デーメーテールとペルセポネーに、ハル達三人との接触禁止を厳命した後も、徹は晴れない鬱屈したものを抱えていた。だからだろう、本来なら無視していたであろう、ガイア教団幹部からの名指しの決闘申し込みに応じたのは……。
正直、自分でも何をやっているんだとは思っていたが、徹自身何かで発散したかったのだ。
相手はガイア教団で処刑ライダー達を従える幹部『鬼塚剛志』だ。あろうことか、あの男は『
(ちょうどいいと言えばちょうどいいんだが、イマイチ真意が分からないんだよなあ。喧嘩早いとは聞いているから、単純にその延長の可能性も捨てきれないし、ガイア系だと強い奴と戦いたいだけの奴もいるからなあ。マジで目的が絞れん)
徹は正直、困惑していた。ガイア教団としての報復なら、個人として挑んでくる意味が分からない。まして、依頼として正式に中立の仲介所を通しているのだから、騙し討ちも考えにくい。
それに、メシア教と違ってガイア教は呉越同舟を地で行く組織だ。翔門会が既に潰れている以上、わざわざ報復するほどの義理立てはしないだろう。
(ありうるとしたら、大和の件か?鷹司の狂翁は確かに傭兵派遣業をやれそうな戦力と資金源を持っていたみたいだからな。当然、取引先はいたのだろうが、かといって、焔の黒騎士に喧嘩を売るほどではないだろうしな。あの狂人に、友誼がある奴がいたら、そいつは同類だろうし……。ちっ、これ以上は考えても泥沼か。この際、相手の目的を探るより、ガイア教団幹部の戦力調査といくか)
鬼塚が指定した決闘場は、廃工場だった。今時珍しいステレオタイプのヤンキーで、暴走族の頭みたいな奴だとは聞いていたが、呼び出す場所までそれっぽいのがなんとも。
(仲介所を通したせいか、余計なギャラリーまでいるみたいだし、あんまり手の内は見せない方がいいな、これはもう剣すら使わず徒手でやるべきか?)
廃工場にしては、あまりにも人の気配が多い。普通なら伏兵を疑うところだが、気配を隠して潜んでいるわけではないので、そうではないだろう。まあ、神出鬼没で有名な
「あの黒鎧に紅マント、あれが焔の黒騎士か」「傾いてやがるなあ」「はん、虚仮威しじゃねえか?」「鬼塚さんに勝てるわけがねえ」「見た目がご立派でも中身はどうかな?」「……」
決闘場に指定された場所へ向かう途中、周囲のギャラリーの囁きを、研ぎ澄まされ強化された五感が勝手に拾ってしまう。好き勝手言ってくれるなあとも思うが、小さな驚きもあった。クズノハとヤタガラスが来ている。クズノハは分かる。現状での焔の黒騎士の力量を把握しておきたいのだろう。
(あの時、すれ違った顔がいたから覚えてたが、そんな低レベルで把握できるのか?本当に見ているだけになるぞ)
ヤタガラスの人員は、ギャラリーの中でも際立ってレベルが低い。周囲は軒並み20以上なのに対し、彼らは10相当だ。数はいるが、徹とならば戦闘にすらならないだろうし、ギャラリーにすら負けるだろう。それどころか、高レベルの戦いの詳細を把握できるものかも怪しいものだ。
「来やがったか。いや、よく来てくれた、焔の黒騎士。歓迎するぜ」
その好戦的で暴力的な凶相と異なり、待ち受けていた剛志の口から出たのは意外な言葉だった。これには流石の焔の黒騎士も面食らい、戸惑う。
「……決闘するのではなかったのか?」
「いいや、するぜ!だが、強者には敬意を持たねえとな。他人の口から聞いただけじゃ分からねえ。自分の目で見なきゃ、納得できねえからな。だが、認めるぜ。テメエは虚仮威しなんかじゃねえ。俺が全力で潰すべき強者だ」
徹は内心で息を呑む。もし、全身鎧でなければ、表情の変化を確実に見られていただろう。
(なるほど、ガイア教団で一勢力の頭をやっているだけのことはある。それなりのカリスマと、こいつなりの筋があるのか。これは中々にめんどうそうな相手だ)
「だが、勿体ねえな……。よし、焔の黒騎士、お前、ガイア教団に来いよ。そうすれば問題はねえ」
「正気か?俺がどれだけ貴様らを殺してきたか知らぬわけでもあるまい。メシア教ほどではないが、お前達も相当に殺しているぞ」
突然の勧誘に、流石の焔の黒騎士も純粋な疑問を抱いた。なにせ、彼が殺したガイア教徒は百人ではきかないのだから。
「あん?お前は自分から喧嘩売るようなタイプには見えねえ。つまり自分から喧嘩売って返り討ちにあったんだろう?そんな奴ぁ死んで当然だ。何の障害になるかよ」
