別冊星達のミュージアム 第3号   作:苗根杏

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5作目は、梨蘭さんの作品です。
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映画制作、再び。(後編)

 ホシオケ。遠い昔、無数の流星群が降り注いだ日以来、科学では説明のつかない摩訶不思議な現象が度々起きるようになり、根も葉もない噂や都市伝説が語り継がれてきた町。

 そんなホシオケの住宅街の一角にある穏やかな並木道。ある日の正午、そこにはゆったりとした足取りで1人歩く女性の姿が。

 

「ふぅ、今日もいい天気だわ。子供達と外で歌うのにうってつけね」

 

 彼女の名前は詩穂。詩穂は音楽教室にて歌の講師を務めており、温厚篤実・容姿端麗といった言葉が似合うと言っても過言ではないくらい、この町の老若男女から愛される存在だ。

 

 彼女はこの日も勤務先であるホシオケ音楽教室へと向かっていた。その道中でふと上を見上げてみると、不可解な物体が空中でゆらゆらと風に乗りながら漂っているのを発見する。

 

「あら? あれは何かしら」

 

 詩穂がその姿を認識するのと同時に、物体はゆっくりと自身の方へ降りてくる。『私を見てくれ』とでも言うように目の前で止まったそれは音符のような形をしており、彼女の目の前で橙色の光を放ちながら点滅する。

 まるで偶然とは言い難い不思議な邂逅。詳しく調べてみたいと考えた詩穂は何をすべきか一瞬考えた後、その音符をゆっくりと抱きかかえて勤務先へと向かうのだった。

 

☆☆☆☆

 

 それから数時間後。全ての仕事を終え、詩穂は自宅へと帰宅する。そして肩に提げていたショルダーバッグをフックへと引っ掛け、出勤途中に拾った音符をまじまじと眺めてみる。一体これは何なのだろうか。

 教室へと着くやいなや、生徒や他の講師が物珍しそうに音符へと食いついてきたが、最後まで上手く説明することはできなかった。寧ろこちらが正体を尋ねたいくらいだが、当然ながらそれを知る者は誰一人として現れない。検索サイトで特徴を入力してみても、めぼしい情報はこれといって見つからず、最早どうやって調べればいいのかも分からない。

 

「とりあえず、まずは材質から確認してみましょう」

 

 ゆっくりと音符に1回、また1回と触れてみる。柔らかくて僅かに弾力があり、そしてほんのりと温かい。それはどことなく人肌に近い感触があった。

 

「あら、おかえりなさい。あなた」

 

 夢中で音符へと触れていると、ゆっくりと扉が開く音がする。その方向を確認すると、物腰柔らかそうな男性が『ただいま』と言いながら入室してくる。詩穂の夫の湊人だ。彼は毎日のようにホシオケの各地を飛び回っているプロの声楽家であり、家に帰らないこともしばしばある程には多忙な生活を送っている。

 顔を合わせたのは実に4日振りだろうか。久々に見る想い人の姿から、疲れた様子は全く感じられなかった。

 

「おや? その手に持っているものは何だい?」

 

「これ? 宙に浮いていたから気になって持ち帰ってみたの。少し動いてるような感じがするのよね」

 

「んー、何かのタマゴなんだろうか? 温かいぞ?」

 

 湊人も音符へと触れてみる。彼はタマゴとは言っているが、材質的にはどうにも考えにくい。その後も2人はできる限り多くの知人へと連絡をとってみたが、結局音符の正体を掴むことは叶わなかった。

 

 だがその矢先、事態は急展開を迎えることとなる。それまで何の変化もなかったそれが深夜に眩い光を放ち始めたのだ。突然の出来事に詩穂は慌てて飛び起きる。

 

「まぁあなた! ちょっと!」

 

 横で寝ていた湊人を起こす。そうして再び音符の方を確認すると、それは少しずつ人型へと姿を変えていき、詩穂の腕の中へとゆっくり収まった。

 

「何ということだ! 音符が男の子になった!?」

 

「見てあなた! この子、凄く可愛いわよ!」

 

 詩穂は興奮したように腕の中の赤子を見せると、赤子はゆっくりと目を覚まし、わんわんと産声を上げる。1つの生命の誕生を見届けた瞬間だった。

 

「あら、ごめんなさい! 起こしちゃったわね」

 

「子供が産まれたということは、やはりタマゴだったのだろうか……? まぁいい、とにかくこの子に名前をつけるとしよう」

 

「そうね! えっと、音符から産まれたから……『音太郎』はどうかしら?」

 

「『音太郎』か。音楽を生業とする私達にとっても親近感のある響きでいいと思う。何よりとても可愛らしい」

 

「それじゃあ音太郎、これからよろしくね」

 

 こうして音符から産まれた子供は音太郎と名付けられた。

 

 早速、翌日から湊人と詩穂は近所の商業施設へと足を運び、音太郎の育児に必要な物を買い込んだ。まさかこんなことになるとは誰が想像しただろうか。出費は相当のものだった。赤子の抱き方や食事を与える時間など、覚えておかなければならないことも非常に多く、夜泣きによって睡眠時間が確保できず、それぞれ仕事へと影響が及ぶことも珍しくなかった。しかし彼らは音を上げることなく、初めての育児に戸惑いながらも支え合い、愛を持って音太郎へと接し続けた。

 

 

 こうして湊人と詩穂が音太郎と暮らす事に生きがいや幸せを感じられるようになった頃には、音太郎は自らのことを1人でも行えるくらいに自立していた。『音符から産まれた』という特殊な出自故に普通の子供よりも成長が早いのだろう。その身体は1週間、また1週間と経つ度に大きく育っていき、育児を始めてから2ヶ月が経つ頃には立派な青年の姿へと変わっていたのだった。

 

「しかし、音太郎も随分と大きくなったな」

 

「本当ね。普通の子供は2ヶ月経ってもまだ赤ちゃんのままだもの。びっくりだわ」

 

「ここまで育ててくれてありがとう。お父さん、お母さん」

 

「あらあら。もうそんなことを言えるようになるなんて……本当に成長が早いわね」

 

 このペースで成長していくと、彼は1ヶ月もしないうちに大人になってしまうのだろう。湊人と詩穂はふと寂しさを覚えるのだった。

 

「そういえばお母さん、この前ホシオケの町には不思議な噂があるって前に言ってたよね。僕、あの話を詳しく聞いてみたいんだけど……」

 

 場の空気がみるみると静まっていくことに気づいた音太郎は気分を変えるべく、詩穂へとそう頼み込む。

 

「いいわよ。ホシオケの不思議な噂っていくつかあるんだけど、そうね……じゃあ一番有名なこの話にしましょうか」

 

「やった! どんな話なんだろう」

 

