別冊星達のミュージアム 第3号   作:苗根杏

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11作目は、はると饅さんの作品です。
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迷探偵きな子!?

 こんにちは、桜小路きな子っす!

 

 今日は貴重なお休みをいただけたので、原宿の街をぶらぶら探訪しているっす。何をするというわけでも、特に特定の場所に行くでもなく、街全体の色んなところを巡る予定っす。

 

 この街には沢山の場所があって、どれもが見劣りしない素敵なところ。いつもは同じ学年のみんなで行く場所。自分で見つけた新しい場所。先輩方から教えてもらった場所。気になるところや行きたいところに足を運んで、メモしたところを少しずつ埋めていくのが、きな子のささやかな楽しみになっているんす。

 

 とはいえ、巡りたい場所はどんどん増えていくし、時間も足りないし、頭がパンクしちゃいそうっす。卒業までに全部回れるかどうか、不安になるっす。それにしても……。

 

「うえーん、人が多すぎるっすよー!」

 

 はじめて東京に来た時も思ったけど、なんなんすか、この数は!

 

 どこに行っても人、人、人ばかり。それに心なしか都会慣れしたチャラチャラした人も多いし、歩くだけで嫌な目線を浴びせられているみたいで歩くのに苦労しちゃうっす。地面も硬くて、歩くのも大変っすし。みんな悪気があるわけじゃないんすけど、よくぶつかってしまうし……きな子がトロいばっかりに、本当申し訳なく思ってるっす。

 

 しかも景色も似たり寄ったりで目印にならないから、どこに行けばいいのかわかんないっす。ビルは高すぎて見上げるだけで首が取れそうっすし、お店も似たようなのがたくさんあるっす。電車やバスも多すぎて、何がどこに行くかちんぷんかんぷんっすし……。いい加減慣れなきゃいけないけど、毎日が目まぐるしく進んで、それどころじゃない。

 

「仕方ない……近場をうろうろするっす」

 

 再開発やら店の入れ替わりやらで景色の移り変わりが激しいこの街でも、入り組んだ裏路地には落ち着いた雰囲気が広がっている。表側のにぎやかさから切り離された空間は、まだきな子の肌に合う。もちろん、オシャレさではまだまだ敵わないっすけど。

 

 何かいい雰囲気の店はないか、辺りをぶらぶらしたり、坂を上がったり下ったり、うろうろしたりしていると。

 

「……ん?」

 

 目の前の電柱に隠れて、何やら遠くを見ている怪しげな人がいた。幸い、きな子とは正反対の方を向いていたけど、身体をくねくねと前後左右に動かしていて、見るからに近寄りたくない。

 

「ふ、不審者っす……」

 

 怪しい人には近づいてはいけないし、狙われないようにしないといけない。東京に出る時、家族から厳しく言いつけられたっす。襲われた人の噂話を聞いて『東京は怖いところ』だと思っていたっすが、まさにこういう不審者のことを言ってたんすね。相手が睨み返してこないうちにそそくさと離れようとするも、どうしても怖くなってしまって足が動かせない。

 

「……ん?」

 

 と、相手から目が離せないうちに、妙な感覚がしてくる。なーんかこの雰囲気、どこかで会ったことあるような気がするっす。動き方には見覚えがあるし、前どこかで嗅いだことある香りがしてくるっす。

 

「これって……」

 

 帽子で隠れているけど、その間からは赤い髪を覗かせている。綺麗にまとめ上げたお団子からは髪の毛がくるくると伸びていて、耳元にはこれまた二対の髪の毛がカールしている。この、見覚えのある姿といえば……!

 

「メイちゃーん!」

「なななな、なに見てんだよっ!」

「いやメイちゃんこそ何見てるんすか……」

 

 そうきな子が思うのも無理はなくて、メイちゃんは何かを目に押し当てて遠くに意識をやっていたようだったからっす。それが双眼鏡だとわかったのは、メイちゃんが振り向いてからのことで。

 

「ていうか、しーっ! 静かにしてろ、きな子!」

「わわわーっ!?」

 

 うるさいのはメイちゃんの方だろうと言う間もなく、強い力で引っ張られて無理やり電柱の陰に押し込められた。

 

「おいっ。あれ、見てみろ」

 

 そう言って、メイちゃんはぶっきらぼうに双眼鏡を手渡す。さっきもだけど余程の小声で話すからには何か重大なことが起きてるんすかね……。半信半疑で、おそるおそる双眼鏡を覗き込む。

 

「ほうほう……」

 

