ようこそ俺の実力至上主義のまちがった青春がある教室へ   作:ゆっくりblue1

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第九話


ボッチ生活もこの学校では目紛しく変化する。

あっつ……何でこんな夏って暑いの?太陽も少しくらいサボったっていいんだよ?毎日日入りするまで照らし続けるとか年中無休の社畜の如し。……廊下にもクーラーが効いていて欲しいわ。

 

そんなことを熱された脳で考えながらも俺はクーラーがガンガン効いている地球に優しくない教室を目指して登校していた。

 

6月に入ってから気温がぐっと上がった頃、中間テストを乗り切って暫くのDクラスはcptを0から脱しようとしていた。pptが何時迄も0は厳しいからな。須藤の赤点騒動を綾小路と堀北の力によって乗り越えて、クラスの士気はわりと高い。

 

しかし今日の7月1日、またも大きな騒動が起きて、クラス中を巻き込む事になる。

 

 

そう、…………pptが振り込まれていない事はその事件がきっかけである。

 

 

ーーーーー

 

教室に入ると、クラスメイトの様子が騒がしい。しかしその様子は察しはついている。俺は特に動揺する事もなく席に座ろうとすると松下が登校して来て俺に話しかけてきた。

 

「おはよう、比企谷君。いきなりだけどpptは振り込まれてる?」

 

「いや、振り込まれてねえよ」

 

俺は席に座って松下の言葉に首を横に振って否定すると松下はそっか。と言い、隣に座る。pptが振り込まれていない状況、また何かペナルティーでも起こしたのかと思いつつも一応の確認で椎名と坂柳にも聞いたところ、二人も振り込まれていないらしい。

 

俺達Dクラスなら兎も角、A〜Cクラスがpptが配当されていないのはおかしい。学校側にトラブルがあったのだろうか。

 

ん?須藤がやけに大人しいが如何言う事だ?何時もは池や山内達と駄弁ってるのに。

 

少し違和感を感じつつ騒がしいクラスの様子を観ながら、HRが始まるのを待つ。恐らく何故pptが振り込まれていないのかは茶柱先生が説明してくれるだろ。まあ、正直なところ俺は契約のおかげで困ってはいないのだが。

 

そして、茶柱先生が教室に入ってきた。教卓に立った時、池が質問した。

 

「せんせー、ポイントは何時に振り込まれるんすか?未だ振り込まれてないんですけど」

 

「今から説明するから落ち着け」

 

茶柱先生は池や他のソワソワしている生徒を落ち着かせる。ソワソワし過ぎだろ、キョロ充かよ。その後にホワイトボードに何やら書き始める。

 

Aクラス 1004cpt

 

Bクラス 716cpt

 

Cクラス 572cpt

 

Dクラス 87cpt

 

書かれたのは現在の全クラスのcptの暫定状況だった。それを見てクラスは喜びの声を上げる。俺は驚きが隠せなかった。

 

「……Dクラスの上昇率が1番上なのは驚いたな」

 

「Cクラスもかなり上がってるけどね…」

 

俺の呟きに松下がジト目で視線を寄越してきた。Cクラスが上がったのは俺が龍園に過去問と回答用紙を渡したのも理由の一つだろう。その事を知っている松下は敵に塩を送る行為に呆れているようだ。

 

「俺は悪くない。社会が悪い。それこそ龍園が悪い」

 

「何その言い訳……」

 

俺の言い分に更に松下は呆れた様子を見せた。何時までも半目で見ないで、新しい扉開いちゃいそうだから!なまじ容貌が良いからジト目でも絵になるんだから困る。そう思っていると茶柱先生が説明し始める。

 

「この数字はお前達が受けた中間テストの点数を元に出したものだ。正直なところお前達が今回トップの上昇率だと言うことに私は驚いている」

 

そう褒めたところで何人かの生徒は誇らし気になるが、俺は今までのマイナス点で引かれると思っていたので、驚きの方が強い。

 

しかし、Dクラスがcptを得られたのと同様に他クラスもcptが上がっているので実際問題そこまで差は詰められてない。

 

「…この結果は不満か?堀北」

 

余程神妙な表情で見ていたのか、茶柱先生は堀北に声をかけた。そしてクラスの視線が堀北に集中するが、特に変わらない様子で堀北は言う。

 

「……いえ、目に見える結果だけでも得られた収穫はありますから」

 

「如何言う事だよ?」

 

クラスメイトの疑問を代表して聞く池の質問には堀北は答えなかった。いや、せめて教えてやれよ……そう思っているとクラス1人気のイケメンリア充、平田が堀北の考えを復唱する。

 

「つまり僕らが起こした今までの間のマイナスの評価が影響されていないということだよね」

 

「あ、そうだよな。授業態度が悪ければマイナスに引かれる筈だもんな」

 

平田の言葉にイマイチ要領を得なかったクラスメイトは納得した様子を見せた。しかし問題は振り出しに戻る。その問題を池が言った。

 

「あれ?じゃあ何でptが入ってないんだ?」

 

当然そこに戻るよな。池が言った言葉に他の奴も次々に疑問を持ち始めた。その言葉を茶柱先生は待っていたかのように答えた。

 

「それについては3日前、学校側でトラブルがあってな。全クラスのptの振り込みが遅れている」

 

「えー、それは学校側の問題じゃないですか。遅れた御詫びの特典とかないんすかー?」

 

「学校側もそれが解決次第ptを振り込むように動いているから安心しろ」

 

茶柱先生の言う事に不満そうな顔を見せる生徒達。そんな甘い待遇とかこの学校に期待出来ない。有ったとしても絶対裏がある。

 

「もっとも、ptが残っていればの話だがな……」

 

そう意味深の言葉を残して朝のHRは終わりをチャイムとともに告げた。…はぁ、また何かあったなこれ。これから起こることに俺は嫌な予感を感じて思わず溜息を吐いた。

 

そして特に授業中は騒ぐ事も無く、授業を受け終えた後、昼休みになって一度だけ須藤が校内放送で呼び出された。怠そうに教室を出ていくのを見ていると、軽井沢のグループで駄弁っている筈の松下が今日は珍しく俺に話しかけてきた。

 

「何か嫌な予感がするんだけど…比企谷君は如何思う?」

 

「……分からん。まあ只事であることを祈っとけ。それよりも軽井沢のグループに行かなくてもいいのか?何時も喋ってんだろ?」

 

何時もは女子のリーダー的な存在であるギャルの中のギャル、軽井沢惠とその取り巻きの篠…何とか達とキャイキャイしてんのに。ポイントが残ってた頃は流行りの物を見せ合ったりしてた。マジ!?とか、嘘!とか聞こえてくるけどいちいち反応が大き過ぎるんだよなぁ。しかもそれだけの言葉だけで会話続くし、語彙力ないのに通じ合うとか逆にハイコンテキスト過ぎる。最近は軽井沢の彼氏である平田自慢が繰り広げられているのを耳にしている。

