ようこそ俺の実力至上主義のまちがった青春がある教室へ 作:ゆっくりblue1
そうして中間テストの3日前に過去問は櫛田によって配られた。あの後やはり俺と同じ手を取った奴、綾小路がやったことだろう。松下には綾小路の動きを見てから動いて欲しいと言っておいた。
その過去問のおかげでクラスの士気は上がったようで、見違えるように真面目に勉学に打ち込む生徒達。
そして中間テスト当日、クラスメイトは慌てる様子なく、しっかりと最後の確認をしている。しかし、そう上手くいく予感もしない。
そうこうしていると、ついに試験の始まりがきた。茶柱先生はテストの問題用紙と解答用紙をもって教壇に立つ。そして見違えたクラスの空気を感心していった。
「遅刻、欠席者はいないか。お前たちの様子を見ると、2週間前とは大違いだな」
その言葉には肌でクラスメイトも感じていることだ。その様子を見据えた茶柱先生が更に言う。
「この中間テストを無事に乗り越えればお前達にはご褒美として夏休みにバカンスに連れて行ってやる。頑張れよ」
「おっしゃあっ!!やるぞお前ら!!!」
『おおおおおおおおおおお!!!』
茶柱先生の言葉に更に気合いを入れたようで茶柱先生が引くほどの雄叫びの声が響く。うるせぇ……て言うか学校側がそんな甘い要素を入れてくるとは思えないんだが。
そうして茶柱先生は問題と解答用紙を配る。そして、始め!と合図とともに一斉に問題を開けば予想通り過去問と寸分違わず同じ問題だった。俺はすらすらと問題を解き、誤答がないかを確認する。
それを繰り返し、英語のテスト時間になった。間の休み時間、須藤が慌てていたが大丈夫か?と思いつつも同じように解いた。
そうして最後の教科も終え、中間テストは終わりを告げる。まあ全部100点で間違いはないと思う、多分…理系のケアレスミスが無ければだが。
そして終わった後、帰りの準備をしているととメールが2件届いた。送信元は椎名と坂柳だった。
【図書室で落ち合いましょう。それと八幡君、中間テストの感触はどうでしたか?】
【今から図書室へ向かいます。今日の6時に私の部屋でチェスをしましょう】
そのメールを見て、俺は3日前のことを不意に思い馳せた。
ーーー
3日前、つまり椎名との関係性を龍園との契約によって続行することになってから、図書室で色々と話し合った。先ず、改めてのお礼を言われた後に椎名は急に俺のことを名前呼びにした。俺はその事に動揺しつつも断りを入れようとしたが、椎名の涙目+上目遣いの『ダメ……ですか?』によって敢え無く撃墜された。だって異性の上に天使レベルの癒しを兼ね備えた美少女である椎名だぞ?抗えるどころか眼が浄化するわ。もしかして椎名ってアンデット特効?……自分がゾンビって事になるからやめて置こう。学校の自然宿泊行事の肝試しの時にノーメイクなのに1番ビビられた記憶がある。普段認識してないのにそんな時だけ認識される俺って……
そして椎名も俺に名前呼びを頼んできた時は本当に嚙みっ噛みになりながらも断った。それを坂柳にも弄られた。コミュ力経験値が足りない俺にはまだ無理な事だ。だって名前呼びしようとするだけで呂律が回らなくなるし。重症過ぎぃ……俺のコミュ力は母ちゃんの腹の中に置いてきて、小町が生まれる時に全て吸収されたのかもしれない。はっ、小町が天使なのは俺のおかげか?
