ようこそ俺の実力至上主義のまちがった青春がある教室へ   作:ゆっくりblue1

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第三話


女子とメルアド交換していてもろくなことが起きない。

桜が散ってしばらく、4月も終わりになる。俺は何時ものように登校して、うるさい教室の中、授業の準備を進めていた。教科書類の準備を進めていると、丁度登校してきたのか、鞄を肩にかけた松下が隣に座って挨拶してきた。

 

「おはよう比企谷君、もう授業の準備?」

 

「……おう」

 

此処が普通の高校ならばもっと適当にやるのだが、この高校は普通ではない。生活していく上でのペナルティが課せられる可能性がある。pptは未だ8万後半の額があるが、減らされたらたまらない。松下とある程度雑談しながら授業の準備を終えた中、ザワザワとしている教室に茶柱先生が入ってきた。

 

「席につけー。いきなりで悪いが小テストを受けてもらうぞ」

 

入ってきて早々の言葉に、不満を漏らす生徒がいるが、茶柱先生はその不満を受け流し、続ける。

 

「小テストは成績表には反映されないから安心しろ。何、お前達が受けた入試の時の問題よりも簡単だ。授業をしっかりと受けていれば点数が取れるようなものばかりだ」

 

あからさまな物言いに嫌味が含まれている事を感じるのは気のせいではないだろう。それにしても成績表には反映されない、ね。恐らくこれが来月pptの最終裁定なのだろう。

 

そして問題用紙が配られ、必要事項に目を通して、開始時間を待つ。入試の問題よりも簡単か。中学の時、必要かなと思って難関高校の2、3年生レベルの問題も解いてみて、入試に臨んだがその甲斐あって、苦手な数学もある程度取れたと思っている。文系科目も自己採点では90点は取れた手ごたえがあった。その入試の問題よりも簡単であれば、数学以外は満点が取れるかもしれない。

 

そして開始の合図と共に問題用紙を開いた。書かれている問題にさっと目を通して、思わず目を見開いた。

 

何だこれ……入試の問題の時より簡単どころか、中学生レベルの問題ばかりじゃねえか。驚きつつもパパッと問題を解いていき、最後の大問の三題に目を通した。俺はまたもや驚いた。最後の大問の三題の難易度がさっき解いた問題よりも難易度が高い。それどころか、入試の問題よりも難しいと思った。だが今やっている教科は英語で、文系科目だ。入試に備えて蓄えていた知識を記憶から掘り出し、当てはめて解答を埋める。1問目、2問目と解いて、3問目を解こうとして、詰まった。なので、3問目の問題は解かずにその前の問題を見直しの時間に当てる。

 

そして1教科目の小テストが終わった。休憩時間を挟み、次は苦手な数学らしい。しかし教科に別れて難易度が上がるとは考え難いため、今受けた英語と同じ形式のテストの筈だ。俺は休憩していると、隣で同じく休憩している松下に話しかけられた。

 

「最後の大問の三問、難しかったよね?あれ、解けた?」

 

「……最後の3問目以外は解けたと思うが」

 

「本当?あれ多分高校一年生の範囲じゃないと思うんだけど。私は全部飛ばしたよ」

 

問題数からして、最後の大問の三問の配点は1問で多分5点だろう。最後の大問以外は問題無く解けたと思うので俺は三問のうち2問解いたので合っていれば、95点は取れたことになるだろう。

 

恐らく松下も最後の大問の三問以外は解けていると思うので85点か。そして数学の小テストが始まる時間となった。

 

ーーー

 

小テストを受けての後日、月が変わった。5月1日となり、pptの配当日である。朝起きて、学校に行く準備を済ませて学生証を見る。その学生証に入っているpptの数字は『85,100ppt』と先月の終わりと全く変わりはない。

 

やっぱりポイントは0か。いや、もしくは貰えたポイントが0なのか。まあ何方にせよマイナスが無かっただけでもマシだと言える。そこで俺はAクラスにいる坂柳の電話帳を見て、連絡する。俺から連絡するのは初めてだな。まあメールは時々来るので電話自体はそれなりだ。

 

2コールしたところで、坂柳が出た。

 

「もしもし、比企谷君からの連絡は初めてですね」

 

「ああ、そうだな。それで、いきなりのところで悪いが、坂柳は今月幾ら貰えた?」

 

「94,000ポイントですよ。其方は?」

 

うっわぁ……差がすげえ。坂柳に揶揄われそうだから答えたくないなぁ。しかし答えてもらった手前、答えない訳にもいかずに内心溜息を吐いて言う。

 

「……0ポイントだ」

 

「………それは、ご愁傷様です」

 

やめて!同情の方がダメージ多いから!………っていうか坂柳がそんな同情するんだな、驚いたわ。そのまま坂柳は続ける。

 

「ふむ、比企谷君の事でしょうから節制しているんでしょうけど、困ったのなら貸しますよ?」

 

「……遠慮しておく。絶対なんらかの利子付きで返せって言う気だろ」

 

「純粋な善意を疑うとは失礼ですよ。ただ、やって貰いたいことはありますがね……」

 

ふふ、っと笑いを洩らす坂柳。もうやだ此奴。俺は心中で溜息を吐いていると、坂柳が続ける。

 

「それにしても0ポイントですか。……一体どれだけやらかしたのでしょうか」

 

「……さあな、でもこれで俺達Dクラスは落ちこぼれになっちまった事だけは確かだ」

 

そう言うと、坂柳は笑いを洩らして声の質を変えて言った。

 

「…ふふふ、落ちこぼれ、ですか。その言葉を使うあたり、解ったのですね?初日で貴方が出した答えが90点だった理由について」

 

怖えな。その声で喋られると心臓を掴まれているように感じるからやめて欲しい。坂柳の問いに対して肯いた。

 

「ああ、って言っても解ったのは1週間前ぐらいだけどな。本当初日に何で解ったんだ?」

 

俺の疑問点に坂柳は笑ってその理由を話し始める。

 

