ようこそ俺の実力至上主義のまちがった青春がある教室へ   作:ゆっくりblue1

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第七話


関わり合うだけで大きな岐路になる事もある。

放課後になり、図書室に向かっている。龍園の連絡先を知らないので最初はCクラスを訪れようと思ったが、門前払いの可能性も考えて前に会った図書室に向かう事にした。放課後の龍園の動きが分からないので、図書室で合わなかったら寮に帰って龍園の部屋を直で訪ねるか、最悪、後日放送で呼び出してもらうことにした。面倒なので出来れば早く済ませたいところだが。

 

そして図書室を訪れて中に入ると、静謐な空間に突如怒号が上がるのが聞こえた。怒号の主の声には聞き覚えがあった。

 

「……須藤の奴、一体何をやってんだよ。堀北も綾小路も上手く止めろよな…」

 

放課後には堀北の勉強会があるので図書室に居る。須藤の怒鳴り声のする方へ行くと、3バカと堀北達がいて、3バカの筆頭の須藤が男子生徒にメンチを切っているところだった。隠れるのはアレだがあの渦中には入りたくないので近くの本棚に気配を殺して聞き耳を立てた。

 

「フランシス=ベーコンとかまだそんな所やってんのかよ」

 

「んだと、その面止めろテメー。ムカつくんだよ」

 

男子生徒の嘲笑じみた表情と声に短気な須藤が気を荒立てさせそうになるが、堀北が制して止めると今度は池が言った。

 

「テストの範囲だろ!?」

 

「ふは、お前ら担任の教師にまで見捨てられてんのかよ」

 

その言葉に堀北が眉を顰めて聞いた。

 

「それは如何言う意味かしら?」

 

「お前らがやってる所は先週に大幅な変更があったんだよ。全教科なぁ」

 

……おいおい、茶柱先生は何やってんの?1週間も変更報告を忘れるとか流石に駄目だろ。退学者を出させたいのか?その驚きの事実を聞いて櫛田は愕然と、聞いてないよ。と呟くと違うクラスの男子は嗤って言った。

 

「お前らが必死で勉強したところでお前らみたいなcptが0のクラスじゃ上には上がれねえよ」

 

「お、お前だってCクラスだろうが!」

 

「お前らは次元が違うんだよ。お前らDクラスに比べたらA〜Cなんて誤差だ」

 

いや、誤差って……AとCクラスの差は450cptだし。それを言ったらCとDクラスも490cptは誤差だと思うんだが。俺は思わず呆れるとついに須藤の我慢が切れてCクラスの男子の胸倉を掴む。

 

「お、おいおい…暴力かよ。ptが減るぜ?」

 

「減るptなんざ持ってないんだよ!」

 

びびるCクラスの男子の言葉を更に須藤が言い返し、拳を握って振りかぶろうとしたその時、予想外の乱入者が現れた。

 

「はいはい、その辺でストップストップ。これ以上騒ぎを大きくしたら周りの人達が困るよ」

 

颯爽と仲裁に入った美少女。俺は職員室に呼ばれた時に会った女子生徒だと気付いた。櫛田が面識があってBクラスらしい。良く殴り掛かる寸前の須藤との間に行けるな。俺は感心半分驚き半分の思いを抱いていると須藤が割って入られたことに憤慨そうに言った。

 

「何だお前、関係ねえだろーが!引っ込んでろよ!」

 

「関係ない事は無いよ。此処は図書室で公共の場なんだから図書室では静かにするのが規則だよ。ましてや殴り掛かるなんて君自身が指導されるだけだよ?」

 

呆れる物言いの須藤には気を悪くする事もなく、ただ諭す様に注意する。流石に須藤も決まりが悪かったのか不機嫌に舌打ちをしつつもCクラス男子の胸倉を離した。そしてCクラス男子は安堵した様子で言った。

 

「ふう、助かったぜ一之瀬。事実を突きつけてやっただけなのに暴力を振るわれそうだったからな」

 