「昔、この町に無数の隕石が落下したというのは前にも話したでしょう? 今回はそれにまつわる話なんだけど……実はね、この隕石の中には『あらゆる自然の恵みを生み出し、弱っている生物に生命を分け与える不思議な宝石』が混ざっていたそうなの」

 

「不思議な宝石?」

 

 遠い昔に降り注いだ流星群が一瞬にして数多くの生命を奪い、豊かな土地を焼け野原へと変えたという話はホシオケの地で最も有名な伝承だ。かつて未曾有の被害をもたらしたそれは、現代でも風化することなく伝えられている。

 

「隕石が落下した跡から見つかったそうよ。その宝石は虹色に輝いたかと思うと、広大なホシオケの地を一瞬で包み込んだんですって。そして光が収まった頃にはあら不思議! 荒れ果てた野原に緑が少しずつ芽を出し始め、枯れた水源もあっという間に元通りになり、意識を失うくらい大きな怪我をした人々の傷も癒したそうよ」

 

「当時は医療も発達していなかったからね。死を迎えてもおかしくない程の重症者でさえすぐに意識を取り戻し、完治に時間もかからなかったと聞いているよ。傷が浅い者に至っては一瞬で治ったとも言われているそうだ」

 

「凄い! そんな魔法みたいな力を持った宝石の噂があるんだね……それで、その宝石は今どこにあるの?」

 

「実はその時以来、宝石は輝くどころか姿さえ見せてないらしく行方もわからないんだ。先程詩穂が信憑性が高いとは言ったが、あくまでも信憑性が高いだけで結局噂の域を超えてないからね」

 

「20年くらい前に宝石探しの研究機関も創設されたそうだけど、進展は特にないそうよ。隕石落下自体も1000年くらい前の出来事みたいだから、ただの御伽噺や創作だって言ってる人も多いわ」

 

 音太郎は『そっか』と少し肩を落とした。夢の膨らむような話ではあるが、確かにその内容はあまりにも現実から離れすぎている。そもそも歴史というものは、現代に語り継がれるまでの間に誇張や拡大解釈によって少なからず脚色が入っていることも多くありがちだ。専門家によって詳細をまとめた様々な論文や考察も発表されているが、果たして何が真実なのだろうか。真相は未だに闇の中だ。

 

「もし本当にこの宝石が存在するのなら、この状況もどうにかなるのだろうか」

 

 そう言って湊人はテレビの画面を一瞥する。そこにはホシオケの山岳地帯が映し出されていたのだが、その光景はあまりにも異様なものだった。この場所は数ヶ月前に起きた山火事によって木々が死に絶え、自然に溢れていた森林が見る影もない程に荒れ果ててしまったそうだ。野生動物の憩いの場としても栄えていたその地に今や緑は1つも確認できない状況だ。

 

「そうね。こんな大変な時に限って悪事を働く集団もいるみたいだし」

 

 ニュースの画面が切り替わり、頭上にグソクムシを乗せた少女、白い団子頭が特徴的な少女、アイスクリームのコーンのような角を持つ少女の3人組が映し出される。ホシオケは近年、各地で鬼塚島から来た盗賊によって金銭や高額品の盗難被害が多発しており、国民への注意喚起の報道が以前から少しずつ増え始めていた。周辺で目撃事例はないものの、ここに魔の手が伸びるのも時間の問題だ。

 

「……ねぇ、お母さん。お父さん」

 

「何だい?」

 

「どうしたの?」

 

「僕、旅に出ようと思うんだ」

 

 ホシオケに、家族に迫る危機。それを良しとしなかった音太郎は詩穂と湊人の前でそう宣言してみせた。

 

「急にどうしたの? もしかしてニュースを見て……」

 

「うん。悪さをする人と戦って平和を守ったり、困ってる人を助けたり、ホシオケの不思議な噂を自分の目で確かめたり……旅をすることで、この世界のことをもっと知りたいんだ」

 

「本気で言っているのか? 相当過酷なものになるぞ」

 

「そうよ。危険を冒してまでするようなことではないわ」

 

「でも、このまま何もしなかったら状況は変わらないよ。この暮らしだっていつまで続くかわからないし……それに僕って、普通の人と生まれ方が違うんだよね? きっと僕には何かやるべきことがあって、その為に生まれてきたんだと思う」

 

「どうやら本気のようだな……わかった。お前がそう決めたのなら、その覚悟を見せてくれ」

 

「止めても聞かなそうね。でも、音太郎はきっと何かを成し遂げてくれそうな気がするの。どうしてなのかわからないけどね」

 

 にわかには信じ難い話だが、音太郎の出自は普通とはかけ離れている。異端かつ特殊な成長速度を見せる彼ならば、少しでもこの状況を変えられるかもしれない。両親は信じることに賭けてみることにしたのだった。

 

☆☆☆☆

 

「まずはこれを渡す。少し頼りないかもしれないが、自分なりに研究して作った剣だ」

 

「次は旅に必要な物よ。キャンプの道具に、食料に、着替えも入れておいたわ」

 

 音太郎が旅立つ日。湊人と詩穂は自らの用意した道具を少しずつ手渡していく。所狭しと用具の詰め込まれた鞄に、父の作った剣。1つ、また1つと手に持つうちに、それらに込められた彼らの想いがずっしりと身体に乗っていく感覚を覚える。

 

「そうだ音太郎。旅路で気持ちが負けそうになった時、誰かが悲しんでいる時は私が教えた歌を思い出すのよ。きっと勇気をくれる筈だから」

 

「ありがとう。それじゃあ……行ってきます!」

 

「しっかりな」

 

 見送る2人を背に、音太郎は少しずつ駆け出していく。すると──

 

「ん? 身体が軽く……って、飛んでる!?」

 

 自らの背に生えた光の翼。これも自身に秘められた力の1つなのだろうか。初めは少し困惑したものの、音太郎は力強くそれをはためかせ、飛び立って行くのだった──

 

☆☆☆☆

 

「わんっ! ヒイッ! 全然通じないっす〜!」

 

 市街地と住宅地のあった場所から離れたとある森の中。そこには困った様子で立ち尽くす犬の姿が。

 

「こんにちは。どうかしたの?」

 

「初めましてっす! 実は僕、この道を通ろうとしたんすけど、このハチさん達が通せんぼするように攻撃してきて困ってるっす……」

 

「うわぁ……だいぶ興奮しちゃってるね。僕に任せて」

 

 音太郎はゆっくりと息を吸い、スローテンポな旋律の歌をその場で歌い始める。まるで天使のような綺麗な声に犬……きな子は一瞬で引き込まれた。

 やがて進路を妨げていた蜂の群れは敵意を失ったのか、ゆっくりと飛びながら去っていく。

 

「おーい、大丈夫?」

 

「はっ! ありがとうございますっす! お歌が上手なんすね」

 

