大和が艦娘と同様の艤装を完全に纏い、自由に出し入れできるようになるまでの六時間。決して遊んでいたわけではない。艤装展開時の生体マグネタイト消費や精神への影響など、調べることはいくらでもあったからだ。
そうして、判明したことは以下の通りだ。
・主砲は大和の霊格+10位の大火力を誇るが、艤装状態で撃てば、急激なマグネタイト消費と砲撃そのものの反動で、悪魔の肉体をもってしても、しばらく動けなくなること。
・艤装は展開部位が増えるほど精神的な安定が得られるが、基本的にマグネタイト消費も増大する。ただし完全艤装状態では具現化が安定し、部分展開を積み重ねた場合より燃費が改善する。自身のマグネタイトだけで完全艤装を維持できるのは、最大一時間程度。
・マグネタイト枯渇状態(生命活動に最低限必要な部分を除いて)では、艤装は一切展開出来ないこと。
・艤装の展開及び艦体の具現化には、大和自身の自由意思が必須であり、精神操作や外部からの強制では成立しない。実際、魅了や洗脳より優先される悪魔契約の強制命令を用いても、展開させることはできなかった。
・艦体具現化状態の大和を状態異常にするには、艦橋にいる核である大和に当てる必要があるということ。
・艤装状態と艦体具現化状態は二者択一であり、どちらかを具現化中はもう片方は具現化不可能であること。
・艦体の損傷は大和のダメージにはならず、マグネタイトを消費することで回復できること。
・艤装は、外付けHPのようなもので、艤装自体が壊れても大和のダメージはない。完全艤装状態なら回復呪文で回復できる。
・艦体具現化時は、能力の大半を艦体の制御に使うため、核である大和の戦闘力は半減する。
・軍刀は、元々大和愛用の品だったようだが、悪魔化した際に、自身の一部として取り込んだ模様。但し、別の物という意識が強いのか、具現化を解いたりすることはできない。
「強制できないというのは大きいな。お嬢さんが万一洗脳や魅了されても、あれがこっちを向くことはないということだからな」
亀山にとっては、艦体の具現化が大和の意思が不可欠だったのが、本当に大きかった。なにせ、一つ間違えば、東京は火の海にされかねないのだから。
「思うに、戦艦大和の艦体こそが彼女の本質のようなので、根本的に彼女自身の闘争心ともいうべきものが必要なのかもしれませんね」
「戦艦大和は良くも悪くも戦中の国民の期待と怨嗟を寄せられ、最後は面目を保つ目的で戦わされましたから、もう二度と誰にも利用されたくないと思っていてもおかしくありません」
徹が推察し、みこも戦艦大和の最期から理由を見いだす。
「だとすれば、皮肉な話よ。これを企図した人間が望んだ物とは正反対の存在であろうからな」
「まあ、こんな狂った実験が思惑通り進んでたまるもんですか。当然の結果ですね」
亀山が皮肉げに言えば、憤懣やる方もないといった風に徹が吐き捨てる。
「悪因悪果とも言います。これをなした人物には必ず報いがあるでしょう」
みこも詳細を知って改めて腹を立てているのか、普段より言葉に険があった。
「それにしても艦体を半壊されても、本体に影響がないのは驚いたな」
亀山が意外そうに言う。試しにと徹が妖刀で斬艦したのだが、大和にはまるで影響がなかったのだ。
「艦体はあくまでもマグネタイトで具現化しているだけですから。修復コストは中々エグかったですよ。やはり、生まれながらに肉体を持っているため、あくまでも自身の肉体とは別と無意識下で認識しているのかもしれません」
徹はそれを肉体がある悪魔という特異な存在であることからだと推測する。
「私が驚いたのは完全艤装状態と部分艤装状態がまるで違うことですね。前者の時は、回復魔法で直る。後者の時はマグネタイト消費ですから」
みこは不思議そうに呟いた。回復魔法で機械が修復していくのは中々凄い映像だったから無理もない。
「ふははは、あれは嬢ちゃん本人も目を丸くしておったからなあ。わしも目を疑ったわい」