 

「たまにはね…ずっと話を合わせるのは体力使うし」

 

松下の言葉に大変そうだなぁと思った。リア充もリア充で人付き合いに気を配っているようだ。疲れるのに付き合いを続けるのはまるで会社の先輩後輩上司部下の付き合いを連想させる。やりたく無くても上司、先輩の指示だから、と言う親父や母ちゃんの愚痴を思い出す。朝早くから夜遅くまで出勤お疲れ様です。

 

それにしても彼氏良いなーとか言ってるけど良く知り合いの彼氏の話を聞く気になるよな。すげー如何でも良い上に惚気まで言うとか、俺だったら無視一択だわ。むしろ内輪揉めの爆弾を置いておく。まあ、そんな内輪揉めを起こす相手もいないんだけどな!カースト争いが無いのでボッチの方が自由に過ごせる。つまりボッチ最高。

 

それにしても軽井沢は平田にベッタリで自慢話を耳にするが、平田の方からは何もないんだよな。平田はクラスを優先していることは分かるが、恋人の話とかは一切触れている様子は無いし。周りが付き合っていないから遠慮しているんだろうが。普段は軽井沢からくっ付いているようで平田は応えるといった感じだ。

 

軽井沢は平田というイケメンを彼氏にしてこのクラスの最上位カーストに成り上がった結果、クラスでも高圧的な態度を取れる立場で、松下が言ってきたことだが、実際に自分のpptが足りない時は他の女子達から借りたこともあるらしい。返せる目処がないのにも関わらず、それでも何も言われないのは平田効果のお陰だろう。周りに影響力のある人間に目を付けた観察力と女子のリーダーにまでなる求心力は感心するが、何処か寄生しているような気がしなくもない。まあ、俺には関係無いことだが。

 

そう思いながらも昼休みを過ごし、午後の授業を受けて放課後になった。そして帰りのHRが始まる時になって茶柱先生が険しい表情を見せながら教卓に立って言った。

 

「HRを始める……が、その前にお前達に連絡して置かなければならないことがある」

 

何時もより真剣な声音にクラスメイト達には緊張が走る。嫌な予感がするんだが……と思っていると茶柱先生が言い始めた。

 

「先週の金曜日の放課後に特別棟でDクラスとCクラスの間に揉め事が発生した。それも暴力行為があったとCクラスがDクラスを訴えている。その当事者の須藤には説明しているが、1週間後にCクラスと話し合いが行われるため、結果次第ではptの振り込みに変動が起きるので覚えておくように」

 

茶柱先生の言葉に殆どのクラスメイトに動揺が走る。振り込まれる筈のpptが須藤の事で振り込まれなかったのだから。するとクラスのリーダー的な立ち位置にいる平田が聞いた。

 

「この事を他のクラスには説明したんでしょうか?」

 

「無論、学年全体に影響しているからな。この問題が解決しない限りptの支給は遅れる」

 

平田の言葉に頷く茶柱先生。そこで須藤が慌てて聞いた。

 

「はっ!?バラしたのかよ!」

 

「当たり前だ。それと須藤、お前はCクラスの生徒達を殴ったと訴えられていると言ったが改めて聞こう。お前はその事について納得がいっているのか?」

 

「いってねえに決まってんだろ!彼奴らに呼びだされて舐めた事を言われた上に先に殴り掛かってきたんだからな。正当防衛だ正当防衛」

 

いや、過剰防衛に決まってんだろ。見た所須藤には殴られた時の外傷はなさそうだ。対して須藤は訴えられている。という事は相手は殴り掛かっただけで実際には殴っていない。そして一方的に須藤はボコったって感じか。馬鹿だから実際傷になるやり方で殴っているのだろう。その外傷はDクラスを不利にさせる。殴り掛かったのと実際に殴っているのとでは全く違う。分かりやすく言えば殺人罪と殺人未遂罪では懲役年数が違うからな。

 

須藤の言い訳と言える説明にクラスの冷ややかな視線が須藤に集まる。その様子を観ながら茶柱先生は続ける。

 

「須藤、お前は殴った生徒の他に誰かがいるのを見なかったのか?」

 

「……見なかったんだけどよ。気配はあった」

 

野生動物かよ……証拠にもならない言葉に俺は呆れる。その言葉を聞いて茶柱先生がクラスに聞いた。

 

「と言っているが、この事件の"目撃者"がこの中にいるのであれば早めに申し出てやると良い」

 

そう言って反応がないかを見るが誰も何も言わない。巻き込まれる側としては言いづらいわなぁ。俺はある一角を観ながらそう思った。

 

その後はHRを済ませ、放課後になる。須藤を冷たく見るクラスメイトを俺は外から眺めつつ、何時も通り帰りの仕度をして帰ろうとした時にクラスの人気者の櫛田が教卓に立って周りに訴えた。

 

「皆、少し聞いて欲しいの。さっきの事は須藤君が自分からやった訳じゃなくてCクラスに嵌められたんだと思うんだ。本当は無実で濡れ衣を着せられたんだったら助けてあげたい。だから協力してくれないかな?」

 

トップカーストである櫛田の言葉に殆どの生徒が耳を傾けるが、須藤の普段の行いが悪過ぎるせいか、須藤に対して疑いや嫌悪の視線が多い。まあ櫛田だが言っても普段の行いが酷いからな。順番待ちで割り込んだ挙句注意されたらメンチ切ったとか、嬉々として人が最も痛がる場所を教えてたりとかなど声を挙げる生徒達。

 

するとクラスの唯我独尊が服を着て歩いているような男、高円寺六助が笑い声をあげて言う。

 

「ふふふ、これは酷いねぇ。中間テストでも赤点を取って足を引っ張るだけでなく、暴力行為に及ぶとは実に美しくない」

 

「……あ?今何つった?」

 

高円寺の言葉にキレかかる須藤。ガンッと机を蹴って立ち上がると高円寺に近づく。机を蹴った所で隣の席の眼鏡っ娘がビビった。可哀想に。

 

近づく須藤に臆する様子もなく余裕綽々として高円寺は爪を磨きながら言う。

 

「足を引っ張るようであれば退学になった方が私のSchool Lifeも過ごし易くなるのだがねぇ。レッドヘアー君」

 

「テメェ…前からムカついてたが、今ここでテメェのスカしたツラをボコボコにして地面に叩きつけてやるよ!」

 

「落ち着いて須藤君!他のクラスもそうだけど同じクラスの仲間を傷つけては駄目だ!」

 

拳を握る須藤を見てクラス全体に緊張感が漂い、平田は静止するが、そこに高円寺が火に油を注ぐ一言を言った。

 