 すると、二人の男女が見えた。声は拾えなかったけど、口の動きやジェスチャーを交えて、何やら親しそうに会話している。一人は小柄な男の人。背はきな子と同じくらいだろうか。明るい色のショートヘアに、穏やかな雰囲気を漂わせている。カーキ色のトレンチコートで全身を覆い、胸元にはチェックのシャツを覗かせて、さわやかな好青年といった印象を受けるっす。

 

 もう一人は、男の人の方より少し小さな女の人。全体的にかわいらしい雰囲気を纏っていて、仕草もいちいちキャッチ―だ。きっと、自分がどう見られるかということに対する意識が高いんす。服装にも気を遣っていて、イマドキの流行にアンテナを張っているとわかる。

 

 私服だから若干迷ったけど、頭の中では認識できるし、むしろこの服だってよく見たことある。この、見覚えのある姿は。いいや、メイちゃんみたいに変装しているわけでもないから、見覚えのありすぎる姿は。

 

「な……なんで……」

「だから……静かにしろって……」

「なんで音羽先輩と夏美ちゃんが一緒にいるっすか!?」

 

 つい、メイちゃんの注意を無視して、大声を出してしまった。途端にメイちゃんの顔が青ざめていく。

 

 ハッと我に帰り、勘づかれてないか怖くなって、慌てて姿を隠したけれど、特に目立った反応はなかった。ひとまず、向こうに気づかれてはいなさそうっす。念の為、距離を取ってから、二人で事情を確認し合うことに。

 

「……と、まぁそういうわけだ」

「ビックリっす。わざわざ休みの日に牛久から原宿まで出てきているなんて……」

「いや夏美の方かよ。普通、オトちゃん先輩の方が気になるもんだと思ってたけど」

「えっ? 音羽先輩におかしなところなんてないっすよ?」

 

 言われて、改めて姿を確認する。うんうん、服装から髪型、態度と何から何までいつも通りの先輩っす。優しくて、穏やかで、とっても親しみやすい、きな子の憧れの先輩。体調や機嫌が悪そうには見えないし、悩み事がありそうでもない。

 

「はぁ……にぶいなぁ。えと、オトちゃん先輩は四季と仲がいいのは知ってるよな?」

「バカにしないでほしいっす。それぐらい知ってるっすよ」

 

 そう。音羽先輩と四季ちゃんはとても仲の良い友達で、休み時間も帰る時も休みの日も一緒になって動くことが多い。二人きりになることもあって、何をしているのか聞いても音羽先輩にはぐらかれてばかり。四季ちゃんには、なんとなく聞けてないっす。

 

 もちろん音羽先輩はきな子たちのサポーターっすから、四季ちゃんだけ依怙贔屓なんてことはしないっす。練習は平等に見てくれている。できてないところは忌憚なく指摘してくれて、よかったところは褒めてくれる。けど、向こうからグイグイ近づいてきたりお手製のお菓子をプレゼントされたりはしている。満更でもない態度で音羽先輩は接しているし、周りも自然とそれを受け入れているように見えるっす。

 

 でも、そのことと今のことが関係あるようにはどうしてもきな子には思えなかったっす。別に好きな人がどうしてようが、本当に好きで想いあっているなら関係ないと思うっす。そう、好きな人が何をしていようとも。……きな子、恋愛したことないっすけど。でもなんとなく、そう思うんす。

 

「ならいい。……もし、四季がこの光景を見たらどうなると思う?」

「えーと……どうもならないんじゃないっすか? 四季ちゃん、二人とも好きっすし」

 

 するとメイちゃんは唸る。きな子にどう返事しようか、言葉を詰まらせているようだった。

 

「何て言えばいいんだろうな……四季がオトちゃん先輩に対して感じている『好き』と、夏美に対しての『好き』とは違うんだ」

「……?」

「えーと、四季にとってオトちゃん先輩は特別なんだ。それが他の子と仲良さそうにデー……一緒に買い物していたら、もしかしたら四季は怒るかもしれない」

 

 確かに、二人の周りだけ別の世界が広がっていると感じたことはあるっす。あれは、朝早く学校に来た時のこと。四季ちゃんがいたから、あいさつしようとしたっす。そうしたら音羽先輩がいて仲良さそうに談笑していて。なんだか仲睦まじくて、きな子は挨拶するのをやめちゃったんす。

 

