落ち葉が舞い散る。風とデュエットを踊っているみたいで、綺麗。
午前8時15分23秒。
待ち合わせの時間まで、あと937秒。
待ち合わせ場所の座標に誤差無し。
今日の服装は、お気に入りのホワイトのフリル付きトップスに、スリット入りのブルーのスリムパンツ。オレンジの差し色が入ったブラウンコートに、モノクル。拡大機能付き。準備は万端。
……とは、思うけれど。胸の内の不安は中々消えてくれない。
どんなに自分で試行錯誤しても、いまいち違和感が拭えなくて。すみれ先輩に助言を貰って何とかこの形に収められた。先輩は「自信持ちなさい」と励ましてくれたけれど、気持ちはどんどんマイナスに向かっていく。
似合っているか、どう思われるか。少し考えただけで頭に溢れて来て、嫌な気分。毒のように回ったそれを、落ち葉を眺める事で中和させる。
実際に薬を服用しているわけじゃないけれど、この風景を見ていると何故か気分が落ち着く。いつか、この仕組みを解明したい。
クワガタと触れ合える夏はとうに過ぎてしまったけれど、静かな秋も悪くない。
「四季ちゃん!」
静寂を切り裂くように、少し高い声。
600秒早く、私の待ち人はやって来た。
東音羽。音ちゃん。私の先輩。今日の……デートのお相手。
心拍数が上昇する。
感情が昂る。
気持ちが、落ち着かない。
「ごめんね、四季ちゃんっ。寒い中待たせちゃって……」
「ん、大丈夫。私もさっき来た所だよ。一先ず落ち葉を見て、落ち着こう」
「ありがとう……」
「今日の音ちゃん、凄くお洒落だね。普段は可愛いのに、今はかっこいい」
「えへへ、そう? 四季ちゃんとのお出かけだから、少しでも大人っぽく出来たらなって思って、すみれちゃんに服選びを手伝ってもらったんだ。そう言って貰えて安心したよ……。四季ちゃんも、大人のお姉さんって感じで凄くお洒落だね。モノクルも、何だか博士って感じでかっこいい!」
「私の特製モノクルだよ。服も、気に入って貰えたなら良かった」
「四季ちゃんの私服姿ってあんまり見た事無かったから、ついドキッとしちゃって。あはは……」
「ん……そうなの?」
「うん。本当、だよ?」
「勿論信じる。心拍数も上昇してるしね」
「み、見えてたのっ!? もうっ……」
「ふふっ、音ちゃんの新たな魅力発見。今日はいい日になりそう」
「きっと、これからもっといい日になってくよ。今日はいっぱい楽しもうね!」
「ん、最高の思い出にしよう」
無邪気に笑う音ちゃんが、本当に愛おしい。
服も褒めてもらって、感情がさらに昂っていく。そんな音ちゃんの服装は、丸首のタートルネックにスリムなデニムパンツ。Aラインコートを羽織った首元から見える星結びが、最高にオシャレ。良い……。
すみれ先輩に心の中で感謝を伝えていると、音ちゃんが私を見上げてきた。可愛すぎる。
「音ちゃん、どうしたの?」
「その、ね。最近寒くなってきたでしょ。寒い日は手を繋ぐと暖かいって、メイちゃんが教えてくれたんだ。だからもし四季ちゃんが良ければ、歩いてる時は手を繋いでいたいなって……良いかな?」
「……ん"っ」
これは、予想外……音ちゃんから誘ってくるなんて、あまりにも都合が良すぎる。夢? いや、現実だ。私はここにいる。
しかし、恥ずかしがり屋のメイがあそこまで積極的な事をするとは。焚き付けておいて正解。この結果はしっかりフィードバックさせてもらう。使えるものは全て使って……音ちゃんの心を、掴んでみせる。
「し、四季ちゃん……やっぱり、嫌だった?」
「ううん。そんな訳無い。手、繋ごう?」
「良かった。これで離れ離れにもならないし、安心だね!」
「手を繋がなくても、私は音ちゃんから離れないよ」
「ふふっ、ありがとう四季ちゃん。それじゃ、行こっか?」
「うん。音ちゃんの好きな場所、いっぱい行こう」
