ペルソナのニャルをコズミックホラーと誤解した男   作:清流

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二人の修行

 「さて、美雪には自分の中にスイッチを作ってもらう」

 

 みこの家の周囲にある森の一角。かつて俺達四人が秘密基地として使っていた場所に、俺とみこ、美雪に愛は集まっていた。

 

 「スイッチを作る?」

 

 俺の言葉に、ピンとこない様子の美雪。

 

 「そうだ、今のままだと、陸上競技に出るどころか、日常生活をおくるのも難儀しそうだというのは理解しているだろう?」

 

 「それはまあ……」

 

 思い当たる節が多々あったのだろう。美雪はなんとも言えない顔をした。まあ、陸上部顧問から精密検査を厳命され、それまでは強制休部状態なのだから、然もあらん。

 

 「だから、日常を生きる状態と異能者としての状態を意識的に切り替えるスイッチを自分の中に作るんだ。そうすれば、問題なく部活にも出れるようになる」

 

 「先輩、本当かよ!」

 

 美雪は思ってもない朗報を聞いたと嬉しそうだ。まあ、地獄を見てもらうことになるので、今はそうしてるといいだろう。実際、短期に身体能力の制御を仕込むのは、それなりに難行なのだから。

 

 「ああ、本当だ。まずは自分の全力を知るといい。肉体系覚醒者の世界をな」

 

 そこから50m走をはじめとした簡易的なスポーツテストを実施。愛も一緒にやったが、美雪との差は歴然だ。愛が精々同年代男子トップクラスの記録なら、美雪は完全に高校生レベルすらぶっちぎっていた。

 

 「分かっているつもりだったけど、嘘だろう?」

 

 「美雪ちゃん凄い!」

 

 純粋に喜んでいる愛とは違い、美雪は自身の記録にドン引きしている。元々運動部なだけに、実際に数値にすると、それがどれ程の異常か正確に理解できてしまうのだろうから、無理もない。

 

 「これが覚醒するということだ。明らかに常人より優れた身体能力を身に付ける。肉体系でなく、運動が得意というわけでもない愛が、同年代のトップクラスに。美雪の方は完全に常人のレベルにない」

 

 「これが『覚醒』」

 

 改めて怖くなったのだろう。美雪は自分の肉体を見る。外見上の変化は何もないのに、明らかにおかしい身体能力を発揮する肉体。それは自分が人でない何かになったような恐怖だろう。俺も通った道なので、気持ちはよく分かる。

 

 (まあ、俺の場合は炎の制御が最優先で、身体能力なんて後回しだったけどな)

 

 「じゃあ、早速だが全力でかかってこい」

 

 「えっ?」

 

 「だから、全力で俺に殴り掛かれと言ってるんだ。守れるように、戦えるようになりたいんだろう?つべこべ言わずにやれ。安心しろ、身体能力は常人並みに抑えるし、反撃もしない」

 

 「……後悔するなよ、先輩!」

 

 美雪の負けん気に火が点いたようだ。全力で殴り掛かってくる。流石は現役陸上部員、走るのは見事だし、やったことないだろうに、殴り掛かるのも様にはなっている。

 

 (直線的過ぎる。速いだけなら、どうにかできるんだよなあ)

 

 殴ろうとする腕を掴んで、一本背負い。勿論、地面にたたきつけるような真似はせず、直前で浮かして柔らかに着地させる。

 

 「へっ?」

 

 一瞬で地面に寝かされて、空を仰ぎ見る美雪。何が起きたのか理解できなかったのだろう。なんとも間抜けな声を上げた。

 

 「反撃はしないが捌きはするし、怪我しない程度に制圧もするぞ。当然だろう?」

 

 「!?」

 

 言わなかったのは、勿論わざとである。美雪の感情を逆なでする為に、あえて言わなかったのだ。

 なぜなら、人であることへの執着というのは案外馬鹿にできないものだからだ。美雪もまた人外に至ってしまっている身体能力に怯え、無意識の内に人の範疇であろうとしてセーブしてしまっているのだ。

 しかし、肉体系異能者とはその身体能力をもって、悪魔とも戦える者である。霊格を同程度に落とし、身体能力も常人並みに制限している今の俺に、当てることすらできてないというのは、彼女が本気を出せていない証左にほかならない。

 

 「というか、俺を舐めているのか?その程度じゃないだろう。俺は言ったはずだ。全力で来いとな」

 