またも煽る様な言葉を言ったCクラス男子に須藤もまた手を出し掛けたが今度は堀北に止められた。行動がワンテンポ遅いぞ堀北。その言葉にその一之瀬が窘めようとした直前にその後ろから透き通るアルトの冷たい声が響いた。

 

「あら、私には先に煽ったのは其方だと思うのだけれどね」

 

その声の方に視線をやると、前に図書室で2回目の邂逅をしたあの女子生徒だった。相変わらず視線が冷たい上に無表情だ。その女子生徒の登場に一之瀬は面識があったのか明るく言った。

 

「成井さん!」

 

「一之瀬さん、正義感で間に入るのは貴女の美徳でもあるけれど、1人だけで行ったら万が一があるでしょう」

 

そう言った後に成井の後ろから数人の生徒が一緒に現れた。すると一之瀬は、ごめんなさい。苦笑いで言うと成井は呆れる様に息を吐くと置いてきぼりをくらった堀北達とCクラス男子に向き直ると鋭く言った。

 

「貴方達もこれ以上騒ぎを大きくするなら此処では無い何処かで決着をつけなさい。此処は図書室なのだから図書室の規則に従わないのなら出て行くなりして。迷惑よ」

 

歯に着せぬ超ど正論を言った後、興味が失せたのか成井は1人で去って行く。それを見て一之瀬と成井の後に付いてきた生徒は苦笑する。そして一之瀬が言った。

 

「あはは、ちょっとキツイ言い方だけど成井さんの言う通りだから、しっかりルールは守ってね。じゃ、戻ろうか」

 

そう言って多分、数人のBクラスの生徒達を先導する形で去って行く。Cクラス男子も気まずくなって黙って図書室から去って行った。そして堀北達はCクラス男子のテスト範囲が違うことを確認する為に図書室を去って行く。俺はそれを見送ると、脳をフル回転させる。

 

テスト範囲が違うことを茶柱先生は1週間も忘れていた。しかし、クラス格付けの時にDクラスを憎んでいないとはっきり言った。嘘を言っていたとしても茶柱先生にはDクラスの生徒を退学させるメリットはない筈だ。しかも職員室に呼ばれた時に堀北に発破を掛けるように煽っていた。

 

俺は茶柱先生の言動に明らかな矛盾があると気づく。だが今は関係無いので置いておくとして、問題は何故1週間もテスト範囲が変更された事を忘れているのか。少なくとも生徒の退学が掛かっている時点でそれが発覚した時には生徒に対して伝える義務がある。茶柱先生は今までの言動を見ても厳格だ。そんな職務怠慢を起こすだろうか?それは否と高い確率で言える。俺はクラス格付けで茶柱先生の言葉に気になったところを思い出す。

 

あの時先生はしっかり中間テストの勉強と対策をしていれば退学者は出ないと言った。何故"勉強"と"対策"を分けた?勉強する事が最善の対策ではないのか?俺は更に思考を深くする。

 

もし最善策が勉強することではないとすると、今までの茶柱先生の動きの矛盾がヒントになる。つまり1週間で巻き返しが可能な方法があると言う事。テストが簡単なのかだが、少なくとも小テストよりは難しい筈だ。ならば……

 

「答えがあるのか……?」

 

そこまで推論が行き着くと、俺は龍園との間に契約を持ちかけることを決める。その契約の為の下地を作ろうと動き始めた。

 

翌日、学校に登校すると、隣人の松下に話し掛ける。

 

「松下、少し良いか?」

 

「何?」

 

「今日の昼休みか、もしくは放課後に少し付き合って欲しい」

 

そう言うと、松下は目を見開く。そしてその意味を聞いてきた。

 

「それはテストの事かな?」

 

「ああ、それと松下って上級生のDクラスの生徒で知り合いとかっているか?」

 

「いるよ。まさか会って話したいの?」

 

「ああ、セッティングを頼めるか?」

 

そう頼むと、少し考えた後に頷いた。了承を貰ったところでそうする理由を話す。ただし、龍園との契約の事を除いて。その過程で俺は昨日の推論を話すと松下は先ほどより更に驚く。