「やれやれ。言われた側から暴力で物事を解決しようとするのは実にナンセンスだねぇ。しかし君がどんな手段を使おうとも私には敵わないよ」

 

「上等だ!ボコボコにしてやんよ!!」

 

「須藤君!」

 

平田の静止は虚しく須藤は右拳を振り上げ、高円寺の顔面に振り下ろす。高円寺の顔に拳が入ると思われたその直前ーーー須藤の拳はパシィッと高円寺の手に受け止められる。須藤は目を見開いて驚く。そして掴まれた拳を振り解こうとするが、微塵も振り解けずに逆に高円寺の方へ引っ張られる。そして須藤を見ながら高円寺は言った。

 

「辞めたまえ。君では私には敵わない」

 

そう言い、拳を開放する高円寺。その様子に更に苛立ったのか更に攻撃を加えようとして平田が間に入って止めて櫛田も静止の声を挙げる。

 

「辞めてよ。同じクラスの人が争うところなんて見たくないよ!」

 

櫛田の声を聞いて流石の須藤も女子の静止には敵わないのか動きを止めた。そして平田が高円寺に対して挑発行為は止めるように注意するが気にする様子なく言う。

 

「挑発した覚えはないねぇ。私が言ったことは真実だからさ。レッドヘアー君が起こした事件には興味も無いし、これ以上は口を挟むつもりもないよ。何方が悪かろうとね。……それに解決策を思い付いている人間が一人いるようだからねぇ。そうだろう?ーーーーーーー比企谷ボーイ」

 

そう高円寺が俺の方を向きながら言ってくる。その言葉にクラスの視線が俺に集中する。俺はその視線にげんなりしながら言った。

 

「……何で俺に振る?この事件に関係無いし、関わるつもりもないぞ。詳細も今初めて聞いたんだ。だから何も言えねえよ」

 

高円寺を睨みながら言うと、高円寺はふふふ、と笑いながら言った。

 

「比企谷ボーイがそう言うなら私から言う事は無い。諸君等で精々頑張りたまえ。See you」

 

そして鞄を持って教室を出て行った。おいこら、この状況を何とかしろよ!と思いつつ、高円寺が言う事を聞く訳もないので溜息を吐いてクラスの視線に居心地悪く思いながらも帰りの仕度を終えたので寮に向かおうと席を立つ。すると須藤の取り巻きの池と山内が近づいてきて言った。

 

「なあ、ヒキタニ。須藤を助ける方法があるなら教えてやってくれよ」

 

「頼む。須藤と俺たちの為と思って!」

 

誰だよヒキタニ君。呼ばれてるよー。高円寺が比企谷って言ってただろ。難聴なの?そう思って俺は溜息を吐きつつ言った。

 

「…言っただろ。俺はこの事件には関係無いし、関わるつもりも無いんだよ」

 

そう言うと今度は平田が聞いてきた。

 

「それは如何してか聞いて良いかい?」

 

「……あのな、仮に俺が協力したとして須藤が本当の意味で反省しないとまた同じこと繰り返すだろ。それに面倒くさいんだよ」

 

「何だとッ!?」

 

そう言うと須藤は肩を怒らせて近づいてこようとするが、平田と櫛田に止められる。すると今度は軽井沢が聞いてきた。

 

「じゃあ、あんたはpptを支給されなくても良いってこと?」

 

「それは違うな。別にptが貰えなくても良いわけじゃない。貰ったところで同じ問題を繰り返すならptが没収される可能性があるからだ」

 

「……待って」

 

そう言って俺は鞄を持って教室を出て行こうとすると、背後から引き止められた。俺は若干苛つきながら振り向いて声の主の堀北に聞いた。

 

「何だよ……」

 

「比企谷君、貴方はさっき"詳細も今初めて聞いた。だから何も言えない"。と言ったわね。何も言えないけれど、案は思いついているという事じゃないの?」

 

鋭い眼で見つめてくる堀北。そして俺の言葉を待つクラスメイト。……なるほどな、少しはマシになった感じか。って何目線だよ俺は。堀北生徒会長みたいになった。俺は静かに言った。

 

「……ヒントを言う」

 

「…ヒントって巫山戯てんの?」

 

軽井沢は苛立ったのか、語調を強くして言うが俺はそれを無視して言う。

 

「……何故須藤を人もいないし、何もない特別棟に呼び出したのか。俺だったら誰かにワザと目撃させてやる。決定的瞬間が第三者に見られる方が須藤をもっと追い詰められるからだ。……ヒントはそれだけだ。じゃあ帰る」

 

そう言って俺は色々と言われつつも無視して教室を出た。そしてその時、あるメールが届いた。そのメールを確認して返信する。

 

その後、昇降口に向かって廊下を歩いているとまた背後から声を掛けられる。

 

「比企谷君!」

 

「…松下か。何だ?」

 

振り向くことなく、寮に向かいながら聞く。すると松下は並んできて聞いてきた。

 

「如何してヒントを言ったの?何も言わないと思ったんだけど」

 

「……あの場面で何か言わねえと帰れねえ空気だったからな。目立ちたくねえのに…はぁ…あの自由人め」

 

俺はあんな状況にしたナルシスト御曹司に悪態と共に溜息を吐くと松下が言った。

 

「比企谷君の案って如何言うものなの?ヒントもかなり具体的だったけど……」

 

「…お前ならあのヒントでも分かるだろ。自分で考えろ」

 

「教えてくれたって良いじゃない。面倒くさがりにも程があるでしょ……」

 

俺の意見を鵜呑みにされてもアレだし。そう思いながら呆れ顔の松下に俺は言い放つ。

 

「当たり前だ、事件にわざわざ巻き込まれるにいくようなドMじゃないんでな。それに働きたくないし」

 

「ドヤ顔で言っても何も誇らしいことじゃないからね。それに急にニート発言されても困るんだけど……」

 

別にニートになるつもりはない。結婚して専業主夫になって養ってもらうだけだ。寮のエントランスに入りつつ会話しながら自分の部屋に向かう。丁度来ていたエレベーターに乗る。自分の部屋のある階のボタンを押す。すると松下も一緒に乗ってきて男子の階の一つ上の階のボタンを押した。

 

そしてエレベーターの閉じるボタンを押して扉が閉じる直前、エレベーターに乗ろうとする女子生徒が来た。

 

「乗りたいのだが待ってくれるかい?」

 

「あ、あぁ、はい」

 

閉じる直前に開くを押して、扉が開いたのでエレベーターに乗ってきた女子生徒。その女子生徒は白寄りの銀の長髪にヘッドドレスの様な物を着けていて、鋭い紅い瞳で容姿端麗さが特徴的だった。もう誰も乗って来ないのを確認してエレベーターを閉じると、エレベーターは動き出した。

