西暦2049年。
21世紀も半分を迎えようとしている、その年の4月。
自室の鏡に映る自分の姿は、紛れもないピカピカの高校一年生。紺色の上着、グレーのスカート。今どき珍しい、男女でデザインが分かれている制服だ。
現在、時間としては午前7時ちょうど。2時間半後に始まる入学式の準備としては、少し早すぎる気もするというのは、奏奈自身も気づいていた。
しかし、浮かれずにはいられない。両親の出身校であり、奏奈としても小学生の頃から憧れていた結ヶ丘に通えるのだ。
普段はしっかり者だが、彼女も数日前までは中学生。親に甘えたくなる時もあれば、こうして1人、制服を着てウキウキすることもある。
「律夢〜! まだ準備できてないの〜?」
部屋を出て、隣の部屋をノックする奏奈。奏奈の双子の弟、
「じ、準備はできてるけど……なんか緊張して……」
待つことが大嫌いな奏奈は、じれったくなって部屋のドアを開ける。そこには、ネクタイをあわあわとしながら結ぼうとする律夢がいた。
その手は震えていて、とてもネクタイなど結べるようには思えない。それ以外の装備は完璧だ。ズボンのチャックも開いていないし、当たり前といえば当たり前だが、制服にシワはひとつもない。
いや、正確には『完璧すぎる』というか、過剰だと言える。
「あんた、何それ」
ドアの枠に寄りかかった奏奈は、呆れたように律夢の顔を指さす。彼は普段していないような、不織布マスクに黒縁メガネといった、地味に見える装備を身につけていた。
地味を通り越して逆に目立つほどの地味さに、奏奈は「なんでそんなの着けてるのよ」と直球に聞いてしまう。すると、律夢はもじもじとしながら答える。
「顔……見られたくない」
「はあ〜〜〜!?」
またもや呆れた! と言わんばかりに彼女はため息まじりに叫ぶ。そしてどすどすと律夢の部屋に入って上がり、そのマスクとメガネを外して頬を掴む。
そこには、母親譲りのツリ目ながらも、優しさを含んだ瞳。スペインの血が隔世遺伝したのか、高い鼻。まつ毛も長いし、ウルフカットの似合う顔立ちだ。中性的なイケメンお姉さん、という風格である。
いっぽう、強気な性格とは裏腹に、父親似の可愛い寄りの顔である奏奈は、律夢やクラスの男子を叱ることがしばしばある際によく『威厳というか怖さがない』と言われてしまうようだ。ボリューミーなツインテールも相まって、80'sギャルゲーのヒロインのようである。
「あんたねえ! そのママにそっくりな母性ありながらもカッコイイ顔つき! 高校デビューのために利用しないのは嘘でしょ!」
「お姉、それ褒めてる……?」
「? 褒め以外の何物でもないわよ?」
あまりの勢いに、律夢は貶されているのか褒められているのか分からなくなっていた。
奏奈の言葉は本心からのものであり、自分の容姿含め、澁谷家の子供たるもの、せっかく優れた見た目で産んでもらったのだから、それはフル活用すべしだと思っている。これもこれでどうなんだ、と彼女らの母は常々言ってはいるが。
結局、律夢は逃げるようにマスクとメガネを取り返し、1階に降りる。奏奈は「やれやれね」と、洋画に出てきそうなお手上げという感じのポーズをし、追うように階段に向かう。
1階のリビングでは、彼女らの両親が少し早めの朝ご飯を食べていた。父、澁谷音羽。母、澁谷かのん。音羽の作ったパンやサラダと、かのんの作ったコーヒー。これが澁谷家の朝の味。
何故、今日は特に朝早くからの用事はないという2人が、少し早く起きてきたのか。それもそのはず、この2人も子供の入学式で浮かれているのである。
「おはよう。奏奈、律……えっ!? 何それ!?」
「ほら! やっぱり不自然じゃない!」
「おはよ〜……ええっ? な、えっ?」
