「ッ!?」
みこは将門公から褒美として賜った弓を引こうとして、凄まじいまでの拒否感を感じた。それは引こうとすればするほどに強くなり、しまいには全身に激痛が走るにまで到る。これでは集中して矢を放つなど不可能だ。
「公から賜った物であるから、所有者としては認めて貰っているようですが、使い手としてはやはり駄目ですか」
みこは、自分でもやる前から半ば分かりきった結果を体感し、改めて己の力不足を思い知る。今さらになって思うが、随分と身の程知らずの無茶をしたものだと自分でも思ってしまう。それ程に公との謁見は、危険な行為であった。正直、徹が一人で再度の謁見を独断でしたことを謝ってきた時は、湧き上がる怒りより胸を撫で下ろす安堵が勝ったことは否定できない事実だった。
(恐らく徹の添え物として、私は存在を許されたに過ぎなかったのでしょう)
公との謁見は、一定以上の霊格がなければ身の程を知らない者として魂を消滅させられてもおかしくはない。みこはその基準を満たしていなかっただろうことは、もう悟っている。みこが助かったのは、公に舞を捧げた巫女というのもあるが、何よりも徹がその基準を満たしており、彼女を守っていたというのが大きかったのだから。
「私は徹に比べて弱いです。分かっていたことですが……」
徹との霊格の差は広がるばかりで、ちっとも追いつけない。それはみこの才能が劣るというよりは、純粋な戦闘経験の差であったが、彼女にとってはどちらであろうと関係ない。徹の隣に立ち地獄まで添い遂げることこそが、彼女の至上命題なのだから。
「私では不足なのですか?」
神山家史上最高の才能と言っても、所詮地方の異能者基準に過ぎない。魔都東京の最前線で戦い続けるクズノハや、その最精鋭たる四天王には及ぶべくもない。井の中の蛙に過ぎないとすら、みこは思っていた。実際には、彼女の才能は、それに比肩するものなのだが、当人にそれを分かれというのは酷な話だろう。なにせ、比べる相手が悪すぎるのだから。
「みこ、ここにいたのか。その弓は……駄目だったのか?」
探しに来たであろう徹に声をかけられる。みこの様子から、すぐに結果を察したのだろう。なんとも言えない表情をしていた。
「はい、私はこの弓を扱うには未だ未熟ということですね」
「……。みこ、そんなに急ぐ必要は無いんだぞ。俺達の歳で、みこの霊格はトップクラスの高さなんだから」
それは心からみこを案じた為の言葉だったろうが、今のみこは聞きたくなかった。
「それでは貴方の傍にいられません!」
みこは心の底から叫ぶ。徹の隣を誰かに譲るつもりはないのだから。
「俺はみこを護りたいんだが、それでは駄目か?」
弱くてもいい、護られてくれという徹の本音は、みことて分からないわけではない。素直に嬉しいと思うし、女冥利に尽きると思うところも多々あるからだ。
だが、それでもみこは徹を孤独にするのは嫌だった。彼女を周囲との断絶という孤独から救ってくれたのは徹だった。そして、想いを互いに通わせた唯一無二の背の君でもあるのだ。ならば、みこが救わずして、誰が徹の孤独を癒やせるというのか。
「私は守られるだけの存在にはなりたくありません。貴方の妻として、助け合い支え合う存在になりたいんです」
みこは知っている。徹もまた何らかの孤独を抱えているということを。それはけして余人に理解できるものでないことも理解している。理解出来るなら、徹はとっくに話しているであろうから。
だからこそ、みこに出来るのは傍にいることだけなのだ。そうすることで、貴方の隣には私がいると、徹に教え続けなければならない。
「みこ、お前……」
みこの断固たる態度に、単純な恋慕や力不足による焦燥感以外のものを感じ、徹はそれ以上何も言えないのだった。
「なんだよ、これ?こんなことがあってたまるものかよ!あっていいわけがないんだ!」
メシア教過激派に所属するテンプルナイトは、目の前の現実を受け入れられないでいた。