亀山が豪快に笑う。あの時の混乱ぶりは中々に面白かったのは、否定できない事実だった。
「恐らく完全艤装状態では、悪魔としての大和が完成するんでしょうね。燃費が改善するのも、回復魔法が効くのも、それで説明できます」
「完全艤装状態だと、大和さんが感じていたストレスは完全に消え、充足感すら感じるそうですから、まず間違いないと思います」
徹とみこがそれぞれの見解を述べるが、二人とも笑みを隠しきれていなかった。顔が微妙に笑っている。
「しかし、軍刀はどうしたものか?悪魔としての武装なら具現化も解けるはずなのだが」
まさか女子高生に軍刀を日常で持ち歩かせるわけにはいくまいと、亀山が言外に語る。
「やはり、人であった時からの愛用の品だったということが大きいんでしょうね。どうしても、その認識に引きずられてしまう。まあ、傘の柄に仕込み刀みたいに仕込めばいいんじゃないですかね」
徹が現実的な解決策を考える。銃刀法はこの業界にいる以上、今更気にしても仕方がない。せいぜい幻術を被せて、他者には普通の日傘にしか見えないようにするくらいだろう。
「そうですね。あの刀は彼女にとって精神安定剤のような存在ですからね」
一方でみこは、大和が悪魔に追われていた時も、軍刀を手放していなかったことに着目する。悪魔に追われていたのだから、全て放り出していても何もおかしくない。それにもかかわらず、彼女は片時もあの軍刀を手放そうとしない。恐らく相当の思い入れがあるのだろう。
「よし、これであのお嬢ちゃんが人として生活していく前提条件は整ったな。問題は所属だが……」
亀山が改めて、大和の今後の所属という重要な問題を切り出そうとした、その時だった。
凄まじい轟音と共に、招かれざる客が現れた。
「ふははは!儂の最高傑作、無敵戦艦大和はここか!愚か者めが、儂から逃げられると思うたか!」
狂笑としか形容できない笑みを浮かべて現れたのは、五十歳前後に見える白衣の老人だった。一見すれば理知的な学者然とした男だ。だが、その瞳は狂気に支配されており、明らかに正気のそれではない。背後には旧日本軍の軍装を身につけた兵士が百人ほどつき従っているが、誰も彼も能面のように無表情で、異常さが半端ではなかった。
「……待て。貴様ら、どうやってこの異界を見つけた?」
この予期せぬ乱入者に誰よりも敏感に反応したのは亀山だった。当然だ、ここはクズノハの秘匿異界。外部の者に存在を知られた上に、侵入を許すなどあっていいことではない。
「何?」
「聞こえなかったか。ここはクズノハの管理する秘匿異界だ。外部の者が、偶然辿り着ける場所ではない」
「クズノハ、何するものぞ。大体にして、我々は自分の物を取り戻しに来たに過ぎん!」
「お、御爺様……」「ほう。では、どうやって追ったのか、詳しく聞かせてもらおうか」
まるで自分を所有物のように語る祖父の狂態に、大和は言葉を失う。亀山の声からは、先ほどまでの穏やかさが完全に消えていた。
「そんなことがそれ程気になるか。まあ、よい。今日は記念すべき日だ。少しくらい儂の智を下々に与えてやるのも悪くあるまい。何、簡単なことだ。大和と儂の間には、娘と孫という二重の血縁があるのでな。儂の血を吸血鬼に呑ませて、血の縁を辿らせたのよ」
「娘?孫だけでなく……?」「狂っているとは思っていたが、貴様、畜生の類か!」
得意げに語る狂翁に、大和は聞き捨てならないことを聞いて呆然とし、亀山は明確な怒気を露わにする。
「ちっ、クズノハは今も昔も頭が固いと見える。超力戦艦の時といい、貴様らは本当に邪魔だな」
「貴様、ヤタガラスと協力した旧日本軍残党か!」
忌々しげに吐き捨てる狂翁だが、それは亀山にとって断じてあってはならない事実だった。この老人の恐るべき来歴が、亀山には察せられてしまったのだ。徹はこれを聞いて、ああ、やっぱりその系譜なのかと内心で首肯していた。
