別冊星達のミュージアム 第3号   作:苗根杏

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9作目は、壱肆陸さんの作品です。
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マルガレーテと寿司

 

 海外から訪れた謎多き歌姫、ウィーン・マルガレーテ。彼女は日本のスクールアイドルを越え、自分の音楽の力を証明するためだけに日本に来た。彼女のステージは美しく、孤高で、何者をも寄せ付けない強者としての姿がそこにはあった。

 

 しかし、そんな彼女にも安息の時間はある。そして、内陸の国(オーストリア)から来た彼女にとって、絶対に無視しては通れないものがあった。

 

 そう、『寿司』である。

 とある休日、彼女は日本の誇る食文化『回転寿司』に訪れていた。

 

「さ、まずは何から行こうかしら」

 

 カウンター席に座ったマルガレーテは取り乱す様子もなく、静かにタッチパネルをスライドする。静かな振る舞いとは裏腹に、その目は輝きに輝いており、寿司への期待を隠しきれていないようだった。

 

 卓上に備わった蛇口から湯を注ぎ、お茶を入れると、回転とは別の直進レーンに数皿の寿司が届けられた。

 

 ヒラメ、タイなどの白身魚。しかし、その前にマルガレーテが手に取ったのは「玉子」だ。

 

 マルガレーテが寿司を食べるのは初めてではない。というか、結構ある。ラブライブで優勝するまでの短い期間しか日本にいられないのだから、目一杯寿司を堪能しなければ損というもの。

 

「ん……美味しい」

 

 そして、最初に食べるのは決まって玉子だ。そう決めているわけではないのだが、迷った挙句いつもこうなってしまう。魚に行く前の一息、準備運動のようなものだろうか。

 

 2皿目はヒラメ。3皿目はタイ。弾力のある活きた身を噛み締めると、淡く強い旨味と甘味が口の中でシャリと混ざり合い、まさに至福。

 

 魚の切り身を酸っぱい米に乗せただけに見えて、その実態は無駄を完全に排除した洗練の産物。切り詰め、研ぎ澄まし、極みへと至る日本食の在り方は、マルガレーテが手放しで讃える数少ない要素だ。

 

 

「はぁ……最っ高……」

 

「すごく美味しそうに食べるね、マルガレーテさん」

 

「うわああああっ!?」

 

 いけない。寿司を食べる神聖な場で、大いに取り乱してしまった。

 慌ててお茶を飲む。洒落にならない熱さでまた声を荒げる。もうボロボロだ。何もかも、何故かここにいた彼のせい。

 

「なんで貴方がいるのよ! 東音羽!」

 

「ご、ごめん……今日家に誰もいなくて、たまには一人で外食もいいかなぁって回転寿司に。そしたら横にマルガレーテさんが……すごい偶然だね!」

 

「だからってなんで寿司屋なのよ! もっとこう、他にあるでしょ!? センスが無いのよ、センスが」

 

 それ自分にダイレクトで帰ってくるのでは、と音羽は思ったが黙っておいた。いい加減分かってきたが、この状態のマルガレーテには何を言っても争いになる。

 

「でも、なんか意外。マルガレーテさんって回転寿司じゃなくって、もっとこう……回らない高級なお寿司屋さんに行きそうな……優雅さ? みたいなのがあるから」

 

「なにそれ。回転寿司でもこの店は特にレベルが高いのよ、私に相応しいくらいにね。それに……」

 

「それに?」

 

「……回転寿司の方がたくさん食べ……っていいのよそんなことどうでも!」

 

「よくないよ! 僕もっとマルガレーテさんのこと知りたい!」

 

「あぁもう面倒くさいわね!」

 

 ちょっと距離を縮めると一気にペースを持っていくから、この東音羽という少年は恐ろしい。

 

 マルガレーテも一旦寿司を取って、食べて、心を落ち着かせた。ここに来たのが音羽だっただけ幸運と思うことにする。澁谷かのんや名前を忘れたその他大勢が来ていたら、寿司を食べきらずに帰る羽目になっていた。

 

「まぁいいわ。私は気にせず好きに食べるから、あなたも勝手にどうぞ」

 

「じゃあ一緒に食べたいな! マルガレーテさんと」

 

「なんでそうなるのよ……」

 

「あ、ごめん。嫌だったかな……?」

 

「嫌って言っても食い下がるでしょ、どうせ。いいわよ! 好きにすれば?」

 

「ありがとう。僕、あんまりお寿司とか食べないから、実はちょっと困ってたんだよね」

 

 そう音羽がつぶやくと、マルガレーテは信じられないという顔で音羽を見ていた。前にもこんなことがあったような気がする。その顔は半分が「じゃあなんでここ来たのよ」という感情、もう半分は音羽が察する通りだった。

 