彼の目の前にあるのは、彼が所属していたテンプルナイトの一個分隊全員の屍だった。メシア教過激派に属する彼の分隊は、武闘派と知られ、霊格もLV40に迫る実力者揃いだったというのに、無惨に殺され尽くしていた。その念の入りようは、蘇生を不可能にするためのものだと理解出来る。なにせ、今まで自分達が異端者や背教者達にやってきたことなのだから。
「ありえない、アリエナイ!」
メシア教過激派でも、相応の実力者揃いとして我が世の春を謳歌していた彼らは、今は一方的に狩られる弱者でしかなかった。その現実が彼には認められなかった。
(簡単な、そう、簡単な聖務だったはずだ。地方の異能者にしては高い霊格を持っている女を浚うだけの、簡単な……。)
標的の名は『神山みこ』と言ったはずだ。類い希な才能と名があまりに都合がいいということで、人工メシア計画の聖母候補になり得るとして、命じられたことだった。
大天使も含めてかなりのリソースを注ぎ込んだ東京封鎖が失敗して、大幅な失点を被ったメシア教は追い詰められていた。このままでは、日本から排除されかねない程度には大きな失敗であった。
それだけにメシア教は一旦表側では活動を自粛せざるを得なかった。それがヤタガラスの復権につながり、ひいては日本政府への影響力を減じることになるのは忸怩たるものであったが、今は耐え忍ぶしかないというのが、穏健派の結論であった。
しかし、過激派は異なる。元より、無宗教を思わせる日本人そのものを嫌悪する者が少なくない過激派にとって、日本政府に気を遣ってやる理由など一分たりとも存在していないのだから。
故に、穏健派が身動きを取れなくなっている状況でこそ、過激派は裏で蠢動することにしたのだ。今回の聖務もその一つに過ぎない。聖母候補である異能者の女を浚ってくる、それだけのはずだった。
(若き俊英などと騒がれてはいても、所詮は地方の異能者。魔都東京の最前線で戦う我らに敵うはずなどない。そのはずだった……。)
だが、目の前の現実はどうだろう。率いてきた50余りの天使は皆殺しにされ、精鋭であるはずのテンプルナイトも、今や己しか生き残っていない有様である。到底信じられるものではない。これをやったのが、標的である少女とその相棒である少年、そして、その使役する悪魔だというのだから。
「なんなんだよ、お前らは!」
しかも、少年少女には傷一つもない。あからさまに人気のないところへ誘導されていたことには気づいていた。それでもまんまと誘導にのったのは、罠や伏兵があっても踏み潰せると驕っていたからだ。いや、罠や伏兵であれば、まだ良かった。まさか、目の前の少年少女に正面から叩き潰されるなど、夢にも思わなかったのだから。
「何って、地方の異能者でDBだけど?」
「確かにそうとしか言えませんね」
テンプルナイトの叫びに、二人は顔を合わせて苦笑する。散々殺したというのに、二人は無傷で返り血すら浴びていない。弓と術が主体のみこはある意味当然とも言えるが、自身も切り込んでいた徹がそうなのは異常と言えた。とはいえ、それにも一応理由がある。この場には、メシアンスレイヤーとも言うべき悪魔がいたからだ。
<二人とも、地方の異能者としては強過ぎるから、こいつらからすると詐欺みたいなものでしょう?>
返り血をたっぷりと浴びて尚、その金髪で長い耳をした女悪魔は美しかった。鮮血の紅が妖艶さすら覚えさせる魔性の美しさをもつアンジェリカだった。今や霊格LV60に達している彼女は、ハイレベルアップによりハイエルフへと進化していた。当然、そのキリングマシーンぶりも強化され、その結果が目の前の惨状とも言えた。アンジェリカは、メシアンとガイアーズに対しては、一切の容赦が無いからだ。まして、それが主の恋人である少女を狙った襲撃者であれば、何をいわんやだ。
「金色の殺戮者……!?」
