徹達が、亀山の依頼を受け、ハルこと春沢芳野を迎えにクズノハの拠点へ着いて早々、そこでは騒動が起きていた。とはいえ、それは彼らが予期していたヤタガラスとクズノハの争いではなく、クズノハと保護された側の争いであった。
「俺のバーに勝手に入り込んで、内輪のライブぶっ潰しておいて、挙句保護されてからも歌わせておいて、今さらハルに歌うなと来た。てめえら俺達を舐めてるのか!」
迫力のある男がクズノハの構成員に食って掛かっていた。彼の舎弟だろうか。二人の女性を守るように周囲を固めている男達も殺気立っている。
(ああ、そういや、ハルの師であり恩人であるアヤの恋人がバーのマスターであるジンだったな。あの人、落ち着いているようで本質は結構気合入った人だし、そらこうもなるか。多分、ろくな説明もされずに強制的に保護されたんだろうけど、ここでもめるのはマズイ。ヤタガラスの連中が来たら、いい餌になるよな。仕方ない、悪く思わないでくれよ。)
徹はみこに目配せをすると、気配を散らし誰にも悟られることなく、ジンと思われる男と、クズノハの構成員の間に音もなく割り込んだ。こんなことができるのは、フウマコタロウを降魔しているお陰だ。本来の彼ならば、ここまでの隠密の技は使えない。
「はい、そこまでです」
「「!?」」
もめていた二人の男が驚愕と共に、互いに距離をとる。ただ、驚いた理由はそれぞれ違うようだ。クズノハの構成員はまるで気づけなかったことに驚いており、ジンと思われる男は乱入自体に驚いているようだ。
「誰だテメエは!ジンさんに調子くれてっとぶっ殺すぞ!」
「……誰を殺すって?」
舎弟達には、徹がジンの喧嘩に割り込んできたように見えたのだろう。割り込んだ徹に対し、にわかに殺気立つ。だが、徹はそれを一瞥し問い返すだけで黙らせる。その目に込められた殺気は、肉体を震え上がらせるほど鋭く、問い返す声は絶対零度を思わせるほど冷たかった。
「よせ、その小僧はお前らが敵う相手じゃねえ」
それでも舎弟たちが恐怖を振り払うように、無理やり動き出そうとしたところで、ジンが制止する。
(おっ、分かるのか?まさか覚醒している?アヤは多分そうだろうなと思っていたが、この人までもか。そら、チンピラ如き何人来ようが敵じゃないし、カジュアルの制御を離れた悪魔をやったのはこの人か)
「正しい判断です。リーダー格の方、ジンさんでしたか。お腹立ちはもっともです。ですが、こちらにも相応の理由があったのです。部外者の立場ではありますが、説明させていただきます」
「いいだろう、話してみな」
そこから徹は語った。この世には悪魔というものが存在することを。ジンたちが遭遇したのは、その中でも下級の弱い存在だが、常人にとってはとてつもない脅威であること。ジンの舎弟の一人が増長し羽振りがよくなったのは、いわゆるカジュアルサマナーという悪魔使役者になった為であること。そして、今回の事故はハルの歌声が悪魔召喚プログラムの誤作動を誘発したことが原因であると、順序立てて語った。
「悪魔、悪魔ね。確かにあれはそう言ってもおかしくない存在ではあったがな」
「ジンさん、こんな与太話信じるんですか!」「大体、あいつにそんな高度なことができるわけねえ!」
ジンは流石に半信半疑という様子だ。それでも実際の悪魔の脅威に晒されたせいか、現実として受け入れる方向にいっているようだ。だが、目撃した異常な存在が本当に悪魔であり、死んだ仲間がそれを使役していたとは信じられない舎弟達からすれば、徹の説明が絵空事に聞こえるのも無理はない。
「もちろん、悪魔を使役することは容易ではありません。本来なら厳しい修行をそれなりの期間積む必要があります。ですが、使役方法は一つではないのです。このように」
そう言って、徹は影に潜ませていたアンジェリカを顕現させる。ジン達からすれば、いきなり影から金髪のハイエルフが生えてきたようなものだ。舎弟の何人かがその美貌と存在感に腰を抜かした。
「マジかよ……。認めるしかねえようだな。だが、あいつが修行していたとは思えねえ。根性がある奴じゃなかったからな」
「はい、正規の修行を積まなくても、悪魔を使役する方法はあります。悪魔召喚プログラムというものです」
「待て、詳しいことは分からねえが、そんなことできるものなのか?悪魔召喚の儀式をプログラム化したということだろう?俺には到底可能なことには思えんが」