椅子に座る2人は、猫背気味に、しかしこれでいいのだと圧を送る律夢に一瞬驚く。せっかく制服を褒める言葉をごまんと用意していた両親も、調子を狂わされてしまった。
奏奈は今までの15年間を思い返していた。律夢は思い込みが激しく、かつ内気。なので、自分の中でこうと決めたら、他人に言わずにすぐ行動してしまう。
それでいて思考回路が少し常人とは違うので、一見すれば奇行に走る陰キャに見えてしまう。が、奏奈は分かっていた。コイツはただ、頑固なところが少しあるだけの可愛い弟なのだ、と。
今まで何だかんだと彼の対人トラブルを未然に防いできた経験がそれを物語っている。ああだこうだと口を出してしまうが、最終的に『仕方ないなあ』と手助けをするのだ。
「マスク……ふふ、誰かさんとそっくり」
「ンッン、な、何のことかな。それより、その縁が太いメガネだって……」
「あー! あ、あーッ! コーヒーおかわりいるー!?」
奏奈と同じく、音羽とかのんもまた、十数年前のことを思い出していた。お互い、少しやさぐれていたような高校1年生の頃。
「……今となれば、いい思い出だけど……」
「それはそれとして、積極的に思い出したくはない」
「パパ? ママ? どうしたの?」
「ううん、何でもない。それより2人とも、すっごい似合ってるじゃん! 制服!」
かのんがあの頃の思い出をかき消すように、気丈に2人の格好を褒める。
「えへへ、でしょ〜」
「うん。流石、かのんちゃんの子供だ」
「他人事!? おとちゃんの子供でもあるよ!?」
少しだけ情報を処理するのにフリーズした音羽は、申し訳なさそうに笑う。
「あ、そっか」
「そっか、て……もうっ」
そろそろ結婚した、そして子供が生まれたという自覚というか、幸せというか、そういうのをゆっくり噛み締めてほしいものだが、とかのんは心の中で少しモヤモヤを抱える。
愛はこれでもかと与えられているし、子供たちにも与えている音羽。
しかし、普段は忙しすぎて、たまに子供を連れて遊びに行くことはあれど、ついぞ中学校の間は授業参観などの父兄参加系イベントには一度も参加しなかった。
おかげで伝説のスクールアイドルに名を連ねる『Liella!』のリーダーであった澁谷かのんが、積極的にそういう行事に参戦することとなった。今では変装のコツも掴み、外でバレることはほぼ無くなった。
「自分のやりたい事を見つけられるといいね。奏奈、律夢」
「うん! ま、私はダンス部で全国狙うことしか頭にないけどっ」
「僕は……まあ、合唱かな。あれだけ沢山いる中なら歌えそうだし……」
「理由が特殊かつ不純! ただ潔し! 何でもかんでもやってみればいいよっ」
そう笑いながら、自分の背を越した子供たちの頭を撫でる音羽が、何故いまいち幸せを受け取れていないのか。
かのんが言う『忙しさ』も原因だが、本人的には『こんなものを受け取ってもいいのか』という気持ちもあった。
「じゃ、10時くらいにまた行くよ」
「うん! 一緒に校門で写真ね!」
「校門で……はは、そっか。そういうイベントがあるんだ」
もうひとつ。音羽の両親、つまり奏奈と律夢にとって父方の祖父母が、一般家庭で経験するような親からの愛情を与え損ねていたからである。
祖父母は今でもたまに後悔する日があるというくらいに、音羽に対して構ってやれなかったとこぼしている。愛がなかったわけではない。育児放棄をしていたわけでもない。
ただ、構う態度が『東家の末裔として』だった。これが音羽の育児や、それに赴くためのメンタルにかなり影響していたのだ。
『え? ピアノ欲しいって言ってたよ?』
『シンセサイザーでよかったの!! なんでグランド買っちゃうの!? しかも無駄にクリスタル!!』
『無駄じゃないって! YOSHIKIモデルであると同時に、ピアノの
