最初は些細な興味からだった。
「仮面ライダー……?」
たまたま大雨で休日の練習が休みになり、学校の課題も残っておらず、特に頭を悩ませるような問題もやるべき家事すらもなく、珍しく『暇』と言って差し支えない時間ができた。そこでなんとなくテレビを付け、偶然そのチャンネルでやっていたのが、そうだった。
昔の番組の再放送。特撮ドラマ『仮面ライダーW』の第1話。
葉月恋は、仮面ライダーに初めて触れたのだった。
条件も良かった。まず『W』はヒーロー物の入り口として非常に分かりやすいテーマ、作劇と、2話完結という見やすさ。そして一挙放送だったため、情熱は冷めるよりも早く加速していくことになり、放送分が終わっても月額1000円弱で特撮ヒーロー作品が見放題のサブスクが存在。
「フィリップさん……! よかったです……これで探偵コンビ復活ですね……!」
あっという間に彼女は『W』を完走。だが、影響されやすい彼女はそこで止まらず……
葉月恋は、密かに仮面ライダーにハマった。
これは『Liella!』に4人の新入生が加わり、二度目の『ラブライブ!』に向けて動き出した矢先に起きた、葉月恋ゲーム中毒騒動の、それから少しだけ後のお話。
「また呼ばれたかと思えば……」
「うわぁ……ナニコレ」
「壮観デス……」
すみれと音羽、可可が絶句する。恋の家に呼ばれて身構えていたら、そこにあったのは大量の仮面ライダーなりきり玩具。いわゆる『DX変身ベルト』だった。
仔細は聞くまでも無い。前回のゲーム同様、恋の父が送って来たのだろう。これまで娘に苦労をさせた反動か、恋の父は少し甘やかしが過ぎる金持ちの子煩悩になっていた。
「
「まぁ男子に聞くってのは、当然の発想ね」
「え、僕? ごめん、昔ヒーローものはそんなにしっかり見てなくて……あ、でも前にもウルトラマンで同じようなことあったから、最近ちょっとずつ調べてるよ!」
「そうですか……いえ、お気になさらず……」
「あちゃあ。早かったね、企画倒れ」
かのんはそう落ち着いた口調を留めながらも、心の中では若干引いていた。流石は純真無垢のお嬢様、その吸収力やスポンジの如し。相変わらず極端である。
1年生は学年全体の補講があって後で合流の予定だし、これだけの用意を前に解散というのもなぁ……とかのんは思っていたのだが、そんな事で悩んでいたのは彼女だけだった。
音羽はあぁ言いつつも大量の玩具を前にワクワクが溢れ出ており、千砂都や可可はともかく、すみれも仮面ライダー玩具をじっと見つめていた。
「うわ~懐かしいなぁ。話まで覚えてないけど、カッコよかったのは覚えてるよ。あ、そう、これこれ! このメダルの仮面ライダー! えっと……」
「確か……オーズさんですね! タカとトラとバッタの力で戦うらしいです!」
「うんうん、思い出したよタトバだ! あとなんだっけ……他にも色々あったような……あ、そうだライオンもあった。クワガタ! 四季ちゃんが好きそうだね」
オーズの『オーメダル』を手に取りながら目を輝かせる音羽の姿は、かのんには新鮮に映った。普段女子に囲まれているせいか、音羽がいかにも男子っぽい話題で楽しげにしているのは意外と珍しいのだ。
「あ、そっか。私はプリキュア派だったけど、ちぃちゃんは仮面ライダー見てたよね?」
「そう、何を隠そう私は戦隊まで全部見てたよ! 仮面ライダーといえば……やっぱりこれ、『電王』でしょ!」
『仮面ライダー電王』。2007年に放送された、列車で時を超える超大人気作品。千砂都はデンオウベルトを細い腰に巻き、どこからか取り出した帽子を被った。
「お前、倒すけどいいよね? 答えは聞いてない! YO!」
「たしかリュウタロスさんですね! とてもよく似合ってます!」
「あー電王! 確か桃太郎と、浦島太郎とかいるのだよね! 昔映画やってた!」
「いやぁでも凄いんだよね電王のダンスって。あれ俳優さん本人が踊ってたらしいよ。と、いうわけで私としては電王がオススメかな恋ちゃん! いやダンスといえば鎧武も捨て難いんだけどね~」
いーじゃん、すげーじゃんと踊り出した千砂都と、大盛り上がりの音羽&恋。
「珍しく静かデスね、すみれ。普段みたいに『こんな子供っぽい遊び、ショウビジネス的にアリエナイ~』とか言わないのデスカ?」
「そうそう。すみれちゃんも興味ありそうだけど、なんだか意外だなーって」
「私を何だと思ってるのよ。あのねぇ……仮面ライダーといえば芸能界の登竜門よ!? 『電王』もそうだけど、あの俳優もこの女優も、仮面ライダーからデビューしてスターになったんだから!」