そう言って、過激派の中で最近噂になっていたのをテンプルナイトは思い出した。どこからともなく現れて、この近辺のメシアンを容赦なく殺す何者かのことを。ただ、遭遇した者は根こそぎ殺されており、正体は不明だった。唯一、襲撃された時に運良く崖から落ちて死んだことで、蘇生可能な状態だった者がいたのだ。そこから、殺戮者は金色の髪をしているという情報だけがやっと入手できたのだ。彼自身は眉唾物だと半信半疑だっただけに、実在していることをまさか己で証明することになろうとは、なんとも皮肉なことであった。
<へー、私も有名になったものね。もっとも、あんたらに有名になっても嬉しくないし、まさか逃がしたのがいたとは、私もまだまだね>
「もう少し探査も磨くべきだな。お前は少し脳筋に過ぎる」
女悪魔の失敗したなあという口ぶりに、主であろう少年が諫めるように声をかける。
<しょうがないじゃない。私の奥底にある何かが言うのよ。メシアンとガイアーズを殺せってね。見境なく殺してないだけ褒めて欲しいわ>
「……起源を考えれば、確かにマシな方か。お前が頑なに悪魔合体を拒否して、ハイレベルアップでここまで来たのもそういうことなのだろうからな」
少年はなんとも言えない表情で思案している。ただ、彼からしても、女悪魔の言い分は認めざるをえないものなのだろう。
「アンジェリカさんは我を忘れて戦いに狂乱する狂戦士ではないですけど、徹頭徹尾殺意に染まって、冷徹に合理的に殺そうとしますからね」
少女も痛ましい表情で、女悪魔を評するが、その表情とは裏腹に、言っていることは物騒そのものだった。
「不信心者共めがあ!」
怒りも露わに吐き捨てるテンプルナイトだったが、三者にはまるで響かない。女悪魔は無表情に、少年は呆れ、少女は哀れみを浮かべている。それが酷く癇に障る。
「不信心者?そら、お前のことだろ?聖書に異端は殺せなんてどこにも書いてないし、別宗教を排斥しろなんて書いてないよな?お前らの神を一番裏切っているのはお前ら自身だろう?」
心底軽蔑すると言わんばかりの少年の言葉に、テンプルナイトは怒りが爆発した。無宗教なこの国の人閒に、あろうことか自分ほど敬虔な信者が、神を裏切っていると賢しらに言われたのだ。許せるはずもなかった。
だが、テンプルナイトは思い出すべきだった。彼が生き残ったのは、彼が分隊で一番の実力者というわけではなく、単純に一番後方に配置されていた為なのだということを。
少年へと一直線に特攻したテンプルナイトは、そこに遮るように現れた女悪魔に、一瞬で両手両足を切られ、達磨にされた。
「ああっ、俺の腕、俺の足⁉⁉⁉」
<私に勝てないのに、サマナーに勝てるわけないでしょう。身の程知らずもここまでいくと清々しいわね>
呆れたように言う女悪魔にテンプルナイトは、痛みにうめくことしか出来ない。それはかつて彼が信仰を理由にして無慈悲に殺してきた者達と何も変わらないのだということの証左だった。所詮、どんなお題目を掲げようと人殺しは悪であり、同胞殺しは生物として忌むべきことなのだ。それに気づけなくなった時点で、彼はもう狂っていたのかもしれない。信仰という甘露な毒に……。
「嬲るなとは言わんが、あまり声を出させるな。結界を張って人払いはしているが、防音効果があるわけでない」
そう言って、テンプルナイトを斬首した少年の顔には何の感慨も浮かんでいない。
<ゴメンなさい、サマナー。この愚か者が何も出来ない状態になって、あの連中はどうするのか、ちょっと興味があったのよ>
「やはり、天使と名乗っていても、悪魔に過ぎないのですね。絶体絶命の信者を助けることなく、容易く見捨てるなんて」
みこが哀れむように言ったその瞬間、背後から三人を雷光が襲うのだった。
<主に作られた我らを、悪魔呼ばわりとは、やはり、この国の者には主の愛は過ぎたもののようですね>
二対の翼をもつ大天使がそんな言葉と共に現れたのだった。
<主に作られた我らを、悪魔呼ばわりとは、やはり、この国の者には主の愛は過ぎたもののようですね>
真打ち登場と言わんばかりに、威厳たっぷりに登場する大天使。その背後には大勢の天使が控えている。
だが、発言とは裏腹に、やっていることが不意討ちなのは、なんともしまらないことである。
