ペルソナのニャルをコズミックホラーと誤解した男   作:清流

19 / 27
女神召喚

 「うーむ、流石にこうしてくるとは予想してなんだわ。お前さん、頼ると決めたら、遠慮がないな」

 

 東京を守護する四神『玄武』に任じられている「亀山大樹」は、つい最近知り合った少年「卯月徹」の思わぬ依頼に苦笑せざるを得なかった。

 

 「クズノハとしては奪われた守護霊地が戻るんですから、悪いことではないでしょう?」

 

 「無論それはそうだ。東京にも近いあの地をメシアンに奪われたのは痛恨事であったからな。新藤の内紛に乗じて、親メシア教の佐竹が勢力を伸ばしたのが原因よ。こう考えると、つくづくあの老害は、余計なことしかしておらんな」

 

 (まさかその老害が、新藤麗子の祖父だとは夢にも思わなかったけど……。で、佐竹が佐竹晴彦の家で、あの時出てきた過激派メシアンは洗脳されていた父親。しまいには、アンジェリカの元になった女性は、晴彦の母親ときた。確かに晴彦は色素薄くてハーフって言われても違和感ないけどさあ。メガテン要素が関わったせいか、人間関係が複雑骨折している!)

 

 なんというか、状況を知れば、誰もがどうしてこうなったと言いたくなる惨状だった。

 

 「新藤翁は孫の誕生を機に、娘婿と娘に結託されて追い落とされ、その隙に乗じて、最近亡くなった佐竹当主が守護霊地の利権を分捕ったでしたか?」

 

 「お前さん、えらく詳しいな」

 

 「地元ですので」

 

 「そうだったな……。いかんいかん、どうにもお前さんは『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』の印象が強すぎるな」

 

 亀山は、徹の印象があの黒騎士とどうにも結びつかないことに難儀していた。歳不相応の霊格もあるが、交渉も手強いし、どうにも地方のホープである異能者というだけでは説明がつかない。なにより、彼の直感が目の前の男を甘く見るなと告げている。

 故に、亀山は同格の実力者を相手にするつもりで接している。

 

 (実際、考えることが中学生レベルではなかろうに。黒騎士として得た霊地の管理をクズノハに丸投げして、その管理者として地元異能者で有数の実力者としての自分達を指名させるとは)

 

 完全なマッチポンプ、名前の付け替えによる巧妙な手口だが、これは内部の実情を知っている者だけに分かる話だ。外部から客観的に見れば、『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』は霊地に縛られることを嫌い、クズノハがかつて奪われた霊地をクズノハに売りつけて、利益を得たように見えるだろう。霊地管理者として地方の実力者が選出されたことも、昨今の異能者不足を考えれば、不自然ではない。しかも、クズノハとしても、重鎮である信乃とほかならぬ亀山自身が、地方にも目を向けるべしと警句を発したばかりだ。ここで地方の実力者である若手異能者を抜擢することは、なんら不自然ではないのだ。唯一若すぎることだが、地方の異能者としてはありえない霊格の高さを考えれば、そこを評価してとなれば、いかにも実力主義のクズノハらしい判断となるだろう。

 

 「これでもそちらの利益になるようにしたつもりですが?」

 

 (こちらの利益も考えられる時点で、中学生の思考ではないと思うのだがな)

 

 何でもないことのように言う徹に、亀山は内心で苦笑する。実際、クズノハになんら損はない。実質的な管理権は徹達にあるとはいえ、公にはクズノハに霊地が戻ったことになる上、名目上クズノハの人員をある程度派遣して徹達を監視することも可能なのだから。それでいて、『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』とは取引できるだけの関係があると外部から見られるのだから、利益しかないとも言える。亀山としても、断る理由が全くないのがなんとも悩ましいことだった。

 

 「……お前さん、この絵図面を最初から想定していたのか?だとしたら、トンデモナイ狸だぞ」

 