 四季ちゃんのあんな笑顔、先輩以外には見せないものだった。たとえメイちゃん相手でも、簡単には見せてくれないかもしれない。そして、音羽先輩もキラキラした笑い声をあげていた。かのん先輩たちだけに見せる姿ともきっと違う、四季ちゃんにだけに見せる姿。そういうものが、あの二人にはあるんす。

 

 ……とはいえ、別に、四季ちゃんが動揺するほどのことでもないだろうとは思うっすけど。

 

「そんなにっすか!?」

「そういうもの……らしい。わ、私も……実体験があるわけじゃないけどな!」

「音羽先輩と四季ちゃん、仲良しさんに見えたんすけどねぇ……悲しいっす」

「いや仲はいいんだ。仲がよすぎるというか、なんというか……まぁとにかく、今のオトちゃん先輩を四季に会わせちゃいけない」

「だから監視してるわけっすね」

「人聞きの悪い言い方はやめろー! わ、私はだなぁ、四季のことが心配なだけで……オトちゃん先輩が何してるか、気になってるわけじゃないからな! 断じて!」

 

 顔を赤らめてメイちゃんは怒号を放つ。目が泳いでいるけれど、それでも迫力は半端じゃなかった。あまりの勢いの強さに、思わずたじろいでしまう。

 

「お、おぉ……」

 

 きな子がフリーズしている中、何か察知したのかメイちゃんはくいと横を向いた。音羽先輩と夏美ちゃんがいる方っす。

 

「あ! まずい! オトちゃん先輩たちが移動するぞ!」

「ほんとっすか、ほんとっすか!」

「ああ、私たちもあとをつけるぞ」

 

 見失わないように駆け足で、見つからないように忍び足で追いかける。気分はさながら忍者か、浮気調査の探偵っす。……古いドラマでそういうのをよく見せられた記憶があるだけっす。決して、音羽先輩が浮気してると思ってるとか、そういうことじゃないっすからね。

 

 二人はクレープ屋に寄って食べ歩きしたり、雑貨屋さんで買い物をしたり、服を見たり、ゲーセンに行ったり、かなりあちこちに行っていたっす。夏美ちゃんがちょくちょく写真を撮っていたのはきっとエルスタに上げる用っすね。ただ遊びに行くにしては、寄る場所が多すぎる気もするっすけど。追いかけてるこっちも、練習で身体を動かすのは慣れっことはいえクタクタになるっす。いっぱい食べられるのは嬉しいけど、食べ過ぎたせいか、それともハラハラしてるからか、ショートケーキもろくに喉を通らない。

 

「あいつら、はしゃぎすぎだろ……ったく、こっちの気も知らないで」

 

 と、メロンソーダを吸いながらボヤくメイちゃん。

 

「向こうは尾行されてるなんて知らないっすからねぇ」

「うっ、うるせぇ!」

「……ていうか、尾行というよりストーカーの域っすよね。もはや」

 

 ちなみにきな子も、メイちゃんお手製のハンチング帽に探偵が着るようなコートを着せられている。デザインが悪くないだけに、もっとちゃんとした機会に着たかったっす。

 

「うぎゃーっ! 薄々察してたけど言うんじゃねぇ! は、恥ずかしくなるだろ!」

「自覚はあったんすね……」

「や、やめてくれ……自分が惨めになる……」

「ごめんなさい、そこまで責めるつもりはなかったんす! 追いかけてるのはきな子も同じっすし……って、あれ?」

 

 ……きな子、どうして二人のこと尾行してるんすか? いや、メイちゃんを見かけて巻き込まれたのはもちろんっすけど、途中で断ることもできたわけだし。二人が何しているかは気になるっちゃ気になるけど、わざわざつける程かと言われると違うような……。

 

「どうかしたか?」

「いいや、なんでもないっす。……あっ、二人とも店から出ていくっすよ」

 

 とか言っている内に、足早と移動していく音羽先輩と夏美ちゃん。何をそんなに焦っているのか、というか喫茶店でも何やら話し込んでいたし忙しそうだったっす。断片的にしか聞き取れなかったけど、探し物をしているみたいっす。

 

「本当だ。お会計は私がやっておくから、きな子は追いかけたらどうだ?」

「ありがとうっす! それじゃ、お言葉に甘えて」

「おう、また居場所分かったら連絡くれよなー!」

「了解っす!」

 

 メイちゃんを後にして、私は二人を追いかけた。さっきの喫茶店の辺りは人が多くて、意識していないと見失ってしまいそうっす。二人とも背が高くないのもあってか余計に大変っす。目を皿にして探しては、人混みをかきわけて進むのを繰り返す。そのうち、先輩たちはとある店に入っていったっす。そこは動物さんのぬいぐるみがたくさんある、小洒落た雑貨屋さんだったっす。