「ありがとう。お母さんから教えてもらったんだ。ところで、君も旅をしているの? 荷物を沢山持ってるけど」

 

「旅というより、帰る場所がないっす。生まれた時からずっと独りで、落ちてる木の実等を拾って食べてたっす」

 

「そっか……沢山苦労してきたんだね。あっ、それなら僕と一緒に旅をしない? 実は僕、今から鬼塚島っていう悪い盗賊が住むところに向かっているんだ」

 

「鬼塚島に!? お巡りさんも手を焼いているというあの盗賊と戦うんすか!? ……でも僕、力もないし弱虫だから迷惑かけちゃうかもしれないっす。本当に僕でいいんすか……?」

 

「弱虫とか、そんなこと全然気にしないよ。そうだ! どうしても不安なら、さっきの歌を一緒に歌ってみようよ! お母さんはこの歌を『勇気を出したい時に歌う曲』って言ってたんだ」

 

 きな子は音太郎の歌に合わせ、たどたどしいながらも同じ旋律を口ずさんでいく。聖歌のようなその歌はきな子の心を癒すよう、渦巻いていた不安を取り除き、肩の力を少しずつ軽くしていった。

 

「どう? 元気出たかな」

 

「なんか、凄くホッとしてるっす。身体中が温かくて、少し勇気が湧いてくるような感じがするっす」

 

「本当? それならよかったよ」

 

「はい! ……あの、さっきの話、なんすけど」

 

「ん?」

 

「もしよかったら僕も、あなたの旅について行きたいっす! あなたに恩返しをするつもりで精一杯頑張りたいって、さっき一緒に歌ってみて思ったっす!」

 

「ありがとう! あ、僕の名前は音太郎って言います。君の名前は……」

 

「僕はきな子って言うっす!」

 

「それじゃあ……きな子ちゃん! これからよろしくね!」

 

「はい! こちらこそよろしくお願いしますっす!」

 

 元々1人だった音太郎の旅路。そこに今、新たな仲間が加わった瞬間だった。

 

☆☆☆☆

 

「もぐもぐ……美味しいっす〜! 音太郎さんのお母さん、お料理が上手なんすね!」

 

「これ、全部手作りなんだって。見ての通り沢山作ってくれたんだけど、1人じゃ食べきれないからきな子ちゃんも遠慮しないでどんどん食べてね」

 

「ありがとうっす! じゃあ次はこれを……キャインッ!?」

 

 音太郎から受け取った食料を頬張ろうとするきな子。ラップを取り除こうと手を伸ばした瞬間、横から素早く現れた何者かがきな子の食料を奪い取った。

 

「きな子ちゃん!? ちょっと君、どうして食べ物を奪うの!?」

 

「ウッキー。お腹が空いてるのさ。悪く思わないでくれ」

 

「あっ! ちょっと待って!」

 

 そう言い残し、食料を奪い取った犯人……猿は目にも止まらぬ速さで走り出す。しかし音太郎もそれに負けじと光の翼を広げ、彼の後を飛びながら追いかけた。その姿に衝撃を受けた猿は思わずスピードを緩めてしまい、その隙を音太郎によって確保されてしまう。

 

「い、今のは何だったんだ……驚いた」

 

「えっと……僕にもよくわからなくて」

 

「自分でもよくわからないのか……面白いね。君って。人間にこんな力を持った奴がいるなんて驚いた」

 

「多分僕が特殊なだけだよ。って、その話は後。どうしてきな子ちゃんの食べ物を盗んだの?」

 

「そんなもの簡単な話。オイラの今夜の食事が底を尽きそうだったからさ。だから盗った」

 

「そうだったんだ。でも、最初からそう言ってくれたら全然分けてあげたのに、無理矢理奪ったらダメだよ。それじゃあ鬼塚島の盗賊達と同じになっちゃうよ」

 

「鬼塚島? あぁ、最近この森で騒がれている奴らか。人間も知ってるんだね」

 

「うん。ホシオケの町の方でもニュースになっているんだよ」

 

「はぁ……はぁ……追いついたっす……」

 

 音太郎が猿と話していると、息を切らしたきな子が追いつく。尋常ではない2人の速度について行けなかったようだ。

 

「あの、いきなり食べ物を盗んですまなかった。これは返す」

 

「全然気にしなくていいっす! まだまだ食べ物はいっぱいあるから、それは食べていいっすよ!」

 

「でも……」

 

「遠慮しなくていいよ。困った時には助け合おう?」

 

「2人共、悪いことしたのに優しい。ありがとう」

 

「どういたしましてっす! ……あっ! いいこと思いついたっす! 音太郎さん、この子もきな子達の仲間に入れてあげませんか? 足が速くて、いざという時に頼りになりそうな気がするっす!」

 

「確かに! 素敵な案だと思う!」

 

「ん? 何の話?」

 

 音太郎は何故自身が旅に出たのか、この旅で何を見つけたいのか。その目的を語り始める。

 

「困ってる人を助けつつ、ホシオケの噂話を解き明かす……何だかスリルがあって楽しそう。君達がいいならオイラも同行させてもらいたい。いいかい?」

 

「本当? ありがとう!」

 

「また仲間が増えて楽しくなってきたっす! これから3人で頑張っていくっす!」

 

「うん! でも今日は日が暮れてきたし、ここでキャンプしようか。きな子ちゃんと……えっと」

 

「オイラは四季。音太郎、きな子、よろしく。ウッキー」

 

「四季ちゃんだね。こちらこそよろしく!」

 

「それじゃあ四季ちゃん、音太郎さん、早速夕食にしましょうっす! 僕お腹ペコペコっす?!」

 

 クールでどこかユーモアのある猿……四季が仲間に加わり、ますます賑やかになった音太郎一行。その日はキャンプファイヤーを囲みながら食事を楽しみ、3人で歌い明かしたそうだ。

 

☆☆☆☆

 

 鬼塚島へ向けて旅を続ける音太郎達。道中をゆっくりと進んでいると、何やら綺麗な声が聞こえてくる。それは新たな仲間との出会いの予兆だった。

 

「音太郎。今歌ってた?」

 

「ううん。僕じゃないよ」

 

「そうなの? じゃあ誰が……」

 

「あっ! 2人共、木の上を見るっす!」

 

 きな子は目前にある木を指差す。そこでは紫と水色を基調とした翼を持った麗しい雉の姿が。

 彼女の歌声は音太郎にも引けを取らない程美しく、彼方まで響いていた。

 

「……あら? お客様かしら? 私の美声に惹かれてこんな森の奥までやって来るなんて、随分とセンスがいいのね」

 

「は、はぁ」

 

「自分で言い切ってしまうなんて、凄い自信の持ち主なんすね……」

 

「確かに君は歌が上手い。それは認める。でもそれならここにいる音太郎だって負けてないから」

 