『はあ……価値観の違いってやつかな、これ……』
『まっ!? す、捨てないで!!』
『このくらいで捨てないよ!? 別に置く場所もあるし!』
『僕、かのんちゃんが居なくなったらどうすればいいか……!!』
『あ、そっち!? いやいやもっと捨てないよ!! どれだけ本気で惚れたと思ってるのッ!』
音羽に一般常識を教えるのにも、かのんは相当に苦労した。奏奈と律夢が小さい頃、音羽はようやく『僕の周りにいた子たちを参考にしてみるよ』と言い出し、前とさほど変わらない投資を子供たちにしていた。
かのんはその時、思い出した。ああ、この人の周りは恋ちゃんみたいな人ばかりだったのだと。
「パパ、ママ」
「ん?」
「行ってきます」
子供たちの声で、回想から意識を戻したかのんは、玄関に向かう2人に向かって手を振る。音羽もパンを飲み込み、「気をつけてね」と言う。
それから数秒して、かのんは画面投影型スマートウォッチの着信に出た。
「はい、澁谷です……ちぃちゃん? うん、今は大丈夫だけど…………えっ?」
☆
「ここが、結ヶ丘ッ!!」
「……僕たちの、始まりの場所」
十数年前に、父と母が飛び越えた、高校の正門前。そのラインに、澁谷家のふたりは立っていた。
「行こう」
「ええ。ここからよ」
手を繋いだ、東と澁谷の血を継ぐ双子。そのふたりの伝説が、今、結ヶ丘に刻まれる。
「ここから、私たちの青春が……!!」
「うんっ……ねえ、一緒に入ろ」
「ええ。私たちはいつでも一緒だったもの!」
家はもちろん、食べるものや見る景色、最近までは着る服の系統や風呂の時間さえも一緒だった澁谷姉弟。
立ち幅跳びのように、息ピッタリに勢いをつけて、ふたりはその足跡を刻む。
「ここでも……」
「部活は違えど!」
「クラスが違ったとしても!」
「ずっと、一緒よ!」
2時間後。
「ダンス部が無い〜〜〜〜〜ッ!!?!?」
入学式恒例の部活動勧誘ロードや、部活一覧が書いてある張り紙にも無かったダンス部。思わず職員室に直談判しに行った奏奈は、先生たちがいるにも関わらずそこで大声を上げる。
名探偵ピカチュウのようにシワシワになりながら出てきた奏奈は、数十秒そこでフリーズした後、横転して仰向けになる。
「やだやだやだやだーッ!! ダンスないのやだぁーッ!!!」
「お姉、ウィトルウィウス的人体図みたいな残像の出た駄々のこね方しないで。恥ずかしい」
その運動神経と筋肉から編み出される、手足が分身しているように見える駄々。それはまさに、レオナルド・ダ・ヴィンチがかつて描いた『人体の調和』であった。
奏奈を落ち着かせる律夢であったが、彼もまたどこか腑に落ちないような表情をしていた。
「何よ、さっきの5倍は暗い顔してるわね。嘘コクでもされた?」
「……合唱部……が……」
「おん?」
突然、がくっと四つん這いになって泣き出す律夢。奏奈は「どうしたの!?」と背中をさすりながら慰めるも、「どうして……どうしてッ……!」と容疑者Xの献身の石神のように泣くばかり。
しばらくそうしているうちに、律夢は口をぱくぱくとさせながらも、なんとか言葉をひねり出す。
「合唱部がッ……」
「合唱部が?」
「……無い……!!」
「はあ〜〜!?」
何を隠そう、この双子、入ろうとしていた部活が無かったところまで一緒だった。
合唱部らしき部活は無くはなかったのだが、どうもプレーンでシンプルな合唱部が無かったらしい。
ダンス部と同じ部員不足という理由で、合唱部は潰れたという話を、律夢は奏奈よりも先に職員室で聞いていた。なので律夢は、姉よりも先に職員室の入口に立っていたのだ。絶望に打ちひしがれ、目に涙をためながら。