「いかにも、大日本帝国陸軍技術将校、鷹司重信である。貴様らクズノハが、忌々しいライドウをよこしさえしなければ、超力戦艦によって、御国は救われていたものを!」
「ぬかせ!あのような外法許されるはずもなし。国のためと言うならば、まず民を救わんか!」
狂翁の叫びを、亀山が憤怒とともに一刀両断する。
「その結果、御国が敗れれば何の意味も無いではないか!神国日本が、鬼畜米兵共の支配下になるなどあってはならんのだ!だから、儂は諦めなかった。再び大日本帝国の威信を世界に思い知らせるために、無敵戦艦計画を!」
この時点で、亀山はもちろん、徹やみこ、さらには美雪と愛までもが、この老人が時代に取り残された狂人であることを悟っていた。唯一、大和のみがついぞ知ることなかった祖父の大望を聞き、驚愕を露わにしていた。
「無敵戦艦?超力戦艦となにが違うんだ?」
徹はあえて口を挟んだ。このまま気持ちよくうたわせた方が、余計なことまで喋ってくれると判断したのだ。
「何が違うかだと?この凡俗が!そもそも根本から違っておるわ。悪魔を核にしたが故に、最終的に悪魔に制御を奪われてしまった超力戦艦に対し、儂の無敵戦艦は人間を核にしておるのだからな」
「人間を核に?普通の人間に到底耐えうるものとは思えませんが」
みこも徹の意図をくみ取ったのだろう。絶妙に合いの手を入れる。
「そうだ、それが難題であった。そもそも超力戦艦の核に悪魔を使ったのは、人では耐えられないという結論が出ていたからだ。しかし、それでは結局制御の問題を解決できぬ。であれば、耐えうる存在を創り出せばよい。幸いに儂の血族にそのヒントはあった。儂の娘はいわゆる神宿りの娘でな。憑坐として優秀だったのだ」
「貴様、まさかその為に娘に手を出したのか!?」
亀山が嫌悪と憤怒も露わに問い質す。
「ふん、これだから頑迷な輩は困る。必要だからそうしたに過ぎん。不幸なことに娘では才能が器として不足であった。あれの母である儂の妻は、霊的才能のない凡俗であった。であれば、娘の才能は儂由来だ。つまり、儂の血と母体をもっといい物にすれば、成果物はもっといい物になると思わんか。ならば当然、母体となるのは、儂の望む才能を持った娘になるのは自明の理だろう」
「狂ってやがる」「ひ、酷い……」
美雪が心からの軽蔑を露わにし、愛は老翁の妻と娘が味わった苦痛に思いを馳せ、悲しみを隠しきれなかった。
「ふん、狂うだと、理解できぬことに凡俗はすぐにそう言いたがる。それになにが酷いものか。御国の礎になれるのだぞ。むしろ、栄誉と誇るべきであろう。だというのに、あれは儂が望んだ成果物を産み落とした直後に妻と共に焼身自殺しおった。どいつもこいつもなにも分かっておらん」
「……」
あんまりな出生の真実に、大和は無表情を通り越して虚無顔だ。それを見ている徹とみこは今すぐにこの狂人の口を塞ぎたくてたまらなかったが、まだ全てを語らせてはいない。どうにか自制していた。
「貴様、その為に自らの孫であり娘でもある唯一の一粒種を悪魔化させたのか、あのような女らしからぬ名までつけて」
亀山が憤懣やる方ないと言葉を吐き出す。
「おおっ、そうだ。流石はクズノハ、詳しいな。言霊というやつだ。付喪神化した戦艦と、娘自身とを同一の存在だと誤認させるのに役立つと思ってなあ。そして、それは見事成功した。儂の理論は完璧だったのだ!」
満足げに語り終えた狂翁に、ついに大和が爆発した。それは獣の咆哮のごとき、人間の悲嘆の慟哭であった。
「――ああぁぁぁぁぁっ! 全て、お前が……っ!!」
虚無に沈んでいたはずの少女の顔が、怒りと悲しみで歪む。次の瞬間、大和は一瞬で完全艤装を展開した。
「駄目だ、大和さん!」「大和さん、いけません!」
徹とみこが叫ぶが、もはや届かない。狂乱した大和は照準も定めぬまま、激情のままに主砲を解き放とうとする。
「いかん!」
亀山は即座に玄武へ守護を命じると同時に、全力で幾重にも結界を張り巡らせた。大和の主砲には、異界そのものを破壊しかねない威力がある。それを怒りのまま、全力で解放されたら、どうなるか分かったものではない。