 

「少し良いだろうか?」

 

そんな声がエレベーターの中に響く。おい、松下呼ばれてるぞ。と視線をやるが松下は俺を見てきた。そして件の女子生徒が更に言う。

 

「ああ、目が濁りきった独特な髪型の君さ」

 

「えっ、あ、はい……何ですか?」

 

初対面で目が濁りきったとか言われるのは初めてだな。

 

「生徒会長と契約したと風の噂で聞いたが、君がその比企谷八幡で良いか?」

 

風の噂って何処から洩れたんだ?生徒会長とは契約書で生徒会長のクラス以外には情報が洩らさないようにしているのに。俺は目の前の人に対して数段階警戒を上げる。そしてゆっくりと問う。

 

「……貴女は一体?」

 

「フフッ、私は鬼龍院楓花。2年B組だ」

 

鬼龍院楓花と言ったその女子生徒は此方を見透かし、品定めの様な視線を向けてくる。居心地悪い視線だな。面倒くさそうな人だ。俺は内心げんなりとしていると鬼龍院先輩は続けて聞いてきた。

 

「ふむ、中々のモノを感じるな。君で間違い無さそうだ。それで隣の君は?」

 

何で判断したの?と理解不能な事を言いつつ、鬼龍院先輩は視線を松下の方に向ける。すると松下も松下千秋です。と自己紹介した。

 

「そうか。フッ、中々面白いことになりそうだ。此処で会ったのも何かの縁だ。連絡先を交換させてもらおうか」

 

俺と松下は困惑する。この人、何処と無くあの自由人に通じるものがあるな。俺は遠慮しようとした時、鬼龍院先輩の顔が更に近い位置にあった。

 

「ッ…」

 

いつの間に……こういう間合いの詰め方をする人間は何かしらの武術経験がある。目を逸らしてないのに接近に気付かなかった上に足音も聞こえなかったし。俺のステルスヒッキーと良い勝負してません?貴女は忍者ですか?

 

俺は慌てて後ろに顎を引くと、動揺を悟られない様に言った。

 

「…急に何です?それにちょっと近いんで離れてもらっても良いですか?ボッチには至近距離で見つめられる耐性がないんで」

 

「フフ…そうか。初心な反応だ。面白いな。ますます興味を唆られたよ」

 

何なんだこの人、怖いよ。早くエレベーター着いてくれ……そんな俺の願いが通じたのかエレベーターが止まった。扉が開くと俺は逃げる様にエレベーターを出た。すると鬼龍院先輩は興が削がれたのか、フッと半目でニヤリとして言った。

 

「今日はここまでにしておこうか。私は君に興味が湧いた。だから少しずつ絡みにいくつもりだ。宜しく」

 

そう言った鬼龍院先輩を嫌そうな雰囲気全開で見る。松下が御愁傷様と同情の視線を向けてくる。止めろ。同情するなら金をじゃねえ、お前が相手してくれ。そんな視線を向けた瞬間、エレベーターは閉じた。ねえ、返事の否定としてエレベーターを閉じた訳じゃないよね?はぁ…と溜息を吐く。

 

面倒な先輩に絡まれたな。出会わない様に警戒しておこう。そうして自分の部屋へ向かうのだった。

 

寮の部屋に着く。そして俺は鍵を刺す動作を行わないでそのまま扉を開けた。玄関には俺以外の靴が有った。二足二組…二人か。

 

俺はそのまま靴を脱いで、居間に向かうとその靴の持ち主達が居間にいた。俺は声をかけた。

 

「来てたのか…椎名に坂柳」

 

「おかえりなさい。八幡君」

 

「お邪魔してます。早いおかえりで」

 

二人…椎名と坂柳は居間でチェスで遊んでいた。椎名は合鍵持ってるから分かるが、坂柳も一緒とは思わなかった。俺は少し呆れながら言う。

 

「…まるで自分の部屋みたいに寛いでますね貴女達」

 

チェスをテーブルに置いて肘掛け付き椅子に二人共座って紅茶を飲みながら遊んでいる。肘掛け付き椅子は俺が買った物で、元の椅子が硬かったから取り替えたのだが、もう一つは椎名が多分持ってきた奴だな。

 

俺は鞄を置いてブレザーを脱ぐ。すると、椎名が椅子から立ち上がり脱いだブレザーを俺から回収してハンガーに掛けた。その事に礼を言う。

 

「サンキュ、椎名」

 

「いえ、私がしたくてしていることなので大丈夫ですよ」

 

その返答を聴いて、ブレザーを脱いで白シャツと制服ズボンの格好になった俺は手を洗いに行く。……今のやり取りが夫の帰りを出迎える妻みたいだったなんて思ってないぞ。照れを隠す為に洗面所に行った訳じゃない。唯、衛生面をきっちりしていないと駄目だから行っただけ。だから、鏡に映る自分の顔の赤みなんて夏で蒸し暑い影響だ。

 

そして、顔の赤みが無くなった後に手洗いを済ませて居間に戻ると、坂柳がニヤニヤしている。ちょっと女子のして良い顔じゃないと思います。坂柳が言った。

 

「ふふ、随分と長かったですね」

 

「……ほっとけ。それより椎名は兎も角として坂柳は何か用か?」

 

先ほどのことを弄られる前に話題を転換する。坂柳に遊ばれるのは疲れるしな。俺を楽しそうに弄りに来る様はまるで魔王って言っても良い。

 

「比企谷君?」

 

「ひゃあい!な、何でございましょうか?」

 

「次にその様な想像をするのでしたら、お望みどおりに隅々まで弄って差し上げますよ?ーーーーー貴方の身体ごと♡」

 

「申し訳ございませんでした。勘弁して下さい」

 

直ぐ様、社会人顔負けの土下座に移行して許しを請う俺。プライド?そんなもんあったって圧倒的な力の前には無力も同然だ。坂柳にいじめられるよりは全然マシだ。別に弄られたいとか思ってねえし?少しだけ期待したとか思ってねえし。その様子を見て坂柳は呆れた様に言う。

 

「まさか1発で土下座するとは思いませんでしたよ。其処まで躊躇が無いのもどうかと思います」

 

「ばっか、滅茶苦茶躊躇してるからね?最上級の誠意を表すとこうなるだけで、そんな頻繁にやってねえよ」

 

逆に1発で土下座を引き出してくる坂柳、恐ろしい子!そう思っていると坂柳は溜息を吐いて話しを変えてきた。

 

「そう言えば比企谷君、貴方のクラスとCクラスとの間に暴力事件が有ったと聞きましたが大丈夫ですか?」

 

「まぁ、pptを貰えなくなってキツい状況だな」

 

「…pptに困っているならお貸ししますよ?」

 