 

「ここに一体どんな用が……?」

 

 バレないように店内に入り、二人の様子を探っていく。幸い、品物が多くてそう簡単には気づかれなさそうだった。入り組んだ店内、鉢当たりしないように注意して探していく。

 

「これとか良さそうじゃない?」

 

 すると、音羽先輩の声がした。あらゆるものを優しく包み込む、天使のような声っす。

 

「うーん、モチーフは悪くないと思いますの。でも、気に入ってくれるかどうか少し不安ですの」

 

 隣にはやっぱり夏美ちゃんがいた。二人は近くに身を寄せて、商品を見物しているみたいっす。

 

「そっかぁ……じゃあ、こっちはどう?」

「おお、こっちはいいと思いますの。音羽センパイ、さすがですの!」

「そ、そんな。僕は夏美ちゃんのアドバイスに従っただけだよ」

「でも、『欲しいものをプレゼントしてあげる』って言ってくれたのはセンパイの方ですの。夏美、とても感謝してますから」

 

 声色は優しくて、いつもの夏美ちゃんらしくない。しんみりとした雰囲気、時折見せる真面目な姿。夏美ちゃんがそこまで音羽先輩に気を許しているなんて、一体何があったんすか。

 

「そんな、僕は全然いいってば」

「いーや! よくありませんの。音羽センパイにもきっちりお礼させていただきますの!」

 

 物陰から覗くと、不満そうに頬を膨らませている夏美ちゃんが見える。相変わらず先輩は謙遜しているけれど、物ともせず夏美ちゃんはぐいぐい距離を近づけている。

 

「お礼って、いいよそんな。何度も言うけど、僕はただ贈り物をしたいだけなんだ。それに、喜んでもらえるかどうかもまだ……」

「いいや、絶対喜んでくれるはず。私が保証しますの!」

「そ、そう? ならよかったけど」

 

 夏美ちゃんが啖呵を切るのに合わせて、音羽先輩は照れた様子ではにかんでいる。きな子には見せない、そんな表情だった。……なんだか、見てはいけないものを見てしまった気分っす。

 

「……」

 

 見なきゃいけない、それなのに見ていられない。むしろ、見ないようにしても、頭の中でさっきの光景がよみがえってくる。思えば思うほど、胸がどうしようもなくズキズキ傷んでしまう。

 

 夏美ちゃんは尊敬する同級生で大事な友達だし、幸せになってほしいとも思ってるっす。だけど、こんなに苦しいなんて思いもよらなかった。ごめんなさいっすけど、きな子の本当の願いは……。

 

「音羽先輩」

 

 先輩の名前。大好きな先輩のことが、無意識のうちに口から漏れ出ていたようだ。ハッとして、その場から立ち去ろうとした、すぐの事。

 

「きなちゃん!」

 

 ただ名前を呼ばれただけで、きな子の脚はぴたりと動かなくなって、身体ごと先輩の方に自然と向いていく。

 

「え、先輩……?」

「きなちゃんが呼んでくれたんじゃなかったの?」

「え、えと……ま、まぁ」

「同じ店に来ていたなんて奇遇だね。何か、話したいことでもあった?」

「え、えと……」

 

 目と目が合った途端、胸を鳴らす音がどくり、どくり、と湧き上がる。自分がこんな情熱を持っていたのか、疑うくらいに身を焦がしそうな得体のしれない感覚だった。

 

「せっ……」

 

 言ったら、自分と先輩の関係が変わってしまいそうで怖い。今まで通りの当たり前では、もういられなくなる。

 

「ゆっくりでいいからね」

 

 先輩はそう言ってくれるけど、きな子はずっと待ってた。いや、進んでこなかった。四季ちゃんと先輩の関係だって、トクベツだとわかりながら目を背けてきた。きな子自身が変わることを怖がっていたから。

 

 でも、これ以上はもう逃げない。結局、きな子から音羽先輩への想いは簡単に消えるものじゃない。Liella!の一員として、同じ学校の後輩として、入学したての頃から膨らんだ想い。たとえ、咲かずに終わる花だとしても、ケリをつけないといけない時がある。自分にとって、今がその時っす。

 

 きな子は拳を強く握った。お腹に力を込めて、息を大きく吸って、喉を開いて、そして。

 

「先輩。夏美ちゃんと、付き合ってるんすか?」

 

 言って、しまったっす。

 

