徹とみこが所属する対悪魔組織のメンバーである風間仁から面会の申し出があったのは、大和を受け容れて一月ほどたった頃だった。仁は、組織の中では上の中くらいの実力者で、霊格は24。徹やみこには遠く及ばないものの、地方では一線級の実力者だ。その証拠に彼は、一番勢いのあるチームに所属し、積極的に悪魔を狩っているという。
「最終修練の行は見させて貰った。君や神山の娘さん程ではなくても、俺も強くなれるなら、強くなりたいんだ。君達任せで、年長の俺達が何もできないのでは、あまりに不甲斐ない」
「みこの紹介ですから話を聞きましたけど、そういうことならお引き取りを。自分達で努力するべきでしょう」
徹はにべもなく断った。ただでさえ、後輩二人に天音、そして大和と面倒を見なければならない存在が増えたのだ。余計な手間暇を他人に割く余裕はないのだ。
「私が参加するチームに提案はしたさ。週一、いや月一でいいから、我々も君達のように異界に侵入して戦う荒行をするべきだとな。総スカンを食らって、誰も相手にしてくれなかったよ」
「それはお気の毒に。ですが、答えは変わりません」
仁は苦笑しながら事情を話したが、徹からすれば知ったことではなかった。彼からすれば、必要ならソロでも異界に潜ればいいのだ。少なくとも、徹自身はそうしてきたのだから。
だが、こればかりは普通の異能者の常識からすれば、おかしいのは徹の方であった。異界とは、そもそも悪魔の領域なのだ。そこに自ら入るということは、敵のテリトリーに侵入すると同義なのだから。当然、万全の安全策を講じて然るべきであり、単独で入るなど自殺行為でしかない。どこの組織のバックアップも受けず、単独で活動する焔の黒騎士が、悪魔業界で恐れられる理由の一つでもあった。
「うん、確信した。君、自分達がどれだけ危ないことをしているか、自覚がないだろう?」
「はい?別に異界に潜るだけでしょう?あなた達のやり方だと効率が悪すぎますし、異界産の道具もまず手に入りませんよね」
仁は徹の反応から、自分の疑念が正しかったと確信した。一方の徹は、探索効率やアイテムの入手しやすさを考えれば合理的だと、本気で思っていた。
「いや、おかしいから。いいかい――」
それから仁は、異界を直接探索することがどれほど危険な荒行なのかを説明した。普通の異能者からすれば、命がいくつあっても足らないのだと。
「えっ、いやいやいや……マジですか?」
「大マジだ、なんだったら、神山の親父さんに聞いてみるといい」
そこまで言われて、ようやく徹は現状を正確に理解した。そして、蒼褪めた。なにせ、彼は美雪と愛にも、異界探索をさせていたからだ。勿論、保険として仲魔を一体、秘密裏につけてはいた。それでも、知らず知らずのうちに二人を危険に晒していたと気づけば、顔色も変わろうというものだ。
(そうか、言われてみれば当たり前だよな。なんでわざわざ相手の領域に入る必要があるんだよ。メガテンの主人公達は鉄砲玉みたいな存在で、斬首戦術が前提だからそうならざるをえないだけで、そりゃ現実なら、必要もないのにそんな危険を冒す理由はないか。ヤバイ、マジでゲームだとそうしていたから自覚がなかったぞ)
「どうやら、理解してくれたようで何よりだ。まあ、君達はそれでも問題なく戻ってきているのだから、外野がケチをつけるのはどうかとも思うのだが、自覚がないのは頂けない」
「……そうですね、金言感謝します」