椎名が心配そうな表情で言ってくるので、俺は首を横に振って、大丈夫だ。と言う。実際に借りる必要は無いのだ。学校側からの支給は無くとも、生徒会長の契約があるからな。現在の俺のpptは『703,960』はあるので全く問題無い。俺は冷蔵庫から自作のマッカン擬きを取り出して飲む。

 

「比企谷君はこの件に関与するつもりはありますか?」

 

「いや、全く」

 

坂柳の質問に俺は即答する。俺の反応に椎名と坂柳は目を見開く。そんな意外な事か?俺としてはこんな面倒な事で働きたくないんだが。すると坂柳が聞いてきた。

 

「即答ですか…仮にも自分のクラスの出来事ですが」

 

「この件に関しては全く俺は関係無いからな。これで少しは反省してくれた方が俺としては暮らしやすくなる」

 

その言葉に坂柳は少しだけ考え、次の質問をしてきた。

 

 

「それでは質問を変えます。…比企谷君、貴方にはこの事件の行く末……いえ、もっと詳しく言うなら、Dクラスにとっての勝利の手を思い付いてますね?」

 

 

坂柳の雰囲気が少し真剣な様子になった。椎名はその言葉を聞いて驚くように此方を向いて、俺の反応を待つ。俺はゆっくり聞いた。

 

「如何してそう思う?」

 

「貴方は私が先程、"暴力事件が有ったと聞きましたが大丈夫ですか?"と聞いた時、pptが貰えなくなった事をキツいと言いました。しかし、関与するかと聞いた時には全く関与する気は無いと言いました。そして次に反省してくれた方が望ましいとも。何故矛盾した答えなのか。それはつまり傍観しておけば、pptが貰えなくてもそれ以上のメリットがあることを言っていると解釈出来ます。それは暗に『実行して成功可能性を秘めた策はあるが、成功すればそれ以上のメリットを消してしまう恐れがある』というところでしょうか?」

 

ッ……本当に此奴はどんな思考回路してんだ。たった数回のやり取りで其処まで考察してくるとか本気で恐ろしいぞ。そう俺は戦慄していると、坂柳が続ける。

 

「そして恐らく比企谷君の策と私の思い付いた考えは同じだと思いますが」

 

「……それは分からんだろ。お前と俺の知性では数段お前の方が上だしな」

 

正直、坂柳の方が俺より効率の良い最善策を思い付けるはずだ。此奴の思考能力はプロぼっちの俺でも負けを素直に認められるレベルである。と言う事はボッチ歴は坂柳の方が上ということになるのでは……違うか、違うな。

 

「それはどうでしょうかね」

 

坂柳はそう濁し気味に答えると、今度は椎名が言った。

 

「話題を変えますが、八幡君。今日の晩御飯はリクエストはありますか?」

 

そう聞いてきた椎名を見て、俺は食材は何があったかを考える。

 

あの祝勝会の後から椎名は受け取った合鍵を使用して、俺の部屋に来るようになった。そして登校する日は朝を起こしに来てくれた上に朝食を作り、一緒に取って登校、昼も椎名が手作りの弁当を用意している。それも毎日な上、放課後から午後7時辺りに飯を作って、風呂に入るのに一度帰った後、もう一度来て11時まで居るのだ。最初はこれは不純異性交遊なのでは?と内心ビクビクして、椎名に言ったのだが。

 

『八幡君となるべく一緒に居たいんです。それが迷惑なら辞めます……』

 

そう悲しそうに言われてしまえば、こっちとしても拒否し難い状態になるのは小心者の俺としては必然で。あれこれとそれらしい理屈を考えた結果。

 

『……男子が女子の部屋に居るのはペナルティーが有るだろうが、女子が男子の部屋に居たら駄目っていう決まりはないからな。それに嫌なら既に追い出してる』

 

しかも椎名からとは言え、凄く美味い飯を作りに来てくれる。食費を渡そうにも椎名は要らないと言われるので、調理も手伝っているが、実質タダで飯を食べている状態だ。……俺が専業主夫を目指しているのに、逆に専業主婦に養われてるヒモみたいになっている。偶に坂柳や松下も遊びに来る時に、ヒモって毎回言われて結構ダメージが蓄積している。

 

しかし、この状態をいつまでも続けられる神経は持ってないので、何らかの形で返そうとずっと考えている。

 

そう考えながら、今日は唐揚げにしたいと椎名にリクエストすると椎名は買い溜めしている材料を冷蔵庫から取り出し、調理器具の揃ったキッチンに立った。その時、坂柳が俺に聞いてきた。

 

「私も今日此処で御一緒させて貰っても良いでしょうか?」

 

「…俺は構わんけど」

 

そう言って椎名の方を見ると、椎名に声が届いたようで、大丈夫ですよ。と言った。その声を聞いて俺と坂柳は手伝いにキッチンに行く。まぁ、全部やってもらったら施しになるからな。そして椎名に言った。

 

「俺も手伝うわ」

 

「私も手伝いますよ」

 

「いえ、ゆっくりして頂いても大丈夫ですよ」

 

そう断りを入れてくる椎名。流石に全部任せっきりは申し訳無いので、俺と坂柳も食い下がる。

 

「流石に何か手伝わせてくれ。全部やんのは大変だろ?」

 

「食べさせて頂く立場なのでこの位は手伝わせて下さい」

 

そう頼むと俺達の気持ちを汲んでくれたのか優しく、分かりました。と言ったので俺達も手洗いをして、袖を捲くってキッチンに立つ。そうして椎名が言った。

 

「では、私と坂柳さんで唐揚げと出汁巻き玉子を作るので、八幡君はお味噌汁とお浸しを作って下さい」

 

「分かった」

 

そう返事をして綺麗なまな板の上に味噌汁に使う玉ねぎや豆腐、白菜や油揚げなどを等間隔に切っていく。そしてお浸しに使うほうれん草は茎と葉の部分を半分に切って、両方とも水に晒して一度絞って、ボール容器に入れ、お湯で茹でる。

 

そうして水を入れた鍋を火にかけて沸騰しない程度のお湯にする。そして味○素や醤油を入れた後に、切った味噌汁用の食材を入れる。そして濃いめの味噌をお玉で掬って鍋の中に浸ける。そして味噌を全体に行き渡らせながら、混ぜる。そして一度小皿に取り分けて味を確認する。そして椎名が調理に合間が出来たのを確認して呼ぶ。

 

「味を確認して欲しいんだが、これで良いか?」

 

そう言って椎名に味噌汁を取り分けた小皿を渡す。そして椎名が小皿を受け取った瞬間に気付いた。これ、間接キスじゃ……と。

 

「ん…はい。凄く良い味になってます」

 

