東京封鎖が起こらなかった代りに、ガイア教幹部が自身の勢力ごと何者かに潰されるという大事件が悪魔業界で起こった年の末。師走と言われる月に、現在進行形で追い詰められている超国家機関ヤタガラスにかつては所属していた国粋主義のガイア教過激派は、再び禁断の秘儀に手を出そうとしていた。
その秘儀とは超力戦艦ヤソマガツで得られた各種データ、判明した秘術の効果などを利用した『無敵戦艦計画』であった。
超力戦艦ヤソマガツが悪魔であるヒルコの性質を利用したものに対し、『無敵戦艦計画』は、あくまでも人の魂を核とするものだった。人間の魂を、付喪神として祭り上げた戦艦の船魂と同調させる。さらに、その船魂を己自身であると誤認させたうえで悪魔合体を行い、戦艦の戦闘能力を備えた人造悪魔を生み出すという狂った計画であった。
当然ながら、ガイア教でも反対する者は多く、その急先鋒こそ、先日死亡した九頭竜であった。その死により、彼らに対する統制が緩くなってしまったのだ。
そして、何より痛かったのは、メシア教の大きな失点だった。九頭竜の計画に乗じて東京封鎖を目論み、神の試練をなさんとしていた大天使達は、九頭竜の計画を知りながら、あえて放置していたのだ。神の試練ともなれば、神の声が再び聞けるかもしれないというあさましい想いから……。なので、日本政府に対し、重鎮である政治家達をはじめ、官僚達にも東京封鎖を可能にするべく根回ししていたのだ。
だが、徹達によって九頭竜の野望は潰え、ベルの王位争いも頓挫した。最早、東京封鎖をしなければならない理由はどこにも存在しなかった。結果として、メシア教は日本政府に対する影響力を大幅に減じることになってしまったのだ。それどころか、いらない混乱を招いたとして、現政権からは完全に敵対視されてしまった挙げ句、賠償まで求められる始末である。東京封鎖を実際に行った際の影響を考えれば、ある意味当然ではあるのだが。
反目する九頭竜の死と不倶戴天の天敵であるメシア教の大きな失点が、皮肉なことに『無敵戦艦計画』を実行できる下地を作ってしまったのだった。
「喜べ大和、お前の役目が果たされる時が来たぞ!」
「はい、御爺様」
狂喜しながら、『無敵戦艦計画』の為だけに大和と名付けた自身の孫娘に、男は声をかけた。それに応える孫娘の顔は、そのまさに大和撫子と賞賛されそうな美貌とは裏腹に完全に無表情であった。所作も洗練されており、高度な教育が施されたことがうかがえるが、目が死んでおり、完全にその美しさを台無しにしていた。祖父である男は、全くそれに気づかない。
「あの時はライドウの小僧めにしてやられた!なにが永世ライドウか!御国が負けては意味が無いではないか!」
男はとうに狂っていた。外法に手を染め、100を超えているというのに、その肉体年齢は未だ40か50位を保っている。かつて理想に燃えて、ヤタガラスに出向した若きエリート将校は、今や妄執に囚われた狂人に過ぎなかった。その妄執は、神宿りの器として高い才能をもっていた自分の娘を犯し、孫にして娘を生ませる程度には、取り返しがつかないものとなっていた。生まれた孫娘が、彼の望む才能を持っていたことも、娘とそっくりだったのも不幸であった。彼は己が肯定されたように感じ、そう信じてしまったのだから。
「この時期にこれが手に入ったのは、まさに天佑!大日本帝国の復活を高らかに叫べと天もおっしゃっている」
狂った男の視線の先には、戦艦大和の主舵が鎮座していたのだ。最早誰も見向きもしないであろうそれを、注ぎ込める財産のほぼ全てを費やして、男は手に入れた。彼にとっての起死回生の計画の為の要であったが故に。
「これを依代にすれば、悪魔の力を使った超力戦艦ヤソマガツなどという紛い物ではない。真の守護者たる無敵戦艦ヤマトが誕生するのだ!」
(誰か、誰か、助けて!)