「僕は、四季ちゃんの好きな場所にも行きたいな。四季ちゃんにも楽しんで欲しいし!」
「それなら、交互に行こう。お互いの好きを知れて、一石二鳥」
「良いね、そうしよう!」
言葉を交わしながら今日のデートプランを組み上げていく内に、繋いでいる手が熱を帯びてくる。本当は私がデートプランを全て組んでくるつもりだった。でも、それだと音ちゃんが楽しめないかもしれないと思って、あえての無計画にしてみたけれど、良い成果が得られそう。
「音ちゃん、今日はよろしくね」
「うん。こちらこそよろしくね、四季ちゃん!」
~~~
最初の目的地は、私の行きつけの科学用品店。静かな路地の奥にある、まるでタイムスリップしたかのような不思議な雰囲気が好み。
置いてある品物は一般的なお店よりは少ないけれど、店主のおじいさんが拘って揃えた物ばかりで、とても使い心地が良い。
何より、この店に音ちゃんを連れて来ると新鮮な反応が見られそう。あまり人も来ないから、観察するにはうってつけの場所。今日はどんな顔が見られるかな。
「今日は質が良いものばっかり。家の実験器具を全部買い替えても良さそう」
「見ただけで、良いとか悪いとか分かるの?」
「うん。ガラスの反射や触り心地、持った時の重さ。見分けるのは時間がかかるけど、良い物を使いたいから」
「なるほど……四季ちゃんは、自分の使う道具にも真剣に拘ってるんだね」
「ん。良い実験は、良い道具から。やるからには、どれも中途半端にしたくない」
「ふふっ。部活の練習の時も、人一倍頑張ってるもんね」
「それは流石に褒め過ぎ……ストイックさなら、千砂都先輩や冬毬ちゃんに負ける。私は、私の最善を尽くしているだけだよ」
「ううん。四季ちゃんも凄くストイックだよ。何度も自分の踊りを録画で見返したり、皆に意見を聞いたりして、どんどん自分の表現を磨いていってる。四季ちゃんだけにしか出来ない、四季ちゃんだけの魅力を」
「私、だけの……」
「四季ちゃんの頑張り屋さんな所を見てると、僕ももっと頑張ろうって思えるんだ。だから……これからも、四季ちゃんは四季ちゃんのままでいて欲しいな」
「音ちゃん……!」
「上手く伝わった、かな……?」
「大丈夫。音ちゃんの気持ち、伝わった。私、もっと頑張るね。音ちゃんの為に、『Liella!』の為に」
「四季ちゃん……! うんっ、一緒に頑張ろうねっ!」
「ん。最高の『Liella!』を、魅せていこう」
不思議。少し前までの自分なら、肯定の言葉を口に出すことさえ無理だと感じていたのに。
あの時、センターを経験したから? いや、違う。きっと、隣に居てくれるこの人と、ここにいないあの子のおかげだ。
音ちゃんが背中を押してくれるから、私は前に進みたいと思える。メイが私の在り方を肯定してくれるから、私は私で居られる。メイと音ちゃんが側に居てくれるなら、もうきっと、私に弱点はない。
「四季ちゃん?」
「ん……何でもない。音ちゃん、この試験管見て?」
「これかな……わぁ、きらきらしてる……!」
「1本、買う?」
「良いのかな? 僕はあんまり実験しないけど……」
「これは私の持論だけど、実験器具は飾っても映える。音ちゃんが器具に興味を持ってくれるだけで、私は嬉しい」
「そっか……ふふっ。じゃあ買っちゃおうかな!」
「ん、それなら私はこれを」
「四季ちゃんも……って、すごい量だね!?」
「大丈夫。軍資金は用意してある」
「でも、持ってて重くない……? 持ち帰るのも大変なんじゃ……」
「ここのお店は、20品以上買うとお家まで届けてくれるサービスがあるの。流石にこの量の器具を持ちながら街中を歩くのは、危険だから」
「そうだよね、良かった……」
「ん、その試験管も貸して? 私が買ってあげる」
「い、良いよっ! 四季ちゃんに申し訳ないし、自分の分はちゃんと払うよ」