 「いやいや、流石にこんなの予想できるわけないでしょう?大体メシア教から指名依頼が来るとか、夢にも思うわけないでしょう」

 

 「うむ、流石に邪推しすぎたな。すまん」

 

 「卯月徹」としてどうかは知らないが、『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』とメシア教の関係は理解している。本人が相容れないという通り、不倶戴天の天敵だろう。なにせ、メシア教は一神教。謎の神の使徒である『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』を認めることは、どうあってもありえない。件の指名依頼も黒騎士の戦力調査が目的だろうとクズノハは看破していた。亀山も全く同感なので、異論はない。とすれば、徹は偶々都合がいい状況があったので、それを利用したに過ぎないのだろう。

 

 (まあ、あの魔剣には驚かされたがな。恐らくあれだけではあるまいよ)

 

 あの指名依頼で明らかになった相当な格の魔剣には、クズノハも驚かされた。クズノハには、一時的に異界の核*1にされていた魔剣は、神剣にも匹敵するものだと見抜ける者がいたのだ。黒騎士に与えられた謎の神の恩寵は、想像以上のものがあると判断せざるをえなかった。そして、黒騎士を害せば、謎の神の怒りを買うであろうことも、容易に想像がついた。そして、あれを見た今では、亀山も負けないとは断言できない。クズノハ四天王ならいざ知らず、結界保持のために自身に玄武を神降ろしすることで、霊格を強化している亀山には荷が重いと言わざるをえない相手であったのだから。

 

 「正直、状況が都合が良すぎたのは否定しませんけど、それを上手く利用したに過ぎませんよ。地元の近隣にメシアンの拠点となる守護霊地があるのは嫌でしたし、安心できませんでしたからね」

 

 「まあ、お前さんの言うことも分かるがな。少々上手くやり過ぎたな」

 

 クズノハ内部でも、『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』の正体は、極少数だけ知る極秘事項である。なので、クズノハとしては問題ないが、秘密を知る者の中には、単なる特記戦力にとどまるところを知らない黒騎士に、脅威を覚える者も出てくるのは間違いない。かくいう亀山もその一人だ。

 

 「これでも一生懸命に考えたんですけどねえ」

 

 (一生懸命考えるだけで、思いつくものかよ。やはり、油断はするべきではないな)

 

 「まあいい。お前さんの依頼は了解した。新藤の依頼での件の禊ぎは、詫びも含めてこれで済んだと判断するがいいな?」

 

 「ええ、十分誠意は見せて貰いましたし、俺にも大いに得るところはありましたので、これで全部水に流しましょう」

 

 クズノハのからの委託管理で、「卯月徹」に明確にクズノハとの関わりができたのは大きい。クズノハとしても、形式的にとはいえ霊地が戻った上に『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』の窓口が明確化されたのは大きい。まさにWIN-WINの取引と言えよう。

 

 「こっちは「卯月徹」「神山みこ」に対するクズノハの識別符だ。受け取れ。全くこれを渡すのが今回の主題だったはずなのに、こんな依頼を持ちかけてこようとはな」

 

 「ありがたく頂きます。『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』で依頼を持ちかけるよりはマシだと思ったので」

 

 「これは痛いところを突かれたな」

 

 『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』の時はアナライズ結果が魔人になるという問題は未だに解決しておらず、クズノハには魔人というだけで忌避する者が少なくないからだった。

 故に、徹が気を遣ったという事実を否定できない。

 

 「まあ、俺も『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』が胡乱な存在であることを分かっていますから、別にいいですけどね」

 

 「無論、正体を知っている者は違うぞ。だが、クズノハにとって魔人とは特別なものなのでな。勘弁してくれんか」

 

 あの歴代最強と呼ばれた十四代目ライドウが残した警告なだけに、魔人の脅威へのクズノハの恐怖は本物なのだから。

 

 「いいですよ、その分『神山みこ』と俺の後輩達に便宜を図って頂ければ」

 

 「……自分にとはいわんのだな」

 

