別冊星達のミュージアム 第3号   作:苗根杏

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4作目は、シトネさんの作品です。
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楽しい時間を、これからも。

 

 

 窓の外を見れば、桜の蕾が今にも開き出そうとしている。枝の先に雀が立ち止まり、ちゅんちゅんと囀る。絵に描いたような穏やかな春の日だった。

 

「はぁ…………」

 

 しかし目の前に広がる景色に関しては、穏やかとは口が裂けても言えない有様だった。

 無数に積み上がる紙の山は、どれだけ経っても小さくなっている気がしない。既に終わらせた仕事と、これからやらなければならない仕事の量を見比べて、東音羽はおもわずため息をついた。

  

「すみません。休日なのに手伝わせてしまって……」

 

 音羽の対面に座る葉月恋の顔にも、かなりの疲れが見える。

 

「気にしないで。僕が手伝いたくてやってるんだから」

「ありがとうございます。おかげでかなりの量を終わらせることが出来ました」

 

 目前に迫った結ヶ丘への二期生の入学。半年前には廃校の危機が迫っていたが、無事に入学式を迎えらることを知ったときは音羽だけでなく、Liella!の全員が安堵した。

 目の前に広がるのは、その入学式へ向けた準備のための書類である。入学に必要な公的な書類は理事長や教師たちが制作しているが、それ以外は生徒たちに任されている。例えば各委員会の説明や勧誘、部活動、サークル……。そういったものを管理するのが、生徒会の仕事であるのだ。

 待ちに待った新入生の為の仕事であるためか張り切っていた恋は、もともと生真面目な性格であったことも合わさってひとつひとつに目を通していった。しかし当然ながらその終わりの見えないタスクをこなしきることは叶わず、家にまで仕事を持ち帰っていた恋を見かねた音羽が、彼女の家を訪れて手伝っているのだ。

 

「もう春休みなのにこんなにお仕事をして、やっぱり恋ちゃんは凄いね」

「少しでも結ヶ丘を良い学校に──母に誇れるようにしたいですから」

 

 そこまでの無理をしてまで恋が頑張るのは、偏にその想いからだった。結ヶ丘に廃校の危機が迫っていた時も、恋はそれを自分が何とかしなければと抱え込もうとしていた。

 そんな恋だからこそ、音羽はこうして支えたいと思うのだろう。

 

「でも、そろそろ休憩しましょうか。よろしければ、紅茶を淹れてきますね」

「いいの? 恋ちゃんの紅茶、久しぶりに飲むなあ」

 

 幼い頃から恋は、音羽に紅茶を淹れることがよくあった。母である葉月花や、メイドのサヤが淹れる姿に憧れて練習した成果を誰かに見せたかったのが始まりで、音羽がそれを喜んで飲んでくれたことで彼が遊びに来るたびに淹れるようになったのだ。

 恋は慣れた手つきでポットに茶葉を淹れ、お湯を注いでいく。その様子を、音羽は昔のようにゆったりと眺めている。

 数分ほど蒸らした紅茶をカップに注いで差し出す。受け取った音羽はカップを持ち上げ、香りを嗅いで、ゆっくりと口へと運んだ。

 

「……美味しい。昔よりもいい香りがするね」

「ずっと練習を続けていましたから。昔とは一味違いますよ」

 

 絶やすことなく続けていた練習の成果を褒められた恋は、嬉しそうにそう言った。

 

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

 

「終わったー!」

 

 窓からオレンジ色の光が差し込んできた頃、身体を思い切り伸ばしながら音羽が言った。机に積み重なっていた山は姿を消し、二人は開放感に包まれていた。作業のお供にしていた紅茶もとっくに空になっている。

 

「ありがとうございました、音羽くん」

「気にしないで。恋ちゃんもお疲れ様!」

 

 気にしないでと言ったものの、やはり一日中付き合わせてしまったことを恋は気にしてしまうようで、せめてものお礼にとお茶菓子と共に再び紅茶を淹れた。

 アフタヌーンティーにしては時間が遅いが、頑張った今日くらいはご褒美を得ても良いだろうと、音羽はお菓子を口に運んだ。

 

 

「昔もこうして、二人でお菓子を食べたりしたよね」

「懐かしいですね……。二人揃ってお菓子を食べすぎて、夕食の時に怒られたりしましたね」

「恋ちゃんのお家のお菓子、どれも美味しいからなあ」

 

  

 懐かしい記憶が、楽しかった記憶が、音羽の脳裏に蘇ってくる。それと共に、その時間を終わらせてしまった自分への嫌悪もこみ上げてきた。

 そんなことを考えていると分かったのか、恋は優しく笑って、音羽の手を自分の手で包み込むように握った。

 

「これから、もっと楽しい思い出をたくさん作りましょう! 昔よりも、たくさん」

「恋ちゃん……。そうだね。もっともっと、楽しいことをいっぱいしよう!」

 

 顔を合わせて笑って、まずは最初の思い出を作ろうと二人は会話に花を咲かせた。話したいことが尽きることはなかった。溢れるように出てくる話題を一つも逃すまいと、二人は話した。

 

「覚えていますか? 二人でよく連弾をしたこと」

「覚えてる! 学校が終わってすぐに集まって、ずっと練習してたよね」

「お母様達に見せようとして色々な曲をやりましたね。今でもすぐに譜面を思い出せます」

「僕も! ……よかったらさ、またやってみない?」

 

 飲み干したカップを机に置いて、二人はピアノの元へと向かう。

 ずっと昔にしていたのと同じように二人で並んで、待ち切れずに早足になっている所も変わらない。

 昔と同じようにピアノ椅子を並べて座ると、互いの肘がぶつかった。昔と全く同じようで、二人ともが成長していることに気がついて、笑った。

 

「じゃあ、行くよ……1、2!」

 

 いざ連弾を始めてみれば、面白いほどに音が合わない。昔あれだけ練習して、両親たちにも褒められたというのに、今は調子外れだ。それでも演奏を止めることなく最後まで弾ききって、二人はまた大きく笑った。

 それから、もう一度基礎から練習して、何度も同じフレーズを弾いて、あの頃と同じように夢中になって練習した。

 ずっと一緒にいたあの頃のように、いなかった時間を取り戻すように、二人は笑顔で同じ時間を過ごした。

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