「今日は、音ちゃんが化学に興味を持ってくれた記念日。だから、私からプレゼントしたい。駄目……?」
「で、でもっ、うぅ……分かり、ました。お願いします……」
「ん、ありがとう。後で音ちゃんの住所、教えてね?」
「うん、分かった。このお礼は、必ず返すから……!」
「ふふっ、楽しみにしてるね」
今の感情が揺れてる顔、面白かったな。やっぱり音ちゃんといると飽きない。満足感を感じながら、私はいつもの様に手早く会計を済ませ、家に送る手続きを進める。
「いつもの住所でお願いします。試験管だけは、こちらの住所に」
「ふふっ、引き受けました。ところで若菜さんや、その試験管は彼氏さんへのプレゼントかい?」
「か、彼っ……!?」
「ん、まだ違うよ」
「おっと、すまんのう。老人が余計なお節介をかけてしまったようだ。しかし、1人でしか来たくないと言っていた若菜さんが、誰かと一緒にこの店に来てくれるとは……」
「この人は、東音羽。私の大切な人だよ」
「東……! ふふっ、そうかい。良い人を見つけたんだのう。大切にするんだよ」
「うん。一生大切にする」
「えっと、東音羽ですっ! 四季ちゃんがいつもお世話になってます!」
「ふふっ、こちらこそ。東家の皆さんの音楽を、いつも楽しく聴かせてもらっているよ。いつか君の曲も聴かせておくれ」
「ありがとうございます……あのっ、僕がお手伝いをさせて頂いているスクールアイドルグループがいて、『Liella!』っていうんですけど……」
「おや、若菜さんの入っているアイドルグループだね。もしかして、君が作曲を?」
「は、はいっ!」
「ほほう。それでは、君が作曲した曲名を教えてくれないかね。今度CDを買いに行くよ」
「あ、ありがとうございますっ! 僕が関わったもの以外にも沢山良い曲があって……」
メモ帳を取りだして楽しそうに曲名を書き出していく店主さんと、熱心に『Liella!』の曲を宣伝する音ちゃん。予想通りの結果になった。
ここの店主さんは、昔から曲を聴くのが好きだと知っていた。特に東家の人間が作る曲が好きだと言う事も。
引き合わせて正解だった。2人とも楽しそう。音ちゃんの素晴らしさも広められて、一石二鳥。楽しそうに語り合う2人を、私は暫くの間見つめ続けた。
「ふぅ……ふふ、暫く聴く曲には困らなさそうだ。長々と説明してもらってすまないのう、音羽くん」
「いえ、店主さんのお役に立てたなら何よりです。これからも『Liella!』を、四季ちゃんをよろしくお願いします!」
「あぁ、もちろんだよ。もし、音羽くんが化学に興味を持って、実験をしたいと思ってくれたなら、私の店をもう一度訪れておくれ。おすすめの器具を取り揃えておくよ」
「ありがとうございますっ!」
「ありがとう、おじいさん。また来るね」
「ふふっ、またおいで」
私達は、揃って店を出た。勿論手を繋いで。店に入る前より、音ちゃんの手を握る力が30%ほど強くなった気がする。この場所、気に入って貰えたかな。もしそうなら……凄く嬉しい。
「音ちゃん。今日買った道具を使って、今度一緒に実験をしよう」
「わぁ……楽しそうだねっ! もちろん良いよ!」
「実験のネタは沢山ある。いっぱい楽しもう」
「うんっ!」
私達は、薄暗い路地から光の射す方へ歩き出していった。
~~~
「今日、お前の孫に、音羽くんに会ったわい。とても真っ直ぐな目で、楽しそうに音楽を語ってくれてね。気難し屋のお前とは大違いだのう。儂はこっちからあの子を見守るよ。だから、お前も空の向こうから見守ってやっててくれよ……楽人」
感慨深そうに語る店主の目線の先には、笑顔で映る2人の学生の写真が大切に飾られていた。周りの学生に肩を組まれて少し気恥しそうに笑う青年こそ、音羽の祖父である東楽人。この店の店長は、楽人の旧友であったのだ。