 

「えっ、それって……確証は有るの?」

 

「確実な証拠がある訳ではないが、そうだったなら茶柱先生の動きにも納得が行くからな」

 

「確かに……流石だね、比企谷君。そんなアプローチがあるなんて直ぐに思い至らないよ」

 

松下の賞賛に俺は苦笑する。むず痒い感覚を覚えながら俺は否定する。

 

「別にそこまで早くはねえよ。思い至る奴は少し考えたら分かる。他クラスの優秀な奴は既にやってる可能性があるしな。寧ろ出遅れ感が否めない」

 

そうだ。この抜け道を思い至る生徒が他にも居るだろう。このクラスで言えば、綾小路か。松下も平田の勉強会で教室に留まってなければ分かった筈だ。この方法を龍園との交渉材料に使えるかは正直に言えば自信は無い。彼奴は俺と同じような抜け道を探って効率を上げていくタイプだ。あの話し合いである程度の想定を立てたが、龍園がこの方法を先に見つけていれば交渉が不利になる。

 

「とりあえず了解。昼休みに先輩を呼び出しする場所はどうする?」

 

「なるべく人が寄り付かない場所に先導する形で頼めるか?後…」

 

そう言うと松下は頷いた。そして俺は時間を確認して鞄から筆記用具類を取り出して授業準備に入った。

 

 

 

昼休みになって、俺と松下は監視カメラの無い特別棟に来ていた。そして先輩を待っていると松下のスマホに着信が入った。すると松下は俺に断りを入れて、確認する。確認をしている間、何やら松下の顔が神妙な表情になったので気になったが、ちょうどその時に先輩が来た。

 

「や、松下。呼び出されたから来たけど一体何の用かな?」

 

「応じてもらってありがとうございます、先輩。呼び出した要件は隣にいる同じクラスの比企谷君のためです」

 

松下の簡潔な紹介で俺は会釈すると、先輩は訝しげな顔をしつつも会釈を返してきたので俺は話し始めた。

 

「ども。本題に早速入るんですが、先輩は去年の中間テストの過去問と解答用紙を持っていますか?」

 

「ああ、一応持っているけど。それが欲しいのかな?」

 

「はい。勿論タダでとは言いません。俺のpptと交換してくれませんか?」

 

俺の今持っている所持pptは3万。残りは松下に預けている。それ以上は出したくない。この人はDクラスだから金欠の可能性が高い。だからpptで交換しやすいが、値段はその分張ってくるはずだ。そして先輩は表情を変えつつ言った。

 

「本当!?んー、じゃあ同じクラスのよしみだし、1万5千を払ってくれたらいいよ」

 

半分で了承をもらえたので、ラッキーだ。俺は1万5千pptを送金して先輩に言った。

 

「この事は一応全部録音しているので……それで出来れば今日の放課後にデータで送ってもらえますか?」

 

「はは……用意周到だなぁ。まぁ、了解したよ」

 

苦笑いをした先輩はそう言って去っていった。これで交渉材料はできた。俺は安堵の息を吐くと、周りに人がいないかを確認してくれた松下が預かっていたpptを俺に送金する。そして言った。

 

「これで準備は整った?」

 

「…ああ、一応な。これで過去問と解答の精査をして確認を終えたらコンビニでプリントアウトとクラスの人数分コピーして、テスト3日前に渡せばいい。とはいっても俺と同じ手を取る奴がDクラスにいるかもしれないから被るかもしれんけどな」

 

「じゃあ、クラスの主要な人達だけに教えればいいんじゃない?」

 

「そうだな。だけどその作業は松下に頼みたいんだが」

 

目立ちたくないし。それに松下がやってくれた方が説得力もあると思うしな。松下もそれを分かっているからか了承してくれた。そして話題を変える。

 

「取り敢えず今回も助かった。礼はpptで良いか?」

 

「んー、じゃあ3万pptで良いよ。それで思ったんだけどどうやってそのptを稼いだの?」

 

