別冊星達のミュージアム 第3号   作:苗根杏

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18作目は、苗根杏の作品です。
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演劇を見に行こう その③

 

「わあ……」

 

 楽屋に通じる廊下、つまり舞台裏のそのまた裏に入ったふたり。かのんはそこを見るなり、感動したように声を漏らす。

 

 全ての発表が終わった廊下には、目をギラつかせた演劇人たちが群雄割拠しており、まるでウチが一番だと言いたげに堂々と歩いている。審査は50分後。そこですべてが決まる、とのこと。

 

「こういう所、ちょいちょい来てるけど……今日は雰囲気が違う」

「なんか、スクールアイドル部として来る時とは変わって見えるよね」

 

 音羽とかのんは、並々ならぬ『演劇人のオーラ』を肌で感じていた。

 

 今回の『東京都高校演劇研究発表会』、多くの3年生の引退舞台でもあることから『春葬(しゅんそう)』と呼ばれるこの発表会に集まる演劇人は、みな一様にピリピリとまではいかないものの、なかなかの緊張感が張り詰めていた。

 

 虹ヶ咲学園演劇部の楽屋のドアを音羽が叩くと、そこから出てきたのは先程助けてくれた演者──花火ではなかった。

 

「何の用だ」

「ひっ」

「うわあっ」

 

 身長182cm。ほどよい筋肉と高めの身長、三白眼がぎろりと音羽を睨む。150cm台のふたりは、目が合ってしまったと、思わず驚いてしまう。

 

「人の顔を見たリアクションとしては失礼だな」

「ご……ごもっともでひゅ」

 

 かのんはすっかりヘタレモードになってしまい、スクールアイドルを始める前のように目を細めて縮こまってしまう。

 

 すると、楽屋の奥から「俺の招いた客です、バラダギ先輩」と、聞き覚えのあるクセの強めな声が聞こえてくる。

 

「……花火」

 

 バラダギ、というヘンテコなあだ名で呼ばれているらしい彼は、ドアに近づく花火を見るなり一歩後ろへ下がる。

 

 花火は、悪気は無いといった旨の説明をし、タオルで額を拭う。

 

「汗……すごいですね」

「はは、舞台上ってめちゃくちゃ暑いんですよ」

「ああ〜! 照明!」

「正解。臭かったらごめんなさいね」

 

 音羽とかのんを、楽屋の外、廊下へと促す花火からは、爽やかな制汗剤のにおいがした。

 

 花冷えのようで、夏への入り口でもあるような雰囲気を漂わせるアツい演者は、「すみませんね。さ、こちらへ」と案内をする。

 

 花火についていきながら、音羽は周りをきょろきょろと見回す。ドアを閉めていながらも、その中から聞こえてくるのは、ブツブツとお経のような反省会の声。

 

 そういった声は普通、青や紫といった寒色系が見えるものなのだが、この場所に溢れる色は、青春のギラギラとした白や水色、そして黒が混じったような赤。

 

 今の今まで、死に物狂いで戦っていた演者を見たばかりの音羽は、その色から血を想起し、鉄の匂いすらも感じられそうだった。

 

 言ってしまうと失礼にあたるかもしれないが、普段彼の見ているスクールアイドルのステージよりも、よっぽど観客も少ないような舞台で、何故こんなに殺気すら覚えるような音が聞こえるのだ。

 

 音羽は改めて実感した。演劇は客がいないと成り立たない、それは確かなことだが、彼らは他校の生徒、または自校の生徒、はたまた自分自身と戦っている。他の文化部よりも、命懸けで。

 

 ここはただの楽屋裏ではない。合戦場の跡地。数々のつわものどもが、その傷を抱えながら帰りゆく、ぺんぺん草1本生えていないような道なのだ。

 

 一方、かのんは花火の背中しか目に入っていなかった。

 

「あの、ファンです」

「え?」

「えっ」

 

 口をついて出てきた言葉に、かのん自身も驚いた。しかし、彼の『演劇人のオーラ』を、かのんは既に感じ取っていた。

 