「随分なことするじゃないか、大天使。ちょっと余裕がないんじゃ――!?」
「なぜ、貴女が!?」
当然のように不意の雷光を防ぎきった徹とみこだったが、大天使の姿を見て二人は揃って絶句した。
<おや、その反応……そうですか、この器の娘を知っているようですね>
そう、大天使の器となっている者は、見覚えのある人物だったのだ。二対の翼をその身から生やし、大天使の憑代となっているその女性は、忘れもしない異世界の神に捧げられるはずの生贄として育てられ、ある青年の尽力によってその運命から解放されたはずの神代美耶子だったのだ。
とはいえ、大天使に肉体を完全に乗っ取られた彼女の顔は、本来のものとは比べるもなく狂気に犯されていた。
「貴様、よりにもよって、ようやく解放されたその娘を乗っ取りやがったのか!」
ようやく自由に、ようやく悪魔業界に関わりながらとはいえ、日の当たる場所を歩けるようになった女性に許される所業ではない。徹の怒りは、一瞬で沸点を超えた。
<ほう、やはり、この娘、その類の宿命を持っていましたか?あまりに容易く、あまりに諦観が深かったので、おかしいとは思っていましたが、そういうことですか>
どうやら大天使も美耶子の在り方には、色々疑問があったようだ。ようやく合点がいったという風に独り頷く。
「ぬけぬけとよくもほざいたな。貴様は殺す!」
<ククク、知らぬとは言え、この大天使レミエルに仇なそうとは、不敬であるぞ、人閒!>
レミエル、『神の雷霆』『慈悲の意』を意味する幻視を支配すると言われ、神の言葉を人間に伝えるというメッセンジャーでもある天使だ。その別名はラミエルともいい、エヴァンゲリオンに使徒として出てきたりもしているビッグネームだ。断じて、おいそれと出てきていい存在ではない。まして、慈悲深いと言われる彼女が狂乱しているのも意味不明だった。
「レミエルだと!?」
徹は驚愕した。デビルサバイバーの本来の歴史では、レミエルは天音に憑依し、主人公をロウルートへ導く存在だったはずなのだから。しかも、メガテンで出てくる天使としては、屈指の善性を持った天使であるはずなのだから。このような所業は、夢にも思っていなかった。
<おや、我が名を知りますか。この国の人閒にしては勤勉なことです。本来ならば、それに免じて慈悲をあげたいところですが、今の私は機嫌が悪いのですよ。
――それにこの忌々しい気配からして、その籠手らしきもの、バアル由来のものですね>
「だとしたら、なんだと?」
<いえ、単に私の憂さ晴らしの対象になると言うだけですよ!>
そう言うが早いか、再び徹達に放たれる極大の雷光。『神の雷霆』というのは伊達ではないらしい。
「悪いけど、効かないよ」
だが、雷光は徹達を傷一つつけることすらかなわなかった。なぜなら、徹が掲げた籠手に全て吸収されてしまったからだ。
<バアルの権能を一部とは言え、再現しているのか!?不敬な!主の大敵たるバアルの力を人の身で振るうとは!>
レミエルは明らかに激昂していた。
「そんなことどうでもいいんだよ!さっさとその娘の肉体から出ていけ!然もなくば……!」
<折角思いがけず手に入れた理想の器をみすみす逃すわけないでしょう?本来、狙っていた娘は行方知らずになってしまいましたが、私と同じ幻視という異能をもつこの娘は思いの外相性がいいのですよ。
それに、お前に殺せるのですか?この肉体ごと私を?>
どうやら、やはり天音が本来の憑依対象だったようだ。だが、徹達がイゼベルを祓い、レミエルの憑依を恐れて天音を結界内に隔離保護したことにより、天音を完全に見失ったレミエルは他の器となる者を探したらしい。それが美耶子になろうとは、流石に予想できるはずもなかった。しかも、悪いことにレミエルと美耶子は相性が良かったらしく、憑依によって力を減じているわけではないようだ。
「くっ」
