ペルソナのニャルをコズミックホラーと誤解した男   作:清流

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クズノハの失敗と後始末

 「以上がオザワ暗殺依頼の顛末になります」

 

 クズノハの潜入連絡員である女性の報告に、クズノハの首脳陣は頭を抱えたくなった。

 

 今回、『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』に対して出された「オザワ暗殺依頼」によって、クズノハは揺れていた。

 結果だけ見れば、オサワ暗殺はなされ、件の黒騎士が私情でメシアンと交戦することもなかったのだから、喜ぶべきことであった。

 しかし、問題なのは、この依頼自体がかなり悪辣で、フリーの異能者なら普通は断るであろうものだということ。というか、そもそも断らせることを前提にしたもので、黒騎士が引き受けるなど微塵も考えていなかったというのだから。お陰で監視役たる目も用意できておらず、慌てて派遣した時にはメシアンの結界によって外界より遮断されて、監視できない状況に。全てが終わってからことの顛末を当の本人に報告されたというのだから、本当に目も当てられない。

 何よりも最悪なのは、この依頼を『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』に対して出したのは、クズノハの本意では無く、ある人物の暴走とも言うべき独断専行だったことだ。

 

 「最悪の結果と言えような」「これでは無駄に敵対心を煽っただけではないか!」「あの時はああするべきだと……」「だから、信義にもとるようなやり方は止めるべきだと!」「かの黒騎士の強さは本物というわけですか」「謎の神の使徒であり魔人」「やはり、恐るべき脅威だと」「信乃様の審問を経た者にこのような扱いあってはならぬ」

 

 喧々囂々、様々な意見が出るが、誰しも共通して顔色が悪い。まずいことになったと誰もが思っているのは間違いない。

 

 「お静まりなさい!」

 

 上座に座る信乃の一喝に、場が静まり返る。

 

 「しかし、頭の痛いことをしてくれたものだ。これでは一方的に我らに非があろうよ」

 

 同じく上座に座る坊主が禿頭をなでつけながら、苦々しく言う。

 

 「然り。新藤、此度の暴走ともいうべき独断専行、どう償うつもりか?」

 

 公家のような姿をした少年が、今回の依頼をだした張本人である新藤に問うた。

 

 「皆様は儂目がやらかしたように申されますが、儂は必要なことをしたに過ぎませぬ」

 

 上座に座る三者の厳しい視線に、僅かにたじろいだ新藤だったが、自分は間違っていないと胸を張る。

 

 「かの黒騎士は、顔も見せず名も名乗らぬ信用できぬ輩なのです。その上、謎の神の使徒であり、あの14代目が警告を残された魔人でもある。どうして、早々に信用などできよう!」

 

 自信満々にそう言うが、それは完全な悪手であった。次の瞬間、凄まじい圧力が新藤を襲ったからだ。

 

 「……新藤は、私の審問が信用できぬと言うのですね」

 

 絶対零度の冷たさをもった声色で信乃が言う。

 

 「信乃殿の審問による人かそうでないかの判定は絶対だぞ。お前、自分が何を言ってるか分かっているんだろうな?」

 

 坊主も厳しさしかない声で、新藤を詰問する。実際、信乃の審問を疑うということは、絶対にあってはならないことだからだ。

 

 「アナライズの結果が魔人となったことは確かに由々しき事態なれど、そうなった理由は謎の神の使徒であることが理由である可能性が高いという結論になったはず。

 いつから、お前如きの判断がクズノハの判断になったのだ?」

 

 最後に発言した公家の少年の言葉には、周囲の者をひれ伏させる不思議な迫力があった。そして、それを一身に受けた新藤は、その場で土下座して謝ることしか出来なかった。

 

 「も、申し訳『よい、もうよい!黙るがいい』えっ!?」

 

 上座よりさらに奥、御簾に遮られて姿が見えぬ現クズノハの長から声がかかり、新藤は驚愕する。

 

 『新藤、お前には失望した。現時点をもって、お前のクズノハにおける全権限を剥奪する!』

 