剛志はあっけらかんと言い放つ。心底そう思っているのだろう。当然のことだと言わんばかりだ。
(銃を撃つなら、撃たれる覚悟もしろってタイプか。言わんとするところは分かるし、共感も出来る。だが、やはり相容れないな。強さ至上主義は、優しい世界などでは断じてない)
「断る。お前は気にしなくてもこちらには遺恨がある。貴様らの遣り様、なにも思わないとでも思っているのか」
「……まあ、そうなるか。ダメ元だったから構わねえよ。じゃあ、こっからは喧嘩と行こうぜ!互いの命をかけたとびっきりの喧嘩だー!」
徹の返答をある程度予期していたのか、剛志はそこまで残念そうでもない。それどころか、目を爛々と輝かせ、猛然と徹に襲いかかる。
先手をとったのは剛志だ。勿論、徹が観察に徹したからであるが、それでもその躊躇のなさは褒められて然るべきだろう。
「オラッ、死ねや!」
そう言って、白い布でグルグル巻きにされた木刀を叩きつけて来るが、徹はそれを避けることなく、燃やし尽くす。
「ウォッ、勘がいいじゃねえか!」
「喧嘩早い脳筋かと思えば、中々に小賢しい」
徹が燃やし尽くしたのは、木刀だけではない。正確にはそこに込められた大量の呪いを焼いたのだ。どうやら、全力で叩きつけて使い捨ての呪詛爆弾のように使うつもりだったらしい。気づかれたことを悟ったのか、剛志は嬉しげに獰猛に笑い、そのままステゴロの殴り合いに持ち込む。
「鬼の籠手とでも言うべきか?大したものだな」
剛志の両腕はいつの間にか、人ならざる異形の籠手に覆われていた。あれならば、当たれば自分にもダメージを与えられるだろうと、焔の黒騎士は素直に認めた。
「が、当たらなければ意味が無い」
元より体術は修練している上に、最近はフウマコタロウのそれも加わった徹に、我流の喧嘩殺法が主体の剛志の攻撃は、そのことごとくが空を切る。大ぶりなそれは、無駄を極限まで減らした忍のそれとは相性が最悪だったのだ。その上、剛志には明確な弱点がある。
「グハッ!?」
「全身を覆っていれば多少は勝負になっただろうが、腕だけの貴様では攻撃力も防御力も手数も足りん」
焔の黒騎士の蹴りが剛志の鳩尾に突き刺さる。防具は着けているようだが、彼の攻撃力の前には、霊格差もあって意味を成さない。堪えきれず、剛志は血反吐を吐いた。鬼の籠手が両腕だけというのが、彼の弱点なのだ。
「ああ、そうだよなあ!テメエみたいな強い奴に迷ってなんていられねえよなあ!」
剛志は吹き飛ばされた身体を立て直すと、力の限り咆吼する。そして、それは虚仮威しではなかった。鬼の籠手の範囲が全身に及び、頭には角のようなものまで生えている。まるで人が鬼と化したようだった。
「ほう、そこまでできるか。
「当たりだ!感謝するぜ、テメエのお陰で俺は壁を越えられた!」
先程までの拳一辺倒ではない。蹴りも体当たりも頭突きも、全身を使ったその攻撃は凄まじいものであった。しかも、スピードもパワーも先ほどとは段違いだった。
「そうか、残念だが殺すしかないな」
結果的に、自分がガイア教団の戦力強化に手を貸す形になってしまったことで、徹は目の前の男を殺す決意をする。それまでの遺恨に加え、直近の大和の一件もあり、元より殺すことに躊躇する相手ではなかったが、余計な波風を立てるつもりもなかった。逃がしてはならない。こいつは放っておけば、どんどん強くなり、明確な脅威になり得ると確信したからだ。
「なんだテメエ、三味線弾く気だったのか!舐めやがって、殺す!」
徹の言いように、最初は殺す気が無かったのを察したのだろう。剛志の凶相は憤怒で凄まじいことになり、それはまさに鬼そのものだった。見ているギャラリーの中には失禁したものすらいたのだから、それがどれ程のものか分かるだろう。
「できないことは言うものではないな」
怒り狂い、さらに力を増す剛志だったが、決定的な技巧の差は何も縮まっていないのだ。結局のところ、当たらなければどうしようもないのだから。霊格差によるスペック差はさらなる前世への覚醒により縮まってはいたが、それでも焔の黒騎士の方が現時点では上だった。技巧でもスペックでも劣る相手に、攻撃が当たる道理はなかった。
「オラァッ!」
剛志の咆吼と共に振るわれる拳は、避けられたとは言え、廃工場の鉄板張りの床に深々と傷跡を残す。人間が当たれば、間違いなくミンチになる威力だ。しかし、それを焔の黒騎士は、軽々と捌いていく。大ぶりならカウンターを合わせ、こちらが避ければギャラリーを巻き込むような攻撃には、軌道を逸らして対応する。明確なクリーンヒットは一つも無かった。
