別冊星達のミュージアム 第3号   作:苗根杏

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1作目は、梨蘭さんの作品です。
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映画制作、再び。(前編)

 9月初頭。校内の一大行事と呼ばれる学園祭が終わり、結ヶ丘高校は元の落ち着きを取り戻し始めていた。現在の時刻は15時50分。この日の全ての授業が終わり、玄関前は真っ直ぐに帰宅する者、部活動へ向かう者で多く溢れている。

 そんな中、紫髪の女子生徒はその流れに逆らうよう、一人校内掲示板の方へ歩みを進めていく。そして彼女は『新スクールアイドル部』と描かれたポスターの前に立ち、それをゆっくりと剥がすのだった。

 

「これでよし……私達、11人になったのね」

 

 剥がしたポスターをじっと見つめ、女子生徒──ウィーン・マルガレーテはそう呟いた。

 

「マルガレーテちゃ〜ん!」

 

 そんなマルガレーテの元へと、男子生徒と女子生徒の2人組……もとい東音羽と澁谷かのんがひらひらと手を振りながら近づいてくる。2人の髪は外から照りつける太陽の光に照らされ、オレンジ色に輝いている。

 

「かのん、音羽。どうして1階に? 部室行かないの?」

 

「マルちゃんが階段を降りて行くのが見えたから『ついて行こう』ってかのんちゃんが。掲示板の勧誘ポスターを外してたんだね」

 

「えぇ。体育の時に通りかかったら掲示しっぱなしになってたから。トマカノーテを結成した時点で外しておくべきだったわね」

 

 この年の結ヶ丘高校には、2年前に結成され、前回開催のラブライブで優勝という輝かしい結果を残した8人のスクールアイドルグループ『Liella!』と、マルガレーテの創った新スクールアイドル部に入部した3人で結成された『トマカノーテ』の2組がつい最近まで存在していた。本来スクールアイドルグループは1校につき1組しか存在していないということの方が多い為、傍から見ればかなり異質な事例である。

 彼女達は敵対関係……というと語弊があるが、目的や方向性の違いによってこれらの2グループに分かれていた。だがつい先日の学園祭にて、ラブライブへの出場グループを決定すべく合同という形で行われたライブパフォーマンスと生徒の署名活動がきっかけで両者は和解、トマカノーテが合流する形で『Liella!』は 11人となり、正式にラブライブを目指すことになったのだ。

 

「や〜、今日の練習が楽しみだね!! 11人だよ!? 今日部室行ったら11人揃ってるんだよ!? ラブライブのエントリーも早くしたいな?……ねっ!」

 

「もう、いちいちくっつかないで! こっちの用は済んだから部室に行くわよ」

 

 マルガレーテは抱きつくかのんを半ば引き剥がすように階段を登り、音羽とかのんもその背中を追うように続く。約1分程歩いた末に部室へ辿り着くと、扉の奥には既に音羽達を除いた9人が集まっていた。

 

「おっ、かのん先輩達も来たな!」

 

「これで全員揃ったっす!」

 

「みんな、今日も授業お疲れ様!」

 

「流石にこの部屋に12人もいると少し狭いわね」

 

「マルガレーテちゃんったらそんな言い方して、本当は嬉しいんでしょ? 顔に書いてあるようりゃうりゃ?」

 

「だからやめなさいってば!」

 

「あはは! かのんちゃんとマルガレーテちゃん、本当に仲良しだね〜!」

 

 11人体制になってから初めて部室を訪れたマルガレーテ。メンバー全員に囲まれ、やや照れ臭そうな表情を見せるのだった。

 

「ん? お客さん?」

 

 部室が盛り上がる中、背後から聞こえるノックの音に気がついた音羽はゆっくりと扉を開け、その正体を確認する。その先にいたのは若干地味な印象を受ける眼鏡の女子生徒。彼女は音羽がよく知る人物だった。

 

「こんにちは音羽サン! 『Liella!』の皆さん……というより1、2年生の方ははじめましてですね!」

 

「まいちゃん! こんにちは!」

 

「えっ、真依ちゃん?」

 

「おぉ! マイではありまセンか!」

 

「真依ちゃんういっす〜!」

 

「お久しぶりです。何か用事ですか?」

 

「はい! 実はお話したいことがありまして……少しお邪魔させてもらいますね!」

 

 まいちゃん、真依と呼ばれた眼鏡の女子生徒は勢いよく一礼しつつ部室へと入室する。3年生から親しそうに迎え入れられる彼女を見た1、2年生の6人は疑問符を浮かべながら顔を見合わせた。

 

「音羽さん、そちらの方は?」

 

「生憎だけど新入部員なら今は募集してないわよ。ラブライブもあるから入部希望なら来年まで……」

 

「違うよマルちゃん。この子は3年生で映画研究部の……」

 

「はい! 自分、結ヶ丘高校映画研究部の部長を務めております、鹿戸真依子と申します! 1、2年生の皆さん、どうぞよろしくお願いします!」

 

 映画研究部の部長と名乗る眼鏡の女子生徒こと鹿戸真依子は1、2年生を前に再び勢いよく一礼をして見せた。それを見た6人もやや面食らった様子で同じように返す。

 

「ここに来たってことはもしかして……」

 

「はい、すみれサンのお察しの通りです! ……おぉ桜小路サン! ご無沙汰しております! 自分、去年の春にあなたを勧誘したことがあるのですが覚えてますか?」

 

「え? えぇっと……あっ! 新入生歓迎会の日にきな子に話しかけてくださった方っすね!」

 

「そうですそうです!! 覚えててくれて嬉しいです!!」

 

 真依子は部室の奥の方にいたきな子の姿を見つけると、足早に近づきながら挨拶をする。どうやら2人は顔を合わせたことがある様子だ。

 

「ん? きなちゃんもまいちゃんのこと知ってるの?」

 

「実は『Liella!』に入る前のことなんすけど……」

 

☆☆☆☆

 

「そこのあなた! もしよければ映画制作に挑戦してみませんか? 裏方だけでなく俳優や女優志望の方も大歓迎ですよ!」

 

「ふえっ!? すみません、き、きな子、ちょっとそういうのは苦手っす……」

 

「あ、そうですか……」

 

☆☆☆☆

 

 昨年、新入生歓迎会が行われた日にきな子は彼女から映画研究部への勧誘を受けていたそうだ。とはいえきな子は元よりそれほど自信に満ち溢れた性格ではなく、そもそもこの時点でスクールアイドルへと気持ちが傾きつつあった為、その場で即座に断っていたらしい。