「えっ!? 四季ちゃん、急に何を……」

 

「ふーん、その華奢な男が? まぁいいわ。ならその歌で私を震えさせてみなさい。それができたらあなた達の頼みを1つだけ聞いてあげるわ」

 

「なんか話が変な方向に転がっちゃったけど……まぁいいか。受けて立ちます!」

 

 どうせ大したことないのだろう。雉はそう心の中で呟きつつ、枝の上で腕を組みながら待っていた。音太郎はそんな彼女を他所に1つ深呼吸をし、煌びやかな音色をゆっくりと紡ぎ出す。

 そしてその一音目が彼によって放たれた瞬間、雉の心臓は一瞬にして震え上がった。降参を認めたい一心もあったが、こちらから挑発したにもかかわらずあっさりと白旗を振るのはプライドに反する上に、音楽を無理矢理中断させるなど以ての外だ。雉は最後まで聞き届けようとひたすらに耳を傾け続けた。

 

「……どうだったかな」

 

「そ、そうね。意外とやるじゃない。私には程遠いけどいい声だったわよ」

 

「素直じゃないっす」

「だね」

 

「聞こえてるわよあんた達!! とにかく、こちらから言い出した以上約束は守らなければいけないわね。ほら、あんた達の望みをできる範囲で聞いてあげるからさっさと言いなさい」

 

「えっと……それじゃあ、僕達と一緒に鬼塚島に向かって欲しいんだ! 仲間になってよ!」

 

「は? 鬼塚島? 盗人のいる場所じゃない」

 

「うん。大変な旅になるし、危険な目に遭うことだってわかってる。それでも君の力を貸して欲しいんだ。それに、旅といっても悪党を倒すだけじゃないよ。困ってる人を助けたり、謎を解き明かしたり、それによって見つけられるものも沢山あると思うんだ。どうかな?」

 

「生憎私は冒険ってガラじゃないんだけど……ま、あんた達って一緒にいて退屈しなそうだし、暇も紛れるから付き合ってやるわ。ありがたく思いなさい」

 

「うん! そういえば、君の名前は?」

 

「私? マルガレーテよ。雉のマルガレーテ。綺麗な名前でしょ? しっかり脳に焼き付けなさい」

 

「マルガレーテちゃん! それじゃあ改めて、よろしくね!」

 

 犬のきな子に、猿の四季、雉のマルガレーテ。4人となった音太郎一行は、鬼の住む鬼塚島へと歩みを進めるのだった。

 

☆☆☆☆

 

「遂に見えてきたね」

 

「あれが鬼塚島……」

 

「ちょっと不気味っす……」

 

「鬼だか何だか知らないけど、私の美貌で骨抜きにしてあげるわ」

 

 森を越え、海を渡る音太郎一行。その眼前に彼らの目的の場所──鬼塚島が姿を現した。

 上空には紫に光る落雷が見え、左右には角のような鋭い岩山がこちらからでもはっきりと確認できる。戦の時は刻一刻と迫っていた。

 

「よし、着いたっす」

 

「みんな、はぐれないように気をつけて。慎重に進もう」

 

 島へと上陸し、音太郎は剣を構えながら少しずつ進んでいく。入口はまるで部外者の侵入を拒むかのように濃霧で覆われており、前方の様子はよく確認できない。

 

「わっ! 何なんだオマエらは!!」

 

 どのくらい進んだだろうか。その声を皮切りに視界が一斉に晴れたかと思うと、音太郎達の前に3人の鬼が立ち塞がっていた。その特徴は、家のテレビで見たニュースに映っていた鬼達とよく似ている。

 

「人間に犬に猿、雉……どうやって侵入してきたデスか!」

 

「もしかして、君達がホシオケのあちこちで悪事を働く盗賊……?」

 

「えぇ、その通りよ。私達は夏鬼様と冬鬼様の命令でこの国の貴重な物や金品を片っ端から集めているの。お二人の望みを叶える為にね!」

 

「夏鬼に冬鬼……ボスがいるってことね」

 

「ぐるるるる……盗んだ物を返すっす!」

 

「あらあら可愛らしい威嚇ね。でもそんなんじゃ怯まないわよ!」

 

「あの金銀財宝は私達が汗水垂らして集めたんだ! 易々と渡す訳にはいかない!」

 

「交渉決裂。どうやら戦うしかないようだね」

 

 話しても分かり合えない。そう悟った四季は盗賊達へと飛びかかった。しかしその時、彼女達を阻むように別の影が降り立った。

 

「果敢に立ち向かうその姿勢。なかなか勇気があるな! だがそれだけで我々を止められると思わないことだ」

 

「おぉ! 隊長鬼サマ!!」

 

「あんたがボスなの?」

 

「私は隊長鬼。夏鬼様と冬鬼様直属の部下だ。あまりにも騒がしいから来てみたら……まさか島内に侵入者がいたとはな」

 

 赤い髪、赤い甲冑の隊長鬼は盗賊達を庇うように間に入り、巨大な棍棒を構える。

 

「隊長鬼様! コイツらどうなさいますか?」

 

「フン、決まっている。全力で叩き潰すのみ! 人数も丁度4人だから条件は同じだ」

 

「4人? あんた達なんて私達3人だけで十分よ」

 

「えっ? マルガレーテちゃん何を……」

 

「もう。あんたって本当に鈍いわね! こいつらは私達に任せろってことよ! その代わりあんたは親玉を討ち取りなさい!」

 

「そんな! 大丈夫なの!?」

 

「あまりオイラ達のこと、舐めてもらっちゃ困る。1人くらいの差なら十分埋められる」

 

「そうっす! 僕達のこと、信じて欲しいっす!」

 

「みんな……わかった。気をつけてね!」

 

 3対4と人数的には非常に分の悪い戦いになることに不安を感じる音太郎。しかしきな子達の想いを無駄にする訳にはいかないと、振り返らずに走り出した。

 

「さぁ隊長さん! 僕達と勝負っす!」

 

「いいだろう! 仲間を1人向かわせたこと、後悔させてやる!」

 

☆☆☆☆

 

「看板の指し示す方向と場所的には……多分この辺りの筈」

 

 きな子達と分かれた音太郎は鬼塚島の元締め・夏鬼の居場所を探していた。道中には道を示す矢印の看板が目立つ位置に幾つか設置されていたものの、直属の隊長である鬼が出動した以上、動きを感知して仕掛けられた罠の可能性も考えられる。迂闊に信じていいものなのか疑問に思いつつも、音太郎は上へ上へと坂を登っていく。

 

「……! ここって……」

 

 そうしているうちに音太郎は開けた庭園のような場所へと辿り着く。その中央には噴水が設置されており、周囲は広く大きな屋敷で囲まれていた。

 

「あなたですのね。侵入者というのは」

 