楽しそうに音楽を語っていた音羽の顔を思い出し、店長は昔日の思い出に浸りながら、口元に笑みを浮かべるのであった。
~~~
「ねぇ、四季ちゃん。さっきは大丈夫だった……?」
「何が?」
「僕と、その……恋人みたいに見られた事。嫌じゃなかったかなって……」
「嫌じゃないよ。むしろ、嬉しかった」
「ほんと? 迷惑じゃなかった……?」
「迷惑な訳ない。音ちゃんと親密な関係に見られて、私は嬉しかったよ」
「四季ちゃん……!」
「音ちゃんは、私と恋人みたいって言われて、どう思った?」
「僕は、ちょっと申し訳ないなって思っちゃった。僕みたいな人間が、四季ちゃんにつり合うとは思えなくて……」
「誰とつり合うとかつり合わないとかなんて、所詮は他人の物差し。大事なのは、自分が誰と一緒に居たいかだと私は思う」
「そう、かな……」
「私は、音ちゃんの傍に居たい。音ちゃんと一緒に居ると、いつもの毎日が何倍も楽しいよ。音ちゃんは、どう?」
「僕も、四季ちゃんの傍に居たい。四季ちゃんは、僕にいつも新しい世界を見せてくれるから。だから、これからも側に居ても良いかな……?」
「勿論。断る訳無いよ」
「四季ちゃん……!」
「いっそこのまま、恋人になってみる?」
「こっ、ふぇ……!?」
「お互いにとってメリットしかないと思うけど……どう?」
「こ、こここいっ……もうっ! からかわないでよぉっ!」
「ふふっ、Sorry.でも、音ちゃんの新鮮な反応が見れて眼福」
「むぅ……」
少し早急過ぎたかな。反省。音ちゃんが私と同じ気持ちを抱いていた事実が嬉しくて、つい口走ってしまった。音ちゃんは言葉の真意までは読み取れて居なさそうなのが幸いかな。今回ばかりは鈍感さに助けられた。でも、嬉しい。音ちゃんの『大切』になれていたのが、傍に居たい存在になれていた事が何より嬉しくて、口元が綻びそうになる。
「四季ちゃん?」
「ん、大丈夫。ちょっと考え事してただけだよ」
「そっか。ねぇ四季ちゃん、次に行く所なんだけど、僕がリクエストしても良いかな?」
「勿論。どこに行きたいの?」
「あのね、スカイツリーに登りたいんだ」
「スカイツリーに?」
少し意外な音ちゃんのリクエスト。でも、音ちゃんの「好き」をもっと知る事が出来るかもしれない。私は2つ返事で了承して、2人でスカイツリーへ向かう為に地下鉄の駅へと歩を進めた。
~~~
最寄り駅から外に出れば、時刻は11:00を過ぎた所。
晴れ渡る秋空に照らされて、天に聳え立つスカイツリーは白く輝く。今日が晴れで本当に良かった。ちらりと横を見れば、音ちゃんが目を輝かせてスカイツリーを見上げている。無邪気で、可愛い。
「わぁ……やっぱりおっきいねぇ……!」
「完成からもう10年近く経っている筈なのに、未だに古さを感じさせない位に綺麗。素晴らしいデザインだね」
「四季ちゃんも、スカイツリー好きなの?」
「うん、好きだよ。デザインや構造が美しいから。音ちゃんは、どんな所が好きなの?」
「ふふっ、今は内緒かな。でもすぐに分かるよ! さ、行こっ?」
「ん。Let's Go」
待ちきれなさそうな様子の音ちゃんに優しく手を引かれ、網目模様が美しいスカイツリーの入口へと足を踏み入れる。
今日はどちらかと言うと、音ちゃんをリードしてあげたくて手を引く側に回ってたけど、手を引かれる側になるのも、悪くない。
~~~
「ふむ、お土産もいっぱいあるね。前来た時から半分ぐらい入れ替わってる。お菓子も沢山あるね」
「あ、このキーホルダーかわいい! くぅちゃんにあげようかな。こっちはアクリルスタンドか……これはメイちゃんへのお土産にしようかな。あとは……」
「音ちゃん。皆のお土産を選ぶのも良いけど、まずは自分が欲しいものを買うべき」
「あはは、ごめん。いつもの癖で……えっと、僕のは……」
「他のショップにも沢山グッズがあるから、ここで無理に選ばなくても良いよ?」