 彼女の見た色は、奇しくも音羽と似ていた。油断すれば彼の姿が濁って見えなくなってしまうほど、濃い紅。

 

 照明の照らす中で、飛んだり跳ねたり。音楽に合わせて踊る時もあれば、一切動いてはいけない時もある。息を切らしてはいけない。セリフを飛ばしてはいけない。万が一飛んだ人がいたなら、ごく自然なアドリブを……。

 

 彼はそんな高等技術を、今までしていたとは思えないような涼しい顔をしている。が、彼を覆う『演劇人のオーラ』は、炎の色と血の色を攪拌したような色をしていた。

 

 まるで、自分の身体を炎の中に預け、焼け爛れた肌で舞台に立っていたかのようだ。血が吹き出そうとも、それを作品に注ぎ込み、完成させる。そんな魔物じみたイメージが、かのんの中には広がっていた。

 

 演劇人って、カッコイイ。

 

「初めて見たばっかりじゃない」

 

 音羽は冷静に言うも、花火はニコニコと嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「今日で……ファンになりました。サインください」

「……そうですか。ありがとうございます」

 

 花火は自販機で微糖コーヒーを買い、ひと口あおる。そして、ふたりをベンチに座るよう促してから、遠慮がちに口を開く。

 

「澁谷かのん、さん……ですよね」

「え!? 知ってくださってるんですか!?」

「知り合いにスクールアイドルがいるんです。そこづてに色々とスクールアイドルについては聞いてて」

「そ、そうなんですね」

 

 えへへ、と照れるかのんを横目に、花火は音羽の肩に腕を回し、ヒソヒソと話す。

 

「お前、かのんさんは聞いてねえぞ」

「え、言ってなかったっけ」

「言われてない! お前、スクールアイドルのサポーター始めたって言ってたけど『Liella!』かよッ」

「ありがと、知っててくれたんだ」

「ああ、お前もいるとは知らずにな」

 

 今は舞台に立った直後で、ドーパミンがドバドバ出ている状態の花火。演技をする要領で、爽やかな好青年を繕っているが、根はキモオタで陰キャ。

 

 他校のスクールアイドルのリーダー格、それも普段から見ているグループの方がいることに、花火は内心ものすごく焦っていた。友人の音羽がおらず2人きりだったなら、緊張で言葉を紡ぐことさえままならなかっただろう。

 

「あの……後で、トレーニングメニューとか、色々教えてください」

「はい?」

「鍛えたいんです。『ラブライブ!』に向けて」

 

 60分間、人を魅了し続け、気を散らせない。そんな演出や演技を、かのんは是非とも学びたいと思っていた。

 

 花火は内心、恐れ多すぎるだろ。相手は優勝校だぞ、年上でもあるし普段作業中に流してる曲を歌ってるような人だぞ。アホか。なんもないわ教えられること。と、ビクビクしていた。

 

 それっぽいことを言ってみるか。コツとか、中学演劇含めて4年近くやっててもまだイマイチ分からないし。花火はそんな考えを胸に、難を逃れるため、頭をフル回転させる。

 

「……俺はまだ高校演劇1年目だから、先輩の方が詳しいです。でも、ひとつ言えるのは、堂々とすることです」

「堂々と?」

 

 舞台の上で見る、自信がなさそうな人というのは、人一倍目立って見えるものだ。とにかく両の足に均等に体重をかけ、役に没入し、見かけだけでもしっかりしてみせる。

 

「舞台裏でもそう。不安そうな後輩には、しゃんと伸ばした背中を見せるんです。これからかのんさん達は3年生になって、もっと後輩が増えると思います。そんな後輩たちが安心して歌って踊れるようになるには、先輩がふてぶてしい程に動じない人であることが肝心なんですよ」

 

 花火は脳裏に、本番直前まで訳の分からない雑談をしている麻琴先輩と麗紅先輩を思い出しながら言う。

 

「自分も後輩と同様、自信が無くなる時だってあるでしょう。かの大女優、オードリー・ヘップバーンも『どんな人でも不安がきれいに消えるということはないと思うの。成功すればするほど、自信は揺らぐものだと思うことさえある』と言っていましたから」