「バスでの出来事で、あの高円寺君のようにお年寄りに席を譲らない生徒がDクラス行きになった事と、学校の説明を受けた後で貴方と合流する前に貴方がいるDクラスの他の生徒を見て、上級生の人達が嘲笑していたのが分かったからですよ」

 

俺と合流する前って事は職員室に行っていた時か。でもそれだけの情報で其処まで初日で分かるとは。やはり此奴は別格だな。

 

「それに、この学校の大きな特徴、"この高校に受かった者は大学、就職を100%約束する"という項目が如何も全生徒対象とは最初から思えなかったので」

 

この高校には"三年間、外部との連絡を特別な事例以外での連絡を禁ずる"だけでなく、坂柳の言ったこともある。恐らく殆どの奴はそれを目当てにこの高校に来たのだろう。しかし、坂柳の言う通り、それがこの学校に入学している全生徒対象だとは到底思えない。それはDクラスの奴等の様子を見て納得させられる。未来の事は分からないが、今仮にあの授業態度の生徒達が大学や会社に行っても良い結果は到底出せない。そう考えていると、坂柳は話題を変えて心なしか弾んだ声で言った。

 

「それはそうと比企谷君、先月は全く御誘いに乗ってくれませんでしたよね?今日の放課後、図書室で待っていて下さいね」

 

「いや、今日はあれがあれだから無理だ」

 

「ほう、では私のお友達に迎えに行ってもらいましょう「すいません、ちゃんと図書室に向かうから勘弁して下さい」宜しい」

 

恐ろしい手段を持って退路を断とうとしてきたので、早々に前言を撤回する羽目になって約束を取付けられた俺に坂柳は、ではまた放課後に。と言って電話を切った。電話を終えて俺は思いっきり溜息を吐いた。

 

「体調不良で休もうかなぁ……」

 

と考えたが、坂柳の事だ絶対に乗り込んで来ることは予想するのは容易い。確実に逃げ場を断たれていく現実にまた溜息を吐いて、pptの事も気になるので泣く泣く学校に行くことになった。

 

 

 

 

 

そして学校に登校して授業の準備をする。適当に学食にしようかと考えていると、騒がしい教室の中に茶柱先生が入ってきた。筒状のポスター用紙を持っていて、先月より顔つきが険しい。それを見た隣に座っている松下もその様子を察して、これから何があるのかを予見するように真剣な表情になった。しかし、殆どの生徒はそれを察せなかった様で、その生徒を代表するかの如くお調子者のど変態である池が言った。

 

「紗枝ちゃんせんせー、生理でも止まりましたー?」

 

その一言にDクラスの女子は池に殺気を向ける。正直セクハラで訴えられてもおかしくねえぞ。俺は心中呆れていると、茶柱先生は見事なスルーで話し始める。

 

「今から授業を始める。……と言いたいところではあるが、その前にHRだ。今、聞きたいことがあるんじゃないか?答えてやろう」

 

茶柱先生はDクラスの生徒を見渡して、口角を薄く上げた。煽ってくんなぁ……。その言葉に対して殆どの生徒が挙手をした。挙げなかった生徒は、俺と松下、そして唯我独尊の変人男の高円寺だけだった。挙げなかった生徒は『Sシステム』のからくりが分かったか、もしくは分かっていなくともある程度察しがついていたかだな。にしても真面目に授業を受けている平田なども分かってないとはな。その中から適当に当てられた生徒が聞いた。

 

「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれてなかったんですけど。毎月一日に支給されるんじゃないんですか? ジュース買えなかったんで焦りましたよ」

 

「本堂、前に言ったようにポイントは毎月一日に振り込まれている。学校側で念のため確認しているが、こちらの不備は一切ない」

 

「えっ? で、でも振り込まれてないし……」

 

気が動転している本堂は隣の山内と顔を見合わせる。そして殆どの生徒が近くの友人と首を傾げている。そして底冷えするような言葉が茶柱先生から放たれた

 

 

 

「──お前らは本当に愚かだな」

 

大凡担任教師としては有り得ない程の辛辣な罵声を浴びせてくる。その言葉に内包された感情は怒りと嘲りを感じさせる。

 

不気味な気配を携えた茶柱先生にクラスメイトはただただ口を半開きにするしかない。俺も驚きで若干目を見開いた。

 

「座れ、本堂。2度は言わない」

 

「さ、佐枝ちゃん先生……?」

 

四月とは別人の厳しい口調に呑まれた本堂はしばらく呆然としていたが、これから起こることを察したのか数秒後にはズルッと席に収まった。

 

「もう一度だけ言おう。ポイントは確実に振り込まれた。それは間違いない。このクラスだけ忘れられた、などという幻想や可能性も皆無だ。分かったか?」

 

「わ、分かったかって言われましても……。な、なぁ?」

 

本堂は不満げな様子を見せ、周りを見渡し同意を求める。すると高笑いが響く。挙手をしていなかった唯我独尊男、高円寺のものだった。

 

「ははは、なるほどねティーチャー。私は理解出来たよ、この謎解きがね」

 

どうやら合点がいったようで、高円寺は話し始める。

 

「簡単なことさ、私たちDクラスには0ポイントが支給された、ということだよ」

 

「はぁ? なんでだよ。毎月10万ポイント振り込まれるはずだろ」

 

「私はその様な事を聞いた覚えは一切ないのだがねぇ」

 

余裕気に笑い、机の上に足を乗せる高円寺。その言葉に肯定する様に茶柱先生が話しを続ける。

 

「高円寺の態度には些か問題があるが、其奴の言う通り、遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や携帯を触った回数391回。ひと月で随分とやらかしたもんだ。この学校ではクラスの成績がポイントに反映される。その結果お前たちは振り込まれるはずだった10万ppt全て吐き出した。それだけのことだ。入学式の日に直接説明したはずだ。この学校は実力で生徒を測ると。そして今回、お前達は学校の適宜審査の中で0と言う評価を受けた。それだけに過ぎない」

