桜咲く季節、卯月学園の校門には、いずれ劣らぬ名華三輪に囲まれた一人の男がいた。四人とも、この春私立卯月学園に入学する新入生だ。
「おい、卯月の周囲にいるあれ誰だよ……」「神山さんと恋人なのは知っているが、さらにあんな美人を二人も追加だと!?」「やはり、あいつも健太郎の親友だけあって、同じ穴の狢だったか」
それを見る周囲の男共からは、羨望とやっかみの視線や声が絶えなかったが、徹はあえて聞こえてないふりをした。
「「「「入学おめでとうございます」」」」
徹、みこ、天音、大和の四人は、互いに入学を祝った。
「あれ、大和さん、一個上でしたよね?どうして同級生なんですか?」
「ふふふっ、通信でしたから、折角ならあなた方と三年間高校生活を送りたいと思いまして……それから大和と呼び捨て下さって結構ですよ、私の方がお姉さんですから私も呼び捨てにしますので」
徹の純粋な疑問に、まさに大和撫子という風情で、美しい長い黒髪をたなびかせながら、悪戯っぽく微笑む大和。
「徹、またですか?」
みこは笑顔のままだが、欠片も目が笑っていない。もう、徹の周囲に異性が増えるのは諦めているが、それはそれである。正妻として、釘は刺しておかねばならないのだ。
「いや、みこ様、わたくしめは何もしていないはずで……」
蛇に睨まれた蛙のように、縮こまる徹。霊格が上がりどれだけ強くなっても、みこには勝てる気がしないのはなぜだろうか。口調までおかしくなっており、これが惚れた弱みというやつなのだろうか。
「まあまあ、みこさんもそこら辺で。おめでたい日ですから。大和さんもあまりからかってはいけませんよ」
みこを宥めつつ、大和を窘めるように天音が言う。
「ふふふ、ごめんなさい、みこさん。徹を驚かせるのに協力をして貰いましたのに」
「呼び捨てはそのままで行くんですね。いえ、折角ですから」
微笑みながら謝る大和に、和やかに応じるみこだったが、徹にはなぜか、互いに睨み合う竜虎の幻影が見えた気がした。
「はあ、お二人とも懲りませんね。そうですね、それなら徹さん、私も天音で結構ですよ。私だけさんづけは寂しいですから」
「「!?」」
天音は呆れたように溜息をついたが、次の瞬間、いいことを思いついたと言わんばかりにそう告げた。
「そうだな、天音だけさん付けなのも他人行儀だし。よし、改めてよろしくな、天音」
徹はそれを平然と受け容れた。どうせなら揃えた方が角が立たないだろうと思ったのだ。みことの恋人関係は二人にも伝えてあるし、妙なことにはならないだろうとも考えているからだ。
徹のその反応に、みこはなんとも形容しがたい表情を浮かべた。大和は巧いことやられたと内心で歯噛みし、天音は一人すまし顔であった。
四人の思惑は微妙にすれ違っていたが、その真意に気づかぬのは、ただ一人の男だけ。女の情念は恐ろしいのだ。
少し露骨すぎたと大和は反省する。みこから敵意を買うのは本意では無い。本妻は彼女であり、あくまで自分は二番手でいいのだから。
彼女は鷹司家の偏った教育のもとで育っただけに、価値観も独特だった。
軍事教練を受け、自身も強いだけに、強さを大きな魅力としてとらえる側面がある。自分より弱い男など論外だし、いざという時に頼れない覚悟なき男もごめんだ。そこをいくと徹は、圧倒的な実力差を見せつけられており、明らかに自分より強い益荒男と呼ぶに相応しい英傑だ。つまるところ、徹はこれ以上無く大和の好みに合致していたのだ。
だが、それだけならば、大和は決して徹に惹かれなかっただろう。最後の決定打となったのは、皮肉なことに彼の恋人であるみこが、終始幸せそうであったからだ。このことが、徹は戦いだけの男ではなく、愛する女性を幸せにできる男なのだと大和に確信させたのである。
(お二人を不快にしていないとよいのですが……。)
天音は、自分のやり方が少し抜け目なく映ることに気づいたが、発言を撤回するつもりはなかった。徹に好感を持っているのは事実だし、親しくなりたいのも嘘ではないからだ。