そう微笑まれて俺は顔が熱くなるのを感じた。此処って熱こもり過ぎじゃない?俺は間接キスになった小皿を見る。べ、別に俺が口に含んだ場所と椎名の口に含んだ場所は違うから間接キスでは無いよな!此処でもう一回俺が口に含んだら……フヒッ。

 

「痛え!」

 

足の指を強く踏まれた痛みが走り、俺は踏んできた主である坂柳を睨み付ける。

 

「何すんだよ……踏み場じゃねえんだけど?」

 

すると、坂柳は悪怯れる様子無く言った。

 

「何やら如何わしい思考を感じ取ったので」

 

そんなことが有りつつも再び調理を再開し、放置していたお浸し用のほうれん草が入った容器のお湯を流して、茹でてあったほうれん草を水に再び晒して、冷やす。その後、絞って水分をきっちり出した後、食べやすいサイズに切る。

 

そして味噌汁用の茶碗とお浸し用の皿を三つずつ出して、味噌汁とお浸しを入れる。そしてお浸しには鰹節をかける。これで完成か。お浸しには醤油かポン酢をお好みでかけてもらおう。すると、丁度椎名と坂柳の方も料理を完成させたのか、揚げ物の香ばしい匂いと出汁巻き卵の良い匂いが漂ってきた。それと同時に御飯も炊き上がったようで、食欲が倍増した。

 

「出来たみたいだな」

 

「はい、では机に並べたら頂きましょうか」

 

椎名の言葉に俺と坂柳は頷いて、料理を居間のテーブルに並べて行く。既に食器は坂柳が出してくれてたようだ。そしてそれぞれの料理のある位置の前に座る。すると椎名と坂柳が此方を向いてくる。言いたい事は何と無く察したが、何で俺が毎回やるんだ?

 

「……頂きます」

 

「「頂きます」」

 

そうして食事を始める。唐揚げをパクりと食べてみる。……うめぇ。生姜とにんにくと醤油が丁度良く効いていて御飯が更に進む。

 

「美味しいですか?」

 

「おう。美味い美味い」

 

正直、専業主夫を目指している俺の数倍美味い。部屋の掃除とかも丁寧だから、俺の立つ瀬が無い。元々無い?五月蝿えよ……

 

そして坂柳を作った出汁巻き玉子を味わっていると、椎名が箸を一度置いて此方を向いた。真剣な顔だったので聞いた。

 

「如何した?」

 

「……少し、八幡君にお願いしたい事がありまして」

 

そう言葉を切って、一度目を瞑って深呼吸をする椎名。そんな様子に俺と坂柳は顔を見合わせた。一体何を言うつもりなんだ?そうして目を開き、驚きの事を言った。

 

 

 

「八幡君に許可を頂けるなら、これから八幡君の部屋に泊まっても良いでしょうか?」

 

 

 

……

 

………

 

…………

 

 

「え"っ」

 

「……へぇ」

 

今何て言われた?聞き間違いだよな?聞き間違いであってくれ。俺はもう一度尋ねる。

 

「悪い、聞き間違いかも知れんからもう一度言ってくれ」

 

「これから八幡君の部屋に泊まっても良いでしょうか?」

 

oh……聞き間違いじゃ無かった。そう頭を抱えそうになりながらも椎名に言った。

 

「……それは無理だろ。流石に学校側から不純異性交遊の扱いになると思うぞ」

 

それだけじゃない。ただでさえ美少女の椎名が此処まで俺の部屋にずっと居ることで理性にかなり働かせているのに、就寝も一緒の部屋で取ることになって仕舞えば幾ら訓練されたぼっちの俺の理性でもヤバい。そう思いながらもそれらしい理由を並べ立てる。すると、今度は坂柳が言った。

 

「その可能性は低いと思いますよ?椎名さんが今の様に比企谷君の部屋に通い詰めている時点で、学校側から何かしらの通達があったり、管理人から言われたりする筈です。比企谷君や椎名さんの何方か、或いは両方に今までそんな事がありましたか?」

 

「……ないな」

 

「私も有りません」

 

坂柳の言葉にも一理ある。確かに椎名は此処で午後11時頃まで居るが、苦情とか注意とかそういう通達は今まで一切無い。一度くらいは有っても可笑しくない。それが無いということは学校側もそういうことを黙認している可能性すらある。

 

「だがな……年頃の男女が同居っていうのは……」

 

もちろん椎名を襲ったりはしないが、それでも万が一がある。そう言った所で坂柳が言う。

 

「比企谷君、それは椎名さんも承知の上でしょう」

 

そう言って、椎名を見た。椎名は真剣な表情で俺を見つめ続ける。俺はゆっくりと問う。

 

「なぁ椎名。何でそこまでするんだ?龍園の件で恩情でやっているのか?」

 

此処まで椎名を突き動かす理由はそれぐらいしか無い筈だ。そもそも俺達は読書仲間という関係性だ。なのに飯を作ったり、部屋で一緒に過ごすというのはその範疇を超えている。

 

椎名は静かに、けれどはっきりとした声で話す。

 

「……確かに恩情が無いとは言えません」

 

「……だったら、恩情なんか感じる必要は無い。俺が勝手にやった事だ。無理にしなくても良い」

 

「違いますよ」

 

俺の言葉を否定する。

 

「一緒に居たいという言葉だけでは不足ですね。私は決して恩情から付随してその言葉を言った訳ではないんです」

 

「この気持ちを言い表わすとするなら……」

 

椎名は、今まで様々な本を読んできましたが、やはりこの言葉が1番伝わり易いでしょう。と言って続ける。その決定的な一言を。

 

「私は貴方、比企谷八幡君が好きです」

 

「……ッ」

 

息を呑んだ。坂柳も居るというのにあまりにも堂々としたその言葉に。けれど俺の中の理性が吞みこむ事を許さない。

 

「それ、は……勘違いだ。この特殊な環境から来る一時的なものだ。吊り橋効果だよ。時間が経てば違うって思うようになる」

 

中学の頃に戒めた自分。知った気になって勘違いして振られて勝手に失望する自分。知ったのは表面上で誰にでも向けられている優しさで、それをさも自分は特別かの様な錯覚に陥る呪いで幻想だ。

 

俺は優しい女の子が嫌いだ。少しでも話し掛けられたら調子に乗ってしまうし、軽いスキンシップなのにドキドキが収まらなくなる。そして勘違いを起こす浅ましい自分も。

 

だからぼっちになった。誰にも触れられないで、煩わしい人間関係もリセットできるから。今の自分が好きだ。だからこそ過去を否定しない。

 

「いいえ」

 

その言葉も否定される。

 

「確か特殊な環境で育まれたものではありますが、それでもその全てが吊り橋効果ではないです。この気持ちは」

 

力強く、そして深く、真っ直ぐに。

 