メガネにマスクという、目立たないための細工のため、逆に目立って先生を待ち伏せする不審者のようになっていたのだが、それはまた別の話。
「じ、じゃあアンタどうすんのよ」
「……分からない。帰宅部かも」
「1年生は強制的に全員何かの部活に入部しなくっちゃあいけないんでしょう? ホームルーム聞いてた?」
帰宅部という部は無く、部活動に所属していない者に対する蔑称的な意味で使われている概念的言葉だという価値観は、音羽やかのんの時代から変わらないようだ。
「……中途半端な気持ちでやるより良かったじゃない。あたしはもう身が裂かれるような思いよ」
「ぼ、僕だって歌そのものには本気だよ! それこそ、お姉のダンスくらいには……てか、お姉こそ、どうするの」
「ん"……た、確かに」
自分を顧みずに慰めていた奏奈は、思わぬところで核心をつかれ、弟同様、地面に手と膝をつけて落ち込んでしまう。
「大丈夫?」
そんな絶望姉弟を見かねたのか、声をかけたのは、アルトくらいの音域を持つ男子生徒だった。
「んぁ〜〜?」
「はぁい……?」
「大丈夫ではなさそうだねぃ……」
腑抜けた返事をするふたりに対し、その生徒は制服のポケットから飴を差し出す。
「はい、あげる」
ふたりは「ありがとう」「た、助かるわ」と言いながら素直にそれを受け取る。
飴を舐めるためにマスクをずらした律夢に、「あら! いい顔してる♡」と言う彼の挙動には、この場に音羽やかのんたちがいればピンと来る人も何人かいただろう。
「あなたは?」
名前を聞かれた彼は、自分の名前を気に入っているようだ、自慢げに答える。
「
「地味……あ、僕!?」
ひどく驚く律夢に、絶佳は手を挙げてやれやれと、洋画のように呆れてみせる。
「キミ以外に誰がいるの。結ヶ丘イチ地味だって話題だよ? ま、私は結ヶ丘イチ可愛いけどさ」
「よしっ、目立ってないぞ……!」
ガッツポーズをする弟を見て、奏奈はすぐに違和感を指摘する。
「あんた、話題になってるのに目立ってないは無理があるわよ」
「ん? ……あっ」
「バカね」
「抜けてるところがあるみたいなの、昔から。ごめんね」
「うぐぅっ! め、目立ってる上にバカにされてる……喜びがない……!」
「幸せ近いみたいな表現やめなさいよ」
その双子は、絶佳に自己紹介をする間もなく、一人は再び失意の中に戻ってしまい、もう一人は決して変な奴ではないと弁解する。
律夢なりの完全装備で落ち込んでいる姿は、どこからどう見ても変だが。
「もう僕の高校生活は終わりだ……僕はフリー歌い手としてYouTubeで活動し、やがて覆面歌い手として檻に閉じ込められて歌番組に出るんだ……」
「なんでその感じの口調と論法でスーパーポジティブなのよ」
「歌にだけは自信あるみたいだねえ」
「うっせえわ……ギラギラ……」
「ふるっ!? それ親世代の曲よね……!?」
今でも現役の、歌い手上がりのシンガーの名前を出しつつ、律夢は豊富な音楽知識──ほんの少しサブカル寄り、かつこの時代から見ればまあまあ古風ではあるが──を口からペラペラと吐き出す。
「Adoさん、まだ顔見せてないんだっけ? ClariSさんより長いこと隠してるよね」
「だからなんでそんなに昔の人ばっか出すのよ、あんたは! このパンパカパン!」
「パンパカパンは言い過ぎでしょ!?」
「言い過ぎとかじゃない、意味が分からないから」
音楽知識をひけらかすほどの余裕はあるが、念の為と、奏奈と絶佳に肩を貸してもらいながら、律夢はようやく立ち上がる。
「で、どうしてこんな事になってるわけ?」
「あたしが入りたいダンス部と、コイツの入りたい合唱部が無いんですって! 信じられない!」
「うう……」
「あー、目当ての部活が潰れてたのね。そりゃあショックだ、松風天馬って感じ?」