今、レミエルを殺せば、確実に肉体ごと斬ることになるのは間違いない。憑依状態にあり、かつ完全に肉体の主導権を握られている現状、美耶子の魂もレミエルの手の内にあると言っていいだろう。その状態で、レミエルごと殺して美耶子だけを蘇生させることが適うだろうか。正直、美耶子の魂をレミエルが道連れにする可能性の方が高いことを徹は認めざるをえなかった。
<ククク、愚かですねえ。これだから人間というものは不完全な出来損ないなのです。九頭竜も結局神の試練の呼び水になることもできず、無駄死にしたのですから。せめて、その命を私達のために使うのが道理でしょうに>
「なに?お前ら知っていて、翔門会を見過ごしたのか!」
<うん?なるほど、バアル由来の装備からしてそうではないかと思いましたが、お前が九頭竜の妨害をしたのですね?>
「そんなことより、答えろ!お前達は、メシア教は知っていたのか?」
<無論、私達が見逃すなどありえるはずもないでしょう。九頭竜の隠密の見事さは賞賛に値しますが、知る方法はいくらでもあるのですよ。折角の主の声を聞ける機会だったと言うのに、本当に役に立たない男です>
(神の声だと?そう言えば、メシア教の天使達は神の声が聞こえなくなったことで狂ったというのがあったな。まさかレミエルがデビサバで真面そうに見えたのは、神の試練が行われたことにより、神の声を聞いたからなのか!?)
徹は原作知識と今目の前の現実からトンデモナイ結論が出てきて、内心で驚愕する。
「……お前達は神の声を聞くためだけに、翔門会を見過ごし神の試練を起こさせたのか!」
<おや、存外に聡いのですね。そうですよ、神の試練ともなれば、メッセンジャーである私は確実に主の声を聞くことができる!その千載一遇の機会だったというのに、不意にされたのですからね。私の怒りがどれ程のものか、わかりますか?>
法悦の表情で語るレミエルの様は、信仰に狂った狂人そのものだった。
(結局、レミエルもクソだったか……。メシア教の大天使は狂ってないといけないとか決まりでもあるのかよ)
そんなことを思ってしまうほどに、徹の失望は深い。原作でも屈指の真面枠の大天使が、実際はトンデモナイ地雷だったのだから、然もあらん。
「さあな、俺の知ったことじゃないね。それに俺にだけかまけてていいのか?」
<この場で最も脅威なのはお前でしょう?その手にはのりませんよ>
レミエルは小揺るぎもしないが、徹に動揺はない。彼は対メシアンキリングマシーンであるアンジェリカに加え、天使の天敵とも言える呪殺特化の滝夜叉姫を二の矢として召喚していたのだから、当然である。そして、実際にそれはすぐに証明された。
<南蛮の羽虫は、よく墜ちますわ。サマナー、終わりましてよ>
<フン、私一人でも良かったわよ>
涼しげな表情でそう言う滝夜叉姫と、殺したり無いのか不満を吐き捨てるアンジェリカが姿を現したからだ。
<ば、馬鹿な。この僅かな間に
<正直なところ、カモでしたわ。呪殺弱点では、折角霊格が上がって貫通を身につけても振るいどころがありません>
滝夜叉姫は嘲笑するように言う。それどころか、折角LV60に霊格を上げたところで身につけた呪殺貫通が仕事出来なかったことに不満げですらあった。
<悔しいけど、アナタの羽虫共に対する天敵ぶりは真似できないわね>
キリングマシーンであるアンジェリカも、滝夜叉姫の天使スレイヤーっぷりは流石に認めざるをえないらしく、少し悔しげである。
<いえいえ、貴女も中々のお手前でしたよ。―――さて、後はお前だけですね>
<馬鹿な、地方の異能者がこれ程の悪魔を使役するなどありえない!そうか、バアルの装備ですね。それは権能の一部を秘める程の代物。その威を持って高位悪魔を従えているのか!>
レミエルも、流石にこの短時間で手勢が全滅させられるとは夢にも思っていなかったのだろう。動揺を隠し切れていないせいか、なんともトンチンカンな推測をしている。
(動揺しているせいか、肉体の掌握が甘くなっている。今なら、俺の炎でならやれるか?でも、出来れば彼女のヒーローはSDKであって欲しいんだよなあ)