仁が余計な口出しになるかもしれないと危惧しながらも、はっきりと指摘してくれたことに、徹は感謝した。実際、面と向かって他者に指摘されなければ、気づかなかったに違いない。
(ヤバイ、何か断りづらくなってきたぞ。というか、普通の異能者の感覚や常識を教えて貰えるのは有用かもしれない。相互に利点があるなら、受けるのも一つの手か?でもなあ……。)
仁は、現時点で徹に明確な利益をもたらしている。である以上、頭ごなしには断れない。だが、徹が秘匿しているものはあまりに多い。焔の黒騎士の正体をはじめ、異界の主である女神母娘、大和の真価など、一つでも外部にバレれば、洒落にならないのだ。まだ付き合いの浅い他人を、自分たちの内側に迎え入れることには、どうしても抵抗がある。
「この際だ。こちらも腹を割って話そう。私は風間と名乗ったが、本来の姓は風魔という。戦国時代に北条に仕えた風魔という忍衆がいたのは知っているかい?」
「確か風魔小太郎ですよね。歴史は好きなんでそれなりに詳しいですよ」
徹の思わぬ食いつきに、年相応のところもあるのだなと仁は破顔する。
「そうか、私はその末裔でな。二十代目風魔小太郎になる」
「!?」
徹は驚愕した。目の前の男が、あの風魔小太郎の末裔だとは夢にも思わなかったのだ。
「主君である北条氏が滅びた後、風魔は野に下り、そこで悪魔と戦う退魔僧と出会って共闘し、以来悪魔と戦う世にも珍しい忍となったわけだ。とはいえ、忍術も家伝の技も最早失われている。私を見れば分かるように、最早風魔は忍軍として戦力を提供できるような一族ではない」
「……」
肯定するのは馬鹿にする形になると思い、徹は沈黙を守る。仁はその様子に苦笑しつつ、ちゃんと気を遣える子なんだなと見直した。
「証拠みたいなものはあるんですか?」
「まあ、そうなるよな。その遺産とも言うべき全国に散らばった風魔忍の末裔による情報網が風間にはあるんだ。もっとも、今や命令権はないし、相互利益による情報交換で、惰性で続いているものに過ぎないがね。それでも中々に有用なものだと自負しているよ。後、証拠として出せるものはこれかな」
どこか誇らしげにそう語った風間は、懐から一振りの短刀を取り出した。拵えには長い年月を経たことをうかがわせる傷みがあり、一目で年代物と分かる品だった。何より染みついたマグネタイトが普通ではない。これは確かに悪魔を葬ってきた武器なのだと、分かるものには分かる。
「手に取って見ても?」
「構わない。もはや武器としては用をなさないが、歴代の風魔小太郎は、この五代目様の刀を御守りとして肌身離さず携帯していたそうだ。私も同じだ。なので、壊さないでくれよ」
徹は神妙な顔で頷き、短刀を鞘から抜いて観察した。長年の実戦で酷使されたためか、確かにもう悪魔を斬るのは不可能だろう。
しかし、徹はそこで刀に染みついたマグネタイトの正体に気づいた。これは斬った悪魔の残滓などではない。そこには、歴代の風魔小太郎の意志が染みついているのではないか。
(これ巧いことやれば、風魔の技がまるまる手に入るんじゃないか?目立つ必要があったし、あんまり隠れる必要もなかったから、隠密系はそこまで磨いてないんだよなあ)
(<ククク、何を迷うことがある。欲しいなら手に入れればいいではないか。なるほど、これならば……。>)
(ちょっ、おまっ!?これ人の物だからね!多分、家宝みたいなもんだぞ。余計なことをするなよ、絶対に!)