「もうっ……どーなってんのよ。音楽に特化した学校なんでしょう?」
絶佳は、本当は自分もその一人だということを隠し、双子の愚痴に付き合う。
「吹奏楽みたいなのは盛んらしいけど、最近はAIボーカルや人工音声が幅をきかせてるからね。時代柄かねえ……あ、ボーカロイド部ならあるよ?」
「やだ。自分の声で歌いたい」
「キミ、カラオケ行ってもAI補正つけない派でしょ」
「そうそう! コイツ、とことん古風なのよ。まあつけなくても上手いからいいんだけど……」
近年の生声音楽の衰退を憂う世間話をしていると、律夢はふと足を止める。同時に、肩を貸していた奏奈と絶佳は足をひっかけられたように転びそうになる。
奏奈は「なっ、何よ! 急に止まったりなんかしてッ!」と怒るも、そんな声は律夢には聞こえていないようだった。「なんだ……シンプルなことだったんだ……」とつぶやく律夢。
「なに? まさか来世は部活があると信じて、4月のハナからワンチャン退学?」と絶佳はからかうが、律夢の目は先程とは違い、生気に満ち溢れていた。
「お姉、これ」
そう言う律夢の視線は、ある1点に集中していた。玄関や下駄箱と、職員室を繋ぐ通路にある、何個も並んだトロフィー。
そこには、歴代の結ヶ丘生徒の輝かしい戦績が残っていた。2025年、全国合唱コンクール金賞。2032年、全国ダンス部大会優勝。そして、ひときわ目立つ、同じ部のトロフィーの列。
「スクールアイドル部……」
「ん? あー……パパやママのやってた部?」
「すごいわよね、この連覇の記録……」
ラブライブ史上、唯一無二となった記録が、そこにはあった。浦の星時代と静真時代のAqoursを合算した連覇記録と、その数は全く同じ。
「私も昔は憧れたモンだわ。顔の良さだけじゃダメだって気づいたのは、割と最近だけど」
「いいじゃない。あたしと一緒に鍛える? ま、あたしはアイドルってガラじゃあないけど……律夢? どうしたの?」
「動かないね。何かブツブツ言ってるし」
そのトロフィーを見た律夢は、遠い日の思い出を頭に浮かべていた。
かつて父に見せてもらった、高校の頃の母たちがライブをしている映像。確か、最初は2人きりだったのが、3人、4人と増えていき……5人の時にはラブライブにも出ていた。
かのサニパに勝てさえしなかったものの、その5人の輝きは凄まじく、とうとう11人という大所帯になっても、そのキラキラとドキドキは増すばかりで。
まるで、星だった。
「…………お姉……歌って踊れば、いいんだよね……?」
「えっ……もしかしてッ!?」
小さく、しかし力強くつぶやいた律夢を見て、奏奈は手をギャラクシーの形にして、古風な驚き方をする。
「部活、見つかった」
「ええええええッ!!?」
「お、よかったじゃん。でも、今じゃあスクールアイドル部も無いみたいだけど?」
「作る」
「はあっ!? あ、あんた、合唱部作った方が早いわよ!?」
確かに、一から部を作るなら自分の適正に合った部を作った方がいいという奏奈の意見は、理にかなっている。
「ママたちも部員集めには苦労したって聞いたわよ!? あの時代は比較的スクールアイドルに理解があったにも関わらずッ!」
「だって、僕たちは2人で最強でしょ?」
「……そうだけどッ! 私にアイドルなんて……」
しかし、律夢の瞳は、真っ直ぐに2023年度、Liella!が初優勝を飾った時のトロフィーを見ていた。
そして今、この結ヶ丘という場所で、その伝説の第一人者が律夢の背中に手を添える。
「懐かしいね。スクールアイドル」
「母さん」
「ママ!」
奏奈はかのんを見るなり、泣きつくように律夢を指さしながら抗議する。
「聞いて! 律夢ったら、スクールアイドルやりたいって……」
だが、その声を遮ったのは律夢だった。