 

 しずくから聞いた、受け売りの受け売りのようなセリフを言い、コーヒーを一気に飲み干して花火は笑う。

 

「とにかく、ドンと構えましょ。どんなに大きな舞台でも、そこを統べる王になるように……エゴを忘れちゃあいけません、舞台に立つ人なら。ここで一番だと言い聞かせましょう」

「ここで、一番。自信が大事ってことですね」

「虚勢でもいいです。それが本物の自信になることだってありますから」

 

 強豪校のスクールアイドルを前にしながら、まるでプロのように話している、今の花火のように。

 

 いくつかある予備の台本を取り出し、そこにサインをする花火は、手が震えそうなほど緊張していた。俺なんかのサインでいいのか。そんな言葉を何度も心の中で繰り返しつつ、ファンならば尚更しっかりしてないとダメだと自分を鼓舞する。

 

 直筆サイン入り台本を受け取ったかのんは、目を輝かせて「ありがとうございますッ!」と笑う。

 

「サインくらいスペシャルサンクスですよ、岸辺露伴じゃあないですケド……トレーニングメニューは、音羽越しにそのうち送ります。あ、そっちの演劇部には漏らすなよ? これ一応、ニジガクの強さの秘訣でもあるだから」

「ふふ、勿論だよ」

 

 そして花火は「そろそろ反省会始まるんで、これで」と言い、ひらひらと手を振りながら楽屋に戻っていく。

 

 その背中を見送り、ふたりはホールの客席に戻る。観客までもが、しっかりと講評まで聞けるのも、高校演劇の公演のほとんどに当てはまるいい所だ。

 

「……おとちゃん。ありがと」

「ん?」

「思ったよりもすっごい収穫ができた。推しもできちゃったし」

「ああ、そゆこと? ふふっ、よかった」

 

 音羽は伏し目で、公演プログラムを見ながら「最近のかのんちゃん、ちょっと悩んでそうだったから」と言う。

 

「え?」

「ラブライブ!に優勝できて、その次の目標に悩んでたって、1期生の皆からも聞いてた。多分、突然できた休息に困ってたんじゃない?」

 

 かのんはハッとした。そういえば、春休みのほとんどの期間、休んだ実感が無かった。手持ち無沙汰な感覚をかき消すために、カフェの手伝いも増やしてもらったり、いつもより自主トレを増やしたりしていた。

 

 今のかのんに必要なのは、休息とインプット。スクールアイドルという、限られた時間でしか輝くことができない特殊な性質のアイドルをやっている中、音羽としては、今しか出来ないことをしてもらいたかったのだ。

 

「私の事、なんでも分かるんだ」

「なんでもは分からないよ。分かることだけ」

 

 謙遜する音羽の肩に、かのんは頭を預ける。

 

「本当にありがとう。おとちゃんが一緒でよかったなって、今すっごく実感してる」

「ふふ……かのんちゃん達のためなら、何でもしたいから。また困ったら言ってね?」

 

 壮大な舞台を見た満足感と、改めて感じた絆に、ふたりは胸がいっぱいだった。

 

 また、こういう演劇を見たい。次はメンバー全員で、笑いながら、泣きながら。舞台の王のエゴに振り回されながら、感情のジェットコースターに乗ろう。参考にできるところはすべて目で盗もう。

 

 そんな思いをめぐらせるかのんの頭の中には、密かに次の目標が浮かんでいた。それは、誰も成し遂げたことのない、『ラブライブ!』二連覇だった。




星ミュ3号さん、完結です。また最後の方で会いましたね。苗根杏です。
ドタバタながらも、なんとか更新しきることができました。3号にして未だ類を見ない三次創作合同という企画、完遂できたのは皆様のおかげです。御協力、感謝いたします。
自分か龍也さんかのどちらかがハーメルン引退でもしない限り、この企画は続くと思います。次の号は、周年記念配信(スペースなり何なり)にて、また発表されると思います。その時はよろしくお願いします。
改めまして、今回の企画を完遂できましたこと、心より喜ばしく思っております。謝謝感謝小籠包。またお会いしましょう。
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