『そんな訳ないでしょ。現実を受け入れないのは小町的にポイント低いどころかマイナスだよごみいちゃん』
脳内の小町にごみを見る眼で否定されてしまった。て言うかあのポイントって一体何に使えるのだろうか。千葉の兄弟√に進む為のポイント『そんな想像するとこだよごみいちゃん』おおぅ……脳内でも遮ってきやがった。
そんなこんなで読書仲間の関係性を崩さずに済んで安心したのも束の間、椎名との距離が3日間で滅茶苦茶近くなった。例えば本を読む時。
『……』
『……』
ペラペラと本を捲る中で隣の席であることは前と変わっていないのだが……
『……なぁ、椎名さん?その……』
『…何でしょうか?』
『いやその……何でくっ付いているんでしょうか?』
『八幡君にくっ付いていたいからです。貴方といると落ち着きますから』
本を読む時に身体同士を触れ合わせてくるのだ。椎名は平然としているがこっちとしては触れ合わせた肌の感触やら匂いやらで心臓に悪い。その上居眠りで俺の肩に頭を乗せて気持ち良さげに寝息を立て始めた時は理性と煩悩の大戦が起こって理性で無理やり蓋をするのがマジで大変だった。時々艶めかしい声を洩らされると労力も倍になる。本当に無防備な状態で寝るのは勘弁して欲しい。俺みたいな訓練されたエリートぼっちじゃなきゃ襲われるぞ。
まあ、それくらいならまだ良い。良くはないがマシだ。問題はこの事をクラスメイト達に問われた時の事だ。色々と弁明してやっとこさ椎名との関係性を何とか納得のいかせる方向に持っていったのも束の間、放課後に寮の部屋でやはりというか何というか松下が納得しておらず、俺は床に正座、松下は仁王立ちをしながら厳しい目で詰問してきた。
「それで、ちゃんと教えてもらうよ。"椎名さんとは読書仲間だ"。って言っていたけどただの読書仲間だったら、抱擁し合って、あんなに顔を赤らめさせて譫言の様に比企谷君に対して『好きです』『愛してます』とか言わないよね?」
oh……聞こえていたのね。て言うかあの事を思い出すから復唱する様に言うのはやめて欲しい。恥ずか死ぬから。松下の顔は笑っているが眼が笑っていないから怖い。器用だよな、笑っているのに笑っていない表情って。
「や、その、な……」
「まさかとは思うけど、中間テストのことを手伝わせたのはこの為とは言わないよね?」
適当な答えが見つからず、しどろもどろしていると松下は鋭く核心を突いてきた。くっそ、退路が無くなっていく。松下は表情を変えてジト目で見てくるので、如何言うべきか必死に考えて、こう言った。
「……悪いとは思ってる。済まん」
松下に全てを話さずに利用していたのは確かだ。椎名がああなることは予想外だったが、松下からしたら私用で利用されたと思っても不思議では無い。事実だしな。俺は土下座して謝る。その後、松下に何を言われるのかドキドキしていると、当の松下は溜息を吐いて言った。
「はぁ……まぁ、利用された事に関してはこっちも同じことだし別に良いよ。ただ、椎名さんのあの言動は何?比企谷君と椎名さんってそう言う関係なの?」
「……違ぇよ。椎名があの行動を取った事はこっちも予想外なんだよ。……椎名は読書する仲間が異性間ではいないって言っていたし、その仲間を失いたくなかっただけだろう。色々と条件を満たすために動いたから大事に感じてプラシーボ効果的にあの行動を起こしたんじゃねえの?」
松下は俺と椎名が男女的な関係性だと思っているらしい。しかしそれは違う。俺と椎名はあくまで読書仲間。椎名のあの言動には驚いたが、あれは状況がそうさせたに過ぎない。実際眼の腐った俺では椎名みたいな美少女とは釣り合っていないしな。俺の言葉に松下は納得が行かなかったようだが、俺の様子を見て再度溜息を吐いて話題を変えた。
「……はぁ、比企谷君がそう言うならそう信じるけど。それで話題を変えるけど、椎名さんと坂柳さんを私にも紹介して欲しいんだよね」
「……別に好きにすればいいが、何でわざわざ?」
「何かあった時の保険かな?椎名さんや坂柳さんともギブアンドテイクしとけば色々と情報を得られるだろうし」
「椎名は多分、Cクラスの情報については余り持ってないと思うぞ」
龍園の様子からするに俺と交流する椎名にCクラスの情報を伝えはしない筈だ。スパイされちゃ意味ないしな。それに椎名もCクラスの方針自体に興味はないと言っていた。協力しなければならないところは協力すると言っていたが。俺がそう言うと松下は対して気にした様子もなく続ける。
「色々だよ。クラスの情報じゃなくても生徒の人間関係の情報も役に立つかもしれないし、まあそれは比企谷君が選択してくれたら良いよ」
そう言う松下に俺はなるほど。と納得した。しかし契約があるとは言え予想外に松下は積極的に動くらしい。そんなにpptが欲しいのか?と思ってると松下は急に言った。
「比企谷君、中間テストが終わった週の土日って予定はある?」
「土日はあれがあれだから忙しい」
「つまり暇ってことね。じゃあ一緒に出掛けよう」
ゴロゴロするから暇じゃないんだが……って、what?今此奴何て言った?