「分かってるんでしょ? お姉」
「へ……?」
普段、姉に言いたい放題言われてばかりで、基本的に姉の背中を見ながら育ち、彼なりに姉を慕って育ってきた律夢。そんな彼が、奏奈に珍しく意見をした。
「昔の夢、なんだっけ?」
思わず奏奈も面食らってしまったが、同時に奏奈も思い出した。
昔はよく律夢を観客役に、マイクに見立てたお菓子の筒を持って『ママの真似ー!』とライブごっこをしていたっけな、と、心の中で独りごちる奏奈は、自然と母の手を握っていた。
かのんは「アイドル……憧れてたでしょ」と言う。奏奈は何故か流れてくる涙に、自分で驚きながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私、ママに憧れてた。アイドルになりたかった……でも……ッ」
「生きとし生けるもの、誰でもスクールアイドルなんだよ」
ハッとした奏奈と律夢は、母の顔を同時に見る。
ふたりは思い出した。かつて、その言葉を聞いた10年前。秋葉原で行われた、かの伝説のライブの映像を見ながら、母は言った。
「みんなが……スクールアイドルだよ。『SUNNY DAY SONG』の、あの日から」
奏奈は、男勝りで筋肉も目立つこの見た目では、アイドルなど無理だと周りから散々言われていた。
たとえ髪を伸ばそうと、制服の種類が自由なこの高校でスカートを履こうとも、その恵まれた大腿筋やヒラメ筋は主張が激しい。
だが、それは奏奈がかつてスクールアイドルに憧れて鍛えたダンスの産んだ筋肉。今はダンスを心から楽しみつつも、未練を消しきれていない彼女の全身の筋肉は、もはや『アイドル筋』であった。
律夢の喉も『アイドル喉』。少しカラオケをすれば枯れるほど弱かったものを、声の出し方やボリュームなど、小さなところから改善することで治し、歌自体もメキメキ上達していった。
ふたりの特技である『ダンス』と『歌』。そのどちらもが、かつて母たちスクールアイドルに憧れたものであったことを、ふたりは完全に思い出した。
「色々言われたよね」
「うん。ムキムキすぎるだとか、内気すぎるだとか」
「でも、今は……違う。そんなことは一切合切、受け付けない!!」
かつてのスクールアイドルを前にして、双子は手を繋ぐ。律夢の手だけは、少し震えていたが。
「怖い?」
こればかりは仕方ない、と言う律夢の目には、自分自身に対する哀れみというか、諦めのようなものがあった。
「ソロに近い状況で、人前で歌うのは苦手だ」
「……大丈夫」
奏奈は繋いでいた手を引き寄せ、愛しい弟を抱きしめる。
「ふたりなら?」
「!! ……最強!」
「大好きなダンスをやるには……ここで……」
「僕には歌しかない。ここがチャンスなんだ」
言い聞かせるように、ふたりは次々と心中に湧いてくる不安を、前向きな言葉で潰していく。
怖くないわけがない。しかし、自分の高校時代を捧げる場所が、いま決まろうとしている。そんな時に、足が震えていてたまるものか。昔のように、決して簡単に諦めてやるものか。
かのんは、ふたりがようやく自分の夢に素直になれたと、ほっと一息つく。
そして、またひとり。夢の芽生えを迎えた若者を見つめる。
「私だって……」
拳を握りしめた絶佳を見て、かのんが微笑む。
「私だって、どんなスクールアイドルより可愛いッ!!」
「……じゃあ、証明する? ステージで!」
静かに頷いた絶佳は、実はこの中で誰よりもスクールアイドル部の復活を望んでいた。
この父親譲りの美貌をたずさえ、スクールアイドルたちに殴り込みをかける予定だったのだが、いざ部活一覧を見てみれば、なんと部は6年前に潰れていた。
「仲間割れだか何だか知らないけど……私が入る前に潰れやがって、スクールアイドル部! 今一度、棺桶から叩き起してやろうじゃあないかッ」