「君は……」

 

 屋敷の中から2人の少女が姿を現す。彼女達のその姿は鬼とはとても思えない程みずぼらしく、一目見ただけでは人間の少女と遜色ない外見をしていた。

 

「私は夏鬼と申しますの。この鬼塚島の主ですのよ」

 

「冬鬼。夏鬼の妹です。以後お見知りおきを」

 

「ここに来た目的はわかっています。ホシオケの各地から盗み出した物を取り返しにきたのでしょう? そのくらいお見通しですの」

 

「その通りだよ。これ以上被害を増やさない為にも、君達をここで倒す!」

 

「やれるものならやってみなさい。手に入れた物をここで手放すつもりも、あなたに負けるつもりもありませんの!!」

 

 夏鬼の持つ桃色の棍棒と音太郎の細長い剣がぶつかり合う。互いに一歩も譲れない戦いが幕を開けたのだ。

 音太郎は剣を一振り、また一振りと夏鬼へ振り下ろす。しかし夏鬼は華奢な身体を駆使し、迫りくるそれをひらりと躱してみせた。

 

「どうやら少しはやるようですね。でも今度はこちらの番ですの!」

 

 棍棒によって剣が受け止められる。夏鬼がそのまま剣を力強く弾き返すと、音太郎は後方へと僅かによろめいた。形勢はそのまま夏鬼へと傾き始め、大きく重い棍棒の一撃が音太郎を少しずつ追い詰めていく。

 しかし、それで簡単に押し負ける程音太郎も弱くはなかった。ありったけの力を込めて棍棒を押し返し、どうにか夏鬼へと攻撃を与えようと無我夢中に剣を振り続けた。

 

「こんなところで負けていられませんの……! 絶対に負ける訳にはいかないッ!!」

 

「くっ!」

 

「私が負けてしまったら終わってしまう!! そうなったらあの子はもう二度と……目覚めなくなってしまうかもしれないからッ!!」

 

「えっ?」

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 夏鬼は一瞬動きに乱れを見せたものの、すぐに体勢を立て直し、音太郎の頭上へと棍棒を振り下ろす。しかし音太郎はすんでのところでそれを受け止め、限界までかけた体重を剣へと集中させ、棍棒を吹き飛ばした。宙を舞ったそれは自身の後方へと落下し、最早夏鬼の敗北は決まったも同然だった。

 

「終わりにしよう。これで」

 

「ッ!!」

 

「お姉様!!」

 

 音太郎は手持ち無沙汰となった夏鬼へと剣を振り下ろ……さなかった。顔の直前で止まったそれに夏鬼も、遠くで見ていた冬鬼も彼の行動に戸惑いを隠せない。

 

「……何故止めたのです」

 

「君を倒す訳にはいかないと思ったから。これ以上、戦う必要なんてないよ」

 

 音太郎は剣をゆっくりと下ろし、夏鬼の肩に触れる。

 

「君の表情を見ていればわかる。本当はこんなこと、したくなかったんでしょ?」

 

「それは……」

 

「あと、さっきの言葉も気になったんだ。『あの子はもう二度と目覚めなくなる』って……盗賊達を使ってお宝を盗ませたのも、何か事情があってのことじゃないの?」

 

「……全てお見通しですわね。冬鬼」

 

「はい」

 

「彼を屋敷へと案内しましょう。実物を見せた方がわかりやすいですの」

 

「……はい」

 

 冬鬼に促された音太郎はその場に座り込んだ夏鬼をゆっくりと立たせながら屋敷の中へと足を踏み入れる。

 一歩、また一歩と進む度に小さなドアの前を通り過ぎると、冬鬼は最奥にある巨大な扉を指差した。

 

「こちらです」

 

 扉が開くと、そこにはホシオケの各地で盗んだであろう宝石や金塊、掛軸に絵画……そして無数の金庫があちこちに置かれていた。そしてその更に奥には……

 

「これは?」

 

「私が大切にしているクラゲです。毬丸と言います」

 

 毬丸と呼ばれたそのクラゲは小さな水槽の中をゆらゆらと揺蕩っているのだが、その動きには生気がまるで感じられない。水流も一切ない筈なのに、まるで流されているようにも見える。

 

「この子は私が小さい時からずっと一緒にいて、友達のような存在だったんです。友達がいなくても、独りぼっちでもこの子がいれば大丈夫、離れることなんてない……そう思っていました」

 

「ある日、私の元に取り乱した様子で冬鬼が泣きついてきましたの。『毬丸の様子が変だから医者に診てもらいたい』と……」

 

☆☆☆☆

 

「非常に重篤な病気に罹っていることがわかったわ。治療は可能だけど、現代の医学だとかなり難易度の高い方法になってしまうでしょうね。それ故に大金も必要となるわ」

 

「そんな……」

 

☆☆☆☆

 医者からそう宣告された毬丸の病状。しかしまだ若く、幼い夏鬼と冬鬼に為す術はなく、とても治療してあげられるような状況にはなかったのだ。

 

「そこで私は、この島に住み着いていた同族達にこの宝物や金品を盗ませていたのです。時々島内に警察隊が来ることもありましたが、隊長鬼と私で彼らは全て退けていましたの」

 

「私も毬丸が助けられるなら見知らぬ誰かが不幸になっても構わない、不幸な者が幸せを掴むには幸福に満ち溢れた者を突き落とすしかないと自分に言い聞かせ、今日まで過ごしてきたのです。お姉様の企みには見て見ぬふりをしていました……」

 

「そんなことがあったんだね……」

 

「本当はこんなの間違ってるってわかってましたの。でも気づいた頃にはもう引き返せなくて……だからあなたが私達を止めにこの島へとやって来た時、少し安堵したのです」

 

「お姉様が負けて、私も決心がつきました。毬丸のことはもう……諦めようと思います」

 

「冬鬼!?」

 

「そんな!! 君の一番の友達なんでしょう!? それなのにどうして……!!」

 

「大切だからです。この状態のまま無理に生かし続けるより、楽にしてあげた方が毬丸もきっと幸せです。それに盗賊達が財産を盗んだことにより、意図せずして没落してしまった人々も多くいると聞いています。罪のない人達を貶めてまで私が幸福になるなんて間違っています」

 

「でも!!」

 

「それに! これだけの財宝を手にしたにもかかわらず、お姉様はどこにも売り捌こうともしなかった。迷いがあったのでしょう?」

 

「……その通りですの。売ったらもう、完全に後戻りができなくなってしまうと思うと怖くて」

 

「遅かれ早かれこうなるのは目に見えていました。手遅れになる前に、盗んだ物も持ち主に返してあげてください」

 

「それが冬鬼の望みなら、聞くしかありませんの」

 