 謝るのを止めてくれたので、自分よりかと思いきや、告げられたのはその実、新藤への断罪だった。

 

 「お、お待ちください。そ、それはあまりにも!」

 

 クズノハにおける全権限の剥奪、それは己が何もできない老人に成り下がることを意味するだけに、新藤は受け容れられなかった。

 

 『お前に反論することも異議を唱える権利も認めた覚えはない。最早、お前は老害にほかならぬ。早々にこの場を立ち去るがいい』

 

 「わ、儂が老害!?」

 

 よりにもよって、この場の最上位者に老害だと断言されたのだ。羞恥と屈辱と怒りで新藤は顔を真っ赤にする。

 

 『我々の話し合いで決めたことを、自分自身の勝手な判断で覆し、自分の意見がさも正しいかのように振る舞う。ほら、立派な老害であろうが』

 

 ぐうの音も出ない正論に、新藤は何も言えない。

 元々、由緒正しい名家出身で多大な貢献をしてきた自分より、ポッと出の小娘の発言が重く取られるのを気に入らなかったのだ。件の黒騎士が正体不明で、かついくらでも突っ込める要因があったから、少しやり過ぎた感は否めない。

 

 (だが、幹部とは言え、年端もいかぬ小娘の言葉だけで信用できるはずがないではないか!)

 

 心中で新藤はそう言い訳するが、そんな感情論が通るわけもない。信乃の審問能力が絶対であることは、クズノハに属する者なら誰でも理解しているのだから。それに新藤の本音は、己を婿と一緒になって追い出した自分の娘を思い出させる信乃がどうしようもなく癇に障るので、イチャモンつけてやろうというくらい程度の低いものだった。

 

 そう、イチャモンだった。こんな大事にする気は毛頭無かったのだ。クズノハの協力者に依頼を斡旋するのは、新藤の職権の範囲内であったから、依頼して断られただけなら、何とでもいいわけが出来たからだ。最大の計算違いは、『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』が依頼を請けてしまったことだ。それで彼の目論見は崩壊してしまった。これで依頼を失敗していれば、まだ御破算にできたのだが、完璧にこなされてしまったのである。しかも、クズノハにとって一番望ましい形でだ。

 そうなると、最早新藤にはどうしようもなくなってしまった。代わりに依頼を遂行するDBを手配こそしていたが、依頼を請ける場合を想定しておらず、監視の目を用意していなかったのも痛かった。完全に相手の言い分を呑むしか無くなったからだ。

 

 (それにしても、なぜ、メシアンはあれ程強固な隔離結界を?あれがなければ、外部からでも監視はできたというのに……。)

 

 まさかメシア教過激派幹部の佐竹が、僅かに残された正気で、洗脳に抗って愛する妻を取り返すために独断専行していたなど夢にも思わなかったし、あの隔離結界が本来のメシア教攻撃隊の横槍を防ぐためだったなど、新藤には分かろうはずもない。 

 

 「まことに、そんなんだから貴様は娘婿に会社を乗っ取られるのだ。昭和の巨人と呼ばれた新藤翁が哀れなものよ」

 

 公家の少年がトドメとばかりに、新藤の逆鱗に触れるが、新藤には憤怒さえ許されなかった。凄まじいまでの怒気と圧力が彼を拘束し、動くどころか言葉を出すことすら不可能であったのだ。

 

 『新藤、本当に残念だ。最早、お前はこの場に相応しくない。当分の間、謹慎しているがよい』

 

 御簾越しの声に護衛の二人が動き、新藤を拘束する。動けず声さえも出せぬ彼に抗う術は無かった。

 

 「しかし、困ったことをしてくれたもんだな。信用を互いに積み重ねようという相手に、こちらが一方的にババを押しつけちまった。幸い、相手は依頼を断らず誠実に遂行してくれたが、これでめでたしめでたしとはいくまいよ」

 

 新藤が連れて行かれ、坊主が口を開くが打開策というか、これからどうすべきかは難題であった。

 

 「拗れてないと考える方がおかしかろうな」

 