突如口を開いたネガティブマインドに、徹は焦った。嫌な予感しかしないからだ。
(<なぜ、私がお前のいうことを聞かねばならんのだ?折角の素材だ、生かさぬ手はない>)
しかし、その制止は遅かった。短刀が光り輝いて消滅する。しかし、その光は宙に留まり、人の形を成した。それはまるで徹がよく知るマテリアルカードを使ったペルソナ召喚のようであった。
<そうか、拙者はお前となるか。よかろう、風魔小太郎の悪鬼滅殺の技の全てをくれてやろう。だが、お前が拙者になるなら、我が子孫を可能な限り鍛えよ。さすれば拙者は汝の仮面にならん>
「……了解した」
ペルソナが要求してくるなど初めてのことだが、徹はその条件を受諾した。短刀が失われてしまった以上、ここで無駄にする選択肢はとれないからだ。徹が返答すると、人型はその身体へと吸い込まれるように消えていった。
「今のは御先祖様!?一体どういうことなんだ?」
一連の光景は、仁にとってあまりに刺激が強すぎるものであった。家宝の短刀が光となって消えたかと思えば、その光が御先祖様の姿を取り、それが直系の子孫である自分ではなく、目の前の少年の中に吸収されるかのように消えていったのだ。混乱するのも無理はない。
(ペルソナは一応隠し札なんだが、こうなれば仕方ないか)
徹は姿勢を正し、深々と頭を下げた。何をするにしても、まず謝罪が必要だと考えたからだ。
「申し訳ありません。私が不用意に触ったせいで、先祖伝来の品を失わせてしまいました」
「……複雑ではあるが、君の本意では無かったことは分かる。だが説明はしてもらおう。あれはどういうことだ」
仁は、徹に短刀を消失させる意図がなかったことを理解していた。目の前で一部始終を見ていたのだから当然だ。とはいえ、感情は別だし、相応の説明がなければ納得できない。
「俺には普段は使わず隠している能力があります。俺はこれをペルソナと呼んでいます」
そう言って、徹は先程手に入れたばかりの愚者(Fool)のペルソナ『LV58 フウマコタロウ』を召喚してみせる。
「ペルソナ……仮面か?確かユングだったか?人間が社会生活に適応するために持つ「外面的な(社会的な)仮面・人格」のことだったか」
仁は、その豊富な知識の一端を見せた。情報網に誇りを持っていただけに、知識も相応に仕入れているのだろう。
「その理解で構いません。ペルソナは悪魔のような自分、英雄のような自分、神様のような自分を仮面として付け替え召喚する異能なんです。それで、このペルソナ、基本的にはタロットで召喚するんですけど、例外もあるんです」
「例外?そうか、マグネタイトが染みついていた物品か」
「あってますけど、正確には、ペルソナの核になれるほど強い想念が染みついた物品ですね。それが触媒になって、その想念由来のペルソナを得ることがあるんです」
「なるほど、それで御先祖様が……。では、直系の子孫である私ではなく、君の方に行ったのはなぜだ?」
「それは簡単です。あなたがペルソナ能力をもっていないからです。そして、そもそもあの召喚は私の仮面としての召喚でしたから。というか、風間さんがペルソナ能力者なら、風間さんが手に入れていたと思いますよ」
ネガティブマインドの介入があったとはいえ、こうしてペルソナとして成立した以上、その可能性が十分にあったはずだ。むしろ、血族関係にあった仁の方が自分より手に入れてしかるべきだ。ペルソナ2罰の周防辰之進と周防達哉、天野舞姫と天野舞耶のように。
「なるほど、その異能を持っていないのに、ペルソナが手に入るはずもないか。念のために聞くが、私が手に入れられる可能性はあるかな?」
「恐らくないです。ペルソナは精神的に不安定な若年であった方が覚醒しやすい能力ですから。それに後天的に手に入れる方法を俺は知りません」
徹は、ニャルラトホテプに頼めば可能だと理解しているが、それはしたくなかった。この悪意の塊が素直にペルソナ能力だけをくれるわけがないし、絶対に余計なことを言うからだ。
(<ククク、教えてやったらどうだ?私なら可能だぞ>)