「この気持ちは、貴方と出会って読書仲間という関係を持って確かに感じた物です。気配りの細やかさも、龍園君に向かう大胆さも、分かりにくい捻くれた態度の中にもある深い優しさにも」

 

「貴方は私にこの気持ちをくれたのです。この暖かい気持ちを他ならない貴方が否定しないでください」

 

その言葉と椎名の表情を見て、再び息を呑んだ。椎名の瞳から光る物が一筋流れたからだ。……もう、逃げられないようだ。此処までされて有耶無耶にする事は俺には出来ない。これで演技だったと言われたら、ハリウッドの賞を本気で狙えるだろう。けれど、目の前の少女が演技に長けているとは思えない。

 

俺はゆっくりと気持ちを落ち着ける。他人に好意を押し付け、振られて失望することはあったが真正面から好意を寄せられたことはなかった。

 

「……椎名。それは異性として、だよな」

 

「はい。異性として貴方を、比企谷八幡君をお慕いしています」

 

最後の確認としての問いに対して真っ直ぐ椎名は答える。そうして静かになった空間で第三者である坂柳に見られている中で俺は言った。

 

「…………正直に言う。こうやって真っ直ぐ好意をぶつけられた経験がない。男としては嬉しいんだが、それでも戸惑いの方が多い」

 

「最低な事を言うが、正直、今この瞬間に椎名の気持ちに対してどう応えて良いかがわからない、応えが出せないんだ。本当に済まない」

 

そう言い終え、頭を下げた。俺が言った言葉は椎名に対しての最悪な侮辱行為だ。勇気を振り絞ったであろう告白に対して持ち合わせる応えが出来ないから無しにして欲しいと言っているに等しい。だからこの場で罵倒され、殴られても当然だ。読書仲間としての関係性も消えて、2度と顔を合わすことも出来なくなっても不思議ではない。

 

……終わったな。と思いながら来るであろう痛みと罵倒に身構えた時に椎名が言う。

 

「……頭を上げて下さい」

 

その言葉に従い、ゆっくりと頭を上げて椎名を見据える。椎名の表情は何故か安堵していた。

 

「今直ぐではなくても良いんです。ただ、私が勝手に伝えただけですから」

 

「…だが、それは」

 

「振られなかっただけでも収穫でしたから。でも応えを待つ代わりにお願いが有ります」

 

「……まさか」

 

「一緒に居てくれるって言ったのは八幡君ですから」

 

……これはやられたな。つまり椎名は告白の返事を待つ代わりに一緒にいることを条件にしてきた。しかも俺は図書室で一緒にいることを了承してしまった。この二つを破れば相当な不義理になる。目撃者の坂柳もいるから迂闊な事は出来ない。まさか椎名が搦め手を使ってくるとは。

 

そして1番は椎名の告白が演技ではない事だ。こうなったらイヤでも向き合わないとならない訳で……俺は、頭を掻きながら聞く。

 

「……あー、椎名はその、告白を返してない不義理な男とも毎日居たいのか?」

 

「もちろんです。八幡君が好きな事は変わりませんから。それに真剣に考えてくれた貴方を不義理とは思いませんから」

 

そんな事を簡単に言わないでね?赤くして微笑まれたら真面に顔を見れなくなっちゃうでしょ。熱い…冷房効いてないの?

 

「………はぁ、まさか告白の現場に遭遇するどころか、目の前で見ることになるとは思いませんでしたよ」

 

坂柳が俺をジト目で睨んできた。や、何で俺が睨まれんだよ……

 

「それで、椎名さんはこの部屋に滞在することで良いんですね?」

 

「……まぁ、彼処までやられたらな」

 

「はぁ……これで私は不純異性交遊になるかもしれない事をバラせばどうなるか考えてます?」

 

坂柳は呆れた様子で溜息を吐いて言う。まぁ、もう成ってしまった事だ。成るように成る。押して駄目なら諦めろ、だからな。

 

「これは貸し一つですよ」

 

「……良いのか?」

 

どうやら坂柳は学校側には言う気は無いらしい。まあ、学校側がこの事を問題にする可能性はほぼ無さそうだが。

 

「ええ、誰にも言いませんよ。その代わり、一回分のお願いと聞いて頂きますよ」

 

そう約束してくれた。素直過ぎて少し怖いくらいだが、坂柳が今回の件を拡げないと何と無く思った。ただ、お願いが面倒そうだなぁ。働きたくねぇなぁ……そう思いながら、冷めてしまった食事を再開した。

 

冷めてしまったのに、その食事はさっきよりも明確に味を感じた。

 

 

ーーーーー

 

そして食事を済ますと、椎名と坂柳は部屋に戻った。と言っても椎名はこれから此処で過ごすから滞在に必要な荷物を持って戻ってくるのだが。

 

俺はその間にシャワーを浴びた後、寝間着に着替えるとこれからの事を考えていた。椎名と此処でこれから過ごす以上は必要以上に噂になるような事は避けなければな。まぁ、一緒に登下校している時点で手遅れだと思うが。そう考えてふと、問題にぶち当たった。

 

……そう言えば、寝床が一つしかねえ。俺は頭を抱えた。……仕方ない。今日はソファで寝て、椎名にベッドを使ってもらうか。敷布団買わなきゃなぁ。

 

そう思っていると椎名が帰ってきた。そして椎名が言う。

 

「戻りました。八幡君」

 

「おう、その荷物は俺の荷物の横に置いといて良いぞ。衣類とかは……」

 

「今度此処にクローゼットを買っても良いでしょうか?買うまでは鞄に入れて起きますから」

 

「ああ、良いぞ」

 

寝床の事について言おうとして、その前に椎名が言う。

 

「すみませんが、シャワーを使わせて頂いても良いでしょうか?」

 

「あ、ああ……構わないが」

 

許可を出すと、椎名はお礼を言って洗面所の方に着替えを持って行ってしまった。そうだ、此処でこれから過ごすって事は風呂も同じ所って事で……

 

思わず椎名の一糸纏わぬ姿を想像してしまう。考えるな。そんな気持ちで椎名に接しているのを知られたら社会的に抹殺されて専業主夫になる夢が終わる。此処は親父の顔を考えて……ふぅ、萎える。

 

俺は変な想像をしないように本を読んで気をそらす。『細雪』が途中だったんだよな。そうしてソファーに座って、本の世界に入り浸っていると、肩を叩かれたので、振り返るとそこには風呂上がりの椎名が居た。

 

「八幡君、シャワーありがとうございました」

 

銀髪に水気が含んでしっとりとしていて、顔、主に頰は風呂上がりの影響で赤みを帯びている。そして水色の寝間着を着ている。その姿は年相応でありながら、煽情的な大人の色気を漂わせている。要するにめっっちゃ、エロい。

 

「八幡君?大丈夫ですか?」

 