果たして、それは正しかった。狂翁を大きく外れた主砲の一撃は、虚空を貫こうとしたところで、亀山の張った四層の結界に激突した。そして、その内、二層までを貫いてみせたからだ。
その結果を確認した亀山は即座に徹へ目配せし、防御と結界の維持に専念する意思を伝えた。これは乱入者を一人逃さない為でもある。秘匿異界を知られた以上、生かして返す気は無いからだ。
「素晴らしい、素晴らしいぞ、流石は無敵戦艦大和。我が最高傑作よ!」
「おまえ、お前があぁ」
大和の主砲に狂喜乱舞する狂翁に、大和は反動と急激なマグネタイト消費で動けないまま歯をむき出しにする。
「だが、いかんな。産みの親であり、お前にその素晴らしい力を与えた儂を狙うとは何事だ。どうやら、教育が足りなかったようだ。すぐにお前にも分かるようになる」
「はっ、お前馬鹿だろ、結局制御に失敗しているじゃないか」
狂翁にそれ以上喋らせる気は無いと言うように、徹は冷や水を浴びせる。
「儂を馬鹿だと、二十も生きてない若造が!大体、何を失敗したとぬかすか。儂の最高傑作はここにある!」
「だから、それが失敗してるって言ってるんだよ。目の前の現実も受け入れられないほど耄碌したか、糞爺。どう見ても反逆されてるよな?解決するはずだった制御の問題、何一つ解決してねえじゃねえか」
徹の言葉に、亀山たちは首肯せざるを得なかった。制御こそが問題で、その為に血族である大和を素体として用い、悪魔化した上で核としたというのに、結局反逆されているなら、何の意味があったというのだろうか。それを人はこういう――徒労と。
「違う違う違う!これは単なる一時的なエラーに過ぎん。儂の理論は完璧だ。失敗などありえない!ええい、もうよい。この生意気な若造を殺せ!」
狂翁の叫びに応じて、その影に潜んでいたヴァンパイアが徹に牙を剥く。高位の夜魔であり霊格は50オーバー。普通ならば、明確な脅威である。だが、生憎と徹は普通ではなかった。襲いかかったヴァンパイアは一瞬で消し炭にされた。信じられない瞬殺に、さしもの狂翁も愕然とする。
「馬鹿な、霊格にして五十を超える悪魔だぞ。ライドウでも、ましてやクズノハですらない小僧に!」
「あんたが思うよりはるかに世の移り変わりは早いんだよ、老害」
全く思うようにならぬ現実と、徹の正面からの嘲りに、狂翁の憤怒は臨界点を完全に超えた。
「調子にのるなよ、小僧!ならば、数じゃ!超力兵ヨミクグツをさらに発展強化した九四式不死身兵百名、一人でどうにか出来ると思うてか!」
狂翁の号令と共に無表情の兵士達が一斉に動き出す。しかし、相手は徹。歴戦の悪魔召喚士である。
「出ろアンジェリカ、滝夜叉姫。本当の殺し合いを時代遅れの遺物共に教えてやれ」
<サマナーを怒らせるなんて、馬鹿な連中ねえ。了解、鏖殺してやるわ>
<主様が怒るのも無理なきこと。私も些か以上に不愉快です。呪い殺して差し上げましょう>
徹の声に応じて、二体の霊格60オーバーの悪魔が召喚される。そこからは一方的だった。距離を詰めようとすればアンジェリカに斬り伏せられ、離れていれば滝夜叉姫の呪殺が襲いかかる。九四式不死身兵は、超力兵ヨミクグツを凌駕する耐久性能を最大の売りとしていた。呪殺も破魔も、本来ならば通用しない。だが、滝夜叉姫の呪殺貫通はその耐性すら無意味にする。さらに、その呪いは死の淵で踏みとどまることさえ許さなかった。10以上の霊格差もあり、勝負にもならない。完全なる殲滅戦だった。
「ば、馬鹿な、こんなこんなことがあっていいわけがない!儂の大望がこのようなどこの馬の骨とも知れぬ若造に阻まれるなどあってたまるものか!この上は……!」
信じられない、信じたくない現実に、狂翁は最後の手段に出た。死んだはずの百名の兵士の遺体から何かが彼に注ぎ込まれ、たちまち鷹司の肉体を異形の化物へと変えていく。霊格にして60オーバー、純粋な霊格だけなら、徹とも張り合える異形へと成り果てたのだ。狂翁が霊的才能に優れていたのは間違いないようだ。