 

「あの後桜小路サンが『Liella!』に入ったのを知って、申し訳ないことをしたなと思いまして……ほら、スクールアイドルがやりたかったはずなのに無理に勧誘してしまったからちゃんと謝りたかったんです」

 

「そんな! とんでもないっす! あの時は日本全国のスクリーンに自分の姿が大きく映されると思ったら緊張して、勢いで断ってしまっただけっす……」

 

「スクリーン? あぁ、そういうことでしたか! でも自分達の映画はあくまでも自主制作なので映画館では……」

「スクリーンデビュー!? まさかあなた、映画監督の方ですの!?」

 

「えっ? まぁ一応そういうことにはなりますが……」

 

 スクリーンという単語を聞きつけたのか、夏美は真依子の言葉を遮りながら会話へと割り込む。

 動画配信サイト『エルチューブ』にて配信活動を行っている彼女にとって、実質的な映画監督という立場にある真依子の訪問は朗報といっても過言ではなかった。密着取材、果てには自らが女優として映画出演するなど、視聴数や収益を増やすにはうってつけの機会だ。

 

「やはりそうですのね!! そんな方がわざわざ部室を訪ねてきたということは間違いなく出演の依頼!! もし我々がこのオファーを受けて映画に出演し、大ヒットすることによって動画だけでなくギャランティーによる収益もドバドバと……ナッツー!?」

 

「ストップ! まったくあんたは……話をややこしくするんじゃないわよ!」

 

「お前って本当にがめついよな……」

 

「姉者、勘違いにも程があります。こちらの方は映画研究部の部長だと先程仰っていたでしょう? それに、映画といっても全国で大々的に公開されるものではなく、自主制作映画への出演依頼だと考えるのが妥当です」

 

 こうして夏美は話を聞くことなく一方的に妄想を膨らましていたが、見かねたすみれから軽く制裁を受ける。一方で妹の冬毬は真依子の来客理由を冷静に分析すると共に、夏美を落ち着かせるようにそう尋ねるのだった。

 

「その通り! 2年前、音羽サン達がまだ1年生だった時に一度出演していただいたことがあるんですよ! なので今回もその縁でお声がけしに参りました!」

 

「そうなのですか?」

 

「本当よ。まぁ、その時に撮ったやつは映画というよりも部活紹介の映像としての側面が強かったけど」

 

「なるほど」

 

 そう、真依子は音羽達3年生が1年生の頃にも映画出演の依頼に訪れたことがあるのだ。当時の映画研究部はまだ作られてから間もなく、部員は真依子を含めて3人のみ、部費が下りない、顧問もいないという状況におかれていた。だがその状況を良しとしなかった真依子はそれを打破すべく、話題性のあった『Liella!』へと掛け合ったところ7人で映画を制作する運びとなり、紆余曲折を経て作品の完成に漕ぎ着いたという過去がある。

 そしてその際に作った映像を昨年の新入生歓迎会にて上映したところ、興味を持った生徒が数多く入部、同好会に近い立ち位置だった映画研究部は無事に部活動へと昇格し、今では結ヶ丘高校で名の知れた部となっているのだ。

 

「へぇ、あなた達ってスクールアイドル以外にも色々活動してたのね。知らなかったわ」

 

「うん。でもこういった演技の依頼って芸能関係の学科があるところじゃないとなかなか来ないと思うから……そう考えるとかなり貴重な体験をさせてもらえたんだなぁ、僕達」

 

 2年前を懐かしむように音羽は呟く。存続の危機を迎えていたあの頃からは想像もつかない大躍進だ。

 その上映画研究部において『Liella!』は部の窮地を救った英雄的存在としても功績が語り継がれているらしく、自分達のことながら未だに実感は湧かなかった。

 

「ところで、映画研究部では『ジョーズ』や『MEG ザ・モンスター』みたいなサメの映画を作ったことはあるの?」

 

「サメ映画は流石に素人では無理ですね……専用のスタジオを借りたりサメのCGモデルを作ったりするだけでも高額な制作費を要するんですよ。作ってみたい気持ちはあるんですけど、プロでもない限り基本的には不可能かと」

 

「CGモデル……って、あのサメ偽物なの!?」

 

「映画撮影の為に育ててるんじゃないんデスか!?」

 

「いやツッコむところそこ!?」

 

「どう考えても本物のサメなんか撮影で使ったら危ないでしょうが! 犬やイルカみたいに調教すれば言うことを聞いてくれるような動物じゃないわよ!」

 

「違うんデスか!? そんな……ククは今まであのサメをずっと本物だと思ってマシタ……おのれすみれ、夢をブチ壊しヤガッテ……」

 

「同感よ。そんな現実的な話、聞きたくなかったわ!」

 

「私はショウビジネスの世界にいた者として事実を述べただけなんだけど! ってかなんで私のせいになってるのよ!」

 

「アハハ……なんかすみません……」

 

「というかメガロドンって一応現代では絶滅したことになってるよね? たまにテレビで特集が組まれたりしてるのはよく見るけど、多分大体フェイクだと思うし」

 

「フェイクですって!? そんなの認めないわ! 絶対にメガロドンは生きている! 誰に何を言われようが私はそう信じてるわ!」

 

「でも確かに、もしメガロドンや恐竜のような絶滅した生物が生きているとしたら面白いし、研究のしがいもある。メイもそう思うでしょ?」

 

「いや、私に振るなよ……」

 

 マルガレーテが振ったサメの映画に関する話題を起点とし、一部メンバーと真依子の間で軽い討論会のようなものが開かれる。初めは映画に関係のある話題だったものの、話が進むに連れて内容は『メガロドンやUMAの存在』といった関係のないものへとすり替わっていく。

 このままでは収集がつかなくなると判断した恋はひとつ咳払いをし、手を叩きながらその議論に終止符を入れた。

 

「皆さん、雑談もいいですがそろそろ本題に入りませんか? 脱線しすぎですよ」

 

「あっ、ごめん恋ちゃん。まいちゃんも」

 

「いえいえ! 皆さん仲がいいみたいで何よりです!」

 

 部内が静まったところで真依子が取り出したのは、『集え未来の映画監督! 映画制作コンテスト』と書かれたポスターだった。このコンテストは高校の部、大学・専門学校の部、一般の部の3部門に分かれてそれぞれ優秀作品を決めるという、至ってシンプルなルールのものだ。