 ほんの一言なのに、まるで地球最後の日みたいに緊張した。今まで凄いプレッシャーがかかっていたのが、言った途端解き放たれた感じがするっす。

 

「あ……あれ?」

 

 ……とはいえ、肝心の二人とも沈黙したまま。どうしよう、きな子聞いちゃいけないこと聞いちゃったすか……? 今度は顔が真っ赤になってきて、どこから出てきているのかもわからないような汗で全身が濡れてしまう。逃げ出したい、でも小心者でどうしようもできない。助けを求めたくても、頼りの綱のメイちゃんとは離れてしまったし。

 

「え、えーっと……」

「ぷっ……にゃははっ!」

 

 きな子が言葉を詰まらせていると、夏美ちゃんが笑った。バカにしてもおかしくないところなのに、その笑みには不思議といやらしさはなかった。むしろ、自分の緊張がほぐれるくらいに温かかった。

 

 でも、なんで笑うのか、いやがらせじゃないとしたら余計にわからない。頭を抱えていると、音羽先輩が口を開いた。

 

「ちょっと夏美ちゃん! 笑うなんてきなちゃんに失礼だよ」

「ぶぇーつに? せっかくの告白に対して黙っている方が失礼だと思いますの」

「わ、悪気があったわけじゃなくて!」

「ふーん。じゃあ、きな子の質問にしっかり答えますの」

「わ、わかったよぉ」

 

 おどけながらも、夏美ちゃんは背中を押してくれていた。助け舟に応えて、音羽先輩は深く息を吸う。持ち前の整った声で、ハキハキと告げる。

 

「僕は……夏美ちゃんと恋人じゃない。付き合うって言うのが、恋愛関係を示すならだけど」

 

 先輩は真っすぐ、きな子の目を見て答えてくれた。音羽先輩は正直、普段は頼りなくて弱々しくて情けないところもある先輩っす。でも、超が付くほど優しくて、きな子たちに真摯に向き合ってくれて、そして決めるべきところではしっかり腹をくくって接してくれる。そんな先輩に今まで何度、助けられてきただろう。きな子は、先輩のそういうところに惚れたんす。音羽先輩の答えが何だろうと、その口から直接聞けるなら受け入れるっす。

 

「そうだったんすね……一安心っす」

 

 ホッと、胸をなでおろす。その様子を見て、夏美ちゃんはからかうような笑いを見せた。先輩は鈍感だからまあないと思うっすけど、もしバレたらどうしてくれるんすか。

 

「でも、じゃあどうして二人は一緒に……?」

「順を追って説明しますの。数日前、音羽センパイから相談を受けたんですの。冬毬への贈り物をしたい……と」

 

 冬毬ちゃんは夏美ちゃんの妹。最初はかのん先輩やマルガレーテちゃんたちと一緒に別のスクールアイドルをしていたけど、夏美ちゃんに近づきたくてやったことだったんす。スクールアイドルをやるうちに色んなわだかまりや誤解も解けて、ついこの間Liella!のメンバーになったっす。前々から一緒に話すこともあったりして、きな子もある程度のことは把握しているつもりっす。でも、ちゃんと面倒を見てあげられているかというと、できていなくて。実力もきな子よりあって壁を感じるし、プライベートで仲良しになれてるかっていうのも怪しいところっす。

 

 つまり、音羽先輩がやろうとしていることは。

 

「仲良くなるためにプレゼントを渡す! さすが音羽先輩っす!」

「うん。冬毬ちゃんを歓迎したかったんだ。せっかく一緒のグループ、『Liella!』になれたんだからもっと肩肘張らずにいていいよってことを伝えたかったんだ。もっとも、いいのがなかなか見つからなくて夏美ちゃんを振り回しちゃったけどね……」

「冬毬ちゃんだけじゃなくて夏美ちゃんにも気遣いを……なんて優しいんすか! おみそれしましたっす!」

 

 なんて思慮深くて、優しい先輩なんだろう。文字通り、頭が上がらないっす。

 

「いやいや、これくらい普通のことだよ」

「ったく、『普通』のハードルが高すぎますの」

 

 先輩の底なしの謙遜に、夏美ちゃんは冗談めかして笑う。呆れているように振る舞っているけど、自分の妹のことを大事に扱ってくれて、内心では感謝しているに違いない。

 

「ところで買い物はもう済んだんすよね? じゃあ一緒に帰るっす!」

「いいえ、夏美がまだですの」

「夏美ちゃんは何が目的っすか?」

「いつもお世話になっているお礼に四季へのプレゼントを送ろうと思ったんですの。そこで、音羽センパイのお力をお借りしようかと」

「う、うん。恥ずかしながら、四季ちゃんの好みなら大体はわかるし」

 