 公家の少年も苦々しい表情で同意する。それくらい、あの依頼は悪辣で、依頼を受託した側の都合の一切を無視したものであったのだから、無理もない。

 

 「彼の方の今までの実績から考えれば、好んで騒乱を起こすような方ではないと思いますが……」

 

 信乃が擁護するように言うが、こちらが依頼したとは言え、暗殺任務を遂行したという実績がついたのも、また事実である。この場合問題なのは、それが出来る能力と性状を兼ね備えているということが問題なのだ。図らずも『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』はそれを証明してしまったのだから。

 

 「こちらで依頼しておいて、その依頼を成功させた者に対し、それを理由にするのはあまりにも不誠実であろう。しかし、ますます見過ごせぬ存在になったのも事実。全くあの老害は余計なことしかせぬ」

 

 公家の少年が心底苛立たしげに吐き捨てる。

 本来なら、少しずつ信用を積み重ね、できれば身内に取り込みたい相手であったし、そこまでいかずとも協力者としての立ち位置を確立してほしかったのが、クズノハの偽らざる本音であったからだ。それを滅茶苦茶にしたのが新藤なので、彼の苛立ちも仕方の無いことだろう。

 

 『ふむ、この際、胸襟を開いてみたらどうだ?』

 

 御簾越しの声の提案に、少なからぬ驚きが巻き起こる。

 

 「……それはクズノハの理念を話し、彼の方をクズノハへ迎え入れると?」

 

 信乃が動揺で震える声で尋ねる。

 

 『そこまでは言わぬ。というか、流石にあんな依頼をしておいて、身内になれは通るまいよ。素直に今回のことを謝罪し、新藤の独断専行であったことを伝えるのだ。無論、此度の戦利品については一切口出無用。依頼の対価は5倍支払え。そして、それ以外に何か求める物があれば対価として渡してやるがよい。そこまでして、ようやく対等であろう』

 

 どこの馬の骨とも分からぬ輩に、クズノハがそこまで下手に出なければならぬのかと思う者達もいたが、すぐにそれがガイア教幹部とメシア教過激派幹部を殲滅した者であることを思いだし、口を噤む。新藤の二の舞は避けるべきだという判断も多分にあったのは言うまでもない。

 

 「そうですな、それがよろしいでしょう。恐れながら、『玄武』である拙僧が出るのがよろしかろうと思いますが、いかがか?」

 

 東京を守護する結界の一つ『四神結界』の要である坊主が出張るのだ。交渉役の格としては十分過ぎるし、せめてもの誠意としても悪くはないだろう。

 

 『ふむ、悪くない。いや、この際片付けてしまうか……。信乃、お前も同行せよ』

 

 「!?は、はい、かしこまりましてございます」

 

 四神『玄武』に一言主大神の巫女までとなれば、これはただ事ではない。場が大きくどよめいた。

 

 「……ハッキリさせるべきだとお考えですか?」

 

 『うむ、この期に及んでは、最早悠長なことを言ってられまい。断絶ならそれはそれでも構わぬ。今回のことで『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』の不興不信を買ったのは、クズノハの落ち度。断絶されても当然であるからな。故に、そのことで一切の不利益を彼の者に与えることは許さぬ。

 だが、あの断って当然の悪辣で危険な依頼を請けた者だ。クズノハに助成する意思はあると見る。もし、そうであるならば、確実に協力者にせよ。この国を守るためには、実力者は何人いても足らぬのだからな』

 

 「「「かしこまりましてございます!」」」

 

 上座に座る三者の承知のする声に、その場の全員が唱和する。

 

 『彼の者がこの国を守る力となってくれればよいが……。

 

 そんなクズノハの長のか細い声は、御簾に遮られて誰にも聞こえない。

 だが、偽らざる彼の本音であった。

 

 

 

 

 

 

 「なんで若返っているんだ?」

 

 流石に手に入れたばかりの悪魔召喚プログラムをそのまま使う気はなかったので、直接契約したエルフを召喚して、その顔を見て俺は驚愕した。どう見ても、18歳くらいに見えたからだ。昨日契約した時点では、色気こそあったが30後半の女性だったはずだ。それに容姿も完全にエルフで、整いすぎていて逆に人間味がなく、人間としての面影が欠片もなくなってしまっている。