 真依子はこれまでの映画研究部の発展に大きく貢献した『Liella!』に敬意を払い、友情出演作品かつ高校3年間の集大成として大作を作りたいという願いを叶えたいと考えていた為、このコンテストを機に出演依頼を申し出たとのことだ。

 

「コンテスト……せ、責任重大っす……」

 

「ですの……」

 

「私も演技はやったことない。それでも大丈夫?」

 

「勿論! 3年生の皆さんも殆どの方が未経験だったので大歓迎です! もし引き受けていただけるのであればあまり身構えすぎず、肩の力を抜いて臨んでください! ……まぁ、これからラブライブも始まって忙しくなるでしょうし、無理強いはできませんが……どうしますか?」

 

「そうね。正直そんなことしてる暇はない……と言いたいところだけど、やってみてもいいんじゃないかしら。パフォーマンスをする上での表現力も磨けそうだし」

 

 マルガレーテの発言に一同は驚いた。この中で依頼を断りそうなのは彼女だと誰もが思っていた為、衝撃は特に大きかった。

 

「な、何よ……」

 

「いや、お前がそんなこと言うなんて珍しいなと思って……」

 

「明日、予報外の雪が降りそう」

 

「どういう意味よ!! とりあえず、私はいい機会だから出演したいと思ってるわ。冬毬はどう思ってるか知らないけど」

 

「……? 私がどうかしましたか?」

 

「別に。何となくこういうのは突っぱねそうだと思っただけ」

 

 マルガレーテが全員から依頼を断りそうだと予想されていたのに対し、当の彼女は冬毬がそう考えているものだと思い込んでいた。

 だが、どうやら冬毬にもこの依頼に賛同する理由があるらしい。

 

「確かに、少し前の私なら反対の意を唱えていたかもしれません。ですが今後もスクールアイドルとして活動していく以上、表現力を磨く機会は大切にするべきではないかと今は考えています。あとは、姉者が……」

 

「ん? 何ですの?」

 

「以前夢ノートに書いてあったのを思い出したんです。『名女優になって数々のドラマや映画に出演する』って……もしかしたらこのような機会は今回限りかもしれませんが、せめて一度だけでも姉者がそれを叶えられるのなら、と思い……」

 

 冬毬は妹として、夢破れて傷つく夏美の姿を幼少から誰よりも近くで見てきたのだ。夏美がどのような夢を掲げていたかもそれと同じくらいはっきりと覚えていた為、真依子がどのような目的で訪れたのかを知ってから『必ず依頼を受ける」と考えていたそうだ。

 

「冬毬……もう、やる前から泣きそうになってしまいましたの。そう言われたらやらない訳にはいきませんの」

 

「素晴らしき姉妹愛」

 

「だな。ってかお前、断るつもりだったのかよ」

 

「まさか! 私は最初からやる気満々でしたの。そういうメイ達こそ、この期に及んで『やらない!』なんて言いだしたりしませんよね!?」

 

「当たり前だろ! 私も全力でやるのみ!」

 

「Me too.」

 

「きな子も経験ないけど頑張るっす!」

 

「それで良しですの! やるからには冬毬も一緒に頑張りますの!」

 

「アグリーです」

 

 夏美と冬毬の絆に感化され、2年生も覚悟を決める。音羽は彼女達が断るとは全く思っていなかったが、この様子を見せられたことで奮起したそうで安堵の息をもらした。全員の意見が合致した瞬間だ。

 

「よかった。1、2年生も出演に前向きみたいだね」

 

「では、引き受けていただけるということで大丈夫でしょうか?」

 

「うん! よろしくお願いします!」

 

「ありがとうございます!! こちらこそ!!」

 

 『Liella!』と映画研究部による映画制作。2年の時を経て、それは再び始まりを告げるのだった。

 

─────────────────────

 

「それじゃあ恋ちゃん、四季ちゃん、今日は頑張ろうね」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「ファッファッファッ。よろしく頼む。息子よ」

 

「し、四季ちゃん……その喋り方ちょっと面白いからやめて……ふふふ」

 

「ん? そんなに笑えた?」

 

「どうやらツボにハマってしまったようです」

 

 依頼からしばらく経ったある日、『Liella!』と映画研究部の一同が集まったのは恋の屋敷。そこではスーツを着た四季、華やかな私服に身を包んだ恋とオレンジ色のブレザーを着た音羽が撮影前の最終確認を行っている。その周囲では映画研究部の部員達がカメラの準備や周辺の整備で忙しなく行き交っていた。

 

「音羽、初っ端からあの調子で大丈夫かしら……」

 

「緊張してるとか空気が悪いとかじゃないから大丈夫だろ。多分な」

 

「それにしても、今回の脚本もケッサクデス! 映研の皆さんのキギョウドリョクが感じられるストーリーになってマスね!」

 

「部活だけどね。前回も脚本は凝ってたけど、果たして今回は上手くいくのかしら。少なくともお蔵入りにだけはしたくないわね」

 

 現場の様子を眺めつつ、すみれは台本を持つ手に少し力を込めた。

 今回の台本のタイトルは『音太郎』。これは文字通り音羽を主演とした作品となっており、仲間と共に鬼ヶ島……もとい鬼塚島を目指すというストーリーが描かれている。

 

「その様子だと、以前やった時は上手くいかなかったのですか?」

 

「恥ずかしながら。去年の新入生歓迎会では短編映画を上映する予定だったんですが、自分の不手際や準備不足で上手くいかなくて……最終的にはそれまで撮っていたメイキングを全部まとめて部活動紹介のムービーとして作り直したんですよ」

 

「そういえば、先日すみれさんが言及されていましたね」

 

「そうだったんですの? あれもよくできていたと思いますが……」

 

「はい。今年の新入生歓迎会で流れた作品も素晴らしかったです」

 

 1年次は初めて作品づくりに挑んだこともあり、脚本や事前準備の不備はかなり目立っていた。

 最終的には音羽が咄嗟に思いついたアイデアと事前に撮影していたメイキング映像によって事なきを得たが、当然それは撮影スケジュールや予算をほぼ無下にしてしまい、果てには『Liella!』の活動にも支障を出しかねない程だったのだ。

 

「ありがとうございます。自分、あれから猛省して脚本とプロットを書く時、小道具の用意やロケ地を決める時は慎重に考えて行うようにしているんです。本当はもっと『こうしたい!』等の希望はあるんですが、自主制作である以上大々的すぎることはできないので無理に背伸びしすぎないことも大切だってあの一件で学びましたね」