ジンの当然の疑問に、徹は深いため息をついた。
「それができちゃったんですよね。どこのはた迷惑な天才が作ったかは知りませんが、本来超高度な霊的技術である悪魔召喚をプログラムとして成立させてしまったんです。それがあれば、誰でも悪魔を召喚できてしまう。そんな恐ろしいプログラムを」
「……。なるほど、お前らも困っているわけだ」
「ええ、誤解を恐れず本音を言うなら、その通りです」
ようやく得心がいったという風に頷くジン。
「つまり、こいつらは……」
「彼らは護国組織クズノハ。古来よりこの国を悪魔の脅威から守ってきた守護者達です。おかしいと思いませんでしたか?いくら悪魔事件とは言え、犠牲者は当の本人だけで済み、早々にクズノハが駆け付けたのは」
徹に指摘されて、ジンは息を呑んだ。監視されていた可能性に気づいたからだ。
「まさか、こいつら俺達を……ッ!」
「いえいえ、そう早合点しないでください。監視対象はあなた達ではなく、そのカジュアルサマナーですよ。羽振りが良く態度も大きくなっていたのでしょう?つまり、すでに何らかの仕事を悪魔使役者として請け負い、報酬を得ていた可能性が高いわけです。そんな彼をクズノハが見逃すわけがありません」
激高しかけるジンを徹は宥める。もっとも、すでに覚醒していたジンとアヤにも監視がついていた可能性はゼロではない。だが、それをあえて教える必要はない。
「ジンさん、そいつの言っていること間違ってねえかもしれねえ。あいつのリュックの中に札束が無造作に放り込まれていたのを見た奴がいた。ふかしこいてると思ったが、マジだったのかもしれねえ」
舎弟の一人がおずおずと口を開く。今更ながらに、その話が本当だったのかもしれないと衝撃を受けているようだった。
「ちっ、あの根性なしが札束だと?そんなでかいことができる奴じゃねえ。つまり、使ったんだな、悪魔を。そうでなきゃ、この短期間に奴がそんな大金稼げるわけがねえ」
心底忌々しげにジンが吐き捨てる。
「ご理解いただけたようですね」
「事情は分かった。だが、なんでハルに歌うのを禁じさせる?ちょっと前まで放置していただろうがよ」
徹はすぐに、ああ、検証していたのかと気づいた。だが、それをジンに告げるべきではないと判断した。
「それは皆さんから聞いた事情と目撃した現象を踏まえ、原因がハルさんの歌にあると判断したからでしょう。ただ、誤解してほしくないのは、永遠に歌うなといっているわけではありません。いま、この場で歌うのをやめてほしいということなのです」
「あん?どういうことだ?」
思っていたのとは違うことを言われて、ジンはいぶかし気だ。
「先に説明した悪魔召喚プログラム、凄いものであることは間違いないのですが、一つだけ致命的な欠点があります。東京でしか使えないんです」
「……なんだと?」
ジンは、そこで初めてクズノハの構成員へと視線を向けた。それは確認であり、詰問だったのだろう。クズノハの構成員は、ことここに至って隠し立てする意味はないと判断し、黙ってうなずいたのだった。
「嘘じゃねえみてえだな。なら、なんでこいつらは最初からそう説明しなかった?」
「それは彼らが善良だからです。知る必要のないことを知り、さらなる深みにはまらぬようにという配慮なのです。普通に生きていれば、悪魔とかかわることなどまずありませんから」
徹の説明に、ジンは鼻白んだ。余計なお世話だと思ったのだろう。
「お前は違うのかよ」
「あなたは事情も聞かずに納得するようなタイプには見えません。それに悪魔事件に巻き込まれたのは、運が悪かった。そこまでなら被害者です。ですが、必要以上に知ろうとするならば、それ以降、知りたがりが身を滅ぼすのは自己責任です。望んで知った以上、そのリスクを負うのは当然でしょう」
徹の言葉には冷徹さがあった。そして、決して譲らぬ一線があった。ジンを責めているわけでもないし、クズノハの対応を咎めているわけでもない。そこには彼なりの厳しい価値観がある。
「なるほどな、そこがお前さんの譲れない一線というわけか。口調は丁寧だが、中身は随分気合入った奴だ。いいぜ、ここは退いてやるよ。こいつらは説明こそしなかったが、けがの手当てとかは真っ先にしてくれたしな」