 「流石にそこまで厚顔にはなれませんよ。俺が『焔の黒騎士(ナイトブレイザー)』として活動する限り、もしもはあり得ることですから」

 

 徹は、この世界がメガテン世界であることを確信している。である以上、世界崩壊案件はゴロゴロしているし、彼より強い存在がいるだろうことも理解しているのだから。自分が死んだ時の万一の備えとして、クズノハとの伝手は彼女達に残すものとしては最上なものだと考えていた。

 

 (誰にも顧みられることなく、謎の黒騎士として死ぬことも覚悟しているということか。成人もしていない子供のする顔ではないな)

 

 「分かった、任せておけ。だが、お前さんも命を粗末にするんじゃないぞ」

 

 「ええ、勿論ですよ。少なくとも犬死にするつもりはありませんから」

 

 (それは意味があれば、命を賭けるということではないのか?ハア、なんとも判断に困るこぞ……いや、男よな)

 

 これで性根がもっとあれだったら、亀山も明確な脅威として一線を引けるのだが、徹が善性であることは普通に分かるし、覚悟や言葉が本物であるのも理解出来てしまう。その為、クズノハの戦士達に通じるところを感じ、どうにも甘くなる部分がでてきてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クズノハから卯月町近隣の霊地管理者として、俺とみこがマッチポンプで選ばれたことに、近隣の異能者達が快挙だと沸き上がる最中、徹は相棒であるみこと、弟子ということになっている愛と美雪を件の霊地の異界に呼び出していた。

 

 「ここがそうなんですね」

 

 「うわー、本当に何もない」

 

 「広い平原でしょうか?モンゴルとかこんな感じなんですかね?」

 

 上からみこ、美雪、愛の異界に入った時の反応である。

 実際に異界の中は何もない。なにせ、メシアンの残していた仕掛けごと異界を完全に浄化したのだから、メシアンにとって都合の悪い物を捨てる廃棄場であった名残は一片たりとも存在しない。

 

 (アフーム=ザー、意外にいい仕事するなあ)

 

 実は俺にとってもこの光景は、予想外である。魔剣に異界の再生を頼んではいたが、ここまでやってくれるとは夢にも思わなかったのだ。

 

 「三人ともこっちだ」

 

 そんなことはおくびにも出さず、何でもないことのように振る舞いながら、三人を異界の中心部へと案内する。そこで俺達を迎えたのは、思いもがけず神秘的な光景であった。

 

 「綺麗……」「「……」」

  

 異常なほどに澄んだ水を湛える湖の中心に、一本の美しい剣が浮いている。

 そんな光景に、みこのみが感想を漏らし、愛と美雪は剣の威に呑まれたように言葉を失った。

 

 「さて、みこ、愛、美雪。三人に来て貰ったのは他でもない。大切な話があるからだ」

 

 「大切な話ですか……」

 

 「私達もいいのかよ?」「みこ先輩だけじゃないんですか?」

 

 みこは、何か心当たりがあるようで、驚きはない。美雪と愛は、話の対象がみこだけなかったことに、まだ悪魔業界に入って日が浅い自分達も含まれることに少し驚いていた。

 

 (本当なら、そのつもりだったけど、君達も才能ありすぎるからね。知らないままは怖すぎる)

 

 その疑問はもっともで、当初はみこだけに明かす予定だった。しかし、両者の才能が明らかになったので、むしろ、知らない方が良くないだろうと判断したのだ。

 

 「三人は、この異界を浄化制圧したのが、誰だか知っているかな?」

 

 「確か、ここ二、三年で急速に名を上げてきた神出鬼没の異能者焔の黒騎士(ナイトブレイザー)ですよね」

 

 みこは淡々と答えるが、やはりという感じがある。薄々感づかれてはいたらしい。この三年、もっとも傍にいたのが彼女なのだから無理もない。

 

 「私達を助けてくれた人なんだろう?直接礼を言いたいよなあ」

 