 

多過ぎるだろう。注意されないからといって其処までやらかしてたのかよ……普通だったら単位とか逃すぞ。

 

「茶柱先生。僕らはそんな話、説明を受けた覚えはありません……」

 

クラスの人気者でありリーダーの平田が手を挙げる。が、茶柱先生は鼻で笑い、嫌味らしく言う。

 

「なんだ。お前らは説明されなければ理解できないのか」

 

「当たり前です。説明さえしてもらえていれば、皆遅刻や私語などしなかったはずです」

 

「それは不思議な話だな平田。遅刻や授業中に私語はしないことは当たり前のことだろ。小中学校で教わったはずだ」

 

「そ、それは……」

 

「確かに平田や高円寺を含め少数だが真面目に授業を受けている生徒もいただろう。が、それは当たり前の事だ。全員が当たり前のことを当たり前にこなしていたら、少なくともポイントが0になることはなかった。全部お前らの自己責任だ」

 

「それに高校1年に上がったばかりのお前らが、毎月10万も使わせてもらえると本気で思っていたのか?優秀な人材教育を目的とするこの学校で?ありえないだろ、常識で考えて。何故、疑問を疑問のまま放置しておく?」

 

そう言って持っていたポスター用紙をホワイトボードに貼り付けた。ポスター用紙にはDクラスの生徒の出席番号と名前、そして数字が書かれていた。俺はその数字が何なのかを察すると、茶柱先生が説明する。

 

「このポスター用紙に書かれている数字はお前達がこの前に受けた小テストの点数だ。この数字を見て笑いが出たよ」

 

比企谷八幡 出席番号 28番 クラス順位8位/40位 学年順位 28位/160位

 

国語 100点/100点

 

数学 72点/100点

 

英語 95点/100点

 

社会 90点/100点

 

理科 76点/100点

 

総合合計点 433点/500点

 

俺はどうやらクラス8位の様だ。学年順位も30位以内に入ったらしい。文系科目はあの最後の大問の三問は一つ以上は解けているが、理系科目はケアレスミスが有ったようだ。しかしそれでも全教科で70点以上は取れる程の難易度。問題は基本的な問題が多かった。応用の応用は最後の三問のみだった。俺の平均点は86,6点。しかしクラス全体の平均は65点しかない。松下は何故か70点程度だった。……松下も松下で何かあんのかねえ。自分の点数を見ていると、ある生徒の点数を見て目を見開く。

 

「これは感心したよ。揃いも揃って粒揃いだったからな。ーーーーーお前達は小中学時代で何を学んで来たんだ?」

 

茶柱先生の渾身の嘲りにクラスメイトは言葉も出せないようだった。するとまたもや高笑いがした。

 

「確かにこれは酷いねぇ。こんな簡単なテストでこのレベルとは」

 

「んだと高円寺!お前だって酷いんだろ!!」

 

「ふふ、よく見たまえ池ボーイ。上から見た方が早いだろう」

 

馬鹿にされた池やその他の生徒も上の方を探すと直ぐに見つかった。全教科90点以上という事でクラスで2位、学年でも1桁台の順位だ。あの高校1年レベルを逸脱した問題を全教科で一つずつ解いていることになる。池やその他の生徒も驚いていた。

 

そして茶柱先生はもう一つのポスター用紙を張り出す。その数字を見て俺はやはりと納得半分、クラスの惨状に驚愕半分だった。

 

Aクラス 940cpt

 

Bクラス 650cpt

 

Cクラス 490cpt

 

Dクラス 0cpt

 

この数字を見てクラスの奴等は震撼した。俺も此処まで差があるとは思ってなかったぞ。無論、悪い意味で。

 

「お前達は先月時点で全てのポイントを吐き出し、当校建立以来歴代最低の記録を更新したその点においては立派立派」

 

茶柱先生の煽りの言葉と拍手に苛立ちを募らせる生徒達だが、反論の術はない。

 

この用紙に書かれている数字は朝方に聞いた坂柳の取得ポイントの100倍の数字だった。イニシャル"c"は恐らく"class"だ。この数字を100倍したものが生徒達がそれぞれ得るpptだった。そう軽く茶柱先生の説明を受けて、松下はこれを見て呟いた。

 

「綺麗に別れすぎてる……ってことはそういう事?」

 

俺達のクラスが500cptだった場合、俺達がCクラスになった筈だった。しかし見事にDクラスは0と差が開き過ぎている。そして茶柱先生は小テストの話しに戻る。

 

「これが小テストで助かったな。中間テストであれば赤点で7人もの退学者が出ていたぞ」

 

茶柱先生は14点というある種驚異の点数を取った須藤を始め、下から7人目のところで赤線を引いた。その言葉に教室内が驚愕の空気に包まれた。中間テストも唯ではないらしい。しかし赤点を取った時点で退学とは些かやり過ぎのように思えるが。赤点を取ったクラスメイトは悲鳴を洩らした。

 

「た、退学!?い、いくら何でも横暴じゃないですか!!」

 

「何を言っている。そもそもお前達が真剣に授業をこなしていたなら赤点者は出ないだろう。赤点を取ったから退学というくらいで横暴とはな」

 

「…俺達はこれから他のクラスの奴に馬鹿にされるって事かよ」

 

須藤が机をガンッと強く蹴った。それを見た隣の女子が怯える。机に当たんなよな……うるさいし。須藤の言葉に茶柱先生は嗤う。

 

「何だ須藤、お前にも気にする体面があったとはな。これを機に真面目に勉強するようになったか?」

 

その言葉に須藤は強く舌打ちする。そして茶柱先生は俺にとっては予測通り、他の生徒にとっては驚きの言葉を言った。

 

「この高校に入学してきた生徒の殆どは、"高度育成高等学校を卒業した生徒は卒業後、国内のあらゆる大学、職業を希望しても、政府による支援を受けて100%合格可能"と言う学校の特色を聞いて来たのだと思うが、その上で言っておこう。その政府支援を受けられるのはAクラスで卒業した生徒のみだ」