大和と呼ばれた女性のけして声に出来ぬ懇願だけが、誰にも届くことなく虚しく彼女の内で響いたのだった。
結局、大和の内心の叫びにかかわらず、儀式は成功した。してしまった。
しかし、男には一つだけ重大な誤算があった。彼女は、座して助けを待つだけの少女ではなかったのだ。祖父によって徹底的に叩き込まれた軍事教練。その成果は、皮肉にも祖父自身に牙を剥いた。大和は軍刀を抜き、自分を拘束していた悪魔を切り裂き、逃げ出した。男が生涯を懸けて作り上げた『無敵戦艦』は、完成したその日に、男の支配から離れてしまったのである。
美雪と愛が、その少女を見つけたのは、本当に偶然だった。二人の師である徹から、簡単な霊障の解決を言いつけられていたのだ。それ自体は簡単なものだったが、突如、海の方から悪魔が襲来して戦う羽目になったので、穏便に終わったとはとても言えなかったが、まさか、その帰路でもっとありえないものを見ることになろうとは……。
「……ねえ、愛、あれ斬ってるよね?」
「そうだね、信じられないけど、ちゃんと認識して悪魔を斬ってる」
目をパチクリさせながら、目の前で迫り来る悪魔を無駄なく切り裂く女子高生の姿に、美雪は見ているものを疑った。これが本当に現実なのかと疑うほどだった。なにせ何の術式も用いず、ただ一振りの刀で悪魔を斬り伏せる。そんな真似ができる人間を、美雪は師である徹以外に知らなかったからだ。
隣にいる愛も同様だ。彼女の目にはハッキリ見えているが、本来悪魔とは常人の目には映らないものである。それを認識し、あまつさえ刀で切り裂くなど、どれだけありえない光景だろうか。
「あなた達は誰ですか?」
二人の視線に気づいたのか、軍刀を持った少女は、警戒も露わにして二人に問いただした。
「そういうあんたは誰だい?デビルバスターなのか?」
美雪はあえて答えず、問い返した。この業界において、安易に名を教えるべきではないと師から叩き込まれているからだ。
「デビルバスター?面妖な、そのようなものではありません」
憮然とした表情で、少女は答えた。
「美雪ちゃん、待って。この娘、素人じゃないみたいだけど、知識面がまるでたりてないみたい。それに……」
愛は美雪を制しつつ、それ以上言葉にしなかった。言えるわけがない。彼女の霊眼は、目の前の少女が最早人間でないことを残酷に告げていたからだ。
「……分かった。愛、後で聞く」
親友である美雪は、愛の声なき言葉をすぐに察した。ここで口にするべきではないことなのだと。美雪の言葉に、愛は肯定するように黙って頷く。
「あんた悪かったね。ただ者じゃ無いと思って、警戒しすぎたよ。私は美雪、こっちは親友の愛、あんたは?」
「……私は大和と申します」
この少女に名を悪用する発想はないと判断した美雪はあえて、名だけを明かし、少女のそれを問い返す。果たして、少女は先ほど自分が軍刀で悪魔を斬り伏せたことを思い出したのか、納得の色を見せ、はっきりと答えた。
「大和さん、私達はあなたがどのような状況に置かれているのか理解していません。ですが、あなたが異常な事態に巻き込まれていることは分かっています。私達はあなたのお力になれると思います」
愛はそう言って、安心させるように微笑んだ。
「……なぜ、縁も所縁もない私を助けようとなさるのですか?」
「私達も助けられた側だからかな?つまり、あんたはかつての私達なんだよ」
大和の明らかな警戒に、かつての自分を思い出し、美雪は苦笑する。今では師であり恩人でもある徹に対して、あの頃の自分は随分と酷い態度を取ったものだ、と。
「正直、理解出来ません。私は甘言を与えられて育ちましたから。皆、いいことしか言わなかったのです。それが私のためであるかのように……。ですが、あなた達が嘘をいっていないことは分かります。お助け願えますか?」
「ああ、勿論さ」「ええ、勿論です」
大和の精一杯の言葉に、美雪と愛は笑顔で頷いたのだった。