「済まん、聞き間違いかもしれんからもう一回言ってくれ」
「つまり暇ってことね。じゃあ一緒に出掛けよう」
orz……聞き間違いじゃなかった。俺はすかさず疑問を口にした。
「何でだ?」
「椎名さんのことを協力したからね。その報酬ってことで」
ああ……納得。松下は報酬を求めているだけだった。ただ、不用意に一緒に出掛けようとか口にしないで欲しい。俺じゃなきゃ間違いなく勘違いしているだろう。松下の言葉に俺は溜息を吐いて了承する。すると松下は嬉しそうに顔を綻ばせる。勘違いしない勘違いしない、松下はただ報酬を得られて嬉しいだけ。つっても懸念材料はあるので俺は言った。
「出掛けようつっても如何するんだ?俺はあんまり流行りのこととかリア充パーリーピーポー的な話題は知らないぞ?」
「それは比企谷君には別に期待はしてないから大丈夫だよ。アミューズメント施設で遊んだり、御飯を食べるぐらいが私的にも丁度良いし」
如何やら最初から期待されていなかったらしい。まあ松下が考えていることに付き合えばいいか。それにしても俺と出掛けようなんて物好きだな。そう思いながら、松下が帰っていくので見送ると、俺は飯を作ろうと備え付けのキッチンに行った。
ーーー
これが3日間で起こった出来事である。椎名の懐き様と勘違いしそうな言動と言い、坂柳の揶揄いや魔王ぶりと言い、松下の謎の行動と言い、何か色々と騒がしいが、まあ悪くは無い。と思いつつ図書室に向かった。
[newpage]
中間試験から2日後の朝のSHR、クラスには若干の緊張が走っている。
今日が中間試験の結果発表の日だからだ。赤点1つで退学になるのだからそうなるのも無理はない。
クラスに緊張が入る中、茶柱先生が教室に入って教壇に立つ。と同時に、平田が発言する。
「先生。本日採点結果が発表されると聞いてますが、いつですか?」
「そんなに結果が気になるか。喜べ、今から発表する。放課後じゃ、色々と手続きが間に合わないこともあるからな」
手続き……それはボーナスポイント付与の手続きか退学の手続きだろう。
「それは……どういう意味ですか?」
「慌てるな、平田。今から発表する」
茶柱先生はそう言って生徒の名前と点数の一覧が載せられた大きな白い紙が黒板へと張り出す。
俺の名前を確認すると……
比企谷八幡 クラス順位4位/40位中 学年順位8位/160位中
英語 100
国語 100
数学 90
理科 95
社会 100
総合合計点 485点/500点
……理系はやっぱりケアレスミスがあったようだ。文系科目はまあ、当然か。学年で一桁は行けた。やったぜ。結果を返し終わると茶柱先生は言った。
「正直、感心している。お前たちがこんな高得点を取れるとは思わなかったぞ」
そりゃ過去問があったからな。無かったら数人は退学しているだろう。
「しゃっ!赤点なしだぜ!」
そう思っていると須藤が立ち上がり叫んでいる。須藤の点を確認すると5科目中4科目は60点近くで肝心の英語は40点。答えを丸写しとは言え、よく記憶したな。前の赤点はラインは31点以下だったから合格か?……いや待てよ。
「見ただろ先生!俺たちもやるときはやるってことですよ!」
池がドヤ顔を決める。クラスメイトは安堵しているが俺はある推論に行きついた。それと同時に茶柱先生は告げた。
「ああ。お前たちが頑張ったことは認めている。ただ……お前は赤点だ。須藤」
その言葉にクラスの空気が凍り付く。やっぱりか……俺は納得しているとそう言われた須藤は吠える。
「ああ!?赤点は31点の筈だろうが!」
「誰がそう言った?少なくとも前回の小テストの赤点は31点までだったが、今回も31点とは言っていないぞ」
前の小テストは平均が65点だった。それを÷2すると32,5点。31点が赤点ではなく、31点までが赤点。つまりは平均点÷2が赤点の査定となる。今回の中間の全体平均は…………82、3点か。つまり赤点ラインは41点、ギリギリ1点足りない。