「でもここでしか買えないグッズもあるから、何も買わないのは損かなって……」
「それは確かに。限定品は逃すとしばらく再販されないって、メイが言ってた」
「ええっ、なら尚更買わなきゃ! えっと……」
焦って真剣に探し始める音ちゃんも、可愛い。けど、音ちゃんは自分が欲しいものより周りの人にあげたいものを優先してしまうことが多い。良くない傾向。
音ちゃんが私を含めた皆の事を大切に思ってくれてるからこそだとは分かっているけれど、今日ぐらいはわがままになったって良いと思う。いや、むしろわがままにさせる。だって、今日は私と音ちゃんのデートだから……というより、今日は他の子の事は考えて欲しくない。例え同じ『Liella!』の仲間の事だとしても。今日は私が居るのに。私を……。
「……四季の事だけ、見てて欲しい」
「四季ちゃん、何か言った?」
「ううん、何でもない。決まりそう?」
「うーん、2択までには絞れたんだけど……」
「キーホルダーに、マグカップ……確かに、どちらも普段使いしやすい。悩ましいね」
「そうなんだよね。2つ買うのは、残りのお小遣いを考えたらちょっと厳しいかなって思って選んでるんだけど、決めきれなくて……」
「どっちか買ってあげようか?」
「それは悪いよっ! さっき試験管も買って貰ったし、これ以上四季ちゃんに迷惑をかける訳には行かないよ……」
「私は構わないよ。音ちゃんの楽しい思い出作りの為なら、労力と出費は惜しまない」
「だとしても、それじゃ四季ちゃんのお小遣いが……」
「さっき言ったでしょ、軍資金は充分あるって。私が、音ちゃんに買ってあげたいの」
「うぐぅ……そう言われたら、断れなくなっちゃうよ……」
「ん。せっかく来たんだから、たまには欲張りになるべき。必要な事だよ?」
「良いのかな。こんなに頼り切りでも……」
「音ちゃんは、自分の幸せや欲に対して無頓着すぎる。今日ぐらいは、自分が幸せになる事を優先しても良いと思うよ」
「僕の、幸せ……」
「私は、音ちゃんの幸せな顔が好きだから。マグカップ、買ってくるね」
「あっ……そっちの方が高いし、僕が買うよ!」
「軍資金は多い方が良い。今は温存するべきだよ」
「確かに、言われてみればそうだね……ありがとう、四季ちゃん」
「どういたしまして。先に行ってるね」
「分かった。僕もすぐに追いつくね!」
よし。少々ゴリ押しになったけれど、成功。
音ちゃんはお人好しだから、私の厚意を断れないはずだと踏んでいたけど、予想どおり。
あまり宜しくないやり方をしてしまったけど、最後は丸く納まったから良いと思う……多分。
音ちゃんは申し訳なさそうにしていたけれど、私に取ってはこれが当たり前。音ちゃんを幸せに出来るなら、私は何だってやる。少し前から密かに貯めていた貯金も、今日の軍資金に回した。全ては、この日のために。
「四季ちゃん、ごめんねっ。遅れちゃって……」
「大丈夫。お会計は済ませたから、ここで待ってるね」
「うん、買ってくるね!」
「ん、いってらっしゃい」
~~~
「四季ちゃん、ごめんね……また買って貰っちゃって。お返しは必ずするから」
「ふふっ、それは楽しみ。待ってるね」
「うんっ! それで、四季ちゃんは何を買ったの?」
「ん、これ」
「キーホルダーとマグカップ、柄は……僕とお揃い?」
「そうだよ、柄は同じの色違い。せっかくだから、お揃いにしたくて」
「ふふっ、お揃いって良いよね。特別な感じがするな」
「音ちゃんと私の、特別だね」
「四季ちゃんとの……えへへ、嬉しいな」
「ん"っ」
あぁもう、可愛い。自分でも分かるぐらいに鼓動が高鳴っていくのを感じる。
音ちゃんにはやっぱり笑顔が似合う。この笑顔を、一番近くで見続けていたい。誰にも、渡したくない……。
「四季ちゃん?」
「ごめん。音ちゃんが可愛すぎてフリーズしてた」