「確かに……ドラマでよく見る俳優さん、仮面ライダーやってた人多いかも! てことは、すみれちゃんも仮面ライダー出たことあるの!?」
「……落ちたわよ」
「そんなことだろうと思ったデス。まぁすみれには仮面ライダー出演なんて大役、荷が重すぎマスし」
「あんたに仮面ライダーの何が分かるのよ。日本に来たの最近でしょ?」
「甘いデスね……とうッ!!」
時は満ちたと言わんばかりに、可可はニヤリと笑みを浮かべると剣が刺さったベルトと赤い箱のようなもの───『聖剣ソードライバー』と『ワンダーライドブック』を手に取った。
「仮面ライダーは中国でも大人気デス! 特に、假面骑士圣刃……『仮面ライダーセイバー』は凄まじい人気を誇ってマス! 約束超人、小説家の神山飛羽真サンが炎の聖剣に選ばれた剣士となり、新たな世界の物語を綴るファンタジーな仮面ライダー……! ククのオススメは断然『セイバー』デスよレンレン!」
「小説家の仮面ライダーさんですか……素敵です!」
「約束超人……ってなに?」
仮面ライダーに詳しかったが、すみれから一本取るためだけにわざわざ沈黙していた可可。物凄く得意げな顔で『火炎剣烈火』を振りかざす。音羽も困惑しながら、可可から剣を貸してもらうと、その視線は妙な引力に捉われた。
「なんだろう……この剣、なんだかすごく親近感があるというか……何か僕との無視できない強い繋がりを感じるような……」
「音羽までワケわかんないこと言ってどうすんのよ」
「その本をベルトに刺して、ベルトから剣を引き抜くと変身できるのデスよ」
「え、これ本? 本なの!?」
《かつて、全てを滅ぼすほどの偉大な力を手にした神獣がいた……》
「あ、開いたし喋った。本当に本なんだ……」
本は喋るのかという話は置いておいて、置いてかれている雰囲気なのが少し気に入らなかったのか、すみれも動いた。
「それにしても、オモチャにしてはよくできてるわよね。指輪に」
「ウィザードリングだね」
「携帯電話」
「それ僕知ってるよ。ファイズフォン!」
「……これは何?」
「眼魂デス」
「マルだよね。いいよね」
かのんは一人「みんな詳しいなぁ」と疎外感。
変身アイテムを一通り触り、途中で『プログライズキー』に再び小首を傾げながら、すみれの視線は『カブトゼクター』で止まった。
「そうね、仮面ライダーだと『カブト』は好きよ」
仮面ライダーカブト。2006年に放送された、異次元の速度に超加速して戦う仮面ライダーだ。
「グソクムシだからデスか?」
「グソクムシ言うな。そうじゃなくて! 主人公が人として好感が持てるって話。自分が世界の中心にいると豪語する太陽みたいな完璧超人、確か名前は……」
「天道総司だよ! 『天の道を行き、全てを司る男』……!」
「そうそう、千砂都。それ。カッコいいし、嫌でも記憶に残るわよね~今思うと、昔はちょっと憧れあったかも、なんて」
「僕が知ってるのは『おばあちゃんが言っていた……』くらいだけど。料理が得意で、他にも何でもできてキラキラしてるって、なんだかすみれちゃんに似てるね!」
「……そ、そう? まぁ私も? いずれ天のランウェイを征く女ってことね!」
「音羽に褒められるとすーぐ調子乗るんデスから。豆腐持って出直せデス」
「あんたこそカブト見て料理覚えて出直しなさいよ……!」
可可とすみれがバチバチに睨み合う横で、かのんが焦っていた。まだ自分だけ何も喋れていない。仮面ライダーを全く見てないことは無いのだが、語れるほど知識や思い入れは無い。しかしこのまま黙っているのは何か寂しい。
「かのんさんは、オススメだったりお好きな仮面ライダーは無いのですか?」
「っ!? え、えーっとね……ちょっと待ってね! そ、そうだな~えっと……」
遂に恋に話題を振られて万事休す。助けを求めるように視線をウロウロとさせていると、かのんは見つけた。おぼろげだが存在する、仮面ライダーの記憶がそのベルトで蘇った。
「あ、そうだ。キバ! キバは知ってる!」
仮面ライダーキバ。2008年に放送された、吸血種族『ファンガイア』と人間のハーフの少年が変身する、コウモリの仮面ライダー。
「キバか~確かにかのんちゃんっぽいかも。何ってやっぱり『音楽』のお話だもんね!」
「そう、そうなんだよちぃちゃん! バイオリン職人の男の子が主人公だったよね? 名前はなんだっけ……」