「今みたいに取引をしてたんだよ。まぁ、詳細は言えないんだけどな」

 

それを聞くと松下は少し考えて予想外の事を言った。

 

「………じゃあ私とも取引しない?」

 

「取引?」

 

「そ。私はこれからもこう言う試験が出ると思っているの。それに関連する重要な情報を比企谷君に渡すから…」

 

「その報酬としてpptを払えってことか……」

 

その言葉に頷く松下。俺は松下の提案に少し思考する。実際その通りでこれから中間テストよりも難易度が高い試験が出るだろう。俺はAクラスを目指す気はないが、試験をうまく超えるための必要な情報は欲しいからな。それに松下のポテンシャルは坂柳には流石に及ばないがそれでも今の堀北よりも数段上だ。だから俺が欲した情報は高い確率で手に入れられるだろう。この話は悪くない。そこまで考えると俺は言った。

 

「分かった。その取引を受ける。報酬は情報の質によって変えるってことで良いか?」

 

「良いよ。じゃあ取引は成立ってことで。このやり取りはさっきの比企谷君みたいに録音してるから」

 

流石に抜け目ないな。と苦笑しつつ思った俺と松下はその場で別れ、食堂に俺は向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして放課後になって、俺は帰りの用意をしていると松下のスマホに中間テストの過去問と解答のデータが送信されてきたことを知らされたので、俺は松下からデータを貰って過去問と解答の精査をして、問題と答えが完全に一致していることを確認すると、俺はコンビニにそのデータをプリントアウトしに教室を出ようとして、俺は昼休みに疑問に思ったことを松下に聞いた。

 

「そう言えば松下。昼休みで先輩を待っている間に着信が来ていたがあれって一体何だったんだ?」

 

「あの着信?いや、違うクラスの友達の待ち合わせの約束のメールなだけだよ」

 

そう言ったので、俺は、いやでも待ち合わせのメールであんな顔をするか?まあ、友達と待ち合わせをしたこともない俺には分からんし、関係ないことかと思考を切り替えて、そうか。と返事をしてコンビニに向かうのだった。

 

そして俺は龍園と夜、寮の裏手のところで邂逅した。龍園とある程度の距離感を保って話し合いを始めた。龍園は愉しげに笑って言った。

 

「ククク……それで?わざわざ呼び出すってことはもう結論が出たってことでいいのか?」

 

「……出たには出たが、条件を変えてもいいか?」

 

そう言うと、龍園はそのまま遮ることなく黙って促す。一応聞く姿勢はとってくれるようだ。俺は学生証と鞄の中にクリアファイルに入れた過去問と解答用紙を出してみせる。

 

「pptと中間テストの過去問と解答で手を打ってくれ」

 

そう言うと龍園は心底愉快気に高笑いしながら言う。

 

「クハハハハッ!!おもしれえ、そう来るとはな。良いぜ?応じてやる。そこまでやってるってことは過去問と解答の信頼性は確約されているってことだろうが、pptは50万……ってするところだが過去問の事を考慮して半額にしてやるよ」

 

龍園の言葉に俺は表情を変えないように努めて、内心で安堵の息を吐く。しかしまだやることがあるので気は抜かない。続きを言う。

 

「分かった。それで、これを契約書に書面してもらう。お前のクラスの生徒に邪魔されたら意味がねえからな」

 

「ククッ、2人の時間を邪魔されたくないってか?」

 

「……録音もさせてもらったからな」

 

俺は龍園の煽りの揶揄いを無視して言うと、龍園は最後まで笑いながら契約を合意したのだった。

 

・比企谷八幡(以下、これを『甲』とする)と対象者、椎名ひよりとの接触に対して契約者(Cクラス全員を含む。以下、これを『乙』とする)は関係を著しく妨害するようなことをしてはならない。

 

・『乙』が対象者と『甲』に対してこの契約の上記の違反をした場合、10万ptを『乙』が『甲』に支払う。2回目は、倍の金額を払う。3回目は50万ptの罰金となる。尚、3回目以降は倍の金額を支払うこととする。※(4回目は100万、5回目200万・・・となる)