「か、可愛っ……もうっ!」
「ふふっ、照れてる顔も可愛いよ」
「むぅっ……ほら、行こ!」
「ん、そうだね」
ふふっ、ちょっと弄りすぎたかな。でも、頬を膨らませた音ちゃんも可愛い。
珍しく拗ねた様子の音ちゃんに少し強めに手を引かれながら、私達は展望台へ昇るエレベーターへと歩を進めた。
~~~
「晴れ渡る空、密集した街並み……まさに、絶景……!」
「わぁ……見て見て、四季ちゃん! あんなに遠くまで見えるよ!」
エレベーターを出れば、目の前に広がる果てしない青空。普段は絶対に味わうことが出来ない天上からの景色に、思わず2人揃って感嘆の声を上げる。音ちゃんは、周りを見回しては自分の知っている場所を探し当てて、私に報告してくれる。その顔があまりに無邪気だったものだから、思わず頭を撫でた。掌を滑る髪の感触が気持ち良い。
そのまま撫で続けていると、音ちゃんが不思議そうに首を傾げて見つめて来た。まずい、愛おしすぎて心臓が破裂しそう。
「あははっ。四季ちゃん、くすぐったいよぉ……」
「音ちゃんの髪、さらさらだね。絹糸みたい」
「ん、そうかな……でも、気に入ってくれたなら良かった!」
「それで、良い場所は見つかった?」
「うん。大体は見つけたんだけど、結ヶ丘だけはどうしても見つからなくて……」
「それならこのゴーグルを使うと良い。頭にかけて目的地の大まかな方向を向けば、脳の記憶を頼りに自動で探索してくれる」
「わぁ……すごいね! ちょっと借りても良い?」
「ん、もちろん」
普段は人間観察に使っているゴーグルを、音ちゃんに手渡す。手に取った時のワクワクした様子が伝わってきて、可愛い。
「ありがとう! ん、しょ……えっと、渋谷はこっち方面だから……おおっ、色々変わって……あっ、見つけた! 見つかったよ四季ちゃん!」
「ふふっ、良かった。結ヶ丘は木に囲まれてるから、見つけづらいかと思って」
「成程……ありがとう、四季ちゃん!」
「どういたしまして。それで、音ちゃんが言ってたスカイツリーの好きな所って、ここなの?」
「うん、そうだよ。ここから見える青空と街並みが、大好きなんだ。地上や学校の屋上から見る空も大好きなんだけど、ここから見える青空の色が、本当に大好きで。今日は雲もない快晴だったから、四季ちゃんに見てもらうには今日しかないって思ったんだけど……どう、かな?」
「ふふっ、そうだったんだね。ありがとう音ちゃん、こんなに美しい青空は見た事がない。今日1番の思い出が出来た」
「えへへ……四季ちゃんが気に入ってくれたなら、良かった!」
「ん、せっかくだから写真撮ろう。ほら、ピース」
「ふふっ、うん。ピース!」
音ちゃんと一緒に撮った写真の背後には、どこまでも澄み渡る青空。
私の記憶の色が、また1つ鮮やかに彩られた。ありがとう、音ちゃん。
~~~
それからしばらく音ちゃんと展望台を回っていたらあっという間に日が落ちてきたので、今日は帰ることにした。
ショップでしっかりお土産を選んで、地下鉄に揺られながら渋谷へと戻り、紅く染まり出した夕焼け道を歩いていく。
ついつい音ちゃんに買ってあげちゃって、お財布の中は空っぽ。でも満足。
「ま、まさか、3時間も空を見つめちゃってたなんて……」
「楽しい時間はあっという間に感じる。仕方ない事だけど、少し寂しい……」
「そうだね……ねぇ四季ちゃん、今日はありがとう。お気に入りの場所に連れて行ってもらったり、色々買って貰ったりで……」
「私こそ、ありがとう。本当に有意義な一日になった。秘蔵フォルダも潤って、満足……」
「ふふっ、四季ちゃんが楽しめたなら良かった。また一緒にお出かけしようね」
「私はお出かけじゃなくて、デートのつもりだったよ?」
「ふぇっ!? そ、そうだったの……?」
「うん。音ちゃんは、今日のデート楽しかった?」