その後、Dクラスのリーダー平田が解答の精査をしたがやはり採点間違いはなく、須藤は助からない。そして茶柱先生は引導を渡すように最後に言った。
「中間テストを乗り越えた者はよくやった。須藤は荷物を纏めて職員室に来い」
その言葉を言って茶柱先生は教室を去っていく。クラスは一部を除いてお通夜のような空気だ。流石の須藤も言葉が出ないようで友達である池や山内もかける言葉が見つからない。
そんなとき、綾小路が席を立って教室を出た。その様子を訝しげにクラスメイトは見たが、堀北も何かを察したのか付いて行った。
……まぁ、綾小路とかなら思いつくだろうな。須藤を退学から救う方法。すると隣にいる松下も察したのか小声で俺に言った。
「ねぇ、あの行動って……」
「ああ、須藤を助けに行ったんだろうな」
「その方法って……まさか?」
過去問の取引をした松下にも分かっているのだろう。俺は頷いて言う。
「点数を買うってな」
綾小路は茶柱先生に須藤のテストの1点をpptで買うのだろう。1点と言っても退学を取り消すための1点だから決して安くはないだろう。見積もって10万か、しかし堀北も付いて行ったようなので大丈夫だろう。
案の定、茶柱先生が須藤の退学を取り消したので、須藤とその友達は大喜びしたのだった。
その後で綾小路や櫛田から何故か祝勝会をやるからと誘われたが丁重に断った。俺は大した手伝いもしていないし、出ても気まずいだけだ。
そして放課後になって、帰りの用意をしていると、松下が言った。
「中間テストも終わったから祝勝会をしようよ」
「いやさっき断ったの聞いたよね?俺は寮でダラダラしたいんだって」
そう突っ込みを入れると松下はスマホを取り出すと、メールを打つ。そして1分もたたないうちに返事が来たらしい。そしてその返信を俺に見せた。
【八幡君の部屋で祝勝会ですか。是非参加させてください。八幡君に聞いて許可が下りるのであれば御飯を作らせて頂いても良いでしょうか?八幡君にも食べて貰いたいので】
【比企谷君の部屋で祝勝会をするのであれば勿論参加します。此方は友人たちを伴って良いですか?】
椎名と坂柳のメールだった。如何やら祝勝会をする気満々らしい。何故か俺の部屋で。て言うか……
「おい、本人差し置いて勝手に話を進めんなよ。それにお前、いつ椎名達とメルアド交換したの?」
知り合って3日間でこの息の合ったやり取りとか仲良くなり過ぎじゃね?仮にも敵対のクラスなのに。それも俺が関わってるし。
「買い物帰りで椎名さんと話をしていたら坂柳さんも合流して、ひき…色々と話しをしてメルアド交換したって感じかな」
おいちょっと待て。今何を言い掛けた。…………はぁ、まぁいいか。今はそれよりも。
「やるならお前の部屋でやれば良いだろ。て言うか俺はダラダラしたいからパスだ」
そう断りを入れ、席を立って教室を出ようとするとピロリン♪と子気味良い着信音がなる。その音の元は松下のスマホではなく俺のスマホだった。メールの送信元は…坂柳か。無視をしようとも思ったが嫌な予感がするので、仕方なくメールの内容を確認する。
【祝勝会を御断りするのであればAクラスの人に相談しなければなりませんね。"比企谷君が付き合ってくれない"。と】
坂柳の奴……説明を抜いて言う気だな。仮にもAクラスのリーダーでトップクラスの美少女の坂柳の誘いを断ったことを噂されれば、学年ですぐに噂されるだろう。しかも坂柳は1番俺にとってダメージがあるやり方をしやがった。恋愛事の様な言い回しをすればそう言うのに敏感な年頃の学生だ。俺には注目がいくだろう、悪い方に。どっち道逃げ場は無いのか……