 (さあ、頭に来ただろう。お前の目の前にいる男は、人であろうとして恐れ無意識の内にセーブしたままの身体能力では手も足も出ないぞ)

 

 美雪は半ばムキになって動き出したが、当然ながらその拳はことごとく空をきる。

 

 「ほらほら、どうした?拳だけか、足も使え。そうでなければ、お前程度ではかすらせることすらできんぞ!」

 

 拳だけでなく蹴り、ひいては全身を使って動けるように誘導していく。喧嘩慣れしていないと、意外に蹴りというものは出ないものだ。隙が大きいというのもあるが、素人はそれ以上に殴るということに集中し拘泥してしまうからだ。常人同士の喧嘩ならそれでもいいが、異能者として戦っていこうというのなら、全身を使いこなしてこそである。肉体系異能者ならなおさらだ。

 

 「ッ、このー!」

 

 サマーソルトキックで、こちらの接近を躱し、すかさず突っ込んでくるとは中々にいいセンスである。今のは物理系打撃スキル【サマーソルト*1】だろう。一瞬、ヒヤッとしたので間違いない。サマーソルトから一連の動きは、常人には到底不可能なものだ。最後の蓋は開いたと言っていいだろう。

 

 (それにしても、まず足技か。美雪は蹴りの方に適性があるのかもしれんな)

 

 先の攻撃さえ防がれたことで、とうとう形振り構わなくなってきている。スピードに任せて体当たりとは恐れ入る。これも恐らく物理系打撃スキル【ぶちかまし*2】だろう。明らかに普通の体当たりではない。

 

 (よし合格。二つもスキル覚えられたのは大きい。この娘、間違いなく才能あるわ。ご褒美に少しは鬱憤を晴らさせてあげるか)

 

 あえて避けるのを止めて、正面から受け吹き飛ばされる。

 

 「せ、先輩!?」「徹先輩!?」

 

 「大丈夫です、安心して下さい」

 

 やり過ぎたと思った美雪と端で見ていた愛の悲鳴が上がるが、みこがそれを遮るように声をかける。

 

 「そうそう、大丈夫だ。この通り、傷一つないぞ」

 

 俺もすぐに立ち上がり、即座に戻ってみせた。

 

 「驚かさないでくれよ、先輩」「そうですよ、徹先輩」

 

 「すまんすまん、でも、分かったか。これがお前の今の全力だ。大の男を軽く吹き飛ばせるだけの力がある。

 そして、それだけの力をもってしても、俺には傷一つ与えられない程度でしかない」

 

 俺の言葉に、美雪ははっとしたように俺を見た。頭の回転の速い彼女は、俺が言わんとすることことをすぐに理解したらしい。

 

 「分かったよ、先輩。私は確かに強くなったけど、上には上がいるっていうことだよな」

 

 「今ので、自分の全力も分かっただろう。みこ、あれを」

 

 「はい、徹。美雪ちゃん、これを」

 

 みこが懐から一枚の護符を取り出し、美雪に渡す。

 

 「先輩、これは?えっ!?」

 「美雪ちゃん!?」

 

 全身の力が抜けたように座り込む美雪に、愛が心配して駆け寄る。

 

 「異能封じの護符だ。とはいえ、霊格にしてLV10以下にしか効かない代物だから、そう大したもんじゃないが、今の美雪にはキツいだろう?」

 

 「前に言ってたのが、これなのか……」

 

 俺が悪魔業界に踏み入れるかどうかを確認した時、日常に戻る方法としてあげた例の一つを覚えていたらしい。納得したかのように、護符をまじまじと見つめる美雪。

 

 「さて、スイッチの作り方を説明する。まずは、今の異能を封印された状態を体感して覚えて貰う。その後、護符を取り上げても、封印状態と同様の状態を保てるようになって貰う」

 

 「あのやり方は分かりましたけど、それ物凄く大変じゃないですか?」

 

 美雪の脱力ぶりを間近で見ていた愛は、これがどれ程の荒行なのかを察したらしい。

 

 「ああ、かなりキツイと思うぞ。でも、今日中にできるようになって貰う」

 

 「「今日中!?」」

 

 美雪と愛の声が重なる。

 

 「そうだ。酷だとは思うが、美雪のことを誤魔化すなら、今しかない。遅れれば遅れるほど、悪魔業界の組織に覚醒したことを嗅ぎつけられる可能性が上がるからな」 

 