 「ここ二、三年……。そして、徹先輩がここでその話をする。つまり、そういうことなんですね?」

 

 美雪と愛の反応は対照的だった。美雪はハッキリ覚えているせいで、かえって黒騎士と俺が重ならなかったのだろう。感想は素直なものだ。そして、異能を自分のものにしつつある愛は、その異能で分かったのだろう。完全に確認するような口ぶりであった。

 

 愛の異能、それは星見などではなく、見鬼の才と結びついて縁を見るものだった。彼女はタロットを通じて星を見たわけではなかったのだ。

 愛はタロットに含まれる意味や要素と占われる人間の縁に基づいて、占い結果を読み取っていたのだ。彼女がスライムからガルムの姿を見ることができたのは、縁を読み取ったからなのだ。そして、俺と焔の黒騎士(ナイトブレイザー)の縁も読み取ったのだろう。

 

 「そうだ。そして、焔の黒騎士(ナイトブレイザー)は、この俺だ―――アクセスクトゥグア!」

 

 瞬間、俺の全身は炎に包まれ、その後に赤いマントをなびかせた黒騎士が現れる。

 

 「そういうことでしたか」「せ、先輩が!?」「やっぱり……」

 

 みこは納得したように頷き、美雪は驚きを隠せず、愛は自身の予想通りの結果に満足げだった。

 

 「それじゃあ、クズノハから私と徹が指名されたのは、徹が裏から手を回したからなんですね?」

 

 「流石はみこ、すぐに分かるか。そうだ、俺が焔の黒騎士(ナイトブレイザー)として霊地をもらい受け、それを形式上クズノハに丸投げして、実質的に管理するのは俺達という風にしてもらったわけだ。それにしても、違和感は感じていたのか?」

 

 「ええ、徹が実力を制限しているのは分かっていましたから。それに忘れてるみたいですけど、徹が普段つけている魔封環*2はうちの神社のものですから。白狐様も見抜いておいででしたよ」

 

 「あー、やっぱり?そんな気はしてたんだよねえ」

 

 魔封環は、使い道のない死蔵品だって聞いて、親父さんから秘密裏にもらい受けたものだが、みこはしっかり覚えていたらしい。白狐にバレているのは、彼の口ぶりや態度からなんとなく察していたのだが、間違っていなかったらしい。

 

 「……必要なことだったんですよね?」

 

 みこは俺に秘密にされることを極端に嫌がる。それだけに、今の彼女から感じられる重さは中々のものだ。

 

 「勿論だ。そうでなきゃ、俺がみこに秘密を作るわけがないだろう?というか、親父さんとの約束でもあったんだ。みこを守れるだけの力量を身につけることはな」

 

 正確には、最終修練の行の単独突破がみこと添い遂げるための条件だった。なので、みこと共に突破した時には、本気で驚かれたし、常の修行のあれっぷりも滅茶苦茶怒られたものである。

 

 「父様なら言いますね。ということは、父様は知っていたと……」

 

 みこのが表情を消し、声が低くなる。

 

 (親父さん、ごめんなさい!犠牲になってくれ!)

 

 実際には、みこがついてきそうだからというのも大きいし、クトゥグアの力を使いこなすためでもある。何より、メガテン世界で停滞は死と同義だ。少しでも早く強くなっておかなければならないという強迫観念に駆られていたのだ。

 

 「せ、先輩があの時の黒騎士なの?」

 

 「そうだ、すまないな。あの時は本当の意味で守ってやれなくて」

 

 泣き出しそうな美雪の頭を撫でる。彼女達二人を覚醒させてしまったのは、本当に痛恨事だったから。

 

 「そ、そんなことない!先輩は私達を守ってくれた。覚醒したのだって、先輩のせいじゃない!」

 

 「そうか、ありがとうな。でも、俺は美雪と愛に日常に戻って欲しかったんだ」

 

 それは偽りのない俺の本音だ。悪魔と関わっていいことなどないのだから。

 