気づくと目の前には椎名の整った顔がこちらを覗き込んでいた。近い近い近い良い匂い!柑橘系の香りがする。この匂い、俺のシャンプーだ。なのに何でこんなに匂い方が違うのん?そう思いながらも、椎名の顔から距離を取るように顔を引くと言った。

 

「お、おう、大丈夫だ」

 

そう言うと椎名は微笑んで頷くと、俺の隣に密着するように座って来た。ヤバい、風呂上がりの姿が此処までとは思わなかった。隣に座られることは慣れた筈なのに、凄え緊張するんだが。

 

そんな無防備な椎名に密着されつつ、煩悩を鋼の理性で抑え込み、二人で読書タイムに入った。読書中はお互いの本の捲る音しか聴こえない穏やかで心地よく感じる時間。

 

そして本を読み終えて、時間を見ると11時半になっていた。もう寝る時間か。そこで寝床の事を思い出すと同時に椎名も本を読み終えた。俺は言った。

 

「なぁ、椎名」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「もう良い時間になったから寝るが、ベッドはお前が使ってくれ。ソファーで俺は寝るから」

 

そう言って寝る準備を進めるが、椎名に止められる。

 

「駄目ですよ。ソファーで寝たら身体を痛めます。私がソファーで寝ます」

 

「いやいや、それは駄目だ。今迄飯の事で世話になったし、此れくらいはさせてくれよ」

 

お互いに譲ることなくベッドで寝ようとしない。何やってんだと思われても可笑しく無いが、俺からすれば此処まで世話になっててベッドで椎名を寝させないと言う選択肢は無い。言い合いを繰り返し、ふと椎名が言った。

 

「……八幡君も私も意見は平行線ですね。だったら折衷案といきましょう」

 

「折衷案?」

 

そんな案が出来るのか?と疑問符を浮かべていると椎名は驚きの事を言った。

 

「はい。私の折衷案は……一緒にベッドに入って寝ることです」

 

「却下だ却下!そんな事出来るわけないだろ!?」

 

椎名の天然爆弾発言を直ぐ様否定する。この子自分の容姿のレベルを理解してない。そんな事軽々しく言わないで頂きたい。こんなの普通の男子高校生だったら飛びかかるぞ。最近の女子の押しが強すぎて八幡怖いよ……小町ぃ俺はどうしたら良いんだ。俺の脳内で二人の小さなマイシスター小町が現れた。1人は白い翼に天使の輪が頭に浮かんでいた。そして言う。

 

『駄目だよお兄ちゃん!ただでさえ性格も捻くれててめんどくさくて、目も濁っていて職質されるお兄ちゃんが女の子にまで手を出したら本当に犯罪者になっちゃうよ!』

 

あれ、お前は天使の筈だよね。何でそこまで言われるの?八幡メンタル豆腐だからね、泣いちゃうよマジで。そう思っていると今度は蝙蝠のような翼に頭の左右に黒い角を生やした小悪魔小町がいた。

 

『良いじゃん良いじゃん。お兄ちゃんのことを好きって言ってるんだよ?こんなに捻くれててめんどくさくて性格がゲスいお兄ちゃんの事を好きになってくれたんだから。このままお兄ちゃんをこんなに綺麗で良い人が貰ってくれる機会は来ないかもしれないよ?小町的にこんなに綺麗な人がお義姉ちゃんになってくれるのはポイント爆上げだよ!』

 

うん、お前も失礼だからね?何でこんなに酷えんだよ。

 

『絶対駄目!』

 

『良いじゃん良いじゃん。据え膳だよ据え膳。既成事実既成事実ぅ♪』

 

小悪魔の方はもう帰れよ(泣)

 

「ーーーーまん君、ちまん君、八幡君?大丈夫ですか?」

 

「ん、ってうおっ!?近い近い近い!」

 

役に立たない脳内会議を繰り広げていると、椎名の声によって思考の渦から引き摺り出された時には椎名の顔が目の前に広がっており、弾かれるように急いで顔を引く。

 

って、いつの間にかベッドに移動してる。キングクリムゾンでも起こったのか?

 

「ぼーっとしていたようなので、連れてきました。……その、私と寝ることは嫌ですか?」

 

シュンと子犬を幻視するようなしょんぼりした表情を浮かべる椎名。眼を潤ませるのは辞めてね、悪い事してないのに罪悪感湧いちゃうでしょ。……はぁ。

 

「……別に嫌って訳じゃないがな?俺も健全な男子高校生だから、な?」

 

そう言うと椎名は俯きながら至近距離であっても聞き取り難い声音で言った。

 

「……………別に八幡君なら……」

 

「…………」

 

「…………」

 

沈黙が空間に生じて、時計の秒針の音だけが響く。

 

「……はぁ、分かった。一緒に寝るからそんなに落ち込まないでくれ。ぼっちだったからどう対応すればいいか分からないんだよ」

 

「!本当に良いんですか?」

 

顔を上げて聞いてくるので頷くと嬉しそうに顔を綻ばせる椎名。そうしてベッドに横になる。

 

「…電気消すぞ」

 

「はい」

 

そう言って電気を消し、なるべく椎名から距離を取るようにして背を向けた。

 

………寝れねえ。や、こんな美少女と一緒に平然と寝れる程、神経図太くないからな。絶対寝不足になるなこれ。とりあえず椎名が寝たらソファーに移ろう。

 

悶々としながらも眼を瞑っていると椎名が不意に声を掛けてきた。

 

「八幡君、起きてますか?」

 

寝てるよー。そう狸寝入りをしていると、椎名は静かに続ける。

 

「……今日は我儘を沢山言ってご迷惑をお掛けしてしまってすみませんでした。そしてそれを叶えて貰ってありがとうございます」

 

別に迷惑だなんて思ってねえよ。

 

「私は、龍園君との契約の事で八幡君との関わりが無くなると思うと、どうしようもなく悲しくなりました」

 

「………」

 

「本当は八幡君が私と関わることを辞めてしまいたいと思っているのではないかと思っていました」

 

「けれど、八幡君が一緒に居ると言ってくれた時、本当に嬉しくて幸せだったんです……」

 

「………好き、です。愛してます、誰よりも……」

 

「だから、一緒に居させて下さい。貴方が居てくれるなら私は……」

 

「…!」

 

そう言って後ろから抱きしめられると、椎名は寝息を立て始めた。

 

「……すぅ」

 

「……こりゃ寝不足確定だな」

 

そう椎名に聴こえないように呟くと、椎名の方にゆっくり身体を向けた。端整な寝顔で穏やかな寝息を立てる少女の頭を起こさないように優しく撫でる。

 

「……本当、何でこんなに好かれたんだかなぁ」

 

まぁ、こういうのも悪くないか。そう思いながらも椎名の頭を撫で続けて夜を明かしていった。

 

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