 

『!!?』

 

その言葉にクラスメイトは騒然とした。まあそれはそうだろうなぁ。優秀な奴を取捨選択しないと能力の低い奴が大手企業に就職しても直ぐにクビになるのがオチだ。現代の競争社会の摂理と言ってもいい。

 

「その政府支援を受けたいのであればAクラスに上がる事でしか不可能だ。しかし現時点ではCクラスに上がるのも厳しいだろうな」

 

この学校の待遇の取り方を見るなら当然かもしれない。赤点を取った場合の補講や補修が無いのはアレだが。しかし茶柱先生の言葉は余りにも正しい。授業態度を含め、授業の内容も真面目にやれば余程の阿呆でなければ付いて行けるレベルだ。それを自分自身で放棄してしまったのだから因果応報だろう。その言葉でクラスメイト達は唖然としているが、その様子を見て茶柱先生は続ける。

 

「しかし中間テストまでは2週間と少しはある。何も私はお前達が憎くてこう言っている訳ではない。私はお前達の担任ではあるし、赤点者は出ないだろうと思っている。お前達が真剣に対策し、勉強して中間テストで赤点を出さなければcptも貰えて、夏にはご褒美が待っているぞ」

 

夏にはご褒美がある。という言葉に少し生気を取り戻した生徒もいるようだったが、相変わらず赤点者は御通夜ムードで空気が重い。クラスの中心人物である平田や櫛田もそれを気にしている所為か、それに伴って周りも暗い。俺はそんな中で思考する。何故茶柱先生はわざわざ言い分けた?思考を回していると、重苦しい空気がクラスを包む中で無情にも授業の開始をチャイムが告げた。

 

 

 

[newpage]

 

 

 

 

 

空気が淀みに淀んでいる中、俺は変わらず授業を受けて昼休みになり、食堂へ行こうとした時、校内放送が掛かった。

 

『1年Dクラスの綾小路清隆と比企谷八幡は至急職員室に来る様に』

 

その放送にクラスの注目が集まった。松下も此方を向いて怪訝そうな表情を見せた。俺は静かに溜息を吐いて内心舌打ちしながらそそくさと職員室に向かう。何なんだよ……呼ばれるような問題行動は起こしてないぞ。途中で綾小路も合流して来て、聞いてきた。

 

「比企谷は何か呼ばれるような事をしたのか?」

 

「する訳ねえだろ……其方こそ何かしたのかよ?」

 

首を横に振る綾小路。2人同時に溜息を吐いて、生徒指導室の前に行くが茶柱先生の姿が見えない。辺りを見回しても居ないので、呼び出しておいて居ないなら帰っていいかなと思いながらもどんなペナルティーが課せられるのかがわからないのでその場に突っ立ってボーっとしていると、後ろから声が掛けられる。

 

「あれ?比企谷君、誰かをお探し中かなー?」

 

突然の声に驚き、振り返るとこの前職員室に行った時に対応してくれた先生だった。その先生はニコニコしながら此方に近づいて話し掛けてくる。

 

「放送で呼ばれてたよね。って事は紗枝ちゃんを探しているのかな?」

 

「え、まあはい……」

 

先生の言葉に肯定する。て言うか近い近い良い匂い近い。どれだけフレンドリーなの?こっちは思春期男子って事分かってる?俺は一歩下がって距離を置いた。それを見た先生はクスリと笑うと視線を綾小路に寄越す。

 

「其方の子はお友達かな?名前は?」

 

「綾小路清隆です…」

 

「…友達じゃないですよ。それで、茶柱先生は何処にいるのかご存知ですか?」

 

そう聞くと、茶柱先生は職員会議らしく、直ぐに来るんじゃないか。と言うことらしい。そう言った後、また先生は絡んで来た。

 

「あ、自己紹介が未だだったわね。私は星之宮知恵。よろしくね。それにしても2人ともかなりイケてるわね〜。彼女とかいるの?」

 

ニコニコとして聞いてくるが、この人は何か怖い。丁度櫛田みたいな感じがするが、櫛田よりもヤバい気がする。俺は静かに首を振って否定すると綾小路も同じように真似をして否定する。そして更に何かを言おうとして、背後から紙で叩かれた。

 

「おい、知恵。うちのクラスの奴に絡むのはやめろ」

 

「痛ぁーい、何するの紗枝ちゃん。乙女の頭を叩くなんて!」

 

突然として漫才のようなことを繰り広げる先生達を無表情で見る。早くしてくれよ、腹も減ってるんだよこっちは。茶柱先生が言った。

 

「お前にも客が来ているんだからそっちを対応しろ」

 

そう言う茶柱先生の背後に女子生徒が居た。ストロベリーブロンドの髪色が特徴的な長髪に、櫛田に匹敵するプロポーションを持ち合わせた美少女だった。

 

「星之宮先生、生徒会の事でお話しが」

 

「はいはーい、分かったわ。じゃあね紗枝ちゃん、綾小路君、比企谷君」

 

呼ばれたのを機にこっちに挨拶して去って行く星之宮先生、一緒に付いて行く女子生徒はこっちを見て頭を下げたので釣られてこっちも頭を下げた。そしてやっと本題に入ろうと茶柱先生が話し始める。

 

「先ずは職員室に入ってもらう」

 

本気で俺は何で呼ばれたんだ?と怪訝に思いながらその言葉に従って職員室に入った。職員室の奥にある給湯室に入った後、綾小路が言う。

 

「それで、わざわざ給湯室に入ってする話しとは?」

 

茶柱先生は時計に視線をやった後に静かに言った。

 

「いや、お前達は此処で物音を立てずに待っていろ。物音を立てたら退学にする」

 