 「徹先輩が助けてくれたから、私達は今ここにいられるんです。それ以上に幸いなことがあるでしょうか?」

 

 生きてこの場に立っていられること、あの時死んでいればそれすら不可能だったと、愛は気丈に言う。

 

 「愛、そう言ってくれるのは嬉しいがな」

 

 自分が転生してきたせいで、彼女達が巻き込まれたのではないかという疑念は消えない。生まれつきの覚醒者であるみこはともかく、健太郎や瑞穂が覚醒しなかったことに心から安堵しているのは、俺だけの誰にも言えない秘密だった。

 

 ――ニャルの奴は嘲笑しまくってくるが!

 

 「愛」「美雪ちゃん」

 

 俺の煮え切らない態度に、二人は業を煮やしたのか、互いに顔を見合わせると頷き合う。そして、次の瞬間二人で飛びつくように抱きついてきたのだ。

 

 「お、おい!?」

 

 泣きながら抱きしめてくる二人に、驚きと動揺で声がうわずる。どうしろというのだ。

 

 「先輩、本当にありがとう」

 「徹先輩、本当にありがとうございます」

 

 二人の心からの感謝に、俺はされるがままになるしかなかった。

 余談だが、みこの視線が凄い痛かったということだけ述べておこう。後輩二人に対しては暖かいものだったが、俺に対しては……。

 

 

 

 

 

 

 「さて、今日のメインイベントといこうか」

 

 徹が焔の黒騎士(ナイトブレイザー)であることを明かしたことで色々あったが、しばし後に皆落ち着きを取り戻していた。そんなタイミングで元の姿に戻った徹は、何でもないことのように言った。

 

 「「「えっ!?」」」

 

 流石に、三人ともこれは予想していなかったのだろう。今回のメインイベントというか主目的は、焔の黒騎士(ナイトブレイザー)の正体明かしだと思っていたから無理もない反応であった。

 

 「いや、今日の本来の目的は、この異界の主、ひいては表の神社で信仰を捧げる祭神を召喚する為だぞ」

 

 そう、魔剣であるアフーム=ザーはあくまでも臨時の代理でしかない。徹としても、切り札である魔剣を使えない状況は困るのだから。

 

 「じゃあ、徹が秘密を明かしたのは?」

 

 「召喚には制限なしの全力を出すから、その説明も兼ねてだな」

 

 「ついでなのかよ」「……」

 

 徹の答に、問いかけたみこは勿論、美雪と愛も微妙な顔をしている。まあ、彼女達からすればそっちの方が重大事であったろうから当然だろう。

 

 「ついでというわけじゃないが、どっちが重要かというとこっちだな。皆心してくれよ。今から召喚する悪魔こそが俺達の最後の砦であり、霊地の要になるんだからな」

 

 徹としても、彼女達の言わんとすることは分からないわけではない。だが、彼女達を守るという大目的に比べれば些事でしかない。それくらい、この異界の主の召喚は重要なのだ。

 

 「異界の主となる悪魔は、何を召喚されるのですか?やはり、八百万の神々を?」

 

 「いや、メシア教が徹底的に霊脈をいじったらしくて、生憎と日本の神を召喚するのは向かないんだ。浄化はしたが、霊脈を完全に正常化するには時間がかかる」

 

 一神教であるメシア教にとって、八百万の神など認められるはずもない。日本神召喚を妨害する最大限の霊脈加工がされているのに加えて、八十枉津日神を騙る怨霊の集合体が土地神として霊脈を汚染していたのもある。念入りに浄化したとはいえ、普通の悪魔では悪影響が出るのは間違いない。つまり、ここで召喚するのは、日本神ではなく、それでいて黄泉の穢れを耐えるのではなく受け容れられる神であることが求められる。

 

 「召喚するのは、ギリシャ神話の女神ペルセポネーだ」

 