 

「ま、最初から完璧にできる人なんていないもの。いい経験になったんじゃない?」

 

「そうですね」

 

 真依子はこの失敗を経て役者が無理をしてしまうような内容になっていないか、予算は適切かどうか等の計画を立てながら映画制作へと臨んでいるとのことだ。

 自主制作はプロの作る物と比べて制作費の面で圧倒的に不利な為、最終的なクオリティはどうしても見劣りしてしまう。その中でいかにベストを尽くし、いい作品を作れるか。映画制作において、彼女が最も重視しているポイントだ。

 

「部長〜! 準備できました〜!」

 

 そうして話しているうちに撮影の事前準備が完了したのか、カメラを担当する部員の1人が真依子へとそう呼びかけてくる。

 

「了解です! では皆さん、初めますよ〜!」

 

「お願いします!」

 

「よーい、アクション!」

 

☆☆☆☆

 

「……なんか納得いかない」

 

 撮影開始から2時間後。休憩へと入った四季は唐突にそうぼやくのだった。

 

「四季ちゃん大丈夫っすか? ちょっと緊張してるんじゃ……お水飲んだ方がいいっす」

 

「ありがとうきな子ちゃん。でもそういう訳ではない」

 

「確かにそういう感じじゃないかも。台詞も噛まずに言えてたし、まいちゃんが四季ちゃんの演技を見て細かい要望を出したりはしてたけど、それもちゃんと活かせてたと思う」

 

「じゃあ何がそんなに気に食わないんだ? 私は四季の演技、別に変だと思わなかったけどな」

 

「自分も今までに撮ったもので十分だと思うのですが……これではダメですか?」

 

「ダメ。これじゃあ全然父親じゃない。真依先輩のディレクションも取り入れてみたけど、私の演技だと風格も台詞の言い方も本物の父親とは程遠い」

 

 四季は自身の理想とする父親の演技に自らの演技力が届いていないことに悩んでいる様子だった。台本を念入りに読み込み、注意を受けてもそれを吸収し、台詞への気持ちの込め方や動作に工夫を取り入れたりと、ここまでの間にやれることは惜しむことなく最大限にやったつもりだった。

 だが、それでも届かないのだ。頭で理想形はイメージできているのに、それを思う存分に発揮することができない。もどかしさは募っていくばかりだ。

 

「それに『音太郎』はコンテストに出すことを想定して書かれた作品でしょ? だから尚更妥協したくない」

 

「四季……」

 

「うーん困ったなぁ。雰囲気だけで役を決めた故の弊害でしょうか……」

 

 四季の意図を汲み取った真依子はこの2時間の間に撮った映像を見返し、考えられる原因を探ろうとする。その結果、特に引っかかったのは『オーディションの実施の有無』だ。

 

 これまでの作品ではキャラクターのイメージに合致する生徒へと直々にオファーを申し出てからキャスティングするか、出演予定のキャストを元にキャラクター像を構築していくという手法をとっており、今回の『音太郎』は後者に該当している。『Liella!』の練習スケジュールの都合もあってこれまで以上に撮影時間の確保が難しくなっているにもかかわらず、早くも暗雲が漂い始めていた。

 

「まったく、オーディションも何もなしに台本が配られたから怪しいとは思ってたけど、案の定的中したわね。人によって得意分野も違うのに『合いそうだから』って理由だけで決めるものじゃないでしょ。よく考えてからキャスティングしなさいよ」

 

「こらマルガレーテちゃん、そういう言い方はよくないよ?」

 

「いいんですよ千砂都サン、焦ってそこを怠ってしまったのは事実なので……やはり役はイメージだけではなく、オーディションもしっかり実施した上で決めないとですよね。マルガレーテさんもご意見ありがとうございます。今後の参考にさせていただきますね」

 

「い、いえ。私こそ悪かったわ」

 

「とりあえず、今日は予定を変更して音羽サン以外の皆さんのオーディションを行いましょう。他のシーンを撮る前に役をちゃんと決め直さなくては」

 

 とはいえここで悶々とした気持ちのまま時間が過ぎるのを待つ訳にもいかない。今はこれ以外に解決方法はないのだ。真依子はここまでに使った時間を補完すべく、冷静に判断しながら次の行動を指示するのだった。

 

 こうして6時間に渡るオーディションによる選考の末、かのんがナレーション、可可、千砂都、すみれの3人が下っ端の鬼役、恋が音太郎の母親役、きな子が犬役、メイが隊長鬼役、夏美と冬毬がそれぞれ夏鬼・冬鬼役、マルガレーテが雉役、そして本来音太郎の父親役だった四季は猿役へと変更される形で全員の演じる役が決定したのだった。とはいえ──

 

「父親役は変わらず空席かぁ……」

 

「どなたかが兼役で、とも思いましたが、父親っぽいオーラを出せる人はこの中には……」

 

 真依子も短い時間の中で慎重に選んでみたものの、いざ風格を重視してみた結果、父親役は最後まで決まらなかったのだ。

 この場にいるのはまだ人生経験の少ない女子高生が殆どであり、男性に求められるそれを出すのも困難を極めるが、いつまでもそんなことを言っていられる状況にないのも事実である。人員も限られている為、誰かを選ばなければならないのだ。

 

「メイはどうですの? 喋り方はそれっぽいですの」

 

「いや、私じゃ合わないだろ……部長もそれを見越した上で選んだんだろうし」

 

「それに喋り方だけで決めたらオーディションをした意味がなくなってしまいます。仮にそれで決まっても先程の二の舞になるのは目に見えています」

 

「確かにそうですの」

 

 『Liella!』の面々も真依子1人に任せたりせず、どうにかしてキャストを決定しようと意見を出し合っているが、話は相変わらず平行線のままだ。一向に進む気配が全くない。

 

「はっ! 今いいアイデアを思いつきました! 思いつきましたが……いえ、やはり迷惑になるでしょうか」

 

 ふと1つのアイデアを思いつく真依子。しかしこれを提案したところで皆は良しとするのだろうか。そこだけが気掛かりだった。

 

「何よそれ。とりあえず言ってみて」

 

「では……音羽サン! 僭越ながらお願いがあります!」

 

「は、はい! 何でしょうかっ!」

 

 真依子から出された提案。それは──

 

☆☆☆☆

 

「『Liella!』の皆さん、初めまして」

 

「うちの音羽がいつもお世話になってます♪」

 

