アビドスと太陽を守りたい月 作:キヴォトス一般人
やつ……
「……何か用ですか、黒服」
「これはこれは……鋭い」
「御託はいいですよ」
「まあ、そう言わずに」
背後に気配を感じたセレネは、若干不機嫌になりつつ黒服の方を見る。
「”明月のセレーネー”」
「……何ですかそれ」
黒服は向き直ったセレネを見てそんな言葉を口に出す。ブラックマーケットを後にし、廃ビルの屋上にやって来ていたセレネは、ふとこの場所のことを思い出した。
「……そういえばここ、あなたのオフィスがある場所でしたね」
「ええそうですよ」
行き先を間違えたかもしれない、とセレネは後悔する。とはいえ、この黒服は現状、アビドスに何かをしてきている様子はなかった。それは昔、セレネが脅したからなのか、はたまた別の目的があるのかはセレネには分からないが。
「明月のセレーネー……あなたの神秘が日が進むにつれて増幅してきていたので、実に興味深かったですよ。そして今や、暁の……いえ、あの小鳥遊ホシノの神秘に追い付きつつある」
「何ですかそれ。よく分かりませんね……というかそれ普通にストーカーでは?」
「ククッ……中々手厳しいですね」
「手厳しいも何もないと思いますけど――神秘がどうとか言われても分かりませんよ」
「でしょうね。あなたは無自覚だ」
「黒服には分かっているような口ぶりですね」
「ええおおよそは……未だに研究中ではありますが」
相変わらずよくわかないことを言う黒服だとセレネは思った。
「そうですか。研究が上手くいかないことを祈っておきますね」
「……クク、面白いですね」
黒服の言う研究が何なのかは分からないが、どうせろくでもないことだろうと考えたセレネは、成功しないことを祈った。
「今更ですけど、何ですか今の呼び方。わたしはセレネですよ。勝手に棒を付けて伸ばさないでほしいのですが……いえ、その前の明月も意味分かりませんね」
「お気になさらず――」
本当につかめない存在だ、とセレネは思う。
これまで姿を現してなかったと言うのに、このタイミングで黒服は姿を現した。セレネは目の前の黒服に警戒しながらも冷静に話を聞く。何が目的なのか――場合によっては。
「前にも言いましたが敵対するつもりはありませんよ」
「信じられると思います?」
「思いませんね」
「分かってるじゃないですか」
はいそうですか、と言って信じられる方がおかしいだろう。
「念のために聞きますけど。アビドス襲撃を支援しているのは黒服?」
「いいえ」
「……素直に答えるんですね」
「今回の襲撃には関与していませんよ。信じるかどうかはあなた次第ですが……」
今回の、かとセレネは考える。
過去の襲撃にどれかに黒服が関与していた可能性もあるという訳だ。とはいえ、可能性とだけしか考えられないのだが。
「それで? そんな雑談をするために姿を現した訳ではないですよね」
「そうですね、本題に入りましょう。……星月セレネさん、私と取引をしませんか?」
**********
『それをどう使うかはあなた次第ですよ』
そう言って渡された書類を見ます。
屋上で黒服と会ったのは予想外でしたが……今更ながら、どうしてあそこが黒服のオフィスがあったビルなのか気付かなかったのでしょうかね。
「……こんな書類まで渡してきて」
本当に黒服の目的が分かりませんね。内容はまだ見ていませんけども。
「取引関係の書類ですかね? いえ、あの取引は断りましたけど」
黒服も断られることを知っておいて持ち掛けてきましたね。内容はそのまま過去にホシノちゃんに持ち掛けた内容とほぼ同じでした。
わたしがアビドスを退学する代わりに借金を全部負担するというもの。ただ、ホシノちゃんの時と比べると内容がアップグレードされていましたね。半分じゃなくて全額――何か裏があるのは確実でしょうけど。
あとホシノちゃんと違う点としては、黒服の企業ではなくあいつらの組織……ゲマトリアというらしいですが、そこに所属することと言った内容でした。
「……」
本当によく分かりませんね。