 春と植物再生の女神で、ハーデースの妃たる冥府の女王。彼女こそ、この異界の主に相応しい女神だと徹は考えていた。

 

 「あの浚われてしまった女神様ですか?」

 

 「浚われた?」

 

 「うん、あのね……」

 

 愛はペルセポネーの神話について少なからず知っているようだ。知らない美雪に説明している。

 

 「権能は、恐らく豊穣と再生、そして冥府の神としての性質をもっているからですか?」

 

 みこは、徹がペルセポネーを選んだ理由にすぐに思い至ったようだった。

 

 「ご名答」

 

 この異界の元々の用途を考えれば、黄泉穢れをどうにかできる神であることは必須だ。それでいて、再生に繋げられる神でなければならない。日本神ならば、伊邪那美を考えただろうが、徹の炎は彼女と相性が最悪だろうから、やはり違う神だったかもしれない。

 

 「なるほどねえ、色々考えなきゃいけないんだな」

 

 「勉強になります」

 

 神話を聞き終えた美雪が感心したように言い、愛が学習意欲旺盛にそう言う。

 

 (とはいえ、心配事もある。メガテンだとメジャーなのは、死神としてのペルセポネーだ。愛のガルムの件でそれはどうにかできるだろう確信は得たが、ぶっつけ本番だしなあ)

 

 そう、メガテンにおいて仲魔になるのも敵になるのも、冥府神としての側面を強調されているせいか、ペルセポネーは死神として登場するのだ。だが、今徹が召喚しようとしているのは、女神ひいては豊穣の神としてのペルセポネーだ。できるという確信はあっても、いきなりは流石に怖い。

 

 ――というか、神に関わるのはなあ。

 

 それが徹の偽らざる本音だ。クトゥグアとニャルラトホテプ、本物の神性と殆ど神同然の存在に常に見られているような彼にとって、神に関わること自体、ナンセンスだと言わざるを得なかった。触らぬ神に祟りなしとはよくいったもので、基本的に人が神と関わっても碌なことにはならないのだから。できれば、みこも愛も美雪も、神になど関わって欲しくはないと、徹が思ってしまうのは無理もないことであった。

 

 (とはいえ、今回ばかりはそういうわけにもいかんのよなあ)

 

 異界の主にして守護神となる神には、彼女達三人の面通しは必須だし、彼女達側も知っておく必要があるのだから。

 

 四肢につけられた封魔環を外し、異界に炎によって刻んだ召喚陣の前に徹は立つ。そして、異界のペルセポネーの御霊へと呼びかける。

 

 「我は求め訴えたり、女神ペルセポネーよ、現世の縁を求めんとするなら、我が声に応えよ」

 

 <何者ですか?何用で私を召喚しようというのですか?>

 

 「私は卯月徹、この霊地の管理者です。貴女にはこの異界の新たなる主になって頂きたい」

 

 <ギリシャではない土地で、なぜ私を欲するのですか?>

 

 「この地はメシアン共に穢されました。浄化はしたものの、その影響は計り知れず、冥府の穢れをもものともしない貴女が最適だったのです。冥府の女王よ」

 

 <なるほど、死神でもなく無垢な女神コレーとしてでもなく、完成した女神である私を欲するのはそういうことですか>

 

 「ご理解頂けたなら、応じて頂けますか?勿論、祭神として祀り信仰を捧げる所存ですが」

 

 <悪くはないですね。ですが、私は母に死神以外での顕現を禁じられています。どうしても、女神としての私が欲しいというのなら、私の母デーメーテールを共に召喚するか了解を取ってください>

 

 (なるほど、メガテンで死神でしかでなかったのはそういうことか。母子召喚しろとか、そら普通はしないわな)

 

 神というの一柱でも厄介である。それが二柱ともなれば、厄介ごとは倍どころの話ではない。誰もペルセポネーを女神として召喚しようとしないわけである。

 

 「承知いたしました。大地母神デーメーテールよ、我は汝を召喚するものなり。汝が娘、女神ペルセポネーと共に召喚されることを良しとするならば、応えよ!」

 