 先輩が伏目がちになり、照れ臭そうに言う。音羽先輩は普段から、優しくて穏やかな落ち着く声をしている。今回はそれに加えて、甘さがある。良く言えばリラックスしている、悪く言えば惚気ているというか。慌てて甲高くなった声を出している。四季ちゃんのことを大切に思う気持ちが、どんな言葉よりも雄弁に伝わってきているっす。

 

「そ、そうだったんすね」

「あのー……今更聞くことじゃないかもしれないっすけど、その、音羽先輩は四季ちゃんと……」

「うん。四季ちゃんとは……」

 

 ごくりと、息を呑む。

 

 ぶっちゃけ、二人が付き合ってるのはバレバレっす。先輩たちもお二人のことは付き合ってるものとしてみなしてるし、人によって若干トゲがある気はするけど、温かい目で見守っている。この前なんてマルガレーテちゃんまで『二人は付き合っている』と言い出すものだから、慌てて取り繕う羽目になったし。

 

 きな子、覚悟はできたっす。先輩と付き合えなくても、好きって言ってもらえなくても構わない。だけど、いつか自分の手で振り向かせるっす。

 

 だから音羽先輩の口から聞かせてくださいっす。嘘偽りない、本心を!

 

「とても仲良くさせてもらってる。とても大切でかけがえのない、僕の親友だと思ってるよ」

 

 ……あれれ?

 

「あちゃー……これは……」

「オトちゃん先輩、マジかよ!?」

 

 音羽先輩の体たらくっぷりに、いつの間にか追いついていたメイちゃんまでツッコミを入れる。

 

「えっと……僕なにかまずい事でも言った?」

 

 渦中の張本人は、どこ吹く風で呑気にしている。たぶん先輩なりに四季ちゃんへの想いを最大限伝えたつもりなんだろうけど、これは誤解されても仕方ないっすよ!

 

「流石にきな子でもわかるっす。これはデリカシーなさすぎっす」

「当たり前ですの!」

「まずいに決まってるだろ!」

 

 当然、きな子以外もバッサリ反論する。流石にみんな思うところがあるっすよね、これは。しかも音羽先輩がそう言ってるかと思うと余計に。まあ、少し抜けてるところが先輩のいいところでもあるんすけどね……。

 

「そっか……言葉選びが悪かったんだね。僕ももっと精進しなくちゃ。早速なんて言えばいいか教えてくれるかな?」

「愛してる」

「うんうん。……って、その声は!?」

 

 音羽先輩、そしてきな子たちが声のした方に目線をやると、そこには。

 

「四季ちゃん!」

「さっき、街で二人を見かけたから入った。きな子ちゃんやメイまで着いてきているとは予想外だったけど……」

 

 鮮やかな水色のボブカットに、ルビー色の鋭い瞳。独特な雰囲気を漂わせつつも、ふとしたところでは可愛らしい一面をのぞかせる。きな子の同級生で音羽先輩とお付き合いしている、若菜四季ちゃんっす。

 

 四季ちゃんはクールな態度を崩さないまま、とはいえ気恥ずかしさからか、クロスした前髪を人差し指で弄りながら言った。

 

「音ちゃん。私のためにありがとう。大好き」

 

 そう言うと、四季ちゃんは先輩の肩を抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。四季ちゃんは腕を先輩の背後に回してきつく、しかし温かく受け止めている。少し間があってから、音羽先輩が応じるように手を四季ちゃんの背筋に伸ばす。努力の結晶がにじみ出る掌を、優しく四季ちゃんの身体に添えてあげている。

 

「なっ……!」

「おいおい、お店の中でこんな……!」

「だ、大胆っす……!」

 

 こうもおおっぴらに、しかも堂々とさせたら口出しのしようがない。きな子たち三人はただただ、二人の愛の深さを見守るばかりだったっす。

 

「き、きな子は本当に勝てるんすかねぇ……」

 

 音羽先輩の心を掴んで見せるとは息巻いたものの、あまりにも相手は強大で。思わず、ポツリとつぶやいた。

 

 すると隣からも、なにやらポツポツと。

 

「音羽センパイとお近づきになるいい口実だと思いましたのに……また作戦を練らなくては……」

「四季には悪いけどよ、オトちゃん先輩は渡さないぜ……!」

 

 こんなところにも、恋のライバル発見……っす?

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