 数日後、真依子の招集によって『Liella!』が集められたのは、なんと東邸である。

 初めて顔を合わせる音羽の両親に一同──特に2年生は緊張を隠せない様子でいた。

 

「は、はははは初めましてっすっす!」

 

「きな子!? 緊張のあまり語尾が凄いことになってるぞ!」

 

「だ、だって……メイちゃんは緊張しないんすか……?」

 

「オトちゃん先輩のご両親だぞ!? しない方が無理あるだろ!」

 

 先日のオーディションの日に真依子によって持ち出された提案。それは『音羽の実の両親に音太郎の両親役で出演してもらう』ことだったのだ。

 

「この方々が東湊人に東詩穂……! 風格が他の大人とは別物すぎますの……! これは大バズりの予感が……」

 

「姉者、ご本人を目の前にして呼び捨てにするのは失礼に値します。あとカメラを向けようとするのもやめてください」

 

「はっ! 大っっ変申し訳ございませんッ! ご無礼をお許しくださいですの!!」

 

「あらあら、ご丁寧にありがとう。全然気にしてないわよ♪」

 

 冬毬は湊人達の姿をスマートフォンのカメラに収めようとする夏美へと注意を入れつつ頭を下げるが、当の詩穂は礼儀が成っているとは言い難いその行動を咎めようとはせず、寧ろ寛容な様子で笑いながらそれを許した。

 きな子とメイはそんな彼女を目前にし、背中を緊張で震わせるのだった。

 

「それにしても、まさか湊人さんと詩穂さんご本人に出てもらうなんて思ってなかったわ……」

 

「ねぇ、本当に高校生の部に大人が出ても大丈夫なの? また何も考えずにその場の思いつきでオファーしたんじゃないでしょうね?」

 

「まぁ前回のこともありますし、不安に思うのも仕方ないですよね……ですが今回の脚本は大丈夫です! 規約にはしっかり目を通した上で書いていますので!」

 

 部長はすみれへとコンテストのホームページにある大会規約の項目を見せながら左手でガッツサインを作る。規約によると『高校や大学・専門学校の部においては制作側の両親や兄弟姉妹などに限り出演を可能とする』とのことだ。

 

 その文章の下部には『但し別の学校に現役で通っている兄弟姉妹がいる場合、その人物は演者としての参加は認めない』という記述もあるが、『音太郎』の脚本……というよりも、そもそも音羽の家庭にはそれに該当する人物はいない。つまり湊人と詩穂の出演には特に支障はないのだ。

 

 すみれはスマートフォンを下へとスクロールし、作品を作る上で特に問題がないことを確認すると『ならば良し』と言うように頷くのだった。

 

「依頼をくれたのは嬉しい限りだが、演技の経験が全くない私が俳優として出演しても大丈夫なのかい? 大切なコンクールなんだろう?」

 

「勿論です! 音太郎の父親、母親役としてオーラを発揮できるのは他でもない音羽サンの実のご両親であるお二人だと思ってますので!」

 

「しかし……」

 

「もう、あなたったら。撮影当日になって今更何言ってるのよ。せっかくの機会なんだし、喜んで参加させてもらいましょうよ」

 

「……それもそうだな。君達の作品がいいものになるよう、私なりに尽力させてもらうよ」

 

「という訳だからみんな、今日はよろしくね♪」

 

 詩穂に促されながら家の中へと招かれると、リビングでは既に映画研究部の部員達が音羽と共に撮影の準備を始めていた。今回は音太郎と両親のシーンを中心に撮影するとのことだ。

 

「それでは始めます! よーい、アクション!」

 

 湊人と詩穂が所定の位置につくと、真依子から開始の掛け声がかかる。

 

「あら、おかえりなさい。あなた」

 

「ただいま。……おや? その手に持っているものは何だい?」

 

「これ? 宙に浮いていたから気になって持ち帰ってみたの。少し動いてるような感じがするのよね」

 

「んんー、何かのタマゴなんだろうか? 温かいぞぉ?」

 

「「「……」」」

 

 湊人の演技を見た一同は思わず驚愕する。台詞回しが明らかに不自然なのだ。分野こそ違うものの表現者である為、きっと演技も余裕でこなせるのだろう。誰もがそう考えていたようだ。

 思っていたものと違った湊人の演技を見た音羽の顔は羞恥心からか少しずつ茹でだこのように赤くなっていき、その隣にいたマルガレーテも眉間に皺を寄せながら笑いを堪えている。

 

「まぁあなた! ちょっと!」

 

「なな何ということだぁー! 音符が男の子になったぁー!」

 

「ブフッ!!」

 

「カット!」

 

 撮影は音符型の卵から音太郎が産まれる場面へと移行する。ここでは父が驚愕する様子が台本に描かれているのだが、案の定一同の不安は的中する。あまりの不自然さにそれまで笑うまいと我慢していたマルガレーテが遂に爆発し、半ば中断される形で真依子からカットがかかってしまう。

 

「湊人さん、所々台詞がおぼつかないですが緊張していらっしゃいますか……?」

 

「申し訳ない。練習はしたのだが……」

 

「ごめんね〜部長さん! 一旦席外すからその間に準備とか色々しておいて!」

 

 初めての本格的な演技ということもあり、湊人は緊張しているのだろう。彼はペットボトルと台本を持った詩穂に連れられ、リビングをそっと後にするのだった。肩を落としながら出ていく湊人の背中。普段からは全く想像もつかない程、その様子は音羽の目に小さく映っていた。

 

「湊人さんの演技……その、なかなか強烈だったね」

 

「台詞の語尾の伸び方、2年前の音羽にそっくりだったわよ。やっぱり親子なのね」

 

「うぅ……言わないですみれちゃん……」

 

 かのんとすみれから声を掛けられ、音羽自身も背中を丸めながらゆっくりと床へと座り込んだ。

 

「ふふふふふ……」

 

「マルガレーテは笑いすぎです。し、失礼ですよ」

 

「わ、笑ってないわよ。それに冬毬だって堪えきれてないじゃない……ちょっと私も外出るわ。クールダウンしてこないと」

 

 冬毬から注意を受けてようやく我に返るマルガレーテ。吹き出してしまったことは否定していたが、心では撮影を止めてしまった罪悪感や後ろめたさに駆られていた。彼女は『一旦切り替えねば』といった様子でペットボトルを手にし、足早にリビングから出ていく。

 

「でも、なんかちょっと意外だったな」

 

「何がですの?」

 