彼もまた、スクールアイドルに焦がれた一人。その昔は、とあるグループの『小悪魔系スクールアイドル』に憧れていた。お台場のある方角を望み、彼は手を伸ばした。
吹っ切れたような絶佳と肩を組む奏奈は、鼻をこすって笑う。
「いいじゃない! これもまた何かの縁!」
「ビジュアル担当、ってところかね」
「3人……いいね、A‐RISEと同じ人数だ」
「だから古ッ!?」
目標を見据えた3人は、改めてお互いの顔を見合う。
「自己紹介が遅れたわね。あたしは!」
と、手を挙げた奏奈は、勢い余って後ろによろける。「おっと」、と絶佳が彼女の背中を支える。その先には、通りすがりの男子生徒がいた。
「あぶね〜」
他人事のように言う彼は、その場に集まるかのんを含めた4人を見て、後頭部を掻く。変な現場に遭遇してしまった、とばかりに。
「何これ。決起会?」
「ま、そんなとこかな」
「廊下で……?」
一瞬、場が静まり返る。全員、頭に何かアツいものがこみ上げていたのが、スっと冷めていくのが分かる。沈黙を破ったのは、絶佳の「……確かに」という一言だった。
職員室前なのであまり人は来ないが、誰が来てもおかしくない場所で、スクールアイドル部の再興を誓っていた。
言ってしまえば、この場の誰もが、王政復古の大号令ばりの雄叫びを上げていた。
スクールアイドル部の部員(仮)の3人はほぼ同時に、かのんにお礼を言ってからそそくさとその場を離れる。
「また後でねーっ」
「うん、母さん!」
「ありがとー!」
「ありがとうございましたーッ!」
全員の顔がほんのり赤くなっているのを、誰よりも客観視していたその男子生徒は、どちらかといえば低めの身長──奏奈・律夢・絶佳、ともに160cm台である──の3人を見下ろして言う。
「セーシュンってやつだな」
「ほっときなさい!!」
ニヤついた顔にムカッとした奏奈は、そいつの事をよく見てみる。紫がかった髪の毛を、散髪をサボっているのがよく見れば分かるくらいに伸ばしている。
イヤホンをつけており、その先を辿ってみると、なんとポータブルCDプレイヤーではないか。奏奈や律夢のいる時代となっては、2025年現在におけるレコードプレイヤーのようなもの。まさに化石である。
シャカシャカと漏れ出るは、オアシスの『ワンダー・ウォール』。これまた大昔の曲である。
奏奈はコイツも古風な音楽好きか、と弟の趣味を思い出しつつも、胸元の造花に気がつく。
「あんたも1年?」
「あんたって……まあな」
同じ新入生同士なら、自己紹介が礼儀。と、男子生徒は学生証を名刺のように奏奈へと渡す。
絶佳と律夢も覗き込み、彼の名前を見ると、カタカナが入っていた。時代が経てど、未だにこういった名前は少しばかり珍しいものだから、3人は顔を見合わせる。
「こう……せい? で、合ってるかい」
「合ってる。光聖だ」
絶佳にそう答え、光聖は自分のことを親指でさす。
「俺は
堂々とした自己紹介に、律夢はちょっとした人見知りを発動してしまうが、奏奈にドンと押し出される。「何すんの!」と囁き声ながらも反抗する律夢に、「未来のスクールアイドルがここで怖気付くの?」と奏奈は焚きつける。
あっという間にぐうの音も出なくなった律夢の肩に腕を乗せ、奏奈も自己紹介をする。
「澁谷奏奈! よろしくねっ」
「えっと……あ、し、澁谷律夢です……」
「西園寺絶佳。結ヶ丘イチ可愛い」
続けて律夢、絶佳も名乗る。片方は光聖の目つきの悪さにビクつきながら。片方は世界の真理を述べるように、当たり前のような顔をしながら。
「ん。シクヨロ」
入学早々、変なのに絡んでしまったな。と、根が真面目ながら面倒臭がりな光聖はため息をついた。