『……何、ここ』
かのんが瞬きをした、次の瞬間。そこはもう、演劇部の『
この『爆発の続く採石場』という合戦場のようなフィールド、またはこのような『武器を出せる空間』、そこを作ることを『製界』と言う。
音羽とかのんのふたりは、段々になっている採石場の壁の中腹に立っていた。下の平地の方では、大きく分けてふたつの勢力が戦っているようだった。
ワーキングウェアのようなワイシャツ、真っ白の学ラン。戦っている人達の服は、そのふたつに分かれていた。
『戦ってる……』
『どういう事なの、これ』
『……分からない。でも、とんでもない所に来たのは間違いない』
音羽でさえ知らない、奇妙な世界。そこでは高校生が武器を握り、互いの頸を狙い合っていた。
何を隠そう、ここは修羅の戦場。演者たちが精神世界を直結させて、鍔迫り合い、しのぎを削る。
そこでのダメージは幻となり、現実世界でも数時間か数日つきまとう、という、もはや臨死体験をもってした『
真面目に殺し合ってこその『ゲキバトル』。戦国時代にでもタイムスリップしない限り見られないような、殺気立った戦場に、かのんは足がすくむ。
『うわ!?』
『えっなになになに!?』
『あそこ、首が……』
『いやーっ!! 何も見てない!! 何も見てないから!!』
自分と同じ高校生が、相手の顔と身体をオサラバさせた場面を、東音羽は離れているとはいえ直接見てしまう。首を斬られた生徒は、10秒ほど経ってから、携帯の画面がフッと消えるように『製界』からフェードアウトする。
どこかで爆発が起こり、誰かが巨人を召喚する。武器を取り出しては壊され、人がバタバタと死んでいく。
音羽は、かのんより一足先に気づいていた。この世界は現実ではない。歯を痛いくらい食いしばっても、太ももの表面を潰れるほど握りしめても、痛みが鈍い。
おまけにあの死んだ人の消え方。あれは只事じゃあないことは確かだが、同時にこの世界が100%現実でないことも明らかにしている。100%異界だということにも確信は持てないが。
そう考えを巡らせている音羽の頬を、岩が掠める。ちょうど彼の顔くらいの岩だ。音羽は遅れてそれに気づき、かのんの背中を伏せるように促してしゃがむ。
だが直後、2m級の岩が、彼らの元に飛んでくる。まるで下から投げられたかのように。かのんは目撃していた。下の地面が大きくえぐれ、そこら中に石やら岩やら砂塵やらが飛び散っているのを。
そのクレーターの中心には、砂塵の中でも分かるくらいの『光』があった。
この世界で死ねば、どんな事が起こるか分からない。何故こんな状況に置かれているのかも分からず、かのんはその場で腰を抜かして動けなくなり、手を頭の上にやることしかできなかった。
音羽でさえも、その圧倒的な現実感に、死を予期した。その時。
『“二刀流・右肩ノ蝶”ッ!!』
『!!?』
頭上から、そんな声が聞こえた。数秒して、来るはずだった圧死級の衝撃が来ないことに気づいたかのんが見上げた景色は、空が広かった。
2人の前に立つは、ワイシャツにスラックスというシンプルな格好をした男だった。両手には1mはあろうかという刀。それも日本刀である。
なびくネクタイの色は黄色く、開演直後に見た男子生徒と同じものであることに、ふたりは気づくだろう。
『丸腰で何してるんです?』
その声にも、ふたりは覚えがあった。音羽以外に唯一知っている人間を見つけたかのんは、這いずるように彼に近づき、その足につかまる。
『あっ、あ、あの……私たち、ただ舞台を見てただけなのにっ……』
『……ほ? お客さん?』
彼はかのんの肩を持ち、支えながら起き上がらせる。そして岩肌の壁に寄りかからせ、『まあ、いきなり来たらこうもなるか』と困ったように笑う。
『たま〜に居るんだよな。感受性高すぎて、この『製界』に来ちゃうヤツ』
感受性。確かにかのんは音楽に限らず影響されやすい体質で、個人撮影でも自信が無くなり不安になってしまった時は、クラシックで心を落ち着かせたり、サンボマスターを流してテンションを上げたりする。
彼は音羽をちらりと見て、『あー……連れてくるって言ってた知り合いか』と独り合点して、かのんに向き直る。