 

 <初めて召喚して、第一声がそれなの、サマナー?>

 

 どうでもいいと言わんばかりに、気の強そうな金髪のエルフがこちらを侮蔑するような目で見てくる。

 どうも機嫌を損ねてしまったらしい。というか、直接契約だから霊格の差は理解しているだろうに、よくこんな態度がとれるものだ。

 

 「いや、すまない。昨日とはあまりに違いすぎてな」

 

 目覚めた彼女は、半狂乱になりながら、自身の夫を殺したオザワがどうなったかを聞いてきた。俺が殺したと答えると心から喜び礼を言うと、何かを探し出した。何を探しているのかと聞くと、夫の遺体を探しているとのことだった。そこから事情を詳しく聞くと、なんと彼女は『下級生』におけるお邪魔虫こと佐竹晴彦の母親であり、オザワの手の者に浚われたらしい。浚った理由は年上の色気に迷ったというわけではなく、純粋に金が目的だったようだ。故に、身を汚されることはなかったようだが、何か出所の怪しい薬のようなものを無理矢理飲まされたらしい。

 

 (悪魔化はそれが原因だろうな。北欧出身らしいから、恐らく古い妖精の血でも混ざっていたのが呼び起こされたんだろうな)

 

 非常に遺憾ながら、メガテン世界には、人を悪魔にするものが存在する。真っ先に思いつくのは、『赤玉*1』だ。これを食した人間は悪魔になる。

 タヤマの噂は今のところ聞いていないので、それそのものではないだろうが、似たような物を作った奴がいたか、あるいは試作品が回されてきたのだろう。自分で試すの怖いから、まずは人質で人体実験をといったところだろうか?

 

 <昨日?……そうよね、私達契約しているのよね?>

 

 直接契約しているせいか、彼女の動揺がダイレクトに伝わってくる。恐らく完全に悪魔化した彼女は何も覚えていないのだ。夫が洗脳され強化改造手術で悪魔同然の化物にされたせいで、遺体も残らないことを知った女性の絶望も。

 メシア教もガイア教も絶対に許さないと絶叫し、俺に契約を求めてきたことも……。

 

 これが悪魔になるということなのだろう。新生すると言えば聞こえはいいが、完全に人間を捨てるということがどういうことなのかを、目の前の女悪魔はこれ以上なく残酷に体現していた。

 

 「ああ、お前が望んだ契約だ」

 

 <分かっているわ。私はメシアンとガイアーズを殺す。サマナーはそれに協力する、そうよね?>

 

 それでも残ったものはあるようだ。かつての彼女が抱いていた夫の仇であるメシア教とガイア教への復讐の念が。

 

 「では改めて自己紹介しよう。俺は卯月徹、お前のサマナーだ」

 

 <随分お若いご主人様だこと、私はLV32妖精エルフの()()()()()()よ。コンゴトモヨロシク、サマナー>

 

 いや、それだけではなかったようだと思い直す。間違いなく彼女の名前だ。残滓は確かにあるようだった。

 

 (それにしてもやけに霊格が高い。どういうことだ?)

 

 俺が覚えている限り、メガテンにおけるエルフの霊格は10~20後半くらいでばらつきはあるが、流石に30以上ではなかったのは確かだ。それに鎧と剣を身につけているのも気にかかる。エルフは魔法系で、断じて物理攻撃系ではなかったはずなのだから。

 

 「まあ、いい。強い分には文句は言わないさ。これから頼りにしている」

 

 <ええ、サマナー。貴方が契約を遵守する限り、私は貴方の力になりましょう>

 

 色々な疑問を飲み込み、アンジェリカを影に潜ましたものの、これからを思うと気分が重い。

 

 「みこになんて説明しよう……」

 

 まさか、馬鹿正直に話せるはずもなく、俺の苦悩は深かった。

*1
人間の脳みそ神経伝達物質を抽出し、精製したモノ

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