「日本人なのに、寿司を食べないの……!?」

 

 少々既視感のある反応だ。

 

「うーん……みんな多分そうだと思うよ。ちょっと高いイメージあるし、生魚が苦手って人も結構いるし」

 

「信じられない。日本人はもっと自国の文化にプライドを持つべきよ! 音楽だってそう。そんなだからスクールアイドルのレベルも……」

 

「マルガレーテさん……?」

 

「わかったわ。いい? 東音羽。日本人の癖に寿司を食べない貴方に、私が真実(ほんとう)の寿司の食べ方を教えてあげる!」

 

 何か始まった。でもマルガレーテが今までにないくらい楽しそうだから、音羽も楽しくレクチャーを受けることにした。

 

「マルガレーテさんは最初に玉子食べてたけど、それってそういう決まりなの?」

 

「貴方ずっと見てたの……? そういうわけじゃないわ。よく味の薄いネタ……白身から味や脂の強い赤身に移っていくのがいいとは言うけれど、基本的に好きな寿司を好きな順番で食べてOK」

 

「へぇー。じゃあ僕は……サーモン食べたい!」

 

 マルガレーテが手を伸ばそうとした瞬間、音羽は回って来たサーモンを2皿取り、片方をマルガレーテへと渡した。マルガレーテは小声で「ありがとう」と呟くと、咳ばらいをして姿勢を正す。

 

「寿司を食べるのは素手でも箸でも。ただし、手で食べる時は清潔に。言っておくけど、その蛇口は手を洗うものじゃないわよ」

 

「え……うん、知ってる。お湯が出てくるんだよね。僕はお冷の方がいいから使ったことないけど」

 

「……そう」

 

 最初に来た時は勘違いして火傷したことをマルガレーテは沈黙で隠した。

 

「大事なのはここから。まず、醤油は付けすぎないこと。醤油が多いと魚の味が分からなくなるわ。ネタの先に少し付けるくらいがベストよ」

 

「ネタの先に……少し……」

 

「食べる時は一口で。そして、食べた後はすぐに飲み込まないでしっかり咀嚼してじっくり味わう。口の中でシャリとネタを混ぜ合わせるイメージね。そうすることで繊細な魚の味や香りがよく分かるわ」

 

 言われたことに素直に従い、音羽はマルガレーテといっしょにサーモン寿司を口に入れた。普段よりも意識して、ゆっくりと寿司を味わう。すると寿司は口の中でほどけ、旨さが香りと共に鼻へ抜けていく。

 

「美味しい……! 鮭のおいしさと脂がとろけてシャリの酸っぱさとイイ感じに……なんかいつもより美味しい気がする! すごいよマルガレーテさん!」

 

「ふん、当然よ。サーモンはいわゆる本格的な江戸前寿司では邪道らしいけど、日本のみならず世界でもポピュラーよね。だって美味しいもの。あとクリスマスにも食べるらしいわね、サーモン」

 

「え、マルガレーテさんの国ではそうなの?」

 

「これ日本の話じゃないの?」

 

 知らない文化の話題は視線と共に平行線を走り、手はマグロへと伸びた。

 寿司と言えば、これを聞けば日本人の8割は「マグロ」と答えるだろう。音羽もその例外ではなく、さっきと同じ要領でマグロ寿司を頬張った。

 

「……あぁ、すごい。うまく言葉に出来ないけど、比べてみると白身より力強くて、魚っぽさが一気にこうガツンって……! すごく『マグロっ!』って感じがする!」

 

「マグロを食べたんだから当たり前でしょ?」

 

「ワサビもツーンってするけど、この魚っぽさをイイ感じに打ち消してるんだ。混声合唱みたいな……トゲトゲした赤色が、色を変えないままもっと優しく輝くイメージ……」

 

「……薬味や醤油は魚の血生臭さを緩和する効果があるのよ。そんなことも知らなかったの?」

 

「へぇ! マルガレーテさんは物知りだし、大人だねぇ……僕まだちょっとワサビ苦手かも」

 

 得意げにしているがマルガレーテもワサビは未だ苦手である。

 

「次からは回ってるやつじゃなくてタッチパネルで頼むわよ。しばらく回ったネタはどうしても劣化するし、海苔巻きなんか海苔がシナシナになっちゃってるでしょ?」

 

「確かに……!」

 

 タッチパネルならサビ抜きを頼めるからである。

 パネル注文の良さはもう一つある。それは、同時に沢山の注文をすることができる点だ。出来立ての寿司が次々に運ばれるその様相は、さながらちょっとしたフルコースだ。

 

 こうなってはもう食欲もテンションも止められない。2人は思うまま、感じるままに、寿司を食べ続けた。

 

 軍艦巻きの金字塔、いくら。

 