「オトちゃん先輩のお父さんのことだよ。物凄いオーラあって何でもできそうな感じがするのに、いざ演技を見てみたら……その、意外と普通の大人というか、人間味があるというか……」

 

「そうよ。あの人はみんなが思ってる程器用な人じゃないのよ?」

 

「そうだよな……ってお母さん!? 今のは別に悪口とかじゃなくて……と、とにかくすみません!!」

 

 メイは湊人へと抱いていた印象を口にするが、それに答えたのは『Liella!』のメンバーではなかった。湊人と共に席を外したはずの詩穂がリビングへと戻ってきたのだ。

 

 湊人のことを貶める意図は全くなく、愚痴をこぼしたつもりもない。そもそも『未経験ながら挑戦する』という点は彼と同じであり、自分自身の演技も至らないところばかりな為、それを非難する立場にもないのだ。

 

 意図せずして悪印象を植え付けてしまっただろうか。メイは慌てて謝罪の意を示すが、詩穂は先程と同様に『いいのよ』と言いながら首を横に振るだけであった。

 

「お母さん、お父さんは大丈夫そう?」

 

「少し休憩しつつ台本を読み直してるわ。私も読み合わせに付き合おうと思ったら自分の台本をここに置いてきたことに気づいたの。音羽もみんなもごめんね。少し待っててね」

 

「いえ! 全然大丈夫です!」

 

 詩穂は先程の発言を許してくれたようだが、メイは『少しでも汚名を挽回しなければ』といった様子で食い気味にそう返答する。

 

「で、今の話だけど……自分が不器用だということは彼自身が一番自覚していると思うわ。私と真剣な話をする時もよく言っていたもの」

 

「そういえば、前に僕と話した時も言ってたよ。『勉強も運動もそれ程できる訳ではなかったし、これと言った特技も無い。コンプレックスの塊だった』って」

 

「そうでしょう? 今でこそ『音楽会の巨匠』って世間からは言われてるけど、不器用なりにもがいて、努力して……それを経て今、ここにいるんだと思うわ」

 

 音羽は『Liella!』のサポーターになる前に湊人と話した時のことを思い返す。父が才能ではなく努力でのし上がってきたと知ったあの日、『何事も完璧にこなせる人間はそれ程多くないのかもしれない』ということをまたひとつ知ることができたのだ。これまではなかなか知り得なかった父親の不器用な一面を実際に目にしたことで、再び音羽は視野が広がったような感覚を覚えた。

 

「あの人、出演の話があってから仕事の合間を縫って台本を熟読してたし、今日だって早く起きて直前まで台詞の練習してたのよ。『自信はないが、いい映画になるように私も努めなければ』ってね。私はそうやっていつもひたむきに頑張ってる彼の姿が凄く好きだから結婚したのよ」

 

「……貴重なお話を聞くことができた気がします」

 

「Me too.」

 

「エルチューブにアップしたら再生数が凄いことになりそうですの」

 

 音羽がふと周りを見渡してみると、一同は感嘆の表情を浮かべながら詩穂の話に耳を傾けていた。あの頃の自分も似たような顔をしていたのだろうか。音羽は当時の様子を想像し、この場にいる全員とその姿を重ね合わせていた。

 

「あくまで自論ですけど、映画制作って自分の描いた作品を観客に届けるだけが魅力じゃないと思うんですよね。今のように役者さんがどのような想いで演じているのかを間近で感じとることができますし、それによって色々な考え方に触れることもできて……辛くて大変なこともあるけど、自分は映画制作のそういうところが大好きなんですよね」

 

「うん。映画制作、参加できてよかったなぁ」

 

「本当ですか!? そう言ってもらえて嬉しいです!」

 

 音羽のその言葉に、真依子は屈託のない笑顔を浮かべてみせるのだった。

 

☆☆☆☆

 

「……はい。いいと思います! ではこれをもちまして、東湊人さん、東詩穂さんのお二人はクランクアップになります! 本当にお疲れ様でした!!」

 

 カットがかかり、音羽が閉じた玄関のドアを再び開けると、それに続くように湊人と詩穂が中からゆっくりとした足取りで外へと出てきた。それと同時に現場からは拍手が上がる。

 

「では、お二人から何かあればどうぞ!」

 

「お芝居なんて普段なかなかできないから凄く楽しかったです♪これだけ歳を重ねてもまだまだ勉強できることって沢山あるんだなって感じました! 改めて、今日はこのような機会を作ってもらえて本当に感謝しています。ありがとうね♪」

 

「いい大人にもかかわらず、不器用故に迷惑を沢山かけてしまい大変申し訳なかったと思っています。ですが、もし何か少しでも君達や映画を観てくれる方々に少しでも伝えられるものがあったのであれば幸いです。音羽、『Liella!』の皆さん、映画研究部の皆さん、引き続き頑張ってください。いい作品になることを祈っているよ」

 

「素敵なお言葉デス〜!」

 

「私達も頑張らないとなッ!」

 

 湊人と詩穂の言葉を受け、可可とメイは人一倍大きな拍手を響かせながらそう叫んだ。

 

「この2人、なんかいつにも増して号泣してない? 私がいない間に何があったのよ」

 

「マルガレーテちゃんが外に出てる間に音ちゃんのお母さんがお父さんについて色々話してくれた。多分その影響」

 

「私も大変感銘を受けました。マルガレーテも聞くべきだったと思います」

 

「そんなこと言われても、入れ違いだったんだから仕方ないでしょ」

 

「大丈夫! 今回も映研の人に頼んでメイキング映像を撮ってもらってるっておとちゃんが言ってたからマルガレーテちゃんもあとで聞いてみて! すっごくいい話だったんだよ」

 

「そうなのね。わかったわ」

 

 マルガレーテは淡々と呟きつつ、そのメイキング映像へと期待を膨らませながら拍手を送る。同時に音羽の手から湊人と詩穂に花束が手渡され、その音はより一層大きく響き渡った。

 

「よし! 私は今回ナレーションだから顔出しでのお芝居はないけど、その分精一杯声を入れなきゃ。頑張るぞ!!」

 

 ひっそりと意気込んだつもりだったのだが、どうやら想像以上に声を張っていたらしい。かのんのそれに合わせ、全員は『おー!!』と続くように応えるのだった。

 

─────────────────────

 

「カット! では映像のチェックに入りましょう」

 

「ふぁぁ……ボートを漕ぐのってこんなに力がいるんすね……腕クタクタっす……」

 

「だね。発明品も使えないからちょっと苦労した」

 