 「残念ですけど、徹の言うとおりなんです。この業界、本当に慢性的な人手不足なので、覚醒した異能者は一人でも多く欲しいのが偽らざる本音なんです」

 

 助けを求めるようにみこのほう見る美雪だが、みこは無慈悲に首を振って、悪魔業界の現状を説明した。

 

 「ほ、本当に今日一日で……」「美雪ちゃん……」

 

 美雪は絶望的な表情をするが、本当に時間がないので、彼女達自身のために嫌でも何でもできるようになって貰わねばならない。

 

 「じゃ、美雪の方はみこが見てやってくれ」

 

 「分かりました、美雪ちゃん頑張りましょうね!」

 

 「……は、はい、よろしくお願いします」

 

 みこの激励に、辛うじて答える美雪だが、その声に力はなかった。

 

 

 

 

 

 

 「さて、愛はこっちだ」

 

 「えっ?私も美雪ちゃんと同じことをするんじゃ?」

 

 徹の言葉に、愛は驚く。てっきり自分も同じことをすると思っていただけに予想外だったようだ。

 

 「いや、美雪は肉体系異能者だが、愛は異能が本体の異能者だからな。やることは当然違う。炎よ!」

 

 そう言って、徹は地面に魔法陣のようなものを地面に、炎で刻みこんだ。

 

 「この中に立つんですか?」

 

 「いや、この中に悪魔を召喚するので、拒絶してくれ」

 

 「拒絶ですか?」

 

 「そうだ。君は視えすぎるのが、問題だからな。希薄化しているピクシーすら視えてしまう君には、意図的に視ることを拒絶できるようになって貰う」

 

 「そんなこと出来るんでしょうか?」

 

 「美雪同様、嫌でもできるようになって貰う」

 

 半信半疑の愛に、徹は断固とした口調で応えた。異論は許さないと言わんばかりであった。

 

 「いいかい、先にも言ったが、事態の深刻さ加減で言えば、君の方が深刻だ。存在確立を補助できる今の君は、悪魔共にとっては垂涎の餌だ」 

 

 「悪魔の存在を確立するですか?私にそんなことが?」

 

 「悪魔はこの世界で実体を結ぶのに、生体マグネタイトというものを必要とする。これは人間の発する信仰や恐怖や愛などの想念から、悪魔は得ることができる。そのため、悪魔は人間を襲う。恐怖を煽り、血を啜り、肉を喰らって、生体マグネタイトを得るためにな」

 

 「……」

 

 徹の語り様は何でもないことのようだったし、言葉も平坦なものだったが、それがかえって愛の恐怖を煽り言葉を失わせた。そんなこと珍しくない当然のことだと、言外に語られているように感じたからだ。

 

 「そして、覚醒した異能者というものは、常人の何倍もの生体マグネタイトを発する」

 

 「だから、覚醒したばかりの私や美雪ちゃんは、格好の餌だということなんですね」

 

 「そうだ、特に君は限りなく希薄化した悪魔を視ることができる。分かるかい、視えるということはそこに存在しているということの証明になるんだ」

 

 愛に最も向いているのは、間違いなく悪魔召喚士だろう。徹が予想するに、恐らく彼女は召喚コストをかなり少なくできるはずだ。同時に、維持のための生体マグネタイトも少なく出来るということである。つまり、召喚維持できる悪魔の数が愛は、他者より多くなるのだ。

 

 (美雪もこの子も、才能ありすぎだろ。生体マグネタイトの容量も、サマナーとして申し分ない。オリジナルの魂の選別にも合格しそうだし、本当に早期に見つけられて良かった)

 

 もし、愛の噂が大々的に広まっていたら、高確率でアウトだったろうことは、徹には容易に想像がついた。早期に発見できた幸運に心から感謝する。やはり、知っている娘が不幸になるのは、見たくないものなのだから。

 

 「今から、この魔法陣の中にスライムという不定形の悪魔を召喚する。君にはそれを視えないという言霊で拒絶して貰う」

 

 そう言って、封魔管からスライムを召喚する。このスライムは、オザワ暗殺依頼の時に消滅しかけた悪魔を無理矢理封魔して、手に入れたものだ。最早、原型どころか自意識すら残っておらず、結界内でなければ一瞬で霧散するだろう悪魔だ。スライム合体による一時的ドーピングが出来るか試すために捕獲していたのだが、愛の力を試すにはちょうどいい教材だろうと徹は判断した。