何それ理不尽、待たされた挙句コレかよ。と言っても一教師の職権乱用では退学は普通なら不可能だろうが、この学校は普通の学校ではないので分からない。なので黙って従うしかない。俺と綾小路は眉根を僅かに寄せるも逆らっても面倒な未来しか見えないので頷く。

 

そして茶柱先生が出ていき、1分もしないうちに薄い壁の外から話し声が聞こえてきた。

 

「それで、用件は何だ?堀北」

 

堀北と言う言葉に思わず俺と綾小路は顔を見合わせる。茶柱先生と堀北の会話を俺達に聴かせて一体何がしたいんだ?そう思いつつも会話に耳を傾ける。

 

「率直にお聞きしますが、何故私がDクラスに配属されたのでしょうか?」

 

「本当に率直だな」

 

どうやら堀北は自分がDクラス行きになったことに不満があるらしい。まぁ堀北は小テストでもトップクラスの成績になってたし、授業も真面目に受けていたから分からなくもない。唯、この学校が単純な学力や授業態度だけを見ているわけではないだろう。

 

「先生には優秀な生徒はAクラスであると聞きましたが?」

 

「ほう、では自分がAクラスに行くに相応しいと思っているのか?」

 

「そう思いますが?入試の試験では文句無しの成績を収めたと自負しています」

 

随分と自信家だなぁ。茶柱先生はその言葉を聞いて一定の理解は示す。

 

「特別にお前の入試の成績を持ってきたが、確かに筆記試験では1位、2位と僅差で3位と言う好成績だ。面接も特に悪い点はない」

 

「……ありがとうございます。では何故?」

 

茶柱先生の賞賛を受けて、改めて何故と疑問を挙げる堀北。それに対して茶柱先生は平然と答える。

 

「確かに学力の面ではAクラスに値するだろうなぁ。しかしな堀北、学力だけで優秀さを測ると誰が言った?」

 

「……それは」

 

茶柱先生の言葉に返答が詰まる。確かに堀北は学力面では文句無しで優秀だろう。しかしそれだけならばDクラスに居なくてもいい生徒が堀北の他にも何人もいる。俺も一応小テストでも学年30位には入っているし。それでもDクラスでいる理由は恐らく……

 

「学力が高い=優秀と言う方程式が現在の学歴社会ではそのように測られている。しかしそれだけではなく、身体能力や人間関係の形成に必要な社交性、所謂コミュニケーション能力や問題に対する解決能力も次世代において世界にも通用する人材を育てるための重要な項目だ。第一、学力で測るのならば須藤達は此処に入学していないだろう」

 

教師としてギリギリアウトな発言だが、茶柱先生の言葉にも一理あるだろうな。須藤は学力面では底辺かも知れないが、運動能力はクラスの中でトップクラスだ。もし入試が筆記試験ではなく運動能力を測る試験であれば、須藤は間違いなく上位あたりにいただろう。

 

「それにDクラスにも余りAクラスの事に興味がない生徒もいるぞ?例えばあの高円寺はそのようだが」

 

彼奴は例外だ。大手の御曹司だって松下から聴いた。多分既定路線に乗っていれば安泰な稀に見る勝ち組というタイプだ。

 

しかし俺がDクラスに配属された理由も分かってきた。恐らくコミュニケーション能力の方面で足りない部分があったのだろう。俺自身はこれで良いと思ってるから別に気にしていないが。Aクラスに上がる事にも興味はない。堀北も目にしている限りでは綾小路以外と喋っている様子を見たことはない。高円寺もあの唯我独尊な性格の所為だろう。そして茶柱先生は意見を変えずに言った。

 

「お前はDクラスになるべくしてなった。それだけだ。それ以上私が言えることはない」

 

「……話しになりませんね。先生の上に掛け合ってもらいます」

 

「無駄だ。上にいくら掛け合おうが結論が変わることは一切無い」

 

「……失礼しました」

 

茶柱先生の言葉に到底納得もしていないであろう堀北は職員室から退出しようとして、先生が呼び止める。

 

「まあ待て、お前の良く知る人物も来ているから其奴を交えて話しをする」

 

「……まさか兄さ––––」

 

「出て来い。綾小路、比企谷」

 

そこで俺達の名前が呼ばれ、俺はげんなりする。綾小路もかなり嫌そうな雰囲気だ。出て行きたくねえぇ……と心中で呟くと、茶柱先生が脅し文句を言ってきた。

 

「早く出て来い。出て来なければ退学にするぞ」

 

最早パワハラの域じゃねえか。教育委員会に訴えんぞ。……政府経営だから意味無いだろうけど。俺と綾小路は同時に溜息を吐き、給湯室から出る。そして茶柱先生に物申す。

 

「いつまで待たせるんですかね」

 

「さっさと終わりたいんですが……」

 

すると堀北は俺達が居たことに驚きを露わにして言った。

 

「貴方達、今の聴いていたの?」

 

「さあ、良く聴こえなかったが」

 

綾小路の嘘に茶柱先生が突っ込んで俺達を座らせて話しを再開させる。堀北は最初は帰ろうとするが、茶柱先生の"Aクラスに上がる方法があるかもしれないぞ?"と言ったことで座り直した。そして茶柱先生は綾小路に向き合うと面白いといった様子で言った。

 

「綾小路、お前は面白い生徒だな」

 

「茶柱と言う貴女の苗字ほど面白いとは思いませんが?」

 

「全国の茶柱さんに土下座するか、うん?」

 

怖いよ。ヤンキーかよ。茶柱って苗字は珍しいけども。茶柱先生は話しを戻す。綾小路の入試の結果と小テストを指して。

 

「お前の入試の結果は全教科50点、そして小テストも同じく50点だ」

 

「!?」

 

綾小路の小テストの結果を見たとき、全教科50点だったのだ。余りに偶然とは言えないそれに対して堀北は驚愕と言った表情で綾小路を見る。入試も50点って合わせられんのかよ。そこに驚いたわ。綾小路はその言葉を受けても平然と惚けた。

 

「偶然って怖いっすね」

 