「もういい、お前の底は見えた。死ね」
焔の黒騎士として、徹は宣告した。これまでの攻防でこの男を生かしておくべきではないという思いは確信に変わった。粗野な脳筋のようで、狡猾さも併せ持つ。特に、徹の性格を見抜いたうえでギャラリーを巻き込み、回避を封じようとした悪辣さ。それこそが、剛志の危険性を徹に痛感させた。
「ふざけんな!まだだ、まだ俺は終わっちゃいねえ!」
そう叫ぶ剛志の右腕は、極限まで力を込められ巨大化し、巨人の如き拳となって焔の黒騎士を襲う。しかし、徹にとってそれはただのテレフォンパンチに過ぎなかった。あっさりと躱し、すれ違いざまに右腕を焼き尽くす。
「ガアアアアッ」
それまでどんなダメージを受けても膝をつかず、猛ってすらいた剛志が、ついに膝をつき、あまりの激痛に絶叫する。右腕を灰にされて失い、先の攻撃にかなりの量の生体マグネタイトを集中させていたこともあり、それは致命傷に等しかった。急激な生体マグネタイトの消失とクトゥグアの神炎が剛志に忘れることなど許されぬ痛苦を刻み、意識を消失させたからだ。
「終わりだ」
<悪いけど、流石に殺させてはあげられないわー。剛志ちゃんはまだまだ強くなるもの>
剛志にトドメを刺すべく焔の黒騎士が近づいた瞬間、周囲は闇に包まれた。徹は、それを一瞬で焼き払ったが、その僅かな時間だけで相手は目的を果たしたらしい。すでに剛志の姿はない。
「ガイア教団か、決闘にくちばしを突っ込むとは、ガイア教団も情けないな」
<その言葉には返す言葉もないわ、焔の黒騎士。ええ、認めましょう。今回は明確に私達の負けよ。貴方の炎の恐ろしさを見誤っていたわ>
声は震えていた。ブラインド代わりに殺到させた霊格40相当の十数体の夢魔が、あの一瞬で根こそぎ焼き払われたのだから、無理もない。
「ふん、次はない。貴様のお仲間にも伝えておけ」
<ええ、覚えておくわ。焔の黒騎士。でも、忘れないことね。貴方もこの瞬間からガイア教団の怨敵になったのだと>
その言葉を最後に、夜魔らしき気配は消え去った。
再び廃工場に静寂が戻ってくるが、ギャラリーの誰もが言葉を失っていた。焔の黒騎士が、あまりにも強すぎたからだ。正直なところ、周囲は、もう少しいい勝負になると思っていたのだ。剛志はそれなりに名の知れた強者だ。いかに今話題の焔の黒騎士といえど、それなりに苦戦すると見られていた。
だが、蓋を開けてみれば、どうだろう。完全なワンサイドゲームであった。途中で前世への覚醒を果たし、意地を見せたものの、勝敗自体は明らかであった。挙げ句、トドメを刺される寸前に、横槍を入れられて救われたのだから、剛志はいい面の皮だ。確実に彼のプライドは大いに傷つくだろう。
「これが焔の黒騎士……」「強過ぎる」「マジかよ」「アナライズできねえ」「化け物め」
そして、それはクズノハやヤタガラスも同様だった。
クズノハの構成員は、焔の黒騎士の正体は明かされていなくても、その強さについては報告を受けている。しかし、目の前の現実が自分の予想を遙かに上回っていたことを、認めざるを得なかった。そんな相手が友好的なことは喜ぶべきことだが、クズノハ四天王にも並びそうなその戦力に、警戒を強めるのは致し方ないことであった。
ヤタガラスなどは、九死に一生を得たとすら思っていた。なにせ、彼らはこの決闘の結果いかんでは、彼が実質所有するという異界にくちばしを突っ込む気だったからだ。重箱の隅をつつくような調査の末に、ヤタガラスは徹の管理異界の存在を突き止めていたのだ。
だが、今回の決闘を目の当たりにした彼らからは、そんな気など微塵も失せていた。あれを敵に回すなど、命がいくつあっても足りない。いかに命令でもそんなこと絶対にご免だった。
「ふん、まあ、多少は気が晴れたか。それにしても夜魔?ガイアだとすれば、ユリコ、リリスか」
徹は誰にも聞こえないほどの小声で呟いた。殺し損ねたのは業腹だが、暴れたことで発散できたのも事実であった。ガイア教団の怨敵だと宣言されたが、今更過ぎるので、リリスらしき存在を知れたことを考えればプラスかもしれない。
「この世界は本当に飽きさせてくれないよな」
その言葉は、静まり返った廃工場の中、誰の耳にも届くことなく消えていった。