俺は溜息を吐いて松下の方に行き、祝勝会を開くことを了承する。松下は急に意見を変えた俺に何故と聞いたので坂柳のメールを見せると苦笑した。そして了承した有無を松下が椎名と坂柳にメールで伝える。俺は寮に向かうことを松下に伝え、教室を出る。仮にも人が訪れるのであれば掃除をしないといけない。
寮の部屋に戻って俺は鞄放るように床に置いて、色々と掃除を始めた。
そして20分くらいが経って粗方するべき掃除を終えると、インターホンが鳴ったので出ると、大所帯だった。先ほど別れた松下に椎名と坂柳に神室ともう1人の金髪のリア充感漂う男子生徒がいた。俺は驚きつつも部屋の入り口を開けてその面子に言った。
「……随分と大所帯だな」
その言葉に松下が言った。
「色々と買い物していたら合流してね。そのまま来たんだ」
そう言われると確かに松下と椎名の手には食料品が入った買い物袋があった。とりあえず全員を部屋に入れる。すると椎名が言う。
「八幡君、此処で御飯を作らせてもらっても良いでしょうか?」
「…ん、別に良いぞ。キッチンの調理道具も自由に使ってくれ。後で食費は払う」
「いえ、食費などは。此方から頼んでいますから」
椎名は首を横に振ってそう言う。それなりに関わってきたから椎名が意外と頑固な面があることを知っている。それでも施しは受け取れないので如何するかを考えていると、坂柳が会話に入ってきた。
「それは後回しでも良いのでは?食料品の処理を先にしてしまいましょう」
坂柳の言葉に従うと椎名は買い物袋を持ってキッチンに行った。そして松下も付いて行き残ったのは坂柳と神室と金髪男子生徒だ。そして坂柳が口を開く。
「この度は招待頂きありがとうございます比企谷君。それと紹介します。同じクラスの橋本正義君です」
そう坂柳に紹介された金髪は橋本と言うらしい。飄々とした雰囲気でリア充感満載の奴だ。その本人は手を差し出して来て言った。
「うちの姫さんから聞いているぜ。Dクラスの切れ者ってな。1度話してみたかったんだよ、宜しくな」
坂柳が何を言ったのかは知らないが、変なこと言ってないだろうな。そう坂柳を見つつ、俺は握手に応じずに言った。
「別に切れ者って程じゃない。俺より厄介な奴はいるし、俺なんか唯のボッチだ」
すると橋本は何にウケる要素があったのか笑った。神室が若干白い目で見てるぞ。リア充の笑いのツボが分からん。
「ははははっ!思った以上に面白い奴だなぁ。とりあえず宜しくな」
そして坂柳もキッチンに行った。俺はその様子に神室に、坂柳は料理出来るのか?と聞くと、昼の弁当は自分で作ってるらしいよ。と言ったので自炊をしているらしい。凄いなと思わず感心した。俺もキッチンに行き、何かやる事はあるか?と聞けば椎名にのんびり座っていて下さいと言われた。見ると、坂柳はサラダ、松下がスープと炒め物、椎名はメインの肉を使った料理を作っていた。俺に手伝えそうなことは皿だしと飲み物の用意くらいか。
そう判断して居間に戻ると神室と橋本は机の前で絨毯の上に座って喋っていた。喋っていたと言っても橋本の絡みを神室が鬱陶し気に受け流してただけだ。俺は2人の会話をボーっとしながら聞いていると、松下の声が聞こえた。
「料理出来たよー」
そうしてキッチンから運ばれて来た料理の数々を見て、思わず声を洩らした。
「…良くこの短時間にこんな料理を作れたな」
ポテサラにポトフにベーコンの野菜炒めに和牛のサイコロステーキと豪華なラインナップだった。食欲を唆る良い匂いにどれも美味そうだなと思っていると椎名と松下が両隣に座って、坂柳が俺と対面の形に座る。そして坂柳が俺に言った。
「では、音頭は比企谷君がお願いしますね」
「…マジ?」
聞くと坂柳は微笑みを浮かべて頷くので、どうせ抵抗しても無駄だなと思い、素直に従って俺は手を合わせて言った。
「あー……まぁ、中間テストお疲れ。頂きます」
「「「「「頂きます」」」」」