 

 

・また、『乙』のいずれかの人物が退学しても、『甲』が退学にならない限りはこの契約は破棄されない。

 

 

この契約を引き換えに俺は中間テストの過去問と解答と25万pptを払ったが後悔はしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今日の昼休みも教室で何時ものごとく小説を読んでいた。しかし龍園君が来たことで図書室で比企谷君と一緒に読書したり、感想を言い合ったり、本の貸し借りをする機会を失ったことで一人で読書している。

 

今までは一人で読書をしていても平気、それどころか夢中になっていた。だが今となっては集中して読んでもふと、寂寥感が襲ってくる。静かに一緒に読書し合っていてあまり喋らない者同士だったが、それでも比企谷君と一緒にいると落ち着いた。違和感を感じないのだ。それどころか一緒に読書するだけで、時間を共有するだけで胸がぽかぽかと暖かくなるのだ。

 

 

 

 

比企谷八幡君。最初に出会った時はかなり警戒心を持たれていた。私も無理に話しかけるのは申し訳無いと思ったが、読んでいる推理小説や様々な専門書を読んでいるところに興味が惹かれてしまい、話しかけた。

 

話しかけると比企谷君はしどろもどろしていた。彼も私と同じ余り人と関わることが苦手なようだった。しかし彼は慌てながらも私を忌避する訳でもなく、お話に付き合ってくれた。ほとんど相槌ではあったが邪険にせずに聞いてくれる彼は優しく、私は感謝していた。

 

そして二度目の邂逅は私が取りたい本があったのだが、身長が大きくない私ではぎりぎり取れない位置にあって、取ろうとして取れない状態だったので、踏み台となる道具か、助けを求めようとした時に彼が取ってくれて渡してくれた時だ。

 

『……これか?』

 

『あっ……比企谷君、ありがとうございます。本を取っていただいて…』

 

『…いや、別に大したことはしてない。それじゃ……』

 

『…ぁ』

 

そう言って早々に会話を切り上げて離れようとする比企谷君に、私はこの学校に来て初めての趣味の合う人で、何より新鮮な考え方の持ち主なので話しが弾むのだ。もっと話したいと思った私は離れて行こうとする比企谷君を見て思わず声を洩らしてしまう。

 

その声が聞こえたのか、比企谷君は足を止めた。そして此方に振り向くと頭を掻いて顔を背けつつ言った。

 

『……あー、でも読みたい本がそっちにあると思うから探すわ』

 

そう言って本棚の方に戻ってきた。それが私に対する気遣いだと直ぐに気付き、嬉しさと暖かな気持ちが湧いた。そうして私達は比企谷君が読みたいと言った本を探しながら本の事を話した。ついつい、喋り過ぎてしまう場面もあったがそれを気を悪くすることもなく、相槌を打って聞いてくれる比企谷君はやはり優しい人だと思った。

 

そうして話していると、比企谷君は神妙そうな表情で"自分の見た目が怖くないのか"。と聞いてきたので、少し考えて言った。

 

比企谷君の見た目、アホ毛と瞳が特徴的だが、アホ毛は可愛いし、瞳は澱んでいるように思えるが、その瞳の奥には確かな暖かさと柔らかな優しさに満ちているように見えた。その瞳が私にとっては不愉快どころか心地良いのだ。だから"独特で愛嬌がある眼です"。と答えると彼はとても驚いたように目を見開いた。そして私に対する警戒の雰囲気が解けたように思えたので少し嬉しくなった。

 

そうして私達は彼が昼休みを過ごすのに図書室を利用する時に本について語り合う関係性になった。その共有していく時間の中で彼の本に対する見方は私にとってはとても興味深く、有意義なものだった。そしていつの間か私は昼休みに過ごすこの時間が楽しみになっていった。

 

そう過ごす時間に比例して彼の行動を見る機会も増えた。彼が不器用だが優しいところ、そして周りにとても気を配っているところ、話し合いの中で私の意見をそのまま受け止めた上で考え方の強要もしないところも。何より私の話しを聞いていると興味深そうに相槌を打って聞いてくれる。その時の比企谷君の眼がとても優しいことにも。