美雪と愛がまずしたことは、徹とみこへの連絡だった。このまま大和を連れて帰還することは、彼女を追う悪魔を拠点に誘い込むことになりかねないからだ。それよりは、自身より遙かに卓越した二人の師に相談し、判断を仰ぐべきと考えたのだ。残念ながら、徹は出先なのか、電波が繋がらない状況だったが、みこには繋がった。
「あら愛ちゃん、何か問題がありましたか?トラブルはあったけど霊障は無事解決したと聞いたけれど」
みこの変わらぬおっとりとした口ぶりに、安心しそうになるのを愛は自制した。大和を助けると約束したのは、自分たちなのだから。
「みこ先輩、申し訳ないですけど、すぐ来て頂けますか。電話では説明しづらい事態に巻き込まれまして」
「わかりました。二人の位置は常に把握しているので、すぐに行きますね」
みこは即答した。愛は聞き捨てならないことを聞いた気がしたが、みこが来ることは千人の援軍を得たにも等しいと思えたので、それをすぐに忘却した。
そして、みこは本当にすぐに来た。それも普通の手段ではない。使役する白に乗って、空をかけて駆けつけたのだ。流石の大和も、みこが妖狐に乗って空から降りてきた光景には、度肝を抜かれた。弟子二人はよくあることなので、今更驚かないが。
「えっ!?」
「愛ちゃん、美雪ちゃん、無事ですか?……うん、無事ですね。急いだ甲斐がありました」
「みこ先輩、ありがとうございます」「みこさんが来てくれたなら百人力だ!」
愛は純粋な感謝を、美雪は助かったと言わんばかりであった。
「うふふ、師匠の一人としては当然です。そして、あなたですね。当然ながら、見えている……それに軍刀ですか」
みこは一目で大和の状態を見抜いた。
白を基調とした上衣に、紅の袴を思わせる下衣。一見すれば巫女装束にも見えるが、襟や仕立てにはどこか旧海軍の制服を思わせる硬質さがある。腰には場違いなはずの軍刀。しかし、その異様さすら少女の佇まいに溶け込み、まるで生まれながらにそうした姿であったかのような、完成された印象を与えていた。大和撫子と形容して差し支えない少女でありながら、同時に戦う者であることを確信させる何かが少女にある。これが意味することは一つ、悪魔化だ。
「初めまして、この二人の師である神山みこと申します。早速ですが、あなたは何を望みますか?」
「私の望み?」
みこの言葉に、大和は目を白黒させた。思いもしない問いだったからだ。
「そう、あなたが何をしたいのか、これからどうしたいのか、それを聞かせて欲しいの」
「……私には分かりません」
大和には分からなかった。信頼していた唯一の肉親である祖父に裏切られ、何かをされた。祖父は自分のためと言ったが、自分のためでないことは、流石に彼女ももう理解出来ていた。そして、それが自分の変化と関係していることも確信していた。
一人でも生きていけるようにと厳しい軍事教練を受けていたとはいえ、あの見るも恐ろしい存在に全くひるむことなく軍刀を振るえたのだ。それはかつての己なら、絶対に不可能であったと確信できる。少なくとも刃筋は乱れ、ああも容易く斬ることは出来なかったはずなのだから。
「そうですか、では、今何をしたいですか?お腹すいたとかでも何でもいいですよ?」
「お腹……そういえば朝から何も食べていません」
儀式のために断食させられていた大和は、みこの言葉で、ようやく自分が空腹だったことを思い出した。それを肯定するかのように、彼女の肉体は空腹のシグナルを発した。
「うふふ、それじゃあ、まずはご飯にしましょう。奢りますから、沢山食べてね」
大和はあまりに正直すぎる自身の肉体に赤面した。そんな彼女に、みこは優しく微笑みかける。美雪と愛も顔を見合わせ、笑みを浮かべるのだった。
「――というわけです」
食事をしながら、自分の経験した一部始終を大和は語った。しかし、美雪も愛も、そしてみこでさえ、話の内容に劣らず彼女の健啖ぶりに驚愕していた。なにせ彼女は、一人で五人前を平らげたのだから、無理もないだろう。その整ったスタイルの肉体のどこに入るのか、不思議でたまらなかった。
「元からそこまで食べる方だったんですか?」