 冬鬼は涙ながらに2人へと懇願した。夏鬼はそれを受け入れ、散らばった財宝に手を伸ばし始める。その一方で、音太郎はガラス越しに毬丸に触れ、拳にぐっと力を込めた。

 

「冬鬼の頼みが聞こえませんでしたの? 盗んだ物を返す準備をするから手伝ってください」

 

「うん、これは持ち主にちゃんと返すよ。でも……」

 

「?」

 

「でも僕は毬丸のことも諦めたくない。確かに君達はやり方を間違えてしまったけど、この子のことを助けたい一心で行動した気持ちは本物だと思う。僕はそれを否定したくない!」

 

「でも毬丸を助ける方法は……!!」

 

「探すよ。どれだけ時間がかかっても見つけ出してみせる!! だから……」

 

 音太郎がそう言いかけた瞬間、夏鬼の持つ宝箱から突然光が溢れ始める。

 

「これは!?」

 

「一体何が起こったのですか……!?」

 

 夏鬼は中の宝石を掻き分けて光源を確認する。その中には……

 

「これは、普通の石のようですが……どうして光ってるんでしょうか……」

 

「いや、普通の石じゃない。これってもしかして!」

 

 何の変哲もない石に見えたそれは殻を破るようにゆっくりとひび割れていき、突如として虹色の光を放ち始めた。その光景を見た音太郎は、以前詩穂から聞いた"あの話"を思い出す。

 

「『あらゆる自然の恵みを生み出し、弱っている生物に生命を分け与える』と言われる宝石……」

 

「それってもしかして、ホシオケに伝わる7色の宝石の話ですの?」

 

「噂は本当だったんですね……」

 

 そうしているうちにも宝石は眩く、7色に輝いている。やがてその光は部屋の中を満たし、音太郎達の視界を少しずつ奪っていく──

 

☆☆☆☆

 

「んっ……はっ! ここって……」

 

「一体何が……」

 

 どのくらいの時間が経ったのだろうか。気づけば光は既に収まっており、その源であった宝石は宝箱の中から跡形もなく消え去っていた。まるで最初からそこに存在しなかったかのように。

 

「マー! マー!」

 

 現実に引き戻されるのと同時に、部屋の中で何者かの鳴き声が木霊する。もしやと思った冬鬼がその先を見ると……

 

「あっ……」

 

「マー!」

 

「毬丸!! 意識が戻って……!!」

 

「マー!」

 

「ううっ……本当に良かった……」

 

 泣きじゃくりながら水槽を抱きしめる冬鬼。その中では毬丸がふわふわと元気そうに揺蕩っていた。音太郎はその様子を見守りながら優しく微笑む。

 

「あの宝石が毬丸を元気にしたということですの……?」

 

「うん。昔から伝えられているあの噂も本当だったんだよ。きっと」

 

☆☆☆☆

 

 部屋にあった財宝を全てまとめ、屋敷の外に出た音太郎達。外ではきな子と四季、マルガレーテと隊長鬼達の7人が待ちくたびれた様子で立っていた。ふと上を見上げてみると、上空は先程の悪天候が嘘だったかのようにすっかりと晴れ渡っている。

 

「音太郎さん! ここにいたんすね!」

 

「きな子ちゃん、みんな! 無事だったんだね!」

 

「はぁ!? 全然無事じゃなかったわよ!! さっきまでボロッボロだったんだから!!」

 

「でも不思議なことが起きた。目の前が虹色に光ったかと思うと、身体中の痛みが消えていて。戦いの時にできた傷もここに来た時にはすっかりなくなってた」

 

「夏鬼様と冬鬼様もご覧になりましたか!? 意識を失う程の光でもう何が何だか……って、その水槽は!?」

 

「毬丸です。気づいたら元気になっていたんです」

 

「マー!」

 

「どういうことデスか!? 全然起きる気配なかったのに不思議すぎマス!」

 

「もしかして、かつてホシオケを救ったとされる7色の宝石……? いやまさかそんなことが……」

 

「そうよそうよ! あんなの誰かの作り話よ! ありえないわ」

 

 かつて聞いた御伽噺と状況が酷似しているが、恐らく偶然だろう。盗賊鬼達はそう顔を見合わせながら笑っていた。

 

「でも、毬丸が治ったならその財宝も我々が持っている意味はなくなりましたね」

 

「はい。一応診てもらうつもりではありますが、この様子だと恐らく問題ないでしょう」

 

「はぁ……何だか肩の荷が下りたような気分ですの。とはいえ大変なのはこれから。迷惑をかけた多くの方々に謝らなくては」

 

 夏鬼のその言葉に、隊長鬼達は力強く頷くのだった。

 

「音太郎。私達はこれからどうするの?」

 

「うーん。この後の目的地は特に僕も考えてなかったし……ホシオケ本島に戻ってからゆっくり決めよっか! まだまだできることも行ける場所もこの世界には沢山あると思うし!」

 

「賛成っす! まだまだこの4人で旅を続けたいっす!」

 

「いいね。そう考えるとウキウキしてきたよ。猿だけにウッキーウッキーってね」

 

「ぷっ……」

 

「ん? マルガレーテちゃん、今笑った?」

 

「ゴホン! 何のことかしら。ま、あなた達がそう言うなら付き合ってやらないこともないわよ」

 

「やった?! 四季ちゃん、マルガレーテちゃん、音太郎さん! これからもよろしくっす?!」

 

 元気よく坂を下りていくきな子を追い、四季とマルガレーテも走り出した。音太郎もそれに続こうとするが──

 

「そういえば、1つ思い出したことがありますの」

 

「思い出したこと?」

 

 夏鬼が何かを思い出したかのように音太郎を引き止めた。

 

「えぇ。あの7色の宝石の話……実はこんな噂があるそうですの」

 

「噂? 何だろう……」

 

「『7色の宝石は心優しく、未来への希望や強い意志を持つ者が傍にいると光り輝く』と、以前屋敷の中で見つけた文献に書いてあったのを思い出しましたの。もしあの話が本当なら、音太郎の言葉によって宝石が姿を現したことになりますが……」

 

「うーん……だとしたら正直、あまり実感湧かないかも」

 

「まぁ、少し疑ってしまいますよね」

 

「そうかも。でも……」

 

「?」

 

「諦めずに強く願えば奇跡は起こる……僕はそう信じてるよ」

 

 

    ーCASTー

   音太郎 東音羽

   きな子 桜小路きな子

    四季 若菜四季

マルガレーテ ウィーン・マルガレーテ

 

    夏鬼 鬼塚夏美

    冬鬼 鬼塚冬毬

   隊長鬼 米女メイ

  盗賊鬼① 平安名すみれ

  盗賊鬼② 唐可可

  盗賊鬼③ 嵐千砂都

    毬丸 澁谷かのん

 

    詩穂 東詩穂(特別出演)