 

彼とそのように関わるうちに、私は本だけでなく、それ以外の比企谷君の事に対しても知りたいと思うようになった。食べ物、趣味、人間関係など、時間をもっと共有して知っていきたいと思った。

 

その時から彼と一緒にいると胸が暖かくなって心地良い感覚になることが増えた。でも、彼がライトノーベルの中の登場人物の女の子についてのことを話すところを聞いていると、少し胸が締め付けられるように痛くなる。そして少し泥々とした苛烈な感情を覚えるようになった。もっと彼を知りたいという知的探究心と私を知って欲しいという利己的欲求が同居するようになった。

 

私はこの感情が、ある系統の小説を読んだことで知っている。しかし、この感情が本当にそういった物なのか経験したことが無かったので分からなかった。そして仮にそうだとしても比企谷君が受け入れてくれるかも分からない。私はこの読書仲間という関係性を変えることを怖れた。

 

そんな曖昧な関係性を続けているうちにも私の中の気持ちは消えるどころか強くなっていく。しかし、ついにそんな関係性に終わりが告げられる。

 

クラスのリーダーである龍園君に比企谷君と関わっていることを知られてしまった。そして今後一切関わるな。と言われた時に思わず血の気が引いた。膝から崩れ落ちそうになる喪失感を感じた。

 

引き離されたくなかった。龍園君の方針には興味が余りなく、口出しもしなかったが、この関係を壊されるのだけはイヤだった。

 

そうして彼がこの関係を崩したくなければ、Dクラスの指定された内部情報を交換条件にしてきた。その時に比企谷君が如何言うのかが恐ろしく思った。彼からこの関係性を切られると想像するだけで不安な気持ちで埋め尽くされ、泣きそうになる。

 

しかし比企谷君が食い下がってくれた時は引き離されそうな状況なのに嬉しくて幸福感で溢れた。しかし、彼に負担になる事だけはしたくないとも思った私は、彼の選択を尊重した。そして表情が崩れそうになるのを堪えて、図書室を去った。

 

比企谷君の事で頭が一杯になった私は、寮の部屋で静かに泣いた。そうして覚悟を決めた。読書仲間という微温湯のような心地良い曖昧な関係性に終止符を打つ覚悟を。

 

そう思ってやはり私は比企谷君に対して少なからず好意を寄せていることを自覚した。それは友人に対する友情ではないことも。それよりも深く、明確な感情。

 

この気持ちを自覚した途端、私に言いもしれぬ孤独感が襲ったのだ。私の中では最早比企谷君は掛け替えのない存在になっているのだ。

 

 

 

会いたい……会いたいです、比企谷君。

 

 

 

また一緒に読書したい、感想を言い合いたい、本の貸し借りをして新しい楽しみを一緒に探求したい。

 

 

 

そして、貴方と一緒にいることで生じたこの気持ちの正体を知りたい。

 

 

 

そう思って一度、小説から意識を逸らしたその時にガラリと教室の扉が開いた。扉を開いた主に教室にいる全員の注目が集まった。

 

「お前らに少し伝える事項がある。さっさと席に着け」

 

そう強い命令口調で指示を出した人は、私たちCクラスのリ-ダーの龍園君だった。部下となった石崎君と山田君を従えて、教卓に立つ。

 

「少し、重要なことだ。黙って聞け。特にひより、お前に関することだ」

 

龍園君により、先ほどまでの喧騒は嘘のように静まった。しかし、私に関することとはどんなことだろう。…………まさか。ある予想が頭をよぎり、大きな不安の中にほんの僅かに期待が生まれた。

 

「昨日、Dクラスの奴ととある契約した。コイツがその契約書のコピ-だ。回し読みしろ。何で契約を受けたかの質問は受けねえ」

 