徹は冷徹に状況を俯瞰していた。レミエルが動揺から、憑依が甘くなっているのも見抜いていたが、どうにも迷いがあり踏み切れない。迷いがあるせいか、出来るという確信がないからだ。
そんな徹の迷いを見抜いたのか、思わぬところから声がかかる。
「徹、私にやらせて下さい」
「みこ、本気か?こいつはこんなでも、みこからすれば格上だぞ」
みこの霊格は、現在LV46。LV55のレミエルは明らかに格上だった。
「分かっています、大丈夫です」
<いいんじゃない、任せてあげたら?>
<主様、みこ殿にお任せしたらどう?>
仲魔二人も、みこの意思を後押しする。
(こういう時に限って、こいつら団結するんだよなあ……。まあ、もしもの時はフォローすればいいか)
「分かった、任せる。無理だけはするなよ」
「ありがとうございます!」
みこが白を影から顕現させ、一人前に進み出る。
だが、当然ながら、目の前でそんなやりとりされていたレミエルが黙っているはずもない。
<力に思い上がった愚か者共めが!そんなに死にたければ、このレミエルの雷光で浄化してさしあげましょう!>
激昂したレミエルは、みこに襲いかかるのだった。
さて、ブチ切れて襲いかかったように見えたレミエルだったが、実のところ彼女は合理的な計算をしていた。
(あのバアルの装備をもったサマナーは無理だ。純粋に相性が悪すぎるし、使役する悪魔も合わせたら、私に勝ち目はない。だが、この娘なら話は別だ。霊格は私の方が上だし、最大の武器である雷光も通じる。まず、あの娘を打ち負かし人質にすれば、勝てないにしても逃げることは出来る)
流石に狂乱しているとはいえ、大天使に名を連ねるビッグネームだけあって、その判断は的確だった。とはいえ、それが取らぬ狸の皮算用でなければの話だが……。
「はっ!」
雷光を纏い襲いかかるレミエルを迎撃したのは、まさかのみこによる渾身の掌打だった。あからさまに目の前で顕現させた白は見せ札であり、みこの狙いを誤解させるためでしかなかったのだ。
<なっ!?>
肉体派には欠片も見えないみこの思わぬ反撃に、流石のレミエルも虚を突かれ、直撃を受けてしまう。そして、それは美耶子の肉体にダメージを与えることなく、レミエルの霊体だけに的確にダメージを与えた。
「オン・カカカビサンマエイ・ソワカ!慈悲深き地蔵菩薩よ、異邦の悪魔に囚われし魂を護りたまえ!」
地蔵菩薩の真言と共に打ち込まれる掌打は、レミエルの霊体だけを確実に削っていく。みこは神山みこの名の通り神山の巫女たる少女である。彼女は山に関わる神仏とは相性がいいのだ。閻魔王と同一視され、本地垂迹説によれば泰山府君の本地は地蔵菩薩にあるという。何より、地蔵菩薩は、最も弱い立場の人々を最優先で救済する菩薩だ。悪魔に憑依され、肉体の主導権を奪われた美耶子の魂を守って貰うのにこれ以上の適任はいないだろう。
<なっ、貴様!?>
霊体への直接的なダメージにレミエルは、驚愕を露わにする。美耶子の肉体を盾にダメージも全て美耶子に押しつける心算だったというのに、完全に狂わされてしまっていたのだから、無理もない。
覚醒した高位の異能者が霊力を込めて、唱える真言の効果は確かなものだ。それはみこの類い希な巫としての才能と合わさって絶大なものとなった。
<ぐうううう、どこまでも癇に障る!>
異教の神仏の力によって邪魔されるのが、余程屈辱だったのだろう。レミエルは渾身の雷光を放つ。
「賀茂別雷命に伏して願い奉る。この身を護りたまえ、避雷!」
しかし、みことて格上に挑むのに無策だったわけではない。当然、雷光への対策も用意していた。別雷神に勧請し避雷の加護を願う。それは確かな効果を発揮し、ギリギリのところで雷光の直撃を避けることに成功する。無論、余波による負傷は防げないが、それで止まるほど今のみこは甘くない。
<異教の巫女が節操なしに、小癪な!>
レミエルがそれを苛立ちも露わに吐き捨てるが、みこによる攻撃は確実にレミエルを追い詰めていた。
(この娘、異能の強力さに比べ肉体的には脆弱すぎる!?)