    湊人 東湊人(特別出演)

    医者 西園寺美麗(友情出演)

 

ナレーション 澁谷かのん

       葉月恋

 

 脚本・監督 鹿戸真依子

 

 

     〜fin〜

 

─────────────────────

 

 エンドロールが流れ終わり、映像の再生が止まる。同時に視聴覚室は大きな拍手の音で満たされるのだった。

 

「最高の作品デシタ!!」

 

「うん! 完成度はバッチリだね!」

 

「そうね。私の名演技があってこそよ」

 

「マルガレーテの少し高飛車な態度も、雉と非常にマッチしていましたね」

 

「そうね……って、どういう意味よ!」

 

 からかわれたマルガレーテは冬毬の頭へと手刀を叩き込もうとするが、それはあっさりと躱された。

 

「ん? みんなちょっとごめん」

 

 音羽が映画の余韻に浸っていると、ポケットに入れていたスマートフォンがブルブルと音を立てて震え始めた。画面には『美麗さん』と書かれている。

 

「もしもし?」

 

『あっ、音羽ちゃん? 上映会は楽しんでる?』

 

「うん。丁度今終わったところだよ」

 

『あら、そうなの。楽しかった?』

 

「うん! でも、美麗さんも上映会来ればよかったのに。せっかく出演してくれたんだから」

 

 そう言って音羽は終盤のとあるシーンを思い起こす。実は撮影期間終了が間近になった頃、音羽はここまで『Liella!』の活動を陰ながら見守り、応援してくれた美麗にも出演して欲しいと急遽思いついたらしく、彼と真依子に掛け合ってみた結果、ワンシーンだけではあるもののそれが実現したそうだ。真依子曰く、衣装や病院の診察室を借りる為の交渉には相当苦労したらしいが。

 

『気持ちは嬉しいけど、『Liella!』と映研って合わせたらそれなりに人数多いじゃない? 少しの出演だったとはいえ、拙い演技をみんなに注目されながら見るのはなんか恥ずかしかったから、今回はパスさせてもらったわ』

 

「そんなことないよ。お医者さんの演技、凄く良かったよ」

 

『ありがとね音羽ちゃん。そう言ってもらえただけでも出演した甲斐があったわ。映画はゆっくりと家で観させてもらうから、鹿戸さんにもよろしく言っておいて頂戴』

 

「うん! それじゃあね」

 

 美麗からの通話が切れると、可可がゲンナリとした顔で音羽の元へと近づいてくる。一体何があったのだろうか。

 

「聞いてくだサイ音羽〜、すみれが衣装の文句ばかり言ってきやがってうるさいんデスよ……」

 

「当たり前でしょ! 実際に観て思ったけど、あのグソクムシのヘルメット全然似合ってないじゃない! ってかアレがまだ取っといてあったことにもビックリよ!」

 

「そうかな……似合ってたと思うけど」

 

「アンタまで!? はぁ……あの姿を審査員に見られると思うと急に恥ずかしくなってきたんだけど……」

 

「それがきっかけでスカウト来るかもしれないデショウ? 目指せ小物悪役スターへの道! デス!」

 

「そんな二つ名付けられても嬉しくないわよ?!!」

 

「でもすみれサン、文句は言いつつも了承してくれたじゃないですか。『いい感じに弱そうに見えるから』って言ってたの、自分は忘れてませんよ!」

 

「……まぁ確かに。それはそうね」

 

 過去の発言を持ち出され、反論する気力をすっかり失ってしまう。流石に逃れようのない事実を突きつけられては否定しようにも否定できない。

 とはいえ、任された役を演じきることはプロの役者として至極当然だ。先程はあのように言ったものの、『自分の納得のいく演技をする』という意味では成功だったと、すみれは満足そうな笑みを見せるのだった。

 

「でも、そこも含めて凄くいい仕上がりになってたよね。これなら安心してコンテストに応募できそうだね!」

 

「はい! これを全世界に公開できる日が楽しみです!」

 

 『音太郎』は映画研究部がこれまでに作ってきた映画の中で最も力を入れて制作された作品と言っても過言ではない。制作費、撮影地、カメラワーク……全ての要素において洗練された力作が届けられる日はすぐそこへと迫っていた。

 

─────────────────────

 

「いよいよこの日が来たね……」

 

「自分事のように緊張するっす〜!」

 

 上映会から2ヶ月後のある日。冬休みが終わって間もない結ヶ丘高校は学年末を意識する者が少しずつ増え始めていた。

 この間に『Liella!』はラブライブ東京大会を突破したことで初春に本戦を控えるのみとなっており、今日もそれに向けた練習を先程まで行っていたところだ。

 

 しかし、この日の予定はそれだけではない。11月に応募した映画制作コンテストの結果が発表される日でもある為、『Liella!』は練習を一時的に切り上げ、視聴覚室にて映画研究部の部員達と共に真剣な面持ちを浮かべながら机に置かれた封筒を眺めていた。

 

「……よし。では皆さん、開きますよ」

 

 真依子は封筒の上部をハサミで丁寧に切り取り、中に入った紙を広げていく。

 コンテストの結果は最優秀賞、優秀賞、特別賞、佳作、落選の5つの区分に分けられており、上位3賞に入賞できるのはそれぞれ1組ずつとなっている。かなり狭き門であるが、映画研究部はこの中へと入り込めているのだろうか。その結果は──

 

「佳作……」

 

「落選じゃなかったけど、残念だったわね」

 

 映画研究部に与えられた評価は『佳作』。つまり可もなく不可もない結果と言うべきだろうか。全員の肩に入っていた力が少しずつ抜けていく。

 

「とりあえず、審査員からの講評を読んでみましょう」

 

 

『この度は当コンテストにご応募いただき、ありがとうございました。作品を観てはじめに感じたのが、設定が非常に凝っていて素晴らしいという点です。世界観がこれまでにない独自のものとなっており、作品の壮大さを感じました。自主制作作品でありながら、臨場感にも溢れていたと思います。

しかし、脚本が壮大すぎる故に上手く登場人物や舞台設定が上手く扱いきれていない印象も受けました。具体的には商業施設や音太郎の家等の近代的かつ現実に近しい物事や洋風の要素が感じられる描写に対し、音太郎の仲間達や鬼といった和風の要素や非現実的な描写が不自然な形で入り交じり、ぶつかり合っていたシーンがあった為、部分的とはいえ作品に没入しきれなかった点がありました。また、終盤の戦闘シーンで音太郎が光の翼を発現しなかったり、荒れ果てた森林のシーンが最終的にどうなったのか、伏線が回収しきれていなかったのも少し惜しかったです。