 

 「不定形の何かが視えます。嘆き苦しんでいるの?……もしかして、元は違う悪魔だったんですか?」

 

 愛の目には、確かに魔法陣の中で蠢く不定形の何かが確かに映った。その嘆き様と苦しむ様は、とても見ていられるものではなかった。だが、それでも視ることを止めない彼女には、何かがダブって視えた。不定形ではない、確かな形をもった悪魔が。

 

 「分かるのか?そうだ、スライムとは悪魔が実体化しそこねた悪魔、若しくは実体化を維持できない程に弱った悪魔だ」

 

 「赤い、紅蓮のような狼か犬だと思います」

 

 あの異界でカジュアルが使役できる赤い狼・犬型の悪魔と言えば、北欧神話の地獄の番犬である妖獣ガルムの低位分霊だろうと、徹は当たりをつけた。

 

 (どうする?教えるべきか?これでもし戻せたら、間違いなく愛の才能は……。) 

 

 正直、徹は答を教えるべきか迷った。もし、彼には欠片も視えていないスライムの元の姿。それを視ることができる愛が、スライムをガルムに戻すことが出来たとしたら、それは凄まじい意味を持つからだ。

 

 「愛、君には今も視えているのだな?」

 

 「はい、徹先輩視えます」

 

 もう一度だけ確認し、その淀みない答に徹は覚悟を決めた。【その悪魔の本来の名前はガルムだ。だが、この名を呼ぶかどうかは君に任せる】と書いたメモとスライムが入っていた封魔管を渡す。言葉で教えなかったのは、徹の言霊が影響を与えるのを避けるためだ。

 

 (ここまで来れば、毒を食らわば皿までだ!)

 

 「……ガルム、貴方の名前はガルムです!」

 

 メモと封魔管を受け取った愛は、僅かな逡巡の後、高らかに悪魔の名を叫んだ。

 瞬間、愛の身から生体マグネタイトが溢れだし、結界内のスライムへと収束した。次の瞬間、結界内には不定形のスライムではない、確かな実体をもった赤い巨大な犬の悪魔が雄々しく立っていた。

 

 <マサカモドレヨウトハ……。ワガアルジヨ、ワレハ魔獣ガルム。エーリューズニルヲマモルガゴトク、アナタヲマモルコトヲチカウ!>

 

 愛と再誕した地獄の番犬たるガルムの間で、契約のラインが結ばれたことが徹にははっきり分かった。しかも、ただの仲魔契約ではない。本来妖獣としてか呼び出せぬガルムが、魔獣に在り方を変えて、忠誠を誓ったのだから。

 

 (カジュアル使役のガルムの霊格は本来LV11相当のはず。だというのに今のガルムの霊格はLV5相当。まさか、あのガルムが主である愛のために霊格を下げたのか!?ヤバイ、愛は本物の天才だ……。)

 

 愛の底知れぬ才能に、徹は本気で戦慄した。そして、古来より見鬼の才を持つ者が狙われる理由も嫌というほど理解出来た。

 

 「あはははっ、くすぐったいよ。よろしくね、ガルム!」

 

 普通の犬のように肉体を小さくして愛にじゃれつくガルムだが、こちらを見るその目は鋭く油断のないものだった。

 

 (裏切ったら、消滅覚悟で食い殺してやると言わんばかりだな。いやあ、本気でサマナーの才能ありすぎ)

 

 ガルムの確かな意思を感じ、愛の計り知れない才能に、徹は内心で途方に暮れるのだった。

 

 

*1
敵単体に小威力の物理属性攻撃。3ターンの間、防御力を2段階低下させる。

*2
敵単体に小〜大威力の物理属性攻撃。自身の残りHPが多いほど威力が上昇する




以後ダイスについて言及するのはやめます。それやるなら、ダイス結果を全部出せと友人に言われてしまいました。確かにその通りだと思いました。感想でも開示をしてくれないかというのもありまして、メモしている以外思い出せる限り書き出したのですが、とても全ては無理でした。なので、以降はダイス結果については触れません。これ以前のダイス言及も消すことにします。
後出し的なコメントで、気分を悪くさせてしまった方、申し訳ありませんでした。
今後も拙作にお付き合い頂けたら幸いです。

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