しかしながら、天音の徹に抱く思いは、恋愛感情というような生易しいものではない。彼女にとって彼は紛うことなき父の仇であり、同時に自分の命を救い、父の企みを阻止してくれた恩人でもあるのだ。
故に、天音は大和のようにはなれない。彼女が徹に抱く感情は、決して好意だけではないのだから。天音は、あの父が不器用なりに自分を愛していたことを理解している。そして、父の真の目的が、神の試練を二度と起こさせないことであり、人類の未来を案じての行動だったことも知っているのだから。
(分かっていたことですが、徹はモテますね……ハア)
みこは心の中で、盛大に溜息をついた。彼女は大和と天音が徹に好意を抱いていることを理解している。美雪や愛の例もあるし、それを見抜くのは容易であった。大体、二人とも徹によって救われているのだ。好感を抱くなと言う方が無理があるだろう。
徹はみこと恋人関係になって以来、その関係を公のものにし、決して否定することはない。それ自体は嬉しいし、彼女も幸せを感じる。だが、そのせいか、他の女性から向けられる好意には、ひどく無警戒になってしまっている。彼としては、既に恋人がいる自分を、その事実を承知の上でなお好きになる女性がいるなど、夢にも思っていないのだろう。
しかし、みこからすれば甘すぎる。恋とは理屈ではないのだ。大体、徹の仲魔である女神母娘などことあるごとに徹を誘惑し籠絡せんとしているし、アンジェリカや滝夜叉姫だって怪しいものだ。ちなみに女神達は明確にギルティだが、アンジェリカはギリギリセーフで、滝夜叉姫はそういうそぶりを見せて、みこの様子を楽しんでいるだけである。勿論、そんなことは流石のみこも見抜けるはずもなく、彼女の悩みは今日も尽きない。
三者三様、それぞれ異なる想いを胸に抱きつつ、少女たちは新たな学び舎の門をくぐるのだった。
当然ながら、入学式ではトラブルはなかった。ただ、徹が驚かされたことはあった。それはクラス分けだった。徹、みこ、天音、大和の四人が同じクラスになっていたのである。どう考えても裏から手を回しているとしか思えない。
「みこ、やったな?」
「ええ、これくらいのわがままはいいでしょう?父様も苦笑してはいましたけど、喜んでやってくれましたよ」
徹の予想通り、このクラス分けは完全にみこの意思が反映されていたようだ。親父さんもたまの愛娘のわがままに、喜び勇んで協力したであろうことが、容易に想像できた。
「私達には余人には立ち入れぬ事情がありますから、これで良かったのではないでしょうか」
天音は、悪魔業界にどっぷり浸かっている自分達は、一緒の方が何かと都合がいいだろうと頷いた。彼女自身、コミュ力は高い方ではあるが、内部進学組が少なくない私立卯月学園において、全く知り合いがいないというのも、中々に厳しいからだ。
「正直、驚かされましたけど、ありがたいのは事実です。みこさん、心より感謝いたします」
大和は自分だけ違うクラスになったらどうしようかと密かに恐れていたので、みこの采配をありがたく思いこそすれ、含むところなどない。だからこそ、大和は素直に礼を述べた。
「いえいえ、余計なことかとも思いましたが、私達としても心強いですし、動きやすいですから」
みこは素直に感謝を受け取る。だが、当然実務的な意味合いも強い。今の体制なら、四人の内二人が動き、残る二人が守りやフォローに回るということができるからだ。
当然ながら、クラスにいるのは徹達だけではないが、天音、大和、みこの三人があまりにも美しいため、話の輪に加わろうとする猛者はそうそういない。
しかし、何事にも例外というのはあるものだ。
「あんたと同じクラスになるのは久しぶりね、徹」
「真由美か、確かに久しぶりだな。小六以来だから、三年ぶりになるか」
声をかけてきたのは卯月学園において、もっとも進んでいる女の異名をとる橘真由美だった。みこの顔が能面のように無表情になるが、彼女は気にした風もない。この二人は、なぜだか水と油のように気が合わないのだ。
「親父さん達とは相変わらずなのか?」
「相変わらずよ。まあ、あんたのお陰で、不器用なだけの仕事人間だってわかっただけましよ」