レミエルには、いくつか誤算があった。異能の共通性から、ある意味天音よりも相性がいい憑代だったが、レミエルも気づいていなかった致命的な欠点があった。
憑代たる肉体の本来の持ち主である神代美耶子は、神に捧げる生贄として、隠されて育てられた娘だった。故に、かつての彼女は大っぴらに太陽の光の下を歩くことすら出来なかったのだ。つまり、彼女はその強力な幻視能力とは反比例するかのように、肉体的には非常に脆弱なのだ。
レミエルが霊格的に格上なのにも関わらず、みこに一方的に押されているのはそれ故なのだ。そして、肉体的な強度や運動能力だけならば、美耶子は天音にすら明確に劣る。
しかも、肉体の主導権を奪っているとは言え、レミエルは完全に肉体を奪えたわけではない。あくまでも無理矢理な居候であり、あくまでも美耶子の肉体は人閒のままなのだ。無論、覚醒者であるから常人よりも肉体強度は上だが、万能型ではない異能特化の彼女は、霊格も上で万能型のみこに勝てる道理があるはずもない。
勿論、憑依したことによる生体マグネタイトによる強化は行っているが、いかにレミエルとて強化には限界がある。純粋に筋肉が足りていない華奢な肉体に、長年の運動不足がたたっており、レミエルの全力の強化に耐えられる程の許容度がないのだ。
そして、今、レミエル最大の誤算が現れた。
「美耶子――!!」
(――恭也!助けて、私はここだよ!)
それは同棲している少女がいつの間にかいなくなったことに気づき、血の縁を辿って追ってきた須田恭也の叫びだった。確かにレミエルの耳にも入ったその瞬間、それまで諦観し絶望して主導権争いすらせず、易々とレミエルに肉体の主導権を奪われ完全に沈黙していた美耶子の魂が、明確に息を吹き返し騒ぎ出したのだから。
これはみこによる攻撃によって、レミエルの霊体そのものがダメージを受け、美耶子の肉体との繋がりが揺らがされていたのも大きい。そこに美弥子の恋人にして、唯一無二のヒーローである恭也の声が聞こえたのだ。いかに強大な人外に対しては敵わないという諦観を埋めつけられている美耶子であっても、奮起しないはずがなかったのだ。
というか、そもそも美耶子は何もしていなかったわけではない。肉体の主導権争いこそしなかったが、その陰で彼女はずっと血の縁を使い、恭也に助けを求めていたのだから。なので、これはある意味当然の結果であった。
<小娘だと!?き、貴様、今更!>
レミエルの翼が明滅し、明確にぶれる。全く無かった反抗を突然されたことは、レミエルにとって完全な奇襲となった。結果、肉体の主導権が奪われそうになり、天使としての具現化に支障がでてしまったのだ。存在そのものが揺らいだと言ってもいいだろう。今のレミエルは完全な棒立ちだった。その隙をみこが逃がすわけもない。
「破邪顕正、あるべき者あるべきところに!悪魔よ、去れ!」
みこは影から護神刀を取り出し、美耶子の心臓めがけて突き出す。人外にのみ絶大な効果を発揮する刃は、美耶子の皮膚で刺さることなく止まった。寸でのところで、このままでは死ぬことを悟ったレミエルが憑依を解き、肉体から離脱したからだ。それも美耶子の生体マグネタイトを根こそぎ奪って。
<口惜しいがこれまでのようですね。今はお前達に一時の勝利をくれてやりましょう>
霊体から具現化し肉体を形成するレミエルだったが、明らかに無理がある顕現で有り、逃げることしか出来ない。それでも美耶子から奪った上質の相性がいい生体マグネタイトによって、力をほぼ減じることなく具現化できたのは驚異的な幸運であった。瞬時に高く飛翔すると、遮るもののない天空へと避難する。皮肉にも、憑依する肉体を捨てたことで、飛翔することができるようになったのだ。
「逃がしません!」
神弓を構え、矢を番えるみこが狙いを定め叫ぶ!