俺の挨拶を皮切りに全員が挨拶して料理を食べ始めた。ポテサラに最初は手をつける。美味っ!胡椒とじゃがいもとマヨネーズがいい感じにマッチしている。次にポトフ、コンソメの出汁と玉ねぎの甘みが出ていて美味い。ベーコンの野菜炒めはベーコンと野菜を一緒に食べると更に美味しい。サイコロステーキは…と手を伸ばし掛けると椎名に声を掛けられる。
「八幡君、あーん」
「はい?ちょっ、椎名!?」
椎名が箸でサイコロステーキを摘んで俺に向かって差し出してくる。その様子をニヤニヤしながら見てくる他4人。てかおい、橋本は動画撮ってんじゃねえ!俺は焦りつつも椎名に訴える。
「自分で食えるから勘弁してくれ…」
「……ダメ、ですか?」
うっ……そんな捨てられた子犬のような眼で見ないで!八幡が浄化されちゃううう!俺は椎名の様子を見て、溜息を吐いて差し出されたサイコロステーキを食べる。恥ずかしくて料理の味が分からん。椎名が不安そうに聞いてきた。
「どう、でしょうか?」
「…美味い。柔らかいし、味も丁度良い濃さだ。本当に美味いわ」
そう言うと椎名は嬉しそうに顔を綻ばせる。すると俺は何を血迷ったのか、小町専用お兄ちゃんスキルがオートで発動した。
「ん、八幡君?」
椎名の頭には俺の手が置かれている。そして撫でていた。その様子をニヤニヤと見る橋本と神室、そして目を細めてまるでこっちを睨むように見る坂柳と松下。俺は慌てて椎名の頭から手を離す。
「ぁ……」
やめて!そんな名残惜しそうな切ない声を出さないで!そんな声を出されたら勘違いして告白して振られちゃうまであるから!振られちゃうのかよ。そんな居た堪れない空気を払拭するかのように坂柳と松下も料理を摘んで俺に向かって差し出してきた。
「「比企谷君、あーん」」
「勘弁してくれ……」
ーーーーー
結局坂柳と松下にもあーんと言う名の公開処刑をされて精神的に疲れつつも何とか食事を終えた。後、橋本も便乗して神室にあーんを求めていたが思いっきり頭を叩かれていた。ざまぁ。そして食事を終えた椎名達と一緒に食器洗いをした。椎名はゆっくりして良いと言ったが美味しい食事をさせてもらった礼ぐらいはさせてくれと言って手伝った。そして食器を洗い終えて椎名がお茶を淹れてくれた。椎名は茶道部に所属しているようで本格的で美味い。そして少し雑談をしてくつろぐ。雑談で神室が意外や意外、美術部に所属していることや坂柳にトイレを貸したり、橋本が何やら部屋を見てエロ本を探しているのをシバいてやったりしていた。
そうして自分達の部屋に帰ろうと動き始めた5人。俺は椎名に聞く。
「なぁ、本当に食費は良いのか?」
「大丈夫ですよ」
「……じゃあ何か他にやって欲しい事は?」
俺としては養われる気はあるが施しを受ける気は無いので、何らかの形で返したい。椎名はまあ無茶な要求をしてはこないだろうけど、坂柳と松下は何を要求して来るか分からんから怖い。俺の言葉に椎名は少しだけ考え込み、驚きの言葉を口にする。
「それでは、八幡君の部屋の合鍵が欲しいです」
「…それは不味いだろ」
流石に合鍵は……椎名が窃盗目的を持っているとは微塵も思ってないが、いつでも出入り可能って事は2人きりになるのでこんな俺でも健全な高校生男子だ、色々と不味い。いや、襲う気もないけどね?すると椎名がしょんぼりするので、俺は悩みに悩んだ後、頭を掻いて鞄から合鍵のカードを取りだして椎名に手渡す。
「……まぁ、日頃図書室で世話になっているし、それを含めたお礼って事で」
「良いのですか……?」
「おう。まぁ、椎名が悪用するとは微塵も思って無いが悪用しないでくれよ?まぁ高価なものがある訳じゃないけどな」
「…ありがとうございます」
本当に純粋に嬉しそうに微笑む椎名。すると椎名も服のポケットからカードキーを取りだして俺に差し出す。そして言った。
「交換しましょう。八幡君も遊びに来て下さい。もっと一緒に居たいですから」
その言葉に俺は思わず顔を逸らした。そして会話を聞いていた坂柳と松下もカードキーを差し出して言った。