「はしたないと思われるかもしれないですけど、私、もともと健啖な方でして、普段から三人前ほどいただいていました。朝抜いたせいでちょっと多くなってしまいました」
みこの何かを確かめるような問いに、大和は少し恥ずかしそうに答えた。どうやら、彼女にとっては平常運転だったようだ。
「そうですか、沢山食べられることはいいことです。でも、少し心配なことがあるので、少し調べさせて貰っていいですか?」
みこは何とも言えない表情で、大和の状態を正確に調査する必要があることを確信した。
「分かりました。勿論構いませんけど、どうするんですか?」
「座ったままでいいから、私と目を合わせて」
みこは大和の手を握り、一度目を閉じてから、自身の霊眼を開いた。
――やっぱり悪魔化している。人間から悪魔になったせいで、肉体があるから外部からマグネタイトを供給しなくても存在を維持できるんですね。
みこの霊眼は、冷酷に大和の悪魔化を見抜く。人間とは異なる生体マグネタイトの組成が、彼女が最早人間ではないことを証明している。しかし、真に恐ろしいのは悪魔化したばかりだというのに、信じられない霊格の高さだ。
無論、大和自身にその自覚はない。恐らく身体能力も常人とは比較にならないだろう。それでいて、それらは彼女の本質ではないとみこの霊感は告げている。彼女の真の力は目に見えているものではないのだと。
――これは私だけでは厳しいかもしれません。徹を呼ぶべきですね。
これほど高い霊格を持つ悪魔を、人間を素体とした儀式によって誕生させたとなれば、大和の祖父は単なる狂人などでは決してありえない。相応の資金力と技術力を持った組織がなければ、不可能な所業だ。
――メシア教ではないですね。やり口が違います。可能性としてはガイア教ですね。他には須田さん達の事件同様、旧軍に協力していたヤタガラス残党の可能性もありますか……。
大和の受けてきた教育は、どう考えても軍事教練のそれだった。とてもではないが、この歳の少女に必要なことでは絶対にない。つまり、それも悪魔化の仕込みの可能性が高い。
そして、手を握ったことで気づいたことがある。大和の肉体は、その外見に見合わないほど高い密度を持っていた。少なく見積もっても、見た目から想像される体重より十キロ以上は重いだろう。これは彼女が何らかの改造を施されている可能性を示唆している。
「徹を呼びます。それから大和さんはこれを持っていて下さい」
みこは霊眼を閉じるとともに、即座に判断を下した。場合によってはクズノハへの連絡も必要になるかもしれないが、今は最も頼れる人を頼るべきだと考え、大和には人間に偽装する護符を渡す。すでに結界をはって、大和の気配を周囲に漏らさぬようにしているが、自身がしたように霊眼やアナライズをもってすれば、見抜かれるからだ。この護符は、霊眼やアナライズによる看破を妨げ、対象を人間だと誤認させるものだった。
みこは、自分だけに与えられた徹への緊急通信手段を使った。これを使えば、徹は全てをなげうって全力で駆けつけるというものだ。少々大袈裟と思わないわけではなかったが、彼女の霊感は、今ここでそれを使うべきだと言っていたからだ。
果たして、徹は本当にすぐに到着した。全力というのは伊達ではなく、息が切れていた。
「……みこ、無事か!」
徹は周囲を威圧するように見回し、危険がないことを確かめてから、みこの姿に目を留めた。その威圧で大和がカチンコチンになっていたが、彼が気にすることはない。美雪と愛は、師の普段にない姿に苦笑した。
「うふふ、本当に急いで来てくれて嬉しいです。私は無事です。でも、駄目ですよ。大和さんが怖がっています」
「うん?」
みこの言葉に、徹は初めてその存在に気づいたように、美雪や愛と同席する見慣れぬ少女へ視線を向けた。威圧は完全に消えていたが、大和は目の前の存在から感じる脅威に、緊張が欠片も解けなかった。
――うん?あの服装にこの容姿、どこかで見たことが……。メガテンじゃない。SDKの件もあるし、メガテン以外もこの世界はありえるからな。とすると、待て、やまと?あっ、艦娘か!