 1週間後の土曜日。鬼塚島へ向かう場面を収録すべく、一同は山梨にある湖……河口湖にて撮影を行っていた。筋肉痛で重くなる腕をゆっくりと回しつつ、きな子と四季はゆっくりとボートから降りる。

 

「……」

 

 そんな2人を見守りつつ、音羽もボートを降りる。ふと後方を見やると、マルガレーテが感慨深そうに湖の方向を見つめている。何か気になるものでも浮かんでいるのかと同じ方向に視線を向けてみるも、水面が揺らめくだけで特に変わった様子は確認できない。

 

「マルちゃん、どうかした?」

 

「サメ映画、撮りたかったと思って」

 

「あぁ……でも予算オーバーだし仕方ないよ」

 

「今回は残念だけど、いつか絶対撮ってみせるわ」

 

 湖の方を見つめて力強く宣言するマルガレーテ。

 

 彼女が来年も結ヶ丘に残るのかどうか、今後の進路をどう考えているのか。この頃の自分はまだ知る由もなかったが、きっとどんな形であれ表舞台に立つのをやめることはないだろう。何となくではあるが、そんな確信が音羽にはあったのだ。

 

「うーん、4カット目のきな子サンの表情が少しキツそうですね……ここだけ撮り直しましょうか」

 

「嘘!? またアレを漕がなきゃいけないの!?」

 

「ごめんなさいっす〜!!」

 

「頑張ろうきな子ちゃん。ボートは腕だけじゃなくて上半身も動かしながら漕ぐと楽みたいだよ」

 

「そうなんすか! ということはこんな感じっすね! ふっ! はっ!」

 

「おぉ、キレがある。いいね」

 

「その動き方は違うと思うけど……」

 

「あはは……とりあえず、僕も座長として全力でやるからマルちゃんも頑張ろうね!」

 

「勿論よ。手は抜かないわ」

 

 映像のチェックを終えた4人は再びボートの方へと歩いていく。そんな彼らを照らすよう、富士山の傍にある太陽は煌々と輝きを放っていた。

 

☆☆☆☆

 

「『犬のきな子に、猿の四季、雉のマルガレーテ。3人となった音太郎一行は、鬼の住む鬼塚島へと歩みを進めるのでした』……こんな感じでどうかな?」

 

「はい! いいと思います。抑揚のつけ方にも工夫が見られますね」

 

「ホント? ありがとう!」

 

 一方、都内にある某レコーディングスタジオ。こちらでは撮影チームとは別にナレーションの本収録が行われており、その担当であるかのんと恋はしばしの休憩時間をベンチに座りながら過ごしていた。

 

「おとちゃん達は今頃撮影してるのかな。確か今週は河口湖に向かったんだっけ? いいな〜、私も山梨行ってみたかったよ〜」

 

「明日までにナレーションを録り終えないと来週末の練習時間が確保できなくなってしまいますからね……私も同行したかったですが、スケジュールの都合上仕方ないですよ。今回は音羽くん達のお土産話に期待しましょう」

 

「うん! それにしてもおとちゃんかぁ……」

 

「ん? 音羽くんがどうかしましたか?」

 

「なんかおとちゃん、凄く変わったなと思って。今更だけど」

 

「そうですね。1年生の時から比べるとかなり明るく、前向きになったと思います。今日も座長として頑張っているのでしょうね」

 

「きっとね。あっ、でも頑張りすぎて空回りしてるってパターンもあるかも」

 

「そこは千砂都さん達がフォローしてくれていると思うのできっと大丈夫でしょう。ナレーションだからといって気を抜くのではなく、音羽くん達に負けないくらい頑張らないとですね!」

 

 音羽が1人で責任を感じてしまいがちだということを、『Liella!』の中で付き合いの長いかのん達はよく知っている。一昨年のラブライブで予選から敗退した時、彼は自分達以上に落ち込み、塞ぎ込んでしまったことがあったからだ。チームとして活動する以上、1人に任せきりにしたり、メンバーのことを放っておくなど言語道断である。常に一人一人を気にかけ、支え合う。あの一件以来、3年生は特にそれを徹底するようにしていた。

 

「そういえば恋ちゃん、元々音太郎のお母さん役だったのにどうしてナレーションに変更してもらったの? オーディションでも選ばれてたし、そんなに違和感なかったと思うけど」

 

「詩穂さんに白羽の矢が立ったというのもありますが、私は生徒会長としてスピーチをする機会が多く、その経験を活かしたいと思って真依子さんに頼んでみたら了承を得られたんです。1、2年生にもこれを機にもっと目立って欲しいですからね」

 

「私達、半年後には卒業するんだよね。他の部も大会が終わったりして大体の子が引退したみたいだし、『Liella!』も少しずつ引き継ぎの準備をしないとだね」

 

「そうですね。あと、今回も可可さんと千砂都さんとすみれさんは顔出しで出ていますが、そういった事情も考慮して事前に『出番が少なめの役にして欲しい』と交渉していたみたいですよ。『前回の悪役としての好演に加え、今回のオーディションで改めて悪役が似合っていると思った』とも仰っていたのでそれも選ばれた理由の1つにあるとは思いますが」

 

「そっか……みんなも色々考えてるんだね」

 

 気づけば卒業まであと半年。『Liella!』として活動できる時間は……いや、結ヶ丘の生徒でいられる時間は残り僅かしかない。ラブライブに映画制作、そして高校を卒業した先の未来に向けてできることを全力でやり、目一杯楽しもう。空の上で輝く太陽を見上げ、かのんは改めて決意を固めるのだった。

 

☆☆☆☆

 

「んー……」

 

 それからまた時が進むこと2週間。今回のロケ地──地元・茨城の牛久シャトーにて、夏美は何か考え込むような仕草を見せていた。朝から時折このような表情を見せる彼女に、冬毬も疑問と不安を隠せない様子だ。意を決して夏美へとその理由を問いかけてみる。

 

「姉者、先程からずっと唸っていますがどうかしたのですか?」

 

「鬼塚島のロケ地、本当にここでよかったのかと思って。少しお洒落すぎるような気がしますの」

 

「そうね。鬼の住むところといったら普通は洞窟とか岩山みたいな場所を思い浮かべる人が多い気がするし、ここはなかなか洋風だと思うわ」

 

「洋館に住む鬼か……私はギャップがあって面白いと思うけどな」

 

「でも、トマリーはどうしてもここがよかったのデショウ?」

 