「それでしたら私も、比企谷君にも頼み事が増える事だろうと思いますから」
「私も一応渡しておくよ。携帯やその場の口頭じゃあ伝え難い事もあるだろうから」
「……はぁ、どうせ抵抗しても無駄だろうから受け取っておく。使うかどうかは分からんけどな」
俺は3人の部屋の合鍵を受け取ると、橋本はニヤニヤ笑っていたので今度報復するとしよう。そして玄関まで見送る。
「楽しかったです。今度は私の部屋に遊びに来て下さいね八幡君」
「…おう、御飯美味しかったわ。ありがとな椎名」
俺はそう礼を言うと椎名は微笑むと去っていった。そして今度は松下が言う。
「私も楽しかったよ。……今週の休みの事、覚えておいてね?」
その言葉に頷くと松下も満足そうに頷くと、またね。と言って去って行く。そして最後に坂柳と神室と橋本。神室と橋本が口を開く。
「押し掛ける形で悪かったね比企谷」
「うちの姫さんの誘いに乗ってきたけど中々楽しかったぜ。また誘ってくれたら行くわ」
「神室は悪くねえよ。後、橋本はあの録画データを消せよ」
神室は申し訳なさそうに、橋本はムカつくヘラヘラした顔で言った。あーんのデータとか黒歴史を広めたら橋本は絶対に末代まで呪う。て言うか学校側に訴える。肖像権と個人情報保護法違反で。まあ多分その辺の線引きは此奴は分かっているだろう。仮にも坂柳の下にいる奴だしな。
そうして神室と橋本は部屋を出た。最後に残った坂柳が笑いながら口を開く。
「ふふっ、祝勝会は楽しかったですよ。またこういう機会があれば良いですね」
「…俺は強制された側だけどな。…………まあ、悪くはなかったわ」
そう言うと坂柳が微笑み、ふと雰囲気を変えた。その様子に俺も真剣になる。
「……比企谷君なら予測がついているでしょうが、夏休みになった時に恐らく試験があるでしょう。場合によっては宜しくお願いしますね?」
「……まあ契約は契約だし、善処はする」
テスト前に茶柱先生の言葉を鵜呑みにする気は毛頭無い。十中八九試験があるだろう。根拠はプールの時の体育教師のあの言葉。それもクラス対抗の可能性がある。て言うかバカンスとか良いから部屋でゴロゴロする方がいいのだが。
そう言うと坂柳は微笑んだ後、急に俺の耳元にまで接近して囁いた。
「貴方、ああ言った本をトイレに隠すならしっかり隠しておいた方が良いですよ?本の頁の端が引き出しから挟まっていたようですから」
「!!?おまっ……」
橋本が探していたものはトイレに隠したのだが、どうやらきちんと隠しきれなかったようで坂柳に見つかってしまった。寄りにもよって最悪の奴に……すると坂柳は更に言った。耳朶に吐息が当たってこそばゆい。
「男の人は豊満な女性が好きな人が多いですが、貴方は色々とバランスが良い様で……ふふっ、もしかして私もそう言う対象に入っているのでしょうか?」
「………気を悪くさせたならす、すまーーー」
「いえいえ、怒っているわけではありませんよ。ただの確認ですよ」
坂柳は耳元から顔を離して俺を見据えて微笑んだ。若干顔が赤い。やっぱり怒ってんじゃねえの?そして最後にこう言った。
「Ich habe auch die Chance, dein geliebter Mensch zu sein…かのね」
「?なんて言った?」
坂柳が言った言葉は英語では無いと思うがchanceってのは聞き取れた。言い方からしてドイツ語か?中学の頃にかっこいいと思って調べて喋ろうとした黒歴史がある。つーか、ドイツ語も話せるかよ此奴。
そうして、またチェスでもしましょうと言って、部屋を出て神室と橋本を連れて去って行った。
[newpage]
少し時間を遡る。中間テストの過去問の取引の手伝いをした昼休みに先輩を待っている間にある人物からメールが来た。
『放課後に少し話したいことがあるから近くのカフェで待ち合わせしたいのだけれど、良いかしら?』