「海苔がパリパリ、いくらプチプチ、きゅうりシャキシャキで食感が楽しい!」

 

 炙ったマグロとサーモン。

 

「火を通すことで旨味が花開いて、香ばしさも最高ね」

 

 穴子と赤貝。

 

「赤貝……独特の食感と海の香り……」

 

「穴子はふわっふわで、甘くって、お寿司じゃないみたい。不思議で美味しい!」

 

 更に続けてイカや、エビ。間にガリを挟んでフグ。

 お茶を一服。ネギトロ、ユッケ───

 

 そして最後にお茶をもう一度。寿司の世界を堪能した2人は、同時に深く息を吐いた。

 

「美味しかったなぁ……いやお寿司が美味しいのは分かってたけど、ちゃんとお寿司に向き合って食べると、また違った感動があるんだね……」

 

「まったく、その程度のことも理解してなかったなんて、呆れるわね。音楽家は感動を生み出すのが仕事。誰よりも感動を求め、理解してなきゃいけないのよ」

 

「勉強になるなぁ。このお寿司の感動も、『Liella!』の活動に活かせるのかな?」

 

「まぁそれに意味があるとは思えないけど。そんなくだらない活動じゃなくて、貴方は貴方自身の音楽を作り出すべきなんじゃない?」

 

 音羽とマルガレーテはそれなりに親密になることができた。少なくとも音羽はそう思っている。しかし、信念という大きな溝は依然2人を隔てていた。

 

 マルガレーテはスクールアイドルという存在を認めていない。それほどに彼女の才能は秀でていて、本物と呼ぶに相応しくて、それに比べればスクールアイドルなんて偽物でしかないのかもしれない。

 

 目の前で廻る寿司が、世界に誇る研鑽され尽くした『本物』であるように。

 仲間とか、友情とか、甘えとか、そういう余計なものを全部削ぎ落した先にあるのが、彼女が理想とする本物なのだろう。

 

 でも音羽は知っている。スクールアイドルはいつだって本気で、その想いは絶対に本物だ。

 

「ラーメンも美味しいし、たこ焼きとか、ハンバーガーやカレーも美味しいよね」

 

「何よ。知ってるわよそのくらい。タコヤキは……まだ食べたことないけど」

 

「僕はかのんちゃんの家で食べるオムライスが大好き」

 

「そうね。オムライスはやっぱり半熟が……って、だから何の話!?」

 

 見えている景色が違っても、同じものを美味しいと言い合える。根拠はそれだけで十分だ。

 

「いつか皆で……マルガレーテさんと『Liella!』の皆で一緒に、美味しいもの食べたいなぁって」

 

「なんで私が……ありえないわよ、こんな国すぐ出て行くんだから」

 

 今、彼女にはあの光が褪せて見えていたとしても。

 本物を目指して輝き続ければ、きっといつか。一つになるとまでは言わなくても、その光が交わる日は来るのだと、音羽は信じている。

 

「はぁ、でも美味しかったね。美味しすぎてちょっと食べすぎちゃったかも」

 

「……? 何言ってるの。まだまだ本番はこれからでしょ?」

 

 心地の良い満腹感に浸っていた所に、冷や水を顔から被せられた、そんな気分というか。青天の霹靂というか、寝耳に水というか、鳩が豆鉄砲クリーンヒットというか。

 

 目を丸くする音羽を他所に、マルガレーテの指先はタッチパネルの上を素早く滑っていく。

 

「回転寿司店は寿司以外のサイドメニューが充実してるのが最大の特徴よね。ポテトやチキンみたいな基本的なものから、魚の揚げ物や本格的なミソスープや茶わん蒸しまで色々揃ってる」

 

「マルガレーテさん……!?」

 

「そして何といってもラーメンやうどん! 具やスープにエビや鯛みたいな魚介をふんだんに使った、寿司屋ならではの逸品……ここでしか食べられないわ!」

 

「ちょ、ちょっと待って! 僕たち、もう結構食べたと思うんだけど……」

 

「えっ!? なによこの店、デザートまで豊富じゃない! 私、デザートにはちょっとうるさいわよ。プリンとカタラーナ、パフェ、チョコケーキ……『かき氷』は初めて食べるわね。それならコーヒーも必須だし、とりあえずここからここまで全部……」

 

「マルガレーテさん!!??」

 

 あれよあれよと言うままに。

 信じられない量の食事が机を埋め尽くす様は、もうフルコースなんて生易しいものじゃない。満漢全席である。中華の。

 

「これは……うん、頑張ろう……」

 

「何やってるのよ東音羽。食べないなら私が全部貰うわよ?」

 

 『Liella!』とマルガレーテで一緒にご飯を食べる。その夢が若干奥側に遠のいたのを感じつつ、音羽は覚悟を決めてもう一度席に着いたのだった。

 

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