ジンはそこで矛を収めた。声も幾分穏やかになり、クズノハに向ける視線からも険が随分と取れていた。
「ありがとうございます。では、随伴者を二名。あなた以外にもう一人選んでください。東京外に護送させていただきます。その後は少しほとぼりが冷めるまで隠れていただくことになると思います」
「なんだ、俺が行くのは決定事項か?」
どこかからかうように尋ねるジンに、徹は平然と答えた。
「あなたが行かないはずがないと思ったので」
「くっ、言いやがる。アヤ、ハル、こっちに来い」
ジンは徹の言葉に笑うと、舎弟に守られていた二人の女性を呼んだ。一人は細身でどこかミステリアスな雰囲気を持った女性。もう一人は、正反対に全身からほとばしる好奇心を隠そうともしない陽気な女性であった。
(これがアヤ。デビルサバイバーにおいては自らバベルと融合し、悪魔の旋律を奏で悪魔召喚プログラムの根幹となった女。なんかイメージと違うな。もうちょい儚げなタイプかと思っていたわ。ハルの陰気さが逆に目立つ結果になっているぞ。それでいいのか、師兼恩人)
「ようやく出番、待ちくたびれたわー」
「アヤさん、そんな気軽な……。こいつ、ジンさんともタメ張れるヤバい奴ですよ」
真打登場とばかりにアヤがずずいと近づいてくるが、ハルがそれを後ろから引き留める。
「だから、いんじゃない。この年で私のジンとタメ張れる奴なんて、そうはいないわ。それどころか、この場にいる人間を余裕で皆殺しにできそうな化け物ときたわ。悪魔業界、なんてそそられる業界なのかしら」
アヤのあけすけな物言いに、徹は毒気を完全に抜かれた。目の前の女性に悪意というものが全くないことが理解できてしまったからだ。加えて、恐怖のあまり、生まれたての小鹿の如く全身をプルプルと震わせるハルに同情したのもある。
「あなた、私が怖くないんですか?」
「人間、死ぬときは死ぬ。そういうものよ。なら余計なこと考えないで、今を楽しむのが一番でしょう」
思わず口から出た徹の問いに、何の逡巡もなく即答するアヤ。徹は、最早何を言っていいか分からなかった。
「諦めろ、アヤはこういう女だ。惚れた弱みとはいえ、俺も時々本当に頭が痛くなるからな。改めて自己紹介しよう。俺の名は
ジンは何とも言えない表情で顔に手を当て、気を取り直した。この男、そういうところは忘れないらしい。
「やーねージン、私の紹介はそれで合ってるけど、ハルの紹介は赤点ね。私とハルは師弟なんて堅苦しい関係じゃなくて、マヴダチなんだから。私が教えたんじゃなくて、私がハルの声に惚れたのよ。そうじゃなきゃ、D-VAのメインボーカルを譲るわけないでしょ」
「そんなアヤさんは私の師匠で憧れです。アヤさんの歌好きでしたし、私が後釜なんて恐れ多くって」
アヤはジンによる自分達の紹介を、遠慮なく採点し、訂正すらしてみせる。その言葉にひたすら恐縮しているハルだが、言うべきことは言っているようで、芯がある女性なのが分かる。周囲の舎弟達はまた始まったという反応なので、いつものことなのだろう。
(アヤは自分の感性に正直なタイプなんだな。まあ、そうじゃなきゃ翔門会やナオヤに協力しないよな。ハルとの関係も思っていたのと違うな。アヤはハルを認めていたし、その歌に惚れこんですらいるとは、正直意外だった)
内心でそんなことを思いながら、ハルの歌が持つ意味を改めて認識する。こういうことであるならば、歌うなと言われて、ジンが激高し周囲が殺気立ったのも無理はないだろう。意識を変えなければと思い、姿勢を正す徹に、離れてくれと暗黙の指示を受けていたみこが静かに近寄り、その横に並ぶ。
「では、こちらも。私は卯月徹、こちらは私のパートナーであり恋人でもある神山みこです。私達両名が、貴方達三人を、ハルさんが心おきなく歌える場所までご案内致します」
徹とみこは真剣な表情で頭を下げる。
「いいね、なかなかハッタリが効いている。もっとも、あんたらの場合ハッタリじゃなさそうだけど」
「いいじゃねえか、男たるもの、仕事にはプライドと責任を持たねえとな」
「まあ、よろしく頼むよ」
アヤ、ジン、ハルは三者三様にそれに応えるのだった。
アヤについては完全に創作です。なにせ、資料が全くないので、こういう人物ではないかという私なりの想像とジンやハルなどの原作での彼女の話から類推です。