「いや偶然は無理があるだろ……」

 

思わず突っ込んでしまったが、本気で綾小路はヤバいかもな。その無機質な眼は何処も見据えていないように見える。綾小路への詰問を一時終えた茶柱先生は此方に視線を向ける。

 

「比企谷、お前は初日にSシステムについてある程度分かっていただろう?」

 

その言葉に全員の注目が集まった。チッ、バラしやがった。あの時口外しないように言っても……多分無駄だな。俺は肩を竦めて言う。

 

「あんなもの疑わない方が変でしょう」

 

「この通り綾小路も比企谷も。堀北、お前には無い柔軟性がある。お前よりも優秀かもしれないぞ?」

 

ちょっ、余計な一言を言わないでくんない?めっちゃ堀北が睨んでくるんですけど。視線で人を殺せそう………それにしてもこの人はなんでこうも煽るんだ?俺は考えていると、話しはそこで終わり、部屋を追い出される。最初から最後まで勝手だったな。

 

しかし話しを終えたので解放された俺は食事を取りに行こうとする。綾小路も教室へ行こうとするが堀北に2人揃って呼び止められる。

 

「待って頂戴。綾小路君に比企谷君」

 

「何だ?」

 

綾小路の返事と一緒に俺は眼で問う。すると堀北は強い瞳で口火を切った。

 

「貴方達にはAクラスに上がる為に協力をお願いしたいのだけれど」

 

「「断る」」

 

堀北のお願いを2人揃って断る。すると堀北は即答で断られた事に睨みを利かせて続ける。

 

「…………貴方達はAクラスに興味がないと言うの?」

 

「……そうだな。別に平穏無事に過ごせればそれで良いと思っているが」

 

「それに今のDクラスじゃあ無理だと思うぞ?」

 

その言葉に堀北は更に眉根を顰めて此方を見る。怖い怖い、仮にも女子のする様な顔じゃないぞ。俺は内心ビビリながらも続ける。

 

「…堀北は中間テスト赤点候補筆頭の7人をどう思っているんだ?」

 

「……足手まといが減る良い機会だと思っているけれど?彼等がいる限りは他のクラスとの差を詰めようが無いから」

 

……予想はついていたがこれは重症だな。学力だけに囚われすぎて視野が狭まってるし、対症療法よりは根本から変えない限りは無理だな。俺は溜息を吐きながら言う。

 

「……そう言う考え方の内はお前はDクラスのままだぞ」

 

「……何ですって?」

 

「もうちょい柔軟に考えろ。お前がこの学校に対して、Aクラスに対してどんな思いがあるかは知らん。だがお前が足手まといと決め付けて切り捨てようとする以上は、AクラスどころかCクラスにも上がれないだろうよ」

 

そう言っても堀北の考え方からしてそう簡単には変わらないだろう。俺も他人に言われて直ぐに考えを変える奴は薄っぺらいとも思う。自分を持っていない奴の上辺だけを取り繕う関係性がどうにも許容出来ない。

 

しかしこの学校に入学してしまった以上は中途半端なこだわりは捨てなければいけないだろう。上に行くには。

 

堀北の考え方を否定するつもりは無い。寧ろ自分を貫ける姿勢に憧れる。俺としてはこの学校でなければ友達になってくれないかって聞いただろうしな。………ボッチのよしみでちょっとだけ言っておくか。俺は睨んでくる愚直な少女に言う。

 

「この学校の仕組みをよく見極めろ。単に切り捨てるだけじゃなくて有るものの長所短所を見て活かせるところを考えろ」

 

「貴方は私が分かっていない事を知っていると言うの?それに赤点候補者達を活かせると思っているのかしら?」

 

「……少なくとも今のお前よりはな。赤点候補者達も活かせる機会が来ると思っている」

 

「具体的にどう言う機会なのかしら?」

 

「…それは自分で考えろよ、っと言いたいが納得しそうに無いだろうし特別に教えてやるよ。中間テストで退学者が出た場合、"Aクラスに上がる場合、退学者を出してはならない"と言う条件があった場合は退学者は出せないだろ?」

 

俺の言葉に堀北はハッとなる。無駄なものを切り捨てるタイプの考え方の奴には眼から鱗だろう。隣にいる綾小路は黙って聞いている。恐らく綾小路も分かってるだろうな。偶然って言ってたが入試と小テスト全教科50点を偶然なんかで取れる奴はいないだろう。

 

「それにこれは学校の行事次第だから何とも言えんが、池や山内達は兎も角、運動能力を競う試験があるとしたら須藤は間違いなく学年でも上位には食い込むだろうよ」

 

「……そうね、一理あるわ」

 

何故かはわからないが悔しげな表情でそう頷く堀北。そして俺は最後に言った。

 

「……ぶっちゃけ俺はAクラスの特典には興味ないが、もし如何しても上がりたいなら綾小路にでも手伝ってもらえ。仲よさそうだしな」

 

「は?ちょっと待て–––––」

 

「…仲良くはないのだけれど、そうね。そうするわ」

 

綾小路の言葉を遮り、堀北はそう言う。……どんまい綾小路。骨は拾ってやるよ。俺はそのままこの場を離脱した。

 

残り時間は………10分かよ。これは売店で急いで何か買うしか無いか。俺は浪費させられた時間に心中で溜息を吐いたのだった。

 

 

[newpage]

 

 

 

 

放課後になって図書室に行く。坂柳のことをこれ以上無視したらロクでも無い事が起こりそう、ていうか十中八九起こすと思うので半ば諦めている。図書室へ入ると其処まで人はいない。と言うか全然いない。

 

坂柳が何処に居るのかを探していると読書スペースに坂柳と隣に座っている女子生徒が居た。目が合い、呼びかけられる。

 

「おや、来ましたか。どうぞ対面で座って下さい」

 

そう言われたので坂柳の向かいの席に座って、鞄を誰も座っていない隣の席に置く。すると坂柳の隣に座ってる女子生徒が言った。

 