(絶対に駄目だ。お前の覚醒方式は、フィレモン式だろう。ポジティブマインドの化身であるフィレモンは対象が名を忘れても、ペルソナ能力を与えないだけで、元に戻してくれるが、ネガティブマインドの化身であるお前が、失敗した人間にわざわざ名を返してやるとは思えない。100%廃人コースだろうが!これ以上やらかすなら、クトゥグア様の助力を願ってでも、貴様を全力で排除するぞ)
(<ぬっ、あの邪神を呼び込む気か。流石に私といえど後れをとる可能性は否めんな。よかろう、今回はひいてやる>)
クトゥグアの助力まで言い出したことで、徹の本気と覚悟を理解したのだろう。流石のネガティブマインドも、それ以上は介入してこなかった。
「そうか、残念だ。だが、先の御先祖様の言葉は私にも聞こえていた。私を可能な限り鍛えてくれる、ということだな?」
「はい、自分自身との約定でもありますし、何より俺のせいで先祖伝来の品を失わせてしまいましたから。怪我の功名ですが、恐らく失われた忍術や家伝の技についても教授できると思います」
フウマコタロウを降魔した状態なら、恐らく風魔小太郎の技を十全に使うことが出来るのはなんとなく分かる。もっとも、完全に自分のものにするのは、最高ランクまで上げた上で、心の海に帰す必要があるだろうが。
「それはありがたい。私には無理でも、秘伝書という形で子や孫に残すことは出来るだろうし、正直そこら辺が散逸して失伝してしまったのは、内心忸怩たるものがあったからね。これで先祖にも顔向けできるというものだ」
風間としても、家伝の技や忍術を失伝したのは思うところがあったようだ。それはそうだろう。でなければ、今なお悪魔と戦う道を選び続けてはいまい。失われた物はあっても、歴代当主の風魔小太郎の志は失われなかったという証左と言えよう。
「聞くのは失礼かもしれませんけど、もしかして風間さんの目的は子供のためですか?」
「ははは、流石に分かるか。ちょっと露骨すぎたね。親や周囲からもせっつかれていてね。妻もその気になってしまったようなんだ。で、どうせなら、子には少しでも可能性を広げてやりたいと思ってね」
二度の世界大戦は、覚醒が血筋によるものだけでないことを証明するには十分過ぎた。予期しないところで、突然変異の覚醒者が生まれたり、生死の境をさまよう極限の戦場で、限界を超えて異能に覚醒した者が続出したからだ。結果、今の悪魔業界では、血筋は覚醒の確率を高め、才能の下限をある程度保証するものとして捉えられるようになった。これが、近年になって異能者の婚姻が比較的自由になった理由であった。
「そういうことでしたか。分かりました、責任もって鍛えさせていただきます。ただ、私をはじめとして、後輩達も含めて悪魔業界の常識や一般的な異能者の感覚を教えて貰えるとありがたいです」
徹は風間に対する印象を大幅に上方修正した。子のために頑張れる親は嫌いではない。ましてや命がけならばなおさらだ。こうなれば仕方ない。これを奇貨として、自分達にとっても利益のある関係にしようと割り切った。
「ああ、それは承ったよ。実際、君は少し危なっかしいからね。一般から悪魔業界に入ってきた側だから仕方の無い面はある。どうやら、神山の娘さんは君の言うことなら素直に頷いてしまうようだからね」
風間は苦笑しながら頷いた。というか、これから鍛えて貰う側の彼からすれば、早急に学んで貰わないと命の危機である。なにせ、危険度度外視の鍛錬をさせられる可能性すらあるのだから。
「では、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく。お手柔らかに頼むよ」
こうして、クトゥグアの使徒と二十代目風魔小太郎は約定を交わして、固く握手した。
まあ、二十代目風魔小太郎が、この握手を死ぬほど後悔することになるのは、言うまでもない。
ネガティブマインド「そんなことしないよ(大嘘)」
ペルソナを得ることができた場合でも、確実に余計なことを吹き込む気でした。ネガティブマインドの化身であるニャルラトホテプは基本的に観察者ですが、今回のように徹が下心を出すなど、介入の隙を与えると容赦なく介入してきます。コズミックホラーの邪神の方がクトゥグアの天敵なら、ネガティブマインドの方は徹の天敵です。