『あなたも共感覚とか持ってたりして?』
『!』
『はは、まあ死んでも大丈夫。ここでのダメージのほとんどは現実世界にはほとんど持ち込まれない。せいぜい幻肢痛が関の山ですよ』
『まあまあ嫌な副作用……』
彼はしゃがんでかのんを励ます。日本刀を地面に突き立て、それに寄りかかるようにして話す彼は、すっかり日常茶飯事とばかりに刀が近くにあるようで。
後ろからの奇襲にも、居合のように刀を地面から抜いて応戦した。
『逃げるなァァァァ!!』
『おっとぉッ』
雄叫びと共に飛んでくるは、棍棒。彼が刀でそれを受け流すと、棍棒がバラバラと崩れる。
強い。彼の刀は無敵か? と、かのんは思ったが、そうでもないようだ。跳躍のみで、この採石場の壁の中腹まで登ってきた、メガネをかけた白ランは、その目に眩いほどの光が宿っていた。
音羽は納得した。先程の岩やクレーターの原因は彼だ、と。こんな光は他にはいない。
白ランの棍棒は三等分に崩れたかと思いきや、その切断面から鎖がジャラジャラと、まるで人の腹をかっさばいた時に出る腸のように飛び出る。
棍棒ではなく、三節棍。あまりメジャーではない武器だが、こうして奇襲を仕掛けるには適している。しかし流石は日本刀、三節棍の攻撃ラッシュにも、折れることなく臨戦。
日本刀を持った演者、
『せっかくの初『ゲキバトル』!思う存分、楽しんじゃってくださいな!』
地面を蹴って、花火はふたりから三節棍を持った演者、
『オレだけを見ろ!!』
『ははっ。今更ですけど光良さんって、俺の事好きすぎじゃないですか?』
『殺す』
『照れちゃってまあ……』
ふたりから離れた花火は、鍔迫り合いをしている方とは反対の手に持っていた刀を地面に刺し、指を鳴らす。
この世界において指を鳴らすというのは、自分のプレイリストを流すということである。こと、そういった『自分の気分をノせにいく』という虹ヶ咲学園演劇部のとる戦法において、その頻度は他の高校の比ではない。
彼を中心に流れ出したメロディは、特徴的なイントロから入り、ハイテンポな戦場をさらに加速させる。
かのんは思わず口をおさえて驚く。あれは私たちの披露した曲ッ。まさか、私たちのことを知っていながら、なんでもないように助けてくれたというのか。それか私のオーラが無いのか? いや……。
『……かっこいい』
そんな事がどうでも良くなるくらい、かのんは自分たちの曲に合わせて踊るように戦う花火に見蕩れていた。
蝶のように舞い、カマキリのように刈り取る。例えるならそんな戦い方だ。
『あの子、僕らより年下だよ』
『え!? そうなの!?』
音羽は頷いて『うん。僕の知り合い。今日見に来て欲しいって誘われた人』と言いながら、……の、はずなんだけど、とばかりに眉を下げて笑う。
『まさか、こんな事になるとは。あんな彼は初めて見た』
ふたりがゲキバトルの世界に入り込んでしまったこと自体は、感受性や共感覚によるものだが、音羽としては知り合いの殺し合いの現場を見てしまっているので、もはや笑うしかないといった感じである。
『すごいね、演劇部……』
『演者は、ああも苛烈な戦いを繰り広げていたんだね』
かのんはその美しくも残酷な戦いに身を投じる、自分と同じ高校生とは思えないたくましい姿に恍惚としながら、あまりの眩さに目を細める。
次に目を開けると、そこには舞台があり、暗い客席の中、カーテンコールをしている演者たちがいた。
「……あっ」
その中には、先程助けてくれた彼の姿もあった。彼は中心に立って「本日は!! 本当に!!! 本ッ当にィィィ────ッ!!!」と、伊波杏樹のような挨拶をしていた。
拍手をして彼らを見届け、しばらく放心状態になっているかのん。音羽はそっとしておこうとばかりにスマホを立ち上げ、何回かメッセージのやりとりをする。
が、彼はすぐにかのんの肩を叩くことになる。音羽はニヤリとしながら、舞台の方、いや、彼の意図からすれば舞台の裏の方か? そこに人差し指を向け「舞台裏、行けるみたい」と笑う。
「行く!! 絶対!!」
「さっきのチケットの所で入場証もらえるらしいよ、行こう」
「うんッ!」