って、俺は思考を中断して明日の準備をし始めた。