龍園君の契約書を石崎君が前の生徒に渡す。その紙を見る生徒の顔は驚愕を隠せていなかった。ドクンドクンと心臓が脈打ち、思わず喉が乾く。紙が回ってくるまでの時間がとても長く感じた。

 

そしてついに私に紙が回ってきたので目を通す。

 

「……!!…こ、これ…はッ、ほん、とうに?」

 

夢かと思った。呼吸を忘れそうになった。何度も契約書に書かれている文章を脳に焼き付けるように見た。それでこれはまぎれもなく現実に起こっているのだと理解した。

 

驚きのあまり茫然と口元を手で覆ってしまう。そして次の瞬間には喜びと驚きが私の思考をないまぜにした。手が震えていることに気がつく。少し目の前が滲んだ気がした。

 

呆然としていると、椎名?と後ろの席の人に呼ばれたので我に返った私は紙を後ろに回す。そして全員が見終わったのを確認して龍園君は続ける。

 

「俺がこの契約をしたのはお前らにとっても朗報だ。今回の中間テストの確実な攻略法が分かったからな」

 

その言葉に周りのクラスメイトは騒めくが、私の耳には正直入ってこない。今、私の頭を埋め尽くしているのは湧き出るような歓喜と、止まることない幸福感のみだった。

 

「攻略に必要なアイテムはテストの三日前に配る。てめえらはいつも通り勉強しろ。後、契約書に書いてあった通り、契約違反の行動をした奴は粛正するから覚えて置け」

 

龍園君の言葉を聞いてクラスメイトの緊張が増したが、私にとってはとてもありがたいことだ。心中で龍園君に感謝して席を立って全速力で教室を出た。その様子を唖然と見るクラスメイトと面白げに見ている龍園君の視線を感じながら。

 

会いに行く。比企谷君に、早く顔が見たい。声が聴きたい。触れ合いたいとすら思う。恋愛小説で描写されていた感情が今までぴんと来なかったが、今はっきりと分かった。

 

これが『愛』だと。そしてこの感情が心地よいもので私が感じた中で最上の幸福だった。

 

–––––––

 

龍園との契約を交わした翌日。俺は普通に教室で静かに本を読んでいた。教室はクラスメイトが騒いでいてうるさいがこれでも結構マシになった方だ。

 

ふと騒がしい教室の入り口の扉が開く。すると騒がしい教室が水滴の音が聞こえそうなほど静かになった。……?急に静かになったが一体何があった?その正体を知るために顔を上げた。するとその入り口には予想外の人物がいた。思わず小さく呟く。

 

「…椎名?」

 

静謐な教室だったので声が聞こえたのか椎名は真っ直ぐ俺の席の前まで来た。俯いているので顔は見えない。クラス中の視線が此方に向いているので心底、居心地悪く感じつつも椎名が心配なのでもう一度名前を呼ぶ。

 

「椎名、一体––––––」

 

そう呼んだ瞬間、椎名に抱きしめられた。

 

……は?え、抱きしめられてる?その超展開にクラスメイトどころか俺も固まる。少し経って意識が戻った俺は未だに抱きしめられていることに動揺しつつ、何とか言葉を絞り出す。

 

「し、椎名しゃん?いいい一体どうされたんでしょうか?」

 

そう言うと椎名の俺の背中に回された腕に込められている力を強くすると、言った。

 

「……会いたかったです」

 

「へ?」

 

「貴方に、会いたかった。声が聴きたかった、顔が見たかった。触れたかったんです。比企谷君……」

 

衝撃の暴露に何を深読みしたのか、固まっていた生徒が再起動した。

 

「「「はあああああああああぁぁぁぁ(ええええええええええぇぇぇぇ)ーーーーー!!?」」」

 

「「ヒキタニィィ!!いつの間にそんな子と仲良くなりやがった!?羨ましいぃぃぃ!!代わりやがれえええええええーーーーーーー!!!」」

 

「違うクラスの人と関わりを持っているとはあまり好ましくないわね…」

 

「……いや、堀北。少しコメントがずれてるような気がするぞ」

 

「ふっふっふ、ガールとはいえ、そこまで言わせるなんてやるじゃないか」

 