<サマナー、手を貸す?>
<なんと醜い。性根が表れているのでしょうね>
黄金のハイエルフと呪いの媛君の言いように、徹は苦笑しながら答えた。
「いや、御苦労だった。戻れ、こいつは俺がやる」
<了解><御意>
二体の仲魔は、何の未練も見せず、主の言葉に従い消えた。まるで、主が負けることはないと確信しているように。
<愚かな、折角の戦力を減らすとは。最早、召喚などさせん!>
襲いかかる異形の化物の猛攻を避けながら、徹は冷めた目で見つめる。なるほど、霊格だけ言えば、ほぼ互角だ。あながち、大言壮語とも言えないだろう。自信過剰というわけではなかったのは認めよう。だが、ハッキリ言おう――弱い。やろうと思えば、ヴァンパイア同様、瞬殺できる。
「なあ、あんた自分で戦ったことないだろう?」
<そんなのは当然だ、儂は技術将校だぞ。前線で消耗される一般兵士とは訳が違うのだ!>
当然のことのように言い、全く恥じ入ることのないその様子に、徹は目の前の人物が本当に軍人なのかと疑いたくなる。
(やっぱりなあ。有り余る力に任せて暴れているだけで、技巧も糞もあったもんじゃない。ここまでしょぼいなら、大和さんでも勝ち目があるな。彼女の技は確かなものだったし、戦闘のセンスも段違いだからな。よし、決めた!)
それからしばらく、両者の間では一進一退にも見える攻防が続いた。スピードや威力こそ凄まじいので、傍目には緊迫した攻防に見えなくもないが、みこや亀山からすれば、勝敗は既に明らかだった。あからさまに時間稼ぎをしているのが、二人には分かる。
そして、とうとう徹が待ち望んだ時が来た。
「……私にやらせて下さい」
大和が主砲の反動から立ち直ったのだ。先の狂乱ぶりが嘘のように、軍刀を手に静かな戦意を目に浮かべている。
「いいよ、こいつは君の獲物だと思うからね」
そう言って、徹は異形の化物を一振りで弾き飛ばして距離をとると、大和へのマグネタイト供給をゼロにした。さっきまでは回復のために供給していたが、ここからは彼女自身の力でやるべきだと判断したからだ。とはいえ、もちろん万一の時は迷うつもりはない。
「ありがとうございます。心より感謝いたします」
大和は、徹からのマグネタイト供給が止まったことをすぐに察した。供給を受けていた当人なのだから、気づかないはずがない。未だ契約は生きている。彼がその気になれば、いつでも供給できる状態だ。だが、それでもあえてなくしたのは、そういうことだろうと大和は判断した。
<おや、今度はお前か。儂の最高傑作でありながら、創造主である儂に剣を向けるとは、つくづくなっとらん。教育のやり直しじゃな>
「お前に教えられることなど、何一つありません!」
大和は、妄言を一顧だにせず、異形へと斬りかかった。
<くはは、遅い遅い。どうした、あの若造の方がまだ早かったぞ。儂の最高傑作がそんなことでどうする?>
いとも容易く軍刀を防がれたことに大和は目を見張る。舐めたつもりはなかった。しかし、まだ過小評価であったらしい。たちまち大和は防戦一方に追い込まれた。
<くくくっ、どうしたどうした。そんな剣では儂は斬れんぞ!>
祖父であり父でもある男の哄笑が、酷く大和の癇に障る。生きていること自体が許しがたい狂人だ。だというのに、彼女は圧倒されている。何度殺しても飽き足りない憎悪の元凶を殺せない。その思いが彼女をどうしても焦らせる。
(強い。完全に身体能力ではあちらが上です。膂力は言うまでも無く、速さも頑丈さも負けています。その上、踏み込まねば斬れないのに、その隙が無い。本当に勝てるんでしょうか?)
焦りは隙を生む。とうとう大和は決定的な隙を晒してしまった。それを逃さず、異形の化物の拳が大和を完全にとらえた。凄まじい衝撃で吹き飛ばされ、痛みとダメージで肉体が動かない。
(まずい!このまま追撃されたら!……えっ!?)