ホシノちゃんに断られたからわたしにしたのでしょうか? それにしたって……断られるのは承知の上でしょうに。
『面白いものを見せていただいたお礼ですから』
……本当によく分からない。そのお礼が書類とは何ぞや。
「……!」
これって……アビドスの返済記録? それからカイザーローンの取引記録と、資金の流れの書類でしょうか。渡された書類を簡単に見ると無視できないような内容の書類でした。
……どうしてこんなものを黒服が? いえ、あいつならこう言ったものの入手ルートとか持っているのでしょうね。あいつというか、ゲマトリアという組織自体ですかね。
「……後でじっくり見る必要がありそうです」
今日は一度帰りましょうか。あまり長い間、離れていてはホシノちゃんに心配をかけてしまいますからね。ホシノちゃんだけではないですが、結構怒られてますし……。
そんなことを考えながら歩いていたわたしは、一度足を止めて空を見上げます。まだ明るい時間ですがうっすらと太陽とは別に月が見えていました。
太陽の光を受けて月が光る……らしいですよ。キヴォトスから見えているのはそんな月の一面のみ。
「……明月ですか」
関わりたくないのが本音ですけど、妙にその言葉に引っ掛かりを覚えました。
それと明月に続けて言っていたセレーネーという言葉。わたしの名前にそっくりですけど……棒線2つで伸ばした理由は何でしょうね? それとも別の何かを言っていたのでしょうか、あの黒服は。
「……ふむふむ」
軽く端末を取り出して調べたところ、明月とは曇りなく澄み渡った月、または名月を意味しているらしいですね。他にも”欠けるところがなく円く光り輝いて見える月”や、”晴れた夜の、美しく光り輝く月”という意味も。
「それって要するに満月なのでは?」
いえ、後者の光り輝く月というのは満月に限りませんけどね……晴れていれば、雲に隠れていなければ夜を照らしている月。夜の活動もしているので、見慣れたものですよね。
「黒服の考えてることは分かりませんね」
理解したくもないのですが……。
「……」
とりあえず、黒服のことは忘れましょう。
**********
「……」
部屋にある椅子に座ることなく、立ちながら黒服は思い返していた。
「まさかアビドスでこれほどの――3つの神秘を観測できるとは思いませんでしたね」
そのうちの1人は、急に増幅し始めた。
これは黒服にとっても予想外なことであった。最初に見たときはさほど興味がなかったものの――今では、かつての小鳥遊ホシノと同じくらいの興味を引いていた。
あの小鳥遊ホシノレベルとまではまだ行っていないが、この短期間で増幅しつつある。
尤も、当の本人は無自覚のようだが……そもそもの話、彼女の戦闘時の状況を考えれば神秘があってもおかしくはなかった。
「まるで未来が見えているかのように標的を狙う力」
それは彼女の命中精度にも繋がっているだろう。
動いていても、動いていなくとも……そして、人ではないものでも。それらを遥か遠い場所から的確に狙い撃つ実力。全てが神秘のおかげとまでは言わないが、元よりあった能力が神秘によって強化されている。
「私としたことが、スルーしてしまったのは失敗でしたね」
そんな彼女にも取引を持ち掛けた黒服は綺麗に断られてしまったのだが。
だが、彼女の神秘量の増加については黒服からしてもとても興味深いものであり、面白いものを見せてもらったというのが本音でもあった。多少ではあるものの研究が進むかもしれない。
「とはいえ――」
彼女は――星月セレネは小鳥遊ホシノよりも危険だということも理解していた。
「難しいですね……惜しいです」
面白いものを見せてもらったお礼として、黒服は彼女にかのカイザーローンとの取引記録などのデータを渡した。黒服としても柄ではない行為であったが――
「この先どうなっていくのか、とても興味深いですね」
それだけ呟き、黒服は椅子へと腰かけた。
明月ってなんやねん、という突っ込みは無しで←
ちょっとだけマイルド? っぽい? 黒服らしい……
明日はお休みします。