 "鬼"という名前を冠したキャラがこのような場所を根城にしているというのは、一部の鑑賞者からすれば少し場違いな印象を受けるだろう。

 

 しかし、それでもここをロケ地として選択した理由。それは冬毬の抱く想いに一番深く関係していたのだ。

 

「はい、少し場違いかもしれないというのは承知しています。でも、ここで姉者と同じ目線に立って共に何かをしたかったんです」

 

「私と?」

 

「私がトマカノーテとして活動していた時、姉者は2年生の皆さんとここにステージを作ってパフォーマンスを見せてくれたでしょう? あの時私は観客側で、姉者ともまだ和解はできていなかった。パフォーマンスもどこか蟠りを抱えたまま見ていました。だからこそ、ここを悲しい思い出の残った場所のままにしておきたくなくて」

 

 あれはまだ6月だっただろうか。この場所で作った特設ステージの上で、2年生全員が冬毬へと歌を届けた日から早くも4ヶ月が経とうとしていた。夢を全て諦めて金銭を稼ぐ道を選んだものの、スクールアイドルを通じて再び夢を見つけた夏美と、何度も傷つく姉の姿を見て以来、夢を追うことに意味を見出せなくなった冬毬はいつからか次第にすれ違うようになってしまい、つい先日までその状況は続いていた。

 あの日ここに残したままの苦い思い出から、新たに夏美と同じ目標を目指して挑戦した思い出へと上書きしたいと考えた冬毬は、映画の撮影場所をここ……牛久シャトーにしたいと真依子に頼んでいたのだ。

 

「……なんて、勝手にそう思っているのは私だけだと思いますが。姉者はあの日、生き生きとした表情でステージに立っていましたし。姉者にとってここは特別に辛い思い出の残る場所ではないと思うので、ここをロケ地として提案したのは少しエゴが過ぎたのではないかと反省していたところで……」

 

「全然エゴだなんて思いませんの!!」

 

「姉者っ!?」

 

「今の私と冬毬は『Liella!』という場所で同じ夢を追いかけながら一緒にステージに立ってる。今回はスクールアイドルとしてではないけど、思い出を更新したいという冬毬の気持ちは十分伝わってきましたの! その為に私達で……いえ、『Liella!』のみんなであの時の辛い思い出を全部吹っ飛ばすくらい、撮影頑張りますの!」

 

「姉者……アグリーです!」

 

 この場所を選ぶことにより、相応しくないと評されることも少なからずあるはずだ。いつか後悔することになってもおかしくはないだろう。しかしそれでも、冬毬の想いを無碍にすることなど夏美にはできなかった。妹の信じたこの選択を自分も信じ、共に歩いていく。それが今の夏美にできる最良の選択だ。

 

「みんな?、部長ちゃんが準備できたって! ……あれ、なんか真面目な話してた?」

 

「いや、姉妹の絆に感動してたところ。私もここで夏美とステージに立ったからつい感情移入しちまったんだ……」

 

「ちょっと、これから撮影なのにそんなに目腫らしてどうすんのよ」

 

「そういうすみれも目が赤いデス」

 

「うっさい! 泣いてないから! これもショウビジネスの現場の一環なんだからプロ意識を持ってやりなさい! 一流の女優なら見映えや立ち振る舞いにも気を遣うべきよ!」

 

「まったく、そんなの言われなくてもわかってマスよ!」

 

「では! 早速撮影に向かいますの!!」

 

 夏美の合図を皮切りに冬毬とメイが走り出す。私達が卒業してもきっと大丈夫だろう。少しずつ遠くなる3人の背中を見た可可とすみれは千砂都へとそう頷くのだった。

 

─────────────────────

 

 こうして『音太郎』が撮了を迎えてから1ヶ月が経った11月下旬頃。『Liella!』は完成した作品の鑑賞会を行うべく、貸切となった視聴覚室で真依子達の到着を待ち続けていた。

 

「皆さん!!」

 

「うわぁ!!」

 

「おとちゃん!?」

 

 全員が揃ってから約20分。突如として扉が開き、真依子が部室の中へと飛び込んできた。扉の前に待機していた音羽はその衝撃で2メートル先へと吹き飛ばされた末に転倒する。

 

「わわわっ!! すみません音羽サン! 思いきりどついてしまいました……」

 

「はぁ……部室を訪ねて来た時から思ったけど、あなたって結構落ち着きがないわね」

 

「あはは……返す言葉もないです……」

 

「おとくん大丈夫? 立てる?」

 

「だ、大丈夫……とりあえず、みんな揃ったみたいだし始めようか」

 

 映画研究部が全員揃ったのを確認し、音羽は全員を席へと案内する。そして机上に置かれた紙コップに全員分の飲料が注がれたのを確認し、かのんは音羽へと合図を出した。

 

「じゃあみんな飲み物を持ったところで……おとちゃん、乾杯の音頭よろしく!」

 

「えっ!? 僕がやるの!?」

 

「当たり前ったら当たり前でしょ? あんたがやらなきゃ誰がやるのよ」

 

「はい。このような会合で音頭を取る時は大抵の場合、主演の方がやるというエビデンスがありますので」

 

「えーっと……そ、それでは、映画『音太郎』の完成と試写会の開催を記念して、せーのっ!」

 

「「「「かんぱーい!!」」」」

 

 音羽の音頭をきっかけに盛り上がりを見せ始める一同。既に労いの言葉や撮影時の思い出話があちこちで飛び交い始めている。

 

「では、早速映画の方も再生しましょうか。真依子さん、お願いしてもよろしいですか?」

 

「了解です! パパッと準備しちゃいますね」

 

「ククも手伝いマス!」

 

 パソコンへとディスクが収納され、前方に垂らされたスクリーンへと画面が映し出される。果たしてどのような出来栄えになっているのだろうか。

 

「きな子がまさかのスクリーンデビュー……ドキドキするっす〜!」

 

「どんな仕上がりになっているか楽しみですの!」

 

「メイ、私の名演技を見逃さないで」

 

「おっ、凄い自信だな! 勿論だぞ!」

 

「皆さんどうデスか〜? 映ってマスか〜?」

 

「マルっ! 大丈夫そうだよ!」

 

「わかりました! それでは、再生スタート!」

 

 真依子が再生ボタンを押すと、『結ヶ丘高校 映画研究部』のテロップと共に映像が流れ出す。

 

 『Liella!』と映画研究部による合作映画『音太郎』。その上映がまさに今、始まった瞬間だった──

 

 

ー後編へ続くー

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