その身には神弓からの全力の拒否により凄まじいまでの激痛が全身に走るが、今のみこは構わなかった。
「一度経験しておいて良かった。私に従いなさい!」
みこは精神力でそれをねじ伏せて、一心に集中する。不幸な少女の肉体を乗っ取り、好きなように振る舞う異邦の悪魔を絶対に逃がしてはならないのだから。
「南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、 願はくは、あの扇の真ん中射させてたばせたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り白害して、人に二度面を向かふべからず。 いま一度本国へ迎へんとおぼしめさば、この矢はづさせたまふな」
それは平家物語の一節。那須与一が船上に掲げられた扇の的を射貫くシーンを再現する術。この言上に嘘はない。レミエルを扇の的に見立てた、神への誓約であり誓願である。この一矢を外せば、みこは自害したちどころに命を失う。蘇生しても、二度と徹達と会うことは出来ない。そういう代物だ。それ程までに、彼女はレミエルを絶対に逃がす気はなかったのだ。
「異邦の悪魔よ、汝が罪を贖いなさい!」
みこの全力の霊力を込められ放たれたその一矢は、凄まじい速度で飛翔する光の矢となって、全力で逃げ去るレミエルの霊核を寸分違わずに射貫いた。まさに那須与一もかくやの神業であった。
<ば、馬鹿な。わ、私がこんな、こんなところで!?>
元々無理な顕現であった上に、霊核を砕かれたとあっては、さしものレミエルも存在を維持することはできない。消滅を免れることは出来ず、虚しく虚空に霧散する。
「やりました」
「みこ!」
それを遠目と自身の霊的感覚から察知したみこは、安心して脱力して倒れ込みそうになったところを、徹に抱き抱えられた。
「えへへ、徹やりましたよ!」
「ああ、凄かったよ、みこ。君の活躍で、彼女達も無事だ」
徹の言葉に促されて見れば、美耶子を痛いほどに抱きしめる恭也の姿がある
「ああ、本当に良かった。貴方も認めてくれたみたいですね」
未だ神弓を握っているというのに、最早痛みはない。それはみこが神弓に認められた証左にほかならなかった。みこの覚悟と異邦の悪魔を見事討ち果たした戦果をもって認められたのだ。それを証明するかのように神聖な輝きを放った神弓は、みこの肉体に溶けるように消えていった。それによって、全身全霊を絞り尽くしたはずのみこの肉体に力が戻る。万全とはとても言えないが、少なくとも自分で立って歩ける程度には。
(本当の意味で主に、使い手になれたんですね。もう立てますけど、しばらくはご褒美として堪能させてもらいましょう)
みこは、しばらくは徹に抱き抱えられるままでいることにした。自分は頑張ったのだから、これくらいのご褒美はあってもいいだろうと。因みに堪能しすぎて、呆れた滝夜叉姫にそれを指摘されるまで止められなかったのは、内緒である。
すいません、遅くなりました。
今の状況だとガイア教もメシア教過激派も動きそうだなあと考えて、どちらを先に出すか迷ってしまいました。次はそこまでお待たせしないと思います。
あっ、それから東京封鎖については原作もこうだとは限りません。ただ、自分なりに考察した結果、こうではないかということです。東京封鎖は、どう考えても事前に根回しされていたのものでしたからね。そうでなければ、ああも迅速に自衛隊が動けるわけがないですから。実際、悪魔の脅威を考えれば頷く政治家も少なくないでしょうからね。
でも、起こらなかったら、それはどうなるか、言うまでも無いですよね。