「アンタが比企谷?」

 

「お、おう。お前は?」

 

紫がかった髪色の長髪にツリ目が特徴的な櫛田並みのスタイルの持つ美少女だった。ただツリ目の影響か睨んでるように見えるから怖い。俺の言葉に短く答える。

 

「……坂柳と同じクラスの神室真澄」

 

「彼女は私のお友達ですよ。今日は付き添いで来て貰いました」

 

坂柳のお友達と言う言葉に神室は微妙そうな表情を浮かべた。お友達ではなさそうだなぁ。そう思いながら坂柳に聞いた。

 

「そうか……んで、呼び出した要件は?」

 

そう聞くと坂柳は微笑みを浮かべて言った。その微笑みは嫌な予感がする笑みだ。

 

「今日は恐らくクラスの担任から聞いたでしょうが、中間テストについて貴方の考えを聞きたいですね」

 

中間テストね……何で俺みたいなボッチなんかの考えを聞きたいのかが分からん。俺は怪訝に思いながら聞く。

 

「……思ってたんだが、何で俺の考えについて聞きたがる?仮にも違うクラスでこれから競争する事になる相手だぞ?」

 

それに対して坂柳は少し考えこむ様子になった。神室も気になるようで坂柳を見る。やがてゆっくりと口を開く。

 

「……そうですねぇ。強いて言うなら貴方と言う存在を知りたい、ということでしょうかね」

 

「ッ……そうかよ」

 

思いもよらない坂柳の言葉に思わず一瞬言葉を詰まらせる。勘違いするな。此奴は俺の存在を面白いと思っているだけだ。俺はそう思って落ち着きを取り戻すと、坂柳が言った。

 

「担任から聞きましたがDクラスは7人もの赤点候補者を出したのでしょう?どの様になっているのかが気になりまして。ああ、答えられないのであれば答えなくて大丈夫ですよ」

 

「……まぁAクラスに上がることについては興味ないし、別に構わんが。中間テストに向けて自信のない生徒に成績のいい奴が教えるってだけだぞ?」

 

その言葉に神室が驚く。坂柳は興味深そうに俺を見ている。何か驚かれること言ったか?すると神室が言う。

 

「……Aクラスに興味ないって、アンタ、変わってるね。殆ど生徒はAクラスでの卒業した時の特典目当てだけど」

 

「そんなもん、普通に受験を受けても変わらん。行きたい大学もまだ決まってないが身の丈に合った所で良いんだよ」

 

そう言い、心底意外そうな表情で見られながらも坂柳が話しを戻す。

 

「ふむ、勉強会を開催するのは基本的にDクラスも同じようですね。比企谷君はどうするのですか?」

 

「…勉強会に参加するか如何かってことか?」

 

「いえいえ、貴方が勉強会に参加する必要は無さそうですから。私が言いたい事は––––––」

 

「…比企谷君?」

 

そう坂柳が言おうとしたところで俺の背後から声が掛かった。俺の名前が聞こえたので振り向くと、其処には銀髪のウェーブの髪を持ったおっとりとした感じの美少女が本を数冊抱えて立っていた。俺はその少女を知っている。

 

「……椎名か。相変わらず本を抱えてんだな」

 

「はい、本が大好きなので……そちらの方達は?」

 

椎名はそう聞いてきたので坂柳と神室は自己紹介する。

 

「1年Aクラスの坂柳有栖と言います」

 

「…坂柳と同じクラスの神室真澄」

 

「そうですか。坂柳さんと神室さんですね、覚えました。私は1年Cクラスの椎名ひよりと言います。宜しくお願いします」

 

そう互いに自己紹介をした後、椎名は聞いた。

 

「それで皆さんは集まって何をしていたんですか?見た所、読書している訳ではないようですが」

 

その疑問に坂柳が答える。

 

「私達は今後行われる中間テストの話しをしていたのですよ」

 

「そうなんですか。……では私も参加しても良いでしょうか?クラスの人には言いませんから」

 

「構いませんよ」

 

坂柳に相席して良いのか聞いて、許可を得た椎名は俺の荷物が置かれている席の反対の席に座り、抱えていた本を机の上に置いた。ていうか自然に隣に座ってるけど緊張してないのん?良い香りが漂ってきて俺は落ち着きません。そして坂柳は先ほどの言葉を続けると思ったら、思いもよらないことを聞いてくる。

 

「先ほどの話題に移る前に、比企谷君と椎名さんはお知り合いのようですが、何時何処で知り合ったんですか?」

 

何故そんなことを聞きたがる?そして坂柳の視線が妙に鋭い気がする。神室は興味なさそうだが。俺が口を開く前に椎名が言った。

 

「そうですね、比企谷君とは4月の初旬に此処で出会いまして、同じ読書仲間として知り合いました」

 

––––––––––

 

教室の休み時間はうるさい。授業中でも話しをしている癖に話す話題が尽きないのか、途切れもしない話し声が教室に響いているのだ。何回か注意をする奴がいても止めようともしない奴も居る。平田や櫛田が注意をして一旦は止むのだが、それでも休み時間を挟めばその事を忘れ、会話をしていた。

 

そして昼休みになると更に声音が大きくなり、生徒の動きで騒々しさが増して落ち着かない。この学校にはロクなベストプレイスがない。近い外にも生徒がいるし、だからと言ってあまり遠過ぎても戻る時に時間がかかり過ぎるのだ。

 

だから校内であまり生徒に使用され難く、静かな空間が確約される所、図書室に足を運んだ。食堂は人が多いので論外。俺は自販機によって購買で買った惣菜パンを片手に飲み物を選んでいた。自販機や購買、コンビニに寄ってもマッカンの姿が無くて呆然としたのは記憶に新しい。俺は泣く泣く代わりとしてのカフェオレを買った。

 

「…ネットでpptで立て替えてもらえるか聞いてみるか」

 