その人物から話し合いたいことがあるとは予想外だから不思議に思ったが、断る必要もないので受けることにした。
そして放課後になって比企谷君にあのメールの事を問われたのでただの待ち合わせのメールだと伝えると、少し疑問気な顔になりつつも、そうか。と言ってコンビニに行った。
そうして私も待ち合わせのカフェに着く。そのカフェは今どきの高校生が入るような流行りの可愛らしいカフェではなく、落ち着いた大人らしさのあるお洒落さがあるカフェだった。そして店内に入るとテーブル席に彼女はいた。彼女はとても落ち着いた様子で本を読んでいた。
そして彼女に近づくと本をしまって手で席を勧めてきたのでそれに倣って座ると、彼女は言った。
「急に呼び出してごめんなさいね。松下さん」
「ううん、特に気にしてないから大丈夫だよ」
少し申し訳なさそうに謝ってきたので、大丈夫と言うと私は適当にメニューを見て、飲み物を注文する。そして注文した後に私は聞いた。
「……それで、私と話し合いたいことって何かな?成井さん」
そう聞いた私の眼をしっかりと見据えてくる成井さん。普段その眼には感情が見えないが、今はどこか優しげに感じた。そして、静かに彼女は言った。予想だにしないその一言を。
「……貴女と取引をしたいのよ」
「………取引?一体何の?」
私はとても驚いて、彼女を見つめるが本人は変わらず落ち着いている。相変わらずの無表情のまま彼女は更に告げた。
「貴女に月1万ppt払う代わりに、彼ーーーーー比企谷八幡君の動向を月1回報告して欲しいのよ。私の事は彼には伝えないで。ああ、Dクラスの動向についてはどうでもいいから大丈夫よ」
その言葉を聞いて、私は思わず、はっ?と素っ頓狂な声を洩らした。何故彼女が比企谷君の事を知りたがる?Dクラスの情報はどうでもいいって………しかもこんなに回りくどい方法を使って。そう思って聞いた。
「何で成井さんが比企谷君の情報を知りたいの?Bクラスとは言え自分で確認することは出来る筈でしょう?」
その質問に対して彼女は首を横に振って言う。
「……これからの学校の動向的には難しいと判断したの。それに彼との接触は避けたいのよ」
成井さんが言っているのはおそらく今回のような中間テストのような退学がかかった試験の事を指しているのだろう。違うクラスなので対立は避けられない。しかし、接触を避けたいとはどういうことだろうか?私は質問を重ねる。
「接触を避けたいっていうのはどういうこと?さっきも聞いたけど比企谷君と知り合いなの?」
すると、彼女の眼から感情が見えなくなって氷のような冷たさが宿った。威圧感は部活動説明会で見た堀北生徒会長よりも遥かに強い。私はこれ以上の質問は危険と判断した。しかし、予想と裏腹に彼女は答えた。
「………前者の質問には答えられないけれど、そうね。彼を一方的に知っているといったところかしらね」
ストーカーみたいねと驚きの発言をほんの少しだけ苦笑するように言った彼女の眼には比企谷君に対しての寂しさと悲しさとほんの僅かな思慕があるように感じた。そんな儚げな雰囲気に私は何も言えなかった。彼女が『彼』と言った時の顔はあまりにも美しく、愛しげに呼んでいるように思えたからだ。
そして少し考えて私はその取引を呑んだ。スパイをしろって言われたわけではなくただ比企谷君の動向を伝えるだけなら悪い話ではないから。伝え方に注意したらいいだけだし。ちなみに注文した飲み物代は奢ってもらった。呼び出しに応じてくれたお礼と言われた。
そうして彼女とカフェを出る直前に私は答えてもらえないことを承知したうえで聞いた。
「……成井さんは何者なの?」
すると彼女は、静かに透き通る声で言った。
「A secret makes a woman woman……」
その台詞を聞いて思わず笑ってしまった私は悪くないだろう。