「うんっ、すっごく楽しかったよ?」
「ふふっ、良かった。ねぇ音ちゃん」
「四季ちゃん……?」
……少し、早急かもしれない。タイミングも、あまりにも突然だ。でも、これだけは今伝えたい。デートが終わって、気持ちが冷めていく前に。臆病になってしまう前に。私の、"想い"を……
「私は……若菜四季は、音ちゃんの傍に居たい。音ちゃんの笑顔を、一番近くで見ていたい。笑ってる音ちゃんが好き、幸せそうな音ちゃんが好き。音ちゃんと居ると、毎日が輝いて見えるの。だから……これからもずっと、音ちゃんの傍に居たい……良い、かな?」
「四季ちゃん……ふふっ、ありがとう。僕も、四季ちゃんの傍に居たい、これからも……」
「っ……!」
「ずっと、"友達"でいようねっ!」
「がくっ……」
「え、えぇっ? 何かおかしい事言っちゃったかな……?」
「ん、気にしないで……」
玉砕。無念……。
やはり、音ちゃんに告白するのはもう少し後にした方が良さそう。でも、何だかスッキリした気分。今日は快眠出来そう。
「音ちゃん、帰ろうか」
「うんっ!」
再び握った音ちゃんの手は、心做しかいつもより暖かく感じた。
~~~
「ありがとう、四季ちゃん。家の前まで送って貰っちゃって……」
「構わない。一人で歩いてる時に変な人に襲われたら、大変だから」
「ふふっ、ありがとう。それじゃあ、また学校でね。プレゼント、大切にするよ」
「私も、今日の青空と音ちゃんの笑顔は、忘れない」
「もうっ……でも、僕も忘れないよ。青空は、四季ちゃんの色だから」
「私の、色?」
「ずっと思ってたんだ。四季ちゃんの髪の色って、綺麗な青空みたいだなって。青い髪と、四季ちゃんの声から見える白い色……空と雲みたいで、素敵だなって」
「私の、色……」
「うん。優しくて、綺麗な白が見えるよ」
「んぅ……そんなに綺麗?」
「綺麗だよ!」
「んん……音ちゃんの、思わせぶり……」
「思わせぶり?」
「ん、何でもない……そろそろ日も落ちてきたし、帰るね」
「うん、気をつけてね!」
「ん。またね」
嗚呼、強烈な一撃。私が綺麗な青空の色……
あんなことを言われてしまっては、もっと音ちゃんを好きになってしまう。昂る感情のままに、走る、走る、走る。
本人にたとえその気は無いにしても、心を揺さぶるにはあまりにも十分過ぎる。もう、耐えられない……。
「きゅう……」
音ちゃんの家から少し離れた路地で、電柱にもたれ掛かりながら秋風に当たって過熱した身体と心を冷やす。冷えたコンクリートが気持ち良い。
「音ちゃん、恐るべし……」
明日、どんな顔をして会えば良いかな。
~~~
四季ちゃんと別れて、夜の身支度を済ませて。寝る前に、今日四季ちゃんに買ってもらった物を、この前メイちゃんに貰ったアクスタや猫ちゃんのぬいぐるみの傍に並べていく。
何をお返ししようかな。四季ちゃんが喜ぶものをあげたいな。
「四季ちゃんが、幸せになれるものが良いよね……」
『幸せ』という言葉を口に出して、思い出すのは今日の四季ちゃん。
本当に幸せそうで、素敵な笑顔で……1つ1つ思い出す度に、心臓がうるさくなっていって。
「また、これだ……ほっぺも、あつい……」
なんだかちょっと息苦しくなって、ベッドに横たわってみる。写真フォルダの一番下、今日別れる前に撮った1枚。そこに写っていた……四季ちゃんの、笑顔。
「っ……!!」
心臓が、一際高鳴った。思わず胸を押さえて、深呼吸。身体が、熱い。
メイちゃんの時にも感じた、このドキドキ。
苦しくないけど、熱くて、頭の中がどろどろに溶けそうになっちゃう。
「どうしちゃったんだろう、僕っ……」
ベッドに横たわって、熱くなったほっぺを手で冷やしながら、天井に向かって呟いてみる。
四季ちゃんに貰った、小さなスカイツリー入りのの蒼いガラスドームが、一瞬きらりと輝いて見えた。