どこか見覚えのある特徴的な服装と容姿。徹は明確に既視感を覚え、先程聞いた名前から、答えはすぐに出た。艦これはかなりやり込んでいただけに、連想は容易だったからだ。
「怖がらせて済まない。俺は卯月徹という者だ。美雪と愛の師にあたる人間だ。緊急ということで慌てて駆けつけたせいで無用な威圧をしてしまったようだ。重ねて申し訳ない」
大和は思いもしなかった徹の謝罪に、一瞬呆気にとられたが、すぐさま思い出したかのように頭を下げる。
「いえいえ、私のことで手間をかけさせて申し訳ありません」
二人が頭を下げ合うのを美雪と愛は苦笑して見つめ、みこはそれを見守りながら、自分が得た情報を伝心術で徹に伝える。
――おい、この娘、明らかに悪魔だよな?
(<聞くまでもないことを聞くな。あの娘の精神は明らかに人間のものから変質している>)
人間の精神については、ある意味誰よりも確かな判断を下せるネガティブマインドの御墨付きとくれば、信じたくないことでも信じざるを得ない。
――これまでの情報を統合すると悪魔化=艦娘化ということか?付喪神とした戦艦と人間を悪魔合体したと考えれば、理解出来るし、何よりライドウでは超力戦艦があったからな。似たようなこと考えたバカがいてもおかしくない。
正直、すぐにでも確認したい。徹が考える通りなら、大和の戦闘力は、そんじょそこらの異能者が束になったところで、相手にもならないだろうからだ。しかし、大和である以上、その真価を発揮させるには広大な空間がいるだろうことは予想できる。
とはいえ、現在進行形で追われている大和を、自身の本拠地異界まで入れるわけにはいかない。彼女にどんな改造が施され、どんな仕掛けが残されているかも分からないからだ。
「よし、自力じゃ無理!クズノハに相談するわ」
大和の存在を秘匿しつつ、安全を確保できる場所を用意するのは、自力では不可能だと徹は判断し、即座にクズノハに助力を求めることにする。彼が考えている通りなら、ことは国防にも直結しかねないからだ。
「徹、そこまでなんですか?」
流石のみこも、徹のノータイムの判断に驚いて、思わず尋ねた。大和も顔を暗くし、美雪と愛も思って以上の展開に顔色を悪くする。
「俺が思っているとおりなら、彼女は君の想像以上に厄介だ」
徹はそれ以上語らず、クズノハに連絡をとるのだった。
「何というか、お前さんは騒動に愛されているのか?」
徹から連絡を受けたクズノハの重鎮亀山は呆れを隠さずに言った。
「前にも似たようなことを言われましたけど、俺の答えは変わりませんよ。それに今回見つけたのは、俺じゃなくて弟子である後輩達ですから」
そうは言うが、結局自身が出張っている以上、実情は変わらないだろうというのが亀山の感想だが、それを指摘したところで不毛なやりとりになるのは目に見えていたので、口にはしない。
「それで要求は秘匿性の高い海のある異界だったか?あるにはあるがな」
「えっ、あるんですか?あったら儲けものくらいのつもりだったんですが……」
「ふん、伊達や酔狂で長く続いておるわけではないわ。クズノハを舐めるなよ。で、何に使うつもりだ?」
流石は護国組織であるクズノハ。それなりに異界を保有しているらしい。徹が正直無理だと思っていた条件の異界を確保しているというのだから、驚くほかなかった。
「申し訳ないが、電話で伝えるには少々不穏なことなのです。俺の想像が間違っていればいいのですが、そうでない場合も考えて直接お伝えしたいんです」
亀山は内心で息を呑む。この少年がここまで言うということは、相当ヤバいということだと理解したからだ。
「それ程の厄介事だと?」
「俺が思っているとおりなら、確実に。ですから、亀山さんには立ち会いもお願いしたいんです。四神『玄武』として」
「なんと……」
しかも、徹はクズノハの重鎮としての亀山ではなく、東京に張られた護国のための四神結界の要である四神『玄武』として立ち会いを要求してきたのだ。これが厄介事でなくて、何が厄介事だろうか。亀山は本気で頭が痛くなった。
「無理を言っているのは、百も承知しています。ですが、どうかお願いします」
「……分かった。心しておこう」
そう返して、電話を切った亀山は、また国が荒れそうだと憂鬱な気分になるのだった。