異形の化物は大和にとどめを刺せる絶好の機会を得ながら、追撃もせず、その好機をみすみす逃したのだ。彼女はそのことに気付き愕然とした。化物は大和を吹き飛ばしたことに満足しているようで、歓喜を露わにしている。己を舐めているのかとも思ったが、あの様子を見ると違う。
(力を振るうことに酔っている?あれだけの力です。無理もありませんが。ですが、追撃しないのはなぜです?あそこで追撃されていれば、私に為す術はありませんでした。……まさか、追撃する発想がなかった?)
大和は考えを整理しながら、わざとノロノロと立ち上がった。まるで、ダメージがまだ効いているかのように。果たして、敵は見事に引っかかった。加虐の喜びも露わにして、嬲るが如きぬるい攻撃をしてくる。あえて浅く受けた。そして、さも効いているようにフラついて見せた。
<クククッ、安心せよ。蘇生はしてやる。だが、今は死ね!>
これ見よがしの大ぶりの一撃が大和に迫る。
(本当に引っかかるなんて!)
大和はその大ぶりな一撃に、完璧なカウンターを合わせた。これまで嘘のように、軍刀が異形の腕を大きく切り裂く。
<ば、馬鹿な、貴様、何をした!>
慌てふためく仇の声が滑稽に聞こえる。大和自身は何も変わっていない。強いて言うならば、ようやく本来の技を使えるようになっただけだ。単純極まりない。速さで負けても、来る軌道が分かっていれば、そこに刃を置いておけばいい。結果は見ての通りというわけだ。
「ここからは私の時間です」
そう静かに宣言する大和。実際、そこから彼女は圧倒的だった。彼女の繰り出すフェイントに悉く引っかかる相手に苦戦などするはずもない。気づけば、異形の化物は四肢を散々に切り裂かれ、身動きを封じられていた。
<流石は儂の最高傑作じゃ、大したものよ。じゃが、お前にはこれ以上どうしようもなかろう?>
未だ負けを認めぬ異形の化物。だが、その言葉自体は間違っていなかった。四肢こそ封じたものの、致命傷には程遠い。胴体の再生速度は凄まじく、斬った傍から傷が塞がっていく。
だからこそ大和は、再生の遅い手足を狙って動きを封じたのだ。だが、それも放置すればやがて回復するだろう。徹ならば両断できたかもしれない。だが、大和にそれは不可能だった。
――いえ、あります。きっと皆さんは止めるでしょう。ですが、今この時に使わずして、いつ使うというのですか!
大和は覚悟を決めると、異形の口へ主砲をねじ込んだ。
「先程は外してしまいましたけど、これなら絶対に外しません!」
<ば、馬鹿な、よ――>
瞬間、轟音とともに主砲が放たれた。それはもはや砲撃ではなく、接射であった。
当然ながら、大和の主砲はそのように使うものではない。反動は凄まじく、完全艤装状態であったにもかかわらず、艤装は全損。さらに全身に深い火傷を負い、四肢も反動に耐えきれず悉く折れた。
だが、その代償に見合うだけの結果はあった。元凶であり、仇であった男は、異形の肉体ごと塵ひとつ残さず消し飛んだ。その余波は、吸収されるはずだったマグネタイトすら周囲へ拡散させていた。これでは霊格の向上は望めない。
だが、今回ばかりは、それでよかったのだろう。
「主砲の衝撃で、本来吸収できるはずのマグネタイトまで散ったか。大きなデメリットではあるな」
亀山はそう言うが、どこか晴れ晴れとした顔をしており、実際にはそれが良かったと思っているようだった。
「今回はそれでよかったと思いますよ。彼女にあの狂人が残せるものなどないのですから」
徹はもっと直接的だった。
「さようなら、人の皮を被った悪魔よ。御婆様、母様、仇は討ちました」
二人が見守る中、大和はそう言って虚脱する。やり遂げた感慨はあっても、何も戻ってこないのだから。その上、肉体はボロボロで、このままでは日常生活にも深刻な支障が出るほどの重傷なのだから、無理もない。
だが、そこに慌てて近づくみこの姿があった。
「もう、女の子なのに、こんなに無茶して駄目じゃないですか!ディアラハン」
「みこさん、申し訳ありません。……えっ!?」
常人なら半年以上の入院を余儀なくされるほどの重傷が、あっという間に治っていく。大和は信じられない思いで目を白黒させた。
「大和さん、聞いていますか?治せるからと言って、無茶していいわけじゃないんですよ!」
「は、はあ」
心ここにあらずという風情で、みこの説教をきく大和であった。