スマホで検索すると『紅渡』の名前がヒット。何やら『この世アレルギー』らしく、マスクを着けた画像が見つかったが、それを見ているとかのんは『ある事』に気付いた。
「……恋ちゃん、ストールとマスクある? あとジャケット。ちょっと持ってこれない?」
「構いませんが……?」
恋が持って来た服を受け取ると、かのんと意図を察した千砂都は、抵抗される前に手早くそれらを音羽に着せた。そして、戸惑って声も出ないまま衣装チェンジした音羽を見て、一言。
「「似てる……!」」
「ちょっと見せて……わ、本当に似てるわね」
「なんというか、雰囲気がそっくりデス」
「これは……驚きました……! そのようなことがあるのですね……!」
「え、なに……? どういうこと……!?」
音羽はすみれを天道総司と近いと評したが、音羽と紅渡もかなり近いと、音羽以外は確信した。去年の音羽がマスクを常用していたのもあるし、性格がどちらも気弱気味なのもあるし、比べればそりゃ違うのだが奇跡的に『似合って』いたのだ。
そのまま『キバットベルト』を音羽の腰に巻かせ、『キバットバットⅢ世』も持たせる。
「僕、キバはあんまり知らないんだけど……」
「いいからいいから。おとくん、まずそのコウモリに手を噛ませて」
「噛ませる? え、えっと……こう?」
《ガブッ!》
「そうデス! で、そのまま逆さにして、ベルトにセットしちゃってクダサイ!」
「キバットを前に出して、変身ってちゃんと言ってね!」
「へ、変身!」
言われるがままにキバットをベルトにセットし、変身音が光と共に鳴り響く。そして今日一番の大盛況。
「恋ちゃん! バイオリン! バイオリン持ってきて!」
「弾けないよかのんちゃん!?」
「ククがイクサやるのでキバごっこしまショウ! すみれはファンガイアやってクダサイ」
「なんで私が怪人役なのよ。おかしいったらおかしいでしょ!」
男子高生が女子高生に囲まれて10年以上前の番組のごっこ遊びをするという、何とも言い難い時間がしばらく流れた。千砂都が紅音也をやりだして恋とかのんを口説き始めたりとそれなりに混沌めいてきた辺りで、恋が呟く。
「しかし……困りました。電王さんにセイバーさん、カブトさんにキバさん……どれも話を聞く限り大変魅力的で、どれから見ればいいのか迷ってしまいます。音羽くんはどれがいいと思いますか?」
「うーん、そうだね……電王をちゃんと見てみたい気もするし」
「おぉっと?」
「最近の仮面ライダーらしいし、セイバーも気になる」
「そうデスそうデス!」
「カブトも面白そう」
「わかってるじゃない」
「でもやっぱりキバも……」
「だよね! ねっ!」
「……だめだ、決められない。みんなのオススメは全部見てみたくなっちゃうよ」
全員、新喜劇のごとくずっこけ。まぁこうなるとは思っていた。友達の気持ちは全部大切にしたいし、そういう時に自分を前に出せないのが音羽だ。
「ま、ゆっくり決めればいいよ。まだまだ遊んでないベルトたくさんあるし!」
「きなきな達の意見も聞きマショウ!」
「こーいう所、ほんと音羽って感じよね」
「わかる。おとちゃん、そういうとこ」
「えぇっ……ご、ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「すいませーん! おじゃましますっす~!」
噂をすれば何とやら。1年生たちが来たようで、せっかくだし紅渡コーデにイメチェンした音羽を見せようということで全員で迎えに行くことにした。
まさかこの歳になって仮面ライダーの玩具でこんなに楽しめる日が来るとは、音羽も思ってはいなかった。友達がいる日々は、本当に何が起こるか分からなくて、たまらなく楽しい。音羽は自然と微笑み、改めてそう思った。
皆が先に行ってしまったが、流石にベルトは置いて行こうとしたその時、音羽の目がある違和感で止まった。それはベルトが並んだ机に置いてあった、奇妙な『箱』。
「あれ? こんな箱、さっきまで無かったような……」
音羽は箱の蓋をスライドさせるようにして開ける。
その中にあったのは、モノクロのベルトと、マークが入った円柱状の『IDコア』───
【DGPルール】
ドライバーとIDコアが届いたら、
それは仮面ライダーへの片道切符。
もう 後戻りはできない。
一方その頃、ウィーン・マルガレーテは。
「レックスにメガロドン!? 最強生物のスタンプ……!? 『仮面ライダーリバイス』、なかなかいいセンスしてるわね……」
おもちゃ売り場で見つけたバイスタンプに興味津々だった。