マッカンの無い生活は苦渋を呑んできた俺からすれば苦いだけの人生だからな。"人生は苦い事ばかりなんだからマッカンは甘くて良いじゃない"。ってのが自論だ。

 

そうして図書室に着く。予想通り、図書室を活用している生徒が殆ど居らず、がらんとしている。居たとしても片手で数えて足りる程度だ。図書室内で飲食は厳禁なので、図書室前の突き当たりの階段に座って惣菜パンを食べる。

 

階段には生徒の姿が見えない。少しは声が響いてくるが気にならない程度なので落ち着ける。廊下を汚さない様に食べ終えてカフェオレを飲んで惣菜パンの包み紙と共に近くにあるゴミ箱に捨てる。

 

教室に戻ってもうるさいだけだし、ついでに本でも読んで暇を潰すか。此処の本の収容数は国内随一だって謳っているようなので借りるのも有りだな。

 

そう思いながら図書室に入って本棚に向かう。そして適当に暇を潰すように歩き回って興味が惹かれる本を探す。ラノベもある様で感心する。勿論ラノベだけでは無く、国内外の文学小説や推理小説、他にミステリー、ホラー、恋愛などの豊富なジャンル。図鑑や専門書と言ったものもあり、人文学、心理学、経済学、地歴公学、考古学、工学、医学、薬学、教育、倫理などetc……スポーツや将棋、チェス、オセロなどのボードゲームの専門書、果てには護身術とか格闘技についての専門書もある。そこらの大学じゃ此処まではないぞ。

 

そこから専門書を数冊手に取って、推理小説を一冊手に取った。専門書は借りて、寮で読む予定で推理小説は此処で読むのだ。司書さんに借りる手続きを済ませて、手続きを済ませた専門書を空いてる机の上に置いて、椅子に座って推理小説を読もうとした時、声が聞こえた。

 

「…凄い数ですね」

 

静かな図書室なので声がした事には直ぐに分かった。しかし俺の事か如何かは分からなかったので黙って本を読み進める。するとカタンと椅子を引く音が鳴って、ちらっと音の方向を見ると、隣の席には数冊の本を抱えた銀髪ウェーブの美少女がいた。その少女は此方の視線に気付くと口を開く。

 

「すみません。相席しても宜しいですか?」

 

「あ、はい。どうぞ…」

 

銀髪美少女はその言葉に僅かばかりに表情を綻ばせると隣の席に座る。そして抱えていた数冊の本の中から一冊を取り出すと、読み始めた。積み重ねられた本はコナン・ドイル、レイモンド・チャンドラー、エラリー・クイーンなどの海外作家が多い。海外文学小説を読むのか。しかも有名どころの物だ。流石に盗み見るのは悪いので別の席に移ろうとした時に、目があった。

 

「っ…すみません。不躾でした」

 

「いえ、大丈夫ですよ。それにしても専門書が多いですね」

 

ジロジロ視線を送っていた事を謝るが、少女は特に気にしてない様で俺が積み重ねて置いている専門書の方が気になるようだった。この席から退こうかなと思っていたがそれは遮られてしまった。少女が続ける。

 

「人文学や心理学…そして格闘技の専門書ですか。熱心なんですね」

 

その言葉に俺は曖昧な頷きを返すだけだった。人文学や心理学についてはこの学校の仕組み上必要かもしれないから手に取って読もうとしているだけだ。格闘技の専門書は須藤の様な存在に敵対した時に対抗する為だ。そして少女の視線が専門書から俺の手元の推理小説に移った。

 

「『全てがFになる』と言うと森博嗣氏作のかなり有名な推理小説ですよね。推理小説がお好きなのですか?」

 

矢継ぎ早の質問に対して動揺しつつも今度は声が出た。

 

「え、ま、まあ……嫌いではないですね」

 

その言葉を聞いた少女の眼が心なしかキラキラしているように見える。その後も好みのジャンル小説とか、好きな小説の印象に残ったシーンとかを聞かれては答えを繰り返すと、ふと少女が言った。

 

「…あっ、すいません。まだ自己紹介も済ましてませんでしたね。本好きの方が知り合いにはいなかったのでつい夢中に……私は1年Cクラスの椎名ひよりと言います」

 

自己紹介をされたからには返すのが礼儀なので此方も言った。

 

「……1年Dクラスの比企谷八幡だ」

 

––––––––––

 

そこから昼休みの避難場所として図書室を利用していると、毎日の頻度で椎名と遭遇しては互いに静かに本を読んで、読み終えた本の感想を言い合ったりしていた。分かったことは、椎名は基本的に感情の起伏が綾小路の様に凄く薄いのだが、本のことになると口数が少し増えて表情が豊かになる。最近ではおすすめの本がないか聞かれた為、試しにラノベをすすめたら割と好評でハマっているらしい。感想を言い合うときの椎名の表情は幸せそうでこっちもかなり癒しになっている。俺の中で密かに天使ヒヨリエルと認定されている事は言うまでも無い。

 

「–––––と言うのが私と比企谷君の出会いです」

 

「それは中々面白い出会い方ですね……それにしても比企谷君?」

 

椎名との会話を区切りにこっちに向く坂柳。その表情には微笑みを讃えているが、妙に冷気を感じる。此処って暖房付いてたよね?そして口を開かれる。

 

「比企谷君にお知り合いが出来ることは嬉しい事ではありますが、私とは随分と対応が違いましたねぇ……女性を選り好みするとは」

 

「き、気の所為じゃないデスカネー?」

 

だってお前怖いんだもん。……もんは止めようキモかったわ。俺の誤魔化しにもなっていない言葉にふふふ、と声を出して笑われると更に恐怖が増すから辞めて欲しい。椎名はキョトンとしていて、神室は俺に同情気味の視線を向けてきた。多分神室も逃げられなかったんだろうなぁ……後さりげなく俺にお知り合いが出来ることを嬉しいって言い方はやめてください。余計顔向けづらいっす。

 

此処までで本題に入ってないんだぜ?凄くない?

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