徹の問いに、真由美は苦笑しながらあっけらかんと答える。今となっては、彼女にとってさほど大きな問題ではないのだろう。
「分かっているなら、男に抱かれることで寂しさを埋めるのはやめろ。お前の為にも相手の為にもならん」
とはいえ、昔からの友人が危ない火遊びをしていることに、徹としても思うことがないわけではない。真由美にしか聞こえない声量で、はっきりと忠告した。
「あんたは開口一番それか、本当に変わらないわね。大丈夫よ、私、巡り合わせだけはいいから」
「それが本当だから、お前は困るわ」
徹は真由美の答えに苦笑するほかなかった。そう、真由美は意外なことに、男女関係のトラブルをほとんど起こさないのだ。本人が彼氏持ちなどはお断りなのも大きいだろうが、不思議と彼女はその派手な男性経験とは裏腹に、一般生徒からも忌避されていないのだ。
(とはいえ、今は理由はわかっているんだが……。)
徹の目には、はっきりとこちらを威嚇してくる真由美の守護霊の姿が見えていた。そう真由美は守護霊が強すぎるという特異なタイプの少女だった。なので、彼女は霊的障害をほとんど受けないし、危険な霊的存在に関わることもまずない。それどころか、低級霊くらいなら、弾き飛ばすので、真由美の霊的防御は盤石といっていいだろう。
恐らく、徹が覚醒して以降、真由美と会うことがなかったのは、彼女の守護霊がそう仕向けていたからだろう。もっとも、徹が強くなりすぎたためか、以前ほど干渉できなくなり、とうとう同じクラスになってしまったらしい。
(まあ、分からんでもない。守護する存在に俺みたいな厄ネタがそばにいてほしくないわな。)
自分のあれっぷりを考えれば、徹にも守護霊の気持ちは理解できてしまう。それなら威嚇の一つもしたくなるだろうというものだ。
「ああ、一応聞くがみことは「無理!」……他の二人ならいいだろう?」
「あいつじゃなきゃいいよ!美人と友達になれるのはいいことだよ」
徹は最後まで言わせてもらえず、真由美に一刀両断にされた。彼女の彼女の言いぶりからして、交渉の余地はないようだ。相変わらずかと諦観のため息を内心でつきながら、ならばせめて二人を紹介しておこうと切り替える。真由美の顔の広さは尋常ではない。彼女と友人になるだけで色々助かるだろうからだ。
「改めて紹介する。ちょっと事情があって、神社に寄宿している九頭竜天音と橘大和だ」
「天音っちと大和っちか。あたしはこいつとは昔からの知り合い。橘真由美、よろしくね!何気に同じ橘じゃん、もしかして親戚だったりする?」
「よ、よろしくお願いします」
天音が真由美のノリと勢いに目を白黒させる。彼女の周囲にはまずいなかったタイプなので無理もない。なにせ、彼女は巫女として育てられたこともあり、世間知らずの箱入り娘だからだ。一方、大和は落ち着いた様子で答えた。
「いえ、それは流石にないかと。祖母は戦争で親族を失っていたそうですから。でも、これも縁ですね、よろしくお願い致します」
「天音っちも大和っちも丁寧すぎ! もっと砕けていいんだよ。もしかして箱入り娘だったりする? おっ、それなら冒険しちゃう? カラオケとかどう?」
「真由美、流石に今日は勘弁してくれ。色々手続きもある」
「あっ、そう。じゃあ、また誘うわ。あんたも付き合いなさいよ。いつも神山とべったりなんだから」
「私も一緒に行きますからね! 当然です、徹は私の恋人ですから!」
「……神山、あんたいたの?あまりに存在感がないので、いないのかと思ったわ」
「よく言います。分かっていて無視していただけでしょう」
真由美の挑発に、みこは笑顔を保ったまま青筋を立てた。
「そんなことないよ。あたしは清楚で清純な顔して、外堀埋めるような腹黒女じゃないから」
「あなたこそ、昔から何かと徹の世話になっておきながら、しれっと隣にいるようなひとじゃないですか!」
「助かったのは事実だけど、別にあたしは頼んでないからね。あいつがお節介焼いただけじゃん」
まさに犬猿の仲の二人に、徹は半ば諦めながらも尋ねた。
「君達、もう少し仲良くできない?」
「「無理(です)!」」
断固たる否定の声だけが揃うのだった。