とはいえ発想の斬新さには目を見張るものがありましたし、今作のキャスト陣であるスクールアイドルグループ『Liella!』の皆さんが自然体で役を演じている姿は大変印象的だった為、それらを総合して今回は『佳作』という評価をつけさせていただきました。最後になりますが、引き続き皆様の映画制作活動がよりよいものとなりますよう、今後のご活躍を心からお祈りしています。』

 

 

「結構厳しい評価」

 

「だな……」

 

「でも、審査員が作品にしっかり向き合った上で評価してくれたというのはよく伝わってきたわ。彼らも映画を愛しているからこそ、嘘はつけないんでしょうね」

 

 鑑賞会の時や制作期間中は誰もが粗探しをすることなく純粋な目線から作品を観ていた為、講評に書かれた文章を読んで初めて至らない点に気づく。何も考えずに鑑賞する時と、審査員の視点に立って鑑賞する時。恐らく状況によって見方はだいぶ変わってくるのだろう。すみれの感想にメイは『なるほどな』と呟いた。

 

「悔しいです……! ロケ地を違う場所にしていれば、結果は違ったかもしれないのに……」

 

「そんな! 冬毬のせいじゃありませんの! 自分を責めたらダメですの……」

 

「そうですよ。夏美サンも冬毬サンも、皆さんもよく頑張ってくれました。これが今の自分達の全力だったと思います」

 

 冬毬が提案した牛久シャトーでの撮影は、審査員の間では懐疑的に捉えられたのだろう。自らの行動が評価に影響してしまったと、彼女はこの場にいる誰よりも強く責任を感じていた。

 

「おとくん、大丈夫?」

 

 千砂都は隣にいた音羽が心配になり、そっと顔を覗き込んでみる。膝から崩れ落ちる冬毬と1年生の時の彼の憔悴した様子があまりにも似ているのだ。

 

「……うん、大丈夫だよ。正直ちょっと悔しい気持ちもあるけど、やれることは全部やったから後悔はないし、まいちゃんの言う通り、これが今の僕達に出せる全力だったんじゃないかなって思う」

 

 しかし、それは杞憂に終わった。あれから2年が経ち、音羽は内面的に大きく成長を遂げていたのだ。いい意味で達観したように言う彼の姿を見た3年生は若干の安堵を覚えるのだった。

 

「ですが私は、『姉者と共に映画制作に挑戦した思い出を作りたいから』という全く関係のない私情でロケ地を提案して……こうなるかもしれないとある程度予測はできていたのに、真依子さんに顔向けできません……」

 

「顔向けなんて、そんな堅苦しいこと気にしなくていいんですよ。観客からの評価や結果は確かに大切ですが、自分はそれと同時に皆さんが『演じていて楽しい』って思えるような映画を作ることも大切だと思ってますし、たとえそれに私情が含まれていたとしても、冬毬サンがそれだけ真剣に考えて作品づくりに参加してくれたという事実が自分は凄く嬉しいです。そんな想いを嘲笑ったり、責めたりする人なんてここには誰もいませんから」

 

「それとも冬毬は撮影場所を牛久シャトーに変えてもらったことを心の底から後悔してますの? 私は冬毬が結果を優先してロケ地を提案しない選択をとっていたとしても、心から満足していたとは思えませんの」

 

「それは……いえ、そうですね。後悔はありません。確かに結果は振るいませんでしたが、思い残すことは何もないくらい、精一杯やりきれたと思います」

 

「それで十分です。だから胸を張ってください」

 

 真依子と夏美にそう諭され、冬毬は涙を拭きながら頷いた。

 

「……よーし! それじゃあ次は『Liella!』の皆さんの番ですね! 沢山協力してもらった分、自分も精一杯応援させていただきますよ! 今年も優勝目指してファイトです!!」

 

「うん! 私達、映研のみんなの分まで頑張るよ! 絶対に2連覇、達成してみせるから!!」

 

 今年度の映画研究部の挑戦を最後まで見届けた『Liella!』達。そんな彼女達に次に待ち受けるのはラブライブ本戦だ。真依子達からの激励を受け、改めて気合いを入れるのだった。

 

─────────────────────

 

 数時間後。練習が終了した後、音羽は映画研究部が部室として使用している講義室を訪れる。コンテストの結果を目にした時の真依子が気掛かりで午後の練習に集中できていなかった自覚があった為、少しでも元気づけることができればという一心で彼女を探していたのだ。

 

「まいちゃん。ここにいたんだね」

 

「音羽サン……あ、すみません。少し今、あまり顔見ないでもらえると……酷い顔してるので……」

 

 部屋の電気は点いておらず、外はすっかり暗くなってしまっている。真依子の表情はよく見えなかったが、声色から密かに泣き腫らしていたのは痛い程に伝わってきた。全員の前では気丈に振る舞っていたが、内心に抱える悔しさは相当なものだっただろう。

 音羽は彼女の顔を直視しないよう、少し視線を外しながら中へと足を踏み入れた。

 

「正直、少し思い上がっている節がありました。もしかしたら最優秀賞とれるんじゃないかって。でもそんなに甘くないですよね。やりきった達成感も勿論ありますが、やっぱり悔しい気持ちもそれと同じくらい大きいです」

 

「うん。芸術分野ってこれといった正解がないし、人によって感想も違うから尚更難しいよね」

 

 それもその筈、映画研究部の公式チャンネルに上げた作品のコメント欄には好評の声もあれば、少し厳しい指摘の声も若干数上がっていたのだ。

 万人から愛される作品づくり。それが如何に難しいものなのか、真依子はコンテストの結果を通じて改めて実感したのだった。

 

「……でも、落ち込むのはもう終わりです! 高校はあと2ヶ月もしないうちに卒業してしまいますが、映画が作れなくなる訳ではありません。この経験をバネにして、専門学校でも沢山の作品を生み出していきたいって思ってます! だから音羽サンも、自分の選んだ道に向かって全力で突き進んでくださいね! 何かあったら力になりますので!」

 

「まいちゃん……うん! 夢を叶えられるよう、お互いに頑張ろうね!」

 

 手を差し出されて振り向いてみると、視界一面には笑顔を取り戻した真依子の顔が大きく映っている。驚いた音羽は思わず後ろへと仰け反ってしまったが何とかその場で踏ん張りつつ、拳を合わせながら笑い返して見せた。

 

「おとちゃん、まいちゃん! そろそろ完全下校の時間だよ! 恋ちゃんが呼んでる!」

 

「あっ、本当だ! 早く校門から出ないと先生に怒られちゃう」

 

「あははっ、そうですね! では、自分達もそろそろ帰りましょうか! 皆さんも待ってますし!」

 

「うん!!」

 

 自分達を探していたであろうかのんに呼ばれ、音羽と真依子は急ぎ足で教室を後にする。

 

 そんな2人の進む先を優しく、力強く照らすように、一番星が窓の外で煌々と輝きを放っていた。




あなたの輝きが、道を照らす。
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