池と山内が、血涙流さんばかりの形相で叫び、周りのクラスメイトも差はあるが驚きが隠せていない様子だ。高円寺は笑うな。そう突っ込んでいると、隣から寒気のする視線を感じた。ギギギ、と機械のようにその視線を感じた方向へ顔を向けると、松下が睨むように冷ややかな眼差しをしていた。

 

「…これは一体どういうことかな?」

 

「……それは俺が聞きたいんだが」

 

ていうか、椎名もそろそろ離れてくれよ……俺は未だに抱きしめている椎名を見て思った。

 

あの後、昼休みの終わる1分前まで離れなかった椎名は小声でくっついている間、好きです。愛してます、とか更なる爆弾発言をしていた。幸い俺にしか聞こえなかったがクラス中の視線が集まっていたことにより俺のライフは0になる寸前だった。ていうか昼休みが終わって次の授業を受けてる間も何人かに視線をちらちらと受けてたからな。そして松下の視線が一番怖いと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして放課後になって帰りの準備を済ませ、逃げるように教室を出た。池と山内が逃げるなあ!とか言っていたが無視だ無視。質問攻めは嫌だからな。廊下を出る時にメールが来て、逃げながら確認すると松下から来ていた。

 

『寮の比企谷君の部屋に行かせてもらうから、椎名さんの事をOHANASHIしてもらうよ』

 

「……うっわぁ、帰りたくねえ」

 

俺はそのメールを見てげんなりしていると、今度は坂柳からメールが来ていた。うわぁ、見たくねえ。来てないことに「おや、偶然ですね比企谷君。丁度よかったです、椎名さんとのあの熱い抱擁についての感想を聞きたかったところです」Oh…。情報ソースどっから出たんだよ。そう思って振り向きたくないが、もっと酷いことになりそうなので杖を突いて歩いてきた坂柳に顔を向けた。珍しく神室の姿はなかった。

 

「何で知ってんだよ坂柳。つうか、そっちのクラスHR終わるの早くない?」

 

俺はそう言うと坂柳は微笑んで言った。

 

「貴方のクラスの生徒たちの声が廊下まで響いていたので覗いたら、なかなかレアな場面に遭遇しまして。HRについてはこっちのクラスはないようなものだったので」

 

あの時か。そりゃああそこまで声を出してたらなぁ。俺は遠い目をしていると、微笑んだまま坂柳は続ける。

 

「……あの様子を見る限り、無事に解決したようで。椎名さんの幸せそうな雰囲気からわかりますよ」

 

「……そうだな」

 

無事とはいいがたいが、主にクラスの視線が。絶対に何か勘繰られるだろうなぁ。俺はそう思いながら坂柳に言った。

 

「……あの時の忠告、助かったわ」

 

「いえいえ、ただのお節介ですよ。それにしても比企谷君から礼を言われるとは思いませんでしたよ」

 

礼ぐらいは言うわ。と心中突っ込みながら図書室に向かった。坂柳も付いてきてあの抱擁をいじってきた。……勘弁して。

 

そして図書室に着くと、椎名が見える席に座っていた。俺は自然と向かって行き、椎名と隣り合う席に座る。坂柳は空気を読んでくれたのか離れたところに座る。椎名の表情は見えない。しかしやがて口を開いた。

 

「比企谷君」

 

「…何だ?」

 

顔をこっちに向ける椎名。その表情は–––––––

 

 

 

「また、一緒に読書してくれますか?」

 

「……ああ」

 

 

 

なんて–––––

 

 

 

「本の感想を言い合ったりしてくれますか?」

 

「……おう」

 

 

 

今まで見た中で–––––

 

 

 

「本の貸し借りをしてもいいですか?」

 

「……それぐらいならな」

 

 

 

見たこともないような–––––––

 

 

 

「……一緒に、これからも、居ていいですか?」

 

「……俺でいいなら」

 

 

 

幸せそうな微笑みだろう、と。椎名を見て俺はそう思ったのだった。

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