 <なんとも珍しい。妾に了解をとるのではなく、共に召喚を選ぶとはな>

 

 「貴女がそれを良しとするはずがないのは理解していますから」

 

 デーメーテールにとって、愛娘であるペルセポネーがハーデスに浚われたことはトラウマなのだろうと徹は推測していた。故に、デーメーテールのいないところで、女神ペルセポネーを召喚することは、トラウマの焼き直しになり、彼女に喧嘩を売っているも同然の行為になるのだろう。当然、了解など得られるわけもない。

 

 <いいだろう。その直裁な口ぶりは嫌いではない。なれど、妾と我が愛娘を同時に召喚するのは中々の難行。それ程の力量がお前にあるかな?>

 

 「見ていろ大地母神!地母神デーメーテール、並びに女神ペルセポネーよ、我は汝らを召喚する!」

 

 クトゥグアの炎で刻まれた召喚陣が過負荷に明滅する。召喚陣そのものはポピュラーなものなので無理もない。クトゥグアの炎で補強しているとはいえ、本来二柱同時に召喚するようなものではないのだから。

 

 「徹!」「先輩!」「徹先輩!」

 

 三人が心配そうな声を出す。

 

 (大丈夫だ、この程度の負荷、クトゥグアに灼かれた時を考えれば軽いもんだ!)

 

 転生した際、クトゥグアに請願し、その炎を下賜されたが、それはクトゥグアの炎で魂を灼かれると同義だ。その時を考えれば、この程度の召喚の負荷など、気にもならない。

 

 全身から収奪される凄まじい量の生体マグネタイト。霊格にしてLV50クラスの神霊二柱がここに現れようとしている。その凄まじいマグネタイトの奔流に、美雪と愛はたまらず膝をつき、みこだけが耐えて立っている。

 

 「出でよ、地母神デーメーテール、女神ペルセポネーよ!」

 

 徹の最後の言葉に、マグネタイトの奔流が召喚陣の中心へと収束し爆発する。

 

 <本当に妾とペルセポネーを同時召喚して見せようとは、見事である>

 

 <ええ、まさか本当にこのようなことが叶おうとは思いませんでした。感謝します、サマナー>

 

 次の瞬間、そこにいたのは、豊満な肢体を持った慈愛と厳しさを併せ持った美女と清楚で光り輝くような美貌をもった美女だった。

 

 「地母神デーメーテール、女神ペルセポネーよ、貴女達をこの異界の主となす。その代わりに貴女達を祭神として祀り、信仰を捧げることを誓う。この契約を諾とするならば、汝らが名をもって誓約せよ」

 

 <いいだろう。難行を成したものには褒美を。地母神LV48デーメーテールは誓約する>

 

 <同じく女神LV48ペルセポネーも誓約します>

 

 「ここに契約は結ばれた。契約を違えることならば、我は双方の死を以て応報する」

 

 誓約が成されたことで自由になった魔剣を構え、徹は契約の最後の文言を唱える。

 

 <なるほど、大言壮語というわけではないか>

 

 <フフフ、私達を使役するだけの力は持っているようですね>

 

 (やはり、神は油断ならない。こいつら俺が従う価値がないと思ったら、異界乗っ取って好き放題やる気だったぞ、絶対)

 

 両女神にそこはかとない不安を覚えながらも、徹は契約を終えたのだった。

*1
表向き、異界の主ではなく核ということになっている。これは魔剣の来歴を知る者が徹しかいないし、真実を知られれば大騒ぎになることは間違い為

*2
霊格を一定に抑え、それ以上の余剰マグネタイトを貯蔵する特殊な腕輪。シンプルな銀環なので、ファッションとしてつけていても違和感がない




アンケートありがとうございました。少しでも感想でも駄目という意見があった以上、ダイスへの言及は今後は一切しないことにいたします。ご協力ありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。